東京會舘とわたし  辻村深月  2016.10.26.

2016.10.26.  東京會舘とわたし 上下

著者 辻村深月(みずき) 1980年山梨県生まれ。04年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で吉川英治文学賞新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で直木賞受賞。

発行日           2016.7.25. 印刷                 8.10. 発行
発行所           毎日新聞出版

上巻
大正11年、丸の内に誕生した国際社交場・東京會舘。
〈建物の記憶〉が今、甦る。
ここは夢が生まれる場所。
激動の時代を生きた人々を描く。
直木賞作家の傑作長編小説!
海外ヴァイオリニストのコンサート、
灯火管制下の結婚式、
未知のカクテルを編み出すバーテンダー……
會舘の人々が織り成すドラマが、読者の心に灯をともす。

下巻
あの日、この場所で交わした約束があった――
渾身の感動長編、堂々の完結
「直木賞の時に帰ってきます」
辻村深月が本当に書きたかった物語!


本書は、丸の内に実在する東京會舘の歴史を下敷きとしたフィクションです
初出は、『サンデー毎日』201468日号~20141228日号に連載された『東京會舘とわたし』に加筆修正を施したもの

プロローグ
建て替え前の最後の日、若い小説家が東京會舘を舞台に小説を書こうとして、(藤原)社長に面談を申し入れ
藤原社長から見せられた竣工直後に開催されたクライスラーの演奏会の芳名帳を見て、すごい名前が並んでいるのに驚く
社長も、幼いころ進駐軍将校の友人と知り合いだった母親に連れられて宝塚劇場(占領当時はアーニー・パイル劇場)で映画を見た帰りに東京會館に来たことがあり、まさかそこの社長になるとは夢にも思わなかった
この建物にやってきた人の数だけ、それぞれの物語がある。著者にとってのその日とは手にした万年筆に刻まれた2012.7.17.

第1章     クライスラーの演奏会              大正1254
金沢から明大に入学した作家志望の若者が、知人から音楽会の知らせをもらって、かねてよりあこがれていたクライスラーを帝劇に聴きに行くとき、地下で繋がっている隣の東京會館の存在を聞かされる。建設費用3百万円。地下で劇場とホテルを繋ぐ構想はロンドンのサヴォイ劇場を真似たもの
1年前に落成した我が国初の民間の力のみで作られた社交場。創立の立役者は、帝劇の支配人山本久三郎と東京商業会議所会頭の藤山雷太、西洋料理の三田東洋軒主人の伊藤耕之進
もともとの構想にはホテルもあって、「パレース・ホテル」という名までついていたが、5階建ての最上階に位置するために皇居を見下ろすという立地にケチがついて潰れた
クライスラーは、演奏会の後東京會館で非公式の小規模の演奏会をしている
同年秋の関東大震災では、帝劇が焼け落ちて、秋に予定されていたハイフェッツの演奏会は帝国ホテルで開催。東京會館も一時休業に
帝国ホテルは、ちょうど新本館落成の披露宴の日で、建物は無事に残ったため、炊き出しはもとより、大使館や通信社などに部屋を貸したりしていた

第2章     最後のお客様                       昭和151130
1940年成立の第2次近衛内閣で、近衛が大勢翼賛国民運動を提唱、大政翼賛会が結成され、東京會館はその庁舎として徴用されたため、10日前に営業を終了
関東大震災後の復旧は、修繕費も解体費も同じ1百万円だったため、解体は免れたが、修繕費用が集まらず、経営者の藤山雷太は不渡りで訴えられる始末。ようやく当初建築を請け負った清水組が名誉挽回の好機として半額を負担して改築工事を手掛け、272月にようやく完成
再建当初は、帝国ホテルに運営を委託する形でスタート
プルニエは34年の開業。西洋すももの意だが、レストランの名前の由来はパリの魚屋の主人の名前。新鮮な魚を提供することで有名、隣にレストランを出し、臭いを嫌ってあまり魚を食べなかったパリ市民に見事な魚料理を提供。東京會館の料理長が本家で修業して開く
40.11.30. 最後のお客様として、大政翼賛会の面々を迎える

第3章     灯火管制の下で                    昭和19520
まだ戦況が日本に有利だったころに徴用解除となり、大東亜会館として質素に営業を再開
灯火管制の下で結婚式の披露宴も行われた

