エリ・ヴィーゼルの教室から 世界と本と自分の読み方を学ぶ  Ariel Burger  2019.12.15.


2019.12.15.  エリ・ヴィーゼルの教室から 世界と本と自分の読み方を学ぶ
Witness- Lessons from Elie Wiesel’s Classroom            2018

著者 Ariel Burger 1975年生まれ。ボストン大とスキッドモア・カレッジで学士号取得。数度イスラエルに留学、03年ラビに叙任。ボストン大で5Elie Wiesel教授の教育助手を務め、同氏指導の下ボストン大で博士号取得。本書で全米ユダヤ図書賞受賞。現在はユダヤ教正統派のラビとして活動

訳者 園部哲(さとし) 翻訳家。一橋大法卒。ロンドン在住

発行日             2019.9.15. 印刷         10.10. 発行
発行所             白水社


はじめに
ホロコーストの実体験を書いたヴィ―ゼルの著書『夜』(1958)は、世界中の高校の教材として使われている
「人道主義の巨星」
ヴィ―ゼルの天命は教育。歴史を変える教育の力を信じていた
1976年以降、ボストン大へ移って同校を知的活動の拠点と見做し、毎年秋学期に2クラス持った ⇒ 1つは哲学的・文学的なテーマを幅広く扱い、「信仰と異端」とか「抑圧に対する文学的反応」などをテーマとし、もう1つはユダヤ教のテクストに専念

第1章          記憶
ホロコーストを生き延びた後、ヴィ―ゼルを突き動かしてきたものは、学び/学習
普遍的な倫理諸原則の重要性を理解させるためにユダヤ教の教えを援用する
弱者や傷つきやすい人々、アウトサイダーや危険に晒された人々を気遣う。人権、言論並びに信教の自由、抑圧された人々や避難民の窮状、これらすべてが関心の中心
ハシディズムとは、有徳で思いやりのある行動であることを意味するヘブライ語に起源を持つ「敬虔な者(ハーシード)」という言葉に由来する、超正統派ユダヤ教運動のこと。敬虔主義運動とも訳され、ガリツィア地方がその中心。少人数によるミクラーラビ文学の研究より、大勢による祈りを重視。(絶対者)はすべての生命に内在するカバラ神学を持ち、
根底にある最も基本的なテーマは、宇宙での神の内在であり、「神の存在しない場所はない」によって表現されることが多い(万有内在神論的概念)
健忘は流刑を招き、記憶は救済を招く ⇒ 私たちを守ってくれるのは記憶だけ。「未来を守るために過去を呼びおこせ」「過去をすべて書き残せ」「人間性を救うものがあるとすれば、それは記憶に他ならない」
歴史を学ばぬ者は歴史を繰り返す
事実を知るだけでは足りない。歴史にしても時事問題にしても、物事を自分の身に引き付けて考えなければならない。我々は鏡の中を覗き込まないといけない。偉大な文学は鏡の役割を果たしてくれることがある。優れた本は、鏡と同じように自己認識を促す道具になり得る。文学を通して我々自身のこと、我々の精神的・倫理的特性を学ぶことができる
証人の話を聞く人は証人になるのだから、ここに綴られた言葉を読む読者よ、あなたもまた証人なのだ

第2章          他者性
過去の物語を学習して、我々自身の答、我々固有の表現、我々に特有の心理を見つけ出さなければならない。古い物語がなければ、今日の挑戦に対する有効な回答を見出す能力が我々にもあるという確信を持つことはできない。過去は我々自身もまた語り部であることを思い起こさせてくれるためにある
過去の物語を繰り返すだけでは足りない。それだけではなく、新しい物語を書く必要がある
基本的なルールは、よく聞き、対話を尊重し、個人攻撃をしないこと
フォークナーはノーベル賞の受賞スピーチで「真に書く価値のあるものは人間の心の葛藤だ」と言ったが、自己受容と他者受容は鏡像の関係にある。自分自身の多様な側面を――たとえそれらが相互に矛盾するとしても――沢山受け入れることが出来ればできるほど、他者をより容易に受け入れることができる。その人物が抱える矛盾した側面もひっくるめて
我々の文化における差異とか多様性について議論している人たちを注視して気付くのは、隠れた偏見と偏向であり、同一性礼賛の微妙な圧力に繋がる恐れ
他者の、自分とは違う点に魅力を感じるようにならなければいけない
カフカは「自分は鳥を探している鳥籠だ」という。自分を他人に押し付け、他人をこうだと決めつけたがるという人間的な欲求が自分にもあることを自覚していた言葉
究極の他者とは人間性を放棄した人間であり、彼を裁判にかけて処分しなければならないが、それは最終的な場合であって、暮らしの中で多くの場合、私たちは当たり前のように他者に出会う。信ずるところが自分とは大きく異なる他人です。彼を理解し、彼から何か学ぶために全力を尽くさないといけない。私たちを隔てる距離は必要だが、それがあるから背を向けるということではいけない
何か良いことを達成したいと願っても、1人ではできない

第3章          信仰と疑い
疑いの上に宗教的な生活を築くことは可能か? ⇒ ホロコーストの殺伐とした虚しさに直面した学生の大半が心に宿した疑問であり、信仰なしでどのように生きていくのか、しかしどのように信仰を受け入れたらよいのか?

