ジェフ・ベゾス 果てなき野望  Brad Stone  2014.9.18.

2014.9.18.  ジェフ・ベゾス 果てなき野望 アマゾンを創った無敵の奇才経営者
The Everything Store: Jeff Bezos and the Age of Amazon      2013

著者 Brad Stone ブルームバーグ・ビジネスウィーク誌のシニア・ライター。ニューズウィーク誌、ニューヨーク・タイムズ紙などで15年に亘り、アマゾンやシリコンバレー企業について報道してきた。サンフランシスコ在住

訳者 井口耕二 1959年生まれ。東大工卒。オハイオ州立大大学院修士課程修了。大手石油会社勤務を経て、98年に技術・実務翻訳者として独立

発行日           2014.1.14. 第1版第1刷発行
発行所           日経BP


プロローグ
70年代初め頃、ヒューストンが公教育の一環として推進していた、子どもの創造性と自主性を重んじ、型にはまらない自由な発想力を育むことを目的とした英才教育のバンガード・プログラムから、1人の少年が巣立つ
インターネットという無限の可能性に早い段階で着目した企業の1つで、買い物や読書の方法を根底から変えてしまった会社の記録
アマゾンの持つ3要素 ⇒ 顧客第一、長期的、創意工夫を重視
『ブラック・スワン』(経営陣の必読書)にいう「講釈の誤り」 ⇒ 複雑な現実には何かと講釈を並べ、耳当たりはいいが簡略化しすぎた話しにしてしまう人間の性質を指す。人間は脳の限界により、関係のない事実や出来事の間に因果関係を見出し、わかりやすい講釈をこしらえてしまう傾向がある。「講釈の誤り」に陥らないためには、物語や記憶より、試行錯誤や現実に即した判断を重視すべき
本書の目的は、ウォルマート店舗候補地を視察するためサム・ウォルトンが2シートのターボプロップ機で米国南部を飛んで以来最大の成功を収めたと言える起業物語を語ること。どんな物でも買えるお店を作るという壮大なビジョンに賭けた物語

I
第1章        アマゾンは金融工学の会社から生まれた
アイディアは、ウォールストリートの異端児D.E.ショーの事務所から生まれた
D.E.ショーは、1988年コロンビア大の情報科学科教授がモルガン・スタンレーから独立して設立した、高度な数学モデルを駆使するクオンツヘッジファンドで、急成長。
ベゾスは86年プリンストンを卒業した後、コロンビア大教授2人が立ち上げた、大西洋をまたぐ私的コンピューターネットワークを構築して株式取引に活用しようというファイテルに入社、88年バンカーズ・トラストに転職、さらに独立して起業するが失敗した後ショーに入社。結婚相手もショーにいたときの秘書
すぐに指導的立場に立ち、いち早くインターネットの利点に気付いて活用を模索
92年には、deshaw.comというURLを取得(ゴールドマン・サックスがドメインを取得したのは95年、モルガン・スタンレーは96)
94年生まれたのが、広告を収益源とする無料電子メールサービス(G-mailのようなもの)で、99年株式公開の後ライバル企業に売却
95年には、インターネットで株式や債券の売買をするオンライン証券を設立、後にメリルリンチに売却
もう1つが「エブリシング・ストア」 ⇒ ワールドワイドウェブの成長率に着目して、ネット上で世界の消費者に向けてあらゆる商品を販売するというもので、消費者が商品に評価レビューを残せるようにした。手始めが書籍だったのは、差別化と縁のない商品でどこでも同じものが買えるため品質の心配がいらないことや、3百万点以上もあってどこの書店もすべてを取り置くことは不可能だったことなどが理由
当時利用出来たオンライン書店で購入してみると、輸送でボロボロに傷んでいた
自ら起業しないことには金銭的成功が得られないところからショーを退社、売上税の徴収義務のないカリフォルニアを避けてベルビューで起業

