ものの言いかた西東  小林隆・澤村美幸  2018.6.1.


2018.6.1.  ものの言いかた西東

著者
小林隆 1957年新潟県生まれ。83年東北大大学院文学研究科博士課程退学。博士(文学)。国立国語研究所研究員を経て、現在東北大大学院文学研究科教授
澤村美幸 1980年山形県生まれ。東北大大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。日本学術振興会特別研究員を経て、現在和歌山大教育学部准教授

発行日           2014.8.20. 第1刷発行
発行所           岩波書店(岩波新書:新赤版 1496)

おしゃべりな人、無口な人・・・・・・・。ただの個性と思われがちなものの言い方にも、実は意外な地域差があった! 様々な最先端の研究成果を用い徹底分析。「ありがとう」という地域、言わない地域など、具体的なデータをもとに、ものの言い方の地域差と、それを生み出す社会的背景を明らかにする。目からウロコ、新しい方言論の誕生!


序章 ものの言い方にも地域差がある
言葉遣いの地域差 ⇒ 東北人の話は短く、大阪人は機械に向かって話しかける
ものの言い方の違いが、人間の個性、つまり、その人となりに帰せられることが多いが、その裏に隠されたものの言い方の地域性が間違いなく存在する
地域ごとに、言葉に対する考え方に何か根本的な違いがあるのではないか
「ものの言い方」には、名詞などと違って表現の選択の幅が広く、この自由度の大きさが、ものの言い方の大きな特徴 ⇒ どのような表現を使うかは、話し手の言葉に対する志向や好みに左右される

第1章        口に出すか出さないか
家庭内での挨拶 ⇒ 東京・三重が90%以上、青森は70%
家庭内でのお礼 ⇒ 相手が配偶者や子供の場合、東北では言わないケースがダントツに多く、義父母に対してすら10%が言わない
迷惑行為に対する文句 ⇒ 目上や親しくない相手に対して、秋田では50%以上が文句を言わないが、大阪では70%近くが黙っていない
各事例に共通する傾向として、西日本と東日本の違い、日本の中央部と周辺部の違い ⇒ 概して、近畿を中心とする西日本では口に出す傾向が強く、九州と東日本、とりわけ東北では口に出す傾向が弱い。ただ、関東(特に東京)は近畿と近い面もあり、ものを言う傾向もうかがえる

第2章        決まった言い方をするかしないか
表現の方はものの言い方の様々な面に見られる ⇒ 挨拶でも喧嘩でも場面ごとに決まり文句があったり、会話のやり取りがパターン化されている
そういう型の存在が鮮明に表れる地域と、そうでない地域が存在する ⇒ 東北より近畿、日本の周辺部より中心部、東日本より西日本が決まった言い方をする傾向が強い

第3章        細かく言い分けるかどうか
汎用的な挨拶形式の「ドーモ」や叙述・感嘆を区別しない「イタイ」の使用は東日本を特徴づけ、失敗専用の「シマッタ」や感嘆に特化した「()イタ」は西日本的な言い方
朝の挨拶では、「オハヨー」を用いる日本中央部と、そうした専用形式を使わない(いきなり特定の話を始める)周辺部との違いが際立つ
命令表現の多様性が、大阪方言>東京方言>仙台方言の順に並ぶ
細かく言い分けなければいけない西日本(及び日本の中央部)と、大雑把な言い方で構わない東日本(及び日本の周辺部)といった対立が浮かび上がる

第4章        間接的に言うか直接的に言うか
相手に何かを働き掛けるときに、自分の意志や心情、或いは疑問などをストレートに表現するのは東日本か周辺部であり、露わな表現は避けようとするのが西日本或いは中央部
オノマトペ(擬音語)の使用では、現場性重視の直接的表現が盛んなのは東(特に東北)であり、そうでないのが西 ⇒ ものの言い方の加工度の差とも言える。現実レベルの事柄、つまり、目や耳にしたことや思ったことなどを言葉のレベルの浅いところで処理し、裸に近い形で表出するのが東で、言葉のレベルの深いところに引き込んで意識化し、様々な表現の衣を着せて送り出す加工性の違いが地域差となって現れたと理解できる

第5章        客観的に話すか主観的に話すか
話し手が自分の驚きを積極的に表現する地域 ⇒ 感嘆文や感動詞が多く使われる
相手に自分との共感を強要するかのように話す地域
そのような押し付けがましさを表に出さない地域
話し手と自己の分化が可能で、表現の主観性を消し去る術を身につけている地域 ⇒ 堪忍したって、降ろしたって、よばれよか
自己の主張に客観性を付与するために、話の中に証拠を持ち出す地域

主観性の強いものの言い方は東日本と九州以南に見られ、とりわけ東北に顕著。一方、客観的なものの言い方は西日本、中でも近畿において著しく発達。東北方言と近畿方言とはきわめて対照的な位置にある

