書物の航海へ  石井洋二郎   2026.6.23.

 2026.6.23.  書物の航海へ いまを生きるための古典

 

著者 石井洋二郎 1951年生.東京大学法学部卒,同大学院人文科学研究科仏語仏文学専攻修士課程修了.東京大学大学院総合文化研究科長・教養学部長,同大学理事・副学長などを歴任.東京大学・中部大学名誉教授.博士(学術).専門はフランス文学・思想.
主な著書:『ロートレアモン 越境と創造』(筑摩書房,芸術選奨文部科学大臣賞),『フランス的思考――野生の思考者たちの系譜』(中公新書),『時代を「写した」男 ナダール1820-1910(藤原書店),『大学の使命を問う』(藤原書店),『ピエール・ブルデュー』(水声社)など.
主な訳書:ブルデュー『ディスタンクシオン(藤原書店,渋沢・クローデル賞),『ロートレアモン イジドール・デュカス全集』(筑摩書房,日本翻訳出版文化賞・日仏翻訳文学賞),ジュリアン・グリーン『モイラ』(岩波文庫)など.

 

発行日            2026.2.25. 第1刷発行

発行所            岩波書店

 

 

序 章 言葉の河 書物の海

l  いざ、錨を! (マラルメ「海のそよ風」)

人間の営みの多くは、時代や地域を問わず基本的には変わらないが、その共通の経験を撚り合わせた色とりどりの糸を用いて、人類は集合的な歴史という巨大な織物を織り上げてきた。物理的な時間を人間的な時間へと変換させるこの気の遠くなるようなプロセスの、全容とは言わないまでも少なくともいくつかの断片を、私たちは先人の残した書物を通して知ることができる

難解で知られる19世紀フランスの詩人ステファヌ・マルラメ(184298)の詩集の冒頭に、「肉体は悲しい、ああ、読んだぞ、私は、万巻の書を」。23歳に過ぎなかった詩人の凛然たる言明を前に、70過ぎてまだ万巻には程遠い書しか読み終えていない身としては、黙して茫然とするしかない

1冊でも多くの本を開いてみよう。躊躇なく言葉の河に船を浮かべてみよう

l  古典とクラシック

古典とは、昔の偉人が書いたもので、その後も読み継がれて評価の定着した書物

英語はクラシックclassicだが、狭義では古代ギリシア・ローマの文芸作品を意味するが、広義では時代を超えて価値を認められてきた作品群を指し、必ずしも「古さ」の概念はない

本書では、書かれた時代に関わらず、広く読まれてその価値が公認されている言語作品一般を「古典」と呼ぶ。古典とはいわば、茫洋と広がる書物の大海に遍在する里程標

l  真理か当為か

人は何を求めて古典を読むのか

「不変の真理」を求めるというが、古典に書かれているのは、真理よりも倫理、あるいは当為に属する事柄で、何をすべきか、すべきでないかについて考えるきっかけを得るため

古典に宿るのは真理それ自体ではなく、人類が昔から変わることなく抱いてきた真理への憧憬であり、飽くことなく続けてきた探求のプロセス

l  書物の航海へ

6つの章の主題には人類がたゆむことなく継続してきた普遍的な営みを表す動詞が1つづつ対応。第1章は「驚く」、第2章は「知る」、第3章は「関わる」、第4章には「闘う」、第5章には「愛する」、第6章には「生きる」

本書は、私自身の個人的な関心に基づいて世界の古典を巡る試み

古典を渉猟しながら、人間がこれまで積み重ねてきた知的営為のプロセスを出来るだけ生の形で追体験すること、そして願わくは古典の数々から想を得た私なりの「思索の海図」を描き出すことが、本書の趣旨

 

第一章 世界という不思議――「驚く」という経験

l  世界は謎に満ちている

太古の昔から、人間にとって誰もが最初に覚えた情動は「驚き」、そして疑問を抱いた。世界は謎に満ちている。だから人間は考え始める。その結果として学問が生まれる

まだほとんどの問いに対して確定的な答えは見つかっていない。だから現在もなお、私たちは驚き、問い、答え、疑いながら、考えることを続けているし、これからも続くだろう

 

l  言葉を失う経験(アーレント『カール・マルクスと西欧政治思想の伝統』『政治の約束』)

驚きに打たれたとき、人は言葉を失う

古代ギリシアから現代に至るまで、哲学者たちは同じ驚きを繰り返し経験し、同じ一連の問いを何度となく発し続けてきた

l  哲学の始まりにあるもの(プラトン『テアイテトス』)

あらゆるものの尺度であるのは人間。知識とは感覚である

驚異の情こそ知恵を愛し求めるものの情であり、それこそが求知(哲学)の原点

l  経験から技術へ(アリストテレス『形而上学』1)

個々の事柄についての知識である「経験」と、普遍的な事柄についての知識である「技術(理論)」とを対比し、経験ある者は事実を知ってはいるが、その原因は知らないのに対し、技術ある者は事実だけでなく、その原因も熟知しているがゆえに、より知恵のある者なのだ

個別の事態を解決するための実用的な知に対し、一般的な道理を追究する理論的な知を上位に置くという価値観が示されている

知恵ある人間は、素朴なレベルにとどまることなく、少しづつ進んで遥かに大きな事象についても疑念を抱くようになった。そのプロセスによって経験家から技術家(理論家)へと移行したが、それこそが哲学の始まり

驚異の念に哲学の始まりを見る点では基本的にプラトンと同じだが、アリストテレスは「経験」と「技術(理論)」という二項対立の図式を梃子として、その後に人間が様々な事象に対して覚えたに違いない疑問にまで射程を伸ばしている

存在の根本原理を探求した『形而上学』には、哲学者の思考のエッセンスが詰まる

l  記憶という神秘(アウグスティヌス『告白』1(400年頃))

ローマ帝国の教父であり神学者のアウグスティヌスは、記憶には「感覚が種々のものについてもたらした無数の心象という宝庫」があり、人間が全身で得た感覚が、事物そのものとしてではなく、知覚された事物の心象として分類整理され、保存され、必要に応じて取り出し、意のままに想起することができるというのが、記憶というものの神秘。それは紛れもなく自分自身の能力であり本性だが、その力は計り知れぬほど大きいために、自分ではその全体を把握することができない

l  第一情念としての「驚き」(デカルト『省察』(1641)、『情念論』(1649))

デカルトが、プファルツ選帝侯フリードリヒ5世の皇女でヘルフォルト修道院長のエリザベートとの間に交わした往復書簡の経験を踏まえて書かれたのが『情念論』

不意を打たれたり意表を突かれたりすることで精神が激しく揺り動かされるところに驚きという情念の本質を見ている。驚きを「あらゆる情念の中で最初のもの」としている

単純で基本的な情念は、驚き、愛、憎しみ、欲望、喜び、悲しみの6

驚きについては、その有益性が「それまで知らなかったことを私たちに学ばせ「記憶」に留めさせること」にあるが、無価値な対象に対して過剰に驚くことはむしろ理性の働きを害するので、出来る限り回避しなければならないとも述べる

「我惟ウ、故ニワレ在リ」の命題に辿り着いたのは、疑うことから驚くことへと進んだ結果

l  無限を前にした戦慄(パスカル『パンセ』1(1670))

パスカルにとって、驚きは「無現」という観念と切り離せない感情だった

自分が、いまここにあることの不思議に驚きを感じる

「永遠に沈黙するこの無限の空間、それを前にして私は戦慄する」といい、科学的・哲学的思考の限りを尽くしてもなお、どうしても説明することの叶わぬ宇宙の神秘に対し、ただ身体的に反応するしかない自分のありようを率直に告白。そんな彼が必然的に行き着いたのが、人間の知性を超えたものの存在、すなわち「神」だった

l  美しい思考停止(パスカル『パンセ』2)

デカルトによる神の存在証明の筋道――人間は不完全な存在なので、不完全なものしか知り得ない。ところが人間は「神」の観念を知っている。有限な存在である人間が無限の存在である神を知っているはずがないのだから、この観念は完全な存在である神に由来するものと考えるしかない。ゆえに神は存在する

一方パスカルは、「神が何であるかを知らなくても、神が存在することは確かに知ることができる」「私たちは信仰によって神の存在を知る」と書く。神は存在するかしないかのいずれかだが、無限の混沌が私たちを隔てているので、理性では判断できない。無限の彼方で「賭け」が行われている。理性に従えばいずれの側にも賭けられないし、どちらも擁護できない。神が存在するほうに賭けたとして、勝てばすべてを獲得する。負けても失うものはない。だから迷うことなく、神がいるほうに賭けるべき

結果が確実に見通せなくても、人間は神の存在に賭けるべきであり、賭けるしかない。それが「信仰によって神の存在を知る」ということの意味

こうして絶対的超越性としての神に行き逢ったとき、パスカルの思考は停止。正確には前進する必要がなくなった。理性の放棄であり、思考の断念だが、宇宙の無限を前にして存在の神秘に触れ、自分がこの世にあることに震撼した天才が、信仰という新たな境位に突き抜けたが故に到達することのできた「美しい思考停止」なのだ

l  驚いて身震いすること(ゲーテ『ファウスト』(18081833))

新しいものに触れて驚き、身震いすることは、ファウストにとって人間の最高の資質として認識されていた

l  自明なものを疑うこと(ショーペンハウアー『意志と表象としての世界 続編』(1819))

ゲーテがその才能を高く評価し、自分の下で色彩論の研究に従事するよう勧めたのが39歳下のショーペンハウアー

自分自身の存在について驚くことができるのは人間だけとし、それが人間のみに固有な形而上学の欲求を生む

慣れ親しんだ日常的な風景に驚くことができることこそ人間ならではの能力であり、そこに哲学の始まりがある

l  哲学の動機としての悲哀(西田幾多郎『無の自覚的限定』(1930))

