八人との対話  司馬遼太郎  2014.3.27.

2014.3.27. 八人との対話

著者 司馬遼太郎 1923年大阪市生まれ。大阪外大蒙古語科卒。60年『梟の城』(42回直木賞)66年『竜馬がゆく』『国盗り物語』で菊池寛賞、72年吉川英治賞、76年日本芸術院恩賜賞ほか。芸術院会員。96年逝去

発行日           1993.3.20. 第1            1993.4.5. 第2
発行所           文藝春秋

   日本人とリアリズム                           山本七平
(初出 第1章 文藝春秋 769月号、第2章 同771月号、第3章 同772月号)
山本七平(192191) 東京生まれ。青学大卒。58年山本書店創立。81年菊池寛賞。『日本人とユダヤ人』で71年大宅壮一ノンフィクション賞。イザヤ・ペンダサンの筆名で『日本人とユダヤ人』を著わす
第1章        リアリズムなき日本人
2人は初対面。山本が昭和17年入隊の幹部候補生で砲兵。司馬が18年の学徒出陣で戦車兵
(司馬) 物事を見る目というのは、リアリズムが必要
軍隊の訓練にしても、ノモンハンでの実戦においても、現実を直視しない話が公然とまかり通る
織田信長の思想も、ヨーロッパよりもっと先鋭なリアリズムを持っているし、堺の商人たちも、やはり地球を意識した
自分を弱いものだとするのがリアリズムの最初で、田原坂の時から日本陸軍は3人か4人で1人の敵を倒すという現実的な戦術を取った
戦後の発展は、一種の技術的リアリズムで、外国からパテントを買って、改良しより優れた販売組織で売るために、発明した国のほうがあわてる
自分自身を改良して、人類の仲間たちに貢献し、自分自身の社会にも被害を与えない社会を作って行かなければならないし、それをはっきり自覚することが過去の繰り返しに陥らない唯一の道

第2章        田中角栄と日本人
日本人はなぜ西郷を喜んで大久保を嫌うのか
西洋の一神論的世界では中心をきちんとして、全部これに則ってやるために窮屈となるが、日本は汎神論的世界で、枠が決まっていて崩れなければ、中はふわふわしていても構わない
太平洋戦争にしても、誰が決定ボタンを押したのかわからない
田中角栄は、自民党悪という保守本流からのアンチテーゼとして登場したが、最後はお家騒動の逆臣

第3章        日本に聖人や天才はいらない
日本人はイデオロギーを信用しない
(司馬) 正義というものがあって、正義の気分があって、それを社会科学にしたのがイデオロギーだが、日本で正義という言葉が定着したのはほんの幕末に過ぎないので、伝統の薄い訳語で、風土の中で定着するには時間がかかる
向こうには一神論的伝統、いわば中心主義があるが、日本にはそれが無いので、自分がその基準からこれだけ離れているのかが分からず、自分の思想がどの辺のものかも把握できない

   師弟の風景                                      大江健三郎
(初出 別冊文藝春秋173号 857)
大江健三郎(1935) 愛媛県生まれ。東大仏文卒。在学中に発表した『奇妙な仕事』がデビュー作。58年『飼育』で芥川賞。
学問は標準語でないと意を伝えきれない
子規と松陰は、教育者として似たところがある ⇒ 自分が教育している相手を自分の教え子だとは思わず、友人として扱い、愛情を持って見守る。2人とも死期を知っていて、その切迫感が周りに集まってきた連中から何かを引き出していく。2人に共通するのは、真の教育者は明晰な分析力というか、物事に対する認識力を持っているということ
志が無ければダメ、という思想も共通

   歴史の跫音を聴け                              安岡章太郎
(初出 オール讀物 826月号)
安岡章太郎(1920) 高知市生まれ。慶大卒。53年『陰気な愉しみ』「悪い仲間」で芥川賞。芸術院会員
安岡の著書『流離譚』(土佐の安岡一族を遡り幕末の藩士に辿り着く話)で、自分のアイデンティティをどう求めるかを追求
幕末当時江戸の気風は、学問することすら野暮で、田舎から来た勤番侍を浅葱(あさぎ)裏と言ってバカにしていた。浅葱裏にとっては学問することだけがなんとか自分の身を立てることだったにも拘らず
イギリスのジェントルマンにしても、社会の核になる道義心を、世襲で受け継がされたような存在があるはずだが、近代の日本にないのは残念
福澤はやはり「中津人」、中津には福澤のように軽薄で、言葉遣いも挙措動作も軽々しい人が多く、「学者になっても福澤のようになるな」と言われた人もいる。福澤は、旗本の名門木村摂津守が新政府への出仕を拒んだ後生活費を出した半面、勝海舟は徹底的に嫌った