第6章        言葉で相手を気遣うかどうか
敬語システムの地域差 ⇒ 配慮性の高い表現の使用は西高東低。西の方が敬語が発達
相手に何か頼む場合、命令口調ではなく、授受表現(「してくれるか」)を使ったり質問文を用いたりと、多様な手法が使用されている
授受表現に関して、「もらう」を使った低姿勢の申し出がある
恐縮や感謝の表現(「申し訳ない」「すまない」)が、共通語の感覚で使われて当然の場面で出てこなかったり、逆に、二重に使われたりするという実態がある
これらには明らかな地域差がある ⇒ 配慮性の高い表現は西高東低の傾向で使用され、西日本のほうが東より気遣いを口にしやすい
敬語システムの地域差と、それ以外の配慮表現の地域差が対応しない地域もある ⇒ 九州・沖縄では敬語の仕組みは複雑で西日本的だが、それ以外の配慮表現はあまり活発ではないし、東日本では敬語システムの面からは北関東を中心に「無敬語方言域」が広がる
言葉による気遣いの地域差にとって、東西差の他に中央対東北・西南という対立が重要な軸になり得る

第7章        会話を作るか作らないか
大阪人に染み込んだ会話の文化に、ボケとツッコミがある ⇒ 失敗談や自虐ネタ
ボケとツッコミの背後に、関西方言における会話参加者たちの協調性の存在がある
東京人は「聞きべたのおしゃべり」と言われる ⇒ それぞれが勝手に自分の関心事を語るが、相手の話にはついていこうとしない。会話を演出することが不得意

第8章        ものの言い方の発想法
以上7章まで、ものの言い方に関する志向や好みを7種に類型化したが、言語的発想法とは物事をいかに言葉で表現するかという人々の考え方のことで、言葉と向き合う話し手の姿勢が言語的発想法
    発言性 ⇒ あることを口に出して言う、言葉で何かを伝えるという発想法
    定型性 ⇒ 場面に応じて、一定の決まった言い方をするという発想法
    分析性 ⇒ 場面を細かく分割し、それぞれ専用の形式を用意するという発想法
    加工性 ⇒ 直接的な言い方を避け、手を加えた間接的な表現を使うという発想法
    客観性 ⇒ 主観的に話さず、感情を抑制して客観的に話すという発想法
    配慮性 ⇒ 相手への気遣い、つまり、配慮を言葉によって表現するという発想法
    演出性 ⇒ 話の進行に気を配り、会話を演出しようという発想法
言語的発想法全体として大きくまとめられる地域差がある ⇒ 近畿と東北の違いが明確であり、両極端に位置する典型的な類型として把握できると同時に、日本の中央部と周辺部という対立と、西対東という対立も見て取れる
地域差の生まれる原因 ⇒ 社会環境に影響される。コミュニケーションのありかた次第

第9章        発想法の背景を読み解く
コミュニケーションの変化に対応すべく、ものの言い方のシステムを精密に築き上げ、巧みに操ろうという思考法が7つの発想法
社会環境の複雑化や活性化が進んでいる社会では、それに対応してコミュニケーションの在り方にも変革をもたらす
ものの言い方の地域差は、社会環境の異なりを根底とした構造的な影響関係の結果として生み出されたもの ⇒ 地域間における社会環境の性格の違いが、コミュニケーションの停滞・促進にも作用し、言語的発想法の発達を左右、最終的にものの言い方の地域差を形成

第10章     発想法はどのように生まれ、発達するか
都市型社会とものの言い方とのかんけい ⇒ 同じ地域でも都市と農村という社会的な地域差もあり、さらには東京と大阪という同じ都市型の間にも都市化に要した時間の差が言語的発想法の醸成に差異を及ぼしているとも考えられる
言語文化がものの言い方に与える影響 ⇒ 都市は「文化」の栄える場所であることから言語文化が言葉に対する鋭敏な感覚を研ぎ澄ます機会を与えてくれたことは間違いないし、都市に集積される富が高い教育水準に貢献した面も大で、識字層の地域差が言語的発想法の地域差ときれいに対応している
中央語(長く日本の中心だった近畿中央の言語)の歴史との対応 ⇒ 中央語における言語的発想法も年とともに発達してきているので、時代差も存在する
発想法の地域差がどのように形成されてきたかという方言形成の問題 ⇒ 
発想法の発達が向かう方向性 ⇒ ものの言い方の変化に関するベクトルは、一方向のみに向いているとは言えない

終章 ものの言い方を見る目
言葉の地域差を「方言」という以上、ものの言い方も「方言」に含まれるということが理解できれば、無用のコミュニケーション摩擦は回避できる
ものの言い方を意識すること自体に地域差がある
ものの言い方は、礼儀や嗜みの問題として、躾けや教育の対象とされるため、現代人の価値観や規範意識から、「方言=地域の文化」として認められにくい
ものの言い方と様々な文化の要素との関り ⇒ 県民性や、地域の人々の性格や行動様式とも深く関わる
日本語と一口にいっても、地域差があって一枚岩ではないことに留意されたい






折々のことば:1121 鷲田清一 2018.5.27. 朝日
 「おめでとう。めっちゃきれいやったでー。」
 「ありがとう。そんなん言うてもらえてうれしいわぁ。先週整形しといてよかったわぁ。」
 (結婚式にて)
    
 花嫁のこの受けには「整形間に合ってよかったなぁ」と返す。「元からきれいだよ」ではなく。国語学者・澤村美幸が衝撃を受けたある結婚式での会話だ。友人のほめ言葉をボケで受ける花嫁に、「おもろい」言葉をさらに被(かぶ)せて話を転がしてゆく大阪人のもてなしの作法である。同じ国語学者・小林隆との共著『ものの言いかた西東』から。


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