哲学の動機は、「驚き」ではなくして深い人生の悲哀でなければならない

悲哀とは、我々の自己の自己矛盾の事実。西田は、両親以外にも姉弟を早く亡くし、さらには妻と8人の子供のうち5人までを先に亡くしているなか、なぜ自分はこうして存在し続けているのかは、根源的な問いであり、解消しがたい「自己矛盾の事実」。西田の思考の営みは生涯を通じ、この矛盾を克服することに捧げられたといっても過言ではない

西田にとっては、「存在することの悲哀」の方が、よほど切実な哲学の動機だった

l  驚き続ける営み(九鬼周造『人間と実存』(1939))

驚きとは、自分の中に必然として取り込むことのできないもの、既知の枠組みに包摂できない「偶発的なもの」に対して起こる情であり、いまある現実世界こそ「なお最後に残って我々に驚きを迫る」ものであり、終始一貫して哲学思索の原動力でなければならない

驚きは哲学の初めであるだけではなく、哲学の終りでもある。驚きを持続することが哲学の仕事

l  想像力と超現実(ブルトン『シュルレアリスム宣言』(1924))

想像力がもたらす精神の全面的な自由を称揚

自らの精神という内部に無意識という無限を見、いかなる遮蔽幕も介在させることなく、それを忠実に言語化することを試みた

l  カオスからの創造(アリストテレス『形而上学』2、ブルフィンチ『ギリシア・ローマ神話』)

知恵の愛求者には、哲学者以外に神話の愛好者もいる。神話も驚異さるべき不思議なことからなっていて、驚きを覚え、自分が無知であることを自覚し、無知から脱却せんがために知恵を愛求した点において、哲学者と同様

宇宙の誕生は現在もなお未解決の謎だが、古代人は神話的想像力を働かせて答えを導き出していた。天地創造について、「まず原初にカオスが生じた」としてカオスを絶対的な起源として想定、そこから生まれたのが原初の女神であるガイア(大地)で、それが空や海を生んだとされる。オリンポスの神々はその子孫にあたる

l  天地創造という物語(旧約聖書『創世記』)

天地創造について最も広く知られている文献は、旧約聖書の『創世記』

最初に神が天地を創造したが、その前の状況については解釈が分かれる

初日に空間と時間を創り、2日目には天を創り、3日目に大地と海を分かち、地上に草と果樹を生えさせた。4日目に太陽と月と星を、5日目には海と空の生き物を創る。6日目に各種の獣と家畜など地に這うものと人間を創り、人間が他のあらゆる生き物を支配させることにする。7日目にはすべての創造行為が完了し、神は休息した

神を誰が、どうやって創ったのかは不明。神自体の創造の根拠を問うのは、信者には禁忌で、「美しい思考停止」によってのみ、信仰は成り立つ

l  壮大なる倒錯(フォイエルバッハ『キリスト教の本質』(1841))

天地創造のプロセスは、何者かによって書かれた一つの「物語」であることは否定できず、その限りにおいて人間によって創られた存在である考えるのが自然だというのがフォイエルバッハの主張。宗教的思弁は事物の自然的秩序を転倒させるとした

古来、人間たちが世界の始まりについて、どうしても納得のいく合理的結論を見出せず、すべてを説明する最終根拠を「神」という超越的存在に委ねた。そうしない限り、世界という不思議は理解出来ないからで、逆に言うと、神の存在を想定すればすべてはその意志に還元でき、諸々の疑問は一挙に解決する。『創世記』の冒頭で語られているのは、そのようにして人間が事後的に創作した壮大なる倒錯の物語に他ならない

l  驚くことの困難な時代に

本章では世界という不思議を前にして人間が紡いできた言葉を、哲学的思考と神話的想像力という2つの大きな流れに沿って辿ってきた

最初に「驚き」という主題を採り上げたのには理由がある。それは私たちが現在、驚くことが極めて困難な時代に生きているのではないかと思うから

思考のデジタル化の現象も、驚きから始まるはずの思考の停止を妨げている。インターネットの急速な普及は、01の組み合わせで情報を処理するという二元論的構造が人間の脳に浸透するプロセスを進展させ、割り切れないものを割り切れないまま徹底的に考え抜くところに本質がある哲学的思考を駆逐しつつあるのではないか

性急な判断の条件反射的な反復は、一見したところ驚きに似ているようでもあるが、実はその対極にある。驚くことは判断ではなく、判断以前の身体反応であり、そしてものを考えるということは、この身体反応から出発して、不可解な現実の前でうろたえ、戸惑い、たゆたいながら、針が連続的に移動しているアナログ時計のように「01の間」の空隙を丁寧にめていくプロセスに他ならない

l  子どもという哲学者(レイチェル・カーソン『センス・オブ・ワンダー』(1965))

私たちが言葉によって世界を分割するのは、本来明確に分けられないものを便宜的に「分ける」ことで、対象を「わかる」ようにするためだが、実際は世界は決して「分かつ」ことのできない曖昧な領域に満ちている。カーソンは生まれたての甥と共に、この「分からなさ」を全身で感受する共有経験をしたことを綴る

 

第二章 学問の来歴と変遷――「知る」ことへの欲望

l  奇想の事典(大プリニウス『博物誌』(紀元1世紀))

アリストテレスの『形而上学』の劈頭を飾る一文は、「すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する」

世代を超えて知識を継承していくために、雑多な情報を適切に分類し、一定の秩序に従って整理した辞書とか事典という体系化された知の集積がある。その先駆が本書

膨大な情報が収められているが、著者自身が実際に見聞きしたわけでもなく、学術的・実証的な価値はほとんどないとされる。通俗的な関心を刺激する話題には事欠かない

一種の壮大な幻想文学として読むべきもの

l  腐植土としての教養教育(ベーコン『学問の進歩』(1605)1)

中世の西欧社会に誕生したのが大学で、神学部、法学部、医学部が中心

印刷術の発明を契機として、大学に代わって独立の著述家たちが新たな知の担い手として登場。その代表がイギリス経験主義の祖・ベーコン。思考の方法論として帰納法を唱え、英語で書かれた最初の哲学書と言われる『学問の進歩』においても、「知識は力なり」に象徴されるその精神は終始一貫。「哲学と一般原理の考察」は諸学の基礎であり、神学・法学・医学の3分野に絶えず栄養を補給する「新しい腐植土」であって、専門教育を偏重するあまりこれを軽視することは、学問の進歩を阻害する大きな要因に他ならないとした

l  クリティカとトピカ(ヴィーコ『学問の方法』(1708))

ベーコンを読んだヴィーコは、『学問の進歩』を「珠玉の小冊子」と称える

若者の健全な共通感覚を育成するためには、懐疑主義的なクリティカ(判断の技法)から始めるのではなく、トピカ(発見の技法)から始めるべきだが、いずれにも欠点があるからこそ両者の相補性が必要だと主張。ベーコンの言う「専門と教養」の重視と相似

l  哲学的教養の系譜(カント『諸学部の争い』(1798)、ミル『大学教育について』(1867)1)

「哲学は神学の婢(はしため)」という慣用句に対し、カントは、上級3学部はいずれも政府の方針にしたがって有用な教説を授けることを任務とするが、哲学は真理を探求する学問であるから、それらの教説自体の真偽を理性に基づいて判断する権利を有しており、本質的に自由独立であって政府の命令や要請によって規制されることがない、ゆえに他の3学部の上位に置かれるべきとした。中世型の大学が近代型に生まれ変わる契機に

カントの考えはミルに受け継がれ、専門職につこうとする人々が大学から学び取るべきものは、専門的知識そのものではなく、その正しい利用法を指示し、専門分野の技術的知識に光を当てて正しい方向に導く一般教養の光明をもたらすものだとした。一般教養教育を受けなくても有能な弁護士にはなれるが、ものごとの原理を追求し把握しようとする哲学的な弁護士となるためには、一般教養教育が必要とした

l  知識ではなく知識の哲学を(ミル『大学教育について』2)

ミルは前記に続いて、大学を明確に「知識ではなく知識の哲学を教える機関」と規定した上で、文学も科学も含む教育の必要性を説く。教育において重要なのは個別の現象を説明する知識の教授や習得ではなく、知性を適切に用いるための普遍的な能力、すなわち「知識の哲学」の涵養であるということ

l  「実なき学問」よりも実学を(福沢諭吉『学問のすゝめ』(1872))

万人は平等だといっても、実社会では賢人と愚人の区別が歴然とあって、両者を分かつのはひとえに学問の有無である。学問としてもっぱら勤むべきは人間普通日用に近き実学だとして、「読み書き算盤」の類を重視

l  学問は進歩するか(ウェーバー『職業としての学問』(19191)

ドイツの社会学者・経済学者のウェーバーは、地道な努力や探求の重要性を説く一方で、ふとしたきっかっけで頭に思い浮かぶ思いつき、すなわち学問上の霊感が決定的な役割を果たすことにも注意を向ける

分野を問わず、時代遅れとなり次世代の業績によって乗り越えられることを自ら欲するところにこそ、学問の本質があると考えていた

l  教えることと指導すること(ウェーバー『職業としての学問』2)

かつての学問は、真の実在、真の芸術、真の幸福へと人々を導くものであったが、すべて過去の幻影として滅び去り、現在では無意味な存在であり、それぞれの分野において知り得ることを知るという、客観的・中立的な作業に徹することに限定されている