第4章     グッドモーニング、フィズ           昭和24417
東京會館は大空襲を生き延び、戦後は名前も元の東京會館に戻ったが、都庁舎として徴用され、宴会場としての営業再開はまだ先の話
直後の4511月に連合軍が接収、高級将校の宿舎とクラブにして、名前もアメリカン・クラブ・オブ・トーキョーと改められた(3年後にはユニオン・クラブ・オブ・トーキョーと改名)
4代目のアメリカ人の支配人の好きなカクテルがブル・ショット 東京會館はコンソメを、ビーフではなくチキンで作っていたのが、いい味になっていた
ユニオン・クラブに改名した直後にマッカーサーが視察に訪れ、昼間から酒を飲んでとぐろを巻く将校を見て激怒、以後、昼間のバーは開店休業状態となり、それを打開するために日本人スタッフが考えたのが新鮮な牛乳にレモンを混ぜ、ソーダを加えて、"モーニング・フィズと名付けて提供することで、たちまち人気カクテルとなる
52.7.1. 接収解除。名称を東京會に変える
悲願のホテル業を、別会社として開始。当初の名前はホテルテート、後パレスホテルと改称

第5章     しあわせな味の記憶               昭和391220
イル・ド・フランスは、東京オリンピックを契機として、フランス政府が来日する多くの外国人に、本当のフランス料理を提供することを計画し、東京會舘に設置したレストラン
材料は、毎日本場フランスから空輸されている
当初3か月の予定が、大変な人気で、東京會舘からの強い求めに応じて、期間延長して営業
55年、フランス料理を教えるクッキングスクール開校とフランス風クッキーの持ち帰り事業開始  当時人気のあった泉屋のクッキーを念頭に置いたが、できたのはガトーという、小麦粉に砂糖とバターを混ぜて焼き上げたフランス風のクッキー。贈答用として人気に火が付き、カトレア模様の缶とともに東京會舘の名物となった
名物のクッキーの味に魅かれて大阪から上京して東京會舘で食事をした記念の日
初代の顧客だった3代目遠藤波津子は、戦前から東京會館の婚礼のすべてを取り仕切ったが、4代目の娘に任せた後、美智子妃殿下の美容担当を拝命、東京會舘5階に妃殿下専用の支度部屋が作られた

第6章     金環のお祝い                       昭和51118
今年金婚式を迎えるはずだった夫を2年前に亡くした老女が、その結婚記念日に開かれるお茶の新年会が東京會舘と知って出かけることにした日
72年建て替え
ロビーには猪熊弦一郎の「金環」という名の照明が、壁画とともに飾られている

第7章     星と虎の夕べ                        昭和521224
8階に会員制のクラブ「ユニオンクラブ」がある ⇒ GHQ時代の名前をそのまま使用
越路吹雪のディナーショーの夜
越路は」内藤法美との結婚披露宴を東京會舘でやっているが、縁あって旧館のさよならパーティでも歌い、新館になってからも毎年ディナーショーをやってくれている
まだ宝塚にいたとき、劇団出版部で働いていた岩谷時子のところに、自分のサインの書体について相談に来たのがきっかけで、越路が退団して上京する際、劇団に言われて一緒に上京し、以来越路のマネージャーになる。報酬が一切伴わない"友情の仕事とでもいうべき関係
本番直前まで、客の入りを心配し、「舞台はコワい」と弱音を吐き、緊張でガタガタ震える越路に対し、岩谷が背中にトラの字を書いておまじないをかけステージへと押し出す
越路と東京會舘の縁は翌78年が最後 ⇒ 翌々年から胃がんで入院、80年逝去
越路のディナーショーは鳳蘭に引き継がれる ⇒ 東京會舘は宝塚と関係が深い
越路の愛称「コーチャン」は、旧姓河野美保子からきている

第8章     あの日の一夜に寄せて            平成23311
大震災の日、帰宅難民に翌朝まで全館を提供
シニアのクッキングスクールで最初に教えるのは、「絶対すぐに家でやるな」 ⇒ 台所は奥さんの領域。奥さんに迷惑をかけないという覚悟がなければ、作った料理がどれだけおいしくても、2度目からは嫌な顔をされる

