賭博と国家と男と女  竹内久美子  2014.4.30.

2014.4.30. 賭博と国家と男と女

著者  竹内久美子 1956年生まれ。京大理学部卒後、同大学院、博士課程修了。専攻は動物行動学。『そんなバカな!-遺伝子と神について』で講談社出版文化賞受賞

発行日           1992.8.25. 1               1992.9.21. 2
発行所           日本経済新聞社

芸者なくして近代日本はありえない!
日本の将来を救うのは一夫多妻制だ!
役に立たないのが本当の学問である!
禁断の思想家・竹内久美子の大胆仮説

プロローグ
数年前、犬山市の京大霊長類研究所から鍵を4つも開けて脱走したチンパンジーが話題になったが、特に数の能力の凄いことが証明されている
人間に数の能力を進化させた重大な要因は何か ⇒ 浮気では、言語的能力や論理に関する能力は進化しても、数の能力の進化には大きく関わったとは思えない、という観点から人間を考えてみたい、最終的には国家や階級といったことにまで言及する積り

第1章        人は利己的に協調する
『国富論』の著者アダム・スミスが私と同じ放心癖の持ち主 ⇒ スミスを熱中させたテーマとは、人間の本性は何かということ、そしてそのことに基づいた人間や国家の新しい在り方についてだったろう
人間の解釈について、1つは人間の本性を利己的と見做し、もう1つは人間の本性を利他的と見做す
人間誰しも利己心(自愛心)を持つが、それは自分の幸福を追求する心という意味
『国富論』(1776年刊)では、「人間の本性は利己心であり、利己心は初めは単なる個人の振舞いを決めるものに過ぎないが、やがては社会全体の利益へと転化される。その時重要なのは、個人の行動に対し完全な自由放任が認められていること」と説く
「種の繁栄(保存)」という言葉を広めたのはコンラート・ローレンツ ⇒ 195060年代動物行動学の黎明期に、「動物は同種どうしでは決して殺し合わない。そういう無益なことをするのは人間だけ」という考えを強調したが、同種の他人の子を殺す現象は説明がつかない
一方でダーウィンは、自然淘汰の単位は主でも集団でもなく個体だと考えた
リチャード・ドーキンスの利己的遺伝子仮説 ⇒ 生命の主体が個体にあるのではなく、遺伝子の側にあるとするもの
「囚人のジレンマ」という賭博ゲーム ⇒ 2人のプレイヤーが「協調」と「裏切り」という2枚のカードを持って、お互いに相手の腹を探り合いながらどちらかのカードを出す。両者が「協調」を出せば胴元の負け。違うカードを出した場合は「協調」を出した方の金は没収し、「裏切り」を出した方に金を払う。両者とも「裏切り」の場合は没収
このゲームを集団の中でやると、「協調」を出す人たちが最も金を稼ぐことになるが、「裏切り」を出す人も、単独では負けるが、「裏切り」を出す者同士の内輪付き合いをすることで自分たちの地歩を築くことができる(都会の県人会) ⇒ 利己的な者同士にも協調関係が生まれる。長い付き合いが人の振舞いを洗練し、緩やかにするという教訓

第2章        順位制と社会
妻が夫を尻に敷くことを”henpeck” ⇒ henはメンドリ、peckはつつく。実際のニワトリ社会では同種同士ではつつきあうが、オスがメスをつつくことはあっても逆はない
動物に順位という概念が発見されたのは、1910年代でニワトリが最初 ⇒ 「つつきの順位peck order」と言って、時間をかけると集団のなかで実力に従った順位が決まり、よほどのことがない限りその順位を変えることがない
顔を覚えたり、個体を識別する能力を持つ動物(もちろん同種)が集まると、そこには自ずと順位が出来上がる ⇒ 順位制の持つ意味は、無駄な争いを避けるということにあるが、順位制は争いや支配の論理ではなく、実のところせめぎ合う利己的遺伝子の損得勘定だけであり、それぞれの利己心を追求するための出発点であるとみるべき
順位制を夫婦関係に当てはめて見ると、妻が威張っていると夫婦は円満 ⇒ 毒の触手を持つイソギンチャクに住みつくクマノミの夫婦は、メスが絶対的支配者
妻が出産と子育てのために全力投球できるような環境を作ってやることこそ、庶民の男が遺伝子のコピーを増やすためにできる数少ないことで、それを小さな幸せと考えられるか否かは、その男の器量に委ねられる
一夫一婦制のもとでは、妻が強くなって順位を安定させるより他に協調の道がない