教育から価値判断を排除せよというウェーバーの主張に対して当時も激しい論争が起こる

l  知識の世界の小さな地球儀(ベーコン『学問の進歩』2)

ベーコンは、人間の知力を3つの部門に分類。記憶、想像力、理性の3つで、それぞれ歴史、詩、哲学に対応。科学的精神に則って知の体系化を試みたもの

l  知の体系化の試み(ディドロ、ダランベール編『百科全書』(175172)1)

ベーコンが提示した知の体系化の企図は、その後事典という形で具体化。その代表がビュフォンの『博物誌』(17491804)と『百科全書』で、あらゆる分野にわたって当時の学問的成果を収集・整理・統合した画期的な集合的著作物。執筆協力者は200名に及ぶ

l  人間知識の系統図(ディドロ、ダランベール編『百科全書』2)

ベーコンによる分類を参照しつつ、さらに項目を増やして精緻化

系統図の出発点は「知性entendement(仏語)」。その下に記憶力、理性、想像力の3項目がありそれぞれが歴史、哲学、詩に対応。ベーコンの「小さな地球儀」を「世界全図」に拡大

l  円環状の知の連鎖(ディドロ、ダランベール編『百科全書』3)

「百科全書」という項目を採り上げ、その目的は、地上に散在する知識を収集し、その普遍的体系を同時代の人々に提示するとともに、それを後代の人々に伝えることにあるとする

Encyclopédie()の中にcycleという語が含まれているように、語源的には「円環をなす知識」の意で、そこから「知識の連鎖」という定義が出てくる。そこに集められた雑多な知識が相互に連関して一つの全体を構成するものでなければならない

l  歴史・哲学・自然(ディドロ、ダランベール編『百科全書』4)

「歴史」の執筆者はヴォルテール。「歴史とは、事実とみなされることがらの物語」と定義。意見の歴者は、ほとんど人間の誤りを集めたものでしかない。芸術の歴史はあらゆる歴史の中で最も有用。自然史は、歴史というより自然学の主要な一部とすべき

「哲学」はディドロ自身が執筆。哲学は、語源からは「知恵の愛」を意味。事物の理由を与えること、それを探求することが哲学

「自然」の項目は、ダランベールとジョクールの共同執筆。自然は時として、世界の体系、宇宙の機構、あるいはあらゆる被造物の集合体を意味する

l  「紋切型」のカタログ(フローベール『ブヴァールとペキュシェ』(1881)、『紋切型辞典』(1910)1)

『百科全書』によって高度に実現された知の体系化の試みは着実に受け継がれ、教育者ピエール・ラルースによって編纂された『19世紀万有百科事典』(186676)に結実

同時並行的に進んでいたのがフローベールによる『紋切型辞典』の執筆。フローベールは晩年『ブヴァールとペキュシェ』を執筆、文書を筆写する百科全書的欲望に憑かれた2人の男の物語(創作)で、『紋切型辞典』はその一部をなすはずのテクストだったが、後者が人々の目に触れることになったのは作者の死後30年を経ってのこと

「紋切型」とは、世に広く受け入れられた考え方を集めた一種のカタログ。巷に伝わる慣用句の類が随所に見られるが、多くは反語的な表現で占められ、自己言及的な「辞典」の項目には、「嘲笑すべし-無知な人間のために作られたもの」と定義されている

「百科全書」の項目には、「糾弾すべし。時代遅れの著作として憫笑すべし」とある

l  脱色された言葉たち(フローベール『紋切型辞典』2)

文学関係の項目では、「散文―韻文よりも作るのが簡単」「詩ー全く無用のもの、その流行は廃れた」「詩人―夢想家、馬鹿者の同義語」「小説―大衆を堕落させる」「書物―どんな書物であれ、常に長すぎる」「文学―閑人のすること」「アカデミー・フランセーズ―誹謗すべし。しかし、出来るものならその一員になるよう努めるべし」など

ここに収集されているのは、フローベールが「敵」と呼ぶブルジョワの言説であり、多くは誰が言ったのか定かでない、匿名の言葉として差し出された、脱色された言葉たち

l  「反・辞典」の試み(フローベール『紋切型辞典』3)

『紋切型辞典』には、学問的に公認された標準的な情報が一切盛り込まれていない。フローベールは自らの価値判断を封印し、ただの中立的な引用機械として振舞っているだけだが、『紋切型辞典』はごく自然に批評性をまとい、結果的にパロディ的性格を帯びてくる

正当な根拠もなしに「何なにすべし」という当為の言葉が満ち溢れている、そうした言葉遣いのあからさまな偏向こそが、この特異なテクストを「真理の不在」を浮き彫りにするための装置として機能させている。情報の信憑性という要請を徹底的に回避することによって編まれた「反・辞典」であり、辞典の概念の裏をかいた逆説的な辞典

l  中国の奇妙な百科事典(ボルヘス『続審問』(1952))

『続審問』に書かれた中国の百科事典『善知の天楼』は、「分類」という概念自体が根底から覆され、攪乱され、無効化されているが、ボルヘス一流の想像力が生み出した虚構の書物だろう

l  困惑に満ちた笑い(フーコー『言葉と物』(1966))

千年来受け継がれてきた西欧の合理主義的思考や、その象徴でもあった『百科全書』の前提を根底から覆すかのような『善知の天楼』の存在を前に、困惑に満ちた「笑い」を禁じ得ない。不思議なものを目にして人が言葉を失う経験、多くの論者たちが哲学の始まりに見出したあの「驚き」の経験にも似ている

人間は本能的に合理性や体系性を志向する一方で、その滑らかな表層に亀裂を走らせてこれを根底から崩したいという逆方向の衝動を同時に覚えずにはいられない、理不尽なアンビヴァレンツにつきまとわれる存在なのだ

 

第三章 個人と共同体――「関わる」ことの困難

l  社会契約論の萌芽(プラトン『国家』、アリストテレス『政治学』1)

知ることへの欲望を満たそうと思えば、人は必ず他者と関わらざるを得ない。何かを学ぶのはほとんどの場合、誰かの言葉を通してであるからだ

本章では、人間とは本質的に「共同存在Mitsein(ハイデガー)、という認識を出発点とする

まず浮上するのが他者との共存可能性の問題で、両者の生存条件の調整が必要。そこから生まれたのが社会契約という思想であり、法という制度。プラトンにその淵源がある

アリストテレスも、人間は「善きもの」を目的として共同体を形成する存在であり、そのうちの至高の善を目標とするものが国=ポリス。それは人間の自然な本性に従って形成されるもの。「人間は自然に国(ポリス)的動物である」と定義

l  比例的平等と絶対的平等(プラトン『法律』、アリストテレス『政治学』2)

両者とも、人間は生まれつき能力差や適性の違いがあることを前提としており、万人が絶対的に平等であると考えていたわけではない

プラトンは、人はそれぞれ生来の自然的素質に応じた仕事を担うべきとし、男女間の関係においても同様とする

「平等は友情を生む」という諺は真実だが、平等の定義は不明瞭。平等には、絶対的平等と比例的平等があり、多くの点で正反対のもの

アリストテレスは、支配者と被支配者の存在は必然であるばかりか有用でもあるとした

l  近代的な平等思想(ホッブズ『リヴァイアサン』(1651))

すべての人間は生まれながらに平等であるという近代的な平等思想を明確に打ち出し、アリストテレスの考え方をはっきり批判。「各人は他人を平等なものとして認めること」を自然法の項目として定立

「万人の万人に対する闘争」といって、絶対的平等観を前提とした社会契約論を展開

自己保存を理由として他者の利益を侵害する権利を各人が放棄し、国家に譲渡する契約を結ぶ。この契約によって臣民の自然権を譲渡された君主は、唯一の主権者として国家を統治する。絶対君主制擁護論となるが、ジョン・ロックの『統治二論』、モンテスキューの『法の精神』、ルソーの『社会契約論』へと発展し、アメリカの独立宣言へと受け継がれる

l  無政府主義的な共同体(サド『悪徳の栄え』(1797))

極め付きの悪書だが、個人と共同体の問題に深く関わる

徹頭徹尾強者の論理を展開しながら、無政府主義的な共同体の存在も示し、歯止めを失った「万人の万人に対する闘争」が飽くことなく繰り広げられていく

l  闘争の力学(サド『新ジュスティーヌあるいは美徳の不幸』)

生まれつきの優劣に基づいて強者が弱者を虐げてきたのは幾多の民族のける差別の歴史が証明する通りで、ルソーのような主張は所詮、弱者が強者を引き摺り下ろすため都合のいいように捏造した偽善的な論理に過ぎないと反論

絶対的平等思想が確立したのは、1948年の国連の人権宣言で、サドの指摘するように人間は生まれながらに不平等であるという考え方の方が長い間支持されてきた。だからこそ近代の思想家たちは、いかにして人々が対等な資格で共同体を組織できるかという問題に向き合い、その解決策の1つとして提示された社会契約論の発想の根底には、人はみな基本的に弱い存在であるという認識がある

サドが小説で試みたのは、自由を最大化した時に「強さにおける平等」がどこまで暴走できるかを描き切ろうとする、一種の思考実験なのだった

l  自由か平等か(トクヴィル『アメリカのデモクラシー』(183540)1)

ホッブズが定式化した絶対的平等の概念はやがて西欧社会思想史のメインストリームとなり、ルソーを経由してアメリカの独立宣言やフランスの人権宣言(1789)へと、少しづつ形を変えながら継承されていく

フランス人法律家のトクヴィルは、米国の監獄制度を視察し、『合衆国における行刑制度とそのフランスにおける適用』という報告書を出版し、次いで『アメリカのデモクラシー』を出版、民主主義の問題を語る上で欠かせない社会思想史上の古典的名著となる

