鉄道と戦争の世界史  Christian Wolmar  2014.1.14.

2014.1.14. 鉄道と戦争の世界史
Engines of War: How Wars Were Won & Lost on the Railways 2010

著者 Christian Wolmar 英国随一の運輸問題に関する作家でありブロードキャスター。『インディペンデント』紙、『イブニング・スタンダード』夕刊紙、『レイルマガジン』誌を含め様々な定期刊行物に幅広く執筆

訳者 平岡緑 福岡県生まれ。上智大卒

発行日           2013.9.10. 初版発行
発行所           中央公論新社

序文
前作『世界鉄道史――血と鉄と金の世界変革』の執筆中、鉄道が近代的生活の数多の局面にとって欠かせないのと同様に、戦争行為の手段の進展にとっても不可欠であることを発見
鉄道の創設が戦争行為の凄まじいまでの規模拡大をいかにして招きよせたか ⇒ 軍部の指導者たちは鉄道が兵器の中でも最重要な武器であるのを理解し始め、また兵站作戦上の特大な進歩を利便するのに伴い、より多勢からなる適切に装備された軍隊を集結する能力が著しく増進
軍事作戦を実行する的に鉄道を戦略に当たって利用する場面が如何に増えたか
鉄道は最初から政府によって、国内の暴動や蜂起を鎮圧する目的で軍隊を急派遣するために利用され、その結果鉄道会社は偶然であったにせよ、そうでなかったにせよ、鉄道史上極めて早い段階から国家の代理人となった
鉄道は戦争行為の規模拡大にも、間接的に寄与 ⇒ 鉄道路線が国土全域に亘って拡充されるに伴い、諸国家にとて1つの統合力となり、その一体化が国民主義的感情の醸成を助長したので、諸国家の衝突がこれまでより起こりがちになったし、鉄道の創設がもたらした強烈な経済面での振興は、領土の拡大に加え、結果として近隣諸国に対する侵略的な作意を奨励するに至る
戦争における鉄道の役割が終始一貫していかほどまでに軽く述べられてきたかを最もよく示顕する物語の局面に的を絞った ⇒ 過去における鉄道の軍事的役目があまりにもひどく無視された原因は、他のすべての輸送手段を顧みない自動車への執着であり、第二次大戦が100%「内燃機関戦争」だったという説は100%間違いで、アメリカ軍のほぼ100%の者たちが鉄道を使って各自の輸送船まで移動している
ヒトラーは兵站作戦の重要性をはねつけた軍指導者の突出した例だが、第2次大戦の大雑把な見察からしても彼が、戦争行為の鍵となるこの側面を看過した点で重要な過誤を犯したことは明確に立証されている
遂行されたすべての戦争が明確な目的を擁せず、戦争行為が実行される前より劣悪な状況が結果としてもたらせられており、戦争に勇んで訴える姿勢は戦争の歴史を学んで得たはずの警告をあまりにも手軽に却下しているというのが本書を執筆しての教訓


第1章     鉄道誕生以前の戦争 ⇒ 鉄道時代が到来する以前の戦争について手短かに査定
1830年 リヴァプール&マンチェスター鉄道が、機関車による牽引作業により運行する複線として、2つの主要な町の旅客と貨物を交通輸送面で結び、相互間を循環するという近代的感覚の最初のもので、すぐに各国に普及 ⇒ 軍事利用を目的とした鉄道の潜在可能性が視野に入れられたが、当初は防衛側に決定的な優勢をもたらすと考えられた
17世紀後半、ルイ14世が平時にあっても膨大な常備軍を抱えたころ、兵隊と軍資の輸送を管理する技術として兵站学が導入
18世紀後半からのナポレオンの突撃戦が、機動性をより重用して攻囲戦の概念に終止符を打った点で、それまでとは異種の作戦行為を特徴付ける ⇒ 機動力の重要性に対する信奉心が彼に勝利をもたらすうえで鍵となったが、高性能の補給網を構築する一方、ロシア侵攻の失敗に見られるように、補給システムが軍隊の機動性に追いつけない場合には敗退を余儀なくされている
工業化時代の幕開けが武器類のみならず輸送システムに革命的変化をもたらすと同時に、軍隊の機動能力に対する評価は19世紀になって様変わり
鉄道の出現が戦術の全面的な改革を促し、その潜在可能性を最大限利用する能力が交戦に於いて明暗を分ける要因となるが、その利点を即座に評価する事態には滅多に至らず