第2章        冷たい目を持つ聡明な男
最初に登記した社名はカダブラ
サンタクルーズからコンピューターオタクのシェル・カファンが参加して技術の責任者に
独立系書店の業界団体主催の書店開業セミナーに参加して書籍業の基本を学ぶ
先行するオンライン書店より優れたウェブサイトを作ることが当面の目標
94.11. 新しいURLを取得 ⇒ Amazon.comは辞書でAの欄をめくって閃いた
購入履歴のトップは、95.4.カファンの友人が頼まれて買ったもの
ネックは、取次のシステムで求められる発注の最小単位が10冊だったこと ⇒ 在庫切れの本を検索し、注文のあった1冊と在庫切れの9冊を同時発注する方法で切り抜ける
間もなくレビュー機能が登場 ⇒ 物を売って儲けるのではなく、買い物についてお客が判断するのを助けることで儲ける
95.7. サイトを一般に公開 ⇒ 梱包・配送は手作業で、郵便局かUPSに持ち込み
当時トップクラスのトラフィックを誇るサイトだったヤフーがアマゾンを取り上げたことも手伝って、立ち上げ一か月後で販売実績が全米50州と世界45か国をカバーするほどに拡大
ベゾスは、資金調達に奔走、1百万ドルを集め、倉庫と新規採用に使う
アマゾンのイノベーションの1つ目が、書籍を買うよう顧客をアマゾンに誘導すると、誘導したウェブサイトに紹介料8%が入る仕組み ⇒ アフィリエイトマーケティングと呼ばれ、何十億ドル規模の業界を生み出した
ベンチャー・キャピタルからの資金導入 ⇒ クライナー・パーキンスのジョン・ドーアがベゾスに惚れこみ、会社を60百万ドルと評価、8百万ドルの投資で13%の持分となり、ベゾスはドーアが取締役になることを条件に受け入れ
インターネットン対する楽観的な見方が広がり、資金調達の成功も相俟ってベゾスの目標もオンライン書店から永続的インターネット企業を世界に先駆けて作ることに変わる
シミラリティーズ機能を開発 ⇒ 購買履歴が似ている顧客をグル-プ化し、グループ内の人にアピールするお薦め本を見つけるもので、顧客一人一人を掌握するのは電子取引だからこそ可能
「早くでかくなる」の社是のもと、社員は土日もなく仕事漬けの毎日
講演を頼まれてよく話をしたが、必ずアマゾン・ドット・コムといい、アマゾンと省略することはなかった
書店チェーンの雄バーンズ&ノーブルは、本のスーパーストアというコンセプトで20年間に独立系書店の多くを吸収して事業を急拡大中だったが、アマゾンの急成長を見て、オンライン書店での業務提携を申し入れ ⇒ ベゾスに一蹴されたが、独自のサイト立ち上げに時間がかかっている間に、アマゾンはさらなるイノベーションと拡張を急ピッチで進める
バーンズ&ノーブルも、オンライン事業を立ち上げ、分社化して株式公開もしたが、小口配送まで自社で扱おうとして行き詰る
IPOの幹事をドイツ銀行とし97年株式公開に踏み切る ⇒ ベゾスの強硬な意見を通して18ドルで売り出し、1か月以上株価はIPO価格を超えられなかったが、54百万ドルの資金を調達、名前を広めることにも成功
現状より優れた人材を集めることを目指した結果、創業時から協力してきた人たちは、説得力のある教義を説くベゾスを信じ、金銭的には十分報われたが、冷たい目の創業者に捨てられ経験豊かな人たちに交代させられた ⇒ カファンもその1

第3章        ベゾスの白昼夢と社内の混乱
在庫可能な品目が多く、かつ、リアルな店舗では見つかりにくくて郵送しやすい製品カテゴリーを探索し、ウェブサイトのトップに掲げたスローガンも、「地球最大の書店」から「書籍、音楽など」を経由して「地球上で最大級の品ぞろえ=エブリシング・ストア」へと変化
ドット・コム・バブルのただ中、ハイリスク債券のジャンクボンドで2回合計16億ドル弱の資金を調達
何千万ドルも払って、当時人気だったAOL、ヤフー、MSN、エキサイトなどのサイトと書籍の独占販売契約を締結。インターネットを使い始めたばかりで不慣れな人々がこれらのサイトにアクセスすると、アマゾンへのリンクが一緒に提示される
日常業務は、倹約に次ぐ倹約、幹部クラスでもエコノミーだし、車通勤でも駐車料金は社員持ち
相次ぐ買収で、経験豊富な人材を手に入れたが、成長速度が速すぎて社内が混乱、人材の多くが1,2年で離れていった
ウォルマートから人材を引き抜き、大規模な物流システムを構築 ⇒ ウォルマートにはインターネットの回線もなく電子メールも使っていなかった
全ての商品に売上ランキングをつけ、人気度で分類できるようなシステムを開発 ⇒ 著者や出版社が商品の人気を把握できるようになった
1クリック注文プロセスの特許取得 ⇒ 事前にクレジットカード情報と届け先住所を登録しておけば、1クリックで注文が完了できるシステムだが、後にこれほど基本的な事業ツールを法的に保護することの是非が大きな論争を引き起こす
95年にオークションウェブを立ち上げたイーベイに挑戦 ⇒ 在庫も商品発送の手間もなく、需要と供給をマッチさせるだけで確実に収益を上げ、なおかつ、無限の品ぞろえも実現しようとしている
当初は、提携の話し合いがもたれたが、アマゾンは99年に独自のオークション立ち上げたものの、オンライン市場は、多くの人が使うほど製品やサービスの価値が上がるというネットワーク効果に支配されており、売り手も買い手も十分な数が集まるのを待つため、イーベイの優位は覆せないものだったため、アマゾンの完敗に終わる
過熱したドット・コム・ブームをアマゾンの成長に利用 ⇒ あらゆる商品を在庫することを考えるなど、次々に奇抜なアイディアを出し、社員から「白日夢」との批判を受ける。その最たるものが98年買収の価格比較サイトのジャングリーで、他の幹部に不評で23か月のうちに消えたが、買収とともに移籍してきた人材の中にスタンフォードの博士課程で、後のグーグル創業者の2人にアドバイスをしていたシュリラムという男がいて、彼から2人を紹介されたベゾスは、2人のアイディアに興味を引かれ、資金調達をすでに終わっていた2人に強引に最初の投資家と同じ条件で25万ドルを出資、起業から4年でアマゾンと関係のない案件から大きな利益を初めて手に入れる ⇒ 04年のIPO後も株を持ち続けていたかどうか口を閉ざしているが、持ち続けていれば10億ドル以上にはなっているはず
98年には音楽とDVDの販売に乗り出して成功、ここまでは大勢いる取次店が売れ残りを引き取ってくれたが、ついで進出した玩具と家電は買い切りで、メーカーにアマゾンが販売店だということを認めてもらうところから始まる
アマゾンの中核価値 ⇒ 顧客最優先、倹約、行動重視、オーナーシップ、高い採用基準、イノベーション
「とにかくやってみよう」賞の創設など、価値は受け入れられたが、忙しすぎることに対しては不満が渦巻く
社内の混乱を収め増大し続ける支出をコントロールするためにベゾスの下にCOOを置くことになり、元ブラック&デッカーのセールスマンでコスト削減と事業再建の専門家として売り出し中のジョー・ガリ・ジュニアをスカウトしたが、技術の素養が全くなく、CEOを目指してベゾスと衝突
99年末、タイム誌が今年の人にベゾスを選び、「サイバーコマースの王」と表現
総出で配送処理をし、なんとか乗り切ったが、オンラインショップ初体験のトイザらスやメイシーズは人気商品の品切れと配送遅延で大混乱を来し、連邦取引委員会の調査まで入って罰金を科せられる始末
在庫管理が大混乱してようやく1月末には決算を発表したものの、ガリのリーダーシップに対する危機への対応として、ドーアがシリコンバレーで伝説的な人物となった元コロンビア大フットボールコーチのビル・キャンベルを起用、キャンベルもベゾスを選択したのでガリは退職、代わりのCOOにマイクロソフトからスカウトされたが、彼もベゾスとはうまくいかず、結局COOがいつかないままに、ベゾスがさらに会社に没頭

