江戸時代の通訳官  片桐一男  2016.4.18.

2016.4.18. 江戸時代の通訳官

著者 片桐一男 1934年新潟県生まれ。67年法政大大学院人文科学研究科日本史学専攻博士課程単位取得。現在青学大名誉教授。公益財団法人東洋文庫研究員。文学博士

発行日           2016.3.20. 第1刷発行
発行所           吉川弘文館

はしがき
人の交流の前提となるのが「ことば」。異なる「ことば」の出会い、衝撃は、いかにして克服されていったのか、出会った両者のうちどちらが克服に努めたものか。難解な、しかし、興味深い問題
大航海の時代、、南蛮人が全く異質のヨーロッパ文化を運んできた。「ことば」としては、南蛮人のポルトガル語から、紅毛人のオランダ語への転換で、南蛮人は難解な日本語の習得に努め、不況と貿易に従事したが、オランダ人の場合には日本語の習得を許さず、代わって我が方がオランダ語の用意をしなければならなくなった
本書では、オランダ語の通訳官「阿蘭陀通詞」の実態追究に努める

I 阿蘭陀通詞とオランダ語
長崎奉行所に配置された阿蘭陀通詞の第1の仕事は、来航船との応答の言葉を聞き分けること。ついで、オランダ語表記の乗船人名簿、積荷目録、風説書等の和訳
「風説書」  禁教・鎖国下の日本が定期的に持ち得た海外情報の唯一の源泉
バタビアに向けて帰帆するオランダ船に託して持ってきてもらいたいもののリストの蘭訳も重要な仕事  注文書の日付が、将軍や奉行の命じた日ではなく、注文書作成の日になっているのは、通詞にかなりの裁量が任されていた証
1543年ポルトガル人が種子島に漂着して以降、ポルトガル語が南蛮人との交流を図る「ことば」だったが、布教や商業活動を拡大するためにより努力したのは南蛮人
1600年オランダ船が漂着。船員の処刑を求める南蛮人に対し、家康は自身が抱いていた南蛮人への不信感以上にオランダ人がスペイン・ポルトガル人に対して深い疑念を持っていることに驚き、オランダ人の貿易活動を認め、オランダ商館を設置
1637年に島原の乱でポルトガル人がマカオに追放された後は、オランダ貿易のみを継続、オランダ商館を平戸から長崎の出島に移転させ幕府の管理下に置くが、商館員の滞在は短期とし、オランダ人による日本語の習得を禁じたため、通弁・通訳は日本側で用意しなければならなくなった  阿蘭陀通詞の養成が急務となる
長崎にオランダ語の習得に行った蘭学者によって、通詞の実態が残されている
1767年ごろから、蘭日辞書の編纂の動きが始まる
1811年 馬場佐十郎貞由の『西文規範』によってはじめてオランダ語文法が体系的にまとめられた

II 長崎の阿蘭陀通詞
身分は町人。奉行から任命
通詞の段階  稽古通詞、小()通詞、大(おお)通詞が「通詞」の籍に入る対象
正規の通詞職の一段下に、「内通詞」という、オランダ人に付き添って貿易業務などを手伝って口銭を得ていた集団がいる
阿蘭陀通詞目付役が設けられ、通詞群を統率

III 江戸の阿蘭陀通詞
オランダ商館長=カピタン一行が、毎春江戸参府をした際に、付き添って東上、出府した阿蘭陀通詞のことを江戸番通詞
長崎以外に異国船の出没する時代を迎え、侵寇事件を見るために、それぞれの地へ通詞が派遣された  1792年ロシアが根室に来航、通商を求め拒絶したことが契機となってロシアによる北辺の信寇が始まり、幕府は1807年蝦夷地御用に通詞を出府させた
僻地の天文台に通詞を常駐させた

IV 多才で多彩な阿蘭陀通詞
初代西吉兵衛(?1666)  肥前生まれ。南蛮通詞から阿蘭陀通詞へ。38年勤続
楢林新五兵衛・鎮山(16481711)  長崎生まれ。外科医。楢林家初代
今村源右衛門・英生(16711736)  内通詞の家から正規の通詞家となった特例の代表例
西善三郎(1717?1768)  西家3代目。蘭日辞書の企画・編纂の嚆矢





(書評)『江戸時代の通訳官 阿蘭陀通詞の語学と実務』 片桐一男〈著〉
2016.3.27. 朝日

メモする 言葉を武器に、未知に触れる努力
 以前から不思議だったことがある。ちゃんとした学校も教科書も辞書もない時代において、人々はどうやって外国語を身につけたのだろうか? ただでさえ語学習得のセンスに決定的に欠ける私からすると、それって途方に暮れるほかない状況に思えるのだが。
 そんな疑問に答えてくれるのが本書だ。江戸時代、長崎の出島にあるオランダ商館が、海外に開かれたほぼ唯一の「窓」だった。商館のオランダ人とやりとりするには、オランダ語ができなくてはならない。そこで、町人身分である「阿蘭陀通詞(オランダつうじ)(通訳)」が大活躍した。
 通詞の家に生まれたら大変だ。「ア・ベ・ブック(ABブック)」でアルファベットの読み書き、オランダ語の初歩を学ぶのにはじまり、単語や日常会話例を覚えたり、作文をしたり、算術を学んだりと、段階的にオランダ語の「稽古」に励む。語学の才がなかったひとは、絶望的な気分だったろうなあ……
 オランダ商館長(カピタン)が江戸で将軍に会うとなると、もちろん通詞も同行する。将軍が馬を所望したら、通詞がオランダ語で細々と特徴を記した注文書(馬の絵入り)を、カピタンに渡す。長崎見物をしたがるカピタンを案内する。遊女の手配もしてあげる。
 仕事面だけでなく個人的にも、通詞とカピタンのあいだには心の交流があった。書簡がたくさん残っていて、通詞はカピタンに砂糖などをおねだりしている。なんだかかわいいし、信頼関係を築いていたんだなとわかる。
 いつの時代にも、言葉を武器に、未知の世界、新しい世界と触れあおうとする人々はいた。かれらの努力と好奇心が積み重なって、いまがあるのだとつくづく感じた。阿蘭陀通詞の研究を長年つづけ、門外漢でも興味を抱ける本を書いてくれる本書の著者もまた、過去と現在を結ぶ「通詞」だと言えるだろう。
 評・三浦しをん(作家)
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 吉川弘文館・3780円/かたぎり・かずお 34年生まれ。青山学院大学名誉教授(文学博士)。『伝播(でんぱ)する蘭学』など。


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