第2章     戦闘に呼びこまれた鉄道 ⇒ クリミア戦争
リヴァプール&マンチェスター鉄道は、発足後間もなくアイルランドで起きた内乱の鎮圧に向かう連隊を輸送 ⇒ 海軍国イギリスでは鉄道の軍事上の優位性に着目する指導者はほとんどいなかったが、42年には鉄道に関わる最初の制定法が軍部に鉄道利用の優先権を付与、さらに鉄道会社に対し軍事目的のために全列車を提供する義務を賦課
ヨーロッパ大陸ではより軍事上の有用性が重視される ⇒ 1830年オランダから分立したベルギーでは34年に鉄道負工事に着工した鉄道と軍を共生関係にあるとみてきた。鉄道にある軍事的有用性を看破した先駆者と言える
プロイセンでは、ナポレオン後の1815年のウィーン会談で得たルール地方の統治に活用するために鉄道の敷設を提唱したが、実現するのは普仏戦争後
フランスではさらに遅れ、最初の鉄道は1832年開通していたが、敵の侵略行為に対抗できるよう別規格の軌間を選定
鉄道を使った最初の意義深い軍隊輸送は1846年、ポーランドの民族主義者たちによるクラクフの蜂起を撃破するためにプロイセン軍がボヘミアの駐屯地から急派された時のこと
1848年には、最も復古的だったロシア皇帝ニコライ1世も、ハンガリーで勃発した暴動を鎮圧するオーストリア皇帝を助けるため、開業したばかりのワルシャワ=ウィーン鉄道を使って軍隊を急派
クリミア戦争は、判断を誤った不必要な冒険的企て ⇒ 何事もやりにくい土地にあって過酷な状況下で参戦した兵軍は戦死よりも健康を損なって病死する者の方が遙かに多く、「悪名高く無益に終わった殺戮沙汰」と言われる
港からセヴァストポリの戦場までの兵站線の増強が必要と認められたのは、報道記者や写真家が悲惨な戦局の成り行きを故郷の大衆に報道できた結果 ⇒ 鉄道ブームに沸いていた英国内で成功した、卓越した鉄道請負業者が鉄道敷設に手を挙げた結果、兵站が大幅に改善され、最終的な勝利に結びつくが、鉄道は兵站より負傷者や病人の搬送により威力を発揮
世界初の軍用鉄道とされるクリミア鉄道のように特別に軍事目的に建設されたのは例外、商業的、政治的な事由から建設された鉄道を非常時により巧妙に使いこなせるかで戦果を大きく分けることになったのが南北戦争