第4章        宿敵アナリストに打ち勝つ
003月 ドット・コム・バブル崩壊 ⇒ アマゾンの株価も21か月連続で下がり続けるが、崩壊直前に大型の転換社債発行で資金を確保し、何とか危機を乗り切るとともに、変化の時代に備える対策として、EDLP-Everyday Low Priceに注目、商品配送のコストと不便な点の解消方法も模索
リーマンの若きアナリストが、アマゾンの破滅を予想、8か月に亘って否定的なリポートを出し続け、01.2.には株価も不名誉な1桁まで大幅に下がり、厳しい人員削減も断行
イーベイから、不振のオークション部門買い取りの申し出があるも、ベゾスは社外の中小売り手にもアマゾンのプラットフォームを使わせたいと主張して譲らず、物別れに
社外の中小売り手取り込みの手段として、マーケットプレイスという仕組みを開発、最初の対象は古本 ⇒ 忽ち出版社協会と作家協会から抗議の声が上がるとともに、社内の部署間やアマゾンとサプライヤーの間にも緊張をもたらし、ベゾスは自社の社員を含む関係者のほぼ全員を敵に回すが、ベゾスの顧客の選択肢が増えるならという顧客第一主義は変わらなかった
ウォルマートとのトップ会談が持たれたが、お互い腹の探り合いに終わる
01.2.ニスクアリー地震で本社が被害を受け、株価の下落とともに、泣きっ面に蜂
コストコの経営に学ぶ ⇒ 仕入れに対する利幅は一律14%で、粗利益の大半は年会費というコストコの大量仕入れ、廉価販売のポリシーに学び、一層EDLPの実践にシフト
9.11の時は、提携発表のためミネアポリスにいたが、車でシアトルに戻る。途中で、自社ウェブサイトでの寄付金の受付を指示
テレビ広告に効果がないことを実証して、マーケティング部門を解体、次にテレビ広告を打ったのはキンドルを発売する7年後だった ⇒ 代わりに考えたのが配送無料キャンペーン
01年には、購入した商品の履歴に加え、チェックした商品も分析して推奨商品を提示するようになる
経費をきり詰めるようになったお蔭で、02.1.四半期決算で初の黒字化、通年でも黒字化に目途をつける

II
第5章        ロケット少年
実父は、一輪車ポロ・チームの一員でサーカス団員、若すぎる結婚は17か月で破綻、高校生で子供を産んだ母親はすぐに再婚、引き取った子どもを養子とする ⇒ 新しい父親は、60年代初頭のキューバ革命の際、カトリック教会が行ったピーターパン作戦という名のもとにキューバから米国に救出され、奨学金で大学に通っていたが、アルバイト先で知り合ったベゾスの母親と結婚、石油技術者となってエクソンに入社、3大陸を転々とする
ベゾスが8歳の時、学力判定試験で優秀な成績を出したので、バンガードプログラムに入れ、中学でも英才教育に。高校時代もトップを目指して努力、総代を勝ち取るとともに、オールAでプリンストンの早期募集に合格
00年 宇宙探査の会社ブルーオリジンを立ち上げ、宇宙旅行の夢に向かって動き始める
テキサスに宇宙船の基地を作り、11年には第1号のロケットを発射、自爆に終わったが、技術開発の一部にはNASAからの補助金も出ている

