会計と犯罪  細野祐二  2019.8.19.


2019.8.19.  会計と犯罪 郵便不正から日産ゴーン事件まで

著者 細野祐二 会計評論家。1953年生まれ。82年公認会計士登録。7804KPMG日本及び同ロンドンにて会計監査、コンサルタント業務に従事。04年株価操縦事件に絡み有価証券報告書虚偽記載罪の共同正犯として逮捕・起訴され、無罪を主張したが10年有罪確定。公認会計士資格剥奪。現在、評論・執筆活動の傍ら、自身が開発したソフト「フロードシューター」により上場会社の財務諸表危険度分析を行っている

発行日                2019.5.29. 第1刷発行             19.6.25. 第2刷発行
発行所                岩波書店

粉飾決算事件における共謀容疑で、一貫して無罪を主張したが有罪確定した著者。同じころ、郵便不正事件で厚労省の村木厚子元局長が無罪となった。2人の判決の差は何か。著者は郵便不正事件の研究から未踏の犯罪会計学を切り開き、日産ゴーン事件をも鋭く抉っていく。その核心は、経済事件における特捜検察の捜査思想と冤罪構造にあった

はしがき
東電の原発廃炉会計がいかに企業会計原則を無視した不当なものかを訴えたかったが、キャッツ粉飾決算事件で逮捕・起訴された刑事被告人としての前科があり、大手メディアに採用されなかったなか、岩波の月刊誌『世界』が、お縄系セレブとして、発表機会を与えてくれた
2010年以降、有罪判決を受けた元刑事被告人でありながら、ハンディを感じることなく仕事ができたのは不思議 ⇒ 2010年の郵便不正事件、虚偽公文書事件、証拠改竄事件の3連発のお陰。特捜検察の冤罪構造が明らかになった結果、特捜事件の元刑事被告人に対する社会的差別が著しく緩和された
東芝の不正会計を暴く論考を『世界』に発表し続けた結果、東芝は粉飾決算として史上最高73億円の金融庁課徴金処分を受ける
本書は弘中法律事務所のリーガルチェックを受けている
日産ゴーン事件は本書がテーマとする犯罪会計学の課題そのものであるところから、ゴーン元会長の有価証券報告書虚偽記載並びに特別背任事件に対する犯罪会計学的所見を追加したが、その論述は現時点における犯罪会計学の集大成となった
私は、日本の公認会計士監査と特捜検察による経済司法に大きな危惧を抱く。11年のオリンパス粉飾決算事件や、15年の東芝粉飾決算事件に明らかなように、企業から巨額の金をもらって行う日本の公認会計士監査は機能しない。また、郵便不正事件や日産ゴーン事件のように、現行司法は制度疲労が激しく、経済事件に対して有効に機能していない
犯罪会計学は、機能不全に陥る会計監査と経済司法を学際的な研究対象とし、その解決策を模索する

I 「あの日」からの私
第1章        執行猶予の日々
2010年税務調査、コンサル料は時間3万円の報酬
会計犯罪学研究のため英国留学を目指すが、執行猶予中でビザは難しく、ロンドン大学からは入学許可が下りたものの、ビザは発給されず、逆に長期の限定ビザで入国しようとしたところ逮捕拘留され強制送還

第2章        ジオス倒産
09年ジオスの破産処理請負 ⇒ 同社顧問弁護士からの依頼で財務分析をしたのが始まり。73年徳島で英会話教室スタート、急成長急拡大、01年からの海外買収で蹉跌
10年民事再生のCFO就任。優良子会社を売却して従業員給与を払うが、民事再生はスポンサーが下りたため破産へ。売却した子会社が東日本大震災で外国人留学生が減少したことが原因で資金繰りが悪化、その責任を取って子会社の社長として3年間でV字回復させたところで社長退任

第3章        自動車販売
知人の経営する郡山の自動車販売会社が持株の相続で揉めている中、副社長を引き受け、所有と経営の分離に奔走、社長からの個人借入を銀行借り入れに乗り換え、経営を立て直す

II 郵便不正事件という転換点
第4章        郵便不正事件
定期刊行物の割安な郵便料金が適用される第3種郵便には、さらに破格に安い身障者用低料第3種郵便がある ⇒ 第1種定形外120円、第360円に対し8
09年この制度を悪用したDMの格安大量発送事件が発生したが広告業界において半ば常識化したビジネス手法 ⇒ 障碍者団体が発行する定期刊行物は、面積の半分、封筒は無制限に広告を掲載できたため、広告主となる通販会社などがDM代わりに使っていたが、障碍者団体の実態は、名義だけ貸して刊行物の制作を一任したり、実体のない似非団体が多かった
郵便不正事件は、障碍者6団体の定期刊行物を装って、11社の広告主のDM3180万通が発送され、正規料金との差額37.5億円を免れた
料金差額は、18円だからこそ発生したもので、8円でなければ他の媒体に行ったはずのもので、損害額算定という意思決定会計に置いては無関連(無関連原価)
経済的被害者はいないが、実体のない障碍者団体と大量DM発行企業、仲介した広告会社、郵便事業会社等の関係者が逮捕 ⇒ 容疑は郵便法違反で、不正に料金を免れた微罪
大阪地検特捜がやるには微罪過ぎたため、法人税法違反や有印私文書偽造罪を抱き合わせて、社会規範と法定規範の大きな乖離を埋め合わせしようとしたもの
マスコミも福祉を食い物にする被疑者像に激高し、特捜の逮捕劇を煽った
郵便法だけで重罪となる郵便事業者の逮捕は不可解 ⇒ 身障者用第3種郵便の承認は郵便審査事務センターが事務的に処理するもので、発送手続きの窓口とは無関係にも拘らず、特捜の取り調べに対し、何ら経済的利益も受けていないにもかかわらず、「違法行為に犯意をもって加担した」との自白調書を取られ有罪になり特捜の冤罪被害者となった
不正事件を担当した特捜部長は08年就任の大坪弘道で、就任の初荷は小室哲哉の5億円詐欺事件 ⇒ 借財の返済に窮した小室が著作権を売却、代金を返済に充当した後、著作権の一部に自分のものでないものが含まれていたことが発覚、最初から騙すつもりだったとして詐欺を適用、有罪に持ち込む。主任検事は後の証拠改竄事件の前田恒彦検事
碌な余罪が出ないことに業を煮やした特捜は、厚労省から自称障碍者団体に発行された公的証明書を発行したキャリア官僚の村木企画課長を追い込めば虚偽公文書事件へと発展できるとして、無理やり厚労省に押し入った

