ファイナンスの世界史  大村敬一  2025.12.17.

 2025.12.17.  ファイナンスの世界史

 

著者 大村敬一 1949年横浜市生。早稲田大学名誉教授。慶應義塾大学商学部卒業(1972)。日本生命保険相互会社、全国銀行協会連合会を経て、慶應義塾大学経済学研究科博士課程修了(1981)。経済学博士(法政大学)。法政大学経済学部助手(1981)、同助教授(1982)、同教授(1990)、早稲田大学商学部教授(19972007)、内閣府(経済財政)官房審議官(200103)、早稲田大学大学院ファイナンス研究科教授(200416)、同研究科長(200406)、同大学院経営管理研究科教授。内閣府経済総合研究所「経済分析」編集委員などを歴任

 

発行日           2025.7.16. 11          2025.9.25. 3

発行所           日経BP

 

第1章 ファイナンスと金融ビジネスの始まり
第2章 中世物語の始まり──十字軍遠征とファイナンス
第3章 商業取引の拡大とファイナンス──マーチャントからバンカーへ 
第4章 金融業務のボーダレスな展開──マーチャント&バンカーの隆盛
第5章 大航海と交易のさらなる遠隔・広域化の始まり──地中海から大西洋へ
第6章 株式会社の産声──ジョイントストックカンパニーの誕生
第7章 君主の放漫と財政破綻──「国家」債務の肥大とファイナンス
第8章 慢性的財政赤字とファイナンス方法の多様化──イギリスを中心に
第9章 カストディ機能から誕生した現代商業銀行──金匠銀行による信用創造とファイナンス
10章 国家債務としての銀行券の確立──中央銀行の創設
11章 不特定多数からのファイナンス──証券市場の成立
12章 庶民を熱狂させた投機商品──商品デリバティブの店頭取引
13章 証券市場の発展──ニューヨーク証券取引所
14章 コーポレートファイナンスへの第一歩──産業革命と証券発行市場の拡大
15章 金融による支配への根強い嫌悪──中央銀行の創設が遅れたアメリカの特異性
16章 ファイナンスの長期化・大規模化──マーチャントバンクとインベストメントバンク
17章 アメリカに群がる大陸マネー──インベストメントバンクの台頭
18章 エマージングな投資機会を一般投資家に──投資信託の誕生
19章 広がる中流層のための運用情報ビジネス──格付会社の登場と発展
20章 コーポレートファイナンスへの注目──インベストメントバンクの発展
21章 資本市場の膨張と崩壊──銀行業と証券業が分離された契機
22章 変革を迫られた証券業──機関化と手数料の自由化
23章 押し寄せる市場変革の波──機関化と金融技術革新
24章 市場機能の変質──機関化の新展開
25章 証券市場の多様化と市場間競争
26章 大義のもとで表舞台へ──デリバティブの上場取引
27章 「悪魔?」が起こした市場崩壊──金融デリバティブ取引の暴走
28章 住宅モーゲージと貯蓄貸付組合(S&L)
29章 投機の対象となった企業の暖簾──敵対的買収
30章 富裕層向けの代替的な運用機会の模索──オルターナティブ(投資)ファンド
31章 上流域でのコーポレートファイナンス──起業から公開まで
32章 要件緩和が生んだファイナンス──サブプライム・リーマンショック
33章 脆さを招いた金融ビジネスの大規模化──自己資本規制の強化

 

はじめに

 「ファイナンス」という研究分野が確立されたのは、学界の成立から見ると、アメリカファイナンス学会(AFA)が創設された1939年。「現代ファイナンス」と呼ばれる分野の研究が芽生えるのは1950年代以降

 理論的な研究といえば、経済学の延長線にある「貨幣論」と呼ばれるマクロ金融理論が中心であり、そこでの主たる関心は、金融政策と関連性のある「利子と物価」でした。この分野は、ミクロ経済学を基礎とする現代ファイナンスの主たる関心というよりも、むしろマクロ経済学の関心でした。

 これに対して、日本ファイナンス学会(NFA)は、アメリカで誕生した現代ファイナンス研究を主たる関心として共有する本邦初の学会ですが、その創設は1993年なので、かなり遅れて発足しています。

