食べる私  平松洋子  2017.1.4.

2017.1.4. 食べる私

著者 平松洋子 エッセイスト。東京女子大文理学部社会学科卒。国内外の料理や食、生活文化などをテーマに幅広く執筆活動を行う。『買えない味』で第16Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。『野蛮な読書』で第28回講談社エッセイ賞受賞

発行日           2016.4.20. 第1刷発行
発行所           文藝春秋

初出 『オール讀物』(20133月から足掛け13年連載)の「この人のいまの味」

渡部の料理本を検索してヒット


第1章      
Ø  デーブ・スペクター(シカゴ出身)
「食事オンチ」を自認
おいしいものは無駄。お座敷もフランス料理のコースも、時間が長すぎて耐えられない
外食はリスクが高すぎる。チェーン店やファミレスなら当たり外れが少ない
余計な手間や段取りは、人生のむだ。満足感と満腹感があれは充分というのが食事哲学

Ø  林家正蔵(62年東京生まれ。059代目襲名)
うちには、あったかいご飯で泣き落としっていうのがありました ⇒ 両親の必殺技。親父に怒られて殴られた後、おふくろのあったかいご飯に救われる
お客のランク付け ⇒ 一番いい方は「高勢」か「香味屋」の洋食弁当、次が鰻、その次がカレーうどん、その次は何も出ない
根岸の洋食「香味屋(かみや)」に行くのがごっつぉうだった

Ø  ハルノ宵子(はるのよいこ:57年東京生まれ。漫画家。父は吉本隆明)
父と母は、許容できる味がめちゃめちゃ狭い。完全別メニューでした
父は味の素信仰なので、どんな味にされても怒らないと決めた

Ø  黒田征太郎(39年大阪生まれ。イラストレーター、野坂昭如の挿絵でデビュー)
僕が思う食べるときのかっこよさって、犬がガツガツ食う姿。それが生き物の本質だから
朝起きて寝床でゆっくりできないほどゆっくりできない
料理でも細かく皿が並んでいるのが面倒くさい、丼物のほうが楽
周囲に左右されず自分流を貫く、方程式通りにはいかない、仕事も食い物もそれと一緒

Ø  ヤン・ヨンヒ(64年大阪生まれ。女流映画監督。在日で家族は北と分断されたまま)
疲れたときは、オモニ手製の鶏スープを飲むと元気が出て、ほっとする
父は総連の活動家、兄3人を北への帰国事業で送り出す
洋食グリルを営んでいた母が店を畳んで兄たちへの生活用品や食品の仕送りに命を懸ける
鶏のスープは韓国家庭料理の定番、それぞれの家庭独自の味がある
自らの屈折した体験を映画にして数々の賞を取るが、北からは入国禁止処分に

Ø  伊藤比呂美(55年東京生まれ。詩人。加州と熊本を拠点に活躍)
生卵に醤油を多めに入れてズルズル飲むと、脳がピーンと反応する
生卵と納豆が好き。ジャンク物も嫌いじゃない
伊藤の書く言葉は、女の性や生殖にまつわる苦に向かってきた。自分の体を通過させた詩や語りの言葉を丸裸にしたうえで鷲摑みにして吐き出す
18歳で摂食障碍

第2章      
Ø  ギャル曽根(85年京都府生まれ。タレント。調理師免許。料理上手として知られる)
お箸の持ち方、ご飯を残さない、だしの取り方、母が厳しく躾けてくれたことばかり
子供にとって食事は初めての経験なので親の管理が大事 ⇒ 調味料を使わず、塩や砂糖も極力控えめにしたシンプルであっさりした味付け
身長162㎝、体重45㎏。2005年「大食いクイーン」としてテレビ初登場
肘をつかない、左手を添える、迷い箸をしない、取り箸を使う、皆母の教え

Ø  美木良介(57年兵庫県生まれ。歌手。ロングブレス開発)
ロングブレスで筋肉を鍛え、長年の腰痛が解消、10㎏単位のダイエットにも成功
タンパク質を多く摂取し、代謝を上げて新しい筋肉を作る

Ø  土井善晴(57年大阪府生まれ。料理研究家。土井勝の次男。「味吉兆」で修行)
レシピには、考え方から人格まで出てしまう
食べ物は生活の中にあるもの。歩いて、偶然見つけて、自分の鼻を利かせて発見するもの。食べ物の背景とともに感激があることを大事にする
父は「おふくろの味」を提唱。善晴はフランスで修行した後日本料理を習い、鎬を削るプロの世界から父の料理学校に呼び戻され、家庭料理によって思考の転換を迫られた
京都の河井寛次郎記念館で民藝と出会い、「家庭料理は民藝や」と気づく
日本では季節に先駆けることを大事にする文化がある
だしで味をつけるのが料理屋の仕事なので、素材を褒められても料理人は嬉しくない
「レシピは人格」と言い切る言葉に、料理研究家としての気概が滲む。思考や経験、姿勢の全てが反映される ⇒ 1番だしは料理屋のお吸い物専用、家庭では2番だしが有効

