マフィア国家  工藤律子  2018.1.8.

2018.1.8. マフィア国家――メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々
Estado Mafioso ~ El Pueblo que Sobrevive a la Guerra Contra el Narco en Mexico(対ナルコ(=麻薬密輸人)戦争

著者 工藤律子 1963年大阪府生まれ。ジャーナリスト。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。『マラス――暴力に支配される少年たち』で第14回開高健ノンフィクション賞

発行日           2017.7.27. 第1刷発行
発行所           岩波書店

メキシコを震撼させる「麻薬戦争」
格差の拡大や国家の機能不全を背景に、犯罪と暴力の嵐が吹き荒れ、10年間に15万人以上の死者が生み出されている
国際的な巨大犯罪組織と化した麻薬カルテル間の抗争、それを殲滅しようとする政府軍や警察も交えた戦闘・・・・。戦争状態に陥るメキシコの現実を、そこに生きる人々の姿を通して報告する

プロローグ
麻薬戦争の事態について、子ども・若者、被害者という切り口から取材
本当の怖さは、ごく普通の子供や若者、市民が何万人も犠牲になっているという事実であり、それがどのような形で生み出されているのかという問題の中にこそある

1.    麻薬戦争の町シウダー・ファレスに生きる
シウダー・ファレスはエルパソの南の国境の町
カルテルと軍と警察の町
麻薬戦争の裏にある、深い闇の構造が、町の若者達をギャングの世界へと追いやっている
まともな仕事で働いて平穏に暮らすこと自体が困難 ⇒ 努力して築いたものを犯罪者によって容易に奪われる一方、犯罪に関わって稼ぐ方が圧倒的に高い収入が得られる
カルテルと連邦警察が実はつながっているという現実が、そうした社会風潮を助長

2.    子どもたちを飲み込む暴力
1970年代、80年代、コロンビアが麻薬密輸組織の一大拠点として知られ、絶大な力を誇ったメデジン・カルテルの大ボス・エスコバルがコカインの取引を牛耳っていたころ、メキシコの麻薬組織はまだコロンビアのカルテルの下請け的な存在
メキシコにおける麻薬の生産は、19世紀に北西部の鉱山などで働く中国人労働者がケシ(アヘンの原料)の種を持ち込んだころから始まり、その後アメリカの麻薬需要に応じて生産量と種類が変化 ⇒ ベトナム戦争当時は兵士の恐怖心を除去するために大量のマリファナ需要があった
90年代、コロンビア・ルートが米国による取り締まり強化でカリブ海・フロリダ経由から中米やメキシコを通る陸路へと移行していく中でメキシコの麻薬組織が勢力を増す
92年のサリーナス政権下で憲法27条が修正され、農地の私有化が認められると、麻薬栽培者に賃貸して自分たちはその労働力となって麻薬ビジネス拡大に一役買うようになる
93年、エスコバルがコロンビア治安部隊によって殺害され、米国とコロンビア両政府によるカルテル撲滅作戦が功を奏してコロンビアのカルテルが弱体化していく中で、メキシコの麻薬カルテルが台頭
94年、FAFTA(米加墨間の北米自由貿易協定)発効に伴い米墨国境の人・物の往来が急激に拡大したことが、カルテルの活動を後押しし、国境各地に巨大な麻薬犯罪組織が台頭し、お互いに勢力拡大をかけて抗争
10年、弱冠14歳の「殺し屋」が逮捕され、国内に衝撃が走る ⇒ 麻薬組織が幼い子供たちを犯罪者に仕立て上げている実態が明るみに
そんな中、暴力の連鎖を防ぐための非暴力を訴えNGOを立ち上げた元ギャングのリーダーもいて、各地で非暴力のワークショップを開催

