シャギー・ベイン  Douglas Stuart  2022.6.1.

 

2022.6.1. シャギー・ベイン

Shuggie Bain           2020

 

著者 Douglas Stuart 1976年、スコットランドのグラスゴー生まれ。大学でテキスタイル・デザインを学んだあと、24歳でニューヨークに移り住み、カルヴァン・クライン、バナナ・リパブリックなどでデザイナーとして働きながら10年がかりで本作を執筆。30社以上の出版社に持ち込むも断られ続けたが、グローブ・アトランティック社との契約にこぎつけ、2020年にデビュー。ブッカー賞の受賞でブレイクし、全英図書賞の年間最優秀作品賞も受賞するなどの快挙を成し遂げた。著者自身も主人公のシャギーと同じく貧困家庭で育ち、母はアルコール依存症だった。著者の次作 Young Mungo 20224月に本国で刊行され、現在三作目の執筆に取り掛かっている。

 

 

訳者 黒原敏行 1957年生,東京大学法学部卒,英米文学翻訳家 訳書『ブラッド・メリディアン』マッカーシー,『サトリ』ウィンズロウ,『エンジェルメイカー』ハーカウェイ,『怒りの葡萄〔新訳版〕』スタインベック,『ナイルに死す〔新訳版〕』クリスティー,『蠅の王〔新訳版〕』ゴールディング(以上早川書房刊)他多数

 

発行日           2022.4.20. 初版印刷          4.25. 初版発行

発行所           早川書房

 

 

少年シャギー・ベインは1980年代のグラスゴーで育った。彼の母アグネスは妖艶だが破滅的で、死に近づくほどに酒に溺れている。この母子の世界を描いた物語、と言ってしまえばそれだけなのに、不思議なのは、そのすべてが狂おしいほど、ありえないほど生きていることだ。愛の姿を見事にとらえる著者の類い稀な才能のお陰だろう。ダグラス・スチュアートは素晴らしい。猛だが愛情に満ち、愛される存在だ

――レア・ヘイガー・コーエン(『ニューヨーク・タイムズ・ブックレビュー』)

 

稀に見る、朽ちることのない美しさを持った作品

――英『オブザーバー』紙

 

「古典として読み継がれていくだろう」

――マーガレット・バズビー(ブッカー賞選考委員)

 

 

頭を高く上げて。元気を。出して。

1980年代、英国グラスゴー。男らしさを求める時代に馴染めない少年シャギーにとって、自分を認めてくれる母アグネスの存在は彼の全てだった。アグネスは、エリザベス・テイラー似の美女。誇り高く、いつも周囲を魅了していた。貧しさが国全体を覆っていくなか、彼女は家族をまとめようと必死だった。しかし、浮気性の夫がアグネスを捨ててから、彼女は酒に溺れていき、唯一の収入である給付金さえも酒代に費やしてしまう。共に住む姉兄は、母を見限って家を離れていくが、まだ幼いシャギーは一人必死にアグネスに寄り添い――。

決して生きる誇りを忘れなかった母子の絆を描く、デビュー作にして、英米の文学界を席巻したブッカー賞受賞作

 

 

Ø  1992年 ウェストサイド

16歳のときアルバイトでキルフェザーズで働き始める

下宿屋に部屋を借りる

 

Ø  1981年 サイトヒル

アグネスは39歳で夫がいて、3人の子供のうち2人はほとんど大人、その全員がアグネスの両親のアパートにぎゅう詰めで暮らす。アグネスはカトリックなのに夫はプロテスタントであることに誇りを持っていて、母親は結婚に反対したが、父親は娘に妙に楽観的

(シャグ)はタクシー運転手で、夜になるとサイトヒルにあるアパートからグラスゴーの街に仕事に行く

乗せた客が被っていたのがハリスツイードのハンチング帽

タクシーに無線で指名してきた客がシャグの不倫相手の女で、「既に彼の足拭きマットだった」

シャギーの正式な名はヒュー、その愛称がシャグで、それを可愛くしたのがシャギー

シャグは、浮気性で暴力を振るうが、当時その地方の労働者階層では夫というものはそういうものと受け止められており、女たちは諦めていた

アグネスは26歳で、まだ上の2人がおむつをしていたころシャグと駆け落ちし、親子4人で両親のアパートに転げ込む

アグネス一家はようやく家を見つけて両親から独立するが、行った先の市営住宅は炭鉱労働者が多く住む活気のない町

 

Ø  1982年 ピットヘッド

引っ越しの日、シャグは派手好みで酒に溺れかけているアグネスに愛想をつかしもう一緒には住めないと言って、タクシー会社の受付をしている女の所に荷物を置き、時々夜中にだけ顔を出すようになる。娘に「サイトヒルに戻らないのか」と聞かれるが、シャグとの縁が切れることを恐れて動けず、シャグが来てくれるのを待つだけの生活が始まる。シャグもアグネスの美貌を認め、他の男に渡すわけにはいかず、肉体関係だけは続ける