第3章     鉄の道に敗北した奴隷制度 ⇒ 最初の鉄道戦争と言えるアメリカの南北戦争
クリミア戦後5年で勃発した南北戦争は、「最初の産業戦争」と言われ、初めての鉄道戦争でもあり、特に北軍が、連絡線、武器類、輸送作戦の中でもとりわけ鉄道にイノベーションを導入したことで技術をより広範に利用して戦う新種の戦争術を開発
戦争の規模と範囲は、ヨーロッパ全土を巻き込む戦いに匹敵
アメリカ国内での鉄道事業の発展は1830年のボルティモア&オハイオ鉄道の建設以来目覚ましい速度で展開、50年代末までには全世界の鉄道路線に匹敵する鉄道が存在
南北間では、人口差はもとより経済の進展、工業生産力の差は歴然で、鉄道網の密度や効率の差異が大きく影響
両軍とも鉄路の有用性を認識、主要路線が徴用された
鉄道技師ヘルマン・ハウプト ⇒ 橋梁建設技術の専門家からペンシルヴェニア鉄道の総支配人となり、「戦時鉄道の魔術師」と呼ばれ、諸会戦の戦備に当たってアメリカ軍用鉄道を活用、戦争における鉄道の戦略的な役割を確固たるものにする。橋梁の破壊行為に対し驚異的な速さで再構築したばかりか、全運行システムを効率化、優れた組織網が連邦軍を勝利に導く
最後の2年間は鉄道を使った補給路線がほとんどすべての攻撃に先行して開設された。特に西部戦線は広範な領域で、河川の果たす役割が遙かに重要だったが、河川運輸と連携した鉄道路線が部隊の長距離輸送を可能にした
シャーマンの鉄道への依存振りは、逆に敵の支配下にある、あるいは彼等に利便されるかもしれない危険な路線を必ず破壊工作の標的としたところから、彼を実に「鉄道破壊工作の第1人者」にさせた
戦闘を通じて得た教訓は、①鉄道が戦争にとて大切な武器で、鉄道を稼働可能な状態に保守することが戦場での軍事戦略以上に重要な場合があるということ、②敵方の鉄道の破壊工作が重大な軍事目標とされ、南北戦争は敵方の産業力の破壊を戦略上の明確な目標とした最初の戦いであり、それは鉄道がどれだけ迅速に軍隊と補給物資を移送できるかによってのみ勝利が可能となる新しいタイプの「総合戦争」だった、③鉄道と軍部間の関係は最初から折り合いが付けられるべき、④鉄道には双方向性があって、兵員などの戦場への輸送のみならず、退却や負傷者の輸送という重要な任務もある、⑤装甲列車の登場
南北戦争が鉄道技術の産物であったというのは確固たる事実 ⇒ アメリカ軍用鉄道が鉄道の新規建設並びに破壊された軌道の速やかな再建のために開発育成した技術が、大陸横断鉄道の迅速な竣工を確実にした

第4章     学ばれなかった教訓 ⇒ 最良の鉄道を誇る側が敗北した普仏戦争
19世紀後半、普仏戦争で頂点に達したヨーロッパ諸国間の争いは、プロイセンがすべてに関与、鉄道をとりわけ効果的に利用したことでドイツ統一に寄与
モルトケも、最初は南北戦争で教訓を学んだにもかかわらず、鉄道の利用については効果を認めていなかった
70.7.宣戦布告直後、最初にライン河に到着したのはフランス軍だったが、統率のとれていないばらばらの兵の集まりで、2週間後に現れたプロイセン軍は完璧な陣形を整えて到着、緒戦を悉く勝ってパリ包囲に向かうが、進撃の速度が速すぎて鉄道輸送終着点と前線間の距離が大きく開いたために効率的な配給が不可能になり、それぞれの地元での馬糧徴発と産物の購入を通じて補給物資を調達せざるを得なくなる
鉄道が有事にあって防御側を優勢に立たせるのは確実だとしても、その優位性は鉄道が適切に管理されている場合に限るので、フランスは管理を怠ったために敗退
大人数の部隊を輸送できる鉄道のせいで、普仏戦争は凄まじい流血沙汰となり、実際の戦闘は6か月で終わっていたにもかかわらず参戦者の10%約18万人が戦死

