通勤の社会史  Iain Gately  2018.4.25.


2018.4.25. 通勤の社会史 毎日5億人が通勤する理由
Rush Hour: How 500 Million Commuters Survive the Daily Journey to Work 2014

著者 Iain Gately 香港育ち、ケンブリッジ大で法律を学ぶ。ロンドンで金融関係の仕事の後、ジャーナリスト、ライターとして活躍。イギリス・サウサンプトン在住

訳者 黒川由美 翻訳家。津田塾大英文学科卒。

発行日           2016.4.15. 第1版第1刷発行
発行所           太田出版(ヒストリカル・スタディーズ 17)

19世紀、英国の鉄道ブームにより、遠隔地の自宅から職場へ通う史上初の通勤が始まった。移動の自由、住む場所や仕事場を選択できる自由をもたらした通勤は革新的な行為であり、都市と郊外を発展させ、ライフスタイルも変えた。通勤が憧れの対象だった当時に対して、現在では心身ともにストレルのもととされている。が、果たしてそれは真実か? 今後、通勤はなくなってしまうのか? 鉄道、車、自転車等あらゆる通勤の歴史と発展、現在の諸問題、将来の通勤形態までを考察。「通勤大国」日本を始め、世界の通勤事情も網羅


序章 誰もいない土地No Man’s Land)を抜けて
通勤は、かつては革新的な行為、過去との決別を意味し、新たなライフスタイルの扉を開く鍵であり、概して苦行よりもむしろ憧れの対象
ヴィクトリア朝時代、最初の鉄道ブーム期に始まった通勤という活動は、移動の自由を象徴し、その自由を掴もうと挑戦した勇気ある人々に新たな地平線を望(ママ)ませてくれた
1部では、通勤が個人にとって宇宙旅行に匹敵するほどの未来的体験だった時代から、いかにして世界で5億人以上が参画する一般的な行為となっていったかを探る
2部では通勤の現状を追う。毎日の移動でどのような試練に直面しており、いかにして乗り越えているのか、そんな忍耐は果たして正当化され得るのかを検討。通勤は、ストレス・肥満・活動方・無気力・心臓疾患など、心身双方に問題をもたらす原因として非難されるが、様々な指標をみる限り、通勤する人々は人生の勝ち組。通勤者は富を得て、成熟した老年期を生き、自分の子供たちが人生で最高のスタートを切れるよう準備してやっている
3部では通勤の未来について考察。今すぐ消滅する兆しはないし、家庭生活を豊かで快適にするための金銭を求めて移動する時間がすべて無駄で不要だということもないはず
結局のところ、通勤とは二重生活をすること ⇒ 職場への移動は「他者と顔を合わせるための準備の時間」を提供し、生まれた土地に縛られたり、都会の罠に捕らわれたりしないための手段を与えてくれる
私たちは通勤時間を嘆くよりも、最初に通勤を始めた世代の人々を鼓舞していたパイオニア精神をもう一度思い起こすべき ⇒ 通勤とは自分たちのあり方を特徴づけていた辛い仕事から逃れるチャンスであり、自分たちの世界を新たに作り直す自由の象徴だった

