マイナス金利政策  日本経済研究センター  2016.12.27.

2016.12.27. マイナス金利政策 3次元金融緩和の効果と限界
Negative Interest Rate Policy

編著者
岩田一政 日本経済研究センター代表理事・理事長。東大名誉教授。1946年生まれ。70年東大教養卒。経企庁。OECD勤務。86年東大教養学部助教授、教授を経て01年内閣府政策統括官。0308年日銀副総裁

左三川(さみかわ)郁子 日本経済研究センター主任研究員。1967年生。90年ロンドン大SOAS法学部卒(LLB)後、日本経済新聞社入社。金融部・経済部記者を経て、97年日本経済研究センターへ出向。慶應大商学研究科博士課程単位取得退学

日本経済研究センター

発行日           2016.8.10. 11         8.30. 2
発行所           日本経済新聞出版社

l  20161月、日銀が導入を発表したマイナス金利政策。1999年のゼロ金利政策以来で言えば、第5の非伝統的な金融政策であり、「史上最強の枠組み」と黒田総裁が称する、量的・質的金融緩和(QQE)の両軸にマイナス金利を加えた「3次元緩和」政策
l  少子高齢化が進行するもとで、デフレとの長期にわたる闘いの末に導入を決断したマイナス金利政策によって、日本経済はデフレから完全に抜け出し、成長路線に戻ることができるのか。それともネガティブな効果を経済に与えるのか。日本銀行は財務の健全性を保てるのか。3次元QQE政策はどこまで継続できるのか
l  未踏の金融政策の効果とリスクを理論・実証両面から解明するとともに、日本経済が成長を取り戻すための方策を提案する

はじめに
本書は、2014年上梓の『量的・質的金融緩和』の続編。
日銀が消費者物価上昇率の2%目標を「2年程度の期間を念頭において、できるだけ早期に実現する」と宣言してから3年を迎えようとしていた161月、それまでの「量」と「質」という金融緩和の両軸に「金利」を加えた「マイナス金利付き量的・質的金融緩和」、通称「マイナス金利政策」の導入を決定
予てから量的・質的金融緩和(QQE:Quantative and Qualitative Easing)政策の下での日銀による国債の大量購入に限界が迫っていることに危機感を強めていた。試算では17年央には限界を超える可能性があり、継続すればそれを見越した長期金利の高騰によって金融市場が動揺し兼ねない。日銀の取り得る政策オプションとして、マイナス金利政策を提唱してきた
日本は世界に先駆けて少子高齢化とデフレを経験。この間20年以上、短期金利はゼロ下限(ZLB:Zero Lower Bound)にあり、日銀は金利引き下げという伝統的な金融緩和政策を発動できなかった。人口動態の変化は経済の長期停滞をもたらし、デフレとの長い闘いの末に決断したのが今回のマイナス金利政策。非伝統的な金融政策としては、99年のゼロ金利政策以来、5世代目
本書はマイナス金利政策によって、日本経済がデフレを完全に抜け出し、成長経済に戻ることができるか実証的に探るもの。デフレに逆戻りするリスクをなくし、同時に人口減少を食い止め、規制改革やキャッシュレス社会への移行といった技術革新につながる制度の導入など、長期停滞を脱し成長を促進する取り組みも必要、というのが本書のメッセージ

序章 マイナス金利政策と長期停滞
1.   世界経済の停滞とギリシャ悲劇第3
2015.5.から世界の金融市場が動揺を始める ⇒ 中国の株価の急落と人民元の減価
2016年初にかけて世界の株式時価総額は10兆ドル減少。08年のリーマンショック時の30兆ドルには及ばないが1112年のユーロ危機の時期とほぼ同じ。大きな危機もなしに異常な動揺が発生。日銀のQQE政策による成果は株高、円安に支えられていたため、この円高、株安にはこれまでの成果の巻き戻しのリスクが発生したといえる
イングランド銀行のチーフエコノミストは、「ギリシャ悲劇の3部作だ」と語る。3部作とは、リーマン後の「グローバルな金融危機」、政府債務と銀行債務問題が絡み合った「ユーロ危機」、今回の複数の要因が絡み合った悲劇
3部は4つの金融リスクから成り立つ ⇒ 第1FRBの利上げ、第2は中国を中心とする新興国の成長減速と累積企業債務問題、第3は原油価格の急落に伴うハイイールド債価格の急落、第4は南欧、とりわけイタリアを中心とするユーロ圏の不良債権問題
米国利上げのリスクについては、FRBのボードメンバーは1512月の利上げの成功体験から16年を通じて4回の利上げ可能と予測したのに対し、市場参加者の予想はせいぜい2回程度と考えたため、FRBが国内の景気回復力の弱さを認め、市場寄りに方針を改めたため、ドル高傾向が修正されると同時に、シェールオイルの生産減少もあって原油価格が持ち直し、中国の資本流出と人民元減価圧力を緩和

