ラーメンの語られざる歴史  George Solt  2015.12.3.

2015.12.3. ラーメンの語られざる歴史 世界的なラーメンブームは日本の政治危機から生まれた
The Untold History of Ramen : How Political Crisis in Japan Spawned a Global Food Craze    2014


著者 George Solt UCSDにて博士課程修了(Ph.D)。現在はニューヨーク大学にて歴史学の准教授。専門は東アジアで、現代日本や政治経済、食物史など

訳者 野下祥子のげしょうこ 英米文芸、ノンフィクション翻訳家

発行日           2015.9.25. 初版第1刷発行
発行所           国書刊行会

はじめに
『日本ラーメン秘史』の著者・大崎裕史の生業は、ラーメンの本を書くことと、自ら創設した35330店のラーメン情報を提供するウェブサイト〈ラーメンバンク〉の運営で、肉体労働と結びつけられていたラーメンを夜の楽しみへと変え、日本の食文化の象徴的な存在へと引き上げた世代の一人
日本に初めて登場したラーメンは、中国から来た安くてうまく、腹持ちのいい食べ物で、1880年代に横浜に来た広東地方の移民が、外国人相手のレストランで料理人として働き始めた時を起源とする
1910年代の初め、中国人料理人を雇った日本のレストランが、中国式では使われなかった焼き豚等の具を入れて食べ応えのある昼食に変えて人気を博し、日本の労働者や学生、夜間労働者、兵士たちがごく当たり前に食べ始めた ⇒ 当初「支那そば」と呼ばれ、40年代からは「中華そば」となり、「ラーメン」となったのは戦後
1920年代と30年代に急速に発展、多くの都市では現代的な都市生活の到来を示す主要な食べ物の一つとなる ⇒ 日本の近代化、工業化につれ、街の生活で優勢だったソバ屋と落語が、ラーメンと映画にとって変わられる
47年以降アメリカ軍による小麦の緊急輸入がラーメン製造と消費を大きく回復させ、米加豪からの小麦の輸入は52年の占領終了の後も継続し、冷戦中の東アジアに位置する日本などのアメリカ同盟国の人々の食習慣を根本的に変えていった
ラーメンが日本と世界中で一大現象になったことにはきちんとした分析が必要だし、単なる食べ物の評価や消費者による崇拝にも似た熱狂というレベルだけでなく、文化史というレンズを通して検討する価値がある ⇒ ラーメンの消費は地域性や国民性、文化性などの共同体感覚を再認識させるものだが、30年前は違った。そうなった経過こそが、この物語の本質的な主題。日本の労働者が好んだこの食べ物は、国民的な伝統の1つとして有名になる一方で、そもそもこの食べ物への要求を生み出した種類の労働は、自動化されるか海外へと移転していった。この2つの変化には関連があり、そこにこそ、ラーメンの純粋なうまさ以上の重要性があると考える

第1章        人々の暮らし――日本人労働者のための中華汁麺
ヨーロッパ帝国主義や中国人移民、日本経済の工業化を背景にした、新しい食べ物の出現について考える
日本ラーメンの誕生を可能にしたのは、1870年代のヨーロッパ料理の流入後に起こった小麦と肉の生産拡大と、1880年代に横浜地域に定住した中国人移民労働者の食習慣の導入という2つの組み合わせ
191020年代 産業経済活動の急拡大に伴い、日本人と中国人料理人たちは「支那そば」という料理を広め、戦前の日本の大衆社会のメニューに浸透
1940年代初頭 食糧不足と戦争のため、「支那そば」は消える
日本でのラーメンの起源には3
   1665年 五辛(ううしん)うどん ⇒ 料理研究家・小菅桂子の説で、最初に食したのは徳川光圀
   1884年 南京そば ⇒ 米国の帝国主義がもたらした日本の食習慣の変化が産んだとする説
   1910年 支那そば ⇒ 日本人・尾崎貫一経営の最初の中華料理店「来々軒」(浅草)の誕生を起源とする説
日本のほぼすべての都市に、日本の「支那そば」パイオニアについての独自の起源話があるが、よく知られているのは札幌 ⇒ 1960年代に札幌ラーメンブームを起こした大久昌治は、中国人を侮蔑する言葉を使わないようにするため、「支那そば」を「ラーメン」に変えるよう提案し広く受け入れられ、札幌は「ラーメン」が広く使われた最初の都市になる

第2章        困難な道――闇市のラーメンとアメリカの占領
戦争前後の食糧危機を分析
戦後アメリカから日本に送られた小麦は、共産主義を封じ込める重要手段
アメリカ占領時代、日本の麺類業者は次第に中華汁麺のことを、戦争を想起させる「支那そば」ではなく「中華そば」と呼び始めた

第3章        進展――急成長のエネルギー
栄養及び日米関係に対する考えの変化という文脈で、急速な再工業化の時代のラーメンを考える
中華料理の汁麺が再び登場したことは、アメリカ小麦の大量輸入と急速な再工業化、官僚制度・企業・政治指導層の継続性、および食糧消費の傾向との間に強い関係性があることを教えてくれる。小麦粉はラーメンまたはパンという形でこの時期の米の代用主食となっただけでなく、食習慣の均質化を拡大させる主要因となった。この過程で、ラーメンは日本人労働者の典型的な高カロリー昼食としてより頻繁に大衆文化に登場
1958年 日清食品が発売したインスタントラーメンの成功は、この食べ物の発展におけるもう一つの決定的な要素 ⇒ 考案者は松田産業で55年に発売したが特許が取れずに販売不振となり、台湾出身の呉(後の安藤)百福に成功を奪われた
日清食品の成功の秘訣の1つは、特許等をめぐる係争や法律上の駆け引きを通じて競争相手を排除できたこと ⇒ 日本最初の意匠登録等の訴訟は、96年日清が競争相手に起こした「チキンラーメン」というデザイン使用に関するもので、直後に「チキンラーメン」という名称の独占権を獲得するとともに、即席めん製造の特許を確保