 通常、「現代ファイナンス」として既存の「金融論」と区別することが多いのですが、その場合の現代ファイナンスでは、金融取引を構成するミクロな経済主体による合理的行動と市場の効率性を前提に、そのあるべき(均衡)価格を決定し、それによって資源の最適配分を考えます。

 そのときの主たる経済主体として教科書で提示される代表は以下の3者です。すなわち、有利な生産機会に恵まれないために所得>支出となって恒常的に資金余剰となる主体であり、最終的に富の保有者である「家計」。有利な生産機会に恵まれているため、恒常的に資金不足となる主体であり、そこから実物価値を生む「企業」。そして、この代表的な2主体間での富の効率的な移転を促す機能を果たす「金融ビジネス」。これらを軸に構成されます。

 簡単にいえば、ファイナンスとは、恒常的な赤字主体である企業が、金融ビジネスを経由して、恒常的な黒字主体である家計の余剰資金を調達して経済の価値を高める、その一連の機能を構成する主体の行動や市場の分析といえます。これを(狭義の)ファイナンスと呼ぶこととします。本書では、厳密性にこだわらず、ファイナンスでコアとなる資金の調達と運用と、それに関わる金融ビジネスの歴史的な歩みを中心に整理することとしました。

 本書では、中世までさかのぼって、(狭義の)ファイナンスを中心に主たる2つの機能、すなわち、調達面と運用面の機能について歴史的歩みを、金融イノベーションの視点から整理していきます。

 舞台の中心は、中世ヨーロッパの商業革命では、地中海沿岸のイタリア諸都市、北海沿岸のハンザ同盟都市と内陸で開催される定期市、また、近世に入ってからの重商主義時代では、ポルトガル、スペインといった大西洋沿岸諸国、オランダ、そして、近代の幕開けとなる産業革命以降のイギリスに移り、20世紀になると、アメリカを中心として構成されています。

 本書はファイナンス分野からのひとつの試みです。歴史上の事象をつまみながらファイナンスの発展とその機能を整理したものとして読んでいただければ幸いです。

 

プロローグ

1. ファイナンスの成立

Financeの語源は仏語のfiner(終わる、支払う)で「債務の終了」の意。現代のように「お金の管理」として使われるのは18世紀終盤であり、広く「金融」の意味で使われるのは近代に入ってから。

代表的な当事者として、自らの富の水準を超えた資金を調達しようとする主体(資金不足主体)と、利益機会に乏しく富の余剰を抱えていて運用機会を求める主体(資金余剰主体)2者の存在が大前提。両者のニーズと条件がマッチして価値が創造される

両主体の間に介在して資金の効率的な移転機能を担う第3の主体が必要となり、金融仲介ビジネスが誕生し、その存在意義が生じる

富の移転の拡大には、少額から多額、短期から長期、低リスクから高リスク、等の変化を必然的に伴う。ファイナンスの技術革新は、これらの変化に対応するための創意と工夫の歴史でもあり、産業革命以後は、産業資本のニーズの変化に応えるべく、資本市場が成立

l  「調達」としてのファイナンス――資金ニーズを発生させる事象(イベント)としては、交易の拡大(商業革命)、戦争(金融ビジネスの父)、工業化(産業革命)がある

l  「運用」としてのファイナンス――「運用」としてのファイナンスの多様化は、産業革命後暫くして富が市中に広がってからで、「投資」と「投機」の区分が明確化する

2. 金融イノベーションとファイナンスの発展段階

「調達」「運用」の発展の節目には金融イノベーションによる貢献が見られる

金融商品や取引仕法の開発により持続性のある「レント(超過利益)」の発生が必須となる

技術革新によって、金融ビジネスの限界コストの引き下げが可能となり、レントが実現

ファイナンスの発展段階:

   小域内での互恵的ファイナンスの時代

   (実物)取引支援のためのファイナンスの時代

   (実物)生産支援のための金融の時代

   実物市場との融合と金融市場拡大の時代

   金融肥大化の時代――生産と金融の分離。金融デリバティブの誕生

金融イノベーションは、商品・サービスの多様性を高めるが、往々にして機能の過剰供給に陥りがち。複雑性が増すとともに、人々の監視も弱まり、リスクを高める

3. その他の重要な視点

宗教・民族とファイナンス――戦争イベントを通じてファイナンスに繋がるものが多い

 

