笑え! ドイツ民主共和国 伸井太一他 2023.6.14.
2023.6.14. 笑え! ドイツ民主共和国(DDR) 東ドイツ・ジョークでわかる歴史と日常
著者
伸井太一 ドイツ製品文化・サブカルライター。東大大学院、ポツダム大学とハレ大学(ともに旧東独)などを経て、現在は東京の某女子大でドイツ現代史の教育・研究に従事。ライターとしての著書に『ニセドイツ』『創作者のためのドイツ語ネーミング辞典』など。本名(柳原伸洋)としては、共編著に『ドイツ文化事典』など
鎌田タベア 東ベルリン生まれ。フンボルト大で日本学を専攻、東海大に1年留学。その後、公益財団法人日独協会職員など、約10年にわたり日本に滞在。その間、NHKラジオ〈まいにちドイツ語〉にも出演。柳原との共著に『日本人が知りたいドイツ人の当たり前』
発行日 2022.12.6. 初版第1刷発行
発行所 教育評論社
はじめに
l ジョーク大国「東ドイツ」? またまた、ご冗談を
1990.10.3.に消えたDDRは「ジョーク大国」。西独には東独ジョークを収集をする部局があった。東独ではジョークが取り締りの対象
本書のタイトルは、「笑い」さえもが東独の政治に管理・統制されていたことと、「笑わなければやってられない」ことを暗示するもので、「ジョークによる笑い」にはリスクがあったにもかかわらず、人々はそれを口に出した。これを「精神的抵抗」と捉えるならば、生きる逞しさがここにある
l 本書の特徴と構成 東独の笑いは届くのか?
本書の目的は、第1に東ドイツ・ジョークを愉しみながら、その真髄に触れてもらうこと
ドイツのジョークには「噛めば噛むほど味が出る」奥深さがある
l 東ドイツは「ヒ(がし)」・「ドイ(ツ)」のか?
l ドイツ語のアルファベット
l 名詞とその性について――名詞に性があるのは、「単語の位置取りの緩さに由来する冠詞の大切さ」から説明できる
第1章
ジョークで知る東ドイツ概観の快感
1ー1
略号と象徴――はた目に労働者
ソ連占領区では1947年にプロイセンが解体され、5つの州が成立 ⇒ 1952年東ドイツ政府の行政改革により各地の中心都市名を冠した14の県Bezirkが置かれた
l DDRは何の略? ――Danke, Das Reicht!(ありがとう、もう十分だ)
l 誰が社会主義を発明したのか? 学者か、労働者と農民か? ――もちろん労働者と農民。学者ならまずは動物で実験をしただろうから
1ー2
ジョークで知る東ドイツ笑史 (1)建国の建前
1949年、東ドイツは成立したが、'53年の民衆蜂起でソ連軍が介入、弾圧が始まり、ジョークの取り締まりを始め、不満分子・反抗分子の摘発に利用される
l 汚れた手を洗おう! ――社会主義統一党のシンボルは「和解の握手」がモチーフであり、お互いの手を握り合う構図で、その上に蛇口を足すと? 一方の手がもう一方の手を洗っている!
1ー3
ジョークで知る東ドイツ笑史 (2)ベルリンの壁の構築
l 新競技「ベルリンの壁、高跳び」――多勢の市民が1961年8月に陸上競技連盟に登録申し込みをしたが不受理。彼らは棒高跳びの訓練をしたかっただけだったから
l ふたりきりにさせてあげる――政府は夏休みの始まりの日に壁を開くと発表。それは、同志ホーネッカーが、休みの間妻と2人きりで過ごしたいと言ったから(壁を開ければみんな西に出ていくので、2人きりになれる)
1ー4
ジョークで知る東ドイツ笑史 (3)壁の崩壊へ
l うまく「行く」――gehenを2重の意味で使ったジョークで、「ご機嫌いかが=うまくいっているか」と聞かれて、「ハンガリーを越えて行ってくるよ」と返事
1ー5
社会主義は社会好き?
