「官邸官僚」の研究  森功  2018.4.10.


2018.4.10. 「官邸官僚」の研究

著者 森功 1961年福岡県生まれ。ノンフィクション作家。東筑高から岡山大文卒。伊勢新聞社、テーミス社、『週刊新潮』編集部などを経て、03年にフリーランスノンフィクション作家へ転進。08年の『ヤメ検』と09年の『同和と銀行』(ともに月刊現代)の両記事で2年連続「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞作品賞」受賞。09年『同和と銀行』(単行本)で第41大宅壮一ノンフィクション賞候補、11年『泥のカネ』で第33講談社ノンフィクション賞候補、12年の『なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか 見捨てられた原発直下「双葉病院」恐怖の7日間』で、第11新潮ドキュメント賞候補、第44回大宅壮一ノンフィクション賞候補。18年『悪だくみ 加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞受賞。『黒い看護婦』が15年、フジテレビ系「赤と黒のゲキジョー」枠で放送、主演:大竹しのぶ

発行日           20185月号~
発行所           文藝春秋(月刊『文藝春秋』)


1.   安倍忖度政治との訣別
前川氏を呼びつけた首相補佐官の正体 
~ 霞が関の常識を覆す新型官僚が跋扈している
一連の森友・加計問題のキーワードは、「忖度」と「総理のご意向」
文科省の前川次官(63)が、首相補佐官の和泉洋人(64)に呼び出され、国家戦略特区での獣医学部設置について早急に対応するよう圧力をかけたと言われる
安倍一強を支えて政策を実現するために高級官僚たちを使うキーパーソンの1人が和泉
首相や官房長官に成り代わり、中央省庁の幹部を呼びつけ、直接指令を飛ばす、今や霞が関最強官僚の1
霞が関の序列は、現実の政府内でも、政権に最も近い首相秘書官は、財務、外務、警察、経産、防衛の5省庁から、官房長官に直結する官房副長官や副長官補は、警察や総務(旧自治)、厚労(旧厚生)など、旧内務省系の出身者が抜擢されることが多い
現内閣でも、首相の信頼篤い元秘書官らが重用される ⇒ 「首相の懐刀」の筆頭秘書官(政務担当)の今井尚哉、内閣広報官兼首相補佐官の長谷川栄一(経産官僚で第1次政権で内閣広報官)
出身省庁を離れて、官邸を根城に絶大な権力をふるう、従来の「官僚」とは異なる存在を「官邸官僚」と呼ぶ
和泉は国交省出身と異色、栄光学園中高から東大工学部都市工学卒で建設省入り、住宅局という傍流にいたが、小泉政権下で都市工学で先輩の上野公成官房副長官 (のちに国会議員)から内閣官房都市再生本部事務局長に抜擢され、バブル後の塩漬けになった土地の活用で特別経済特区構想を作り辣腕を振るう。民主党政権下でも地域活性化統合本部の事務局長に就任、構造改革特区構想を推進、野田政権の末期には内閣官房参与に就任、第2次安倍政権で首相補佐官に横滑り
前川との接点は、14年の明治日本の産業革命遺産の世界文化遺産への推薦にあたり、審査機関である日本イコモスを飛び越えて、審査委員長を外させ、首相の幼馴染で加藤勝信厚労大臣の義姉にあたる加藤康子とユネスコ大使の木曽功(元文科省、後に加計学園理事)の働きでユネスコの登録を勝ち取った時、前川が官房長だった
菅官房長官とは、菅が横浜市議時代、建設省事務次官だった高秀秀信を市長に擁立した時に協力し合った仲で、菅は横浜市の道路整備などで和泉を頼り、国交省の政務官就任以降は政策を相談、官房長官就任後は沖縄基地問題も担当、和泉が振興政策による県民の懐柔など水面下で奔走し辺野古基地建設では「影の司令塔」とまで呼ばれた
地球儀外交を売り物にした安倍が最も注力した東南アジアとの交渉にも和泉が表に出て各国首脳とのパイプ役を果たしているなど、菅の代理人として政権内の信頼は群を抜く
権力と同化した特定の官僚が国民不在の恣意的な解釈で政策の舵を取る、そんな行政の歪みが透ける