第5章     戦争の新たなる武器 ⇒ 第1次大戦までの諸戦争に於ける鉄道の役割
1次大戦までの間にヨーロッパは急速に工業化が進展、鉄道網が特に北欧と中央ヨーロッパ諸国において急速に発展
鉄道の見地からこの時期最も重大な交戦は日露戦争とボーア戦争で、日露戦争ではシベリア鉄道が軍用鉄道落として中心的役割を果たした鉄道戦争であり、ボーア戦争では装甲列車が最も集中的に利用された
1877年セルビアの将来を巡ってロシアがオスマン帝国に宣戦布告した露土戦争では、ロシアがオスマンの力を侮って短期決戦での勝利を見込んだため兵站作戦で難航、予想を上回る甚大な損失を被る。広軌鉄道を持つロシアにとって改軌作業がネック。狭軌の車両は車軸を容易に延長させられるが、逆は不可能かつ橋梁等の関連構造物の変更も不可能
この間ヨーロッパの外で続発した植民地戦争では、戦争行為の武器としての鉄道の重要な利用価値があらゆる形で描き出される ⇒ 最初はエチオピア、次いでスーダン、さらにボーア戦争へと進む。南アでの英国の権益擁護を口実に始まったボーア戦争では、英国軍が補給物資の輸送のほか、この頃から使われるようになったダイナマイトによる破壊工作から鉄道を防備するために考案された装甲車が攻撃にも役立ち
日露戦争も、鉄道を利用して膨大な軍勢と補給物資を戦域内へ迅速に輸送できた結果、戦闘の規模が大掛かりになった(奉天会戦では62万が関わる)という点で、これまでとは著しく種類の異なる戦争となった ⇒ 鉄道線の建設が事実上戦争を誘発させた唯一の戦争。ロシアの極東へ向かう領土拡張策によって持ち込まれた大型鉄道の案を、同様に拡張傾向にあった日本は自身の領土的野望への威嚇と見た結果戦争に発展
シベリア鉄道は、ロシアが最遠の地方県に中央の支配を押し付ける目的で着手した一軍事計画。最初は日清戦争で負けた清の弱みに付け込んで中東鉄道(日本では東清鉄道、東支鉄道などと呼ばれた)を認めさせ、支線として南満洲鉄道を含み、1903年に完成、ハルピンから旅順・大連まで繋がる
鉄道によって戦争の規模と内容が一変したことを示す戦いの典型

第6章     世界中が予期した戦争 ⇒ 鉄道への大規模な資本投下に向けて全ヨーロッパを巻き込んだ第1次大戦に先立つ予備工作について詳述、鉄道が決定的な役割を果たし前線の位置を効果的に選定
積年の緊張関係に加えて、「攻撃礼賛」とも言える攻撃側が防御側に対して本来有利に立つとの、普仏戦争の結末の誤った解釈から一部起因した定理が、ヨーロッパを戦争へと押し出す
世紀末近くになって緊張関係の源に輪をかけたのが、植民帝国確立へ向けた猛進であり、鉄道が植民地保有国が一国への支配を強固にするための道具とされた
オスマン帝国の崩壊は、広大な土地に対する直接支配を確立するうえで、どちらかと言えば出遅れたドイツのような国に、経済面で支配権を行使できる地域を開拓する好機を与えた ⇒ ベルリン=バグダッド鉄道を目玉商品として、ペルシャ湾の海港への出入りを獲得する手段として、英国の支配下にあるスエズ運河を通過しなくとも極東との交易を可能にするために考え付いた。オスマンがバグダッドへの延伸許可を求めたとき、英仏露はこぞってその計画への参加を求めてきたが、やがてドイツ主導の計画だと気付いて建設阻止に動き、特にペルシャ湾に利権を多く保有するイギリスと、新たに進出しようとするドイツとの間に煮えたぎる敵愾心に油を注いだ
新世紀とともに、ドイツの軍事計画はますます精巧となり、その中核にあったのが鉄道を通じて迅速な戦時体制化を図る構想

第7章     西部戦線における大鉄道戦争 ⇒ 鉄道の機動力の増進が3年半に及ぶ膠着戦を西部戦線にもたらした
ドイツ軍は39日間でパリに到着しないどころか、全く来なかった ⇒ 鉄道輸送に隘路があり、そこに輸送が集中するという兵站上の欠陥が原因となって失敗に終わる
ドイツやフランスは軽便鉄道を活用、イギリスはその利便性を否定 ⇒ 特にフランスの田舎道では、道路が軍用の交通運輸のために整備されていないために、瞬く間に泥濘だらけの悪路と化しより軽便鉄道が有用
1916年にヴェルダンとソンムで戦われた2つの主要戦が、補給網にある決定的な重要性を、とりわけ戦争の成り行きに鉄道の及ぼした役割に強い光を当てた ⇒ ヴェルダンは大戦中最大の長期戦となり、鉄道に加えて道路整備に注力したペタン元帥の存在が大きかった