2.   長期停滞とマイナスの「自然利子率」及びマイナスの「影の利子率」
問題は、新興国の成長が減速していると同時に、先進国が長期停滞に直面していること
先進国の労働生産性の伸びが鈍化
先進国の長期実質金利は、80年代前半から緩やかな低下傾向にあり、リーマンショック以降はゼロ近傍まで低下。将来の潜在成長率の低下を長期実質金利が先取りしている
名目金利にゼロ金利制約(=名目金利はマイナスにならないこと)が存在するのは、ゼロ金利の付いた現金が存在するから。仮にマイナスの金利の付いた金融資産が出現しても、人々はゼロ金利の保証された現金にすべて乗り換えるだろう。この結果、ゼロ金利のもとでは現金需要の利子弾力性は無限大になるはず。これが1937年ヒックスが描いた「流動性の罠」で、オプション理論から見ると、現金保有にはマイナス金利に対するオプション価値が備わっていることになるので、ヒックスの理論が正しければ、市場利子率はマイナスにはなり得ない
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3.   QQEの限界とマイナス金利政策の導入
日銀は、利子率がゼロ%のもとでは流動性の罠が存在するという前提を置き、ゼロ金利のもとで時間軸政策、量的緩和政策、包括的緩和政策、QQEを採用したが、一時的に自然利子率が市場実質利子率を上回ったものの、足元では逆転し、日本はデフレに戻る傾向にある ⇒ 日銀がマイナス金利政策を採用した1つの理由は、ゼロ金利制約を打破し、利子率ギャップを直接解消することにあった
マイナス金利政策を導入した2つ目の理由は、QQEには量的な限界と財政コストの問題があること ⇒ 16年度に日銀が購入予定の国債は120兆円(ネットで80)。これに対し民間金融機関の売却可能な国債は129兆円のみ。市場に存在する700兆の国債を購入する場合は、日銀は満期まで国債を保有するため、過大な価格で国債を購入すると損失が発生することになり、既にQQEを実施してから3年間で9.7兆円もの損失を抱えており、大規模な国債購入を継続することには自ずと限界がある
他の債権の購入にも同様の限界があり、日銀の自己資本が7.4兆円しかないことも考慮すべき
さらに出口過程でも財政コストがかかり、日銀が財務上赤字となり兼ねない

4.   マイナス金利政策の評価
3段階の階層構造 ⇒ マイナス金利が適用されるのは四半期ごとの政策金利残高の平均残高30兆についてであり、基礎残高210兆には従来通り+0.1%の預金金利が適用され、残りのマクロ加算残高部分27兆にはゼロ%の預金金利を導入
マイナス金利の最大の弱点は、人々が預金を嫌って現金保有を増加させること
マイナス金利政策の有効性については、基本的には正常な経済における金利引き下げとほぼ同様の効果が期待される ⇒ 市場金利を引き下げ、資産価格を高め、ポートフォリオ・リバランスを促進し、為替レートを減価させる
デメリットの第1は、法制度も会計制度も正の利子率を前提にしているので、処理に戸惑いが生じること。第2は預金者に事実上手数料が発生すること。第3は民間金融機関が日銀への預け入れで金利収入が減り、民間金融機関の利ザヤが縮小すること。第4MMFMRFの資産運用が困難になること
一方メリットの第1は市場金利に与える効果が直接的でかつ大きいこと、第2に市場金利の低下を受けて不動産市場に資金流入が増加していること、第3に現預金保有比率の高い家計や企業部門の金融資産保有をより多様化、国際化する傾向を助長、第4に民間部門の外貨建て債券の購入やM&A活動の活発化によって円高傾向への歯止めとなることが期待できる、第5に金融政策の実施に伴う財政コストがかからない、第6にキャッシュレス社会が実現しゼロ金利制約がなくなればデフレに陥るリスクが低下