第6章        混乱続きの物流システム
ドット・コム・バブルを切り抜けた後は、商品の多様化と海外進出
部門間の対話を推進する仕組みを作ろうとすると、ベゾスは、「コミュニケーションは機能不全の印であり、緊密で有機的に繋がる仕事が出来ていないから関係者のコミュニケーションが必要になる。部署間のコミュニケーションを増やす方法ではなく、減らす方法を探すべき」と指示
中間管理職は置かず、1桁の人数による自律的グループに分け、それぞれ独自に具体的な数値目標を設定して会社の問題に対処する ⇒ ピザ2枚チーム(夜食がピザ2枚で足りる人数)
物流システムの効率アップのために、自動化程度の低いアルゴリズム重視の方法をとった結果、物流の管理がきっちりして、購入商品がいつ顧客に届くのかを顧客に約束できるようになった
スピードの速いテクノロジー業界の風土病 ⇒ 公の場ではユーモアたっぷりの魅力的な人物だが、社内では期待外れの部下をしかり飛ばす。ビル・ゲイツも、アンディ・グローブも特大の癇癪持ち
アマゾンの特色は、Unstoreであること ⇒ 小売業の常識にとらわれる必要がなく、業界の古い慣習を無視して、顧客にとって何が一番いいのかさえ考えればいい
04年 アマゾン・プライムの誕生 ⇒ 年79ドル以上の購入者に対し2日配送を無料にする。導入当初こそコスト割れだったが、配送コストの急ピッチでの低下によって採算が取れるように
物流センターでは膨大な数の低賃金非正規労働者が働き、盗みが絶えず、解雇を恐れて労働組合化も進まず、気候への対応(特に猛暑対策)も問題 ⇒ 猛暑日には外に救急車を待機させたりしたが、世間の非難を浴びて大半の物流センターにエアコンを設置

第7章        テクノロジー企業であって小売業ではない
05年 技術力のある経営者の時代、グーグルの時代となり、利益率も低くビジネスモデルも劣後すると見做されたアマゾンは低迷 ⇒ アナリストの8割がアマゾンに疑いの目を向け、商取引の場としてベストと考えられていたのはイーベイで、その時価総額はアマゾンの3倍、グーグルは4倍で、固定価格のオンラインショッピングは流行らないと言われた
アマゾンも独自の検索エンジン開発に乗りだすが失敗
05.9. トイザらスとの間でも、独占販売の提携条件を巡り、アマゾンのプラットフォームで他社も販売できるようにしようとして訴訟提起 ⇒ アマゾンが敗訴、51百万ドルの損害賠償支払い。旅行サイトのエクスペディアとの間でも訴訟となり、法廷外で和解
何でもすべてベゾスの承認を必要とするアマゾンのやり方は多くの人材を流出させる
クラウドサービスの始まり ⇒ アマゾンウェブサービスAWSは、現在ストレージやデータベース、処理能力といった基本的なコンピューターインターストラクチャーを販売する事業で、スタートアップ各社がアマゾンのコンピューターからスペースと処理能力をレンタルする仕組み
ドット・コム・バブル崩壊の影響は長く続いてが、テクノロジー業界がその影響を脱せたのは、AWSのお蔭と言っても過言ではないと同時に、アマゾンもベゾスがイメージした通りのテクノロジー企業に変身したと言える