第1章 ファイナンスと金融ビジネスの始まり

ファイナンスの始まり――貨幣登場以前から、同一共同体内で、各主体間の富の過不足を調整する機能を果たしていた

金融ビジネスの誕生――紀元前5世紀のアテネでは「銀行」があり、カストディ機能が主

徴利行為の禁止――貨幣は交換の手段であり、徴利行為は宗教上からも否定されたが、古代ローマになって商業の繁栄と共に寛容となる

 

第2章 中世物語の始まり──十字軍遠征とファイナンス (1113世紀)

十字軍遠征と交易の拡大――戦争が統治者に巨額の戦費のファイナンスニーズを生じさせ、交易の発展を通じて決済とファイナンスの機会を拡大させる

宗教騎士団による金融サービス――騎士団が、副次的に貸し付けとカストディなどの金融機能を果たす

 

第3章 商業取引の拡大とファイナンス──マーチャントからバンカーへ(1315世紀)

余剰生産物が恒常的に生まれ、その交換取り引きが活発化すると、交易圏はそれまでの地域内での局所的取引から遠隔地との取引へと発展し拡大し、有力なマーチャントの中から金融ビジネスを併営する者が登場

 

第4章 金融業務のボーダレスな展開──マーチャント&バンカーの隆盛(1516世紀)

遠隔地交易の拡大に伴い、決済に加えて、資金の貸借取引等ファイナンス機会が拡大

金融ビジネスがボーダレス展開する中、さらに専門化して、マーチャントバンカーの原型が誕生。その代表が中世イタリアを代表するメディチ家で、1397年銀行創設

フランスでは、海上貿易信用で地位を築いたジャック・クール

ドイツでは、織物職人から始まったフッガー家

 

第5章 大航海と交易のさらなる遠隔・広域化の始まり──地中海から大西洋へ(15世紀)

オスマン帝国により地中海経由の交易ルートが使えなくなると、大航海時代に入り、交易の遠隔化・広域化と大規模化が進み、ファイナンスニーズも巨額化

 

第6章 株式会社の産声──ジョイントストックカンパニーの誕生 (17前~18世紀中)

ファイナンスの巨額化と事業組織の法人化――「投資家(プリンシパル)」と、交易リスクを取る「代理人(エージェント)」の役割分担が出来上がり、近代株式会社の原型が誕生

 

第7章 君主の放漫と財政破綻──「国家」債務の肥大とファイナンス (1415世紀)

君主制下、王室財政は常に逼迫状態にあり、国家債務の肥大が徴税権等を担保とした銀行家からのファイナンスにより賄われ、しばしば破綻して債務不履行をもたらす

 

第8章 慢性的財政赤字とファイナンス方法多様化──イギリスを中心に(1618世紀)

国体を確立して国家債務を発行するなど、財政健全化への動きが広がるなか、公債を民間(特許会社)のエクイティに変換するスワップファイナンスの手法開発

東インド会社などの国策会社は、公益上の特権を獲得する見返りとして、政府に貸し付けを行い、国家の財政基盤強化に貢献

国家が独自で流通性のある証券(国債)を発行するパブリックファイナンスが活発化するのは、名誉革命後の1719世紀のイギリスにおいて

1711年設立の南海会社は、南米事業の展開を目的とする特許会社。政府債務900万ポンドを肩代わりする見返りとして独占的な貿易権を獲得、民間の投資を募り、バブルを惹起

 

第9章 カストディ機能から誕生した現代商業銀行──金匠銀行(ゴールドスミス)による信用創造とファイナンス (17世紀中盤~)

金細工匠によるカストディ機能の拡大と、彼等の預かった遊休資産を見合いにした貸し付けが信用創造機能を産み、発行された預かり証(金匠手形)は銀行券の原型となる。受信と与信を基本業務として、信用創造で繋ぐ現代の商業銀行の形態が本格化

 

10章 国家債務としての銀行券の確立──中央銀行の創設 (1718世紀)