5.   デフレ克服への道
2つの政策がある ⇒ 1つはインフレ期待を高めることにより市場実質金利を低下させる政策、もう1つはマイナス領域にある自然利子率を成長戦略によってプラスの領域に高める政策
米国の通貨当局がドル高回避を目指し始めた以上、円安を通じての2%達成は従来より困難
最近注目されているのが、インフレ期待を高める政策手段としてのヘリコプター・マネーの採用 ⇒ 財政政策と金融政策を一体化するもので、両者の役割分担に関する新たな取り組みが必要であり、中央銀行の自己資本を減少させることによって銀行準備を増加させる政策であることを明記しておく必要がある
自然利子率をプラスにする成長戦略の重要性は言を俟たない ⇒ 自然利子率のマイナスは、需要・供給面の大きな負のショックによって生まれたもので、インフラ投資の拡大が有効な政策

第1章        5の非伝統的金融政策
異次元緩和にマイナス金利を追加
13年、「物価安定の目標」を採用することとし、目標を中心的な物価指標であるCPIの前年比上昇率で2%とし、「できるだけ早期に実現する」とし、その後就任した黒田総裁が導入したのがQQE ⇒ 日銀は金融機関が保有する長期国債の買い入れ等によりマネタリーベースを供給、マネタリーベースは2倍に増加しCPI1.5%まで上昇
14年の原油価格下落を始めとするマクロ経済・金融環境の変化がCPIを押し下げる
世界経済の下振れリスクから株価が下がり始め、日銀も達成見通しを後倒しにせざるを得なくなった
マイナス金利政策を取らざるを得なかった背景には、デフレ脱却に向けたQQEが限界に近付いていたことがある ⇒ 日銀のBS163末で400兆に膨張するとともに、国債の流動性が低下し、日銀の買いオペが札割れを起こす(成立しなくなる)
日銀の国債買い入れの限界 ⇒ 1410月の追加緩和以降毎月9兆円の国債を市場から買い入れた結果、163末の日銀保有残高は発行残高の1/3を超える。年間80兆の増加目標を継続する場合には、17年半ばにも限界にぶつかる。適格担保を拡充しても対象資産の市場規模に制約がある(せいぜい10兆円程度)

第2章        マイナス金利政策で何が変わったのか
市場の反応 ⇒ イールドカーブは下方にシフトしたが、株高・円安は一時的
国債市場では流動性が低下しボラティリティ(価格変動率)が上昇
欧州では金融危機後の09年にスウェーデンの中央銀行が預金金利をマイナスにし、12年にはデンマーク、14年には欧州中央銀行とスイスが準備預金の金利をマイナスにした。マイナス幅は0.41.25% ⇒ 通貨安の効果があったが限定的で、政策効果は未知数
デンマークでは住宅ローンにもマイナス金利適用、スイスでは個人の小口預金にマイナスを適用している例もある

第3章        金融機関から見たマイナス金利政策
日銀は「近代の中央銀行の歴史上、最強の金融緩和スキーム」というが、民間銀行では「ネガティブな政策」として受け止められている
金融機関の反応は、普通預金金利を0.001%まで引き下げる一方、企業向け貸出金利や住宅ローン金利を引き下げ
三菱は、国債の入札に特別な条件で参加できる「国債市場特別参加者(プライマリー・ディーラー)」の資格を返上 ⇒ 発行予定額の4%以上の応札の義務を回避
資産運用会社でも、MMFの販売を取りやめ
ゆうちょ銀行や生保のように国債での運用比率の高い金融機関は、収益を圧迫される

