管見妄語 常識は凡人のもの  藤原正彦  2018.5.30.


2018.5.30. 管見妄語 常識は凡人のもの

著者 藤原正彦 Wikipedia参照

発行日           2018.1.20. 発行
発行所           新潮社

初出 『週刊新潮』201610月~201710

管見とは、狭い見識、視野の狭い考え方、妄語とは、仏語で、嘘をつくこと、不実な言葉「管見にとらわれる」、自分の知識・見解・意見をへりくだっていう語

はじめに

第1章        自分で決められない国
Ø  灰色の世界 ⇒ 日本人は、自らの考えで突っ走り他人とぶつかるのを避けようという気配り表現が多いが、アメリカでは自らの気持ちに忠実に表現することは美徳とされ、他人をさほど意に介せず率直にいう。対照的にイギリスでは控えめな表現が多用される。歴史上日本とイギリスに独裁者がほとんど出現しなかったのは、謙虚や控え目から生まれるバランス感覚のためだろう
Ø  イタリアの小さな村で ⇒ 知人の堀米ゆず子のマスタークラスをイタリアの小さな村で毎秋開催するのを見学、28名の参加者を村が無料で受け入れる、完璧と思われる演奏でも的確な指摘を受けて改善するのに驚愕
Ø  どうかしていない私 ⇒ 外国に行くときに金銭をどう携帯するかで苦労してきたので被害には遭っていないが、最近カードの偽造による被害が多発、女房からどうかしているんじゃないと責められたが、欧米の治安が劇的に悪化したのが原因で、アメリカ人もいま欲するのは自由ではなく安全だと言っている、私はどうかしていない
Ø  痛ましい光景 ⇒ 下賀茂神社が式年遷宮の費用調達のために土地の一部を定借にしたという、神社の経営が苦しくなって由緒ある神社が切り売りしていくのは尊い文化財の自傷行為、政教分離とは信教の自由を保障するためのものであり、政教分離の壁で救済法がないというのは余りにも痛ましい光景
Ø  世界一幸せだった子供たち ⇒ 子供好きは昔から日本人の一大特徴であり、日本は子供の天国だった伝統が薄れつつあるのは残念
Ø  自分のことを自分で決められない国 ⇒ 日本人ほど他人の気持ちを思いやる人々はいないが、世界では通用しない、それもあってか我国は外圧に弱い、いまだにGHQ10日間ででっち上げた憲法を崇め、アメリカに唯々諾々と従う、対外政策のみならず国内問題に至るまで、外圧が介入してくる
Ø  心肺機能は鍛えたが ⇒ 昔から山登りで苦しむ屈辱から逃れるためにジムで心肺機能強化に努めてイタリアの塔に登った時、前をミニスカートが登っていた時には足音が重くなった、心肺機能は改善されても心は改善されなかった
Ø  2つの快挙 ⇒ 2016年はイギリスのEU離脱とトランプ勝利という2つの歴史的快挙があった、両者はグローバリズム及びPolitically Correct(ありとあらゆる差別・偏見をなくすこと)への反乱という意味では本質的に同一、支持者は低学歴労働者
Ø  企業ファースト ⇒ 過労死が急増、労働生産性は先進34か国中21位、癒着した政と財はいつまで国民を愚弄し続け、傷め続けるのか
Ø  そばの食べ方 ⇒ そば屋の発祥は江戸、白米主食による「江戸患い」と呼ばれた脚気が多くそばが予防に役立った、信州諏訪育ちの筆者は東京で初めてそばを食べて以来そば好き、1/3ツユにつけて1口に飲んでしまう、ずるずる音を立てるのは欧米人には禁忌