本著を貫く大きなテーマが平等の問題。自由と平等が同時に実現される体制こそが理想的な政治形態だとし、民主革命に苦しむことなくデモクラシーに到達したアメリカでは、当初から平等が所与の価値観として存在していたと結論付ける

l  結社という調整装置(トクヴィル『アメリカのデモクラシー』2)

トクヴィルが注目したのは、アメリカにおける結社associationの重要性

新しい事業の先頭に立つのは、フランスならいつでも政府であり、イギリスでは常に大領主だが、合衆国ではどんな場合にも間違いなく結社の姿が見出される

民主社会では各市民が独立している半面、単独では無力なので、平等な資格で相互に助け合うために結社を必要とする。特定の共通利害のために人為的に形成されるゲゼルシャフトの典型であり、平等思想の過度な蔓延による個人主義の先鋭化を制御し、人々が不幸な孤立状態に陥らぬよう調整する装置として有効に機能していることを見抜いた

l  タラントゥラの嫉妬と復讐(ニーチェ『悦ばしき知識』『ツァラトゥストラ』(188385)1、『道徳の系譜』(1887)1)

欧米での絶対的平等の概念の普及・浸透を真っ向から否定したのがニーチェで、力と力がぶつかり合う闘争のイデオロギーを全面的に肯定

タラントゥラは南イタリアの伝説にある毒蜘蛛で、「平等を説教するもの」の比喩として登場。法秩序はそれが闘争を抑制する「至上かつ普遍的な」手段として用いられる限り人間の生の本質とは相容れないものであるというのがニーチェの基本的立場

すべてを平等主義の下に縛る平等原則は、それを踏みにじる強者に対して、法や正義の名のもとに復讐を企てる弱者の、醜悪な嫉妬心の現れに過ぎない

l  二人の侵犯者たち(ニーチェ『ツァラトゥストラ』2、『善悪の彼岸』(1886)、ホルクハイマー、アドルノ『啓蒙の弁証法』(1947))

ニーチェの思考が、平等な生活の安寧を求める凡庸な大衆への埋没を拒否し、絶対的孤独を自ら求めてやまない「超人」への志向を加速させるのは、必然的な成り行き

ホルクハイマーとアドルノはともにユダヤ人、ナチスの迫害から逃れてアメリカに亡命した後の共著で、サドとニーチェの類似性に繰り返し言及、両者とも同情を罪悪視する教説は、古い市民的遺産だということを知っていたと語る

l  債権者と債務者(ニーチェ『道徳の系譜』2)

ニーチェの場合は、徹底した反平等主義がそのまま反共同体主義へと直結している感があり、「超人の共同体」などは想像しがたいが、一方で、人は他人に対して負い目の感情を覚えることがあり、それは先史時代から存在してきた個人同士の関係、売り手と買い手や債権者と債務者の関係という相互関係に由来しているといい、これを共同体と成員との関係に拡大してみせる。成員である限り平和が保障され、身の安全を思い煩うことがないという、共同体のもたらす効用まで否定していたわけではなかった

「超人」とか「権力への意志」といったキーワードの与える強烈なインパクトゆえに、ニーチェの思想は限りなく上昇を目指す力学に貫かれているように見えるが、いかなる彼岸にも超越性にも到達することのないまま、テーゼからテーゼへと跳び歩き続ける

l  超デモクラシーの出現(オルテガ『大衆の反逆』(1930)1)

共同体ではすべての成員が平等だというのは、実社会ではフィクションに過ぎない

君主制でも民主制でも、絶えず多様な格差が産出され、人々は容赦なく差別化され階層化されていくが、万人が平等であるというルソー的幻想がこの現実に遮蔽幕をかけて直視することを妨げる結果、錯覚であることを承知の上で現状を受容する暗黙の了解によって、社会の秩序は維持されていく

20世紀になると「大衆」が社会のあらゆる局面に登場し、自ら権力を振るって共同体のありように関与するようになる

本書が書かれたのは独裁体制が崩壊しつつあったスペインで、実質的な統治機能が失われた政治的背景も関係している

l  大衆化する少数者(オルテガ『大衆の反逆』2)

大衆の著しい台頭ぶりに危機感を募らせる一方で、「社会を大衆と優れた少数者に分けることは、社会階級による区別ではなく、あくまで人間としての区別であって、上層階級と下層階級という序列ではない」とする

「大衆」という言葉で彼が問題としていたのは、社会階級とは無関係に多くの人々を蝕んでいた質的な劣化現象

少数者と大衆を分かつのは一種の総合知=教養で、科学者は増えても専門性への自閉の危機に陥っており、その危機を救うのは体系的な新しい「百科事典」だけだとし、18世紀の百科全書的な知の体系化・総合化を改めて企てることが喫緊の課題として認識されていた

l  階級社会の崩壊(アーレント『全体主義の起原』(1951)1)

アーレントは、ナチスの迫害から逃れるため、’33年にはフランスに、’41年にはアメリカに亡命。オルテガが本来その資格も能力もない大衆が社会権力の中枢にまで進出してきた状況を批判的に描いたのに対し、アーレントが規定しているのは、共通の利害を持たず、階級意識を欠いているがゆえに何らかの目的を持った組織を構成することなく政治から距離を置いている多数者を取り上げ、暴君や独裁者は、臣民の平等、つまり階層間の差異をなくし、社会的・政治的なヒエラルヒーの確立を防ぐことが、彼らの支配の不可欠の前提であることを知っていたと書く。そのような大衆を動員したからこそ、ヨーロッパの全体主義運動の興隆が可能になったというのがアーレントの診断

l  没我性への希求(アーレント『全体主義の起原』2)

階級社会から脱落してファシズムの尖兵となっていく大衆は、個人としての自我を進んで放棄し、周囲の他者と区別のつかない匿名の存在として、より巨大な集団に統合されていくことを希(こいねが)う。自発的に没我性を希求するこの種の心理的機制は、戦場に駆り出された無数の兵士たちに多く見られる普遍的な現象

息苦しい階級社会の呪縛から解き放たれた大衆が、何らかの「全体」として再び組織化されるに至れば、各個人の痕跡は消去され、これに同化しない者は異分子として排除される

l  ナショナリズムの起源(アンダーソン『想像の共同体』(19831)

政治学者のアンダーソンは、「国民とはイメージとして心に描かれた想像の政治共同体である」との定義を提示。共同体は、ある程度規模が大きくなれば、構成員がお互いに見知っているとは限らないところから、必然的に「想像の共同体」となるが、国民共同体の場合は、多くの場合ナショナリズムの萌芽を秘めていて、全体主義の問題と切り離すことができないため、他の共同体とは区別して考える必要がある

特に言語というメディアが果たしてきた役割を軸として、ナショナリズムの文化的起源を明らかにする。イスラム教政界にせよ、キリスト教世界にせよ、仏教世界にせよ、広大な宗教共同体はすべて「聖なる言語と書かれた文字」を媒体として成立し、原語の固有性に対し強固な自信を抱き、成員の認定についても明確な基準を持っていた。ところが、活版印刷術の発明を境に、俗語での出版が普及すると、聖なる言語の覇権が徐々に失われ、ラテン語の没落は、旧い聖なる言語によって統一されていた聖なる共同体が徐々に分裂し、複数化し、領土化していくという、より大きな過程を例証していた

l  国民の伝記(アンダーソン『想像の共同体』2)

国民意識の形成過程を丹念に検証。ナショナリズムは多くの人々を死へと駆り立て、そこに生み出された無数の死は、明白に国籍に刻印された個人的な死であり、国民の名において記憶されるべきだと主張

l  アイデンティティをめぐって

人はだれしも、国家という単一の共同体のみに属しているわけではない。家族共同体に始まって、様々な共同体に属し、その共同体は不断に変容を続けるし、個人を取り巻く人間関係も刻々変化している。アイデンティティという言葉も、常に一定の内実を保持するものと考えられがちだが、その時々に身を置く共同体に応じて臨機応変に衣装を変えている

ところが全体主義は個人の着衣をすべて剥ぎ取って、権力の与えたただ1枚の衣だけをまとうことを強要する。言葉本来の意味におけるアイデンティティとは、自在に姿を変え得るものであるはずで、その可塑性を十全に発現させるためには、どの共同体にも縛られず、複数の場を絶えず往還する回路を確保することが必要不可欠

他者と交わることには常に少なからぬ困難や危険が伴わずにはいかないとしても、最終的には人が人と「関わる」ことによってしか共同体の呪縛を克服することはできないし、個人の存在根拠を確認することもできない

 

第四章 戦争と平和のはざまで――「戦う」という宿命

l  戦う動物としての人間

共同体同士の関係に視点を移し、「戦争と平和」という主題を採り上げる

万物流転を唱えた自然哲学者ヘラクレイトス: 「戦いは万物の父であり、王である」

人類最古の戦争はBC13世紀のトロイ戦争。BC5世紀にはペルシャ戦争やペロポネソス戦争が戦史に残る。戦争の合間にたまさか平和が訪れたといっても過言ではない

l  カエサルを読むモンテーニュ(カエサル『ガリア戦記』(BC5851)、モンテーニュ『エセー』1)

モンテーニュは、『ガリア戦記』こそ「すべての武人にとって座右の書とすべき」と称賛

カエサルは簡潔で無駄のない文体で事の経緯を淡々と綴り、書物の大部分は一貫してこの調子の客観的記述に終始、戦争の原因や意義についての説明や考察は全くない

モンテーニュもこうした飾り気のなさに「純粋で、繊細で、完璧な語り口」を見て取った

l  正しい戦争はありうるか(アウグスティヌス『神の国』)