第5章        虚偽公文書事件
公文書偽造は04年発生 ⇒ 国会議員の口利きにより村木課長が指示して証明書が発行されたというが、村木以外はすべて特捜調書に従って自白したため順次共謀として逮捕されたものの、国会議員のアリバイが発覚したのを契機に、自白調書が特捜の捏造であることが判明

第6章        無罪判決
村木裁判における公判で、裁判長が検察の証拠に対し、検事の誘導で作られたことが窺えるとして一部証拠採用を却下。同時に厚労省関係者が相次いで捜査段階の検面調書を覆す逆転証言。109月の大阪地裁判決は、国会議員のアリバイと、村木が指示したとされる証拠のフロッピーディスクの更新日時を基準に無罪
検察は通常告訴するが、地裁判決は控訴可能性をすべて否定したため検察も控訴できず、検察官の控訴を許さないとする裁判所の強い意志が感じられる
今回の判決は、「検察官の面前での供述が、公判廷の供述より信用できると椅子特別な事情(特信状況)は、客観証拠と整合する範囲に限定して認める」という画期的な判断を示し、従来検面調書を絶対視する特捜検察の捜査手法が裁判所にも強く支持されてきたことを覆す
本人の自白がない場合でも関係者に自白させれば罪に追い込めるわけで、村木裁判はまさに上司の塩田部長が自らの罪責の忌避または軽減のために虚偽の供述をして村木を冤罪に引き込んだものにほかならない ⇒ 「本人の自白」のみでは有罪にできないとされるが、共犯者の自白は「本人の自白」と同一視できないとして、共犯者の自白のみで有罪にできるというのが判例・多数説
村木は、自らの無罪判決を「大きな幸運が重なったお陰」としているが、本当の運は大阪地裁で客観証拠を重視する稀有な裁判官(横田信之)が担当になったことで、横田の評判を聞いた弘中弁護士が東京移管を主張しなかったのが幸い
弁護側が事件の真相を提示できないのは、刑事被告人には、一般に、基礎的な事件調査費用を負担するだけの経済力がないからだが、裁判所はその事情を考慮することはない
村木無罪判決を経て、検察は部下のノンキャリの係長ほかの控訴審を訴因変更により公判を再開、当事者間の共謀関係が立証されないまま逆転無罪判決となる

第7章        大阪地検特捜部
無罪判決の後、公的証明書のフロッピーの改竄を朝日がスクープ。検察も内部調査で事実を認め、担当の前田主任検事を証拠隠滅容疑で有罪に。上司の大坪特捜部長、佐賀副部長も犯人隠避容疑で有罪
前田が改竄を認めたことで特捜内部でその扱いを巡り混乱

第8章        証拠改竄事件
村木公判を維持・担当する検事からの突き上げで、特捜内部で検討の結果、故意改竄ではなく過誤として処理することを決定
大坪は、自らの著作『勾留120日』の中でも、「検察権の行使が国民の負託に応えるものと信じていたが、いつしかその原点の気持ちから離れ、検察権の行使という恐ろしい魔物に憑りつかれていた」と述べ、最高検の「厚労省無罪事件における捜査・公判活動の問題点」とする報告書でも大坪個人について、「独断専行、内部的圧力、叱責」などが指摘されている
大坪以下関係者の逮捕により、特捜検察に対する社会の問題意識は、「特捜検察の冤罪構造」から「大阪地検の不祥事」へと大きく転換 ⇒ 最高検にとってあまりに都合がよすぎる
13年高裁まで行って有罪確定 ⇒ 最高検によるトカゲのしっぽ切
大阪地検は、前田と大坪・佐賀を懲戒免職、次席検事以下検事正2名を減給・依願退職

第9章        特捜検察の終焉
組織人としての特捜上層部には何らの人間味も感じられない。1人塚部貴子検事だけが人間らしい ⇒ 同僚から改竄を聞かされ佐賀に、村木の無罪を公表するよう、職を賭し涙ながらに直訴したが、終了宣言に次ぐ箝口令に従い職を辞することはなく、村木の有罪論告求刑まで行う
大坪は『勾留120日』の中で村木には一切謝罪していないどころか、今でも村木が無実だと思っていない。結果は最悪でも、自ら謝罪することではないと思っている
1審の大坪・佐賀の有罪判決には執行猶予が付き、情状として「特捜部の病弊」とか「体質」とかが記され、まるで無罪判決かと見紛うばかりで、裁判官の本年が垣間見える
本来最高検は、犯人蔵匿ではなく特別公務員職権濫用罪で立件しておくべき
ハインリッヒの法則 ⇒ 労働災害の発生確率に基づいて生まれた経験則で、「1つの事故が起きるまでには29種類のかなり危ないエラー、その前には200300種類のヒヤリハットが必ず発生している」
特捜に当てはめれば、村木事件までに29件の冤罪事件があり、その前には200300の際どい有罪事件が発生している、ということになる
捜査権と起訴権を併有する特捜検察のような組織は、日本と韓国くらい
特捜検察の冤罪構造は、一部不良検事の暴走によるものではなく、特捜検察の文化と思想そのものに起因

