第五の権力―Googleには見えている未来  Eric Schmidt & Jared Cohen  2014.5.19.

2014.5.19.  第五の権力―Googleには見えている未来
The New Digital Age          2013

著者
Eric Schmidt Google会長。1955年生まれ。プリンストン大電気工学専攻。UCバークレーでコンピューターサイエンスの修士号・博士号取得
Jared Cohen GoogleのシンクタンクGoogle Ideasの創設者。1981年生まれ。史上最年少の24歳で国務省の政策企画部スタッフ(通信を活用した外交戦略を推進)。現在も国家テロ対策センター所長諮問委員会のメンバー。09年のイラン大統領選直前にはTwitterに定期メンテナンスを遅らせるよう要請し、SNSを活用した反体制派の抗議活動を陰で支援したことで知られる

訳者 櫻井祐子 幼少期よりヨーロッパやオーストラリアアド、10年以上を海外で過ごす。雙葉学園、京大経卒。大手都市銀行在籍中にオックスフォード大で経営・哲学修士号取得。東京在住。1男1女の母

発行日           2014.2.20. 第1刷発行              14.3.5. 第2刷発行
発行所           ダイヤモンド社

インターネットは、人間がその手で作っておきながら、まだ十分に理解することが出来ていない、数少ないものの1
インターネットの世界はつかみどころが無く、絶えず変異を繰り返し、ますます巨大で複雑になっている。そして、とてつもない善を生み出すとともに、おぞましい悪をも孕んでいる
このインターネットが世界に与えるインパクトは、漸く目に見えるようになってきたばかりだ

国家権力は立法・司法・行政、いわゆる三権で統治されている。それに加え、20世紀型の報道機関は、政府を監視する役割を担う「第4の権力」と言われた
2025年、世界人口80億人のほとんどがオンラインで繋がる。誰もがインターネットへアクセスでき、誰もが世界中と繋がり、自由に発言をし、革命を起こすパワーさえも手にできる。一見当たり前のように思えるが、これはすごいこと
これからの時代は、誰もがオンラインで繋がることで、私たち一人ひとり、80億人全員が新しい権力、つまり「第5の権力」を握るかもしれない
このような「デジタル新時代」を迎えた今、私たちは、市民は、国家は、そして世界は、どのように変わっていくのだろうか
個人に権力が移った結果、世界は今より安全になるのだろうか。それとも危険になるのだろうか
私たちは、「オンラインで繋がった世界」という現実に、漸く向き合い始めたばかりである。そこにはいいこともあるが、悪いこともある
技術がもたらす変化を避けることは出来ない。ならば、今後大量に出現する新しい技術やツールを正しく使って、世界をよりよく、より豊かにするために、出来ることはあるのだろうか
未来に何が起こるかは、機械ではなく、私たち人間の手にかかっている
さあ、私たちが思い描く未来を説明しよう

序章    自由な表現と自由な情報の流れを可能にする新しい力・インターネット
社会のどんな階層の人たちも、「コネクティビティ」(ネットワークへの接続性)をますます手軽に使いこなすようになる
通信速度が最も速い光ファイバーケーブルを通って伝達されるデータの量は、およそ9か月ごとに倍々の勢いで増えていく
本書では、仮想世界が現実世界をどのように変えていくのかを示していきたい
人々がデジタル技術を通じて第5の権力を得る。情報化による権力拡大によって、世界中の多くの人たちが、生まれて初めて権力というものを手にする
誰もが繋がる世界で、戦争や外交、革命はどう変わるのか
最先端の技術プラットフォームの持つスケール効果と、インターネット技術が生み出す「すべての人と繋がっている」という感覚とが合わさった時にこそ、グローバリゼーションの新時代が始まる

第1章     未来の私たち
仮想世界でできることが増えるにつれ、現実世界の仕組みはより効率的になる
イノベーションを通じて機会を生み出すための「屋台骨」になるのは、何よりも教育
これからの進歩の鍵となるのは、「パーソナライゼーション」  身の周りの様々な機器や技術を、自分のニーズに合わせてカスタマイズすれば、自分の好みの環境を作ることができる
現実世界と仮想世界がこれからどのようにもたれ合い、ぶつかり合い、補い合うかが、今後数十年間の市民と国家の行動に大きく影響するだろう

