天皇の国師  宮﨑貞行  2014.6.8.

2014.6.8. 天皇の国師 知られざる賢人 三上照夫の真実

著者  宮﨑貞行 1945年愛媛県生まれ。東大法卒。コーネル大経営大学院卒。警察庁官房、パリのOECD、内閣調査官等を歴任した後、帝京大教授。専門は危機に際しての行動科学。最近は未来を拓く日本人の気品と気概の源泉を探究し続けている

発行日           2014.4.1. 第1刷発行
発行所           学研パブリッシング

中村紘也君より恵贈

昭和天皇には隠れた相談役がいた!
その男は宗教から憲法、国家経営までを語り、政財界の重鎮たちを指導しながら、一切表に出ることはなかった―――

「国師」とは、朝廷から仏教の高僧に対して贈られる尊称。後醍醐天皇が授けた臨済宗の「夢窓国師」が有名。明治以降は朝廷が神道に純化したため尊称の下賜は廃止

三上照夫 19281994年 京都生まれ
17歳で陸軍に志願、台湾沖特攻作戦に出撃、重傷を負って療養中に終戦
帰還後、人生の意味を求めて、同志社専門学校の神学部に罪責、臨済禅と古神道、キリスト教神学を探究し、厳しい修行を通じて独自の境地を切り拓く
19761987年 天皇の進講役、私的な相談役
松下幸之助の私的顧問、住友泉会の顧問などを務め、佐藤栄作、園田直など有力政治家にも助言
戦後の日本が矜(ほこ)るべき歴史と伝統を見失い、米国の個人主義的、物質主義的な価値観と制度の仮面を強制され、方向感を失って漂ってきたことを憂い、新日本の進むべき針路を明らかにしようと孤軍奮闘
経済中心の社会主義や資本主義を超える、古くて新しい大和の社会システムを作り、世界に発信しようと呼びかける

本書は、三上が天皇に進講した内容を推測するとともに、三上の思想と生涯の全貌を描く

1948年、ローマ教皇ピオ12世から天皇宛にメッセージが届き、天皇がカトリックの洗礼を受けられたなら、世界のカトリック教徒が一致協力して食糧援助に立ち上がると約束され、日本国内の神父たちからも説得され、悩んだあげく信頼のおける元皇族の賀陽恒憲(元陸軍師団長、陸軍大学校長)に相談、賀陽が東西の宗教についての学識を授けるために紹介したのが三上 ⇒ 初めて陛下にお目通りを許された三上は、いきなりその年の歌会始で陛下が詠まれた「冬枯れ」の歌を大声で朗誦。それは冬枯れの中でも1本の松の木が雄々しく立っているのを、占領軍に対抗する自らを重ね合わせた陛下自身の心境を謳ったもの。三上の謁見の後、天皇の改宗の話は沙汰やみになる

入江相政の日記から(入江の祖父と天皇の祖母が兄妹の関係)
1976年、天皇の語り部とも言われた入江が、天皇が自らを「侘びしい者だ」と言われた意味を理解できなかった
戦後30年を経ていてなお、言論界の皇室に対する態度が冷やか
皇室や天皇制批判に一矢報いるための方策として、まずは論壇で保守的な論陣を張っていた東大学長の林健太郎と京大名誉教授の政治学者・猪木正道に相談したが、いずれも辞退
天皇から直接三上はどうしているかとの質問 ⇒ 入江は、皇宮警察の警務部長に三上の人物と所在を尋ねて、陛下との私的な会見が実現
三上は、奈良の山中に逃れた後醍醐天皇のもとに駆け付けた楠木正成を名乗る
天皇は、三上の成長した姿に満足し、皇太子の教育も頼む ⇒ 戦後の宮内庁は、皇室の神道教育には関与しなかったため、天皇が個人的に依頼