16世紀に入ると、ヨーロッパでは決済通貨の統一機運が広がり、財政窮乏化を背景に「国家の銀行」として中央銀行設立。イギリスでは、相次ぐ戦争で国家財政が破綻、金匠銀行の破綻も続出して、国債発行制度の整備、中央銀行創設が早々に行われ、安価な国家債務としての銀行券の統一が図られたことで国家が発展する

 

11章 不特定多数からのファイナンス──証券市場の成立 (1718世紀)

ファイナンスの大規模化が進むに従い、不特定多数の投資家からのファイナンスを拡大するために、標準化された証券が発行され、その流通市場としての証券市場形成

 

12章 庶民を熱狂させた投機商品──商品デリバティブの店頭取引  (17世紀~)

商品デリバティブ取引の始まり――基になる商品などの存在を前提として、何らかの条件をつけて「派生するもの」を取引する。代表的なものは、先渡・先物、オプソン、スワップの3形態で、本格化したのは1970年代のシカゴで上場金融先物取引が始まってから

16世紀中頃のオランダでのチューリップ・フィーバーは、デリバティブ取引過熱の果て

 

13章 証券市場の発展──ニューヨーク証券取引所 (1819世紀)

1531年アントワープに世界最初の商品取引所開設。アムステルダムに移り、17世紀半ばにはロンドンのコーヒーハウスが株式売買も行うようになり、証券取引所の原型となる

アメリカ最初の証券取引所はフィラデルフィア(1754)

 

14章 コーポレートファイナンスへの第一歩──産業革命と証券発行市場の拡大

 (18後半~19世紀)

当初の証券市場は、公共部門による債券発行が中心。産業革命により社会基盤整備を目的とする巨額且つ長期のファイナンスニーズが高まる

イギリスでは、有限責任制の導入により、高リスク案件への長期資金投入がしやすくなる

 

15章 金融による支配への根強い嫌悪──中央銀行の創設が遅れたアメリカの特異性

 (1820世紀)

アメリカでは、州の分権と独自性が強く、中央集権的組織の設立は遅れ、連邦準備法が成立したのは1913

 

16章 ファイナンスの長期化・大規模化──マーチャントバンクとインベストメントバンク (1819世紀)

巨大化する産業金融を支える銀行として、イギリスではマーチャントバンク、アメリカではインベストメントバンク誕生

初期は「マーチャント&バンク」だったが、次第に金融を専門とし、王室にも重用され、マーチャントバンクとして活躍。その代表がベアリングやロスチャイルド

 

17章 アメリカに群がる大陸マネー──インベストメントバンクの台頭(1820世紀)

アメリカでは、南北戦争後の国家統一が進む中で、インベストメントバンクが大陸からの資金を呼び込む形で国家の発展を支える。マーチャントバンクが主に公債の発行引受を中心に置いたのに対し、アメリカでは債券市場の方が急拡大。ジェイ・クック商会は国債を大衆に広く販売して成功し、プライベートバンクから脱皮

 

18章 エマージングな投資機会を一般投資家に──投資信託誕生(19終盤~20世紀)

旺盛な設備投資需要を賄うために、不特定多数の一般層からの資金が標的となり、小口資金をプール化する技術の向上と運用の専門化が始まり、受皿として投資信託誕生(1868)

 

19章 広がる中流層のための運用情報ビジネス──格付会社の登場と発展 (19後期~20世紀)

アメリカで鉄道産業が急成長、そのための資金調達方法として、債券発行による市場型デットファイナンスが求められ、海外からの投資やリスク許容度の低い国内家計の富を動員するために、情報の非対称性の緩和を目的として誕生したのが債券格付けビジネス

19世紀終盤のアメリカで始まり、元本の安全性確保目的の格付から、情報生産サービスへと拡大。1849年のヘンリー・プアーや1900年のジョン・ムーディが起源

 

20章 コーポレートファイナンスへの注目──インベストメントバンクの発展 

(19後期~20世紀)

証券ビジネスの中心がイギリスからアメリカに移り、証券の発行引受業務が拡大。アメリカで発行された債権の大半をイギリスやオランダのマーチャントバンクが引受けたが、アメリカ進出には消極的で、やがてアメリカで独自の金融ビジネスの形が醸成される背景に