第2章     アイデンティティ、報道、プライバシーの未来
これからの時代、かつてないほど多くの選択や可能性に晒される
宗教や文化、民族性などにまつわる神話を語り継ごうにも、情報に通じた賢明な市民にはなかなか広まらなくなる  情報が増えるほど誰もがより確かな判断基準を持つようになる。オンライン情報が増えればそれだけ確証バイアス(人が意識的、無意識的に、自分の持っている世界観を裏付けるような情報ばかりに目を向ける傾向)が強まるとも言われる
未来の市民は、オンラインアイデンティティを重視  情報管理ツールの重要度が増す
情報は自由になりたがっていて、情報の「デリート・ボタン」が存在しないお蔭で、人類は全体としてみれば公平で生産性が高く、自己責任の高い社会の実現に向けて、さらに力強く前進できるという意見(ウィキリークスがその最右翼)もあるが、それは危険な思想で、どこかで何らかのコントロールが必要
内部告発プラットフォームが社会で建設的な役割を果たすには、何等かのレベルの監督が必要  公共の利益と私的情報の暴露、技術的な保護手段の間のバランスの維持がキー
ウィキリークスのジュリアン・アサンジ
ロシアの不動産専門弁護士アレクセイ・ナワリヌイ  ロシア大手企業の汚職を追求。最終的にロシア政府がナワリヌイ自身の汚職関与を摘発したのは、彼の粘り強い反政府抗議運動が政府を如何に脅かすようになったかを物語る
カオス請負人となるハッカーや情報犯罪者  ハッカー集団「ラルズセック」
報道の危機  どこから情報を得るのか、どのような情報源に信頼を置くかが私たちのアイデンティティに大きな影響を及ぼすだけに、未来の視聴者は的確な分析と視点を提供する信頼のおけるメディアを選択する
報道の自由がない国では、力の偏りをいろいろな方法で正すことができる  デジタル情報暗号化技術によって匿名での取材を支援することが可能に
コンピュータでは、データが消去されることはまずない  「データの残留」と呼んで、残留磁気から元のデータを復元できる場合がある
我々の世代が、消し去ることのできない記録を持つ「人類最初の世代」  アメリカ大統領の場合、大統領記録法により、愛用のブラックベリーから送信したすべての電子メールが永久的に記録され、情報公開請求の対象になる
国家は、一方ではコネクティビティを通じて力を高め、市民の情報を密かに収集できるようになるが、他方ではコネクティビティによって力を奪われ、報道に対するコントロールを失う。さらに、安価なモバイル機器の普及により草の根パワーが行き渡る
バイオメトリック情報  各人に固有な肉体的、生物学的属性によって、個人を一意的に識別できる情報。顔や指紋、声紋、DNA鑑定などがある
インドの固有識別番号UID計画アドハーAadhaar(「基礎」や「支援」の意)  世界最大規模のバイオメトリック認証プログラム。09年開始。指紋と虹彩認証などのバイオメトリックデータを含み、12ケタの固有番号を全国民に発行し、社会経済の底辺に位置するカーストや部族にも最低限の文化的な生活を保障する
イギリスにおける類似の計画「2006IDカード法」は、人権侵害との反対から、新しい連立政権によって10年に廃止  国家と国民のどちらの利益になるのか不安
現在のセキュリティとプライバシーを巡る議論に、将来は「誰が仮想アイデンティティを、ひいては市民自身をコントロールし、影響を与えているのか」という問いが加わる

