微生物が地球をつくった 生命40億年史の主人公  Paul G. Falkowski  2016.5.7.

2016.5.7. 微生物が地球をつくった 生命40億年史の主人公
Life’s Engines ~ How Microbes Made Earth Habitable          2015

著者 Paul G. Falkowski 微生物の進化論や生化学が専門の海洋生物学者。ニューヨーク生まれ。ニューヨークシティカレッジ微生物学研究室在籍。ブリティッシュコロンビア大で博士号取得。ブルックヘヴン国立研究所に新設された海洋科学部に23年所属。現在ニュージャージー州ラトガーズ大学地質科学・海洋沿岸科学科の教授

訳者 松浦俊輔

発行日           2015.10.23. 第1刷印刷              10.30. 第1刷発行
発行所           青土社

プロローグ
人生/生命Lifeは連綿と続く事故、偶発事、便乗の歴史である
著者は9歳の時、同じアパートの若い大学院生のカップルと親しくなって見せられた水槽の熱帯魚に夢中になり、それが高じて生物学への道を進む
複製と代謝との綱引き関係は、地球で生物がどう進化したかを理解するうえで、今なお特に難しい障碍の1つ。その理解のためには、生命の電子回路をもっとよく理解する必要がある。見えなくても実在する生命の電子回路こそがこの地球を動かしている
本書はその地球規模の電子回路がどのようにして存在するようになり、どのように自然の均衡を制御し、それを人類がどのように邪魔し、災いを招きかねないまでになっているかを説明しようとしている

第1章        見えない微生物
黒海は特異で魅力的な海域  水深150mより下には全く酸素がなく光合成はない
19世紀には、生命について今ある科学的概念の多くが形成され、その結果として進化の物語が登場するが、その考え方は主として目に見えるものに基づいていた
1830年代初め、ウェールズの地中深くに動物の化石を発見、岩石中の化石の並び方に基づく分類学の体系が確立し始めた。そのころ学生だったのがダーウィンで、化石が入っている種類の岩石、堆積岩の風化の速さから地球の年齢を推定、その長い年月を経て地球上の生物が進化したことを証明
ダーウィンは、生命は「何らかのアンモニアやリン酸塩の類――それに光、熱、電気などがある小さな温かい水たまりで、タンパク質のような化合物が、さらに複雑な変化を受けられるように、化学的に形成されて」生じたのではないかと推測  その80年後の1953年、タンパク質の部品であるアミノ酸が合成され、生命の起源の理解は近いという大きな希望をもたらした
微生物は最も単純な生物で、ダーウィンもその存在に気づいてはいたが、見えないだけに自説にどう取り込めばいいか確信できなかった
微生物はこの地球に、動物が登場するよりも20億年以上も前からいたが、地球での生命の進化の理解に含められるまでにはダーウィンからさらに1世紀かかった

第2章        微生物登場
微生物は地球上で最古の自己複製する生物なのに、見つかったのは最後  顕微鏡とDNA配列決定装置(シーケンサー)の発明による
目に見える星を対象とした天体観測が早くから発達したのと対照的
顕微鏡の発明は、1619年ごろガリレオが望遠鏡のレンズを逆さまにしたことで偶然誕生
1665年 複式顕微鏡を使った微小な物体の生命学的記述の本が発刊され話題を呼ぶ
1671年 オランダの織物商レーウェンフックが300倍の顕微鏡を発明、のちに微生物と呼ばれる「微小動物」を発見  1676年 胡椒水の入った瓶の曇ったのを見て中の濁った水から直径1~2マイクロメートル(髪の毛の幅の約1/100)の生き物を見つける
さらに、自分の歯や歯茎にも同様の微生物(アニマルキュール)が存在していることを発見し、人の体がそれだけで存在するのではないことを明らかにした
生物の下は市街や非生物で、明らかな親子関係なしにできるという考え、つまり自然発生すると考えられ、レーウェンフックもその考え方を基本的に否定していたが反証することはできなかった  生物学的機能での微生物の役割が注目されるのは200年後
19世紀半ば、微生物研究が復興  植物や動物の微生物による病気に加え、微生物を地球の新陳代謝を形成する助けとなる生物とした研究(環境微生物学)が進む。微生物の特定の株、つまり種の遺伝的変異株を分離することに成功
1876年 コッホとペトリが炭疽菌の純粋培養に成功  微生物によって引き起こされたことが証明された最初の病気となり、微生物が分離できて培地で育てられるという考えはその後20世紀の70年代まで定説だったが、逆に微生物についての生態学や進化論の研究は遅れた
1977年 世界中のすべての生物は、その細胞小器官の1つであるリボソームを元にすると、3つに分類されることを発見。さらに、生物どうしの関係が明らかにされ、すべての生物がタンパク質合成機構の歴史に基づいて生命の樹に並べられることが発見された
タンパク質形成の鍵となる細胞の構成要素がリボソームで、それはタンパク質と「リボ核酸」つまりRNAでできているところから、リボソームのRNA分子の配列を発見、すべての生物がそれを介して互いに関係がつけられる、ということはすべての生物は共通祖先の子孫であることが判明
ダーウィンの考えたものとは根本的に相違して、地球の生命の圧倒的多数は微生物であり、新たに発見された生命の樹の基本構造は、地球に現存する生命が全て1個の、今はない微生物に由来するということを理解する助けになった

