名誉の殺人  アイシェ・ヨナル  2013.12.31.

2013.12.31. 名誉の殺人  母、姉妹、娘を手にかけた男たち
Honour Killing         2008

著者 アイシェ・ヨナルAyse Onal 1955年生まれ。大学で心理学専攻。84年からジャーナリスト。トルコの週刊誌、新聞、テレビ局で記者、コラムニスト、プロデューサーを務め、中東各地の紛争取材のほか、トルコ国内の政治、組織犯罪にも切り込む。政府のブラックリストに載り、取材が妨害されたり、イスラム主義者から脅迫を受けたりしながら報道を続け、96年には米国の「最も勇気ある女性ジャーナリスト賞」を受賞。名誉の殺人の罪を犯した服役囚のインタビューを続け、06年にドキュメンタリーとしてテレビで放映

訳者 安東建 1959年生まれ。阪大卒後、83年朝日新聞入社、松江支局、本社社会部などを経て、98年から2年間ナイロビ支局長としてアフリカを取材。04年から3年半テヘラン支局長。イラク戦争の現場取材のほか、イランの核開発問題、国是の世俗主義とイスラム化の狭間で揺れるトルコの総選挙も現場から報じた。福井総局長、大阪本社編集局長補佐を経て、13年から東京本社国際本部長補佐

発行日           2013.8.25. 第1刷発行
発行所           朝日新聞出版

中東やアフリカ、南アジアなどの古い価値観が残る社会で起きている「名誉の殺人」。婚前、婚外交渉を行ったり、親の認めていない男性と付き合ったりした女性が、父親や兄弟の手で「家族の名誉」を守るために殺される。犠牲者は世界中で年間5000人に上るという。
著者は、母や妻、姉妹、娘を殺害して収監されたトルコ人の男たちにインタビューし、10のケースを本書で採りあげる。男たちは、迷いなく殺したのではない、その任をこなさなければ、共同体で生きていくことが出来なかったのだ。名誉とは何なのか? 男たちは後悔しているのか――?
暴行の末やがて殺される女性たちの悲劇だけでなく、一族の名誉に押し潰される実行した男たちの傷、それらの傷に苦しみ続ける家族の姿をリアルに伝える衝撃のノンフィクション

序文             ジョアン・スミス(英国の著名なコラムニスト、小説家。女性の人権擁護の活動に熱心)
男性3人による女性のレイプ殺人事件で衝撃だったのは、2人までが女性の父親とおじで、公判中に事実が明るみに出るにつれて激しい怒りを呼び起こす ⇒ 女性はクルド人と結婚させられたが夫のもとを去り、イラン出身のクルド人と恋に落ちたところを父親と伯父から尾行を命じられた男たちに2人がキスをしている写真を撮られ、父親等から死を命じられたというもの
トルコでもクルド人が多い地域とイラクが、世界でも名誉の殺人の発生率が高い地域
クルド人地域では女性の74%は、自分が不倫をしたら夫に殺されると信じている
強制結婚と名誉の殺人という習慣は分かちがたく結びついている
偶に男性も対象とされる
警察や学校は、家族間の諍いだとして進んで関わろうとはしない
名誉を基礎とする文化に生きる男たちは、常に恐れ、疑い、怒っている。自分たちの心配が現実となったと確信したときには暴力という火に油を注ぐ。著者は、そのような家族の中に生きる事の実態を明らかにし、殺される女性たちだけでなく、実行犯や他の親類たちにとってもひどい損失となることを明らかにするという重要な仕事をやり遂げた
名誉の殺人は、市民社会で十分な役割を果たすのを妨げるという意味で、家族全体にとっての厄災であり、こうしたことを明らかにする勇気あるジャーナリストに私たちは感謝しなければならない