III 犯罪会計学で何が分かるか
第10章     犯罪会計学の成立
弘中弁護士の凄味は、「弁護士はやりがいのある刑事弁護それ自体により既に報われている」とする強烈なプロフェッショナリズムの実践配備にある。彼が手弁当覚悟で弁護を引き受けたのは、村木が亡妻の厚労省時代における直属の部下だったから
経済事件は故意犯のみで過失を罪に問わない ⇒ 犯罪事実は争っても勝ち目はないとされ、故意の有無にのみ争点が行く傾向が強いが、故意の立証でも検察は圧倒的に優位
08年最高裁が長銀粉飾決算事件に対して逆転無罪判決を自決 ⇒ 不良債権の原因を作った経営者が公訴時効で罪に問われない中で、後始末をやらされた経営者だけが有罪になるのは可哀想という社会の同情論が背景となって出た判決
09年日債銀粉飾決算事件では最高裁は差し戻しの判決 ⇒ 犯罪事実についての詰めが甘いとの判断であり、弁護側に対する無罪獲得のためのヒントが隠されている
11年差戻し審で高裁が逆転無罪の判決
粉飾決算事件は、一般刑事犯とは異なり物証が存在しないため、再審無罪があり得ない
粉飾決算事件を分析すると、長銀・日債銀ではそもそも粉飾がなかったにもかかわらず、弁護側が特捜検察の報復を恐れて粉飾事実を強く争わず、故意のみを争っていた
村木事件は、逆に犯罪事実を強く争った結果無罪を勝ち取る
04年日興コーディアル・グループとカネボウの粉飾決算では会計監査人の中央青山が07年解散
キャッツの適正な決算が粉飾と指弾される以上、粉飾決算はどこにでも存在 ⇒ 11年オリンパス、15年東芝の粉飾を分析
欧米では、財務諸表危険度分析を多くの民間団体が行い、監査法人を含む多元的な上場会社の財務諸表適正性監視体制が社会全体として機能している
財務諸表危険度分析のソフトを開発、フロードシューターと命名 ⇒ 粉飾発見器

第11章     日産自動車カルロス・ゴーン事件
18年日産のゴーン元会長逮捕。容疑は金融商品取引法違反(有価証券報告書虚偽記載罪)
元会長の先送り報酬50億円の過少記載は、企業会計原則上の発生主義の原則に従う限り、有価証券報告書において開示すべき役員報酬には該当しない ⇒ 逮捕事由に根拠はない
特捜による日産の内紛への民事介入の怖れ ⇒ 村木事件での失地回復を狙った起死回生の一打の積りなのだろう
元会長の会社私物化内部情報のうち役員報酬に関連するものは、ストック・アプリシエーション権SARと呼ばれる株価連動型インセンティブ受領権の導入を決め40億円分のSARを決定しながらそれが有価証券報告書に記載されていないことと、オランダの子会社からの報酬を受領しながら有価証券報告書に記載されていないことの2点だが、SARについては支払い実績のないものについては有価証券報告書に開示すべき役員報酬には該当しないし、オランダ子会社からの報酬にしても非連結子会社からの役員報酬は内閣府令が定める連結役員報酬には該当しない
海外の高級マンションの購入にしても、日産が資産を所有して元会長が専属的に使用していたに過ぎず、損失も発生しておらず、会計上の役員報酬とはならない
そのほかにも元会長は巨額の経済的便益を受けていたのだろうが、そのことと有価証券報告書虚偽記載罪は何の関係もない
元会長は、第1回目の逮捕では1115年まで5事業年度の役員報酬不記載容疑で起訴され、第2回目の逮捕では1618年までの3事業年度の不記載容疑で起訴、同じ犯罪構成要件だが、前者については有価証券報告書の提出義務者代表として訴追されたのに対し、後者では提出者が西川社長となっており、元会長は共犯者あるいは幇助犯に過ぎないにもかかわらず、司法取引の対象者でもない西川社長を正犯として逮捕することもないまま起訴に踏み切った ⇒ 特捜は元会長逮捕容疑の証拠のほぼすべてを日産内部情報に依存しているため、西川社長を逮捕できない。民間会社の内紛に刑事司法をもって介入したばかりに、秋霜烈日たるべき法の適用を自ら歪めた
元会長の勾留延長が却下されたため、1812月急遽特別背任罪容疑で3回目の逮捕 ⇒ 対象は個人資産の運用ミスによる損失の会社への付け替えとされているが、通貨スワップそのものは元会長の円建て収入のヘッジのためで、そもそも為替損失は出ていないという話もあり、さらには元会長の故意に至っては日産に財務上の損害がなければ存在しようがない
今後法廷で犯罪事実が全面的に争われると、無罪判決の可能性もかなりありそう。そうなれば特捜の解体もありうべし