第4章        昔と今――イメージチェンジ
ラーメンが1980年代のマスメディアでファッションに敏感な新世代の若者に人気のはやりの消費財へと変化し、やがて90年代には国民食として象徴化されたことを検討する ⇒ 1994年、新横浜に34億円かけたラーメン博物館の登場
ラーメンが和食と都市の若者文化の世界的な旗手へと変化したことが最もよく現れているのは、90年代のラーメン店と店員の外見の変化 ⇒ 中国から切り離され、日本のものとしてイメージチェンジした典型が店員の着る作務衣であり、もう1つの重要な物理的変化は、ラーメン作りへの熱意を語る店主自作のポエムや人生訓が大きく飾られていた(秋葉原の「九州じょんがら」の店主・下川高士)ことや、ラーメン作り哲学の本の出版

第5章        今月のおすすめ――アメリカ人のラーメンと「クールジャパン」
過去10年のニューヨークとカリフォルニアの若者の間の人気に注目しながら、ラーメンの国際化について探求
結論は、ラーメン文化の変化に注目することで、日本の労働と国民の再定義を理解できる
食べ物と労働、国民との関係の変化を見ていくと、先進資本主義諸国における食習慣についての政策との類似点や相違点を知ることができる ⇒ 日本内外で労働者階級の食べ物を国民食として称賛することは、グローバル時代における国家レベルの社会経済的な階級対立を改善する好例なのだろうか
アメリカ人は、日清のインスタントラーメンには馴染んでいたが、レストランのラーメンに関心を持つようになったのは、ニューヨークやロサンゼルスでのラーメン店の成功のニュースが数多く報じられるようになったここ10年ほどのこと ⇒ 90年代ピークに達した貿易戦争が終わって経済的脅威のなくなったクールな日本と関係のある、最先端の新しいエスニックフードとして登場、寿司やテリヤキチキンに飽きたアメリカ人に「本物の日本」だと思えるものとして受け入れられた

おわりに――時が教えてくれる(抵抗の食べ物)
ラーメンは、日本のレストラン産業にとって1980年代に国際化した寿司の後に最も有名になり成功した輸出品であり、ここ20年で世界的現象になった。2000年代、海外で消費される商品として提示される日本文化は、近代からの伝統を再構成したもの(歌舞伎、寿司、木版画)から、戦後のライフスタイル(アニメ、ラーメン、ビデオゲーム)へと変化し、高度成長時代は学術研究や博物館に展示される余生の段階へと移った。この変化のおかげで、1960年代に日本人が日常生活で使った品物が、日本という国を生活様式で再定義する役割を果たせるようになった。そしてそれは、20世紀の日本の支配的なイメージだった軍国主義や経済主義、耽美主義などの言葉とは対照的なもの
日本においてラーメンが特別な意味を持つのは、社会組織のさまざまな領域の相互関連性を浮かび上がらせているため、歴史的変化を研究する絶好の場所を与えてくれるからであり、ラーメンこそ現代日本の社会的変化の重要な側面を表している食べ物だ






(書評)『ラーメンの語られざる歴史』 ジョージ・ソルト〈著〉
2015.11.29. 朝日新聞

 不満や憂さ、ほぐし続ける国民食
 東アジア史専門の米国人学者がラーメンを研究する。これは現実の話なのか。塩味が利いているような著者名はネタではないのか。告白すると最初は少し疑っていた。
 しかし調査の手際はまっとうな歴史家のものだ。たとえば占領軍関係文書や公電にも著者は分析対象を広げる。冷戦の幕開けとともに日本への食糧供給は共産主義の台頭を防ぐ意味をもった。米国提供の小麦を原料とするラーメンは労働者や学生たちの心身両面の飢えを癒やし、社会に対する憤懣(ふんまん)を鎮めて復興から高度経済成長へのプロセスを支える活力源となった。
 こうした普及過程でラーメンは位置づけを変える。明国人・朱舜水が徳川光圀に教えたとする起源伝説のように中国との関わりで語られることが多かったラーメンが、次第に日本文化が生んだ国民食と謳(うた)われるようになった。このような伝統の再創造については速水健朗『ラーメンと愛国』も触れていたが、本書の場合、政治経済史的な背景を見る姿勢が新味となる。
 食材と味にこだわってマスコミの寵児(ちょうじ)になる「ラーメンシェフ」が続々と登場した風潮についても、長引く不況の中でラーメンによる起業が貴重な「成功談」資源だったから注目が集中したとして「下部構造」からの説明を試みる。
 こうした成功談や、やがて「クール・ジャパン」の食としてラーメンが海外進出を果たした事実は日本の若者に成功の夢と民族的な誇りを提供した。だが著者はその存在が占領期から一貫して「工業労働者を封じ込める政策」と分離できないと考える。
 確かに、工業労働者に限定されないが、ラーメンを食べて格差化を深める社会の憂さを忘れたという人は少なくないだろう。ラーメンという緩衝装置なかりせば、果たして戦後日本はどうなっていたか。スープの湯気の向こうに、そんな大それた想像をしてみたくなる一冊だ。
 評・武田徹(評論家・恵泉女学園大学教授)
     *
 野下祥子訳、国書刊行会・2376円/George Solt ニューヨーク大学准教授。現代日本や政治経済、食物史が専門。


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