1.    レムジエ
敬虔なクルド人の大家族
娘はしばしば自分が結婚したいと思う男と一緒に家出をするために、土地を巡る争いについて家族間で流血沙汰となる確執の最もありがちな原因となる。そのため娘が生まれるとすぐに嫁ぎ先を決めるという習わしが確立しており、男の子の産着と女の子の髪の毛に同じ青い数珠玉が縫い込まれる
男は何も仕事をせず、女たちだけが畑を耕し、冬越えのためのたくわえを用意したが、賢かった娘はいつも母親になぜかと尋ね抗議した
娘の進学希望は拒否され、逆に家族の男全員から暴力を受け、ついには決められていた従兄と結婚させられたが、娘は婚約したことは知っていたが、結婚して母親のように自分の夫に尽くすことが唯一の生きる目的という女性にはなりたくなかった
娘は自分の先行きに諦めを感じ始めたころ、隣家を建てに来た大工に恋心を寄せ、親しく話していたところを家族に見られ、折檻を受ける。母は、娘の兄たちに「本当のことを言わないなら殺せ」とけしかける
たまらず娘は家出して恋人の家に転げ込むが、追ってきた家族と婚約者に連れ戻され監禁される
一族の葬式の時に逃げ出し、恋人を呼び出して強引に結婚を承諾させるが、またもや家族に見つけ出され再度監禁。父親は最初こそ娘の殺害に反対したが、若者に殺害を命じる
かろうじて逃げ出し、異教徒に救われて恋人とも再会、家族から隠れた生活をして娘を設けるが、恋人は家族の目から逃れるためまともな仕事は出来なかった
テレビの人道援助番組の呼びかけに応じてテレビに出演したことが契機となって、たくさんの援助の手が差し伸べられたが、同時に家族の知るところとなって、家族の名誉を全国民の前で辱めたものとして家族は復讐を決意
オーストリア在住のトルコ人からの援助で亡命
著者が初めて娘と会ったのは逃亡してから3年後。家出したのは人間として扱われることを求めて、そして自由のためだと言った
女だけを殺そうとするのは、男を殺すと代々お互いの家族間で血で血を洗う争いになるからで、娘を殺せばそれで新しい問題は起こらない

2.    ハヌム
少年の頃、母親が初体験の相手だった従兄と、夫に内密で不倫している現場をおぼろげに目撃、市場にある伯父の店を任されるようになって、言い寄る女性を袖にした際、彼女から腹立ちまぎれに母親の過去を知らされる
母親の不倫は市場では公然の秘密のようになっており、伯父までが母親の過去を知るところとなって、息子に殺害を命じるが、息子は自分が結婚すれば母親の恥ずかしい噂から逃れられると思い、好きになったある裕福な家庭の娘と結婚しようとしたが、母親のことが露見して娘の家が結婚を認めない。落胆と同時に母親を恨み殺害を実行
母親殺しを伯父に報告すると、伯父は態度を一変して自首を勧められ、20年の実刑に。家族も友人も誰も面会には来ず、名誉回復どころか完全に見捨てられた

3.    ジャビト・ベイとメフメト・サイト
娘しか生まないとして虐待のとまらない夫から逃れるため、老いた母親の面倒を見るという嘘をついて、兄弟の反対にもかかわらず出戻ったため、兄弟が怒って弟の1人に姉殺しを命じる
町の人たちにとっては、離婚したり夫を亡くしたりした女は売春婦と変わりなかった
弟は姉を婚家に戻そうとしたが、姉が抵抗したので殺害、終身刑の宣告を受ける
家族は弟を若者の手本として持ち上げたが、母親だけは殺人を許せずに面会にも来ない

4.    ヌラン
貧民街に育った娘がクルドの仕来りを守らずに肌を見せて表で遊ぶのに激怒した父が折檻、娘は逃げ出すが彷徨中に暴行されて家に戻ったのを見て、父親は自ら手を下して娘を殺害して死体を森に埋める
遺体が発見されて警察官が身元確認に両親を訪ねるが、挙動不審から一族による殺害が露見、親族の大半が拘置所に入れられ、終身刑などが言い渡される

5.    アイセル
息子が13歳の時に父親は不遇のうちに亡くなり、そのあとを追うように祖母も亡くなる
息子は、長じて聴覚に障碍のある少女と結婚。障碍者は近所の子供たちの嘲りの的となるため、幼い頃はその残酷さを一身に受けて育ったが、結婚してなんとかその迫害から逃れた
息子は、実の姉がトラキアからの移民なるがゆえに売春婦と噂され、隣人たちが息子に敵意を持つようになり、息子は地域から孤立するとともに姉に敵意を持つ。隣人からの攻撃に耐えられなくなって姉に手をかけ、隣人を通じて自首、強制労働20年の刑に服すが、姉の検死の結果は処女だった