第9章     煉瓦の壁を背に                     平成24717
日本文学振興会主催の第147回直木賞に、4度候補になっていた小椋真護(まもる)の『声の図書館』が選ばれる(辻村自身のこと)
ノミネートされると、版元の編集者たちと待ち会をして当落の連絡を待ち、受賞が決まると記者会見のため東京會舘に向かう
芥川賞、直木賞とも、1935年文藝春秋社長だった菊池寛によって同時に制定
芥川賞は、新聞・雑誌に発表された純文学の短編作品に贈呈。対象は主に無名・新進作家
直木賞は、新聞・雑誌に、あるいは単行本として発表された短編及び長編小説の大衆文芸作品に贈られる。対象は主に無名・新進・中堅作家
応募方式ではなく、すでにデビューしている作家の作品から日本文学振興会が候補を選び、選考委員によって読まれる。選考会は年2回。1月と7月。正賞は懐中時計、副賞が百万円
候補作品は5,6作。2か月ほど前に事務局から候補を受けるかどうかの連絡があり、1か月前には候補作が公になる
文芸業界一影響力が強い
記者会見後1か月して授賞式。いずれも東京會舘で行われる。初めて行われたのは58年第38回の祝賀式。東京會舘が恒例化したのは80年の第83回から
記者会見が行われるのは、煉瓦の壁のある11階のシルバールーム。作家にとって憧れの光景
05年の直木賞受賞者・角田光代は、受賞後のエッセイに、「今度で5度目の「受賞が決まりましたら東京會舘へ」である。こう何度も名前を聞かされ、かつその建物を訪れないでいると、「東京會舘って本当にあるのか」という気がしてくる」と書いている
煉瓦の壁は、実は煉瓦色のタイルで、昔丸の内にあった煉瓦作りの建物の街並みを残そうとして、東京會舘は外観も内装も、煉瓦色のタイルを使うことに拘った
小椋は、親の反対を押し切り、親子の縁を切ってくれとまで言って作家の道に入ったが、東京會舘で親と喧嘩別れして飛び出したときに東京會舘のテーブルマナー教室で世話になった社員に「大丈夫か」と言われ、返した言葉が、「いずれ、直木賞の時に帰ってきます」
夢が叶って直木賞を取ったことで、親との仲も氷解、受賞のスピーチは、幼いころから父に連れてこられた東京會舘との縁について話す
陰ながら応援していた両親からは、受賞の日付と、本名ではなくペンネームの刻まれた万年筆をプレゼントされた

第10章 また会う春まで                      平成27131
旧館最後の日は雪
22年の創業から93年目にして2度目の建て替えで、隣接する東京商工会議所と富士ビルを一体化。完成は18年春
最後の結婚式となったのは、花嫁の曾祖母・祖母・母ともここで挙式したというカップル
同時刻にシェ・ロッシニでは藤原社長と小椋が、東京會舘を舞台にした小説のための対談をしている



「東京會舘とわたし」(上・下) 辻村深月氏 事実を基に書く楽しみ知る
日本経済新聞 2016/10/2
国際的な社交場を目指して皇居のそばに1922年に誕生した東京会館を主人公にした長編小説だ。大正から平成まで、各時代に焦点をあてながら、スタッフや訪れる客の人間模様を全10章でまとめた。
 東京会館とは縁が深い。2009年にここで結婚式を挙げた。そのとき、芥川賞・直木賞の受賞者の記者会見場でもあることを知った。すでに小説家としてデビューしており、冗談で「直木賞のとき戻ってきます」と口にしたところ、12年に現実のことに。「スタッフの方が『お帰りなさいませ』と迎えてくれた。ここを舞台に小説を書きたいと思った」という。
 執筆にあたり「これまでにこんなに取材したことがない」というほど膨大な資料を読み込んだ。関係者にも会った。関東大震災での被災、大政翼賛会による徴用、第2次大戦後のGHQによる接収。時代に翻弄された歴史を背景に、東京会館の名物の菓子やカクテルなどが誕生した経緯も盛り込んでいる。
 初めての歴史もので重圧があったというが「事実を基にして書く楽しさがわかった」と振り返る。戦時中に結婚式を挙げた90歳を超える女性に話を聞いたときには、自分が頭の中で考えていたストーリーと女性の体験がぴたりと重なった。「現実と過去がかみ合う瞬間があった。今は過去と地続きなんだと実感できた」
 作品にはこうした実在の人物や、東京会館の会報などに残された文章から得たエピソードが詰まっている。「結婚や食事、仕事など時代ごと、人ごとに思い出がある。改めて多面的な場所だと感じた」と話す。現在、東京会館は建て替えのため一時休館中。再オープンは18年春の予定だ。「建物が変わっても歴史や思い出は消えない。今度は私がお帰りなさいと迎えたい」と笑う。(毎日新聞出版・各1500円)
(つじむら・みづき)1980年山梨県生まれ。作家。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でデビュー。12年『鍵のない夢を見る』で直木賞。ほかの著書に『ツナグ』『朝が来る』など。