第2章        グローバリズムの欺瞞
Ø  冬の攻防 ⇒ 零下30度の満州生まれは寒さに強かったが、60のころから寝るときだけ寒さを感じ始めたところ、気道をセーターで覆ったりレッグウォーマーをするようになって就寝時の暖房が不要になった
Ø  半人前国家 ⇒ OECDPISA(15歳児の数学、科学、読解力のテスト)で先進35か国中数学と科学で1位、読解力は6位。読解力が落ちたのは本を読まないことが原因の1つ、読解力不足では知識や教養は身につかず、思考力も見識も得られない。読み書き算盤は初等教育において圧倒的に重要であり、力強い読解力を通して培われた論理的思考力や情緒力や教養力こそが人間力であり、これがなければ世界では相手にされない。話す手段より話す内容を整えることが先決
Ø  常識は凡人のもの ⇒ 1610月将棋の三浦9段がコンピューターソフトの不正使用を疑われ出場停止処分を受けたが、証拠不十分で連盟が謝罪した。若いころから一途に精進してきた人の言動には常識に欠けることが間々あるのは当然で、凡人の常識でその言動の正邪を判断することはできない
Ø  1日でも離れていると ⇒ 碁将棋の棋士、音楽家など特異能力を要する職業では、現場から少しでも離れているとすっかり力が衰えるが、数学の世界も同じで、著者も36歳で父親が突然世を去った時には気が抜けて1年あまり父の本を夢中になって読み研究が手につかなかったので、論文が書けるようになったのは2年も経ってから
Ø  ユーモア大国 ⇒ 浮世絵に見え隠れするペーソス、諧謔、揶揄などユーモアをまぶして描かれている。絵画では宗教画から発達した西洋画にはユーモアは感じない。日本には落語、漫才、狂言もあるし、講談や歌舞伎もユーモア満載
Ø  盗まれて当然 ⇒ 暗記していないと不便な数字がある。4桁の暗証番号は1万通りあるが人気順に記すと、1234, 1111, 0000, 1212, 7777となりこの5つで20%になるというから、カードを5枚盗んだら1枚はどれかに該当するので危険極まりない。インターネットのパスワードの人気順は、123456, password, 12345678, qwerty, 12345となりどれも正気とは思えないものばかり、これでは情報流出は止まらない。世界中の人々の想像力、工夫力、数字記憶力がいかに貧弱かを示している

第3章        人類のあまりにもむなしい姿
Ø  グローバル教育の行き着く先 ⇒ 我国では官民を挙げてグローバル教育が燃え盛る、筆頭は英語教育。英語を教える最低限と言える英検準1級の力を持つ小学校教員が0.8%しかいないのに3年生まで引き下げるという。堂々と論理的に話すことと内容の質が無関係なのはアメリカ人を見ればわかる。評価の対象は内容であり、教養や見識である。教育界はゆとり教育、フィンランド式教育、グローバル教育と次々に他国の真似ばかりしている節操のなさ、自信のなさは何なのだろう

第4章        確固たる自信のない人
Ø  読書ほど得なことはない ⇒ 18世紀の作家サミュエル・ジョンソンは、「人は1冊の本を書くために図書館半分をひっくり返す」と言った
Ø  忖度官僚の猛反撃 ⇒ 森友と加計問題の教訓は、省庁の人事権を内閣が握ったことの弊害と国家戦略特区の問題。前川元次官の憤怒の証言が飛び出し、官邸への行き過ぎた権力集中と官邸に対する官僚の卑屈が白日の下に晒されたのは収穫
Ø  何用あって碁将棋ソフト ⇒ 藤井聡太の快進撃の源はソフト研究にある。すべての頭脳ゲームは所詮有限の世界だから究極的にはコンピュータにより必勝手順が見いだされる運命にある。しかし何用あって碁将棋ソフト開発者は我々の楽園に土足で足を踏み入れるのか、いい加減にしてほしい
Ø  寛容のもたらした悲惨 ⇒ イギリス人は他人のなすことに世界一寛容かもしれない。本人がハッピーならそのままにしておくというのが基本。仏伊は人権や自由を尊重するがその代わり自動小銃で抑え込む、イギリスは武力を用いないがその代わりに監視強化で人権や自由に規制を加える、どちらが効果的かは見物。英国人は監視強化を仕方ないと諦める、不偏不党の健全なジャーナリズムの存在が権力の暴走を許すまいと考えるからだ。日本のジャーナリズムは、消費税増税やTPPなど国論を二分してよい大問題を5大新聞が何の躊躇もなく一斉に支持したことからもわかるように、信頼できないから心配。我が国にとっての最善のテロ対策は、寛容な移民政策のもたらした欧米の悲惨さを正視し、その愚劣で致命的な失敗を繰り返さないことなのだ