Ø  辻芳樹(64年大阪府生まれ。93年父静雄の跡を継ぎ辻調理師専門学校校長)
少年時代の鮮烈な味覚の記憶は、3つ星レストランでの自主トレです
和食の価値を海外に積極的に発信
食欲を充たすための食と、勉強のために集中して食べる食は全く違う
異能であることの使命を引き受ける人生を歩んできた人
60年、父が新聞記者から転身して調理学校を創設、高度な教育を学生に授けるために体系的なフランス料理の研究に着手、食文化研究家としての道を切り拓く。その父の気概と覚悟を幼いころから全身で受け止めてきた
14歳からミシュランの星付きレストランに通い、29歳で急逝した父の跡を継ぐ
「おいしい」とは何かという命題に哲学を見出したのが辻の人生

Ø  松井今朝子(53年京都市生まれ。歌舞伎の脚色・演出・評論。梨園の姻戚)
毎日の食事は「キューピー3分クッキング」の言いなり
苦いもの、えぐみのあるものが子供のころからの好物 ⇒ ひとの味覚は3歳で決まる
実家は祇園の日本料理店「川上」 ⇒ 端材を家族で食べていたので、口は肥えた

第3章      
Ø  安藤優子(58年千葉県生まれ。キャスター)
気がついたら、母がつくっていた料理をつくり、母が遺した器を使っている
母が決して許せなかったこと ⇒ 鍋ごとテーブルに置く、味噌汁の中にお玉を入れっ放しにすること。料理が終わったときは流しがピカピカ

Ø  ジェーン・スー(73年東京生まれ、東京育ちの日本人。作詞家。パーソナリティ)
食は身内のもの。社交に使うのは好きじゃない
「未婚のプロ」としてラジオの人生相談の名手
愛情のこもった手料理で育ち、外食の王道を行く老舗(楼外楼、ステーキのハマ、アントニオ)に通い、でも今は吉牛(吉野家の牛丼)
大事なのは、「何を食べるか」ではなく、「誰と食べるか」 ⇒ 「食事は身内のもの」が基本

Ø  渡部建(72年東京生まれ。食べ歩きが好評)
実家に行くと、母の手料理を食べられるありがたさのほうにギアが入る
お笑い芸人と食レポの関係は、ものを伝えるって多分ほとんど一緒、面白い話をするのと、このハンバーグがいかにおいしいか、ものの本質を何とか嚙み砕いて伝える所は、お笑いの話術に近い
様々な資格を持つ ⇒ 夜景観賞士検定3級、日本さかな検定3級、ダイエット検定2級、高校野球検定、ジャグリングもマスター済み
ブログ「わたべ歩き」
実家に帰ると、うまいもの食おうギアから、ありがたさのほうにギアが入り、環境と料理に至るまでのプロセスで十分おいしいっていう感じになる

Ø  光浦靖子(71年愛知県生まれ。幼馴染の大久保佳代子と「オアシス」結成)
1人で外食できないんです。家で食べます、リラックスしたいもんで
体が欲するものを食べるのが正しい ⇒ 国際薬膳師の免許を取る過程で勉強して体得

Ø  堀江貴文(72年福岡県生まれ。元ライブドア代表。13.11.刑期終了)
夜は常に外食。空いている日があると、もったいない
刑期19か月の間に30㎏減量
筋量を増やして基礎代謝を上げる ⇒ 食べるために筋量を上げる

Ø  大宮エリー(75年大阪府生まれ。東大薬学卒、電通経由独立。脚本、演出、映画監督)
潮汁を飲んだ時涙がぽろぽろ出て、食事は心に効くんだなと思った
実家に帰っても食べ物がないし、両親とも食べ物には無関心・無頓着だったので、おふくろの味がない
電通時代、自分を大切にする、労わる手段として、食べ物があるということを自覚
「思い出す味」があるというのが、人生の豊かさ

第4章      
Ø  高橋尚子(72年岐阜県生まれ。大阪学院大卒。00年女性アスリート初の国民栄誉賞)
鶏は皮と軟骨、魚は内臓と頭と皮が好きです
下戸だがワインにハマル ⇒ 人との繋がりを広げてくれる。豪州”Dead Arm”
カーボローディング ⇒ レースの1週間前から炭水化物を摂らず、タンパク質を多く摂り、試合4日前から糖質と炭水化物を摂ってエネルギーを蓄える方法