第3章     国家の未来
インターネットは、特手のプロトコル(通信接続手続き)を使って情報を伝えることを目的とする、分散したコンピュータシステムが作る巨大な網(ウェブ)
政府は、自国内のインターネット設備に対しては、莫大な力を持つ  物理的インフラの支配を通じて、インターネットデータの出入り口と経由地点をコントロール
政府が現実世界の法律を仮想世界にも適用してインターネットをコントロールしようとすると、インターネットにも国境が生まれる  各種のフィルタリングによってインターネットのバルカン化Balkanizationが進み、複数の国が「関心コミュニティ」を形成して共通の価値観や地政学をもとにウェブを編集する
チリは、2010年にインターネットの中立性を保証する法律を可決した最初の国
通常使われているインターネットは、ネット上でのコンピュータや端末を適切なデータソースにマッチングするために、DNS(ドメイン名システム)を使って、端末のIPアドレス(数字)を人間に読める名前(ドメイン名)に変換したり、逆にドメイン名をIPアドレスに変換している。インターネットの安定性を確保するためには、全てのコンピュータとネットワークが同じ単一の正式なDNSルートを使用することが絶対条件。DNSルートサーバとは、DNSの最上位にある、基幹情報を提供するサーバーで、ウェブアドレスの拡張子部分であるトップレベル・ドメイン(.edu .com .netなど)に関する全情報を保持している
別なDNSルート(オルタネートルート)を実現した政府はまだないが、現に存在はしているので、将来自国と世界の間に検閲ゲートウェイが出来ない保証はない  11年に報じられたイランの「ハラール・インターネット」構想や、YouTubeに代わる国営動画サービス「メヘル」
商業的利害、なかでも著作権と知的所有権の問題を中心にして、新しい同盟が結ばれる公算が大きい  オンラインで配布される商品についての著作権を物理的商品と同等と見做すべきかどうかはまだ意見の一致を見ていない
サイバー攻撃は国家にとって理想の武器  匿名性があり、かつ目的に合わせて自在に設計が可能故に強力で、被害者も適切な対応を取りようがない
2010年の「スタクスネット」(12年「フレーム」に引き継がれる)  ウィンドウズOSで動作する特定の産業制御システムを乗っ取るために設計されたワームで、イランの核燃料濃縮施設の監視システムに侵入して破壊、イランの核開発に大きな打撃を与えたが、後にブッシュ政権下で始まったイスラエルとの共同作戦(コードネーム「オリンピックゲームズ」)だったことが判明
2007年、世界で最もインターネットの活用が進んでいる国、スカイプ発祥の国エストニアが、首都にあったソ連兵士の第2次大戦記念碑撤去を決定したことで、政府機関、新聞社等大手ウェブサイトが突如サイバー攻撃を受けてアクセス不能に陥った  間もなくシステムは復旧したが、ロシアの関与が疑われたものの原因はいまだに特定されていない
2009年末、中国によるグーグルへのサイバー攻撃
2009年、アメリカ国防総省がアメリカサイバー軍創設するとともに、サイバー空間を陸海空、宇宙に次ぐ軍事活動上の「第5の戦場」と宣言

第4章     革命の未来
コネクティビリティの広がりによって、いつどんな方法で反乱を起こすかを市民がより自由に選べるようになり、活動家も一つだけの「大義」を掲げて活動することはなくなる
「狂気のコンセンサス」のようなものが世界を動かすが、「誰も自分の足で立ち上がる気概を持たなくなる」ためリーダー不在の状態に陥りかねない
2011年初、エジプト政府は抗議運動勃発を見越してインターネット接続と携帯電話サービスを全面的に遮断したのが裏目に出る  不満を持つ民衆が街に繰り出して抗議運動を本格的に煽る結果に
「ノイズ」  コンピュータ工学で、どんなに大きくても何ら有用なシグナルを伝えないデータのことを指す
オンラインでは対話の相手の資質を知ることができないため、「ノイズ」が大きな不確定要因となって、適切に状況を分析し、対応することができない