ゴート族によるローマ略奪を機に噴出したキリスト教批判に対抗する護教論。「神の国」「地の国」の歴史の叙述を通して人々をカトリック信仰へと導くことを目的とした大著

アウグスティヌスは、平和主義者で、侵略戦争は許されないとしたが、いかなる戦争も認めないという反戦論者とは言えない。敵対する側に不正義がある場合には「正しい戦闘」を遂行することは賢者に許されるとしたが、いまもなお議論のあるところ

l  理想郷と戦争(モア『ユートピア』(1516))

「ユートピア」は、著者が空想によって作り出した架空の島だが、やがて理想郷を意味する普通名詞として定着。この島は現実の国家が抱える様々な矛盾が解消される特権的な場所であり、すべてのものが共有され、あらゆるものを豊富に持っている国とされる。絶対的平等思想を、ホッブズより1世紀以上も前に描いて見せた著者の先見性には瞠目

ユートピア国の住民は基本的に厭戦主義者。軍事訓練も自衛のために限定

モアは本書刊行後、国王ヘンリー8世の信任を得て大法官に就くが、国王の離婚問題に反対したことから大逆罪でロンドン塔に幽閉され、最後は断頭台に送られ処刑

l  絶対的平和主義の理念(エラスムス『平和の訴え』(1517))

司祭の非嫡出子だったエラスムスは、修道院を離れて遍歴、モアとも知り合い終生変わらぬ友情関係で結ばれる

ブルゴーニュ公シャルルの名誉顧問菅に就き、彼のために平和論を執筆したのが本書で、戦争の愚と平和構築の必要性をいち早く訴えた古典。旧約・新訳を問わず聖典全体がひとえに平和と一致協力を語っているのに、殺し合いをやめないキリスト教徒に対する率直な怒りと抑えがたい苛立ちが溢れる。宗教改革が口火が切られた時代背景を映している

聖書の教えに立ち戻れとのエラスムスの思想は、ルターとも軌を一にするが、暴力沙汰も辞さない実力行使へと過激化している改革派の運動とは相容れず、ルターとも袂を分かつ

l  緩和と信義の思想(グロティウス『戦争と平和の法』(1625))

1618年の30年戦争の惨禍を目の当たりにしたオランダの法学者グロティウスが、戦争も国際法によって一定の規制を受けるべきという議論を展開

人間の自己保存本能という自然の原理に照らし、戦争は決して無条件に否定されるべきではないという立場を明確に表明した上で、やむを得ず武力行使をする場合に「緩和」という概念を持ち出す。正しい刑罰として行われる場合や、他の方法によって自らの生命財産を保護し得ない場合を除き、何人も故意に殺すことは正しくはあり得ないし、敵国に侵略して領土を制圧したり、神殿や文化遺産を破壊したり毀損したりするバンダリズムは許されない。さらにグロティウスは敵に対する「信義」を守るべきと提示

ウェストファリア条約では、交戦権の主体を主権国家のみに限定し、諸国家が相互の勢力均衡を図りながら共存していく道を模索する新たな国際秩序が確立された。グロティウスは講和会議の3年前に世を去ったが、彼の主張は結果的に実を結んだといえる

l  国家連合と永久平和(サン=ピエール『永久平和論』(171317))

1713年のスペイン王位継承戦争終結後のユトレヒト条約の講和会議に参加したフランスの聖職者が、その経験をもとに著したのが『永久平和論』。ヨーロッパ全体で共通の法を制定して恒久平和を確立するというヨーロッパ国家連合の構想を提示

刊行当時は絵空事とされ顧みられなかったが、1761年ルソーが抜粋を公表。ルソー自身は、国家連合構想を評価しつつも現実離れと批判

l  戦争と社会契約(ルソー「戦争法の諸原理」(17612005復元掲載))

ルソー自身の考えは、人間は個人間の関係においては社会状態で生きており、そのなかにおける秩序の維持、すなわち平和こそが人間の置かれた本来の状態であり、戦争はあくまでもこれを実現するための手段として事後的に生み出されたものに過ぎないとする

ただ、社会が形成されるにつれて自然は後退し、人為が取って代わる。国家は人為的集団なので、原則としていかなる限界も定められておらず、いくらでも境界線を拡張できるため、他国を犠牲にすることにより自らの安全と保存を図ることになる。人間が社会状態に移行して国家が形成されたからこそ戦争が生まれた

すべての国家はそれぞれ独自の社会契約によって秩序が維持されているので、これが戦争によって破壊されることは、主権者としての国家そのものの死滅を意味する

本来なら議論は「戦争法」へのありようへと接続されるべきだが、未完の草稿で終わり、その後の展開は翌年の『社会契約論』(1762)へ引き継がれる

l  創設すべきものとしての平和(カント『永遠平和のために』(1795))

1795年普仏間のバーゼル平和条約の内容に不安を覚えたカントが書いた永久平和論

他の諸国を戦争の脅威に晒す常備軍は、時とともに全廃されなければならないと説く

人間を単なる機械や道具として使うのは、人格における人間性の権利とおよそ調和しない。この考えは、アーレントが、没我性に埋没した「純粋な一機能としての歯車」と呼ぶ概念に繋がる。常備軍は、戦争の抑止装置として機能するどころか、相互的な軍備の拡大を招来

人間の平和状態は、自然状態ではない。自然状態とは、敵対行為によって絶えず脅かされている状態で、それゆえ、平和状態は、創設されなければならないとする

永遠平和のための確定条項として、①国民による意思決定の必要性から政治体制として共和制の採用、②自由な諸国家の連合制度に基づいた国際法の整備、③国家間で相互に人が自由に移動する権利を保障する世界市民法の制定

ヨーロッパによる原住民の抑圧・制服の危険も指摘し、中国・日本の鎖国政策を賢明と評価

l  最初の本格的戦争論(クラウゼヴィッツ『戦争論』(1832)1)

ナポレオン軍と対峙したプロイセンの将校が、自らの従軍経験を踏まえて執筆、死後公刊

初めて戦争それ自体を主題化して、「戦争とは何か」という問いに正面から向き合った書物

戦争とは、あくまでも政治の延長線上にある1つの選択肢であり、外交手段が行き詰まった場合にとられる現実的な解決方法であって、相手に我が意志を強要する強力行為

l  偶然と僥倖との国(クラウゼヴィッツ『戦争論』2)

戦争のような危険な事業においては、善良な心情から生じる謬見こそ最悪のもの

戦争の本質は、客観的な確実性の計算に基づくとする一方、偶然性に左右される側面も有しており、博打的要素も持つと指摘。ここには人間の本性に関する普遍的な洞察があり、戦争によって未知の世界に踏み出すことは、リスクと同時に豊饒な可能性に溢れた「偶然と僥倖との国」との遭遇でもあり、魂の限りない高揚を経験できる

l  ナポレオン戦争と文学(トルストイ『戦争と平和』(186569)1)

ナポレオン戦争を舞台にした代表的小説。サマセット・モームが「あらゆる小説の中で最も偉大」と評価。エピローグにおいて、歴史記述を巡る問題を深く掘り下げ

古代の歴史家たちは特定の個人によって民衆が動かされてきたことの根拠をもっぱら神の意志に求めたが、新しい歴史家は、特定の個人が所有する現実的な権力によって多数の人々をその意志に従わせてきた。権力とは、大衆の意志の総和

戦争や革命の根本原因を解明しようとしても説得的な理由は見つからず、結局のところ人間とは戦うことをやめない動物であり、本来的にそうした存在なのだということに尽きる

ただ、トルストイはさらに、人間は自由であり、決して法則に唯々諾々と従う存在ではないという認識から、自由の本質を巡る問題へと議論を展開していく

l  文豪の非戦論(トルストイ『日露戦争論』(1904))

日露開戦直後に書かれた反戦論で英国紙に掲載。日本でも各紙にすぐに翻訳掲載

批判されるべきは一般庶民を扇動して前線に送り込む知識人層であり、命令を下す皇帝や天皇であり、戦争に加担する科学者や哲学者。一人一人がキリスト教精神を守って努力することこそが戦争を止めることのできる唯一の道であると説く

安直な理想論との印象は免れないが、文豪の言葉が日本の文学者や思想家にあたえた影響の大きかったことは特記に価する

l  悪夢と愛と(フランクル『夜と霧』(19461)

戦争文学の中で読むべき1冊。フロイトに師事した精神医学者のナチス収容所での体験記

l  書かれてはならなかった名著(フランクル『夜と霧』2)

声高な告発や一方的な弾劾に流れることなく、終始冷静な知性と公正な判断に貫かれている。収容所の監視者にも善意の人がいることも記載

l  人はなぜ殺し合うのか(トルストイ『戦争と平和』2)

戦争という不条理な出来事について誰もが抱くに違いない率直な疑問を、どの時代、どの地域にも当てはまる普遍的な言葉で語り、自分なりの答えとして、お互いに殺し合う自然の動物学的法則を実現するかのように、必然的に必要だったからだという見解を示す

アインシュタインも、それを受けたフロイトも、人間の本能的な欲求の結果だとする

トルストイのように率直な疑問を抱き、愚直なまでの素朴さで非戦論を唱えることは、いかにも思想的な深みを欠いた無邪気な人道主義者の物言いと映ることは否定できないが、結局のところ戦争が我々に突きつけるのは、どんなに深遠で複雑な哲学も、実はこの種の愚直さや素朴さを凌駕することは絶対に出来ないという、厳然たる事実なのではないか

l  戦争と祝祭(カイヨワ『戦争論』(1963))