アグネスの父は肺がんで死去。3週間もしないうちに母もハスに轢かれて死去

父は真面目一方の男だったが、出征中に食べ物に困った母が肉を分けてもらったことで体を預けたキルフェザーとの間にできた赤ん坊を帰還して見つけた時は何も言わずに捨てに行った

長女は酒に溺れた母に愛想を尽かし、シャグから勧められた彼の甥と17歳になるのを待って結婚するが、甥は勤務先の造船所が潰れて南アフリカの鉱山へ職を求めて旅立つ

アグネスは見知らぬ土地で何回目かの匿名アルコール依存症者の会合に参加。3か月間男も酒も断って、その間ガソリンスタンドで働きだしたところで新米のタクシー運転手に魅かれて誘いをかけたところ、向かいに住む同じようなアル中の奥さんの兄だった。奥さんとは死に別れで、しばらく続いたが、誘われるままにまた酒を始めたのがきっかけで男が離れていき、アグネスは自殺を図る。何とか一命をとりとめるが長男は出ていき13歳になったシャギーと二人別な土地の市営住宅に引っ越し、今度こそ酒も断って2人でやり直そうと決意

 

Ø  1989年 イーストエンド

アグネスの酒浸りはやまず、遂にある日そのまま息を引き取る

 

Ø  1992年 サウスサイド

アグネスは火葬にふされ、シャギーは1人の生活が始まる

 

謝辞

何よりもまず私が母と母の苦しい闘いの思い出、そして可能な限りのものを私に与えてくれた兄の思い出にすべてを負っていることを記しておきたい。私の心の中にあるものを言葉にして世の中の人々に読んでもらうよう励ましてくれた姉からも私は恩を受けている

 

 

 

 

 

英国最高の文学賞 ブッカー賞受賞作『シャギー・ベイン』(ダグラス・スチュアート、黒原敏行 訳)

2022414 18:04

早川書房では、イギリスで最も権威のある文学賞の一つであるブッカー賞をデビュー作にして受賞した『シャギー・ベイン』を420日に刊行いたします。本書はブッカー賞受賞に加え、全米図書賞の最終候補作になり、2021年の全英図書賞の年間最優秀作品賞も受賞。原書は英語圏のみで既に100万部を売り上げ、英米の文学界で高い評価を得ている注目作です。

 

 

シャギー・ベイン ダグラス・スチュアート著

自分を生きたいと願った母

2022611 2:00 日本経済新聞

1980年代のスコットランド、グラスゴー。造船・炭鉱などの基幹産業が衰退し、失業者の溢れる町で、自分の人生を生きたいと願った女性、アグネスの運命を本書は描いている。

容姿に恵まれた彼女は、最初の夫との生活に飽き足りず、2人の子供を連れてタクシー運転手のシャグ・ベインと再婚し、息子のシャギーも生まれるが、遊び人のシャグとの争いが絶えない。生活の再建を夢見て、自分の両親と同居する狭いアパートを脱出し、炭鉱労働者たちの集落に移り住むも、シャグに見捨てられ、アルコールの誘惑に溺れていく。

暴力とレイプの犠牲となり、育児を放棄するアグネスの生活は、時に好転する兆しを見せるが、そのたびに男たちの手で絶望の沼に引きずり戻される。こんな救いのない話が600ページにわたって続き、始終胸が締めつけられるが、途中で嫌になるどころか、読む手を休めることができない。本書のこの魅力はどこから来るのか。

それはおそらく、この閉塞した社会に生息する人びとの個性を捉える作者の手腕による。たとえば、二日酔いのアグネスに同情するふりをしてタダ酒にありつこうとするジンティー・マクリンチーなど、かのディケンズの小説に出てきそうな小悪党だ。

しかし何より強烈な個性を放つのは、やはりアグネスである。読み進めるうちに、一見すると誘惑に弱い彼女が、実は与えられた環境に満足せず、自分の本当の居場所を求めて戦い続ける、強い心の持ち主だと気づかされる。周囲の人間は、良妻賢母、都合のいい女、「普通の人」などの役を演じるよう彼女に強制する。心身ともにボロボロになりながら、そんな連中に抗うアグネスの闘志は、自分の性に違和感をもつ心優しいシャギーに受け継がれるだろう。

本書は、アーヴィン・ウェルシュの『トレインスポッティング』、ケン・ローチの映画「わたしは、ダニエル・ブレイク」など様々な作品を想起させるが、何より重要なのは、トマス・ハーディの『テス』や有島武郎の『或る女』に登場する、安定を拒否したために敵視され、社会的に敗れ去るヒロインたちの系譜だろう。テスや葉子と同様、アグネスも決して可哀想な女性ではなく、現代社会の矛盾と偽善に抗う挑戦者なのだ。

《評》東京大学教授 武田 将明

原題=SHUGGIE BAIN(黒原敏行訳、早川書房・3850円)

著者は76年英グラスゴー生まれ。デビュー作の本書で2020年英ブッカー賞。

 

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