第5章     テロリズムの未来
デジタル新時代の到来により、技術が利用しやすくなった結果、暴力的活動が激しさを増す地域が出てくる  高度な自家製爆発装置が氾濫し、誰でもテロリストになれる
テロ組織がメディアマーケティングを通じて、志を同じくする者たちのオンラインコミュニティを形成
投獄されても、獄中に密かに携帯電話を持ち込めば、活動を継続することは十分可能
コモドハッカー  1995年のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争で起こったスレブニツァの虐殺で、オランダ平和維持軍がボスニアのイスラム教徒を保護しなかったという理由で、オランダに政府サイトに不正侵入して個人情報を不正に取得
オクソマール  2012年イスラエルの人気スポーツ・ウェブサイトに侵入し、40万人の訪問者を別のサイトに誘導し、クレジットカード番号を含む個人情報を不正取得
2008年、ムンバイ同時多発テロ  パキスタンのテロリストが3日間にわたって占拠した都市に籠城、首謀者はパキスタンから衛星放送で事件の実況中継を視聴しながらリアルタイムで作戦を指示していたが、実行犯の1人が生きたまま逮捕されると、彼の提供した情報や、現場に残された電子的痕跡を辿って、すぐにパキスタンの重要人物や場所を特定した
ビッグデータを活用し、特殊なアルゴリズムによってパターンを抽出し、ソーシャルグラフを作成して反体制色の強い地域の暴力や犯罪等の発生を監視することも可能
プライバシーを守る戦いも始まったばかり
デジタルコンテンツの利用  YouTubeの動画などユーザー生成のコンテンツが未認証のままニュース放送局に利用されるケースが増えて来るにつれ、確かな技術に基づくより厳密な検証を求める動きが出てくるだろう
テロ集団の将来の新兵の柱となるのは、今と同じ普通の歩兵であり、若くて無教育で、過激派に付け込まれるような不満を抱える者たち  将来の対テロ戦略に求められるのは、強制捜査や携帯電話の監視ではなく、テロに走る恐れが高い人たちの脆弱性を、技術の力を借りて徐々に取り除く施策である。脱過激化を進めるには、グループ会合や多くの支援、心理療法、そして現実世界での充実した経験を与えることが欠かせない
アフガニスタン駐留アメリカ軍とNATO軍の元司令官スタンリー・マクリスタル陸軍大将は2010年に、「テロリズムを打ち破るのに本当に必要なのは2つ。法の支配の確立と、人々に機会を与えること。人々に教育や就職など、人生における機会を与えれば、テロリズムの最大の原因を取り除ける。軍事攻撃より基本条件を整えることが必須」と断言
生活の質を向上させるのに、コネクティビティを高める以上の手段はない。情報通信技術が地域社会にもたらす経済機会、娯楽、情報公開、透明性と説明責任の向上といった利益の全てが、反過激化の使命に役立つ。人口の大部分がオンラインで繋がれば、地域の仮想コミュニティを動員してテロリズムを退け、地域の指導者に説明責任と行動を要求することができる
最強の反過激派戦略とは、若者が行き場をなくして過激主義に走らないよう、新しい仮想空間を利用して、充実した選択肢と気晴らしを与える戦略。とりわけ新たにオンラインの世界に来る人たちの大半が手段として利用するモバイル技術が主要な役割を果たす
こうした若者向けの新しいコンテンツを作るのは周囲の環境をよく知る地元の人たち自身であって、部外者はただ空間を提供するだけでいい

第6章     紛争と戦争の未来
マイノリティに対する組織的差別や迫害は、ジェノサイドのような大規模な大虐殺は実行しづらくなる一方、差別はより激しく個人に的を絞ったものになる
インターネットへのアクセスを制限する形での電子的隔離政策は、マイノリティ集団を対象とした迫害の常套手段となるだろうし、それは国家だけのものではない
世間から非難される差別発言も、オンラインなら何を言っても自分と結び付けられることはない
紛争の「善者」と「悪者」を区別するのは困難であることが多く、デジタル新時代にはさらに難しくなる ⇒ 集団間のマーケティング戦争が紛争の重要な側面に。「草の根マーケティング戦争」などにより、どれだけ多くの支持者を得られるかが、紛争の優劣を決める
マーケティング戦略は、諜報活動とは別物だが、両者間の距離は縮まる傾向にある
極めて抑圧的な社会でも、強い決意を持った人たちが、メッセージを伝える方法を必ず見つける
偽情報解明の唯一の解決策は、デジタル認証 ⇒ 入手した情報を他の形態の情報と突き合せて相互確認する方法
コネクティビティが未来の紛争にもたらす2つの影響
   オンラインクラウドの集合知 ⇒ 紛争の当事者間で情報に関する条件の平等化が進めば、ますます多くの市民が新しい「物語」の創出に立ち会い、自分なりの言葉でそれを語るようになる
   証拠となるデータの永続性 ⇒ 永続性は、誰もが同じ原資料にアクセスできることを意味し、証拠を示して説明責任を問うことにより相手に非常な重圧をかけられる
オンライン世界の組織力が、残虐行為や非人道的犯罪に対する大きな抑止力になる