第8章        キンドル誕生
70年代初頭、イリノイでプロジェクト・グーテンベルクという非営利活動が始まり、世界中の本をデジタル化してパソコンで読めるようにしようという目標を掲げる
97年 携帯型電子リーダーの開発に乗り出したヌーボメディアというベンチャーがアマゾンに売り込むが、ベゾスは独占権を主張して譲らず、バーンズ&ノーブルに出資を仰いだ後第三者に売却、売却先が間もなく倒産してデジタルブックは消滅
ベゾスは、電子書籍のアイディアを活かして07年キンドルを発表
音楽事業でアップルに敗北 ⇒ 03年初、アマゾンからアップルに提案
デジタル音楽ファイルを購入し、iPodへダウンロードできるミュージックストアをアマゾンのウェブサイトに共同で開設しようと持ちかける
一方、アップルはまだ音楽を販売しておらず、PCの音楽コレクションをiPodに転送するiTunesを提供していただけで、アマゾン経由でiTunesのソフトウェアCDを配布することを考え、結局物別れに終わる
ジョブズは音楽マニア、ウェブ販売をバカにしていて、クライアントアプリケーション版のiTunesストアをビジョンとして掲げており、音楽販売についてはすぐにアマゾンに追いつけると考えていたが、その通り03.4.iTunesミュージックストアを発表すると、瞬く間に米国最大の音楽販売業者となった
ベゾスは、当初iTunesを軽く見ていた ⇒ 199セントで利益は上げられず、iPodの販売強化が目的だと見做していたが、iTunes経由で映画など他のメディアに進出してくるとアップルに注目せざるを得なくなる
結局アマゾンは07年にMP3ストアを立ち上げるが、アップルには及ばないままだった
一方のベゾスは、音楽には興味がない代わりに、本は徹底的に読み尽くすタイプで、それが本のデジタル化へと進ませる ⇒ キンドルを後押ししたのもiPodで、アップルの成功に刺激され、新たなデジタル時代に書店としてアマゾンが栄えていくためには、自社で電子書籍事業を展開しなければならないと考えた
コダックのように、せっかく70年代にデジタルカメラを開発していながら、本業の利益率が高いばっかりに、新事業の立ち上げに経営陣が二の足を踏んだ、その同じ失敗を繰り返したくなかった
イノベーションのジレンマを乗り越えろ ⇒ 巨大企業が傾くのは、破壊的な変化を避けようとするからではなく、有望に見えるが現状の事業に悪影響を与えそうで短期的な成長要件を満たさないと思われる新市場への対応が消極的になりがちだから
電子書籍のスタート時に10万冊集めるために、販売店としてのアマゾンの力を最大限に使って出版社に協力させた ⇒ 音楽の場合は海賊版の横行という脅威に音を上げた音楽レーベルがアップルに助けを求めた形となったが、本の場合は音楽ほど簡単に海賊版が出来ないこともあって、出版社が強気だったため、なかなか協力が得られなかったが、ちょっとアルゴリズムを変えることで特定の出版社や本の販売に影響を及ぼせるほどアマゾンの販売力が強くなっていた
人気の書籍や新刊書は、デジタル版を出版社には無断ですべて$9.99の均一価格で提供 ⇒ ベゾスの勘で決めたものだが、印刷や在庫の費用がかからない電子書籍なら物理的な本より安くなるはずという消費者心理を見抜いていたとも言えるが、価格を知らされないまま出版社はデジタル化される書籍を増やしていった。ハードは$399
07.11.19. キンドルお披露目の当日、デモの途中で均一価格を知らされた出版社幹部は慌てたが、後の祭り ⇒ デジタル有利な戦況となり、アマゾンは法外な力を獲得、書籍業界を根底から揺り動かす

III部 伝道師か、金の亡者か
第9章        グーグル、アップルと並ぶ会社になる
フェニックスにある物流センターは184千㎡ ⇒ 全てバーコードで効率動くようなアルゴリズムで計算される
アマゾンの扱い商品がどんどん増えていく一方で、イーベイの顧客がオークションの価格決定まで待てずに商品を欲しがるようになり、イーベイのビジネスモデルに陰りが見え始め、時価総額は逆転、アマゾンは衣料品と食料品に拡大
07.12.09.7. 大規模不況は、オフライン小売りチェーンの売り上げが落ちただけでなく、他のオンラインショップの経営も圧迫、新カテゴリーへの参入と素早い配送の実現を目指して投資を積み上げて勝機を拡大していったアマゾンの脅威をカムフラージュした
700店舗で120億ドル売り上げていた米国最大の家電量販店サーキット・シティも破綻、書籍販売の大手ボーダーズも11年に破綻
ウォルマートとも激しい競争を展開
09.2. 新型キンドル発表 ⇒ 米国におけるデジタル読書市場の90%を獲得
新刊本が$9.99の均一価格で売られるのに次いでアマゾンが始めたのが、アンコールというプログラムで、著者自身が新刊本や絶版本をキンドルストアで販売し、売り上げの70%を受け取ることができるというもの。個人が直接出版するダイレクトパブリッシングに向けた布石とみられたため、米出版大手6社が集まって対応を協議したが、最終的にはその動きが欧州連合と米司法省が独占禁止法の疑いで6社を提訴する結果になる
アマゾンに対抗したのがアップルとジョブズ ⇒ ジョブズはデジタル音楽におけるiTunes一人勝ちの力を活用して、ポッドキャストとテレビ番組、映画に進出した経験があるところから、アマゾンが電子書籍を独占すれば、その力を活用して他のデジタルメディアにも進出してくるとよくわかっていた。その頃ジョブズはiPadの発売に向け出版社に接触し始めたところで、ランダムハウスを除く出版各社はiTunesに対しエージェンシーモデルと呼ばれるアップルに30%の手数料を払って独自の価格(1315)で販売する方式を提案、従来から定価の半分を出版社が取るホールセールモデルに比べると割に合わないが戦略的なメリットがあるとした
アップルがiBookstoreを始めたとき、ランダムハウスの書籍が無かったのは同社がホールセールモデルに固執したため
エージェンシーモデルでは、アップルサイトより安い価格で電子書籍を販売してはならないという制約が小売業者に課せられたため、アマゾンの価格でサイトに載せるサードパーティがいなくなり、アマゾンも値上げせざるを得なくなる ⇒ アマゾンは値上げによって儲かった分だけハードの価格を少しずつ引き下げ(79)

