世界でもっとも正確な長さと重さの物語  Robert P. Crease  2015.2.16.

2015.2.16.  世界でもっとも正確な長さと重さの物語 単位が引き起こすパラダイムシフト
World in the Balance : The Historic Quest for an Absolute System of Measurement
   2011

著者 Robert P. Crease ストーニーブルック大学(ニューヨーク)の哲学科教授

訳者 吉田三知世 京都市生まれ。京大理学部物理系卒。英日・日英の翻訳業に従事

発行日           2014.11.25. 11
発行所           日経BP

はじめに――正午の号砲
計測基準とは、何かを測ったり、何かを数値的に評価したりするときに使う基準や指標
一旦確立してしまった計測基準は、ずっと昔から存在していた当然のものなのだとついつい思い込むが、どんな基準や標準も、そもそもの初めは、人間が何かの決定をした、その結果として世界に登場した
作り出された計測基準は、恣意的かつ循環論的なものであり、我々は世界のある要素を取り上げてそれを計測基準と定義し、そうやって決めた計測基準でその要素を定義する
この恣意性と循環性は、人々が計測基準を選ぶ通常の方法がどんなものであるかを反映しているに過ぎない ⇒ 周囲の環境から都合のいいものを選んで、それを元に何か使いやすいものを間に合わせに作る
有史以来、世界中の様々な文化が計測基準を間に合わせ的に作ってきた
1718世紀の近代科学の誕生期、フランスの科学者たちは、全ての国で使われる普遍的な計測基準としての度量衡体系を、決して変わることのない自然の特徴に結びついたものとして作り上げようと努力したが、出来なかった
漸く今から50年前、科学者たちの国際的な組織が、1つの計測基準として長さの単位を、光という自然現象に結び付けることに成功。時間を含めたその他の計測基準も、その後間もなくほかの自然現象に結び付けられた
こんにち、「基本的な」計測基準で自然現象に結び付けられていないのは、質量だけ
質量も含めたすべての計測の基本単位を一体に結び付け、物理定数によって定義し、「絶対的な」計測基準系を作る、新たな一歩を踏み出そうとしている。本書は、そのようなことがどうして可能になってきたかを示すもの

第1章        ウィトルウィルス的人体図
「ロビンソン・クルーソー」(1719)には、計測基準を間に合わせ的に作った行為として最も有名なものの1つが描かれている。無人島のクルーソーが浜辺で足跡を見つけ、自分の足と比べてはるかに大きいことを測定したお陰で、彼は自分以外に少なくとも1人の人間がこの島に来たことがあると確信し、自らの安全についての認識を改めた
人間の体は、人間が最初に使った、最古の測定器 ⇒ ほとんどの文明で、一度は足に基づく単位が存在したことがあり、その「足」の単位は「指」の単位に分割
測定基準となる測定単位の特性として重要なものは以下の3
1.   手近に入手できること ⇒ 常に手元にあって、変化の少ないものであること
2.   適切であること ⇒ 意図した目的に適した大きさであること
3.   確実なものであること ⇒ 耐久性があって、信頼に足るものであること
「長さが調和している」という意味のギリシャ語から来た「対称的(シンメトリカル)」 ⇒ 人体こそ、そのような対称性を示す見事な例と紀元前1世紀に著わしたのはローマの建築家ウィトウィルスで、「整った人体は、各部の寸法が調和している」と記した
両手を横に広げて立つ裸体の男性を描いたレオナルド・ダ・ヴィンチの有名な絵は、ウィトウィルス的人体図と呼ばれるが、手足の先端が円の中にちょうど収まるようになっているように、人体の様々な比率と、それらを元に作られた単位が、如何に理想の美に関与しているかをはっきりと見せてくれ、計測単位のなす体系が、象徴的・精神的意味を持ち得ることを示している
先史時代より人間は、多くの目的のために、特別な物を選んで計測の単位を決める必要があることに気づいていた。この特別な物は、標準と呼ばれ、ある量を代表するサンプルであり、その量が1の値になっている状態を特定するものとして、我々が選んだ物である。標準が作られると、その標準はその単位の人工物としての明確で具体的なアイデンティティを与え、その単位を体現するものとなる
特別な人工物であれば、この標準を所有することが、王の権威や神の威厳などの政治的・社会的な力と結びつく
国家の支配者が標準を所有し、その信頼性を保証する一方で、補佐官達が標準を維持管理し、複製を作って配布し、その検査を行った。やがて、度量衡を使用するうえで、これらの複製の精度や複製が適切に保管されているかどうか、さらに、複製の使用の信頼性を巡る疑問が持ち上がるようになる
測定行為の構造も変化する ⇒ 「世界の暦」の体制では、特定の対象物を世界と結びつけて考えたが、一連の計測基準が具現化されると、ネットワークとの関係が注目される
今日では、重さを量り、寸法をとるという行為は、信頼と専門技術が形成する輪の中心に位置する、社会的な制度なのである
計測学(メトロロジー)と計測哲学(メトロソフィー) ⇒ 計測基準の具現化により、重さや長さの測定に関する科学である「計測学」が誕生、計測基準とそのパターンの文化的、あるいは精神的な意義についての研究は、「計測哲学」と呼ぶことが出来る
計測行為が具現化され、度量衡が信頼されたりされなかったりする可能性を含んだ社会制度になると、それはもはや中立の行為ではなくなり、正義、善、そして人間を豊かにすることに結び付いたものとなる。当然そこには、不正、搾取、阻害に関係する影の側面が潜在的に伴う。これは人間の生活を大きく変貌させる
計測計量の物語は、グローバル化が最も劇的な形をとったものの1つ ⇒ 僅か200年の間に、度量衡体系の事実上全てが1つの普遍的な度量衡体系に統一され、地球上のほぼすべての国によって採用された
以下第26章では普遍的となる過程を追い、78章では統一への反発を、910章では自然に基づく完全に統一された度量衡体系の夢がSIという形で復活した様子を見る
11章では、計量・計測の意味がどのように変化したかを論じ、12章では目下進行中の世界の科学、技術、商業を支える国際度量衡体系の総合的な改訂について述べる