第7章     復興の未来
最新技術は、適切に用いれば復興のプロセスを大いに助けてくれるため、未来の復興の取り組みを成功させるためには、情報通信技術と高速通信ネットワークを大いに活用すべき

第8章     私たちの結論
人類史上最もペースが速く最も刺激的な、輝かしき新時代が始まろうとしている
私たちの手の中にある端末を大きな原動力とするこの変化は、想像もできないほどパーソナルで、それでいてあらゆる人を巻き込む変化になる
世界の圧倒的多数の人々が、全体としてみればコネクティビティから利益を得るが、オンラインで経験することは、人がどの「デジタルカースト」に属するかによって大きく異なる
   技術はそれ自体では諸悪を解決する万能薬にはならないが、賢明に利用すれば大きな違いを生む
   仮想世界は既存の世界秩序を覆したり、組み替えたりすることはないが、現実世界でのあらゆる動きを複雑にしていく ⇒ 個人と国家はそれぞれ自由度の高い世界(個人は仮想世界、国家は現実世界)での活動を好むようになり、インターネットが続く限り、両者の緊張関係は続く
   国家は、仮想と現実という2種類の外交政策と国内政策を実行する
   コネクティビティと携帯電話が世界中に普及することにより市民は大きな力を手に入れるが、それには代償が伴う ⇒ プライバシーとセキュリティに関わる代償
「現実の文明」と「仮想文明」が互いに影響を与え、互いに形作るうちに、適切なバランスを取るようになり、両者のバランスによってこれからの世界は方向づけられる ⇒ 想像以上に平等的で風通しがよく、興味深いものになると信じる
仮想世界に繋がることの恩恵と引き換えに、現実世界で大切にしているプライバシーやセキュリティ、個人情報などを差し出すし、恩恵を取り上げられそうになれば、あらゆる手段を講じて説明責任を追及し現実世界の変革を促す
世界中の人たちの生活の質を高めるためには、コネクティビティを通じて出会いを広げ、テクノロジーを通して機会を生み出していくのが一番
技術を通じた世界の一体化によって、人々にアクセスさえ与えれば、不平等や権力の濫用を防ぐことは出来なくても、権力を個人の手に移すことは出来る。それから先は彼等を信頼してすべてを任せる。やってみるだけの価値はある



第五の権力―Googleには見えている未来 [著]エリック・シュミット、ジャレッド・コーエン
[評者]原真人(本社編集委員)  [掲載]朝日 20140316   [ジャンル]社会 
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ネット先導者が示す明と暗