第12章     日産ゴーン事件オマーン・ルート
194月保釈直後に特別背任罪容疑で再逮捕 ⇒ 対象は中東日産から代理店に支払われた販売促進費を一部元会長の実質支配口座に還流させて会社に損害を与えた疑い
資金の流れが解明できたとしても、元々特別背任を問うには支払われた販促費の妥当性の有無を解明すべきで、一旦正当に支払われた後は、受領者がどこに支払おうと自由
現時点での外部情報からは検察が不利のように見えるが、検察は既に司法取引対象者を含む日産関係者の検面調書を大量にとっており、特捜による検面調書に絶対の信用性を認める日本の裁判実務の下で、裁判官がこれだけ大量の検面調書を否定して無罪判決を書くのは至難の業
日本社会は、村木事件での特捜による証拠改竄事件により特捜の冤罪構造を知りながら自国民の力ではこれを糺すことができなかったが、今回のゴーン事件は国際世論監視の下で裁判が開かれる。我々は歴史の証人として本件の決着を見届けなければならない

あとがき
日本の刑事司法の恥は2つ。1つは人質司法であり、もう1つが戦時刑事特別法の残滓
後者の第1は、日本の現行刑事訴訟法では、判決文中に証拠理由を示さなくてもよく、証拠の標目(目次)のみでよいとされていること ⇒ 戦前の旧刑訴法では当然、犯罪事実と証拠理由を判決文で説明する必要があり、「標目でよし」とする変更は灯火管制下裁判官の判決文記述の負担軽減を目的として東条内閣の戦時刑事特別法により行われた
2は特信状況 ⇒ 同じ戦時刑事特別法の改正で、それまで認められなかった書面の証拠採用を認めることとした。予審判事が改めて尋問調書を作成したり、裁判官が証人尋問をしている余裕がなくなったりしたための緊急避難措置だったが、そのまま現在でも継続



(書評)『会計と犯罪 郵便不正から日産ゴーン事件まで』 細野祐二〈著〉
2019830500分 朝日
 特捜検察の冤罪構造あぶり出す
 エンロンやワールドコムの不正会計問題も、オリンパスや東芝の粉飾決算事件も、現場は企業の「会計」だ。この点は日産ゴーン事件の端緒となった有価証券報告書虚偽記載も変わりない。
 本書は「犯罪会計学」を構想する著者による、経済事件簿である。郵便不正、虚偽公文書、証拠改竄の3事件が本書の中心をなし、そのまた核に位置するのが虚偽公文書事件である。別名、厚労省の村木(厚子)事件――といえば、あああれかと思い出す人は多いだろう。
 自称障害者団体、通販会社、広告会社の3者が結託して、障害者団体のための低料金郵便制度を悪用したのが郵便不正事件である。大網をかけてみたものの、特捜部の網にかかったのは郵便法違反の微罪ばかり。そこで狙ったのが、次の虚偽公文書事件である。
 実体のない障害者団体と知りながら村木課長(当時)は部下に命じて証明書を作成させた。それを依頼したのは某政治家。このようなシナリオで村木氏とその部下を逮捕したものの、政治家のアリバイやら空白の8日間の矛盾やらでシナリオは崩れる。そればかりか、部下方から押収したフロッピーディスクのデータ改竄を行ったかどで、逆に担当検事が逮捕され有罪判決を受けるというオチがつく。
 犯罪会計学は社会派会計学といっていい。特捜検察の冤罪構造を炙り出そうとする本書にも、会計を社会の文脈で捉えるその特徴が表れている。捜査と起訴の2権を併せもち、密室で作られた調書に高い証拠性が付与される。このような特権を背景に郵便不正事件が虚偽公文書事件に拡大していくのである。
 経済犯罪だけでなく、企業行動の理論と実際を理解するためにも、会計学の知識は必須である。学生の頃読んだサムエルソンの経済学教科書には、会計学に関する付論があり、借対照表益計算書などの解説がなされていた。この程度の知識でも経済の現実を読む一助となるのである。
 評・間宮陽介(京都大学名誉教授・社会経済学)
    *
 『会計と犯罪 郵便不正から日産ゴーン事件まで』 細野祐二〈著〉 岩波書店 1944
    *
 ほその・ゆうじ 53年生まれ。会計評論家。粉飾決算事件の共謀容疑で起訴され、無実を主張したが有罪確定。

会計と犯罪 細野祐二著 元会計士、特捜の危うさ検証
2019/7/20 日本経済新聞
有罪と無罪の分かれ目が「運」で片付けられるのか。著者を突き動かしているのはこの痛烈な問いだ。著者は元公認会計士で、粉飾決算事件の共謀容疑で2010年に有罪が確定した。同じとき、郵便不正事件で起訴された厚生労働省の村木厚子元事務次官に無罪判決が出た。
村木氏自身は「運がよかった」としたが、自分は運が悪かったと済ますわけにはいかないと郵便不正事件を検証していく。
一つ一つ探り当てるように記録を追い、事件が検察の証拠改ざんに至る経緯を丹念に解きほぐす。浮き上がるのは、有罪を狙って動き出すと止まらなくなる特捜検察の危うさだ。
他方、経済事件の多くで被告人が無罪判決を得られなかったのはなぜか。著者は、公判で争うのが故意かどうかばかりで、犯罪事実そのものを争わないからだとの結論に至っている。
さらに筆は、日産自動車のカルロス・ゴーン元会長逮捕事件の分析へ進んでいく。企業会計原則からすれば不正に当たらない可能性を指摘し、やはり特捜の手法に厳しい視線を注ぐ。
ただ本書のハイライトはもう一つある。会計士資格を失った著者が、頼まれて企業を再生する場面だ。経済司法への検証を主題に置きながらも、会計が企業に息を吹き込むことへの期待を抱かせる仕立てにもなっている。(岩波書店・1800円)