l 社会主義の厳しい現実――現実的な社会主義と発展した社会主義の違いは? 現実的な社会主義は発展しないし、発展する社会主義は現実的ではない
l 資本主義と社会主義の違い――資本主義は社会的な失敗をして、社会主義は資本的な失敗をすること
l 社会主義は「社会科」も好き? ――先生に社会主義の前には何があったかと聞かれた小学生が、「おじいちゃんは、〈何でもあった〉と言っていた」
l 党員の不十分な条件――「知的」「誠実」「党員であること」の3要素を並べると、2つが成り立つと残る1つが成り立たない。知的で誠実な人は党にはいない、誠実で党にいる人は知的ではない、知的で党にいる人は誠実ではない
l 東ドイツの7つの奇跡――①失業はなかったがやることもなかった、②やることはなかったが、労働力は不足、③労働力は不足していたが、生産計画は達成、④生産計画は達成したが、何も買うことはできなかった、⑤何も買うことはできなかったが、人々は何でも手に入った、⑥何でも手に入ったが不満だった、⑦不満だったが国民戦線の立候補者に投票し得票率は99.9%
l 社会主義で行こう! ――ホーネッカーがシュミットに、「ボルボの新車が入手できるか」を聞いてきたので、シュミットが「社会主義的にいけば大丈夫」と言ったら、ホーネッカーは「だめだ、すぐに手に入れたいのだ」
第2章
政治ジョーク、あるいは苦情
東独ジョーク界のスター政治家は、初代大統領ヴィルヘルム・ピークとヴァルター・ウルブリヒト(党書記長)、エーリヒ・ホーネッカー(党書記長)の3人
2ー1
政治家ジョーク――独裁下の密かな愉悦と優越感
l 3人の政治家の違いは? ――ピークは東ドイツ全体のための、ウルブリヒトはベルリンのためだけの、そしてホーネッカーはヴァントリッツ(政府高官たちの住居地域)のためで家の社会主義を目指した
l 1700万人の東ドイツ国民を喜ばせる方法――3人は飛行機に乗ると、ピークは1000マルク札を1枚投げ落とす。1人の国民に喜んでもらおうとした。ウルブリヒトは10人に喜んでもらうために100マルク紙幣を10枚投げる。ホーネッカーは100人に喜んでもらうため五10マルク紙幣を100枚投げる。それを見たパイロットは全国民を喜ばせる方法を知っていると豪語。3人を飛行機から投げ落とせばいい
2ー2
ピーク・ジョーク――束の間のピーク
l ピークが来た――第1次大戦と第2次大戦の終戦で何が違う? 第1次大戦後には皇帝ヴィルヘルムが去り、第2次大戦後にはヴィルヘルム(ピーク)が来た
2ー3
ウルブリヒト・ジョーク――壁を作るつもりはない!
l 「切って貼った」のウルブリヒト――ウルブリヒトの切手はいつも貼り付けにくいのは、みんなが間違った方に唾をつけるから
l 世界史上最も優秀な将軍は? ――ウルブリヒトこそ最右翼、200万を逃亡させ、1700万を捕虜にした
2ー4
ホーネッカー・ジョーク――これがみんなの本音か
l 酔いつぶれて政務は放念か――誰がもっともひどい飲んだくれか? ホーネッカー。どこの居酒屋にも彼の肖像が架かっているから
l 未来のために――託児所を訪問して新しい施設の支援を求められたときは断ったが、刑務所から設備の更新を要請されたときには応じたのは、将来権力の座から引きずり降ろされた時に行くところだから
第3章
お役人への常套句ジョーク
シュタージは、「党の盾と剣」と呼ばれた諜報・政治犯捜査の機関。正式名国家保安省
3ー1
シュタージ・ジョーク――公然たる秘密
l シュタージ広告――シュタージの広告のモットーは、「ぜひうちにおいで、でなきゃこっちから行く」。広告とあるように、シュタージの存在は公然たる事実
l ジョークのコレクション――ブラントは「私についてのジョークを集めるのが趣味」といったのに対しウルブリヒトは「私についてのジョークを言う人々を集めるのが趣味」
3ー2
人民警察ジョーク――恐怖のこまわり君
l 警察can open all.――人民警察はどうやって缶詰を開ける? 缶を叩いて、「開けろ、ドイツ人民警察だ」
3ー3
人民軍ジョーク――赤いプロイセン軍
l 「平気」と言わされる兵役――国家人民軍に3年の兵役志願だが、強制された自由意思に基づく志願
l 東ドイツ最強の軍隊――ハンニバル、ネルソン提督、ナポレオンの3人が国家人民軍を訪問、最も欲しいものはと尋ねられ、ハンニバルは戦車、ネルソンはUボートと答えたが、ナポレオンは新聞『ノイエス・ドイチュラント』と答えた(ナポレオンの箴言「四肢の敵意ある新聞は千の銃剣より恐ろしい」からの引用で、党機関紙『ノイエス・ドイチュラント』の提灯記事を皮肉ったもの)
第4章
生活ジョーク:ソーシャリ「住む」
4ー1
モノ不足のモノクローム社会?