 インターネット社会の未来を描く本はあまたあるが、本書はそんじょそこらの解説書ではない。なにしろ高度情報社会の最強企業、グーグルのエリック・シュミット会長がみずから書いた本なのだ。
 シュミットらはネット空間を「とてつもない善を生み出すとともに、おぞましい悪をもはらんでいる」存在だとみなす。夢をふりまいてきた先導者が暗部についてもふれたのはやや意外だったが、現実世界では証明ずみのことではある。ネットは「アラブの春」で独裁国家をひっくり返す力になったが、米国が他国や個人から情報を集め監視する道具にもなっている。
 とはいえ本書は基本的にその未来を楽観している。テロリストがより多くのテロ手段を手にしたとしても、ネット社会の監視の目をくぐり抜けて潜伏するのはずっと難しくなる。サイバー戦争が増え、攻撃や防御の方法はより複雑になるが、仮想戦線が現実の戦争を抑止する可能性もある。そう正当化するのだ。
 グーグル首脳が政治社会や安全保障への影響をここまで丹念に予測し分析していたことには正直、薄気味悪さも感じる。同社の軍事ロボット企業の買収やメガネ型端末の開発も行き当たりばったりの判断でなく、確信にもとづく投資だったのだ。未来技術を生みだしていく者たちの動機をうかがい知るのに、本書は貴重な資料になると思う。
 ただし、ここで語られていないこともある。膨大な個人情報を集めるグーグル自身によるプライバシー保護はどうなのか。ビッグデータ独占の弊害は考えられないか。米政府の個人情報収集に協力したのではないか。そういう疑問や疑惑に対する説明がない。
 もし巨大情報産業が陰謀を巡らしたら、ネット社会はどうなるのだろう。邦題「第五の権力」は将来ネットとつながる80億人の市民を意味するが、まるでグーグルのことを暗示しているようでもある。
    
 櫻井祐子訳、ダイヤモンド社・1890円/コーエンは81年生まれ、グーグルのシンクタンク創設者兼ディレクター。

第五の権力 エリック・シュミット、ジャレッド・コーエン著 グーグルが注視 情報社会のリスク 

日本経済新聞朝刊2014年4月6日付
 立法、司法、行政、及び国民に対して同等の影響力を持つ報道機関は、4つの権力とされる。本書が描くのは、オンラインでつながった個人が「第5の権力」を手にする未来である。歴史的に見れば、新たな情報技術は幾度となく国王や教会といった権力者から力を奪い、個人に与えてきた。誰でも入手できる携帯端末を通じてインターネットに接続する力を獲得した個人は、情報受発信の面で、これまで考えられなかった大きな力を手に入れようとしている。
(櫻井祐子訳、ダイヤモンド社・1800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
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(櫻井祐子訳、ダイヤモンド社・1800円 書籍の価格は税抜きで表記しています)
 情報通信技術の普及で個人の力が増加し、従来の様々な力関係が変化するパワーシフトに関しては、これまでも多くの識者が指摘してきた。本書はこのパワーシフトを考察する視点と、情報技術が開くチャンスよりも、リスクに焦点をあてている点で一線を画す。情報技術を手にした個人によって、アイデンティティー、プライバシー、国家、革命、テロリズム、戦争といった、深刻かつ大きな問題がどう変化するのかが議論される。予想される変化は、いずれも我々を戸惑わせるものばかりだ。
 一般市民もアイデンティティーの盗難やプライバシーの喪失といった、これまで真剣に考える必要のなかったリスクにさらされる。オフラインであれば安全というわけではない。オフラインの人間の方が珍しい世界では、むしろ特定しやすい。ウサマ・ビンラディン発見の決め手は、彼の居場所が都会の大邸宅なのに通信回線が敷設されていなかったことだとされる。人々は第5の権力を手に入れると同時に、仮想世界を常に意識して生活せざるを得ない。
 新しいつながりが生まれ表現の場が増えることで、一般市民が世界各地の社会運動に関心を持つようになり、革命が多発して国家の統治や境界線は揺らぐ。技術を容易に獲得できるようになり、サイバーテロリストは増える。戦争では、ロボットやサイバー兵器を有効活用することでより幅広い戦略目標を攻撃できる。グーグルが、こうした変化を促してきた企業であるのは皮肉だが、だからこそ広い視野で冷静に問題を見つめることができたのかもしれない。
 我々は情報と通信が潤沢な時代に暮らしている。しかしインターネットは、人間の悪意や犯罪者を想定して設計されてはいない。むしろ善意や信頼関係を基盤に設計され、だからこそ発展してきた。新たに獲得する権力が大きいのであれば、我々はその力に応じて世界を少しでも良い場所にする責任も負うことになる。
(富士通総研主任研究員 湯川抗)



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