2.   「政と官」の劣化が止まらない
「総理の分身」豪腕秘書官の疑惑
財務省の事務方トップによるセクハラ騒動は、その実、個人のスキャンダルに過ぎない
産経が次官更迭と報道したのは、首相の政務秘書官今井尚哉(59)の誘導によるとされるが、安倍政権の屋台骨を支えてきたと言われて久しい今井は、森友・加計問題で揺れる国会で野党から疑惑解明のキーパーソンと目されている
1次政権時に広報も担当する事務秘書官として仕え、政権が倒れて失意のどん底にあった前首相との山登りにも付き合い、政権にカムバックさせた功労者の1人、お友達内閣の要で、文字通り「総理の分身」
首相には霞が関から46人の事務担当秘書官が出向して仕えるが、政務秘書官に官僚上りはそういない
現政権で起きていることの源流はすべて、橋本内閣時代の行革にある ⇒ 97年行革チーム発足時のトップが萩原誠司(80年経産入省)、下に今井(82)、柳瀬(84)がいて、江田憲司(79)が首相の政務秘書官、この時の体験が官邸官僚の原点。内閣人事局構想もこのとき
現美作市長の萩原も昭恵夫人と縁が深く、昭恵が岡山県北の棚田事業を見て感激、名誉顧問となり、トヨタが創設したTM基金から電気自動車が寄付され評判となった
今井に浮上してきた疑惑の1つが理財局の決裁文書改竄との関り ⇒ 佐川局長に指図したのが今井。2人は同期入省で仲が良く、通産担当の主計官だった佐川とエネ庁次長で省内きっての原発推進派と目される今井が意気投合
政務秘書官は、議員や家族のプライベート処理、後援会の陳情などを受付する役割で、昭恵が名誉校長に就任した森友学園についても熟知、谷査恵子(98年東大文卒、経産相入省、エネ庁で柳瀬の部下)を昭恵付きにしたのも今井で、谷が国有地売却の際の値引きに関与したのも今井の指金の公算大
佐川は、九段高から2浪して東大経卒の入省であり最初からNo.2の国税庁長官どまり
2次安倍政権では、政務秘書官に就任した今井が子飼いの柳瀬を事務秘書官にすえた
今井は、インフラ輸出や貿易、外交政策にもかなり首を突っ込む ⇒ 対ロ、対中外交に注力、北朝鮮問題にも関心を示すが、いずれも大した成果につながらず
安倍は、父が外相当時秘書として仕え、ロシアへの思い入れは一際強く、その思いを汲んで動いているのが今井で、得意のエネルギー分野でサハリン沖の開発など提唱したがうまくいっていないだけでなく、「総理の意向」を振りかざし外務省とも折り合いが悪い
16年の伊勢志摩サミットで安倍発言にいきなり飛び出した「リーマン・ショック」の言葉は、サミットの場を消費増税先送りのために利用しようとした今井の策謀
今井は、「すべて安倍のため」と言って憚らないが、その姿はしばしば独善的で傲慢に映る

4月下旬、森の申し出に応じて今井が疑惑を晴らすためにと言って文春を訪問、独占インタビューとなる
l  佐川とは官邸に入ったあと5年間1度しか会っていないとして、改竄問題への関与を全面否定
l  「リーマン・ショック前夜と似ている」という「今井ペーパー」を作成主導したのは自分だが、首相にブリーフしたのは自分ではない
l  政治家の横暴から役人を守ることと、役人の怠慢から政治家を守ることの両面の役割が自分の矜持だとして今後も働く