ヨーロッパから移住したユダヤ人金融業者では、クーン・ローブ、リーマン、ゴールドマン・サックスなどドイツ系ユダヤ人(アシュケナージム)による商会が有力

1873年、ジェイ・クックが鉄道債を売り捌けずに破綻し市場崩壊(暗黒の木曜日)。復活は6年後、代わって登場したのがモルガン。金融を通じてアメリカの産業支配が始まる

 

21章 資本市場の膨張と崩壊──銀行業と証券業が分離された契機 (20世紀前期)

資本市場が急速に拡大、ファイナンスが多様化・大規模化を遂げると、市場には投機行為が広がり、バブルの発生と崩壊をもたらす。利益相反防止のために銀証分離が規定

 

22章 変革を迫られた証券業──機関化と手数料の自由化 (20世紀後半)

年金制度の拡充によって機関投資家の運用資産が急拡大し、市場への影響力が高まり、その圧力に屈する形で証券業は手数料の自由化、金融商品の開発等変革を余儀なくされる。

 

23章 押し寄せる市場変革の波──機関化と金融技術革新 (20世紀後半~終盤)

金融市場に変革の機運が高まると、先ずはポートフォリオ革命から始まり、金融自由化、変動相場制への移行で高まるリスクをマネージするためにデリバティブの上場市場が誕生、急速に金融イノベーションが広がる

投資理論の開発とコンピュータの技術革新が同期して一気に近代化(ポートフォリオ革命)

技術革新を背景として制度上の変革も進み、資産運用にあたって、最新で合理的な技術を活用することが義務付けられる(プルーデントマンルール)

金融自由化も同時進行。金利自由化で金利リスクが注目。ニクソンショックでドルの金兌換停止。変動相場制への移行により通貨リスクが上昇。リスクマネージのためのデリバティブ市場が出来、爆発的に拡大、ギャンブル性を誘発

 

補章 現代ファイナンス理論の萌芽 (195060年代以降)

当初の主要な関心は、リスク概念を具体化して、リスクとリターンの関係を導くこと

モダンポートフォリオ革命①     最適ポートフォリオ理論

ゲームの理論から最適資産選択理論へ

モダンポートフォリオ革命②     CAPM(資本資産評価モデル)の誕生

 

24章 市場機能の変質──機関化の新展開 (20世紀後半~21世紀)

産業支配者となった機関投資家は、市場を通じて経営者を間接的に規律づける役割を担うようになるが、そこでは市場メカニズム、すなわち、流通市場での売買を通じて影響を与えるウォール・ストリート・ルールが機能

機関投資家による産業・金融支配に対して批判が広がり、生保の株式・不動産投資や証券発行引受が禁止されるが、市場のボラティリティはかえって高まる

 

25章 証券市場の多様化と市場間競争 (20世紀後期~)

市場間競争が活発化し、店頭市場も整備が進む。証券自由化と情報通信技術の発達を背景に、多様な取引システムが登場

コンピュータシステムを用いて、自動的に最適な売買タイミングや数量などを判断して最適な注文の執行を行う「アルゴリズム取引」が登場

 

26章 大義のもとで表舞台へ──デリバティブの上場取引 (20世紀終盤~)

市場では、リスクマネジメントが重要な課題となり、その効果的な手段としての金融デリバティブが注目される

1973年、ブラック・ショールズモデル開発。確率微分方程式で表現され、TIのポケット計算機で容易にオプションの理論価格が計算できるところから、爆発的に拡散

 

27章 「悪魔?」が起こした市場崩壊──金融デリバティブ取引の暴走 (20世紀終盤~)

リスクの移転先となる投機的な売買や金融商品が急拡大し、市場の限界を超えて崩壊へ

1987年のブラックマンデーにより、デリバティブ悪玉説が広がり、再規制へと揺り戻しが生じる

l  オレンジ郡事件(1994)――郡運用のファンドが債券関連の金融取引(金利スワップ)で金利急上昇に遭遇し20億ドルの損失計上、郡財政が破綻

l  ベアリングズ事件(1995)――シンガポール支店が、阪神大震災後の日経平均に投資し、株価急騰に賭けたが失敗、自己資本を大幅に上回る損失を出し破綻

l  エンロン事件(2001)――デリバティブ取引の失敗による巨額損失を子会社に飛ばしたが、内部告発によって発覚し倒産へ。関与した監査法人も解散へ

l  アマランス事件(2006)――ヘッジファンドが天然ガス先物取引で巨額損失・破綻へ

 