第3章        家庭と国家
伊藤博文の仇名は「ほうき」、当たった女は全て薙ぎ倒すという意味で、東京の花柳界では北里柴三郎、セメント会社の創立者・浅野総一郎らと半玉の水揚げを競ったという。その1人が貞奴。士分に取り立てられたころから芸者遊びにうつつを抜かしていた
国家を実際に動かしているのは疑いなく好色な男たち
人間の性格や行動パターン、得意な分野や様々な能力、さらには思想や支持政党に至るまで、その人間に関するほとんどすべての事柄を決めるのは、繁殖戦略、その人が持っているいかに繁殖すべきかという遺伝的プログラムが概ねそれらを決定していると思う
一夫一婦制に拘る繁殖戦略の場合は、かかあ天下となり、家庭外に広い視野を持つ必要もなければ、長期的に物事を考えることもしない
一夫多妻制の戦略では、世界は無限に広がり、複数の女を操作せねばならない彼には、まず広い視野と物事を長いタイムスケールで考える能力が必要。繊細緻密な思考力、人()の心を読む能力、そして何より女の尻に敷かれない自信と勇気が必要。彼の繁殖の世界は無限。彼の周囲には複雑な人間模様が次々展開され、それらの困難な状況に対応するためには、人と人とを調停する能力、ウソや方便なども含め多言語的能力、人を惹きつけたり納得させたりする話ぶり、態度、なども必要となってくるだろう。暗い性格や神経質な性格は交際範囲を狭めてしまい、百害あって一利なしである。
国家や地域社会、団体等の指導的立場にどちらの戦略を持つ男が立つかによって、国家までがその男の行動パターンの巻き添えになる
問題なのは、妻の尻に敷かれ、その妻との間にしか子供を作らない男、広く社会へと出ていって男だけの順位社会を作ることに躊躇しがちな男。そういう男がひょんなことからリーダーの座についてしまうことだ。なぜなら彼本来の政治的能力の欠如もさることながら、妻を恐れ、妻の命令通りに動くという彼の行動パターンが国家をも巻き添えにしてしまうからである
伊藤博文は晩年、若い芸者と過ごすことが健康法だと公言して憚らなかったが、特定の芸者と深い仲になることは避けていた。好色のエネルギーを政治のエネルギーへと最大効率で転換させた天性の政治家だったのではないか。芸者がいなかったら、果たして近代日本は夜明けを迎えることができただろうか
1989年の東欧旧体制崩壊のなかで印象深かったのは、ルーマニアのチャウシェスク夫妻の処刑 ⇒ 興味を惹いたのは、元大統領の極端とも言える視野の狭さで、家庭と国家を取り違えている点と、完全なかかあ天下だったことで、元大統領にまつわる女の話は聞かない
彼等にしても、利己的遺伝子の乗物に過ぎず、責められるべきは一般的な一夫一婦制の戦略家を選びその横暴を阻止できなかった政治の体制そのものだろう。人間本来の順位制社会を無視する社会主義には、常にそういう危険が付きまとっている
天皇家が危ないのも、一夫多妻制を否定したから ⇒ 一夫多妻制の社会では女が上品に進化する。あぶれた男は聖職者となって繁殖活動を控え文化の担い手として影響力を持つ。かくして分業が成り立つ。一夫多妻であればその男の子孫に遺伝的バリエーションがつくが、これは伝染病対策として大変有効
君主制、それも立憲君主制などという中途半端なものではなく専制君主制をもっと評価してもいい ⇒ 君主と国民とは長い長い反復囚人のジレンマゲームを続けているようなもので、お互いにとって最も得する振舞いとは、自分からは決して裏切らないこと