経済司法と会計監査の闇を突く 会計のプロの気迫 八重洲ブックセンター本店
 日本経済新聞 2019.6.21.
入り口すぐのメインの平台で12列に並べて展示する(八重洲ブックセンター本店)
ビジネス街の書店をめぐりながら、その時々のその街の売れ筋本をウオッチしていくシリーズ。今回は定点観測している八重洲ブックセンター本店だ。ここでも10連休の影響で新刊点数が少なく、ビジネス書に勢いがなかったが、ようやく新刊も増え始め、徐々に売れ行きも戻りつつあるという。そんな中、書店員が注目するのは、経済司法と会計監査のあり方を実際に起きた事件をもとに考察した会計評論家の本だった。
自身の体験が出発点
その本は細野祐二『会計と犯罪』(岩波書店)。ビジネス書というより、ノンフィクション系の読み物といった方がいい。それも対象となっているのは司法だ。著者の細野氏は2004年、株価操縦事件に絡み有価証券報告書虚偽記載罪の共同正犯として逮捕・起訴され、無罪を主張したが、10年に有罪が確定した経験を持つ。この経験を通じて抱いた公認会計士監査と特捜検察による経済司法への疑問が本書の出発点となる。
記述の中心となるのは厚生労働省の村木厚子氏が逮捕された郵便不正事件の分析だ。全12章のうち半分の6章がその検証にあてられる。検証に先立つ自身の裁判を振り返る中で「私は会計の適正性と司法の虚偽記載の関係について深く考えざるを得ませんでした」と著者は書く。自身の有罪判決と村木氏の無罪判決は虚偽記載、虚偽公文書という一点でつながってくる。両者を分けたものは何だったのかを探ることが、郵便不正事件の丹念な検証のねらいだ。
日産ゴーン事件にも言及
最初の郵便不正事件から始まり、村木氏逮捕につながる虚偽公文書事件、そしてその過程で起きた検察内部での証拠改ざん事件まで、郵便不正事件全体のプロセスを細かく検証することで、特捜検察の存在意義やその組織文化に潜む問題点が浮かび上がってくる。そしてさらに経済事件の立件に絡む、世論と検察・裁判所との関係へと論をすすめ、最後に日産ゴーン事件への考察を繰り広げる。
会計の適正性と特捜検察のあり方を考える上で、日産ゴーン事件は重要な意味を持つというのが著者の見立てだ。国際世論を意識せざるを得ない裁判で、どのように進み、どんな判決が出るのか。それが特捜検察の存在意義や組織文化にどのような変化をもたらすのか。会計のプロとして経済司法に当事者や関係者として関わってきた著者の視点は、個別の企業経営にとどまらない事件の側面を我々に教えてくれる。
「ビジネススキルや心構えを説くビジネス書が最近の売れ筋。こうした本が関心を持たれているのはちょっと珍しい」とビジネス書を担当する本店マネジャーの川原敏治さんは話す。



ビジネス法務の部屋 山口利昭法律事務所 ブログ
20106 3 ()
キャッツ会計士・最高裁判決(有罪確定)への感想
細野祐二氏の著書は何度も当ブログで取り上げさせていただきましたし、法と会計の狭間の問題を検討するにあたり、その意見については何度も参考にさせていただきました。JALがあのようになる2年以上前から「空飛ぶ簿外債務」として、その問題点を指摘されていたことや、日興コーディアル事件が話題となるきっかけとなった論稿をお書きになっていたことも印象的であります。
その細野氏が被告人とされているキャッツ粉飾決算刑事事件の最高裁判決(第一小法廷)が5月31日に下され、細野氏の有罪が確定しております。話題の事件判決として、すでに最高裁のHPで判決文が公開されております。これまでの細野氏の主張から、どのような判決が出るのか楽しみにしておりましたが、結果はわずか4ページの短い判決文です。補足意見もなく、裁判官全員の意見として原審(高裁判断)を支持しております。
「司法に経済犯罪は裁けるか」(細野祐二著 2008年 講談社)の第3章「司法と会計」を改めて読み直し、この最高裁判決文を何度か読み返してみましたが、制度会計における会計行為(会計事実+会計処理の原則・手続き+会計報告書・会計数値)のうち、細野氏は会計処理の原則・手続きのところで勝負しようとしたのでありますが、最高裁は「会計事実」で判決を下した、というのが実際のところではないでしょうか。法律家が複式簿記を知らない(得意としない)ことは細野氏が先の著書のなかで述べているとおりだと思いますし、継続企業の前提において、「貸金」「預け金」の区別にどれほどの意味があるのか、ということも、おそらく細野氏が述べているとおりかと思います。ちなみに、上の「会計行為」の解説は、「会計学一般教程(第7版)」武田隆二著の4頁をもとにしております。
しかし、消費貸借や消費寄託という契約の「要物契約性」については、まぎれもなく会計ではなく、法律の分野であります。「資金移動の根拠となる契約は果たして有効だったのか」というところは、会計基準によって判断されるのではなく、まぎれもなく法律もしくは裁判例によって決定されるのでありまして、額面30億円のパーソナルチェックが交付されたことによって、「返済がなされたのか」「運用資金が移動したのか」というあたりは、消費寄託契約の有効性を決する「要物性」の問題として、すでに最高裁よりも前の大審院の時代に出た先例があります。最高裁が焦点をあてたのは、会計処理の手続きではなく、それ以前の「会計事実」であり、細野氏がこの「会計事実」を認識していたことに注目していたものと思われます。パーソナルチェックを振り出した人間の資力が乏しかったのかどうか、支払呈示に回さないような合意があったのかどうか、これらは継続企業の前提における会計処理の問題からすれば、その処理方法に大きな問題はなかったのかもしれません。しかし、消費貸借契約、消費寄託契約が有効に成立しているかどうか、つまり条文上の「要物性」や「寄託」の意味を解釈するうえでは大きな意味を有しているのでありまして、そこが明確にならねばそもそも「会計事実」(物的・経済的な事実関係)が存在しないことになるのではないでしょうか。
もちろん、虚偽記載有価証券報告書提出罪の「共同正犯」が認定されているわけですから、そこには刑法総論でおなじみの「共謀共同正犯」に関する成立要件(たとえば順次共謀による共同正犯の成否など)も議論されるのかもしれません。しかし、このあたりは最高裁は極めて保守的であり、とくに「経済犯罪」に特有の論点でもありません。最高裁は、会計専門職に対して太刀打ちできない「会計処理の妥当性」で議論するのではなく、契約法理の支配する領域、つまり会計事実のところで判断を下したのであり、法律を知らないことをもって故意は阻却されない、という、これまた司法ではあたりまえの論理によって、ほとんどむずかしい議論もすることなく有罪を認定したものと思われます。
正直なところ、細野氏側を応援していた立場からして、「なぜわずか4頁の最高裁判決」で終わってしまうのか、冷静に分析をしてみたいと思ったので、心苦しいのではありますが、このような感想を書かせていただきました。会計不正事件のなかで、監査人が最も粉飾を発見しにくいのは経営者が第三者と共謀している場合であります。おそらく粉飾見逃し責任を問われる可能性は乏しいと思います。しかしその監査人が「経営者の共謀の事実を知っていながら適正意見を表明したら・・・」といった論理が最高裁の判断には流れているように感じました。司法にも経済犯罪を裁く方法が(それなりに)あるのではないか・・・というのが正直な感想であります。