第4章        日本銀行のコストと財務の健全性
日銀がQQEの出口で超過準備(準備預金として義務付けられた残高を超える預金)に対する付利を上げると、保有国債からの利息収入よりも利払いが多くなり、日銀に損失が発生する可能性がある ⇒ 導入されたマイナス金利政策の3層構造では、基礎残高に対して0.1%の金利が支払われている
日銀は、買い入れた長期国債を原則として満期まで保有。会計上も満期保有を前提に低価法から償却原価法(定額法)に変更した ⇒ オーバーパーで購入した額面との差額を残存期間で均等に償却するため、16年度末の償却額は2.2兆、今後も公表通り買い入れを継続すれば17年度末には長期国債の利息収入がほぼゼロになると予測され、日銀の財務の健全性が損なわれ兼ねない
15年の日銀のPLでは、長期国債の利息が1.3兆と経常収益の82%を占め、一方経常費用8,345億のうち49%が為替差損、27%が超過準備に対するネット利払い額。経常利益から特別損益と税金を引いたものが当期剰余金=税引き後利益で、15年度は4,110
毎年度の当期剰余金から法定準備金積立額(当期剰余金の5%)と配当金(5%)を除いた残額を国庫に納付
中央銀行が大きな損失を被った場合の影響は議論が分かれる ⇒ 一般的には中銀の信認低下により通貨価値の下落や高率のインフレ、決済システムの機能低下などの問題が発生すると言われているが、政府が補填すれば問題ないという説もある。現行日銀法では、財務上政府から独立しているため、損失補填ルールの取り決めはない
市場では14年以降マイナス金利となっており、国はこの3年弱の間に3,504億の利益を得ている
伝統的な金融政策では、中央銀行が政策金利または短期市場金利の誘導目標水準を動かすことにより、民間銀行の信用創造メカニズムに働きかけようとするもの
金利がZLBに到達すると、伝統的な金融政策が使えなくなるため、中銀はマネタリーベースの量的拡大という非伝統的な金融政策によって、民間銀行の信用創造メカニズムに働らきかける
日銀のBSGDP80%を超えるまでに肥大化してくると、将来金利が上昇に転じたときに日銀に発生する損失は決して小さくない

第5章        長期停滞の罠:日本はデフレから抜け出せるのか
2014年夏以降の原油安と15年夏に発生したチャイナショックにより、資源国及び新興国経済の先行き不透明感が高まり、さらに16年初からの世界的な金融市場の混乱が、期待インフレ率を押し下げるリスクを孕んでいた ⇒ 期待インフレ率が下がると、名目金利を引き下げない限り、実質金利は上がるが、名目金利は既に0%に近い
マイナス金利政策は、ゼロ金利制約を打破することで実質金利を押し下げようという取り組みだが、ここで重要になるのは、経済に金融緩和効果をもたらすには、実質金利を自然利子率よりも低い水準まで引き下げなければならないこと。自然利子率とは、貯蓄と投資を均衡させる物価に中立的な実質の金利のことで、政策金利の道標ともいうべきもの
日本の自然利子率は90年代後半からマイナスに転じ、その後も低下傾向にあったのに対し、市場で決まる実質金利はゼロ%近傍で推移した結果、実質金利が自然利子率を上回る「金融引き締め的な状態」が継続していた。13年のQQE導入以降実質金利がマイナス領域に下がっていたが、14年からは実質金利が上昇に転じ、15年半ばには再び「金融引き締め的状態」に戻ってしまった
長期停滞Secular Stagnation ⇒ 低金利と低成長、低インフレが継続する状態で、その原因は人口増加率の低下と投資需要の減少による貯蓄超過。前者に対しては規制緩和や教育改革が必要となり、後者に対しては財政政策などが有効とされる
自然利子率は、長期的な定常成長において、1人当たり消費を最大化する利子率であり、1人当たり消費の成長率と等しい
一定の仮定の下で、長期自然利子率は潜在成長率であり、短期自然利子率は潜在成長率と需要ショック成分の和となる。長期自然利子率は、短期自然利子率の長期トレンドに相当
日本の自然利子率は、80年代以降急速に低下し始め、97年以降はマイナスの領域に沈んだまま。市場で決まる実質金利との関係では、97年以降ほぼ一貫して自然利子率は実質金利を下回り、金融政策は引き締め的であったことを示唆している
今回のマイナス金利政策による実質金利の引き下げと同時に、併せて自然利子率を高めるような政策も求められる