東ドイツは「不足の社会」と呼ばれる。計画経済の結果で、飢餓ではなく、欲しいものが欲しい時に手に入りにくいという偏りのあるもの
l バナナ共和国――東ドイツのモノ不足を象徴するのがバナナ。東西両ドイツともバナナの輸入大国だが、80年代の東独では輸入が半減。社会主義になったらバナナがなくなるというジョークが流行る
l 針のむしろ――東ドイツではモノ不足で針のむしろすらないので、社会主義地獄の方が資本主義地獄よりましというジョーク
l 東ドイツ女性の四重苦――フランス女性は左に夫、右に愛人、昨晩は華々しい夜、明日には次の出会いがある。東ドイツ女性も左には夫だが、右に3人の子ども、昨晩は夜勤、明日には職業訓練。東ドイツ女性の就業率は85%と男女平等を実現
l エデンの「東」――1988年末、東独ではクリスマスマーケットが「楽園」と名称変更された。リンゴと長蛇の列しかなかったから。モノ不足が深刻化
4ー2
東ドイツのテレビ――東独の毒電波?
l 電波塔も西へ伝播してほしい――1969年完成の高さ365mのテレビ塔はベルリンの象徴。倒れたら西までエレベーターで直通で行ける
l 東ドイツの「カラー」テレビ――東ドイツでも30分だけカラーで見ることができるのは、ニュース番組が赤色の話(社会主義の話題)ばかりだから
4ー3
トラバントと交通(トラビック)な事情
大衆車の愛称は「トラビ」、計画経済の象徴であり、ジョークの定番
l 「道路」標識――80,60,30と書かれた交通標識は、1㎞につき、80の穴ぼこがあり、その1つは60㎝の幅で30㎝の深さの意味
l トラビの哲学――最も偉大な哲学者はトラビの運転手。自分が運転しているのが自動車かどうかを常に考えているから
l トラバント601とジェット戦闘機の違いは、戦闘機は音が聞こえる前に姿が見えるのに対し、トラビは姿が見える前に音が聞こえる
l 「優良」渡来バー(ドライバー)――模範運転をしている車を人民警察が止めて「優良ドライバー」に認定しようとしたら、免許証不携帯、飲酒運転、盗難車、最後にはトランクから出てきた人が「もう西に着いたのか!」と、次々に違反が露見
4ー4
労働者・農民・科学者――思想”労農”
東ドイツは「労働者と農民の国家」を自称。国旗のハンマー(労働者)と鎌(農民)はその象徴。そこにコンパス(科学)が加わるが、すべては建前で、「ノルマ」が課せられた労働・農業は厳格な管理下に置かれ、無理なノルマは無給の残業を強いることになり、「仕事があると1日が台無しになる」と言われた
l 最”幽囚”労働者――最優秀労働者にインタビューで何年勤続か聞くと、20年いたというので、20年前にこの企業はなかったのではと聞くと、残業で、ものすごく超過労働していたと答えたという
第5章
インターナショナル・ジョーク
6ー1
ソ連ジョーク――独り背後にそびえとる
ソ連ジョークは、ブラックなものが多い。占領者ソ連への怨恨が込められている
ロシアに対する差別意識も作用、東独指導者向けよりも監視の目をすり抜けやすかった
l 露にも思わぬ税金――犬がいないのに犬税を払っているのを不思議に思って聞くと、ロシア人もいないのに独ソ友好協会の会費を払っているのと同じといわれた
l 捨てるほどあるもの――ロシア人はウォッカを、チェコ人はピルスナービールを、ハンガリー人はサラミを半分飲んで列車の窓から投げ捨てるのを見た東独人はびっくり、それぞれ捨てるほどあるからといったのを聞いて、東独人はロシア人を投げ捨てた
l で、ソ連からは? ――アフリカ向けの船は機械を積んでコーヒーを持ち帰り、キューバ向けは自転車を積んでオレンジを持ち帰るが、ソ連向けの船はコーヒーとオレンジを積んでいったきり、帰りは鉄道で戻る。積み荷どころか船さえ持って行かれる
l ソ連赤軍がドイツからあらゆるものを収奪した名残が、「ソ連=物資を接収していく存在」とのジョークに繋がる
6ー2
西ドイツ・ジョーク――名にし負うドイツ
l 陸の孤島――紅海(赤色の海)に浮かぶ島をなんという? 「西ベルリン」
l 西ドイツ・マルクの力――1987年西独を最初で最後、唯一公式に訪れた東独の首班となったホーネッカーは、帰国後西独の様子を聞かれて、「東と同じ、西ドイツ・マルクを使えば何でも手に入る」と答えた
6ー3
日本ジョーク――日本は見本?