Wikipedia
株式会社東京會舘(とうきょうかいかん、Tokyo Kaikan Co., Ltd.)は、宴会場結婚式場レストランを経営する会社である。贈答用の洋菓子料理缶詰の販売も手がけている。

概要[編集]

宴会場は、記者発表会、創立記念パーティ、展示会、偲ぶ会、その他各種イベントに利用され、また、結婚式場としてもよく知られる。芥川龍之介賞及び直木三十五賞の受賞者の記者会見と、その1ヶ月後の授賞式は同会館にて行われる。
レストランはフランス料理 プルニエ、西洋料理 シェ・ロッシニ、中国料理 東苑、日本料理 八千代があり、そのほか、バー、カフェテラス、カクテルラウンジなどがある。
会員制クラブであるユニオンクラブは、各界著名人が多く会員になっていることで有名。
クッキングスクールも併設しており、現役のシェフが講師となっている。初級から上級クラス、シニア男性クラス、中国料理、製菓、製パンなど専門のクラスもある。
東京駅二重橋前駅有楽町駅日比谷駅からも徒歩圏。

沿革[編集]

竣工当時の外観
竣工当時の東京會舘(左)と帝國劇場(右)。
1920大正9年)424に設立され、田辺淳吉設計で1922大正11年)111竣工。フランス料理のレストランと宴会場を持った。本社でもある丸の内本舘は、東京都千代田区丸の内の皇居近くにある。
1940昭和15年)12大政翼賛会が発足すると、突如接収され、ここに中央本部が置かれた。1942年から1945年まで「大東亜会館」と改称された。
1949昭和24年)5に、株式上場。主幹事証券会社は、日興證券(法人格上は、のちの日興シティホールディングス、現在、事業を継承しているのはSMBC日興証券)だった。
2015131付で営業終了し、建て替えを実施する予定。営業再開は2018年度を予定している[1]

東京會舘が運営する他の会館[編集]

  • 浜松町東京會舘
  • 如水会
  • 大手町 LEVEL XXI
  • 銀行倶楽部
  • 東商スカイルーム

脚注[編集]