第10章     ご都合主義
市場支配力の高まりとともに、アマゾンが自分に都合よくルールを捻じ曲げる傲慢な巨人だと周囲から思われるようになる ⇒ 金の亡者か伝道師かとの問いに対し、ベゾスは「常に伝道師の道を選ぶが、皮肉なのは伝道師の方がたくさんのお金を儲けてしまう」と言い放つ
売上税を巡る戦い ⇒ 地方政府の税収悪化から、課税対象の定義を拡大、オンラインショップへ顧客を誘導して手数料を受け取るアフィリエイトウェブサイトをそのショップの代理店と見做して売上税の徴収を義務付けようとしたが、ベゾスは流通センターの新設による雇用創出や経済活性化などをちらつかせてロビーを動かし、法案通過を阻止
不当解雇などの訴訟でアマゾン内部の売上税回避の具体策が明るみに出され、強引とも言える租税回避策に批判が出たのに対し、ワシントンDCの政治が機能不全状態に陥って新法案が通らないことを知りつつ、売上税制を簡素化して電子商取引全体に適用する連邦法を成立すべきと訴えた
2012年劇的な形で決着 ⇒ テキサス、ペンシルバニア等の州で、物流センターを新設する代わりに数年間売上税の徴収を免除してもらうという条件でアマゾンが降伏。加州では徹底抗戦に出て、膨大な費用を投入して住民投票で州議会が議決した売上税法案を覆そうとしたが、最終的には他州と同様に世評の悪化を恐れてアマゾンが和解に応じる
ただし、和解によって各地に物流センターを新設できたお蔭で、翌日配送や、当日配送のできる範囲が拡大するというメリットがあった
紙おむつのネット販売でも、買収に応じない新興業者を安値攻勢で駆逐
ゾーリンゲンの老舗ヴォストフも、米国で50年の販売歴を誇り、値崩れ防止のために最低広告価格というやり方で小売店を縛っていたが、アマゾンがどこよりも安く消費者に提供するため市場の最低価格を自動的にフォローするアルゴリズムを使ってヴォストフ製品を扱い始めるとたちまち売上のヴォリュームはウィリアムズソノマに次いで2位までに膨れ上がるが最低広告価格以下での販売が横行、ヴォストフはやむなくアマゾンへの製品供給をストップしたが、3年後に再度苦渋の決断をして供給再開、さらに2年後の11年に供給ストップ。それでもアマゾンの棚からヴォストフの商品は無くならない
いちばん安いところを簡単に見つけられるのはアマゾンがあるからではなく、それこそがインターネットの特質だからであることを理解すべきと、ベゾスは協調
メーカーにとって、アマゾンは手を出さずにいられない麻薬のようなもの
ダイソンも11年にアマゾンから商品を引き揚げ、ソニー、ブラック・アンド・デッカーなども様々な商品を引き揚げ、アップルは最も厳しくiPadiPhoneは卸さないし、iPodも数量限定 ⇒ アマゾンと他社の緊張をもたらすのは、アマゾンの運営するサイトのマーケットプレイスで、ホリデーシーズンには世界で2百万以上のサードパーティが利用し、総販売額に占めるシェアが40%近くにまでなるという事実。アマゾンは在庫のコストも負担せずに手数料615%を懐に入れる。しかも、売れ行きを見ながら売れ筋となると自ら販売を始めるケースが多い
サードパーティの中には、安売りのために正規ルート以外から商品を調達しているところも多く、中には不正に取得しているところがあったとしても、アマゾンのプラットフォームに載るとクリーンでまともなところだと思われてしまう
11年 出版大手のランダムハウスがエージェンシーモデルに移行、電子書籍市場におけるアマゾンのシェアが90%から60%にダウン ⇒ 挽回を期してアマゾンが有名作家のベストセラーの出版に踏み切る。出版業界を挙げての反対運動が起こり、最終的にはアマゾン側が譲歩
11年末には、価格を比較するスマホ用アプリを販売、商品のバーコードを撮影してスキャンするだけでアマゾンと値段を比べることができるものだったが、ライバルの値段を調べるスパイとして顧客を利用している不遜で悪意に満ちているとの批判の渦
ベゾスは、創業者としてどういう会社になってほしいか、アマゾン・ドット・ラブというタイトルで将来の具体像を描いて社内に向け発信 ⇒ 愛される企業であり続けるためには、創意工夫をするところであり、征服者ではなく探検者だと見られることが重要と説く