第2章        古代中国――尺と律管
紀元前30002000年には綿密で体系的な計測が行われていた
重要な単位は、足に基づく「尺」(1624cm)と指の幅に基づく「寸」(尺の1/10)
「律呂」という音階のような音の高さも重要視
中国初の中央集権的な王朝だった秦(紀元前221年~)から統一の動きが顕著
中国が孤立した状態で、近隣にあった他の文明に比べて格段に進んでいたため、ほぼ大昔のまま驚くほど長く続く

第3章        西アフリカ――金の錘(おもり)
2000年前に現れた西アフリカのアカン族は、14世紀ごろまでには砂金を通貨として使う貿易経済を発展させ、金を少量取り分けるのに真鍮の錘を使用

第4章        フランス――「生活と労働の現実」
1799年 フランスではメートルとキログラムの原器が作られた ⇒ メートルは北極点から赤道までの子午線の長さの1/10,000,000、キログラムは1立方デシメートルの水の重さ。自然現象を体現した、自然を基準とする原器となるように定められた
計測の標準を作ろうとした直接の理由はフランス革命 ⇒ 封建的な権威構造を、普遍的で公平で合理的な慣習に置き換えようとするとき、計測単位が重要な役割を果たす
1789年革命勃発とともに、全ての単位を含む度量衡体制そのものが負担となっていたことが露見、新しい普遍的な度量衡体制の構築を目指す ⇒ 技術的な面では、各種機械の普及により、より高精度が要求されるようになり、政治的には度量衡の管理体制が変化し、封建領主の衰退とともに度量衡の統一への抵抗勢力が無くなり、社会的には国家としての自己同一性と度量衡の統一性との結びつきが次第に強まっていった
フランスの科学アカデミーとイギリスの王立協会が協力して、決して変わることのない基準となる現象を見つけようと取り組みを始める ⇒ 1つの候補は「秒振り子」(既にガリレオが、振り子が往復する時間は振り子の長さだけに依存することを発見していたことを利用、1方向に1回触れるのに1秒かかる長さを1ヤードとした)、もう1つが地球の子午線を基準とするもの
フランス革命では、度量衡がまちまちで、搾取に利用されていたことが大きな不満の元となっていて、1つの政治的シンボルとなった ⇒ ルイ16世に対してカトリック教会を代表していたタレーランが中心となって、91年秒振り子を基準とした体系を提示したが、議論百出で、メートル法として完成するのは7年後。96年にはヴァンドーム広場に一般市民が使えるように暫定メートル基準器が設置された
1799年 計測し直された子午線を基準としてメートルの長さが決められ、蒸留水の重さを量ることによってキログラムの標準の重さが決定され、メートル原器とキログラム原器がフランス議会によって承認されたが、メートル法は、科学にとって、そして文明にとって、画期的な瞬間 ⇒ 「アルシーヴ原器」呼ばれ、国立中央文書館に保管されている(「アルシーヴ」は「文書館」の意)