第4章          狂気と反抗
第5章          積極的行動主義
2003年西スーダンのダルフールで始まった無辜の非アラブ人を集団強姦、集団埋葬しようとしたジェノサイドに対し、翌年国連安保理が行動を起こすよう呼び掛け。米国国務長官パウエルは米政府行政機関として上院委員会でジェノサイドという言葉を初めて使ったが、共同介入にはつながらなかったものの、直後から他の多くの組織も参加し、犠牲者への関心の高揚と人道的救援活動の活発化が実り始めた
09年までに死者は30万に達し、250万以上が元の住居を失う。同年スーダンのアル=パシール大統領は国際刑事裁判所から起訴され、現役の国家元首としてジェノサイドの罪で起訴された最初の人物となったが、未だに逮捕されず市民に対し化学兵器使用を含む残虐行為が続いている
こうした問題に対し自分にできることは?
問題は、他者という存在があなたにとってどれだけリアルかということ。彼らの苦痛をあなたは感じますか? 他者の苦痛を枕に寝たままでいることも出来る。麻痺状態と睡眠との間のバランスを見つけなければならない。まずは1人の人間から始めること。人は抽象的ではない。抽象に反発しなければならない。収容所の子どもたちから奪った100万足の靴は統計数値だが、1足の靴は悲劇なのだ。あなた自身の努力で、あなた自身のエネルギーで彼らを救ってください
はるか遠く見知らぬ土地で起きている事態の真実を明確にすることが必要
ホロコーストの犠牲者であっても、憎しみは変容させなければいけない。創造的な何か、肯定的な何かへ

第6章          言葉を超えて
2つのロシアの新聞についてのジョーク ⇒ 『プラウダ』(「真実」の意)にイズヴェスチアなく、『イズヴェスチア』(「報道」の意)にプラウダなし

第7章          証人
2016年ヴィ―ゼルが亡くなった際、世界の指導者たちから弔辞の波が押し寄せたが、大半は私の知る教師とは一致しないものばかり。現代の聖人、世界の良心、何百万という人々に影響を与えた偶像的存在。いずれも正しい指摘だったが、私が昵懇にし愛した教師の姿をそうした言葉の中には見い出せなかった。共に学んだ仲間や友人たちからの私的なメッセージの方が私には意義深かった。特に心を打ったのは、「私たちは彼の遺産です」の一文


あとがき
ヴィ―ゼルの教え子、それは何を意味するだろう? 迫害に対し勇ましく立ち上がることだろうか? 世界を旅して苦難の証人になることだろうか? 猛烈な活動家になり、政治家と軍人の自己満足に揺さぶりをかけ、世界をより良い場所にすることだろうか?
どれかが答えなのかもしれないが、ヴィ―ゼルの教え子であるとは、あるがままの自分自身が、たえず自分のヒューマニティや他者に対する思いやりを深めてゆくこと
可視化されぬリスクに晒されている人たち、無力で救いを求める手も伸ばせず、語り得なかった物語を抱えた人たちに気付くことでもある
たえず学び、思考の質を高め、感じ方を深化させ、知恵を模索するために偉大なテクストや物語、思想の中へ没頭する意欲を常に持つこと
疑問を投じ、全ての答を得ることが出来なくても悠々と構え、複雑な問題を前にしても性急で中途半端な解決に惑わされないこと。謎はそのまま受け入れて、何もかもこぎれいな理屈で結びつける必要はないと知ること
自分自身のアイデンティティとほかの世界の人々に対する気遣いのどちらを優先しようか、などと迷う必要はないと知ること。自分の所属グループのためにも他の人々のためにも弁護することはできる、個別と普遍とは支え合うことができると理解すること
友情を祝福すること。友情を探している人たちと友達になること
なかんずく、過去を記憶し、過去と未来の繋がりを理解すること。他者の生命、苦悩と喜びを尊重すること。証人になることを意味する