第11章     疑問符の王国
アリゾナでバイク店を経営するベゾスの実父を探し出すが、父親は母親との約束を守って、ベゾスのことは一切忘れていたため、実の息子がアマゾンの創業者と言っても信じられず、息子の人生に関わらないと約束したことを恥じていた
ベゾスとその母親に対して手紙を出す ⇒ 息子から返事が来たのは6か月後、当時の辛かったであろう父親の決断を思い遣り、自分の子供時代は幸せで、父親を恨んでもいないし、父親にも人生を悔やまないで欲しいと伝え、父親の人生に幸多かれと結ぶ
アマゾンの「剣闘士文化」 ⇒ 新規開拓と創意工夫を好む人材が集まる中、成功するのは多くの場合、摩擦の多い敵対的雰囲気の中でうまくやれるタイプ。数字と情熱を武器に議論を戦い抜くことを求められるため、心に傷を負いPTSDに悩まされる元社員も多いが、ブーメランと呼ばれる舞い戻りも多い。ライバル企業への転職には法的措置も
報酬パッケージは、入社後に遭遇する逆境に耐えて社員が留まる可能性を最大限に高める設計となっている ⇒ 基本給は業界平均で、入社契約時のボーナスが2年に亘って支給されるが、ストックオプションは、他のテクノロジー企業のような均等支給ではなく、4年の後ろ側に集中。成果に応じた突然のボーナスもない
50人以上の部署では、一定のカーブで部下を並べ、成果の上げられない社員はクビにしなければならない
倹約は社是で、報酬以外の特典はほとんどなく、通勤バス代が漸く最近認められた
1回、担当事業ごとに重要なデータを記した長大なスプレッドシートのチェックを各部門のトップと行い、数字だけから会社がうまくいっているか、顧客がどう行動しているか、最終的な会社の業績を評価
「もっと速く」が1213年前半のキーワード ⇒ 株価と同様業容も急拡大を続けている
妻のマッケンジーは、作家になる夢を追い、既に2冊敢行
アマゾンの将来に対する疑問の答えは、ほとんどがイエスとなるだろう ⇒ 即日配送の無料化、配送の内製化、食料品配送サービスの全国展開、インターネット対応ハード機器の内製化、ウェブサイトを展開する国(現在10)の拡散、3Dプリンター等の活用による製品の内製化、独禁法の監督官庁がアマゾンとその市場支配力を細かく調べる日が来る
アマゾンに大きな強味はないが、小さな強味を積み上げて成長していく、その過程で創業者の苛烈な性格とそのビジョンを世界に示していくだろう


訳者あとがき
「アマゾン断ち」は、断酒より難しいという声が上がるほど長続きしない
ベゾスの方針がぶれないのは驚くばかり ⇒ 創業当初から顧客第1主義を貫き、出来る限りたくさんの商品をできる限り安く、出来る限り簡単に買えるようにしてきた
口癖が、「注目するのは顧客であって、競合他社ではない」で、品揃えの充実や顧客への提供価格引き下げのためなら、えげつないと言えるほどの戦略で他社を追い落とす
アマゾンの強味は、利益率が低いこと(営業利益率1.1)。利益率が高ければライバル企業が研究開発に投資して競争が激化する。アップルがiPhoneを驚くほどの利益が上がる商品にして、競争相手をスマホ市場に引き寄せた愚は避けたい


解説 滑川海彦(千葉県生まれ。東大法卒。都庁勤務を経てフリー。IT分野の評論と翻訳)
エブリシング・ストアからエブリシング・カンパニーへ
なぜ貪欲なまでに事業を拡張し続けるのか、なぜ投資家は利益率の低い企業を買い続けるのか、謎の鍵はベゾスにあり
初の「半公式」な伝記であり、フィナンシャル・タイムズ紙とゴールドマン・ザックスが共催する「ビジネスブック・オブ・ザ・イヤー2013」で大賞を受賞
アマゾンは、最古参のインターネット企業 ⇒ ベゾスが「エブリシング・ストア」というインスピレーションを得たのは1994年、ヤフーの創立前
コンピュータによるアービトラージという分野のパイオニアだったD.E.ショーのヘッジファンドにネットワーク開発責任者として入社したのが契機
通常の商品にある品質のばらつきを避けるために選んだ商品が書籍
強烈に優勝劣敗のアマゾンの企業文化については、賛否、好悪があるが、ベゾスは20年に亘って強烈なリーダーシップで一貫して最初のビジョンの実現に邁進
13.12. アマゾンが日本国内向けにテレビ番組や映画のオンライン配信サービス「アマゾン・インスタント・ビデオ」を開始 ⇒ キンドルが我々の読書体験を根本から変えたように、インスタント・ビデオはテレビの視聴体験を大きく変える予感がする