会計評論家 細野祐二さん
「本当の粉飾」はこれだ(1) 有罪判決の元会計士が開く闇
日本経済新聞 夕刊 20191125 15:30 
 会計評論家の細野祐二さん(65)は自らを「不正会計分析官」と称する。企業が公表している決算情報をもとに、これまで多くの粉飾を暴いてきた。本来チェックすべき監査法人は、企業との癒着から見逃しているという。活動の原点には大手監査法人でパートナーまで務めながら、粉飾に関与したとして逮捕された挫折体験がある。

2018年から毎月100社ずつ、私が開発した会計不正分析ソフト「フロードシューター(粉飾発見器)」を使って、企業の有価証券報告書の記載データに不審な点がないかどうかを分析しています。結果は「複式簿記研究会セミナー」という私塾で毎月、会員に説明し、その模様はインターネットでも配信しています。
日本には上場企業が約3600社あり、これまでに2千社の分析を終えました。フロードシューターが「危険」「要警戒」と判断した企業は100社ほどあり、そのいくつかは実際に経営がつまずいて経営戦略を変えました。
海外では私のように民間の力で独自に決算を分析し、経営者の不正を暴く「粉飾分析官」なる人々が存在し、それが資本市場の厚みや健全性を高めています。日本でもこのような輪を広げていきたいと考えています。
 もともとは4大監査法人の1つ、KPMGの日本オフィスでパートナーを務めたエリート会計士。ある新興企業の粉飾決算に関わったとして04年に逮捕・起訴される。無実を主張して最高裁まで争ったが、10年に懲役2年・執行猶予4年の刑が確定した。
日本では特捜検察が起訴したら被告人は99%有罪です。私には自白、動機、客観証拠のいずれもなかった。それなのに、関係者の自白だけにより検察は私を逮捕し、「粉飾をした公認会計士」としたのです。
いまでも、その企業に対する自分の監査は適正だったと思っています。私は「こういう決算が本当の粉飾だ」と社会に示したかった。だから企業決算の「勝手分析」を始めたのです。
最初の成果は旧日興コーディアル証券でした。特別目的会社によって会計上の利益が多く計上されていることを発見しました。旧ライブドアなどがテクニカルな会計手法を駆使していることも明らかにしました。東芝の不正会計では、経営者が暴走した動機が米原子炉メーカーの買収失敗による資金繰り悪化にあると見抜きました。
なぜ、企業の財務諸表をチェックする監査法人は不正を見逃すのでしょうか。それは企業からお金をもらっている弱みがあるからだと思います。監査報酬は大企業だと数億~数十億円に上ります。公認会計士も生活がかかっているので、不正の兆候を見つけても言い出しにくい。
私は企業から1円の報酬も受けていませんし、公認会計士という権威にも寄りかかっていません。そうやって、まっとうな会計監査を市民の手に取り戻したいと考えています。
(シニアライター 木ノ内敏久が担当します)

「邪魔者扱い」に幻滅 有罪判決・元会計士の新人時代 「本当の粉飾」はこれだ(2)
日本経済新聞 夕刊 20191126 15:30 
 1953年、三重県久居町(現・津市)に4人兄弟の末っ子として生まれた。ほかの兄弟がみな地元で就職するなかで、幼い頃から東京に憧れていた。
3の時におやじが病死し、家計が苦しくなりました。でも、私はどうしても東京の大学に進みたかった。暗記ものが苦手で、英語・国語・数学で受けられるのは私立しかありません。早稲田大学の文学部に入りましたが、生活費などを稼ぐため、アルバイト漬けの毎日でした。
バイトは飲食店が中心です。どうしても夜型の生活になり、授業に出るどころではありません。早稲田は2年生終了時に所定の単位を取らないと、留年が自動的に決まります。「これではいけない。一からやり直そう」と再び受験し、早稲田の政治経済学部に入りました。
幸いなことに、文学部のときは存在すら意識していなかった奨学金をもらうことができました。最初に30万円が振り込まれ、それを増やそうと、生まれて初めて企業の株を買いました。