第1部        通勤の誕生と成長、そして勝利
暖炉と狩猟の場を分けたいという欲求、健康的に暮らし、かつ効率的に働きたいという欲求は、19世紀が進むにつれ強まる
蒸気動力による移動、という科学技術が職住の分離を可能にしたとき、史上初めて通勤という活動が芽生え、花開いた ⇒ 1830年代に始まった人類の新現象の一部であり、その後50年でイギリスを変貌させた。鉄道の出現が国を動かし始めた
かつてロンドンは下水道を跨いでスラム街と工場が立ち並ぶ場所で、10年周期でコレラが蔓延、平均的な家族は1部屋に5人がひしめき合って生活し、成人の平均余命は35
元々鉄道は貨物用、ストックトン・アンド・ダーリントン鉄道は1833年に蒸気機関車を導入した時旅客用車両は1台のみ ⇒ 1838年までに年間20万人の乗客を運び、貨物の収入を凌駕
1846年が鉄道ブームのピークで、15,300㎞の新鉄道が書面上で誕生したが、投資バブルがはじけて出資者が破産するケースが相次いだものの、9,700㎞以上の路線は完成
鉄道ブームは人々の移動をたやすくしたが、同時に人々に移転を強いることとなり、景観を損ない公害を撒き散らすこととなった
1日に2度ロンドンに行った男」の様々な逸話は、鉄道がどんなチャンスを切り拓いたかを表している
イギリスの列車旅客数は、1831年に驚異的なスタートを切ってから、40年には延べ100万人に、70年には360百万人に達し、"通勤が始まる
通勤が主要な客となった最初の鉄道路線は、おそらく1836年開業のロンドン・アンド・グリニッジ線だろう
19世紀半ばごろには、通勤はますます流行のライフスタイルとして認識され、都市にある職場と郊外の住居を結んで新しい生き方を創り出した
1851年最初の年間定期券が50ポンドで発売されたが、それは平均的な労働者の1年分の収入に匹敵
列車運行地域間の時刻の差異を統一する必要から、「時刻表」が作成され標準時刻で運行されるようになる ⇒ 時計製造にも革命をもたらす
乗客は会話をしたがらず、沈黙を得る最良の手段が書物と新聞 ⇒ イギリス人の読み書き能力を急激に向上させた
1844年の鉄道規制法発令 ⇒ 貧しい旅客にも妥当な運賃で"天候から守られるような車両での移動手段を提供することを義務付けたことから、労働者用列車が誕生
鉄道網のいたるところで、サンドイッチが新たに登場、当初から極めて評判が悪く、「イギリスの真の恥は鉄道駅のサンドイッチだ」とまで書かれた
19世紀後半の平均的な1等車輛通勤者は、移動力を手にして、豊富な安い宅地を駅に近い田園地帯に確保すると同時に、街で仕事する時間も確保
ロンドン近郊では、1860から62年に建設された地下鉄の登場によって住宅地が拡大
労働者が集まる都市では、衛生状態の悪さからコレラやチフスが定期的に流行したのも、富裕層が郊外に移る契機となった
アメリカで初の鉄道通勤者が乗ったのは、1837年のニューヨーク・アンド・ハーレム鉄道
多くのヨーロッパ諸国では、鉄道は程度の差こそあれ、国が所有し管理し、イギリスのように家庭と仕事の場を分ける手段としてより国防などの戦略的懸案事項が優先
イギリスとフランスにおける鉄道旅行の決定的な違いは食べ物 ⇒ 食材の調達のバリエーションが増える
鉄道時間の統一は、特にヨーロッパでは大きな問題 ⇒ 統一されたのは1890年代
アメリカでは自動車が積極的に通勤に使われ、1939年には主要な通勤手段に
共産主義者はどこの国でも、移動の自由と、とりわけ通勤を忌み嫌った

第2部        粛々と通勤する人々
20世紀の大半で、通勤は移動の自由と経済成長のバロメーターであると同時に、通勤が様々な形で文化に溶け込み、人々の行動を制約する古い慣習を変えていく
とりわけ通勤は人を意欲的にし、住む場所の自由、働く場所の自由、よりよい生活をする自由をもたらす
通勤の浸透とともに、通勤に悪影響を及ぼす現象の出来 ⇒ 公共交通機関の混雑と道路の渋滞
人間に必要な対人距離(近接学:”プロクセミックス”) ⇒ ①密接距離、②個体距離、③社会距離、④公衆距離
人はなぜ通勤の混雑を自ら進んで耐えようとするのか ⇒ fight, flight or freeze理論
通勤者の行動も文化によって違う
日本では、最初の旅客鉄道が導入されたのは1872年で、封建制崩壊からわずか4年後であり、中世から近代へ移行するのに何百年もかかったヨーロッパとは異なり、大半の日本人にとって変化の衝撃は極めて大 ⇒ 全ての日本人にとって大量輸送時代に踏み出すための第1歩はしきたりを破ることであり、開業後から混雑した鉄道の中で、他人に接するときの古い儀礼と、すし詰め列車でのあり方とのギャップを埋めるには、新たな行動規範が必要とされた。新たな変化を受け入れるために、未来を象徴する新たな偶像が必要とされ、20世紀初めに登場したのがサラリーマンと女学生で、洋装のホワイトカラーと着物姿のエリート階級の娘たち、野望を抱くサラリーマンと美しい女性たちによる日本の通勤文化はエロティックな側面を発展させ、その側面は現在にも通じるところがある(田山花袋著『少女病』に描写)
ロンドン地下鉄の乗車率最大でも150%に対し、東京の平均乗車率は200%にもなり、今でも異様な女子学生好きの通勤者を運んでおり、東京の通勤者たちはロンドンっ子より確実に混雑に強い
東京で痴漢に遭う女性は70%以上だが、たいていの場合通報はしない
日本の鉄道犠牲者の数は、ラッシュ時に運命論に支配されているインドに比べればまだ少ない ⇒ 1853年アジアで最初に敷設された大インド半島鉄道(現ムンバイ近郊鉄道)の通勤路線では毎日平均10名が死亡
ムンバイでも日本の満員電車と同じく痴漢が多い ⇒ イヴ・ティージング(性的嫌がらせだが、集団レイプや殺人まで含む)は年々深刻化しているが、公共交通機関の混雑というより異性と接触する機会が限られている文化的背景によるものと考えられる
自動車通勤には道路渋滞がある ⇒ IBMは世界の主要20都市で通勤苦痛度指数を出しているが、最悪はメキシコシティ(2011)
自動車通勤者は公共交通機関の乗客より攻撃的になりやすく、ロード・レージ(運転中の攻撃性)現象が起こる ⇒ 1990年代のアメリカで拡大した新種の怒りで、06年米国精神医学会によって間欠性爆発性障碍IEDと名付けられる
通勤が原因とされる情緒障碍は、うつや不眠症、肥満や性的不全を誘発するともいわれる
通勤が日常生活に及ぼす文化的影響は甚大 ⇒ 景観のみならず、人間の考え方や行動様式、コミュニケーションの方法や娯楽の種類も変化
通勤から広まった文化的影響の1つに消費パターンの変化がある ⇒ 小型で携行でき、人や社会と繋がることのできる便利な道具を求める気持ちは、様々な分野における技術革新の原動力となる。1969年導入された携帯電話や携帯メールはその1例だし、恋愛も病気の感染も食習慣すら変えた