第5章        阻まれる普遍化の歩み
フランスの熱狂に対し、イギリスは警戒
アメリカでは、初代国務長官のジェファーソンが中心となって、通貨と度量衡の統一を試みるが、議会の承認を得られず ⇒ フランスが、秒振り子から子午線に基準を変えたことに不信感を抱く
ジェファーソンが目指したのは、フランスから購入したルイジアナの土地の測量に加え、太平洋岸の資源調査を主眼とした合衆国全土の測量
子午線の長さの計算が間違っていたことが判明、原器に誤差があることが露見
1840年 フランス国王フィリップが勅令でメートル法を義務付け ⇒ 10年しか続かず

第6章        現代文明の最大の勝利の1
1851年 ロンドンで万国産業製作品大博覧会開催 ⇒ 度量衡を不統一のままに放置すると、大英帝国ですら閉塞状態に陥りかねない危機的な状況であることが露わとなり、度量衡体系改革への努力開始 ⇒ 四半世紀後に、世界の度量衡を監督する国際機関を作ることを定めた国際協定として結実
続く20年の間に行われた一連の万国博で、メートル法の大義がさらに推進される
1867年 国際測地学協会がメートル法採用へ大きな影響を及ぼす ⇒ パリ公文書館保管の原器に変わる、新たな精度の計測基準器の製作が進められ、1875.5.20.(国際計量記念日)17か国が条約に署名、国際メートル委員会設立。自然に基づく計測基準という考えは最早なく、人工物を基準とした度量衡体系という考え方に移行し、特定の合金で基準器を製作し、条約署名国がそれぞれその公式コピーを保管した
84年には独自の度量衡体系を維持してきた大英帝国も条約に署名、メートル法採用へと踏み切る
メートル法の単位と接頭辞(19世紀)
単位 ⇒ メートルとキログラム
接頭辞 ⇒ メガ(M: 106)、キロ(k: 103)、ヘクト(h: 102)、デカ(da: 101)、デシ(d: 10-1)、センチ(c: 10-2)、ミリ(m: 10-3)、マイクロ(μ: 10-6)
19世紀、イギリスが帝国主義的進出によって世界各地の地域の文化に残酷な仕打ちをしたことで、土着の文化が揺るがされ、習慣やインフラが寸断され、地域の度量衡が絶やされた結果、20世紀になってメートル法を中心に国際的な統一を実現する可能性が生まれた
孤立性ゆえに存続した中国の度量衡体系と、順応性ゆえに存続した西アフリカの度量衡体系が、いずれもイギリス手国主義を経験したことで、2つの度量衡体系は弱体化し、遂に置き換えられるに至る ⇒ 中国ではアヘン戦争、西アフリカではアシャンティ戦争(187374)を通じてイギリスの度量衡体系にとって代わられる

第7章        メートル好き(メトロフィリア)とメートル嫌い(メトロフォビア)
アメリカでのメートル法推進のヒント ⇒ 5セント硬貨(ニッケル)は、直径が2cm、重さが5gであり、これさえ持っていれば重さと長さの単位をすべて持ち歩いているようなもの
反メートル法の珍説 ⇒ ギザのピラミッドこそが、その堅実性と永続性からして、度量衡の基準だとする