3.    立ちあがる人々
麻薬戦争を始めた大統領としてメキシコ史にその名を残すことになったカルデロン(在位0612)に変わって大統領となったニエトは、71年間(2900?)与党だった中道右派PRIの復活を知らしめた ⇒ 不正選挙に続く金権政治に市民の怒りが爆発 
11年「正義と尊厳ある平和のための運動」MPJDを詩人でジャーナリストのシシリアが立ち上げ ⇒ 麻薬戦争に反対し、民主的な政治によって平和を築くことを求める市民運動で存在感を示した最初の動きであり、正義の実現を訴えて全国各地に広がる。動きの中心は政府と犯罪組織との麻薬戦争によって家族を失った800人余りの市民

4.    マフィア国家の罠
06年カルデロンが麻薬カルテルに宣戦布告し、08年にはシウダー・ファレスに政府軍を、10年には連邦警察を送り込んで以来、ここが麻薬戦争の主戦場と化す ⇒ 10年間に15万人以上の死者と3万人を超える失踪者を出す
この4年間死者が少なくなったのは、PRIとカルテルが協定を結んで3つの組織が縄張りを分け合っていたから
殺人事件以上に誘拐・失踪事件の多発が問題化 ⇒ 1422歳前後の貧困層の女性が狙われる。性的搾取の対象とされ、用済みとなると殺害
政治家や司法関係者、警察の「怠慢」と「腐敗」の現実があり、それを暴こうとするジャーナリストの集団、NGO「国境なき記者団」にも危険が迫る
州知事や州議会選挙で反対党を推すキャンペーンを展開、市民の団結を促す
治安が保たれ安全と思われていた首都メキシコシティにも危険が迫る
メキシコでは毎日平均13人が失踪、典型的なケースが「人身売買」で、救い出そうとすると高額な身代金を要求される
首都圏ではミチョアカーナを筆頭にいくつもの麻薬組織を含むギャング集団が暗躍
失踪した家族を独自で捜索することを諦めて全てを州検察に任せた家族には州政府が様々な支援を提供するとして、失踪者家族のグループの分断を図る
独自で探そうとすると、誘拐犯が地元警察メンバーのため、困難を極める ⇒ 犯罪組織のメンバーは、元はといえば地位の高い役人で、犯罪組織とつるむ地元警察を動かし、違法な金儲けや誘拐を実行しているのが実態で、警察を告発すれば仕返しが目に見えているので、誘拐者を探す被害者家族を助ける人は少ない
連邦政府が実施する「懸賞金プログラム」も形だけで、情報提供者はほとんどいない

5.    国家の再建
14年には誘拐・失踪事件の解決を迫る大規模デモ
メキシコの麻薬カルテルはもはや単なる犯罪組織ではなく、「犯罪の多国籍企業」で、世界54か国を舞台に多様な犯罪ビジネスを行うが、無秩序状態にあり、武力で封じ込めるのは不可能 ⇒ 武器の密売、石油の横流し、臓器売買、DVDCDの海賊版販売など22種の業務を展開。薬物だけでも320種類ほど扱う
彼らのビジネスを可能にしているのは、国内各地に築かれた政治家や企業、警察や司法関係者を含む公務員との、直接・間接的ネットワークで、組織メンバーは担当しているビジネスを拡大するため、地方有力者と独自の利害関係を築いている
市民団体と政府の対話を通じたメキシコの再生が進む

エピローグ
強制的失踪被害者に関する「失踪法」は未だに成立していないし、人権侵害や犯罪に対する関心も対応責任の意識もまるでないかのように見える
被害者家族が先頭に立って秘密裏に埋められた失踪者の遺体の捜索と発掘を始めると、巨大な「秘密墓地」の存在を発見
20世紀初頭の革命の本来の目的がまだほとんど何も達成されていないどころか、革命闘争は後退しているとすら考えられる
マフィア国家の解体を目指す革命が必要
お金に振り回され、それを基準に価値判断をする世界と決別し、「もう一つの世界」を目指すことが、マフィア国家を生み出す不公平で偏見に満ちた世界を再生するために、一番必要なこと ⇒ 人々の連帯が支える社会を作ることにメキシコの友人たち、同志たちとともに力を注ごう