フランスの哲学者カイヨワは、「戦争とは、社会の底深く絶えず醗酵している生命が、その地下の世界から沸騰して噴出したようなもの」といい、しばしば祝祭的な色彩を帯びることを指摘

 

第五章 愛と性の深淵――「愛する」ことの神秘

l  欲望の系譜学(フーコー『性の歴史』(197684)1)

性現象(セクシュアリテ)とこれを統御する技法や倫理を巡る欲望の系譜学を、「欲望本位の人間の歴史」としてまとめた

l  滅ぶべき者と滅びざる者(プラトン『饗宴』)

ソクラテスは、エロスは美醜や善悪の中間に位置するもので、それ自身は神ではなく、「滅ぶべき者と滅びざる者との中間にある者」、すなわち神々と人間を仲介する「偉大な神霊」だと主張。生産が美しい者の間でのみ可能だという言い方は後世の優生思想に繋がる

プラトンは少年愛のテーマも正面から取り上げ、性愛と生殖とを不可分のものと考えていたわけではない

l  恋愛は技術である(オウィディウス『恋愛指南』(BC1AD2))

男女間の恋愛を巡る駆け引きの技術を説いた古典。恋愛は技術だというのが基本姿勢

初代ローマ皇帝アウグストゥスはBC18年に姦通や獣姦を処罰する法律を制定、性風俗の改善に取り組んでおり、姦通を堂々と正当化する本書は看過できず、遠島の処分を課す

l  聖職者と肉欲(アウグスティヌス『告白』2)

若い頃のアウグスティヌスは、聖人のイメージとは程遠い、性に溺れた放蕩生活を送っていたことを告白。32歳で神の啓示のように「回心」を経験し、完全に信仰の道に入る

l  受難と災厄の物語(『アベラールとエロイーズ』1)

聖職者と愛欲の問題を語る上で外せない。信仰の道を歩んだ2人の男女が交わした書簡集

偽作論争は決着していないが、2人の愛を実現しながら、迫害に堪える受難の物語

l  神への愛を超えて(『アベラールとエロイーズ』2)

書簡集の内容にはオウィディウスの『恋愛指南』の影響が色濃く見られる

l  欲望を浄化する愛(ルソー『新エロイーズ』(1761))

ルソーも『アベラールとエロイーズ』に感化され、書簡体小説を発表。実らぬ恋愛の形を18世紀に移し替えてベストセラーとなる

l  詩的修辞の力(ゲーテ『若きウェルテルの悩み』(1774))

ゲーテが25歳で書いた自伝的小説。当時の青年たちを熱狂させたのは、時代の閉塞もあるが、詩人一流の修辞に彩られた文章の迫力によるところが大きい

l  独身哲学者の結婚論(カント『人倫の形而上学』(1797)

カント晩年の代表作。「法論」と「徳論」の2部からなり、カント一流の抽象的な概念操作が主調だが、婚姻法の記述は分かり易い。性的共同体とは、1人の人間が他の人間の生殖器並びに性的能力を相互に利用することで、生殖を前提とした性器の自然的使用と、これを前提としない反自然的使用があるとする。後者はさらに同性愛と獣姦に分けられ、いずれもが「口にするのも憚られる」悖(はい)徳であり、人間性への侵犯として厳しく断罪される

生殖に資する通常の婚姻のみが相互の人格を実現する形だとするが、婚姻の基礎となる愛情という感情的な要素には全く触れられていない、あまりにも無機質な定義には違和感を覚えるが、カント自身は生涯独身で、何人もの女性を愛し続けたゲーテとは対照的

l  恋愛と女子教育(スタンダール『恋愛論』(1822))

恋愛大国フランスでは、「恋愛小説」には事欠かないが、すべて「許されざる恋」が主題であり、主人公の片方かいずれもが死という悲劇的な結末を迎える点で明白な類似性を示す

「結晶作用」(塩の採掘鉱に入れた木の枝を塩の結晶が蔽っていくように、恋愛感情が相手を美化していく心理)で有名だが、内容は恋愛を話題にしたエッセイ集

「情熱恋愛」の典型例としてエロイーズのアベラールに対する恋を挙げる

主人公の恋愛の幸福を「美」に見出すスタンダールの分析は核心を突いている

現在の女子教育について、「偶然とこの上なく愚かしい自尊心との産物であり、彼女たち自身と我々男の幸福のために彼女らが具えている素晴らしい豊かな能力を眠らせたままにしている」と痛烈に批判し、非凡な才能に到達した女性の例を複数上げている

女性崇拝的な傾向の強いスタンダールが、女たちの置かれてきた不利な立場に異議を唱えていることの意義は小さくない

l  官能の詩学(ボードレール『悪の華』(1857)1)

乱れた性生活を送っていたボードレールの恋愛対象から想を得た詩編を数多く含む本書は、刊行直後に風俗紊乱のかどで告訴され有罪に。削除を命じられた6編は9年後にブリュッセルで刊行される

l  口唇への偏執(ボードレール『悪の華』2)

詩句は、今日ならばおよそ裁判沙汰になどなりそうもないものだが、やはり読者の感性を刺激する喚起力に満ちている。諸感覚の響き合う「共感覚」を歌ったことはよく知られる

ボードレールの詩が風俗紊乱の名に値するものであるならば、それは女体にまつわる表現の過激さもさることながら、彼の言葉の11つから立ち上る妖しい瘴気が、社会通念を支える良識や常識を侵犯しかねない毒を発散していることによるものだろう

l  性倒錯と性分化(フロイト『性理論三篇』(1905))

20世紀初頭、医学や生理学の進歩に伴い、性に対しても科学的な眼差しが注がれ、フロイトの精神分析学の登場で、様々な倒錯現象についての病理学的分析がなされるようになる

「性的な逸脱」を「性対象」と「性目標」に分け、前者は「性的な魅力を発揮する人物」、後者は「性欲動によって引き起こされる行為」と定義し、それぞれに多様な逸脱のケースを検証

男女の性格が明確に分離するのは思春期からとされるが、小児期にも明瞭に見分けることができるとし、「性感帯の自体愛的な活動」の同一性がその区別を見えなくしているという

性差は生得的なものか、それとも後天的に形成されるのかという問いは、今日のジェンダー問題の源流となる重要な論点だが、我々が無意識のうちに自明な現象と思い込んでいる思春期における性分化が、どこまで医学的・生理学的に根拠づけられているのかという問いを改めて考え直す契機になろう

l  人は女になり、男に生まれる(ボーヴォワール『第二の性』(1949)1)

フロイトが提起した性分化の問題について、ボーヴォワールは批判的に検証

「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」という言葉はあまりにも有名。女という存在がいかにして社会的に構築されてきたかを精緻に分析した学問的な価値の高い実証的な著作。女は本質的なものに対する非本質的なものであり、男が「主体」「絶対者」であるのに対し、女は男との関係においてのみ相対的に定義される「他者」だという、いびつな構図が古くから継承されてきた。かかる歴史的に固定化されてきた事実や、この事実を無自覚に踏襲し反復してきた社会の惰性を問題とする。男は男として生まれてきただけで、自らの卓越性を証明することなく、様々な特権を享受してきたが、女は人類の半数を占めながら、社会の中で男性に伍して活動しようと思えば、自分の能力や技量をその都度証明して見せなければならない。ここに通常のマイノリティ差別とは異なる構造的な問題がある

本書が、単なる男女差別的な社会構造に対する異議申し立てといった範疇に収まるものでないことは明らか

l  存在の探求としての性(ボーヴォワール『第二の性』2)

精神分析学に対する批判を展開。性欲とは所与の事実ではなく、「性を持つ1個の身体」としての私たちがその都度選択していく実存そのものであり、性別に関わらず、あらゆる人間が志向する「存在の探求」という本源的な欲求の現れだとする。サルトルの影響が窺える

スタンダールが断固としたフェミニストであることな驚くべきことだが、彼の女性解放論が結局のところ、女たち自身のためというよりは男の幸福のためだと喝破

l  合一への欲望(フロム『愛するということ』(1956)1)

フロムは、自己を開花させるはずの自由という概念が、権威主義への傾倒からファシズムと結びつく逆説的なメカニズムを解明した『自由からの逃走』(1941)で有名

愛は技術であり習得すべきものとし、人間がいついかなる社会においても「いかに孤立を克服するか、いかに合一を達成するか、いかに個人の生活を超越して他者と一体化するか」という課題に直面してきたが、その唯一の解決法は実存レベルでの他者との合一、すなわち「愛」でしかありえないと結論づける。ボーヴォワールと同様、フロイトが根っからの父権主義者で、愛をもっぱら性衝動の表出と見做したことを批判

l  中心における経験(フロム『愛するということ』2)

現代(20世紀前半)西洋社会において本来的な意味での愛が崩壊している状況を論じ、資本主義社会が必要としているのは、画一化された生産・消費活動に明け暮れる人間

愛を性的満足の付属物と見做すフロイトの精神分析理論は19世紀的唯物論の影響から生まれたものだとし、人間の生の全体性に対する視線が欠落していると批判

愛する技術の習得には、規律・集中・忍耐の3つが不可欠であり、何よりも「信じる」ことが重要であり、信念をもって生産的に生きる能動性が求められると説く

l  存在同士を隔てる深淵(バタイユ『エロティシズム』(1957)1)