3.   霞が関を牛耳る2人の警察官僚
~ 長官レースを外れた男たちが安倍政権で返り咲いた理由とは?
07年参院選の惨敗を受けて翌年政権を放り出した失意の安倍を慰労したのが妙高でホテルを経営する荒井三ノ進で、角栄や中曽根の支援者と知られる。同席したのが官房副長官を務めた的場順三(大蔵省出身)と杉田和博(77)。的場は晋三の父晋太郎との縁で官房副長官に就いたためお友達人事との批判を受け、また森喜朗内閣で自身の官房副長官秘書官を務めたノンキャリ官僚の井上義行を政務担当首席秘書官に起用、井上が首相の威を借りて北朝鮮問題では外務省はじめ他省庁の意向を無視して独善的な秘書官だと批判された
この席が安倍と、警察庁出身の杉田の初顔合わせ
杉田と、同じ警察官僚で現在内閣情報官を務める北村滋(61)とのラインで安倍政権のインテリジェンス情報を握り、守護神として機能してきた
杉田は66年東大法卒、警察キャリア官僚の出世街道である警備・公安畑を歩み、82年中曽根内閣の官房長官後藤田の秘書官となったのが官邸との関りの始まり。同期入省のライバルが田中節夫で、長官と警視総監を分け合うと目されてきたが、カンボジア視察の際の報告が警察庁次長だった城内康光(58年入庁組、92年長官)の逆鱗に触れ神奈川県警本部長に左遷。94國松長官就任で警備局長として返り咲き、97年内閣官房内閣情報調査室(内庁)室長就任、折から後藤田が内調のインテリジェンス機能強化を働き掛け、01年には省庁再編で法定の初代内閣情報官に、さらに同年歴代警視総監ポストだった内閣危機管理監にも就任。04年退官して天下り、さらに労組対策で警察官僚を必要としたJR東日本・東海の嘱託・顧問となる
東大同期の与謝野を支援する親睦会を葛西が主宰、与謝野が連れてきた安倍を与謝野の死後応援する会となり、第二次安倍政権の人事にも関与して杉田の副長官就任を薦める
官房副長官は、官房長官の補佐役として、各省庁のトップである事務次官経験者の中から選ばれ、官僚の頂点に位置付けられる。政務系と事務系に分かれ、事務の官房副長官は国家公務員ではない特別職だが、キャリア官僚の総元締め ⇒ 元内務省系統の厚生、総務、警察から選ばれるケースが多い
政務の副長官萩生田から内閣人事局長を引き継ぎ、霞が関の各省庁の幹部人事を一手に握る
北村滋は開成東大法卒で80年入庁で同期から長官・警視総監が出ている。杉田の下でインテリジェンス分野のスペシャリストとして鳴らし、小泉訪朝の際安倍が北村を頼る様になり、第1次安部政権では秘書官に迎えられる
現政権でも北朝鮮問題は、総理・北村・今井のトライアングルで進めようとしている
11年民主党政権下でも、北村は仙谷官房長官の要請で内閣情報官として官邸入り ⇒ 仙谷とは地元の徳島県警本部長時代の関係だが、第二次安倍政権でも留任
13年特定秘密保護法の成立では北村が名付け親として貢献
安部と親しいジャーナリストの山口敬之の準強姦容疑事件では、逮捕状が発令された警視庁の捜査を中止させたのは北村だといわれている
安倍との初めての出会いは89年、北村が本富士警察署長だった時に、順天堂病院に入院した当時の竹下内閣の幹事長安倍晋太郎を晋三夫妻が見舞ったときなので30年来
お友だち内閣と揶揄された第1次政権と現政権ではどこが違ったのか ⇒ 官房長官が塩崎から菅に代わり、菅の旧知の和泉洋人が首相補佐官に就任、政策のプロとして実務をこなす。首相の分身である政務の筆頭秘書官は井上義行から今井尚哉が引き継ぎ、官房副長官は的場から杉田に代わる。実務に長けた官邸官僚が傍にいる点が大きな違い
いずれもの官邸官僚たちがある種のコンプレックスをバネにここまで昇り詰め、宰相の絶大は信を得て、その威光を背景に思いのままに権勢を振るっている
忖度の原点はまさにそこにあり、現実の安倍側近政治に対する不信は、忖度のレベルではなく、明らかな不正として我々の目の前に現れている



日本経済新聞 朝刊
2018510 2:00 [有料会員限定]
2回「大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞」(日本文学振興会主催)は9日、森功さん(56)の「悪だくみ 『加計学園』の悲願を叶えた総理の欺瞞」(文芸春秋)に、読者賞は清武英利さん(67)の「石つぶて 警視庁二課刑事の残したもの」(講談社)に決まった。
賞金は、大賞が100万円、読者賞が50万円。


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