第5章        祖国のためにありがとう
Ø  頑張って下さい、ありがとう ⇒ 女性は出産・育児・介護という人間の生死の場において中心的役割を担っているのに相当する敬意を受けていない。子供は日本の未来そのもの。子育てが「国家への最大の貢献」という意識が国民に共有されない限り「女性が輝く社会」はない。大きなお腹の女性を見るたびに「頑張って下さい、ありがとう」と心の中で叫ぶ
Ø  巨人の国 ⇒ 一般に同じ種では寒冷地に生息するものほど大きい(ベルクマンの法則)。オランダ人は男女とも世界一の高身長だが確固たる理由は不明
Ø  戦いはルール作りから ⇒ スポーツのみならず車の世界でもフランスでは日本車締め出しのために2040年以降ガソリン車とディーゼル車の新車販売は認めないと宣言、大気汚染源が路上から発電所に移動するだけとなり兼ねないのにそれでも強行する。経済競争を制するうえで決定的なルール作りは、常に欧米が主導権を握っている、グローバルスタンダードもすべて欧米発、今こそルール作りに参加し国益をかけて強く主張するべき、不公平なルールの下での公平な競争は不公平なのだ
Ø  この国の行方 ⇒ 漱石も鷗外も西洋文明と日本精神の狭間で葛藤し苦悩し続けてきた。西洋文明に流される上滑りも悪いから止せというのではなく、事実やむを得ない、涙を呑んで上滑りに滑っていかなければならないというのだ。漱石の懸念は的中し日本はその後も根無し草となって外来のものに酔いしれ、大正デモクラシー、マルクス主義、そして全体主義へと飛びつき国を滅ぼした。現代も似ている、我が国の伝統や文化、情緒やかたちを忘れたまま、政治も経済も何もかも、世界がその方向だからというだけで追随している、深刻な葛藤は今どこにもない