第8章        ご冗談でしょう、デュシャンさん!
フランスの芸術家デュシャン(18871968)による「3つの停止原器」 ⇒ 既製品にほんの少しだけ手を加え、題名をつけてアートだと宣言した一連の作品を自ら「レディメイド」と呼んでいたが、科学にも高い関心を抱き、メートル定規をパロディ化した曲線定規を作り、「計測の標準化」という行為に含まれる滑稽さを視覚に訴える形で具現化した(1953MoMAに収蔵)
単位は、人間の必要を満たすためのものだが、日常生活の必要は様々で、しかも絶えず変化しているから、都度便利な単位を用いればいいことになる
1999年 NASAの火星探査機のエンジン噴射推力の計算をしていた2つの技術者チームが、大英帝国度量衡とメートル法という別々の単位系を使っていたのに換算せずに数値をやり取りしていたことが原因で、探査機が火星上空で異常な低空飛行をした結果破壊されてしまうという事故が発生

第9章        究極の単位という夢
アメリカの計測学をイギリスの影響から脱却させた立役者がチャールズ・サンダース・パース(18391914)、プラグマティズムと呼ばれる哲学思想の創始者 ⇒ メートルという単位をスペクトル線の波長に結び付けるが、着想が発表されて間もなく、マイケルソンという有名な科学者が取り上げ、より優れた技法によって証明している(マイケルソンは、エーテルが存在しないことを示した実験によってアメリカ人初のノーベル賞受賞)

第10章     普遍的な度量衡体系――国際単位系(SI)
1960年 国際度量衡局の働きかけにより、光を計測単位と結びつけたメートルの新しい定義誕生 ⇒ 1889年以来世界中で行われる長さの計測の全てを支配してきた白金=イリジウムの棒で作られた国際メートル原器に代わって、クリプトン86原子の2p105d5の間の遷移に対応する放射の真空中での波長の1,650,763.73倍に等しい長さと定められた。1983年に「1秒の299,792,458分の1の時間の間に光が真空中を進む経路の長さ」と定義し直された
合衆国は、メートル法への移行を保留していた数少ない国の1つ ⇒ 普通の商取引でメートル法と帝国単位のヤード・ポンド法との換算が必要なことは稀で、必要となっても十分容易に換算できたため、痛痒を感じなかったことが原因だったが、冷戦の始まりとともに、政治家たちは技術的優位性を維持することが軍事防衛に必要だと考えるようになり、科学者たちもメートル法の使用が技術への近代的アプローチに不可欠だと見做すようになる。直接の引き金は57年ソ連がスプートニク1号を打ち上げたことで、アメリカとソ連の技術の開きが痛感された
宇宙時代の要求で、必要な精度はさらに一段上がり、許容誤差は1億分の1にまで達する
新しい定義とともに、一連の相関性を持った単位系を導入
6つの基本単位で構成 ⇒ メートル、キログラム、秒、アンペア、ケルビン度、カンデラ、72年に「モル」が追加
基本単位を組み合わせて作られた組立単位も出来る ⇒ 面積(平方メートル、M2) 、体積(立方メートル、M3)、速度(メートル毎秒、M/S)、加速度(メートル毎秒毎秒、M/S2)
再構成された度量衡体系の呼び名も、「メートル法」から「国際単位系SI」となる

第11章     今日の計測を巡る状況(メトロスケープ)
どの時代にも、なぜ計測するのか、計測によって何が得られるのかについて、その文化が共有していた認識(メトロソフィー)があり、それは時代と共に進化してきた
計測は、ただ単に人間が使えるあまたのツールの1つではなく、世界とその形状の中に滑らかかつ密接に一体化している、流動的で相関性のあるネットワークである
現代世界には「メトロスケープ」があるということ
「スケープ」という接尾辞は、文明によって拡張されたり生み出されたりした独特の性格を持つある種の「空間」で、人間が如何に自然やお互いと交わるかを決定しているものを指す
メトロスケープは、資本主義の出現に不可欠
衣服製造におけるメトロスケープでは、3次元スキャナーの導入によって、注文仕立てとイージーオーダーの境界がないことが判明、採寸の時間を大幅に短縮するとともに、顧客にぴったり合う服が容易に作られるようになる ⇒ 単なる採寸に留まらず、「こういう姿勢で、こういう特徴のある人に服を着せたらどんなふうになるか予測できる」
現代のメトロスケープの問題点は、計測のネットワークの管理や理解が日常生活からますますかけ離れていく一方で、普通の生活がますます計測に依存するようになっていること
計測のネットワークをあまりにも深く信頼し過ぎるきらいがある ⇒ 間違った物差しでも、物差し自体を疑うことをしない