マフィア国家 工藤律子著 無関心と貧困が育てた怪物
2017/12/2付 日本経済新聞
フォームの終わり
 近年、日本との直行便が毎日2便も飛ぶようになるなど、急速に日本とのビジネスが拡大しているメキシコだが、麻薬カルテルという巨大なリスクがあることも広く知られているだろう。本書は、その問題に被害者の側から迫った力作ルポルタージュである。
(岩波書店・1900円)
くどう・りつこ 63年大阪府生まれ。ジャーナリスト。著書に『仲間と誇りと夢と』『ストリートチルドレン』『マラス』など。
書籍の価格は税抜きで表記しています
 マフィアの問題で本当に深刻なのは、それを取り締まるはずの警察や司法が、深くマフィアと癒着していて、誰が一般市民の敵で誰が味方か、わからないという点である。人身売買や身代金目的の無差別の誘拐により、身内が行方不明になったとして警察や司法に訴えかけても、取り合ってもらえないどころか、騒ぎ立てると命はない、といった匿名の脅迫を受けたりする。関わりを恐れて、犯罪の被害者たちを助けようとする人たちはとても少ない。
 強烈な事例が、ゲレーロ州での被害者家族たちの活動である。家族ら380人がグループを作り、遺体が埋められているかもしれない山野を自主的に捜索したところ、なんと150以上の遺体を発見したという。メキシコ各地で、遺族による同様の秘密の墓地発掘が相次いでおり、政治を動かすかもしれない力になりつつある。しかし、その1年半後には州政府が、捜索を検察に任せた者には手厚い経済的支援を与えるという手段に及び、貧困層が多かったグループは分断され、40人にまで減った。
 この背景には、70年あまりにわたって一つの政党が政権を独占してきたメキシコの政治文化がある。「大統領という名の大ボスが、マフィアも政治腐敗もコントロールする」という文化だ。これが2000年代にグローバル化の波によって崩れた結果、政治がマフィアにのみ込まれてコントロールできる者が誰もいない、という現状に陥った。「犯罪の多国籍企業」と化したカルテルは、あらゆる産業を自前で担い、国内総生産の6割以上は何らかの形でカルテルに関係している、という試算もある。
 毎年のようにメキシコを訪ねている私は、読んでいるだけで恐怖に支配されそうになるが、とてもよその出来事だと切り分けることができない。これほどの怪物を育てたのは無関心と貧困だという事実が、まるでこれからの日本を予言しているかのようだからだ。必読の黙示録である。
《評》作家 星野 智幸



紀伊国屋書店
内容説明
メキシコ社会を震撼させる「麻薬戦争」。格差の拡大や国家の機能不全を背景に、犯罪と暴力の嵐が吹き荒れ、10年間に15万人以上の死者が生み出されている。国際的な巨大犯罪組織と化した麻薬カルテル間の抗争、それを殱滅しようとする政府軍や警察も交えた戦闘。戦争状態に陥るメキシコの現実を、そこに生きる人々の姿を通して報告する。
目次
1 麻薬戦争の町シウダー・フアレスに生きる(カルテルと軍と警察の町;子どもたちは遊び場を失った ほか)
2 子どもたちを飲み込む暴力(殺し屋になった少年;非暴力を説く元ギャング・リーダー ほか)
3 立ち上がる人々(疑惑の大統領と市民運動;最初に立ち上がった者たち ほか)
4 マフィア国家の罠(シウダー・フアレス、再び;暴力のなかで育った子どもたち ほか)
5 国家の再建(マフィア的平和;対話するメキシコ ほか)
著者紹介
工藤律子[クドウリツコ]
1963年、大阪府生まれ。ジャーナリスト。『マラス暴力に支配される少年たち』(集英社)で第14回開高健ノンフィクション賞受賞。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
出版社内容情報
麻薬と犯罪に浸食され、10年間に15万人以上の犠牲者が生み出されているメキシコ麻薬戦争。格差の増大と政治の腐敗、そして暴力に抗い、未来を切り開こうとする人々の姿を報告する、最前線からのルポルタージュ。