(書評)『エリ・ヴィーゼルの教室から 世界と本と自分の読み方を学ぶ』 アリエル・バーガー〈著〉
2019.11.10. 朝日
 狂気迫る社会で傍観者は共犯者
 ホロコーストの証言者であり人権活動家としても名高いエリ・ヴィーゼルが、愛の反対は無関心だとしてこれを強く非難したことはよく知られている。怒りや憎しみは、対抗し反発する気持ちをかきたてるが、無関心は何の反応も喚起しない。無関心は敵を利するだけ、すべての終わりだ。
 その教え子による本書は、教育者ヴィーゼルがその思想の根幹を学生に説く姿を描く。正義を追求するヒューマニストの育成という教養教育の実践として、ユダヤ教の聖典からエウリピデス、ブレヒトまで、多様なテクストを読みながら彼は学生に問いかける。記憶、他者性、信仰、反抗について。取り上げるのは彼が生涯格闘した問題だ。
 その一つ、「信仰と疑い」は、第一作『夜』以来のテーマである。強制収容所での過酷な経験は、彼の信仰を根底から揺るがした。苦悩の原因が神にあるならば、神に抗議すべきではないか? 神も論争を期待しているのではないか?傷ついた信仰もまた、深い信仰なのだと彼は語る。
 あるいは、狂気について。ここでは、自分が見たユダヤ人虐殺の話を信じてもらえず、狂人扱いされた堂守(どうもり)の記憶が蘇る。社会に集団的狂気が迫るとき、邪悪なものや圧政の接近に気づく人はしばしば狂人とされてしまう。そんな中、自分まで狂気に陥らないよう、真実を語り続けて抵抗しようとする人々を挫けさせるのが、周囲の無関心なのだ。カフカの『審判』で、裁判の進行を不条理と恐怖へと堕落せしめたのも無関心。狂気の巣喰う社会では、傍観者は共犯者となる。
 公共的知識人としてのヴィーゼルは、ときに強い批判に晒された。とくに彼のイスラエル擁護は、パレスチナ人の人権無視だとして非難されることも多かった。しかし、そこに生じた論争も、また無関心の対極に位置したのだろう。教室でヴィーゼルが促したのも、道義的責任をめぐる途切れのない対話であった。
 評・西崎文子(東京大学教授・アメリカ政治外交史)
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 『エリ・ヴィーゼルの教室から 世界と本と自分の読み方を学ぶ』 アリエル・バーガー〈著〉 園部哲訳 白水社 3300
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 Ariel Burger 75年生まれ。米ボストン大でエリ・ヴィーゼル教授の教育助手。現在はユダヤ教正統派ラビ。

Wikipedia
エリ・ヴィーゼル(ヘブライ語אליעזר "אלי" ויזֶל, イディッシュ語אלי וויזעל, Elie Wiesel, 1928930 - 201672[2])は、ハンガリー(当時)出身のアメリカユダヤ人作家。自らのホロコースト体験を自伝的に記し、1986ノーベル平和賞を受賞した。ボストン大学教授
来歴[編集]
ハンガリー名ヴィーゼル・エリエーゼル(Wiesel Eliézer)としてシゲト(現在のルーマニアシゲトゥ・マルマツィエイ)に生まれる。生家は食料品店を営む、ハンガリー系の正統派ユダヤ教徒の家庭だった。ヴィーゼルは幼時よりヘブライ語トーラーカバラを学んだ。
シゲトは1940ナチス・ドイツの占領を受け、この町のユダヤ人は1944強制収容所へ送られた。ヴィーゼルはアウシュヴィッツで囚人番号A-7713刺青を左腕に彫られる。母と妹はガス室送りとなり、行動を共にすることができた父も辛い環境に耐えられず、ブーヘンヴァルト強制収容所にて[3]終戦を迎える前に命を落とした。
戦後、フランスの孤児院に送られてフランス語を学ぶ。ヴィーゼルは生き残った姉2人とここで再会することができた。1948ソルボンヌ大学へ入学し、哲学を専攻する。ヘブライ語教師や合唱団長の職を経てジャーナリストとなった彼は、イディッシュ語やフランス語でイスラエルフランス新聞に寄稿するようになったが、戦後11年もの間、ホロコースト体験だけは扱う気になれなかった。しかし友人フランソワ・モーリアックの勧めにより、ヴィーゼルはホロコーストについて書き始めた。こうして小説『夜』の出版にこぎつけたが、モーリアックの後押しにも拘らず、この本は当時ほとんど売れなかった。
1955、イスラエルの新聞『イェディオト・アハロノト』の通信員としてニューヨークに移住。1963、米国に帰化した。
暴力や圧政や差別を告発する本を書き続けて、1986ノーベル平和賞を受賞。このほかにも多数の栄誉を授けられているが、ユダヤ人社会の一部からは批判も受けている。たとえば言語学者ノーム・チョムスキーは、パレスチナ問題でイスラエルにばかり肩入れしてパレスチナ人の苦しみから目を背けているとヴィーゼルを糾弾した。政治学者ノーマン・フィンケルスタインは、ヴィーゼルが法外な講演料を要求し、ホロコーストを金儲けに利用している、と非難した。このほか、ヴィーゼルの政治思想は(過度に修正主義シオニズム寄りであるということで)クリストファー・ヒッチェンズなど一部の非ユダヤ人からの攻撃にあっている。
201672日、ニューヨーク市の自宅で逝去。87歳没[4]
邦訳[編集]
村上光彦 みすず書房 1967
『死者の歌』村上光彦訳 晶文社 1970
『夜明け』村上光彦訳 みすず書房 1971
『昼』村上光彦訳 みすず書房 1972
『幸運の町』村上光彦訳 みすず書房 1973
『エルサレムの乞食』岡谷公二 新潮社 1974




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