28章 住宅モーゲージと貯蓄貸付組合(S&L)  (20世紀後期)

南北戦争後全米に広がったS&Lは、2度の破綻危機を経て、個人住宅貸付担保債権が証券化され、その後のセキュリタイゼーションブームの端緒となる

 

29章 投機の対象となった企業の暖簾──敵対的買収 (20世紀終盤~)

1980年代、M&A市場に参入した中小インベストメントバンクが仲介したのは、ジャンク債を使って「小が大を呑み込む」バイアウトだが、対抗策の普及により衰退

 

30章 富裕層向けの代替的な運用機会の模索──オルターナティブ(投資)ファンド

(20世紀終盤~)

運用機関の間で投機的行為が急拡大し、一般投資家保護のための規制が広がるが、物足りない富裕層向けには私募形態のヘッジファンドが発展。運用者の過信による暴走が始まる

l  LTCMの破綻(1998)――カリスマトレーダーによるヘッジファンド。ノーベル賞学者を動員。レバレッジを高めて急成長。ロシア危機で大手金融機関が巨額の救済融資

l  マドフ事件(2008)――ヘッジファンドの詐欺事件。500億ドルを集めて破綻(ポンジスキームと呼ばれる)

 

31章 上流域でのコーポレートファイナンス──起業から公開まで (20世紀後半~21世紀)

シリコンバレーでの起業活発化を支援したのがベンチャー投資のプライベートエクイティPE(公開株式をパブリックエクイティと呼ぶのに対し、未公開株式がPE)。起業から公開までの全工程をカバーし、アメリカに新しい活力をもたらす

その後、クラウドファンディングが広がり、暗号資産の発行によるスタートアップ向けファイナンス(ICO=Initial Coin Offering。エンジェル投資の一般化・小口化を実現)も登場

 

32章 要件緩和が生んだファイナンス──サブプライム・リーマンショック (21世紀)

デリバティブによるリスクマネジメント技術の進歩により、「サブプライム貸付」が証券化の対象となり、新たなリスク機会が拡大

'98年に発生したITバブルが、'01年に崩壊。金融緩和策がとられ、FFレートを6.5%から短期間に1%台に引き下げたため、低金利下で住宅需要が急増、住宅バブルを背景に高金利のサブプライム住宅貸付が急増、その証券化により高利の投資商品が誕生。証券化商品を再証券化した債務担保証券CDOにより仕組みは複雑化

 

33章 脆さを招いた金融ビジネスの大規模化──自己資本規制の強化 (20世紀終盤~21世紀)

金融システムの不安定性が高まるなか、預金保険による事後的なセーフティネットに加え、自己資本規制の強化により事前の対策が重視されるようになる

Too big to failの始まり――1984年のコンチネンタル・イリノイ銀行の破綻を契機に、破綻防止策としての自己資本規制導入

 

エピローグ

金融ビジネスは、富の移転機能を果たす上での様々な障碍を、プーリング、リスクマネジメント、情報生産などの機能を通じて克服し、富の移転の効率化を図って来た

先ずは実物経済活動を支える補完的役割を果たし、その拡大と発展を遂げて来たが、経済が成熟期を迎えると、生産性は漸減し、ファンダメンタルズの客観的評価が、事業投資を決定する上での判断情報としてより重要になる

金融ビジネスは、その近代化の過程で、企業のファンダメンタルズ情報の生産についても、その能力競争を同時に展開していた

実物経済の低生産性を補完するために、経済は一層のリスクテイクを迫られ、そのために金融ビジネスは、実物取引のレント(超過利益)の縮小を埋めるべく、取引の頻度と柔軟性をより高めてその機能を果たしてきた

破壊的なイノベーションと共に、金融活動は実需取引の「黒子」から、仮需取引の「主役」へと変容。ファイナンスが次第に独自性を発揮し、それ自体の活動による付加価値を追求し始める