辻村 深月(つじむら みづき、1980229 - )は、日本小説家山梨県笛吹市出身。
経歴
幼い頃から読書好きで、「シャーロック・ホームズシリーズ」や「少年探偵団シリーズ」などのミステリーから、『ズッコケ三人組』や『クレヨン王国』などのジュブナイルなどを読んでいた[3]
小学校3年生で「悪霊シリーズ」でホラー小説に出会い、夢中になる。クラスで同シリーズも入っている講談社X文庫ティーンズハートが流行して、感化された小説を書き始めたので、自分も「小説は書いてもいい」と気付き、ノート数冊にホラー調の習作小説を書く[3]
小学校6年生の時に綾辻行人の『十角館の殺』を読んで衝撃を受けて以来大ファンとなる。その後、綾辻の作品を読み漁り、何度もファンレターを送り、編集部の厚意で綾辻本人と手紙やメールを交わす間柄となったほどである[4]。ペンネームの「辻」も綾辻から取られた[3]
デビュー作『冷たい校舎の時は止まる』は、高校生の頃から書き始め、その後大学4年間で書き上げた。かなりの長編であり、この枚数を受け入れてくれること、『十角館の殺人』と同じレーベルから出版されるということを考え、メフィスト賞に応募した。受賞は、打ち合わせの編集者に聞いた綾辻本人からの電話で知った[4]。同作のヒロインに自分と同じ「辻村深月」と付けたのは、多くのミステリ作家に倣ったためである[4]
幼少期から『ドラえもん』や『パーマン』など藤子・F・不二雄作品のファンであり、『凍りのくじら』では各章にひみつ道具の名前を付けるというスタイルをとった。
また、ゲーム好きでもあり、『女神転生』や『天外魔境』のファンである。特に前者からは「絶対的なものがない世界観に衝撃を受けた」と語り、強い影響を受けていることを公言している。
作風
若者の微妙な心情、思春期独特の揺れ動く気持ちを捉えた透明感のある文章が特徴。また、最終的に(紆余曲折で登場人物の不幸があっても)アンハッピーエンドの作品はほとんどない。作品同士で登場人物がリンクしており、これは、手塚治虫スター・システム藤子・F・不二雄の世界観のリンクの影響を受けている。
エピソード
  • 高校生の17歳の時に、自宅から埼玉県の書店までファンの京極夏彦のサイン会に友人と2人で出かけた。個人的な初めての遠出の外出で服を買い替え、お金も多めに持ち、違反だが思わず握手した。帰りは「かっこよかったね」と2人ではしゃいだ[5]
  • 千葉大学に進学したのは、ミステリ研究会があったからだと発言している[3]
  • 『凍りのくじら』以降、装画をたびたび担当しているイラストレーターの佐伯佳美は大学時代からの親友で、デビュー前から絵をもらったり、「必ずプロになれるよ」と励まされていたりした[6]
  • NHKが、直木賞候補作の「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ。」のNHK BSプレミアムチャンネルでのドラマ化の撮影直前の拒否による損害で、辻村深月の著作権管理委託者の講談社を相手に約5980万円の損害賠償を求め、2012621東京地方裁判所に提訴。東京地方裁判所は、2015428日にNHKの訴えを棄却する判決を下した[7]
    • 訴状によると、講談社は201111月制作を許諾。辻村深月が脚本チェックをしてNHKと修正の話し合いをしたが、納得できないと撮影開始直前の201226日に許諾を取り消した。制作側はすでに主演の長澤まさみをはじめキャスティングを決めており、キャンセル料が発生。脚本は完成し、美術製作も終わり、莫大な損害が出たうえ、撮影開始直前の中止は例が無くドラマ制作での信用が低下したと主張していた。講談社側は、主人公とその母親の関係の表現方法など「原作の改変が著者の意向に大きく反していたことから、NHKと話し合いを続けていましたが、合意に至らず、部分的な脚本訂正でなく、脚本とスケジュールの抜本的な再検討をお願いしたが拒否されたため、ドラマ化を見送りたいと、お伝えした」とコメントした[8]
  • 山梨県から直木三十五賞受賞者が出たのは、林真理子以来26年ぶりで、大変な騒ぎとなり、笛吹市庁舎には垂れ幕が掛けられた。地元紙「山梨日日新聞」でも、多数の記事や特集が組まれた[2]
文学賞受賞・候補歴
著書
小説
長編
短編集
  • ロードムービー200810 講談社 / 20109 講談社ノベルス / 20119 講談社文庫 / 20138 講談社青い鳥文庫 :toi8
    • ロードムービー(『esoravol.5
    • 道の先(『esoravol.5
    • トーキョー語り(『メフィスト』20091月号) - ノベルス版と文庫版にのみ追加収録
    • 雪の降る道(『メフィスト』20051月号)
    • 街灯(書き下ろし) - ノベルス版と文庫版にのみ追加収録
  • ふちなしのかがみ(20096 角川書店 / 20126 角川文庫
    • 踊り場の花子(『野性時代20089月号)
    • ブランコをこぐ足(『野性時代』200612月号)
    • おとうさん、したいがあるよ(『野性時代』20081月号)
    • ふちなしのかがみ(『野性時代』20072月号)
    • 八月の天変地異(『野性時代』200811月号)