   日本文化史の謎――なぜ天皇が恋の歌を詠まなくなったか          丸谷才一
(初出 文藝春秋 775月号)
丸谷才一(19252012) 山形県生まれ。東大英文科卒。68年『年の残り』で芥川賞
日本文学史を書き換えようという気運が出てきている ⇒ その中で宮廷文化の重要性について重点を置いて考えてみたい
維新以前では天皇の恋歌が文学史の中心を占める
明治天皇は、日本文学史上最大の歌数となる10万首くらい詠んだ中に恋歌は7首のみ
昔の天皇の性格は非常にエロチックで女性的 ⇒ 天皇である間は白拍子を召さないが、上皇になってから行動が自由になる。熊野詣などは熊野の巫女が目当て
徳川初期の後水尾天皇を最後に、天皇家の文化は実質的に終わった
明治維新を境にして天皇家が変質。天皇の恋歌も明治国家のイデオロギー、あるいは明治文学のリアリズムによって失われてしまう
大正天皇の母は柳原二位局で二流の公家の出だったが、明治天皇の軍服を着た乗馬姿を見て、あんなことをしていれば天皇家の宮廷も滅びると言ったという

   鎌倉武士と一所懸命                           永井路子
(初出 文藝春秋 791月号)
永井路子(1925) 東京生まれ。東京女子大国語専攻部卒。小学館勤務から文筆業へ。64年『炎環』で直木賞
(司馬) 関東平野での武士の勃興に興味
坂東武者は親父の一字をとって子供が縦に継承していくのは、所領をはっきりさせるためで、縦に所有したところに一所懸命という、自分の開墾した土地への命がけの思いがある
庶民が土地の所有権を公家国家に対して政治的に主張し抜いたのは鎌倉武士が初めて
御恩と奉公が結びついていたが、徳川になると御恩を与えられなくなって奉公だけの武士道となる
(司馬) 鎌倉前と後では日本人が違う ⇒ 平安以前の日本を詳述したものが残っておらず、世の中がどうなってどう動いていたのかよくわからない

   宇宙飛行士と空海                              立花隆
(初出 文藝春秋 8310月号)
立花隆(1940) 長崎県生まれ。東大仏文卒。79年『日本共産党の研究』で第1回講談社ノンフィクション賞
立花の著書『宇宙からの帰還』で、彼等が神を感じたか、どう感じたかを論じている
宇宙飛行士が飛行の後、非常に奇妙な人生を送っている人がたくさんいることに気付いたのが端緒 ⇒ 直接インタビューしてみると、精神的なインパクトを受けたと言い、宇宙体験の与えたインパクトに、非常に宗教的、哲学的要素があったことに驚く
空海が24歳で書いたという『三教指帰(さんごうしいき)』で大学を中退するが、室戸岬の洞窟に籠って修行した結果、金星が空海の口に入る体験を通じ宇宙を感じたのと、宇宙飛行士の体験は相通じるものがある

   日本人は精神の電池を入れ直せ              西澤潤一
(初出 文藝春秋 905月号)
西澤潤一(1926) 宮城県生まれ。東北大大学院工学研究科卒。工学博士。光通信の基本3大要素の発明・開発
「日本人と独創性」というテーマでの対談
英国人は、19世紀終わりから20世紀にかけての日本を見続けているので、サル真似という先入観があり、いまでもそう思っているイギリス人は多少いる
明治期の人々がいい仕事をした1つの鍵は、広い範囲で悩んだということ。現代では対象にぴたりとくっついてしまって悩みがない。だから全般が見えない、専門バカが多い
型に嵌らずに、まず「一体なんで」という考え方が無ければダメ。自分の好奇心が先にたたねばならない
日本人にも結構独創性はあるのに、周辺がそれを評価しないのがいけない

   ユーモアで始めれば                           アルフォンス・デーケン
(初出 別冊文藝春秋201号 9210)
アルフォンス・デーケン(1932) ドイツ生まれ。ミュンヘン大卒、ニューヨークのフォーダム大学院で哲学博士。91年菊池寛賞。上智大文学部教授
ユーモアとは、元々ラテン語で「フモーレス」、体液を意味する医学用語
ユーモアは、相手に対する思いやりが原点。相手が何を期待しているかを思い遣ることから始まる
ユーモアは病気にもよく効くし、逆にユーモアを解さない人は病気になりやすい
浄土真宗とカトリックは幾つか似通ったところがある ⇒ 親鸞の「感謝する」ということがカトリックの「祈り」に通じる。「祈り」の第1が感謝の祈り、第2が神への讃美の祈り、第3が願いの祈り


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