大阪弁の犬  山上たつひこ  2017.12.10.

2017.12.10.  大阪弁の犬

著者 山上たつひこ 1947年徳島県生まれ。7歳で大阪に出る。出版社(日の丸文庫66年入社)勤務を経て漫画家に。代表作『がきデカ』は社会的にも大ブームとなり、掲載誌の『少年チャンピオン』を少年誌初の200万部に押し上げた。90年漫画家から本名の山上龍彦として小説家に、03年再び山上たつひことして小説と漫画を描く。15年文化庁メディア芸術祭優秀賞受賞

発行日           2017.11.25. 初版発行
発行所           フリースタイル

『がきデカ』を生んだ天才漫画家、初の自伝
過去に書いたものを集めて、現時点で自身が当時を振り返って書いたという体裁にして全体をまとめたもので


42年前に金沢で知人と会った際、こんなところに家があったらいいなとふと漏らしたのがきっかけで、すぐにいい家があったと連絡があり、これも縁かと仕事場として古民家を買い、以来正月を過ごすのが我が家の行事となった
小学校1年の頃、馬場のぼるの漫画によって世界を認知
いつの頃からか若い人の声を耳障りに感じるようになった(02)。無遠慮、傍若無人、幼児的、ほとんど日本語の体をなさない発音、滑舌
恐ろしいのは、女店員の鼻の裏に声帯をつけたかのような声が、日本の女子高校生の一般的発声であること。現代社会の病巣を突き付けられたようで暗澹たる気分になる
声は恐ろしい。姿形以上に本質が出る。日本語の乱れと、声たちのさすらい。両者の変節は無縁ではあるまい
辰巳ヨシヒロに多大な影響を受けている。彼は手塚治虫調以外の画風でもう1つの漫画のジャンルを確立したかった。手塚治虫が著者の身中にエロスを吹き込んだ作家だとすれば、辰巳は都市風景の暗澹を教えてくれた作家
高校の終わりごろから日の丸文庫にアルバイトで出入していてそのまま就職、編集の仕事に携わる傍ら漫画を描き、自分の編集する本でデビューし漫画家になった
関西では、貸本劇画が漫画家としてのスタート
72年上京して和光市に賃借するが、大家は農家で、東京近郊の農家に共通した因業さかもしれないが下種な覗き見根性と、地方にも独特の底意地の悪さがあるが、関東の、都市に隣接した農村地帯のまったく別種の精神性というか、仮借のなさがあるように思える悪意に満ちた嫌がらせを受け、4か月で転居
転居で憑き物が落ちたように、双葉社の『マンガストーリー』に発表した『ゼンマイ仕掛けのまくわうり』の評判がよく、後の『喜劇新思想体系』の原型となる ⇒ 山本薩夫の映画『怪談牡丹燈籠』に刺激を受け、幽霊が人に恋をするという映画のパロディ仕立てにしたのが受け、『喜劇新思想体系・怪談ボタン燈籠』を始めとするシリーズ物となった
元々近未来ポリティカル・フィクションの漫画『光る風』で注目を浴びたが、ドタバタ喜劇・ギャグの方が性に合っていたことから、この作品がすべての呪縛から解き放ってくれた
74年秋田書店の『少年チャンピオン』の紙面建て直しのために連続物を依頼されたが、当時は対象に距離を置いたギャグの『猿飛佐助』などが絶好調で、いい加減に安請け合いし出まかせの中で出てきたのが『がきデカ』で、その後の社会世相史に意味を持つ作品が誕生     
それが契機となって『少年チャンピオン』の連載陣は充実 ⇒ 水島新司の『ドカベン』、手塚治虫の『ブラック・ジャック』などと同時





「大阪弁の犬」山上たつひこ氏
不浄なものの向こうの本質
日本経済新聞 朝刊 20171118 2:30 [有料会員限定]
「貸本漫画の時代の最後に立ち会った人間として、当時を書き残す必要があるとかねて考えていた。さまざまな断片を集めるうちに自分の半生を振り返ることになった」。1970年代に一世を風靡したギャグ漫画『がきデカ』の制作に忙殺された日々を含め、これまでに著したエッセーを自伝的にまとめ上げた。

吉野川が美しい徳島から、小学生で大阪に移る。家の目の前にあったくさいドブ川に衝撃を受けた。「劇画の洗礼を受けたのも同じ頃で、一緒に記憶に刻まれた。この強烈な体験を通じて、不健康なものや不浄感の向こうに本質を探るということを偶然学んだ」と振り返る。表現者としての基礎となる原体験だ。
短編漫画集『影』で劇画ブームを巻き起こした「日の丸文庫」の編集者になり、衰退に苦しむ貸本業界の人々を目の当たりにしたのは貴重な体験だったという。すぐに漫画家として独立。軍国主義の台頭する近未来を舞台として社会を切り取った『光る風』で高い評価を得る。
東京に拠点を移し、仕事場の安アパートで近所とのトラブルで疲弊していた時に生まれたのが、昭和の世相史に残る『がきデカ』だ。ドタバタのなかに露骨な下ネタをふんだんに盛り込み、主人公の少年警察官が連発する「死刑!」のセリフは子供に大流行した。
「それまでに培われていた自分でも気づかないものが、ポーンと出てきて生まれた。ギャグで旧来の常識を打ち砕くことができた」という作品だ。しかし、「壊す」手法を長く続けるのは難しい。「そのうち自家中毒"になって描けなくなった」と明かす。90年にいったん漫画の筆を置き、小説やエッセーに創作の軸足を移した。
18年前に金沢に移り住み、今も古い町家で暮らす。「自伝をまとめたことで、自らの立ち位置や周りとの距離が分かったのは自分でも収穫だった」と笑顔を見せた。(フリースタイル・1600円)
(やまがみ・たつひこ)1947年徳島県生まれ。大阪市での出版社勤務を経て漫画家、作家。著作に漫画『がきデカ』『光る風』、小説『ブロイラーは赤いほっぺ』など。


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