大学を卒業した年の夏、公認会計士の2次試験に合格(写真は会計士補として日本公認会計士協会の仕事をしていたころ)

当時は空前の上げ相場で、30万円があっという間に200万~300万円に膨れあがり、そこから上がった利益を生活費に充てました。株式チャートの見方を独学し、新聞の株式相場欄に目を通しながら、卒業までに資産を堅実に増やしました。
3年生の複式簿記の授業がきっかけで、公認会計士を志すようになりました。多人数の間で金銭の貸借関係があるときに、一発の会計しわけで相殺処理できることに感動を覚えたのです。もともと会社勤めは向かないと思っていたので、「飯が食えるようになるには試験に受かるしかない」と考えました。
大学3年の夏からバイトも一切やめて、公認会計士試験の勉強を始めました。首尾よく、大学を卒業した78年の夏に2次試験に合格しました。
当時の2次試験合格者はまず会計士補になり、その後の実務経験などを経て正式に公認会計士になります。大学主催の祝賀会で、監査法人に勤めるOBと引き合わせられました。たまたま隣の席にいたOBから熱心に誘われ、入所を決めたのが外資系のピート・マーウィック・ミッチェル(現在の4大監査法人の1つ、KPMG)でした。
 翌年から見習いの会計士補として働き始めた。先輩から会計のイロハを学んだが、すぐ仕事に幻滅を感じた。
外資系の監査法人はトップが英米人で、その下にパートナーと呼ばれる日本人幹部がいて、私のような若手はパートナーの下について実務を学びます。上司や先輩に飲みに連れていかれても、口から出るのは事務所の悪口ばかり。彼らが尊敬できませんでした。
会計士は顧客の企業に出向いて、会計帳簿をもとに資金の出入りなどに不審な点はないかを確認するのが仕事です。それなのに企業ではいつも邪魔者扱いされて、肩身の狭い思いを何度も味わいました。こんなことでは会計士の仕事に誇りを持てない。何かを変えなければという思いが、私のなかで強くなっていきました。

英国では邪魔者じゃない 会計士の誇り、日本離れ知る
2019/11/27 2:00
 外資系の監査法人、ピート・マーウィック・ミッチェル(PMM、現在のKPMG)に入所して3年目。日々の仕事に幻滅を覚えるなか、全世界の若手を対象とした人材育成プログラムに応募した。希望する国で監査の仕事ができるというもので、身重の妻とともに本部のある英国に渡った。
日本の公認会計士制度は戦後、英米をお手本に導入されました。英米の監査法人がはるばる極東にまでやってくるのだから、この仕事には誇るべき何かがあるはずだ。それを本場で確かめたいと思いました。
ある日、いつものように企業に行って帳簿を調べていたら、そこの社員がけげんな顔で「何をしているのか」と聞いてきます。常に企業から邪魔者扱いされていた日本の時の感覚で「すみません。ただの会計士です」と釈明すると、その人は「そんな言い方をするものじゃない。立派な仕事じゃないか」と言いました。
英国の社会全体が、会計士をプロフェッショナルな職業として尊重していることに驚きました。PMMの本部事務所における内部研修でも、海外から学びにきた私たちに対し「監査の伝統を伝えたい」という気迫や熱意をいつも感じました。私が求めていたものが、そこにありました。
 英国には3年いた。一番の思い出は、現地で1年半たったころに抜てきされた国際交渉の仕事だった。
オイルショック後に先進国からお金を借りていた新興国の財政が行き詰まり、借金が返済できなくなりました。貸し手である先進国の銀行団と新興国の間で、「リスケジューリング(リスケ)」と呼ばれる返済計画の見直しが始まりました。日本人の私もチームの一員として駆り出され、旧ユーゴスラビアを担当しました。
驚いたのは、ユーゴが国として借金の額を正確に把握していなかったことです。
リスケでは債務額が確定すれば当座の資金は即座に融資してもらえます。だから、ユーゴの担当者は私の質問に対し、何でも「そうだ」と同意しました。しかし、その証拠を求めると「ない」と返ってきます。銀行団とユーゴの間で帳尻を合わせるのに奔走しましたが、お金にルーズで破綻するのは国家も会社も同じだと感じました。
リスケの交渉は一向に進まないのに期限が迫ってきました。私は家族とギリシャ旅行を計画していて、「キャンセルした方がいいか」と上司に尋ねました。すると「リスケが期限に間に合わないのは君のせいではない。なぜ君の生活を犠牲にしなければならないのかね」と不思議そうな顔をするのです。
それもそうだと思い、当初の予定通り、ギリシャ旅行を楽しみました。結局、リスケの交渉期限は3回延期され、私が休んでもどうということはありませんでした。日本人は納期や締め切りに追われながら、いつも仕事をしています。私生活を犠牲にしない英国流の考え方に感心させられました。
(シニアライター 木ノ内敏久)