第8章     東部戦線での対照的な様態 ⇒ 一方、東部では鉄道が相対的に不足したことで動きのより少ない戦争に終わったというパラドックスについて考察
二正面作戦の危険回避のための外交努力に失敗したドイツは、不本意にも東部の戦闘に巻き込まれるが、戦争の勃発後数週間で膠着戦に陥った西部戦線と違って、東方では鉄道の不在がより機動的な戦闘を招き寄せる
ロシア側が、鉄道網、特に南北に走る路線の不足と軌道の違いに苦しんだのに対し、ドイツ側は鉄道をうまく利用、軌道の違いも早期に解決して占領下の路線を流用できたこともあって、戦局を有利に進める

第9章     またしても同じこと ⇒ 第2次大戦で鉄道が果たした役割が戦間期の科学技術の変遷に比べて過小評価されていることへの反論をドイツのロシア侵攻に焦点を当てて考察
2つの大戦間期が、自動車時代の到来を特徴付ける ⇒ 第2次大戦では貨物自動車が輸送手段として一般化、空輸の発展もあって鉄道の役割は減退すると予想され、鉄道の改造や近代化のための投資が控えられた
しかし、石油の供給が船舶輸送に依存していたのに対し、旧式に留まっていた鉄道が石炭を使用したため、戦時下にあっては重要な輸送手段としての地位を取り戻した ⇒ 広範囲に及ぶ鉄道廃止の日々が到来するのは第2次大戦後のこと
ただし、戦闘の機動性が増したことから、鉄道の役割に変化 ⇒ 重量のある軍貨物の輸送と、長距離の行軍には鉄道が有効
ヨーロッパ大陸では鉄道が戦争の兵站作戦の中核にあってその伝統的な役割を担っていたが、ヒトラーはその機能を把握し損ねていた。ヒトラーは、エンジンの仕組みに精通した自動車の熱狂的な愛好者で、鉄道への投資に代わってアウトバーンの建設に集中、乗り物よりも道路に焦点を当てることで過誤を倍加。また、自動車に切り替える際にも自動車産業の立ち遅れや、戦車や飛行機のようなより挑発的な機器類に関心が向かったため、予想外に遅れが目立つ
輸送の効率という面からは、鉄道と自動車の差は歴然で、鉄道の軽視は致命傷で、兵站上の失点が表面化したのは41年夏のロシア侵攻で、過去の失敗の繰り返しに終わる
逆にスターリンは、長年来鉄道の有用性を認識、両大戦間に鉄道システムに厖大な投資を実施、第2次大戦開戦までにはかなり良好な状態にあったし、大戦中にもスターリングラードの防御軍への補給のために4500マイルに及ぶ鉄道を新設している
アメリカも、真珠湾から数日以内に、全輸送施設と戦時下の交通運輸作戦を連携させるために国防輸送局が創設され、鉄道側も接収を避けようと政府の要請条件を全面的に満たすよう協力体制を整えた結果、軍貨物の90%と軍関係者の97%以上を運んだ
戦時下で建造された鉄道で最も不評を買ったのがビルマ・シャム鉄道(泰緬鉄道) ⇒ 42年日本軍によって改良・建設された300マイルの鉄道で、19万の地元民と英国捕虜6万人を動員し、大変な犠牲のもとに僅か16か月という驚異的な速さで完成
鉄道輸送の重要性に気付いた米英独では、戦時中にも揃って標準軌の簡素型機関車を大量に製造
ドイツの戦争活動の鍵を握っていたのが鉄道の有効性であったとしたら、それはまた大勢のユダヤ人を強制収容所と死の収容所へ輸送したという最大の犯罪を実行した上でも欠かせなかった ⇒ 綿密に計算された輸送システムが最大の効果を発揮したのは皮肉だったが、連合軍の猛爆下でも耐え抜いた力量は驚異的。強制退去にはフランスやオランダ、ベルギーの鉄道も協力しており、戦後厳しい非難の対象とされたが、罪を追求されることはなかった
ドイツの鉄道が予想を遙かに超えて確実に機能し続け、あれだけ困難な状況をあれだけ長期にわたって切り抜けてきただけに、最終的に破綻の時期を迎えると、全システムが恐るべき速度で崩壊 ⇒ ライン河に架設された全橋梁の爆破のようにドイツ軍の手で速められ、連合軍の進軍を遅滞させた