Ø  吉田秀彦(69年愛知県生まれ。9278㎏級金メダル。02年プロ格闘家デビュー)
僕の身体は、筋肉と脂肪のミルフィーユ
日本の柔道界が食べ物にも着目し始めたのは90年代に入ってから
減量とリバウンドの繰り返しの結果が、筋肉と脂肪の層になるので、引退しても痩せない

Ø  髙橋大輔(66年秋田県生まれ。探検家)
長い探検に出るときは、直前にカツ丼を食べずにはいられない
05年『ロビンソン・クルーソー漂流記』にまつわる探検の成功(実在の住居跡を発見)で一躍有名に

Ø  田部井淳子(39年福島県生まれ。登山家。75年女性初のエベレスト登頂)
山に登るときは、わさびと海苔がマストです
12年「余命3か月、IIIC(がん性腹膜炎)の告知で抗がん剤治療を受ける(16.10.逝去)
自身を形成したのは、郷土に根付いた食生活
山では、限られた食材を工夫して、おいしく食べる術を身につけている

Ø  山崎直子(70年千葉県生まれ。お茶大付高から東大航空卒。10年宇宙へ)
宇宙に行って、生ものやつくりたてのありがたさわかりました

Ø  畑正憲(35年福岡県生まれ。東大理卒。学研映画局を経て、著作家)
あらゆるものを混ぜたがるので、自分をつくるとひとつとして同じ味の料理ができない
「食べる」ということは相手を殺すこと。まずそこがきちんと理解されなきゃならない。産地に行って食材を相手にしながら、自分勝手に食材を殺してしまう料理人が多い
72年、北海道浜中町に「ムツゴロウ動物王国」を開設

第5章      
Ø  小泉武夫(43年福島県酒蔵の生まれ。東農大名誉教授。専門は食文化論。食の冒険家)
私は鯨少年。鯨の肉を食べないと手が震えてきちゃう
NPO法人「クジラ食文化を守る会」理事長
日本人は古来から鯨を敬い、親密な関係を築いてきた。それを多民族からどうこう言われる筋合いはない

Ø  服部文祥(69年神奈川県生まれ。登山家、作家。サバイバル登山)
シカを獲り、解体して食う。味わうことで深く動物にコミットする
行為を生活の中に織り込み、意識せずに自分の生活そのものに変えていかなければ、哲学も発想も工夫も意味がない ⇒ 行為こそが真の発見をもたらす、という現場主義
自然環境や地球全体を考えたとき、人間の権利にしか思いが及ばないのはちょっと残念
人間も自然と同列、同格であることを常に忘れないことが必要

Ø  「官能のモーツァルトと呼ばれたい」 宇能鴻一郎と会って
(34年札幌市生まれ。東大国文卒。作家。官能小説・ポルノ小説の流行作家)
62年直木賞受賞後数年たって書かれた食紀行の随筆集『味な旅 舌の旅』⇒ 日本各地の食べ物について自由闊達に綴る
もともと東大文IIに入学した日本古代史研究の徒 ⇒ 修士論文も『原始古代日本文化の研究』であり、芥川賞作『鯨神』も日本の土俗性に題材を求めている
長い間世間に素顔を晒さなかった
昭和50年創刊当時から『日刊ゲンダイ』に延々と続いた官能小説の連載が平成189月に最終回を迎え、宇能は表舞台から姿を消した ⇒ 月産1100枚、原稿料日本一、「下書きをしない天才」の誉れ高い
ポルノ界のモーツァルトと呼ばれたい ⇒ スムースに早く書く点はモーツァルト並み

Ø  篠田桃紅(13年大連生まれ。実家は岐阜の旧家。美術家)
食べたくなきゃ食べない。健康維持のために体操するとか、気恥ずかしくて嫌ですね
食べ物については非常にいい加減。規則通りにお行儀よくやるのは苦手。規則に縛られて自分がそれに従うという姿勢は一生取ったことがない
芥川の「運命は性格の中にある」という言葉が好き
ものを作るということを第一の仕事としてやってきたので、あとはすべて二次的なこと
人間の作り出した手立てでは表現できないものがある ⇒ 形にならないもの、言うに言えないものに潜んでいるものが非常に大事だということ
この世に生まれて完璧な自由なんてあり得ない。この世は制約だらけだが、その中で心の自由だけは持っていたい。だから、自分のつくるものだけは、全く誰にも何の遠慮もせずにつくりたい