第3章        始まる前の世界
20世紀初頭、同位体の発見が、歴史が始まる前の地球の研究に貢献  炭素やウランの同位体の研究が進み、地球誕生の過程が明らかにされるとともに、生物の代謝を理解することによって過去の世界での生命の動き方を理解することが可能に
微生物が細胞の中で、地球の生命のエンジンとなり、惑星の居住可能性にとっての鍵となるその仕組みをどのように発達させたかを調べてみよう

第4章        生命の小さなエンジン
1955年 すべての細胞にはリボソームが含まれていることを発見  伝令となる分子を介してDNA配列から情報を取り込む極微の装置

第5章        エンジンのスーパーチャージャー
微生物の進化が酸素の生産のために必要  酸素が地球で主要な気体となったのは、地殻変動と岩石中への死んだ微生物の埋没によるもので、大気中に酸素が登場した後は、当の微生物の進化と生命を持続させる元素の循環に深い影響を及ぼす

第6章        コア遺伝子を守る
地球上の生命は不安定で、必然的に移ろうが、それでもものすごく長続きしているが、時折どんな生物の力も及ばない破局的な出来事のせいで種が大量に失われることがある
過去550百万年の化石記録からは、海の生物には少なくとも5回の大量絶滅があり、1つの例外を除き原因は不明  例外とは65百万年前の絶滅で、原因はユカタン半島沖に巨大な隕石が衝突したことによる
恐竜と多くの植物が絶滅する中、微生物は極端な衝撃を凌いでいる
コアとなるナノマシンを複製するための指示書は、遺伝子の形で書かれている。遺伝子は4種類のデオキシリボ核酸分子からなる配列の集合で、すべての生物がタンパク質を作るための指示書としてこれを使っている
遺伝子が水平伝播できる仕組みが3通りあり、生物はその場限りの廃棄さえできるものだが、生命の1500のコア遺伝子は微生物の間で撹拌が行われることにより、個々の生物は滅びてもどこかの別の生物に伝わって生き延びている

第7章        セルメイト
微生物のほとんどは他の微生物と共生し、相手に資源を依存、つまり相手の廃棄物を使って自らの生活を維持している  廃棄物の利用は、生態学の基礎概念の1つで、それが微生物のナノマシンが進化するのに強い影響を及ぼした。このことが認識されるようになって、地球の生命進化の理解が向上した

第8章        不思議の国の拡大
微生物の進化による変容の過程を見る
動植物が登場した時期は、2つの証拠によって決まる
   物理的な化石  単細胞の真核生物の化石は約1815億年前にかけて比較的豊富。最古の動物化石は約580百万年前
   特定の遺伝子、あるいは遺伝子群での突然変異率が計算できるという考え方に基づき、「分子時計」モデルを使って、生命の起源にさかのぼって推論
動物はエネルギーをすべて、光合成する生物に頼っている。海では食物の供給はほとんどが植物プランクトンが占めるが、植物プランクトンのエネルギーは小型のエビのような動物プランクトンなど小型の動物を経由してもっと大きな動物へと伝えられる。このエネルギー転送では食物連鎖の階段を上がるごとに10%ほどのエネルギーしか次の栄養レベルに確保されない。100㎏の植物プランクトンからは10㎏の動物プランクトンしかできず、さらに魚は1㎏しかできない。地球の光合成する生物量のうち海には0.2%しかなく、残りの99.8%は陸上にあるが、樹木の葉はほとんど木に留まるように、ほとんどは食べられない
豊富な燃料補給によって、生物の感覚器官と運動器官へのフィードバックには、匂い、視覚、味、音に対するセンサーが進化するという形で、巨大な競争力のある革新が生まれた。動物は餌になる植物を捕らえる獲物をさらに精巧に選別する装置を進化させ、植物は動物の廃棄物をますます精巧に使って成長するだけでなく、動物を使って花の受粉を行い、種子を広い範囲に届ける装置を進化させた。植物どうし、植物と動物、動物どうしの共進化は、さらに複雑で相互作用も増えた適応する装置を生んだ
複雑になる安定した系を維持するには、自然淘汰の作用する中で、各生物種は時間とともに適応することを必要とする
生物がいつも進化しているという考え方は、1973年『鏡の国のアリス』に出てくる話をもとにした「赤の女王」仮説と呼ばれた
生物多様性は、生命を維持するコアとなるナノマシンを符号化する遺伝子を、生存を脅かす危険だらけの広大な地形全体に地質学的時間にわたって運ぶ決め手となる。生物は移ろう容器であり、使い捨てだが、遺伝子は違う
非常に特異な形質によって残ったある生物が、最近急速に地球を支配するようになり、24億年前の大酸化事変や約4億年前の陸生植物の進化以来、他に例がないほど地球を乱している。複雑な相互作用をする大型生物の地形の中で、人類は地球では新しく登場した動物だが、進化の中で急速に新しいボルシェヴィキとなっている。私たちは他の生物とは違うので地球の歴史とは無関係と思われがちだが、果たしてそうだろうか