  • 光待つ場所へ(20106 講談社 / 20126 講談社ノベルス / 20139 講談社文庫)
    • しあわせのこみち(『esora』掲載)
    • チハラトーコの物語(『esora』掲載)
    • 樹氷の街(『esora』掲載)
    • アルファルト(書き下ろし) - ノベルス版にのみ収録
  • 鍵のない夢を見る20125 文藝春秋 / 20157 文春文庫)
    • 仁志野町の泥棒(『オール讀物200910月号)
    • 美弥谷団地の逃亡者(『オール讀物』20101月号)
    • 石蕗南地区の放火(『オール讀物』20104月号)
    • 芹葉大学の夢と殺人(『オールスイリ2011』)
    • 君本家の誘拐(『オールスイリ2012』)
  • きのうの影踏み20159 KADOKAWA
    • 十円参り
    • 手紙の主
    • 丘の上
    • 殺したもの
    • スイッチ
    • 私の町の占い師
    • やみあかご
    • だまだまマーク
    • マルとバツ
    • ナマハゲと私
    • タイムリミット
    • 噂地図
    • 七つのカップ
アンソロジー
「」内が辻村深月の作品
  • こどものころにみた夢(20086 講談社)「タイムリミット」 - 絵・吉田尚令
  • 9の扉(20097 マガジンハウス)「さくら日和」 - 北村薫麻耶雄嵩他らによるリレー短編集
  • 神林長平トリビュート(200911 早川書房 / 20124 ハヤカワ文庫JA)「七胴落とし」- 神林長平へのトリビュート作品集、神林の同題作品のリメイク
  • 暗闇を見よ(201011 光文社カッパ・ノベルス)「十円参り」
  • 推理小説年鑑 ザ・ベストミステリーズ201120117 講談社)「芹葉大学の夢と殺人」
  • 作家の放課後(20122 新潮文庫)「メンクイのすゝめ」 - エッセイアンソロジー
  • 宇宙小説(20123 講談社文庫)「宇宙姉妹」
  • いつか、君へ Boys20126 集英社文庫)「サイリウム」
  • 驚愕遊園地 最新ベスト・ミステリー(201311 光文社 / 20165 光文社文庫)「美弥谷団地の逃亡者」
  • 時の罠(20147 文春文庫)「タイムカプセルの八年」
  • 謎の放課後 学校の七不思議(20158 角川文庫)「踊り場の花子」
エッセイ他
  • ドラことば 心に響くドラえもん名言集(20069 小学館 - 6編のコラムが収録されている
  • ネオカル日和(201111 毎日新聞社 - エッセイ33編、ルポ10編、ショートショート及び短編小説4編収録
  • 図書室で暮らしたい(201511 講談社) - エッセイ5編、短編「おじいちゃんと、おひさまのかおり」収録
その他
  • IWGPコンプリートガイド池袋ウエストゲートパークSpecial201012 文藝春秋) - 石田衣良の作品『池袋ウエストゲートパーク』シリーズ10巻到達記念で石田と対談
  • 「タマシイム・マシンの永遠」 - 短編小説(阪急コミュニケーションズ、『Pen+ 大人のための藤子・F・不二雄 2012 10/1号』に掲載)
  • 「ナベちゃんのヨメ」 - 中編小説(201512 Kindle Single
メディア・ミックス
テレビドラマ
·        よるドラ
o   本日は大安なり2012110 - 313、全10話、主演:優香
o   階段の花子(2013511、主演:徳井義実、原作:踊り場の花子『ふちなしのかがみ』所収)
·        オトナの土ドラ東海テレビ制作)
o   朝が来る201664 - 730日、全8話、主演:安田成美[9]
·        連続ドラマW
·        サクラ咲く201636 - 27日、全4話、主演:新井愛瞳アップアップガールズ(仮))、真剣佑[10][11]
映画
漫画化
  • 冷たい校舎の時は止まる(作画:新川直司2007 - 2009年、講談社、全4巻、20129 講談社文庫 上下巻)
  • オーダーメイド殺人クラブ(作画:及川由美2013 - 2014年、講談社、全2巻)
メディア出演
映画(アニメ)
テレビ番組
脚注
1.   ^ a b オール讀物』(文藝春秋 刊)20129月号 辻村深月「第147回直木賞発表」瀧井朝世 評文
2.   ^ a b 『オール讀物』(文藝春秋 刊)20129月号 辻村深月「第147回直木賞発表」林真理子との受賞記念対談発言
4.   ^ a b c 野性時代』(角川書店20098月号 辻村深月特集より
5.   ^ オール讀物」(文芸春秋 刊)20129月号 辻村深月「第147回直木賞発表」エッセイ「十七歳のサイン会」
6.   ^ 『光待つ場所へ』特集ページ装画によせて
8.   ^ 多数の各紙報道による。
10. ^新井愛瞳が辻村深月原作「サクラ咲く」でドラマ初主演”. CDJournal ニュース (201629). 201636日閲覧。


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