Ø  金子兜太(19年埼玉県生まれ。帝大経卒。日銀勤務の傍ら前衛俳句の旗手)
本当に好きな食べ物なんていうものはあらへんのです。全部、通過儀礼です
反戦と鎮魂が金子俳句の核
たんなる味覚体験としての食べ物は俳句に出てこない

Ø  樹木希林(43年東京都生まれ。文学座。13年がん告白、翌年治療終了を公表)
食べることには可笑しさがある。いろんな記憶がつきまとうから忘れられなくなる
姿かたちがわからなくなる料理は嫌い。ひと手間だけかけた料理が好き
残り物を生かした料理 ⇒ (残り)ものの冥利が悪いから、何とか生かそうとする
7人の孫」に女中役で出演して森繁に、人間のすることのおかしみを教えられた
食べ物は、その時々、状況ひとつでおいしくもなれば、その逆もある(冒頭に続く)


あとがきに代えて
食べ物について語れば、人間の核心が見えてくる
その理由はとても簡単。食べることは、生きること。生きとし生けるものは、食べる行為から逃れることはできない。何を食べるか、誰とどう食べてきたか、何を食べないか、食べてこなかったか。食について思考を巡らせる言葉は自らの生の証である。そして紡ぎ出されるのは、血沸き肉躍る自由と放浪の物語だ 
各界のこの人が食べ物を語れば、人間の真実に触れる瞬間がもたらされるのではないかという予感を頼りに、この意図を明確にしたいという思いから第1回をデーブにお願いした
デーブの食べ物に対する関心のなさには、人物理解への手がかりが顔を覗かせているように感じた
毎回思い知らされたのは、子ども時代の食体験が人を司っている、その事実の重さ
食べ物について語るとき、自ずと人は鎧兜を脱ぎ、自身の半生と向き合う。ほんの些細な記憶にも厚みが加わるのは、食べ物という実在感のなせる業











食べる私 [著]平松洋子
[]松岡瑛理  [掲載]20160517
 「食」には人間の核心が見える──という発想の下、著名人29人に行われたインタビュー集。毎日何を食べ、どんな生活を送っているのか。あくまで具体的な一つひとつのエピソードから、当人の人生や職業が色濃く立ち上る。
 食と肉体が密接に結び付くのがアスリートだ。74歳のときでも、週1度は山を登ったという登山家・田部井淳子は登頂時、ごはんや味噌汁など慣れたものを食べる。山では「食べる人は動ける人」。大勢に囲まれて過ごすタレントはどうか。光浦靖子は「もやしだらけの食事」だった過去を経て、金銭に余裕の生まれた現在までの変遷を語る。飲み歩きの日々かと思いきや、テレビの仕事は「どろどろに疲れる」と、自宅で一人の食事を好む。些細な話にも人の状況や願望が映し出されており、思わずわが身を振り返る。


【書評】 産経ニュース 2016.5.1.
『食べる私』平松洋子著 『オール読物』の「この人の今の味」を単行本化 各界の29人が登場
平松洋子さん『食べる私』(文芸春秋・1750円+税)
 〈よけいな手間や段取りは、人生のむだ。満足感と満腹感があれば、もう充分〉。これが著者が発見した鬼才、デーブ・スペクターさんの食事哲学だ。
 『オール読物』に連載した「この人の今の味」を単行本化。100歳を過ぎても意欲的に創作を続ける美術家の篠田桃紅さん、探検家や料理研究家ら各界の29人が登場する。著者は食を通じて「人間の真実に触れる瞬間」を求めた。「食べることには可笑(おか)しさがある」(樹木希林)。食の好みや食べ方には、その人の半生と哲学が投影されていた。長年食に関わった著者ならではの極上の対話集だ。(文芸春秋・1750円+税)


2016.5.7. SankeiBiz
【書評】『食べる私』平松洋子・著 人間の真実に触れる瞬間
2016.5.7 05:00
 〈よけいな手間や段取りは、人生の無駄。満足感と満腹感があれば、もう充分〉
 これが著者が発見した鬼才、デーブ・スペクターさんの食事哲学だ。
 『オール読物』に連載した「この人の今の味」を単行本化。100歳を過ぎても意欲的に創作を続ける美術家の篠田桃紅さん、探検家や料理研究家ら各界の29人が登場する。
 著者は食を通じて「人間の真実に触れる瞬間」を求めた。
 「食べることには可笑(おか)しさがある」(樹木希林)。食の好みや食べ方には、その人の半生と哲学が投影されていた。長年、食に関わった著者ならではの極上の対話集だ。(1890円、文芸春秋)



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