第6章        キャッシュレス社会に向けて:新たな技術革新と成長力強化
金利をマイナスにすると、人々は無利息の現金を持とうとするだけで、投資や消費には回らないと考えられる ⇒ 金利ゼロの現金が存在するため、「名目金利はマイナスにならない」というゼロ金利制約が存在
貯蓄と投資のバランスを望ましい形で回復させるような均衡名目金利を「影の利子率」(95年ショールズが提唱した理論)という
現金保有のコストは、マイナス2%程度とみられるが、銀行券にマイナス金利をつけない限り下限はそう深くはない
現金や預金などの金融資産に課税する案もある ⇒ 電子マネーの導入もその一例
紙幣番号の下1桁のいずれかを選び、「今後当該紙幣を法貨と認めない」とすれば、銀行券保有の期待収益率は、番号1つにつきマイナス10%に下がる
フィンテックやブロックチェーン(仮想通貨など)が、金融業のコスト構造を変える可能性がある
日本では、現金以外による決済は先進国の中では遅れている一方、仮想通貨などの決済システムの利便性向上につながる技術革新への関心は高い
地下経済のフローに貯蓄率を掛け合わせたストックとしての「隠し資産」は150兆円と推計され、個人金融資産の約10%に上る ⇒ 新札発行によって炙り出すことも可能
電子決済が普及すれば、現金によるマイナス金利の制約を取り払える
現金の廃止と決済の電子化により、マクロの貨幣流通量の計測も精度が上がり、機動的な金融政策を採用する余地が拡大

第7章        3次元QQEはどこまで継続できるのか
日銀による国債買い入れには限界
マイナス金利政策もキャッシュにマイナス金利をつけられない以上その効果も限定的で、マイナス幅をさらに拡大する場合には経済全体への影響と、金融機関の収益基盤や金融システムへの影響などに配慮する必要がある
QQEの出口の手段や方法、時期等についての具体策や技術的な備えが必要 ⇒ 日銀に発生する出口手段によるコストをどう吸収するか
日銀の財務の悪化は、既に少しずつ進んでいるとみるべき



(書評)『マイナス金利政策 3次元金融緩和の効果と限界』
2016.10.2. 朝日
 デフレ打開の切り札?弱点は?
 9月に日銀は、政策目標の軸足を資金供給量から金利に転換すると発表した。もっとも、金利のマイナス幅拡大は見送る一方、量的緩和の旗を降ろさなかった。だが筆者らは試算に基づき、日銀による高水準の国債買い取りが続けば、市場で日銀が国債を買い尽くし、2017年6月にもその限界が訪れると警告する。つまり量的緩和は早晩、行き詰まるのだ。
 究極の問題は、黒田総裁が時期尚早として語らない、金融政策の正常化だ。日銀が将来的に金利を引き上げれば、金融機関が日銀内に保有する当座預金への金利支払額が著しく増え、日銀が巨額損失を被る可能性が出てくる。また、現在の国債買い取りペースを緩めれば、日銀が資産としてもつ国債の価格が下落し、その財務が毀損(きそん)する恐れもある。政府が損失補填(ほてん)する事態になれば、日銀は独立性を失うだろう。
 量的緩和に限界があるなら、デフレ克服には金利政策を効かせるほかない、というのが本書の立場だ。つまり、マイナス金利をさらに引き下げる方向だ。これは、資金を借り入れて事業に挑む企業や、住宅ローンを組む消費者にとっては追い風だ。だが、この政策には弱点もある。預金者が、利子収入の減少や口座手数料の値上げを回避しようと、銀行から預金を引き出し現金の形で保有する可能性があるからだ。
 そこで本書は、電子マネーやフィンテックなどを活用したキャッシュレス社会に移行して人々の利便性を高めつつ、現金シフトを封じてマイナス金利政策の実効性を高めることを提言する。現に、日本に先行してマイナス金利を導入した北欧諸国では、キャッシュレス化が進行中という。
 我々は、成長率も人口増加率も、そして金利までもがマイナスになる、文字通りの「水没社会」に移行するのだろうか。我々の生活に巨大な影響を及ぼすマイナス金利政策を理解する上で、必読の書である。
 評・諸富徹(京都大学教授・経済学)
     *
 『マイナス金利政策 3次元金融緩和の効果と限界』 岩田一政・左三川郁子・日本経済研究センター〈編著〉 日本経済新聞出版社 3024円
     *
 いわた・かずまさ 日本経済研究センター(民間研究機関)理事長/さみかわ・いくこ 同センター金融研究室長。