l 日本からの派遣団が東独の企業と博物館を視察、何が気に入ったかと聞かれて、ペンタゴン博物館、ロボトロン博物館とペルガモン博物館と答えた。ペンタゴンはカメラ、ロボトロンはパソコンですでに時代遅れの「遺物」で、古代コレクションのペルガモンと同列視され、それも「博物館」とされたところに皮肉が効いている
l 東ドイツの廃テクノロジー――ライプツィヒのメッセをホーネッカーが視察、日本のブースでジャガイモ皮むき機にじゃがいもを入れると数秒できれいに皮が向けて出てくる。東独のブースでも同じような機械が置いてありじゃがいもを入れると皮を向いて出てきたので、今度は袋ごと入れたら女性が出てきて、今日は私1人なので、一度に一杯入れたら処理しきれないと文句を言って来た。東独のハイテクは人頼り
6ー4
そのほかの国々――資本主義インターナショナル
l これ以上の負担は・・・・――アメリカが社会主義になれるか?との質問に対する答え。基本的には可能だが、東ドイツがソ連に加えてアメリカにも物を送るなんてもう無理
スイスに社会主義を打ち立てることは可能か?との質問に対する答え。基本的には可能だが、あの美しい国を荒廃させる必要があるのか
第6章
どす黒い赤いジョーク
6ー1
ポリティカルにイン・コレクト
l 社会主義はセックスよりも良い。より長く喘ぎ声が上げられるから
l ドロドロの社会主義――「ピューレ」の種類を聞かれて、スモモやリンゴのピューレを答えたが、社会主義との答えもあり、「食べられないが吐くことはできる」と
l 共和国、急に出ん――東ドイツの議会場「共和国宮殿」は、元プロイセン王国の宮殿、東西ドイツ統一後取り壊され、現在は王宮が再建され文化施設に。トイレがなかったが、ホーネッカーは「些細な用事」でもモスクワに用を足しに通っていた
解説とおわりに
教育評論社 ホームページ
人びとの間で密かに共有された“笑い”から、東ドイツ社会を解剖!
ドイツ語原文&単語解説付きで語学学習もできる!
図版資料およそ200点と、図録的にも楽しい一冊。
【本書掲載ジョーク例①】
ホーネッカー書記長「私にはとてもすばらしい趣味があるんだ。それは私に対するジョークを集めることさ!」
秘密警察長官「それは奇遇ですね。私も全く似たような趣味を持っています。あなたに対するジョークを口にする人々を集めることです!」
【本書掲載ジョーク例②】
ちょっと想像してみてくれ。レーニン、スターリンそしてホーネッカーがシベリア横断鉄道に乗り合わせている。そこで突然、線路が途切れている。彼らはどうすると思う?
レーニンなら、後ろの線路を取り外して前に設置していくだろう。そうすると列車はさらに走れるだろうから。
スターリンなら、機関士と車掌を即射殺するだろう。
ホーネッカーなら、こう言うだろう。「全同志よ、直ちに下車して鉄道を揺らすのだ。そうすれば、ほかの乗客はまだ鉄道が走っていると思い込む」。
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