「エロティシズムとは、死におけるまで生を称えることだと言える」で書き出した名著

エロティシズムは、生殖とは無縁の精神活動であり、種の保存という自然の要請からは切り離された無償の快楽の追求であり、盲目的な欲望の消費という点で人間固有の営み

エロスは、自己と他者とが異なる存在であるという当然の事実を、その成立の条件とする

私たちは、生まれながらに絶対的な「隔たり/異なり」を刻印されており、生きている限り、他者という存在との間の深遠という不連続性の宿命から逃れることはできない。その深遠を前に、ただ眩暈を覚え、ひたすら魅惑されることを択ぶ。その文脈において「死は存在の連続性という意味を持つ」という命題が導き出される

l  失われた連続性へのノスタルジー(バタイユ『エロティシズム』2)

エロス的経験の究極的な到達点として死が立ち現れる事態を指して、「死におけるまで生を称える」という。自己と他者との差異を廃棄して一体化することへの欲望にエロティシズムの基本的なありようを見るという点で、バタイユとフロム、ボードレールは一致

私たちを捉えて放さないノスタルジーとは、「愛」という情緒的なぬくもりとは異次元の白熱したエロスを生きることであり、その究極において「無数の波に消えて行く1つの波のように」死の深淵へと回帰すること

 

第六章 死にゆくものとしての人間――「生きる」という奇跡

l  語りえぬ死(ジャンケレヴィッチ『死』(1966)1)

3人称の死とは、自分とは直接関係のない他人の死であり、客観的に語ることができる

2人称の死とは、身近な肉親や親しい友人の死で、自分に深く関わる出来事

1人称の死は、自分にしか経験できないが、語ることもできない

l  魂の不滅をめぐって(プラトン『ソクラテスの弁明』『パイドン』、アリストテレス『魂について』)

肉体が消滅してもなお霊魂は存続するのか、死後の世界は存在するのかという問いは、哲学や宗教において普遍的テーマ

プラトンは、青少年を堕落させたとして死刑判決を下されたソクラテスが、最後の演説で、死とは魂と肉体の分離であり、それぞれがなお独立して存在する状態だと基本的認識を語っていると書く

それに対しアリストテレスは、魂がその身体から独立離在するものではないと、先達とは対照的な見解を唱える

l  冥界のとば口で(ダンテ『神曲』)

冒頭の「地獄篇」では、天国にも地獄へも迎えてもらえず冥界のとば口で蠢く亡者の阿鼻叫喚を聞く。現世では何らかの行為をなす以上必ず他者と関わらざるをえないが、善でも悪でもないことは、他者との関りを全く持たなかったということを意味しており、悪そのものよりも蔑まれるべき行状として、死に行く人間たちの魂をなお裁き続ける

l  成熟ゆえの達観(キケロ『トゥスクルム荘対談集』(BC45)、『老年について』)

誕生がすべてをもたらし、死がその終りをもたらす。死者は存在しないし、生は死の範囲外にある。死は生者のものでも死者のものでもなく、ゆえに死が惨めで恐れるべきものである理由はない。この考えは快楽主義のエピクロスの言葉として伝えられるもの

キケロ自身の死生観も、大カトーに仮託して、老年の要因について個々に反駁した上で、死の接近についても老年にとっては自然なこととして穏やかに受け入れればそれでよいと達観。老人は残り少ないその余生を貪欲に求めてはならないし、故なく放棄してもいけない。人間はそれぞれに相応しい時に消えるのが望ましいという

l  死の準備としての哲学(モンテーニュ『エセー』2、セネカ『生の短さについて』)

モンテーニュはキケロが死の決断を放棄しているとしてその姿勢を批判、読者に勇気を与えてくれないのは彼自身に勇気がないからだとし、セネカは読者を元気づけ、心を燃え立たせてくれると絶賛。セネカは、生を短くするのも長くするのも我々自身なのだから、残された生を浪費せずに有効に活用すれば、偉大なことを達成するだけの時間は十分にあると述べている

モンテーニュ自身は、哲学することとは、死に方を学ぶことであり、人間は様々な問題について哲学的思索を深めることで、肉体から精神の働きを切り離し、やがて訪れる死への準備をし、そうすることで死への恐怖を克服するとした

l  喜びとしての徳(モンテーニュ『エセー』3)

この世のあらゆる思想は、喜びこそが目標で、哲学が徳を巡る思索だとしても、究極の目標は快楽だと言明。プラトンもアリストテレスも哲学の基礎には「徳」を置き、禁欲的な崇高さ・気高さを掲げたが、モンテーニュは、徳を喜びや快楽に結びつけようとした

喜びとしての徳は決して死を深刻に受け止めず、「死を軽く見ること」を教えてくれるし、それが私たちの人生を平和で穏やかなものにする。死の必然性を肯定的に受け止める

l  生と溶け合う死(モンテーニュ『エセー』4)

著者の死生観は時間とともに変貌。特に落馬事故で死線を彷徨った後は、死は確かに生の終わりではあるが、いつ訪れるかもわからない死をいたずらに恐れて「生」そのものを害してしまうことは無意味で、死が生の必然的な目標ではなく、生きること自体が生の目標でなくてはならないといい、晩年のモンテーニュにおいては生と死が決定的な断絶ではなく、滑らかに連なるただ1つの日常的実践として捉えられていた

l  生きることの苦しみ(ショーペンハウアー『意志と表象としての世界 正編』(1819)1)

大半の人にとっては、死は決定的な断絶であり、不回避のその瞬間への恐怖を何とか克服しようと格闘してきた

行きたいという無条件的な衝動である「生への意志」が著者のキーコンセプトだが、個体性の限界に留まる限り無軌道な欲望の肥大を招来、果てしない闘争へと駆り立てられていき、そこから生じるのは共存することの困難がもたらす苦痛であり、生そのものの価値を否定するような著者一流のペシミズムはこうした事情に由来する

l  個体の消滅と種の存続(ショーペンハウアー『意志と表象としての世界 正編』2)

生への意志は個体の死を超えて類としての連続性のうちに保存される。個体はその都度消滅するが、個体を個体たらしめている性質としての類は、次々に交代する個体の連続性の中で永遠に存続するとしたが、死は1人称の個体性とは切り離すことのできない切実な問題であり、類の継続という普遍性の物語にしてしまうわけにはいかないのではないか

l  死に至らない病(キェルケゴール『死に至る病』(1849)1)

信仰を失った人々を「教化」して迷妄から「覚醒」させることを目的に書かれた

一旦病で死んだラザロがキリストの呼びかけで生き返った聖書の話から、地上的・時間的な意味で苦悩と呼ばれるものはどれも「死に至る病」ではないし、信仰心さえ失わなければ死んでも復活できるし、できないとしても死には生に勝る希望が満ち満ちているとする

キリスト教はこうした超然性を説きながら、一方でキリスト者は「絶望」という「死に至る病」という悲惨を見つけてしまう

l  死に至れない病(キェルケゴール『死に至る病』2)

悩みや苦痛が生への意志を覆い尽くした場合に死ぬことは絶望を希望に変えてくれるが、深い絶望に襲われながら死ぬことのできない人々もいる。それらの人々にとっては生とは永遠の死である。信仰を持たない者を見舞うのは絶望という「死に至れない病」であり、だからこそそれが死に至る病なのであるという逆説がキエルケゴールの言う「苦悶に満ちた矛盾」の内実

l  狂気に満ちた戦い(キェルケゴール『死に至る病』3)

絶望は完全なキリスト者でない限り誰1人逃れることのできない普遍的な事象だとする

人間的に言ってどんな可能性も残されていない時、初めて「神にとってはすべてが可能である」という言葉が決定的なものになり、その言葉を信じるかどうかが問題となり、信じるとは神を勝ち取るために知性を失うこと(→美しい思考停止)

著者が「可能性を求めての狂気に満ちた戦い」という過激な表現を用いているのは、あくまで弁証法的な止揚によって、人間の抱える様々な矛盾や葛藤を乗り越えようとするヘーゲルの、思弁的・観念論的な教説に対する挑戦的な意図の現れ

l  死の哲学と先駆的決意性(ハイデガー『存在と時間』(1927)1)

死とは徹底的に個人的・1人称的な出来事なので、その可能性をあらかじめ自覚(=先駆的決意性)して、自らの生を構築することで、本来的な生き方を回復するきっかけを得ることができるとし、その前提には、人間が大衆社会の中で本来の自己を喪失した存在になってしまっているという認識がある

「先駆的決意性」という概念は必然的に「決断への促し」のニュアンスを帯び、ある種のイデオロギーと結びつく危険を孕む。政治的ヒロイズムから自己犠牲による死に結びつく

一時ナチスに加担したが、「決意」という語彙が哲学の衣装をまとって用いられるとき、どうしても行為遂行的な気配を発散してしまうということは確認しておく必要がある

l  ほかならぬ彼()の死(ハイデガー『存在と時間』2)

「先駆的決意性」という概念を愛する人を対象にした2人称にも拡大できる

「死への先駆」を共有しながらそれぞれの生を構築することが可能であれば、相手と私の間に存在する人称性の壁は乗り越えられるかもしれない

さらには3人称に対しても拡大し得るかもしれない。第3章では、「想像の共同体」という概念装置を通して、無数の匿名の死を国籍に結びついた個人的な死へと奪還し、「われわれ」という1人称複数の名において国民の伝記に記録すべきとしたが、国民という回路を経由しなくても成り立たないかと思う

l  東洋の智慧(三木清『人生論ノート』(1941)1)

三木は西田幾多郎の愛弟子だが、ハイデガーにも直接師事。戦前の代表的な教養書の1

冒頭の「死について」では、まだ41歳の著者が「歳のせいか、死について恐ろしく思わなくなった」と書く。神の存在に賭けてキリスト教徒として死ぬことを願っていたパスカルとは対照的に、恬淡として「予め考えられなかった死」を迎えようとする異教徒的なモンテーニュの姿勢がパスカルの目には死への無関心と映ったのに対し、三木の目にはむしろ東洋の智慧に近いものに見えたのではないか

l  執着するものと永生の約束(三木清『人生論ノート』2)