第3部        顔を合わせる時間
通勤の代わりにテレコミュニケーション(電気通信技術)によってテレコミューティングという通勤形態が可能となりつつあり、仮想通勤の奨励が始まる
それでもIT企業側は、物理的な通勤の利点は優れたアイディアを生み出すところにあると強調するが、その背景にはセキュリティの確保という実務上の理由もある
ということで、物理的な通勤がなくなる日が来る可能性は低い
人道主義的な観点からも、通勤は良い結果をもたらしてきた。過去1世紀半の間、数多くの人々が通勤によって生活を向上させる機会を得た。通勤は本質的に移動の自由をもたらす。時には地獄のように感じることがあったとしても、通勤は明るい希望に満ちている
『宝島』の著者スティーヴンソンも、「人は自分がいかに幸せかを知らない。希望を抱いて旅することの方が、到着した時よりも幸せなのだ」という言葉を残している



半歩遅れの読書術津村 記久子 なぜ忌まわしい「通勤」が必要か 自由につながる発明だった
2018/4/14付 日本経済新聞
 10年半会社勤めをしていたのだが、仕事そのものは嫌でなくても職場に行くのは嫌で嫌で仕方がなかった。「会社」ではなく「出勤」がとにかく嫌だった。大阪市営地下鉄(現Osaka Metro)の御堂筋線というすごく混む電車に乗って職場に行っていた。

 本のページをめくるために少しの間手を離すだけで後ろから吊(つ)り革を奪ってくる若者、頑(かたく)なに変な位置から動こうとしない女性、舌で嫌な音を鳴らす男の人、脚を開いて座る老人など、間違いなく人間が嫌いになる空間だった。職場のデスクに座ると、どれだけ仕事が積まれていても、少しほっとした。
 仕事に関して啓発する本は有り余るほどあるが、通勤について語られる本はなかなかないと思う。イアン・ゲートリー著『通勤の社会史』(黒川由美訳、太田出版)は、自宅ではない場所で仕事をしている人の「なんでこんなこと(通勤)しなくてはならないのか?」に答えてくれる本だと思う。本書を読むと、あの忌まわしい通勤が、実は人間が働いて生きていく上での大きな発明であり、生まれた土地に縛られて地主に使われていた人々を解放する行為だったのだということがわかってくる。
 確かに、生まれた場所にそのままいるしかなかったら、代々受け継がれてきた階級や家業が人生のすべてになってしまう。19世紀のイギリスでは「(鉄道は、景観を破壊するものであると同時に)地主のもとで働いていた労働者に辛(つら)い仕事から逃げだすチャンスを与えて封建制度を破壊する」という糾弾があったそうだ。
 本書では通勤の歴史に始まり、世界の通勤事情が取り上げられ、インドのラッシュアワーの壮絶さや、満員電車に押し込まれた人々がなぜ暴徒化しないのかということ(集団的強靭(きょうじん)性という心理によるものらしい)、ロード・レージと名付けられた自動車のドライバー特有の怒りについてなどが説明される。世界の人々がいかなる困難を乗り越えて通勤行為をしているのかということを知ると、みんな職業選択の自由のために大変な思いをしてるんだから自分も頑張ろう……、と粛々とした気分になってくる。
 ちなみに著者が日本の通勤電車の痴漢について、そこそこの文字数を割いて語っているのは恥ずべきことだと思う。誰もが苦しくて気晴らしを求めている中、自分だけがそれを発散する権利があると考える痴漢は、他者と同席するにはあまりに図々(ずうずう)しすぎるため、二度と電車に乗るべきではない。
(作家)


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