Wikipedia
藤原 正彦(昭和18年(194379 - )は、日本数学者お茶の水女子大学名誉教授。専門は数論で、特に不定方程式論。エッセイストしても知られる。
妻は、お茶の水女子大学で発達心理学を専攻し、カウンセラー、心理学講師そして翻訳家として活動する藤原美子気象学者藤原咲平は大伯父、美容家メイ牛山は大叔母に当たる。
略歴[編集]
戦後いずれも作家となった新田次郎藤原てい夫妻の次男として、満州国の首都新京に生まれる。ソ連軍の満州国侵攻に伴い汽車で新京を脱出したが、朝鮮半島北部で汽車が停車したため、日本への帰還の北朝鮮から福岡市までの残り区間は母と子3人(兄、本人、妹)による1年以上のソ連軍からの苦難の逃避行となった。母・藤原ていのベストセラー『流れる星は生きている』の中でも活写されたこの経験は、本人のエッセイの中でも様々な形で繰り返し言及されており、老いた母を伴っての満州再訪記が『祖国とは国語』(2003年)に収録されている。
小学生の一時期、長野県諏訪市にある祖母宅に1人移り住む。このときの自然体験は、後に自身の美意識の土台となっている。このころ図工の先生であった安野光雅から絵と、数学の面白さも教わる。
アメリカ留学記『若き数学者のアメリカ』(1977年)が話題となり、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。以後エッセイストとして活動。身辺雑記からイギリス滞在記や科学エッセイ、数学者の評伝に至るまで対象は広い。『父の旅 私の旅』(1987年)は、亡父・新田次郎の絶筆となった未完の小説『孤愁 サウダーデ』の主人公モラエスの故郷であるポルトガルを、一人レンタカーを駆って一周する紀行文である。これは、先年亡くなった亡父が、その取材旅行で訪れた時に残した詳細なメモ等を元に、同じコースを辿り、同じ人に会おうとしたものである。その中で、ポルトガル人にとっての「サウダーデ」の意味を問い続け、自らにとっての「サウダーデ(郷愁)」を求めようとするものでもある。2012年には正彦が執筆した『孤愁 サウダーデ』の続編を併せた小説が出版された。
エッセイではしばしば「武士道」や「祖国愛(ナショナリズムではなくパトリオティズム)」、「情緒」の大切さを諧謔を交えて説いてきたが、口述を編集者がまとめた『国家の品格』(200511月、新潮新書)は200万部を超えるベストセラーとなり、翌2006年の新語・流行語大賞に「品格」が選ばれるなど大きな話題となった。同書では数学者の立場から、「論理より情緒」・「英語より国語」・「民主主義より武士道」と説いている。
2009に上映された映画「劔岳 点の記」は父・新田次郎の原作である。著作権を持っていた正彦と実兄の正広は木村大作監督の山岳映画に対するこだわりから二つ返事で了承したという[1]
2009年(平成21年)3月をもってお茶の水女子大学教授を定年退職。講演活動を行いつつ数本の連載を抱える。『週刊新潮』に「管見妄語」を連載、2010年(平成22年)9月に『大いなる暗愚』(新潮社)として出版した。
人物[編集]
小学校からの英語教育必修化に批判的で「一に国語、二に国語、三四がなくて五に算数。あとは十以下」であると述べ、国語教育の充実を推奨。「読書をもっと強制的にでもさせなければならない」「教育の目的は自ら本に手を伸ばす子を育てること」と主張している。教育学者齋藤孝明治大学教授は『祖国とは国語』の解説で「ああ、この人(藤原)に文部科学大臣になってもらいたい」と記している。なお、この齋藤の言葉は『祖国とは国語』の帯の惹句にもなっている。
また、飛び級制度にも批判的であり、「自然科学で最も重要なのは美しいものに感動する「情緒力」で、数学的なテクニックじゃない。幼いころの砂場遊び、野山を走り回る、小説に涙する、失恋するなど、あらゆる経験がそれを培う。国は効率的に育てようというが、スキップして数学だけ学んでもうまくいかない。」、「もし東京大、京都大など主要大学が飛び入学を導入すると、逆に新たな競争を生み、情緒力を養成する初等中等教育がズタズタになる。」、「高校三年の受験勉強は確かに情緒力養成には役に立たないが、だから摩耗しないよう飛び入学で救うというのは論理のすり替えだ。重要なのは高校三年の教育の改善。必要性のある受験勉強をする大学入試改革が必要で、責任は大学にある。才能ある一部を救って、多くが犠牲では済まない。」などと述べている[2]
若き数学者のアメリカ』には、当時のストリーキングの熱に煽られ、一人でアパートの陰から全裸で路上に飛び出したこと、『遥かなるケンブリッジ』には大学で数学の研究に没頭して家庭を顧みないでいる間、次男が学校でいじを受けたことを知り「Stand up and fight」・「武士道精神で闘え」と、殴られたら殴り返すよう次男を叱責したが、夫人から「非現実的な解決手段だ」とたしなめられ、最終的には藤原自身が学校に乗り込み、校長に直談判したこと、などのエピソードが綴られている。
NHK教育テレビジョン2001年(平成13年)8-9月期に放送されたNHK人間講座の「天才の栄光と挫折」という講座に出演した。その中で、8回にわたって、8人の数学者アイザック・ニュートン関孝和エヴァリスト・ガロアウィリアム・ローワン・ハミルトンソフィア・コワレフスカヤシュリニヴァーサ・ラマヌジャンアラン・チューリングアンドリュー・ワイルズの伝記を解説した。この番組用のテキストはヘルマン・ワイルの伝記を追加し大幅に加筆して、2002年(平成14年)に新潮選書に収録され、2008年(平成20年)に文春文庫に収録された。
歌手の奈良光枝、またなでしこジャパン(サッカー日本女子代表)主将の宮間あや田中陽子の熱烈なファンであり、特に宮間あやに関しては、「卓越した技術、なでしこサッカー主将としての理論的および精神的支柱ばかりでなく、日本の良き文化の伝道者でもある」 [3]と称賛している。
年表[編集]
1959年(昭和34年) - 東京学芸大学附属小金井中学校卒業。
1962年(昭和37年) - 東京都立西高等学校卒業。
1966年(昭和41年) - 東京大学理学部数学科卒業。
1968年(昭和43年) 同大学院理学系研究科修士課程数学専攻修了。東京都立大学理学部助手。
1972年(昭和47年) - ミシガン大学研究員。
1973年(昭和48年) 東大に学位請求論文を提出して理学博士号取得。博士論文:「不定方程式における局所大局原理及解の有限性」。
1976年(昭和51年) - お茶の水女子大学理学部数学科助教授。
1988年(昭和63年) - 同教授。
2000年(平成12年) - 同付属図書館館長兼任。
2009年(平成21年) - 同退任、名誉

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