6.    ナイレ
7.    ニガル
8.    ファディメとイェテル
9.    ウルビエ
10. パパティヤ
あとがき
従姉がカフェで男と付き合っていたという理由だけで公共市場の中で彼女の喉を切り裂いた若者が、「自分の尊厳と名誉を清めた」と言って平然としている。殺人犯は懲役10年の刑を受けたが、210か月で赦免
0005年の間に1806人の女性が名誉の殺人の犠牲になった一方で、5375人が家族からの圧力により自殺。不審死は含まず
トルコ政府は、一握りと思しき女性の権利を守ろうとはしなかった。06年に刑が重くはなっても、価値観が法と必ずしも一致しない社会では、厳罰が抑止力にはならない
トルコ人の2/3は、犯罪と信仰上の罪を同義とみている ⇒ イスラム社会では名誉の殺人をなくすのは困難で、中東やその周辺地域では法制度だけで女性に対する殺人を終わらせることはほとんど不可能であり、宗教が非難されることのない殺人に加担しているように思われる
名誉の殺人を犯した囚人にインタビューすることに対し、法務省から正式な許可が下りるまで1年半かかった ⇒ 彼等は殺すように命じられ、疑問も持たずに実行した
名誉の殺人を家庭内暴力と位置付けるのは間違いで、社会的な暴力であり、家族の範疇を超える
殺すことで家族あるいは男が名誉や威厳を得るというのは正確ではない。しかし、もし罪ある女性が殺されなければ、その家族の高潔さが保たれないというのはほぼ真実
名誉の殺人を犯した囚人は、実行後は喜びとは無縁の孤独に打ち捨てられる。名誉の殺人は、家族に二重の悲劇をもたらす

訳者あとがき
トルコの別の一面を描写
名誉の殺人は、中東、アフリカ、南アジアのほか、欧州や南米の一部など世界各地で報告されている。犠牲者は推定で年間5千人。「名誉の殺人」に匹敵する女性への抑圧や危害のニュースも後を絶たない
著者はプロのジャーナリストであり、政府を厳しく批判することから何度も圧力をかけられ、要注意人物として度々ブラックリストに載せられた。そうした圧力をはねのけて本書が可能になったが、当局と渡り合う姿勢には、共感を超えてジャーナリストとして敬服させられる


名誉の殺人 アイシェ・ヨナル著 閉鎖的社会が生み出す不幸 
日本経済新聞朝刊2013年9月15フォームの始まり

フォームの終わり
 一族の名誉を汚す罪を犯した女性を、父親や男兄弟が殺害する「名誉の殺人」。国連人口基金によると、年間5000人の女性が殺されているという。トルコでは、2000年から05年の間に、1806人の女性が殺害され、さらに、5375人が家族からの圧力により自殺している。
(安東建訳、朝日新聞出版・1600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
(安東建訳、朝日新聞出版・1600円 書籍の価格は税抜きで表記しています)
 殺された女性たちは、何も語ることはできない。家族も地域も口を閉ざしてしまうため、真実は闇の中に葬り去られる。トルコ人のジャーナリストで、テレビプロデューサーである著者は、「名誉の殺人」を犯して服役している男たちにインタビューし、関係者に対して綿密な取材を重ね、その閉ざされた真実を明らかにした。
 10の物語から成る本書でひときわ目を引くのは、地域の人間たちが無責任に噂を流し、家族を追い詰めていくさまである。
 名誉の殺人で命を落とすのは、婚外・婚前交渉など、彼らの定義する罪を犯した女性だけではない。不幸にして強姦された女性や、街で売春婦と噂されただけの女性でさえも、その犠牲となる。殺人を実行するまで圧力をかけ続ける者たちは、実際に殺害が為(な)された途端、そっぽを向く。
 第2章で夫以外の男と関係を持った母親を殺害したウルファ出身のムラトはこう言った。
「あなたは聞くだろうね。『それで、あなたの名誉は回復したの?』と。いいや、今はもっと悪い。自分は殺人者になった。(中略)来世で僕に一番ふさわしいのは、地獄だろう」
 身内が女性を殺害することで、家族に二重の悲劇をもたらす名誉の殺人。結局、女性たちはなぜ死ななければならなかったのか。閉鎖的社会が生み出す不幸の連鎖を止める方法は、この本のどこにも記されてはいない。
「残虐行為に沈黙する者はみな、犯罪の幇助(ほうじょ)者となる。私は沈黙したままではいたくなかった」
 著者の言葉は重い。遠く離れた異国で起きる悲しみの物語を、私たちは傍観するしかないのか。
 女性たちが救われる未来を思い描くのは難しい。ただ、この事実から目を背けてはならないことだけは、確かだ。
(ノンフィクションライター 城戸久枝)



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