ジェフ・ベゾス 果てなき野望 ブラッド・ストーン著 アマゾン創業者の赤裸々な姿 
日本経済新聞朝刊2014年3月9日付
フォームの終わり
 インターネット時代を象徴する巨大企業、アマゾン・ドット・コム20年の歴史と、その創業者ジェフ・ベゾスの伝記である。秘密のベールに包まれていたアマゾンと創業者の赤裸々な姿が、社員や友人ら多数の関係者への綿密な取材に基づいて詳しく紹介される。奇才ベゾスの強烈な個性と、戦闘的と評されるアマゾンの企業文化を、伝記物にありがちな美化や偶像化、あるいはその対極の感情論的批判に陥らず、客観的な観察と分析によって本質に迫ろうとする帰納法的アプローチは秀逸である。
(井口耕二訳、日経BP社・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
(井口耕二訳、日経BP社・1800円 書籍の価格は税抜きで表記しています)
 幼少期から天才ぶりを発揮したベゾスは、ウォール・ストリートのヘッジ・ファンドでキャリアをスタートしたが、ネットビジネスの可能性を信じて独立、起業した。当初家族的だった企業カルチャーも、会社の成長とともに変化していく。「有能でなければズタボロに捨てられ、有能ならもうダメというところまで働かされる」。アップルのスティーブ・ジョブズや、マイクロソフトのビル・ゲイツが、公の場ではユーモアたっぷりの魅力的な人物である半面、社内では部下を叱り飛ばすことで有名だったように、これはスピードの速いテクノロジー業界の風土病のようだ、と著者は指摘する。
 企業としてのアマゾンの行動も強烈だ。価格競争に勝利して市場シェアを拡大するためには、取引先やライバルを崖から突き落とすこともいとわない。「全ては顧客のため」という錦の御旗を掲げながら、あらゆる方法で市場支配力を強めようとするベゾスは、先の先まで読むチェスプレーヤーのようだ。「アマゾンは伝道師か、金の亡者か」という問いに、「皮肉なことに、伝道師の方がたくさんお金をもうけてしまう」と涼しい顔でベゾスは答える。アマゾンは、今もネットのコングロマリットとして成長を続けている。
 伝記として面白いだけでなく、ネットの進化で急変するビジネス環境の将来をどう読むか、不確実性の中で競争に打ち勝つための経営戦略はどうあるべきかなど、学ぶべき教訓が凝縮されている。ベゾス流に言えば、「読まなければ絶対損をする」一冊である。
(経済評論家 小関広洋)

Wikipedia
ジェフリー・プレストン・ベゾスJeffrey Preston Bezos, 1964112 - )は、アメリカ合衆国実業家Amazon.com 創設者でありCEO取締役会長社長。出生名はジェフリー・プレストン・ジョーゲンセン(Jeffrey Preston Jorgensen)。世界有数の資産家であり、フォーブスの長者番付によると2014年時点で320億ドルの資産を有する。

生い立ち[編集]

ニューメキシコ州アルバカーキにて、10代の母親のもとに生まれる。しかし両親は1年ほどして離婚、ベゾスは母親に引き取られた。母親は5歳の時にキューバ系アメリカ人と再婚し、家族でテキサス州ヒューストンに移住。テキサス州の初期の移住者である母親の先祖が得た25,000エーカー(101平方キロメートル、39平方マイル)の牧場で青春期の大半を過ごした。
電気アラームを使って自分の部屋に弟妹を入れないようにしたり、理科の実習のために両親の車庫を実験室に改造したりと、幼少期から様々な科学的関心を示していたベゾスは、フロリダ州マイアミの高校時代にはコンピュータに興味を持ち始める。物理学を専攻するために入学したプリンストン大学でも計算機科学電気工学の分野に専攻を替え、1986にそれらの学士号を取得した。

経歴[編集]

大学卒業後ウォールストリートの金融機関のIT部門でトレーディング・システムの構築に従事。1990にはヘッジファンドD. E. Shaw & Co. に移籍し、1992にシニア・ヴァイス・プレジデントへ昇進する。しかし、1994春に World Wide Web の利用率が増加していることに気付き、退社し妻とともにワシントン州シアトルに移住。1994年までに WWW は政府機関や学術研究者にとどまらず、次第に一般の人々にも知れ渡っていった。ベゾスには eコマース事業が将来的に大きなビジネスチャンスになるであろうという先見の明があった。
1994年にインターネット書店の Cadabra.com を開業。翌19957月には Amazon.com として正式にスタートし、19975月には株式公開を果たす。ベゾスはインターネット・バブルの成功者の一人となり、1999にはタイム誌のパーソン・オブ・ザ・イヤーに選出されている[4]
2000には民間宇宙開発企業のブルーオリジンを設立。同社は低価格の宇宙旅行を実現し、多くの人々に宇宙旅行を楽しんでもらうことを目的としている。また、個人的投資会社の Bezos Expeditions を設立し、様々な企業に出資を行っている。
2008年、カーネギーメロン大学から名誉博士号を授与された[5]
20123月に、アポロ11の打ち上げに使われ、大西洋に沈んだサターン5F1エンジンを水深4,300mで発見、これを海底から回収するつもりであることをブログ上で発表した[6]
2013年秋、15年来の知り合いのドナルド・グラハムから、傾きかけていたワシントン・ポスト250百万ドルで買収[7]

脚注・出典[編集]

1.   ^ a b c d アマゾン・ドット・コム「有価証券報告書」2013年(平成25年)426日関東財務局提出
2.   ^ Bayers, Chip. “The Inner Bezos”. Wired 2013810日閲覧。
3.   ^ Whoriskey, Peter (2013812). “For Jeff Bezos, a new frontier”. The Washington Post 2013810日閲覧。
4.   ^ Jeffrey Preston Bezos: 1999 PERSON OF THE YEAR”. タイム (19991227). 20091128日閲覧。
7.   ^ ワシントン・ポスト 売却の衝撃. (201388) 201389日閲覧。




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