トリダシ  本城雅人  2018.5.30.



2018.5.30. トリダシ

著者 本城雅人 1965年神奈川県生まれ。明治学院大経卒。新聞社にてスポーツ記者としてプロ野球、競馬、メイジャーリーグ取材などに携わる。2009年『ノーバディノーズ』が第16回松本清張賞候補となり、選考委員の称賛もあり刊行、翌年同作でWBC2連覇を記念して設立された「サムライジャパン野球文学賞」の大賞受賞。野球小説に限らず、記者経験を生かした情報性と、ストーリーの意外性に評価が高まる

発行日           2015.7.5. 第1刷発行
発行所           文藝春秋

初出 『オール讀物』20125月~201410

第1話     スクープ
大投手の引退の意向を個人的に親しくなって掴んだ記者がスクープを書こうと思ったがデスクから止められ、文句を言ったら、翌日の新聞にその大投手が賭博容疑で家宅捜索が入ったとのニュースが載った

第2話     コーチ人事
人気チームのヘッドコーチが交代するというので、親しく付き合いを続けていたかつてのヘッドコーチの復帰があるかのように見せかけるために記者が囮になって他社の目を引き付けておいた間に本命をスクープ。かつてのヘッドコーチはその気にならされただけで裏切られるがそれを知ったうえでの騙し合い

第3話     勝ち投手
ドラフトで目玉の左腕がメイジャーに行くと言って動向が注目されていたが、両親を含め周囲が日本で活躍してからにしろというのを聞きながら、メイジャー行きの初心を貫いた左腕を記事にした

第4話     裏取り
IT企業による球団買収の話で、IT企業の社長が地下カジノに通っていることが分かって破談になった話

第5話     報復死球
人気急上昇の主力選手がスピード違反で検挙された際隣に交際相手が同乗していたのを競争相手の記者が聞きつけてきたのを知って、結婚表明のニュースとバーターで記事差し止めを図ったが、その約束を無視して親会社が暴露してしまった話。故意にやられたらやり返すまでと脅される

第6話     三勝三敗
人気球団の監督が成績不振を理由に降板すると決意、通常なら後任を決めてから一緒に発表するが、後任がなかなか決まらないままに降板を発表するという。他社にスクープされないように隠していたが、何気ない仕草から見抜かれてしまい、危うく他社と同着になった話

第7話     逆転
新監督候補がなかなか決まらず、土壇場になって5年前に大誤報となった状況に酷似していることを思い出して本命に辿り着き、珍しく仲の良くないデスク2人が協力してご用新聞と同着のスクープを取った話





(池上冬樹が薦める文庫この新刊!)スクープ合戦めぐる人間ドラマ
2018.5.19. 朝日
 (1)『冬の炎』 グレン・エリック・ハミルトン著、山中朝晶訳 ハヤカワ文庫 1209円
 (2)『現代詩人探偵』 紅玉いづき著 創元推理文庫 799円
 (3)『トリダシ』 本城雅人著 文春文庫 918円
     *
 (1)は、最優秀新人賞3冠に輝いた秀作『眠る狼(おおかみ)』に続く元レンジャー、バン・ショウものの第2作。幼馴染(おさななじ)みの女性が殺された事件を追及する物語には、相変わらず緊迫感みなぎる活劇と本格的な謎解きがある。プロの泥棒であった祖父との思い出には青春小説の輝きがあるし、アフガン戦争時代の戦友の登場で、悪夢に悩む帰還兵問題も提示して奥行きが深い。ぜひ第1作から読んでほしい。
 (2)は、かつて「探偵」という詩を書いた「僕」が詩人仲間の死因を探る内容である。感情の塗り絵の部分もあるのだが、それでも痛々しいまでの若さを切々と捉える文章には魅力がある。眩(まぶ)しいまでの青春というフィルターを通して浮かび上がる生々しい苦悩と悲哀。たとえ不安と絶望があっても生きていく価値があることを静かに教えてくれる。いい小説だ。
 (3)は、スポーツ紙を舞台にした連作で、毎回視点は変わるが、中心はデスクの鳥飼。「とりあえずニュース出せ」が口癖なので「トリダシ」。極めて優秀で敵も多いが、あらゆるところに情報源をもつ。女性記者がスター選手の引退宣言を独占しようと画策する「スクープ」から新監督人事のスクープを争う「逆転」まで7編。ネタをめぐる取材合戦は実に波瀾(はらん)に富んでいて面白い。長編としての骨格も優れており、短編や人物たちの役割が伏線にもなっていて、鳥飼の人物像を多角的に見せつつ、人間ドラマを沸騰させていく。
 帯に「この作者は巧みな投手だ。球筋の読めない心理戦に翻弄(ほんろう)された」(横山秀夫)とあるが、まさに球(話の展開)がどこに向かうのか読めないし、記者たちの手柄争いも、過去の因縁を交えていちだんと白熱化する。時には社内での反目(特に鳥飼への対抗心)が表面化し、主導権争いが激化する過程もたまらない。ここには、組織と個人の対立を通して些細(ささい)な事件から人間の生き方の是非を問いかけるような横山秀夫の作品に似た熱く激しい物語がある。社会部の記者たちを描く新作『傍流の記者』(新潮社)もいいが、まずは(3)だ。必読!
 (文芸評論家)


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