金融ビジネスは極めて標準化の進んだ分野なので、AIの適用対象は膨大。専門分化していくなか、ITAI関連のテクノロジーの進化の影響が大きくなるだけに、自律メカニズムをシステム内部に埋め込むことが出来れば、技術とのバランスを維持するマネジメント機能が自生的に働く可能性がある

 

 

 

 

 

 

書評『ファイナンスの世界史』大村敬一著

金融の技術・ビジネスの盛衰

202596  日本経済新聞

充実の33章。約400ページのこの大著に出会えた読者は幸運だ。

(日本経済新聞出版・3520円) おおむら・けいいち 49年生まれ。早稲田大名誉教授。著書に『金融不安定化原理』など。 書籍の価格は税込みで表記しています

マーチャントバンクやインベストメントバンク等の金融機関、投資信託やデリバティブ等の金融商品、多様な金融制度や金融システム――本書は、それらがいかに生まれて輝き、あるいは、熱狂や陶酔の末に崩壊したのかを「紀伝体」のように章ごとに語り、ファイナンスの本質に迫る。

その射程は古代メソポタミアから現代までの超長期。舞台の中心は、商業革命期のイタリア諸都市やハンザ同盟都市から、大航海時代のポルトガルやスペイン、オランダ、産業革命期のイギリス、20世紀以降のアメリカへと巡る。

調達中心から運用中心の時代へと変化していること。リスクの発見を始点とする金融エンジニアリングがリスクの創造へと暴走し、様々な金融危機を招いたこと等々。壮大な世界史の流れにおいてこそ浮かび上がるファイナンスの真実に触れ、読者は知的興奮を覚えるに違いない。

戦争を「金融ビジネスの父」と捉えることも本書の特徴である。

著者によれば、十字軍遠征においては、交易拡大によってヨーロッパでファイナンス需要が増加。第1次世界大戦においては、アメリカで国債の乱発によって個人投資家が育成され、1920年代の熱狂相場の担い手となる。

英語のfinanceの語源は「終わる」を意味するfinerであると本書は述べる。「編年体」でないために、同一事象が幾度も現れて理解に多層的な厚みを与える本書を読み終える時、読者はまさに納得の終止符を打つ感動に至るだろう。

名誉革命以降、議会による国の債務保証が可能になってイギリスは投資の呼び込みに成功し、フランス等の絶対君主制国家に優越できたこと。ロンドンのマーチャントバンクが新興産業投資に躊躇(ちゅうちょ)し、イギリスの産業革命後の工業化を支えなかったこと。対照的に、インベストメントバンクがアメリカ経済とともに躍進したこと。見過ごされがちなこれらの史実も知れる。

ファイナンスの実務経験者、世界史愛好者、あるいは金融の技術・ビジネスの軌跡を辿(たど)ろうとする探究者。様々な読者に堪能していただきたい待望の一冊である。

《評》慶応義塾大学教授 藤田 康範

 

 

 

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出版社内容情報

【金融イノベーションの光と影を歴史的に解明】
十字軍遠征、大航海時代の資金調達から始まったお金を回す仕組みは、交易ルートの開拓とともに進化、大規模化していった。それが、君主による私的ファイナンスから国家によるファイナンス(財政)へと国家運営の手段となり、南海会社バブル、異端児ジョン・ローを生み出した。そして産業革命によってファイナンスの巨額化が生じ、その要請に応えるべく近代株式会社が成立。資本と経営の分離が生じた。またコーヒーハウスから発祥した証券取引所は、次第に組織化され、流通市場も拡大し、コーポレートファイナンスの拠点として成長していく。そして、ニューヨークは産業革命後の勢いが陰るロンドンに代わってファイナンス拠点に成長していく。様々なリスクを回避すべく誕生した金融エンジニアリングはリスクの発見から創造へと暴走を始めるようになり、ブラックマンデー、サブプライム・リーマンショックを招く。経済発展の縁の下の力持ちとして成長・進化していったファイナンスが、先進国を破滅の淵に追い詰めるまでを様々なエピソードを交えて興味深く解説する。

 

 

 

 

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