第9章        壊れやすい種
複雑な言語と抽象的な思考の進化は、人間を他の動物と区別する興味深くも重要な形質の1つだが、進化の鍵を握る変化は、人類に分かれる直前の祖先となる霊長類での2つの突然変異らしい  Foxp2遺伝子に書き込まれている2つのアミノ酸を変えた変異
人類と微生物は、この2万年の間、あるいはもっと前から、急速に共進化してきたことは十分考えられる  自然の微生物である酵母が穀物の糖分をアルコールに変えることから、文字による歴史以前からビールは存在していたと考えられ、これは私たちが微生物と「平和に」共存している例だが、一方で微生物感染による人間の生命への影響は大きな脅威となった
微生物の感染は、2つの大きな躍進によって人間と微生物の関係を変化させた
   特定の微生物との接触を最小限にすることによって病気が避けられるという認識  上下水道の発達によって病気への脅威は大きく減少
   微生物を殺す自然の代謝の発見  抗生物質の発見
人間が資源を求めてますます地球から奪うようになると、炭素循環や窒素循環だけでなく、ほとんどすべての化学元素の自然な循環に打撃を与える。その結果地球全体での基礎的な生物地球化学的循環が急速・大規模に歪む。こうした循環のバランスは、だいたいは微生物によって、地質学的な過程と協調して制御・維持されているが、それを人間が非常に短期間に未曽有の規模で乱している。その結果、炭素、窒素、硫黄など、多くの元素の自然な循環が「分断」されている
人類があまりに多くの資源を奪ったり、急速に化学的状況を乱したりせずに、この惑星で微生物と共存できる道はあるか  1つの方法は、微生物に私たちの仕事を請け負ってもらう工夫をすることで、合成生物学という分野

第10章     手を加える
人が進化する中で、ますます自然の気まぐれを抑止するようになった
科学者は、微生物を、自然淘汰と張り合うことなく人間に合わせて働かせるために、遺伝子を移し、強め、黙らせようとする
ヒトのゲノムの配列を決定する仕事  基本的な考え方は、生物のゲノムの配列を高速かつ安価に決定する技術を開発し、得られた配列を役に立つ情報にするということ
人間はこの地球での一過性の動物だが、最大級の破壊的な生物学的力の1つとなったため、意図せざる帰結というパンドラの箱を開けることになりかねない
微生物がこの地球の管理者だが、それが電子や元素をその表面で移動させるシステムをどう進化させたか、私たちはほとんど理解していない。最終的には、電子の流れが地球を居住可能にしているが、私たちはその電子回路の動作について最小限のことしか知らないのにもかかわらず、飽くことなく資源を求めることによってこの回路やそれを運転している生物に手を加え、破壊している

第11章     火星の微生物、金星の蝶?
科学の世界にある問いの中でも、「私たちしかいないのか」という問いほど深いものはない
地球上の生命は脆くもあり、柔軟でもある。この惑星にいる蝶は2億年以上も存在しているが、私たちと同様その存在を微生物による機構に頼っている。微生物こそが、この宇宙の標準からすれば星屑のかけらであるものを立派に住めるようにし、保守管理している。それによって当の微生物より大きく成長した親戚であり、このかけらを間借りして一時的に惑星を華やかにする、動物や植物が成り立っているのだ
宇宙にいる生命が私たちだけだとすれば、私たちの異様さを理解する必要がある。私たちだけでないとすれば、もっと謙虚になる必要がある



訳者あとがき
本書は、微生物が地球での生命進化や環境で果たす役割をまとめたものだが、その軸として設定されているのが、微生物の基本的な機能を、電子(水素イオン=陽子)のやりとりとしてみるということ。これによって微生物は、エネルギーを生み出し、逆にそれを消費して(呼吸)、細胞の様々な機能、特にたんぱく質を合成して必要な「ナノマシン」を作り、動かし、最終的には自らを複写することになる
本書の第2の眼目は、生命系の動きを地球全体での電子の往来と見ることで、ある意味で個々の生物は電子の往来の副産物、少なくとも地球全体で電子を往来しやすくする道具ということになる
かかる地球全体のシステムを保守管理している存在が、実は微生物だということも本書の柱の1









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