戦前は、内務省神社局の監督を受けない天理教、金光教などの教派神道が古神道の代表格
他に、川面凡児(()(いづ))、出口()仁三郎(にさぶろう)(大本(おおもと))、谷口雅春(生長の家)なども神社神道に属さいない独自の古神道を唱えていた
降霊=神がかり/神降ろし/鎮魂(ちんこん)帰神(きしん) ⇒ 降りてきた神霊又は人霊に霊界からの通信を語ってもらう技法
三上にかかった神霊は、幕末に土佐潮江天満宮の社家に生まれた宮地水位で、水位は古神道家の父の指導により、11歳の頃から幽体離脱し霊界に出入りすることのできた霊覚者と言われる
霊媒として体を貸す場合、身体エネルギーが霊的(サイ)エネルギーに変換され、それを別の霊的存在が物理的な音声や動作に変えるので、非常に疲れる
霊的エネルギーをエクトプラズムと呼ぶ ⇒ 脊髄に潜むと言われ、写真にも白い蛇のような姿で移ることがある
三上の古神道は、元々天皇家の祭祀に由来しているという ⇒ 人はみな心の奥の心とも言うべき直霊(なおひ)のミタマを受け継いだ尊い存在であって、そういうものとして人類は1つなのであって、その真理を示しているのが天皇の行われる祭祀であり、天皇の存在そのもの
人間はみなアラヒトガミだと言ったのは、明治の古神道家の川面凡児
欧米のスピリチュアリズムとの関係 ⇒ 米国で初めて体系化したのはアンドルー・ジャクソン・デービスで、欧米では超越的なゴッド(天主)との直接対話が可能だと主張するが、心霊主義ではむしろ中間の諸霊との交流を重視する
古代の帝は、祭祀と瞑想を通じて霊覚を開き、治世を行っていた ⇒ 後世に「神人(しんじん)合一(ごういつ)」「祭政不二(ふに)と称した
三上も、義経の生まれ変わりとして生を受け、新しい思想体系を樹立する任務を天界から与えられたという
新憲法のもとで格段に増えた天皇の公務を優先させるため、入江は天皇の祭祀を簡略化して天皇の負担を軽減させようと努力
三上に言わせると、日本の現行憲法は、勝った相手が書いて押し付けた喧嘩の「詫び証文」であり、パックス・アメリカーナを保証する憲法
憲法前文に「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」とあるが、パックス・アメリカーナの崩壊によって「平和を愛する諸国民」が存在しなくなった以上、日本の国は日本人自らの手で守る以外に方法はない
ロッキード事件での首相逮捕にしても、自主独立路線を歩もうとした田中に対してアメリカが仕組んだ罠で、以後政権はアメリカに阿るばかりになりさがる
日本国の国体(基本構成)は、天皇と国民の二元的な人格要素から成るとし、「君民共治」という国体理念を主導、権威は我が国の歴史と伝統を代表する天皇から生じ、権力は国民に選ばれた政府が行使するとした
会社の使命とは? ⇒ 日本書紀にいう、神武天皇が新しい国づくりをする目標として語った言葉が当てはまる。「慶びを積み、(ひかり)
日本人を動かす恩と怨(山本七平) ⇒ 「天地の恩」や「共同体の恩」がある
1994年 三上急逝
江戸時代に心学を普及させた石田梅岩に近い ⇒ 神道に開眼、神道思想を基礎として町衆に人生の意義と処世の法を分かりやすく教える
川面凡児も似ている ⇒ 古神道家。霊覚を持つ。近代論理を用いて日本民族の宇宙観、人間観、霊魂観を明らかにした
三上は、独学で研鑚を積んだ在野の思想家 ⇒ 高度の霊覚を有していたが、宗教家ではなく社会思想家として立つ。その第三文化論は個人主義的自由と全体社会主義的平等の矛盾を超えようとしたものだが、その根底には独自の生命哲学がある。古神道の存在論に基づき、人間は祖霊や神霊などとの交流の上に存在していることを明らかにし、その霊的体験から神々がそれぞれの因縁を果たしつつ適切な人々を得てこの世で動いていることを発見。また、臨済禅の認識体験から、あらゆる宇宙の存在は個別であって同時に全体であるという全一観を導き、「異なりを認めて1つになる」という家庭や企業、国家の全一的な在り方を理想として追求









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