第10章  線路上の流血 ⇒ 鉄道戦争に関する驚異的な近時の諸側面について考察
朝鮮戦争では、海空で圧倒的優位にあった国連軍及びアメリカ軍が、いくら空爆をしても北朝鮮の滿洲からの鉄道輸送路を分断できなかった ⇒ 第2次大戦でドイツを攻撃した米英が悟ったのだが、空爆に頼って鉄道線を潰すのは至難の業だということが教訓として生かされなかった
ベトナム戦争の初期段階においても、両陣営ともに鉄道が輸送上の最重要な生命線であることを認識し、大半の地域が戦場と化していたサイゴン・ハノイ間1100マイルの鉄道が奪い合いの対象となる ⇒ 大戦後再開された中国に支援されたベトミンと宗主国だったフランスとの戦いは、鉄道の奪い合いを巡って争われ、フランスがお手上げの状態になったところでアメリカが南半分の軌道の再建資金を供給する形で参入
インドとパキスタンの紛争や、71年バングラデッシュがパキスタンから分離独立した際も鉄道の果たす役割は重要 ⇒ 独立の際インドが、バングラデッシュに向けてガンジス河を渡る鉄道を敷設してインドと東パキスタン間に生じていた隘路を緩和したたことが独立に繋がる
航空兵器の登場によって不要になったと考えれていた装甲列車も、以降長期にわたって利用 ⇒ 特にロシアでは60年代の中国との、90年代にはアゼルバイジャン等の分離主義者に対する軍事行動の一環として、ミサイル列車まで開発されたという
鉄道が戦争の様態を変容させ、規模や戦闘期間、戦闘場所までの決定要素となったのは偶然ではなかった ⇒ 正確な運行に軍隊の規律が必要だったし、しばしば軍事目的を念頭に置いて、あるいは戦略目的を考慮して建設された。その典型がアメリカ大陸横断鉄道とシベリア鉄道
兵器と輸送の両方が技術的変革を遂げたお蔭で軍用鉄道の時代は終焉した
産業規模での大量殺戮は鉄の道なくして可能とされなかったが、産業規模の戦争行為が姿を消したお蔭で、軍事目的のために出動させられるというその役割は終わった
自動車にとって代わられることは必定だったが、そのためには長い時間を要したし、大量輸送という無比無類の利便性は依然として保有しており、今日も繁栄し続ける

訳者あとがき
読み終えた後に残ったのはきちんと検証された歴史の先には未来も開けているという清澄なる確信
著者は、スウェーデンとロシアの血を引くロンドン在住の、日本でいう団塊世代に近い英国人ジャーナリスト。これまで専門とする交通・運輸問題を中心に、自らプレーするクリケット球技、7080年代にかけての児童虐待問題、最近ではPFI(民間投資振興法)まで様々な分野で高い評価を得た多くの著書を上梓。
ナポレオン時代以降の主だった戦争において鉄道が担った役割とそのもたらした結果に光を当てつつ、二者間の関わりについて実証的に記述した著書
著者は、鉄道という文明の利器を手にした人類の反省の意を代弁
2016年のロンドン市長選に労働党から立候補予定 ⇒ より素晴らしい「首都ロンドンとその外環部」を目指し、中心部への車の乗り入れ制限、自転車交通計画の見直しを公約としている