‘36年に妻を亡くしている三木は、「深く執着しているものがあれば、死後帰ってゆくべきところがあるので、死に対する準備とは、どこまでも執着するものを作ること。自分に真に愛するものがあるなら、そのことが私の永生を約束する」と、逆説的に説く

研究者生活の出発点がパスカルで、終着点を親鸞(『親鸞』の遺稿は未完)とする著者が、近親者の死を通して魂の不滅や死後の生への信仰を醸成していたのはあり得ること

終戦直前、不当な嫌疑で拘束され、刑務所で終戦を迎えるが、直後に寝台から転落して孤独の極致の状況で獄死。魂も肉体も国家という巨大な暴力装置によって無残に蹂躙

l  社会現象としての自殺(デュルケーム『自殺論』(1897))

統計資料を活用しながら、社会現象としての自殺に焦点を当てて議論を展開

人間の欲望には際限がなく、ブレーキをかけられるのは、個人に優越する道徳的権威としての社会が課す法秩序だけ。これが健全に機能している限りにおいて個人は自らの境遇に満足し、程よい満足と正当な範囲での生活改善への希望を抱きながら日々を送ることができるが、一旦社会が混乱状態に陥ると、それが経済的破綻に由来するものでも経済的繁栄に由来するものであっても、個人の欲望を制御していた法秩序の権威は失墜し、社会は均衡を失って無規範(アノミー)状態に陥る。いずれのケースにおいても自殺曲線が上昇する

l  強さゆえの自死(原口統三『二十歳のエチュード』(1947)1)

藤村操を追うように終戦の翌年、19歳で逗子に入水した著者が残した遺稿集

「一切の芸術を捨てた後に、僕に残されて仕事は、人生そのものを芸術とすることだった」

残した手記は驚くほどの成熟ぶりと思考の強靭さを示しており、人が自死を遂げるのは「弱さ」ゆえではなく、むしろ過剰な「強さ」ゆえであるということを実感させられる

彼を追って自死を遂げた17歳の少女もまた、自殺を試みる自らの底知れぬ強靭さを告白

l  夭折の覚悟と生への郷愁(原口統三『二十歳のエチュード』2、ランボー『地獄の一季節』)

原口は、早熟の天才の代名詞であるランボーを熟読し傾倒。安楽さや安逸さを徹底的に忌避するという思考において、2人の少年の間に浅からぬ精神的類縁性が見出せる

ただ、合間にはふと、生への郷愁らしきものが見え隠れする瞬間があることも見逃してはならない。「生きる」ことへのやみたらい欲望がどこかに息づいていたのではないかという思いが湧く。「自己本位の自殺」という集合的なカテゴリーには収まらないものを感じる

l  死ぬものしか生者ではない(ジャンケレヴィッチ『死』2)

「死ぬこと」を考えることは、「生きること」を考えることに他ならない

死を生の終りと考えるが、むしろ事態は逆で、死と死の間に穿たれた束の間の生を生きているに過ぎない。死がなければ生という観念も生まれない

ジャンケレヴィッチも、「地獄とは、死ぬことのできないことだ」という一文は、「絶望の苦悶とは、死ぬことができないというところにある」というキェルケゴールの言葉と共通

「生きる」とは死への想像力によって初めて可能になる営みであり、それゆえに1つの大いなる奇跡であることが理解されるだろう

 

終 章 航海の終わりに

l  新たな生へ(バルト『小説の準備』1)

1977年バルトは、学問の頂点に位置するコレージュ・ド・フランスの就任講義の締めくくりに、今の段階は「学んだことを忘れてゆくという経験」であり、これに叡智という「輝かしくも時代遅れの名前」を与えた。人一倍強烈な知への欲望に憑かれて古今東西の膨大なテクストを渉猟して来たバルトが、営々と蓄積された知識は著述家にとって必須の発想源であるが、ともすると思考の自由を妨げる桎梏にもなる。だからこそ、忘れることは知ることや学ぶことと同様不可欠な営みとなる。その後4年の彼の講義はまさに叡智の実践だった

34年目の、結果的に最後となった彼の講義は「小説の準備」という象徴的なタイトルで、小説など書いたこともなかったバルトがその準備過程そのものを語ろうとした。エクリチュール(書くこと)の新たな実践として思い立つが不慮の交通事故で死去

l  〈ハ長調〉の作品(バルト『小説の準備』2)

講義「小説の準備」の最終回では、「ハ長調の作品を書くことが私の欲望の対象だ」と結ぶ

ニーチェの「あるがままの君になれ」、カフカの「おまえを破壊せよ・・・・あるがままのおまえに変われるように」に敷衍し、余分なシャープやフラットを削ぎ落した「エクリチュールの零度」を目指すのは、当然の帰結でもあった

古典とは、ハ長調で書かれた明朗なテクスト。そこには古さも新しさもない。時間を超えて、新しいものと古いものの区別を自然に廃棄するテクストのこと

l  いつもとは異なる仕方で(フーコー『性の歴史』2)

バルトと同じコレージュ・ド・フランスの教授で、バルトの死から4年後にエイズで死去したのがフーコー。最後の著作『性の歴史』では、自らを執筆に駆り立てた動機として「好奇心」を挙げ、「知るのが望ましい事柄を自分のものにしようと努める好奇心ではなく、自分自身からの離脱を可能にしてくれる好奇心」という。知識にどっぷり浸ってしまった自己からの離脱を可能にするための契機こそが、必要な好奇心だとした

いつもの思索とは異なる仕方で思索すること、見方を変えて対象を知覚すること、その可能性を飽くことなく追求することこそが、哲学の営みの本質

古典を読むことの意義も、バルトが「叡智」と呼び、フーコーが「哲学」の本質を見出したように、既知の物語を忘却によって未知の物語へと更新する叡智を学ぶこと、自己からの離脱を可能にする非効率な好奇心を粘り強く持ち続けることにある

 

 

 

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博覧強記の読書家による知の航海記。「驚く、戦う、愛する」などの普遍的な営みを軸に古典を読み解き、新たな思索の海図を描く

内容

書物の大海原には、世界と人間の本質について何が書き残されているのか? 「驚く、学ぶ、関わる、戦う、愛する、生きる」という人間の普遍的な営みを軸に、プラトン、パスカル、モンテーニュ、ニーチェ、アーレント等々の古今の名著を巡る知の航海記。博覧強記の読書家が、哲学・歴史・文学を自在に横断し、新たな思索の海図を描く。

 

 

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言葉の河が流れ、書物の海へと注ぎ込む。茫洋と広がる大海原には、世界と人間の本質について何が書き残され、その言葉が今なお必要とされるのはなぜなのか?「驚く、知る、関わる、戦う、愛する、生きる」という人間の普遍的な営みを軸に、博覧強記の読書家が、プラトン、パスカル、モンテーニュ、ニーチェ、アーレント等々の厖大な古今の名著を巡り、いつもとは異なる仕方で世界を見つめ直そうと船出する。読書の悦び、驚きとともに、新たな地平を開く知の航海記。(表紙袖)

 

 

(書評)『書物の航海へ いまを生きるための古典』 石井洋二郎〈著〉

202659日 朝日新聞

 偉大な先人たちも悩み迷走した

 新入生と話すとき、私は口癖のように「古典を読みなさい」という。

 古典が扱うのは、人類が国や時代を超えて挑んできた問いだ。明快な答えはまれ。内容は解釈に委ねられるから何度も読み返す。思考が深まると線を引く場所も変わる。人類が格闘してきた問いと対峙しつつ己の成長を確認する、こんなに愉快なことはそうそうない。

 だが卒業した学生が古典を繰り返し読むだろうか。教養を押しつける後ろめたさもある。そんな私にとって、「いまを生きるための古典」という本書のサブタイトルはなんとも魅力的に映った。

 本書は、数々の古典から著者の気になった文章を引用して、議論が進められる。正直、ある段落をして全体を語らしめる手法はあまり好みではない。恣意的な切り取りと紙一重だからだ。

 だが違和感は見事に裏切られる。本書は、驚く・知る・関わる・戦う・愛する・生きるという人間を形作る「相」ごとに章が構成されている。これがうまい。人間の日常の営みに即して古典が引かれる。そこでは、時を隔てた思想家たちの意外な連続性という縦糸と、通説の陰に隠れた驚くべき着想という横糸が鮮やかに織りなされ、先人たちの知的格闘の軌跡が生々しく描かれる。

 読後感も温かい。歴史を超えて苦悩し続ける「人間」への愛(いと)おしさが随所に滲みでているからだ。思想家たちの悩みは底なしに深いが、それゆえに迷走もする。著者もまた、思索の末にたどり着いた自らの論の素朴さ、議論の漂流を率直に告白する。先人たちの葛藤が〈いま〉を生きる私に接続するこの感覚。サブタイトルに偽りなしだ。

 古典が難解なのは、人間が苦悩する存在であることの証だと知る。事実に驚き、疑問を抱く。考え、悩み、迷走を重ねて新たな問いに漂着する。これこそ人間が人間たる所以である。学生よ、古典に挑め。人間らしくあれ。語るべき言葉を与えてくれた本書に感謝だ。

 評・井手英策(慶応義塾大学教授・財政学)

     *

 『書物の航海へ いまを生きるための古典』 石井洋二郎〈著〉 岩波書店 3740

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 いしい・ようじろう 51年生まれ。東京大名誉教授。専門はフランス文学・思想。著書に『ピエール・ブルデュー』など。

 

 

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