Wikipedia
マイナス金利政策(マイナスきんりせいさく、: Negative interest rate policy)とは、中央銀行(もしくは民間銀行)が名目金利をゼロ以下に設定する政策であり[1]、経済を刺激するために行われる非伝統的金融政策である。似たような低金利政策にゼロ金利政策があるが、マイナス金利政策は名目金利をゼロ未満にするという点で異なっている。Mankiw (2009) はアメリカのFederal Reserve大恐慌に対してマイナス金利政策を検討するべきだったのではないかと論じている[2]
概要[編集]
通常の金利政策(正の値の金利)の下では、民間銀行は中央銀行の当座預金にある準備預金のうち、法定額を超過した部分(超過準備)に対してしばしば利子を受け取っている。しかし、マイナス金利政策の下では、民間銀行が中央銀行に(中央銀行の当座預金の超過準備に対して)利子を支払わなければならない[1][2]。マイナス金利政策は、その国の通貨を切り下げる圧力につながるため、その国の輸出を促進しうる[2]。また、マイナス金利は民間銀行の資金を退蔵させておくのではなく投資へと向かわせる圧力となる。信用条件(credit condition)を緩和させるように働くため、国内需要への資金の貸し出しを増加させうる[2]。しかしながら、マイナス金利は民間銀行の収益性を損ない、高いリターン率を求める投資家の過剰なリスクテイクを誘発するため、国内金融を不安定にさせる要因にもなりうる[2]
名目金利と実質金利[編集]
マイナス金利政策でゼロ以下にまで下げられるのは名目金利である。しかし、このとき実質金利は必ずしもマイナスにはならない。名目金利というのが額面上の金利であるのに対し、実質金利とは物価変動分を加味した金利である[1]。たとえば、経済が4%インフレ状態にあり、このときの名目金利が5%であるとする。すると、資金を5%の金利で貸し出すことで1年後に名目上5%の利益を得ることができる。しかし、この経済は4%のインフレ状態にあるので、1年間で貨幣の価値は4%下がっている。よって、1年間資金を貸し出したことによる実質の利益は5-4=1%であり、実質的には1%の利益に過ぎない。この「名目金利-インフレ率」によって導かれる金利を実質金利と呼ぶ[1]
ここで、4%デフレ状態にある経済を考える。名目金利が5%であるとき、資金を1年間貸し出すことで名目上5%の利益を得ることができる。しかし、この経済は4%のデフレ状態(インフレ率がマイナス4%の状態)にあるので、この1年間で貨幣の価値は4%上昇している。すると、1年間の資金の貸し出しで実質的に5+4=9%の利益を得ていることになり、すなわち実質金利が9%であるということができる。これは、仮にこの経済の名目金利が0%にまで下がったとしても、4%のデフレである限り、実質金利は0+4=4%に留まることを意味する。通常、名目金利はゼロ以下にはならないため、低金利政策にはこのような限界があった。
なお、名目金利は通常マイナスにはならないが、インフレ下の経済では実質金利はしばしばマイナスになることがある[1]
実際にマイナス金利政策が採用された事例[編集]
欧州・北米[編集]
欧州では一部の中央銀行でマイナス金利政策が採用されている。たとえば、欧州中央銀行European Central Bank)、デンマーク国立銀行Danish Central Bank)、スウェーデン国立銀行Sveriges Riksbank)、スイス国立銀行Swiss National Bank)は政策金利(中央銀行の超過準備に対する金利)についてマイナス金利を採用している[2][3]。これらの銀行がマイナス金利政策を採用したのは、すでに緩和状態にある金融政策をより緩和させるためであり、2013-2015年初頭にかけての減少圧力のかかったインフレ予想によるデフレリスクを懸念したものである[2]。 また、2016年現在、カナダもマイナス金利政策の採用を検討している[4]
日本[編集]
2016129日、日本銀行はマイナス金利政策の採用を発表した。これは民間銀行の日銀当座預金にある超過準備に対して-0.1%のマイナス金利を課すものであり、216日より実行される[5]。日本銀行の黒田東彦総裁によれば、マイナス金利を採用したのは2%のインフレ目標をできるだけ早期に達成するためである。黒田総裁は以前から2%のインフレ率を2016年末には達成したいとしていたが、市場は広くその目標が達成できるかどうか懐疑的であった。20161月現在、日銀は20164月から20173月の期間で、コアインフレ率は平均0.2-1.2%と予想している[5]。 マイナス金利導入後、半年が経過した20168月現在、都銀の貸出残高(全国銀行協会ベース:7月末)は39か月ぶりに減少に転じる等、マイナス金利導入が企業の資金需要に繋がっていない。



