光炎の人  木内昇  2017.3.12.

2017.3.12. 光炎の人

著者 木内昇 1967年東京都生れ。中央大学文学部哲学科心理学専攻卒。出版社勤務、フリー編集者を経て2004年『新撰組幕末の青嵐』にて作家デビュー。08年に発表した『茗荷谷の猫』にて注目され、09年第2回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞。11年『漂砂のうたう』にて 144回直木賞。14年『櫛挽道守』にて第9回中央公論文芸賞および第27回柴田錬三郎賞、親鸞賞を受賞。インタビュー誌「spotting」主宰。

発行日           2016.8.31. 初版発行
発行所           KADOKAWA

初出 『小説野生時代』20128月号~201410月号


1
徳島の煙草農家の3男坊の郷司音三郎が、町の煙草工場に働きに出る友人に誘われて工場に働きに出る
日清戦争後の好景気と、専売法の施行で、煙草農家の景気は良くなると見込んだが、官営工場に買い叩かれて、零細農家はたちまち干上がり、音三郎に無心する
煙草工場の機械に興味を持った音三郎は、熱心に仕組みや新しい動力について独学
民営工場の見切りをつけ、先輩について大阪の工場へ機械工として入り込む

2
音三郎が入った大阪の工場は、伸銅業界の下請け
ソケットに使われるばね板を作っていたが、不良品が多く、その改良を思いついて密かに材料を集める
先輩は、職工の待遇改善を主張して社会主義に染まり、警察にしょっ引かれる
工場の社長が、音三郎の改良話を見て見ぬふりをしたり、先輩の警察沙汰も身請けの手配をしてくれる

3
音三郎は、ばね板開発のために貯めておいたなけなしの資金を、同僚に持ち逃げされる
工場社長から、先輩とともに、無線通信機の開発のミッションを与えられ、仕事の合間に研究を進める
父親死去。仕送りすべき金を開発資金に回したために仕送りが途絶えて父が死んだと2人の兄から責められるが、その際、自分の母が実は叔母だったと示唆される
大阪工鉱会のボスに認められ、新興大手の伸銅会社への転職を斡旋され、受け入れる

4
1914年、転職した先での配属は技師室。高等工業卒の若い主任に小学校卒を馬鹿にされるが、職工の親方に現場の仕事を教えられて勉強する
無線通信機の開発は、前の会社の寄宿舎ですることが認められ、勤務時間後を使って試作に勤しむ
会社は、軍需景気に乗る形で、開発にはなかなか理解を示そうとしない

5
最初の工場の同僚が、大口の注文を音三郎の口利きで会社に持ち込んだことにして、音三郎の通信機の開発に、3か月の期限つきながら会社から資金を出させることに成功
社内の審査当日、実験の助手に起用した新米が関電のショック死寸前に至り、機械は開発に値するものと認められたが、首脳陣は却下
技師室の先輩にそそのかされ、自らの技術で製品を作りたいという意思とは裏腹に、技術を秘かに他社に持ち込んで口銭を稼ぐことに加担

6
音三郎が、自らのアイディアを却下されて落胆しているところへ、またしても工鉱会のボスが、東京砲兵工廠の下で官営の火薬を製造する軍需工場の研究員のポストを紹介
学歴がないコンプレックスを隠蔽するために大卒と偽り、無線技術の専門家として入社
周囲は帝大出ばかりで、無線についても自分以上に知識を持っていることに圧倒される
会社を視察に来た関東軍の大佐の部下に、妹と結婚した幼友達を見つける
大佐の娘との縁談を受けると同時に、同居していた叔母から、実の母親だと告げられ、一生かかって恩を返すよう迫られるが、音三郎はすべて自分で築いてきた道だと言って決別する

7
22年結婚、翌年震災に遭うが皆無事
無線機の試作品が軍に認められ、研究室内にできた無線分室長に出世

8
27年、関東軍のための満州での無線開発を目的に旅順の出張所に向かう
中国人が大阪工鉱会のボスの紹介だと言って、無線の情報を探りに来て、中国の大きな電信網建設という大義のために音三郎の技術を使えないかと打診、うまく口車に乗せられて設計図の一部を見せ、通信機の試作品も見せてしまう
日本軍の山東出兵とともに、音三郎は無線技師として関東軍司令部に詰めることになる

9
司令部詰めは、実は学歴詐称が露見し、軍需工場を首になり、それを幼友達が関東軍で無線技術が必要だと言ってとりなしてくれたお陰で、幼友達が張作霖爆殺事件の実行犯となる手伝いをさせられる
音三郎は、自らの通信機が実戦に使われて手柄を立てることのみを追求するあまり、やっていることの是非を忘れて幼友達の命令に従う
爆殺には成功するが、支那側は想定通り動かず。関東軍の仕業と非難される
原因は、実行の際使用した無線が、音三郎が中国人に情報を漏洩したため傍受されていたこと。交信の途中で列車が予定より1時間早く通過するとの偽情報が入り現場が混乱させられたことから漏洩が疑われたもの
音三郎を司令部に引っ張った幼友達が責任を問われ、幼友達によって銃殺される



(書評)『光炎の人』(上・下) 木内昇〈著〉
2016.10.2. 朝日
 時代に翻弄(ほんろう)される技術者の野心
 愛媛県出身の秋山好古、真之兄弟と正岡子規を主人公にした司馬遼太郎『坂の上の雲』は、日本が下瀬火薬、三六式無線機などの新技術を開発したからこそ、日露戦争に勝てたとする技術史観を柱にしていた。
 愛媛県と同じ四国の徳島県から始まる本書は、司馬が描かなかった科学技術のを掘り下げている。
 日露戦争の開戦前夜。貧しい葉煙草(はたばこ)農家に生まれた郷司音三郎は、幼なじみの大山利平に誘われ、刻み煙草の工場で働き始める。早く大量に葉煙草を刻む機械に魅了された音三郎は、機械の仕組みを学んでいく。
 やがて大阪の伸銅工場に転職した音三郎は、電気にも興味を持ち、独学で新技術の無線機の研究を始める。それが財界の大物・弓濱の目にとまり、音三郎は大手の大都伸銅に移る。
 新天地で無線機の開発を続ける音三郎だったが、電気の危険から人間を守る安全装置を開発している先輩の金海一雄に、技師の理念がないと批判される。
 理想論を口にする金海に敵意を抱いた音三郎は、人間の負担を軽くするという当初の理想を忘れ、優れた無線機を作ることだけに没頭する。音三郎の強すぎる野心は、昭和に入ると、戦争へと向かう歴史の流れにもからめとられてしまう。
 安全を重視する金海を憎悪し、技術開発だけを推し進める音三郎の姿は、福島第一原子力発電所の事故を思い起こさせるし、人工知能の発達が人間の仕事を奪う社会がすぐそこまで来ていることを考えれば、人間は技術革新とどのように向き合うべきかを問う普遍的なテーマにもなっている。
 純粋な好奇心から機械と電気に興味を持った音三郎は、人間関係のしがらみ、政治の要請、社会の願望などが複雑にからみ合った結果、悪(あ)しき変貌(へんぼう)を遂げる。
 司馬の名作に比肩しうる大河ロマンは、技術が暴走するのは、技術者だけでなく、同じ時代を生きるすべての人間に責任があることも教えてくれるのである。
 評・末國善己(文芸評論家)
     *
 『光炎の人』(上・下) 木内昇〈著〉 角川書店 各1728円
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 きうち・のぼり 67年生まれ。作家。『漂砂のうたう』で直木賞。『櫛挽道守』『浮世女房洒落日記』など。



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