週刊読売 1710

メキシコの麻薬戦争は、ドラマや映画、小説等で、その極端な残虐性ばかりが描かれるが、その本当の恐ろしさを伝えることは、実はとても難しい。メキシコ社会を生きることにならない限り、あの閉塞感、未来のない絶望の感覚は、共有されにくいだろう。

本書は、その感覚を、2010年から現在に至るまでの丁寧な取材で、読む人に理解させてくれる。

閉塞感の一つは、麻薬カルテルの影響力が強い地域、特にスラムの少年たちには、カルテルの下部組織であるギャングに入る以外、生きていく選択肢が皆無に等しいという実態である。経済的に稼げる仕事が麻薬関連しかない、というだけでなく、居場所がそこしかないのだ。仲間は皆ギャングになるし、カルテルの男たちからは強引な誘いが続く。半ば強制的に、メンバーになるほかないのである。

著者は、そのような風土を変えようと格闘しているNGOの人たちを、訪ね歩く。その中には、元ギャングのメンバーだったが足を洗って、非暴力という生き方を広めている者たちも少なくない。

かれらの活動から見えてくるのは、暴力が普通のものとなっている日常を、子どもたちが生きている現実である。それはカルテルや警察などの暴力以前に、父親の暴力としてまず始まる。妻や子どもを殴っても咎められず、暴力で物事を決める男たち優位の文化、すなわちマチスモが、子どもの心に刷り込まれていく。その中で、男子はどんな暴力でも振るえる「勇者」として認められることを目指し、女子は耐えることを強いられる。

この光景が他人事に思えないのは、例えば沖縄の暴力被害者の女性に聞き取り調査をした上間陽子『裸足で逃げる』で明らかにされるマチスモの構造と、そっくりだからだ。日本的な排除の暴力の根底に、この男性至上の感覚が根強く働いていることは、母子家庭の貧困率の異常な高さを見ても了解されるだろう。

メキシコの麻薬カルテルの暴力性がマチスモに根ざしていることのもう一つの表れは、性犯罪と女性の人身売買が非常に多いこと。アメリカ国境のシウダー・フアレスは、麻薬戦争の激化で2010年ごろに世界一殺人件数の多い街となったが、それ以前から、工場労働の若い女性たちが大量に殺されたり行方不明になったりしている。そしてその傾向は今や、メキシコ全土に広がりつつある。

ここに、もう一つの閉塞がある。女性の人身売買も誘拐ビジネスも、カルテルが警察や軍、政治、メディアと結びつくことで隆盛を極めているという点だ。犯罪を裁く側が、犯罪者と一体化しているので、罰せられることは少ない。被害者たちは訴える先がなく、泣き寝入りするか、自力で事実を明らかにしようと努めるか、しかない。

後者の例が、この絶望に光をもたらす。43人の学生が行方不明になった事件をきっかけに、被害者の家族たちがグループを作り、自ら遺体を探し出す活動が相次いでいる。常に脅しを受け命の危険に晒されるが、大規模な秘密の墓地を発見するなど、大きな成果を上げている。

最後の閉塞は、一般の人々の無関心である。
「メキシコ社会は長きにわたって、非政治化されてきました。PRI(政権を握る党)が七〇年以上の年月をかけて、市民の権利意識を奪ってきたのです。その結果、国民の八割は市民としての考えを持たなくなりました」

著名な反麻薬戦争の活動家のこの言葉は、まるで日本社会の分析のようではないか。メキシコの閉塞とはじつは世界の閉塞だということを、本書は教えてくれる。


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