マイナス金利は「狙い通り」 黒田総裁単独インタビュー
土居新平
20162240521分 朝日
 日本銀行黒田東彦(はるひこ)総裁が、朝日新聞の単独インタビューに応じた。日銀が16日に始めた「マイナス金利政策」の影響で、銀行の預金金利が引き下げられていることについて、「もともと非常に低い水準」としたうえで、「住宅ローンなどの貸出金利の低下の方が下げ幅も経済全体への影響もずっと大きい」と述べ、新政策の効果を強調した。
 22日にインタビューした。日銀は1月末の金融政策決定会合で、金融機関が日銀に預けるお金の一部に年0・1%のマイナス金利をつける政策を決定。市場の金利水準を下げ、銀行の貸し出しが伸びる効果などを見込む。黒田総裁は、企業向け貸し出しの基準となる金利や住宅ローン金利が下がっていることを「狙い通り」とし、「これから設備投資や住宅投資などが増え、経済にプラスの影響が出てくる」と話した。
 さらにマイナス幅を拡大する追加の融緩和については、「十分な余地がある」とした一方で、「マイナス金利にすること自体が目的なのではない」「経済や物価の動向を無視してマイナス幅を拡大することはない」とも述べ、矢継ぎ早の拡大には慎重な姿勢を示した。また「個人の預金金利がマイナスになることはないと思う」と語った。
 黒田総裁は、26~27日に中国の上海で開かれる主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議でも、マイナス金利政策の狙いや効果などを各国に説明する意向を示した。
 黒田総裁は2013年3月の就任からまもなく3年を迎える。当初「2年程度」としていた前年比2%の物価上昇目標が未達成であることについて、原油価格が「この1年半ほどで70%以上も下落したため」と説明。エネルギー品目を除いた物価が上がっていることなどを挙げ、「(日銀の緩和策が)全く失敗したとは考えていない」と述べた。(土居新平)


マイナス金利導入、翌日物金利は0.001%で取引成立
2016/2/16 8:48 日本経済新聞
 16日朝方の短期金融市場で、無担保コール翌日物は0.001%で少額ながら取引が成立した。一部の地方銀行が同水準で、資金調達の限度を確かめる目的の「試し取り」に動いたとの観測があった。「投資信託や地方銀行、信託銀行などが0.001%程度でこぞって資金の出し手に回っている」(国内金融機関)という。
 日銀はきょうから当座預金の一部にマイナス金利を適用する。〔日経QUICKニュース(NQN)〕