「粉飾共犯」で突然の逮捕 最年少パートナーから暗転
2019/11/28 2:00
1987年に英国研修から帰国。外資系監査法人、ピート・マーウィック・ミッチェル(PMM、現在のKPMG)の日本オフィスで、管理職の「スーパーバイザー」に就いた。
ちょうど、バブル経済が始まったころで、大手監査法人は一斉にコンサルティング業務を新たな収益源として育て始めました。先べんを付けたのが、米系の旧アーサー・アンダーセンです。アンダーセンでは年収1億円プレーヤーが続々と誕生していました。私にコンサル強化のミッションがくだりました。
着手したのは、PMMが海外で監査を担当している日本企業を洗い出し、本社での仕事をライバルから奪い取ることです。
最初の成果が電通でした。上司から「君がやれ」と任され、東京・築地にあった本社に通いました。経理局に御用聞きに行き、様々な雑務を無料でこなしました。いつものようにある雑用をした時のことです。椅子にどっしりと腰をおろしていた経理局長が「細野、これは借りにしておいてやる」と言うのです。
その時はただの冗談だと思っていましたが、あとで「あの言葉は非常に価値があるのだよ」と教えてくれた人がいました。受けた恩を数十倍にして返すという電通独特の言い回しだというのです。その後、電通は監査法人をPMMに切り替えました。局長はあの時の「借り」を本当に返してくれたのです。
非上場企業の株式公開の支援も手がけました。合計8社の上場に成功しました。こうした仕事が評価され、90年にパートナー(共同経営者)に昇格しました。通常、パートナーは40代半ばにようやくなれるものでした。当時、私は36歳。日本オフィスの最年少記録を更新しました。
PMM87年に国際的な合併でKPMGとなり、細野さんはアジア太平洋地区の品質管理の総責任者に就いた。出世の階段を順調に上っていたところに突如浮上したのが粉飾決算の疑いだった。
きっかけはキャッツという上場企業の創業経営者が、相場操縦容疑で逮捕されたことでした。私が上場を支援した会社で、会計監査も私が担当しました。私は東京地検特捜部から呼び出しを受けました。
監査法人の顧問弁護士は「会計的に何の問題もない」という見立てでしたが、新興企業の相場操縦など特捜にしてみれば小粒の事件で、私は「本当は自分を狙っているのではないか」と嫌な予感がしました。
20043月、私は粉飾決算の共犯容疑で逮捕されました。東京拘置所に移送され、独房で呆然(ぼうぜん)としていると突然、扉が開きました。
初老の看守が顔をのぞかせ、「細野、お前は何をしたんだ」と聞きます。「公認会計士として、いい仕事をしただけです」と答えました。看守は一瞬虚をつかれた様子でしたが、やがてこう言いました。
「そうか。ここにはたくさん偉い人が来てお前のように否認を貫いた人がいた。お前も偉かったそうだが、ここでは関係ない。つらい時はここで泣け。外では絶対泣くな。外で待っている人はもっとつらいんだ」。私は涙が止まりませんでした。
(シニアライター 木ノ内敏久)

有罪判決で「会計士」剥奪 粉飾の指摘、自由な立場で 「本当の粉飾」はこれだ(5)
日本経済新聞 夕刊 20191129 15:30
  上場企業だったキャッツの粉飾決算の共犯容疑で逮捕された。社会的に抹殺されるなか、家族が支えとなった。
罪を認めなかったので、拘置所に190日間、勾留されました。自分の力ではどうしようもない世界に放り込まれ、絶望感にさいなまれました。
そんなときも妻は明るく、弱音を吐きませんでした。毎日面会に来て、手紙も毎日寄こしました。190通の手紙は今も手元にあります。「多くの人があなたのことを信じています。検察官の圧力に負けずに戦ってください。家のことは心配いりません」と書いてあります。
妻とは私が20代半ば、公認会計士の2次試験に合格して会計士補となったころに出会いました。会計士補は日本公認会計士協会で研修を受けるのですが、女子大の学生だった妻は協会でアルバイトをしていました。
家族のためにも、なんとかして身の潔白を証明したかった。妻は控訴審に負けた直後に白血病で亡くなりました。
  弁護団はキャッツの粉飾を認めたうえで、細野さんによる共謀の有無を争点にしようとしたが、司法の壁は厚かった。
一審で敗訴した後、キャッツの経営者の弁護士が謝りに来ました。私の前で土下座し、「経営者は検察官に誘導されて細野氏が粉飾を指示したとウソの自白をした」と言うのです。
控訴審ではキャッツの経営陣が「証言はまったくの虚偽」「細野氏の粉飾指導はなかった」と涙ながらに証言しました。そもそも「会計処理は適正だった」という関西学院大学の研究者の意見書も出ました。
しかし東京高裁は控訴を棄却しました。私とキャッツの間にコンサルタントがいて、キャッツとコンサルが共謀すれば私とコンサルの共謀は可能という理由でした。その後、最高裁でも上告が棄却されました。
  一審公判中から、企業が公表する決算の「勝手分析」を始めた。今年で15年になる。
勝手分析は私の存在証明のようなものです。世の中に粉飾決算と呼べるような財務諸表がいかに多いかを世間に知ってほしいと思いました。
当初は知り合いのジャーナリストの名を借りて、分析結果を発表していました。そのうち私の個人事務所でもリポートを出し始め、本も結構売れました。かつて上場を支援した経験を見込まれ、企業再生の依頼も来ました。最高裁まで争えたのは、こうした副収入のおかげです。
有価証券報告書は長編小説のようなものです。入金・出金、負債・資本などの情報から、企業が立体的に見えてきます。この1年に限っても、ZOZORIZAPグループの財務状態についてアラートを出しました。後日、両社は経営戦略の転換を余儀なくされました。今後は海外企業も対象に加え、世界に発信していくつもりです。
有罪判決により、私は公認会計士資格を剥奪されました。でも国家公認ではないからこそ、企業や権威におもねることなく、不正会計を自由に指摘できる。私は本物の会計士になったのだと思っています。
(シニアライター 木ノ内敏久が担当しました)


コメント

このブログの人気の投稿

近代数寄者の茶会記  谷晃  2021.5.1.

新 東京いい店やれる店  ホイチョイ・プロダクションズ  2013.5.26.

自由学園物語  羽仁進  2021.5.21.