第4章        賭博と国家と男と女
リグ・ヴェーダ ⇒ バラモン教の聖典、紀元前1200年頃を中心とする数世紀の間に編纂。無数の神々や祖先の霊などを讃える歌が書かれ、とくに呪法的讃歌には人間の心が詠み込まれていて感動的
人間の進化を考える上で必ず持ち出されるのは、狩猟と戦争。それが人間の知能を進化させたが、音声コミュニケーションの能力を進化させたのは何と言っても浮気であり、さらに数の能力の進化にとっては賭博が欠かせない ⇒ リグ・ヴェーダにも記述がある
国家(君主)こそ賭博の胴元 ⇒ 君主のいる国は賭博に対して大変寛容
昭和天皇が生物学を志されたのは、生物学が政治に関わらない人畜無害なものだからという説があるが、決してそれだけではなく、陛下の体の中には生物学や博物学に強く惹かれる遺伝的性質が存在 ⇒ 元々「殿様生物学」という言葉があるくらい、上流階級人が上流階級に留まり続けていくためには何としても持っていなくてはならない大切な資質
京大は、東大の権威主義を嫌ってやってきた人が多いだけに自由な学風の大学。その学風を不動にしたのは大河内正敏子爵。東大卒後大学に残って博士となり、高峰譲吉、渋沢栄一らが動いて1917年に設立された理化学研究所の中興の祖として活躍。自由と寛容、人間(研究者)を信頼し、独創性を重んずる精神で、多くの偉大な科学者を輩出

エピローグ
斜陽とはいえ、イギリスはしたたかな国
王室は大変な馬好き
総合科学雑誌の『ネイチャー』も、アメリカの『サイエンス』より一枚上手
有事に強い、逆境に強い、度胸があってしたたか、心と体が頑強
近代スポーツ、近代思想発祥の国
全ての根幹にあるものが賭博
賭博が盛んになるとすってんてんにスッタ男が続出 ⇒ そういう男を捉まえた女は1人でも子を育て上げなければならず逆境に強くなる ⇒ 母譲りの肉体と能力を持った男が生まれ育ち社会に出て出世し、国の核となる
賭博が盛んであると、対抗戦略の1つとしての学問がいやがうえにも盛んになる、それも代々受け継ぐべき財産をもった富裕な階級においてだ
イギリスは、賭博、君主、階級社会、学問といったものの絶妙のバランスの上に立脚し、世界を制覇するに至った国
君主制と階級制(順位制)がなぜ優れているか、一番大きな理由は、これらのシステムが動物の社会進化の歴史の中で自然発生したということ、さらには長い淘汰の試練を受けつつも未だに残っているということ。淘汰の産物であり、遺伝子の利己性が追求された結果であって、究極の国家のシステムかどうかはわからないが、少なくとも数千年の淘汰の重みに耐えてきたことは事実
個人の尊重、個人の尊厳、個人の平等も、裏を返せば、遺伝子に対する挑戦であり、冒瀆であり、差別である。利己的遺伝子にどうして太刀打ちできよう

あとがき
人間を人間たらしめた進化の原動力―それは浮気だ、と数年前に書いた。その考えに今も変わりがあるわけではない。けれども浮気だけではどうも足りないような気がしてきた。…そうして思いついたのが賭博である。賭博が人間と人間社会の成立にどう関わったか、人間の文化に如何に貢献しているかということについては、本書で述べた通りである。「なるほど」と納得していただける部分があったなら幸いである



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