マイナス金利 静かな船出 銀行間翌日物、0%で取引成立
2016/2/16 13:11 日本経済新聞
 日銀は16日、マイナス金利政策をスタートさせた。金融機関が日銀に預ける当座預金の一部に年0.1%のマイナス金利を課す。銀行などが融資や有価証券に資金を回すように促し、企業や個人の投資や消費を活性化させる狙いがある。16日午前には銀行間の短期資金の取引で10年ぶりに0%の金利が付いた。大きな波乱はなかったが、マイナス金利に戸惑う金融機関も多いようだ。一方、一部の大手銀行などは16日から預金金利や住宅ローン金利を一段と引き下げた。
普通預金金利を0.001%に引き下げた三井住友銀行(16日午前、東京・丸の内)
 日銀は1月29日の金融政策決定会合でマイナス金利政策を導入することを決めたが、実際に適用を始めるのは2月16日からとした。適用まで時間を置いたのは、金融機関のシステム対応などに準備が必要だったことや、毎月16日から翌月15日までを1期間とするルールを考慮したためだ。
 マイナス金利政策では、金融機関が日銀に預ける当座預金の一部に年0.1%のマイナス金利の「手数料」をとる。日銀が市場の金利を直接操作するわけではないが、金融機関は余ったお金を日銀に預けると損するため、マイナス金利であっても他の銀行に貸したり、国債投資に回しやすくなる。個人の住宅ローンや企業への貸出金利も下がりやすくなる。
 日銀のマイナス金利政策の直接的な影響を受ける短期金融市場は16日朝、普段以上に市場参加者の様子見姿勢が強まり、取引が急減した。「コール市場」と呼ばれる金融機関同士が1日間だけ資金を貸し借りする取引(翌日物取引)では前日の加重平均(年0.074%)から大幅に低下し、年0.001%で少額の取引が成立した。その後には年0.000%(0%ちょうど)でも取引が成立した。
 日銀のデータによると、同取引の金利がゼロ%を付けたのは2006年2月以来10年ぶり。日銀が大量の資金供給をしていた2000年代前半から半ばにはマイナス金利で取引が成立したこともある。
 一部には翌日物取引の金利もマイナス圏に落ち込むとの見方もあったが、16日午前にはそこまでは低下しなかった。日銀の決定から2週間あまりしかなく、システム面でマイナス金利での資金取引に対応できていない金融機関も多い。マイナス金利が適用される当座預金の金額は10兆~30兆円としているが、金融機関ごとにばらつきも多く、「妥当な金利水準がみえづらい」(銀行の担当者)との声が出ている。
 日銀のマイナス金利政策が始まり、金融機関も対応を迫られている。三井住友銀行は16日、普通預金の金利を年0.02%から年0.001%に引き下げた。市場金利の低下を踏まえ、過去最低に並ぶ金利水準にした。静岡銀行も同様の引き下げに踏み切った。
 定期預金の金利は日銀がマイナス金利政策を発表して以降、3メガバンクをはじめ多くの銀行が引き下げに動いている。この流れが普通預金にも及んできた格好で、個人の預金金利収入は一段と細ることになる。
 一方、住宅ローン金利を下げる動きも出ている。三井住友銀は同日から主力の10年固定型の最優遇金利を0.15%下げ、過去最低の年0.9%にした。ほかのメガバンクなども普通預金や住宅ローンの金利引き下げで追随する見通しだ。
 日銀の黒田東彦総裁は16日の衆院予算委に出席し、マイナス金利の効果として「今後、実体経済や物価面に表れてくる」との考えを示した。既に「銀行の住宅ローン、その他の貸出金利が下がっている」と説明した。
 麻生太郎財務・金融相は同日の閣議後会見で、日銀のマイナス金利導入による経済への効果について「もう少し時間を持って見守る姿勢が必要だ」と述べた。
 マイナス金利 16日から金融機関が日銀にお金を預ける「当座預金」の残高の一部にかける金利をマイナス0.1%に下げる。マイナス金利では、お金を預ける金融機関側が日銀に事実上の手数料を支払うことになる。
 金融機関が日銀にマイナス0.1%でお金を預けるよりも市場で小幅なマイナス金利で他の金融機関に貸した方が有利だと判断すれば、1日間だけお金を貸し借りする取引(翌日物取引)などでもマイナス金利が付く。
 短期金利の低下に先回りする形で、長期金利の指標となる10年物国債の利回りは9日に初めてマイナスを付けた。


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