第12章     さらば、キログラム
2011年 国際単位系の科学的基盤の抜本改革を目指し、包括的な見直しが始まる
最も大きな変化を蒙ることになるのはキログラム ⇒ いまだにパリに保管されている白金=イリジウム合金製の原器IPKによって定義されている。唯一人工物によって定義
1988年 IPKを複製と比較したところ、質量が減っていることが判明 ⇒ 原子レベルでの構造が常に変化しているためで、新たな基準を探索する契機となっている

エピローグ
プラトンは、計測には全く異なる2つの方法があると指摘
1つは「存在的な計測法」 ⇒ 数、単位、物差し、何等かの測定開始点を使う方法
もう1つは「存在論的計測」 ⇒ 「適者」や「正しい者」を基準とする計測
アリストテレス ⇒ 倫理的な人間こそが「尺度」であると説明。真に倫理的な人間と出会うことによって、「自らの外側へと呼び起され」、より良い人間になりたいと願うようになるということ
現代のメトロスケープの中では、計測そのものに対してよりも、計測によって達成しようとしている目標に対して今まで以上に細心の注意を払わねばならない。計測が提供してくれないものに対して、より注意深く注目しなければならない




世界でもっとも正確な長さと重さの物語 ロバート・P・クリース著 度量衡の標準化めぐる文化・政治史 
日本経済新聞朝刊2015年1月11日付

 題名にある「もっとも正確な」はこの本の醍醐味を伝えるにはいささかミスリードである。「バランスの中の世界、絶対的システムを求めて」という趣旨の英語の原題が本書の内容をよく伝えている。長さや重さを正確に測ることが主題だと言われると、人々は理工的テーマを思い描くだろうという意味である。三百年にも及ぶ度量衡を巡る社会史、とりわけ科学、技術、通商が激しく駆動した十九世紀の標準化の文化史、政治史が本書の読みどころである。度量衡と標準時(子午線)の覇権を競った英仏二大国の歴史にふれた類書はこれまでも多いが、本書では従来あまり無かった米国の状況が詳細に語られているのは貴重である。世界でも珍しく、メートル法が今も定着していないこの国独特の政治風土を歴史に触れて理解できる
思いがする。
(吉田三知世訳、日経BP社・2600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
(吉田三知世訳、日経BP社・2600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
 事物があるべき場所にあるというコスモス観が破壊され、ニュートン的等質空間に事物が偶然そこにあるというユニバース観への思想革命が計量の出発点であったという見方は秀逸である。計量の単位を人間由来のサイズから地球のサイズや一秒周期の振り子の長さに飛躍するのは人間社会の外部に社会の規範を求めようとする思想であった。この思想革命がフランス革命の衝撃もあって理工専門家の活躍の場が統治機構の中に組み込まれた。絶対的システムを求める科学者のインターナショナルな探求が始動するが、度量衡の合理化改革は議会政治では常に先送りにされた。フランスでさえ罰則付きでメートル法を義務づけたのは法律の公布から四半世紀も後だった。
 全十二章のうち最後の三章で「もっとも正確な」でイメージされる二十世紀後半の理工系のトピックスが扱われる。地球の大きさも自転も変動するし、パリのメートル原器も不動でないので、絶対システムの基準を原子や光に置くSI単位系に変わった。だがキログラム原器の更新は現在まさに研究が進行中である。ここが二十世紀の科学が拓(ひら)いたミクロの新世界とマクロの旧世界の接点なのである。そして、訳者あとがきに記されている様に、この課題で産業技術総合研究所における日本の研究がようやく世界の最先端で競っている。そしてこの高みは日本の技術がかつて世界を席巻した半導体結晶の製作法を基礎にしていることを考えると、十九世紀以来の計量の標準化を牽引(けんいん)した歴史の背後には欧州での巨大な技術の進歩があったことを感じさせるものがある。
(京都大学名誉教授 佐藤 文隆)



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