鉄道と戦争の世界史 クリスティアン・ウォルマー著 総力戦生み出した鉄道の歴史 
日本経済新聞朝刊20131013

 「列車は国家権力を乗せて走る」と言われる。地続きで国境を接することがない島国に住む日本人にはぴんと来ない。でも、明治末の満州(現中国東北部)や朝鮮を思い起こせばなるほどと思えてくる。極東への領土的野心を剥き出しにしたロシアのシベリア「鉄道線の建設が事実上(日露)戦争を誘発させた(世界で)唯一の戦争」だったからだ。続く満鉄をめぐる攻防も然(しか)りである。
(平岡緑訳、中央公論新社・3800円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
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(平岡緑訳、中央公論新社・3800円 書籍の価格は税抜きで表記しています)
 近代戦は補給戦でもある。19世紀、鉄道による迅速な補給(兵站〈へいたん〉)の良しあしが、戦争の帰趨(きすう)を決するようになる。本書はこの時代以降の、ヨーロッパで勃発した諸戦争やアメリカ南北戦争、日露戦争、鉄道利用がピークとなった2つの世界大戦、朝鮮戦争、ベトナム戦争などを取り上げている。皮肉にも、鉄道が大量の補給を可能としたことで、戦争の様態を変えた。より大規模化、長期化させて総力戦の時代をつくりだし、惨禍を飛躍的に大きくしたからだ。
 「自動車の熱狂的な愛好者」だったヒトラーは鉄道輸送に対する眼識を欠いていた。300万の兵員でロシアに攻め込んだバルバロッサ作戦では、自動車輸送に重点を置いた。ところが、より奥地へと進軍するほど道路は劣悪となって、行軍も補給も阻まれ敗北に終わった。対するスターリンは「長年来鉄道の有用性を認識」していて、勝利を手にした。
 著者は力説する。「鉄道は戦争と切っても切り離せない関係にあった」にもかかわらず、これまでその軍事的役割があまりにも無視されてきた。本書のように鉄道の戦略的側面を主題として「取り上げた作家はこれまでほとんどいない」と言うのである。
 近年、鉄道に興味を抱く人が増えているが、その関心は国内に限られる。国際的な視野の広がりを持つ鉄道の歴史への招待として本書を推薦したい。口絵写真も多くて読みごたえのある本書の主題は福島の原発事故の本質も教えていた。原発も戦争も、それを支えるインフラ(原発は防潮堤や電源設備、戦争は鉄道)の崩壊によって、取り返しのつかない致命的なダメージを受けていたからだ。
(ノンフィクション作家 前間孝則)


『鉄道と戦争の世界史』 クリスティアン・ウォルマー著
讀賣 2013.10.21.付け
評・田所昌幸(国際政治学者・慶応大教授)
政治・経済・軍事が一変
 19世紀前半から鉄道が普及し始めたことによって、巨大な変化が起こった。
 それ以前は陸上でもっとも機動的な輸送移動手段は長く馬を利用することであり、水上輸送の方が概して効率の良い輸送移動手段だった。だが鉄道によって陸上輸送の効率は飛躍的に向上し、同じ地勢でもその政治的・経済的そして軍事的な意味は一変した。
 たとえば近代国家としての統一ドイツも、国土が南北に貫く何本かの大きな河川に分断されている有り様では、東西をつなぐ鉄道なしには成立しなかったであろう。また内陸部の穀物が国際市場で大量に出回るようになり、穀物貿易が増加したことの背景にも鉄道による陸上輸送の革命的進歩があった。鉄道は経済的目的のために開発されたのだが、それまでの常識から見れば桁外れの兵員や物資を急速に前線に送ることができるようになったのだから、戦争の様態も一変することになった。
 訳文がこなれていないために、叙述のリズム感が損なわれているのは非常に残念だが、定評のある鉄道史家による本書は、世界中の軍隊がこの新たな技術を手なずけるのに苦労した様子を見事に描き出す。普仏戦争では、フランスの鉄道の方が設備面では優れていたにもかかわらず、大量の物資が行方不明になったり、指揮官とその兵士がはぐれたりといった大混乱が続出したばかりか、進撃してきたドイツ軍に物資や貨車を利用されるといった失態を演じた。勝利したドイツ側は、急速動員が可能になったので攻撃側有利と考え、綿密な鉄道輸送計画に基づいた作戦を立案したが、鉄道によって防御側の増援の方が容易になったため、第1次世界大戦は塹壕戦になってしまった。
 戦争における鉄道の役割は過去のものとなったが、宇宙空間やサイバー空間が政治的、戦略的にどのような意味を持つのかを掴みかねているわれわれも、実はさして進歩していないかもしれない。平岡緑訳。
 Christian Wolmar=英国で、運輸問題に定評ある作家、ブロードキャスター。著書に『火力と蒸気』など。
 中央公論新社 3800円


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