フラッシュ・ボーイズ 10億分の1(ナノ)秒の男たち  Michael Lewis  2015.3.6.

2015.3.6. フラッシュ・ボーイズ 10億分の1(ナノ)秒の男たち
FLASH BOYS A Wall Street Revolt      2014

著者 Michael Lewis 1960年ニューオリンズ生まれ。プリンストン大からロンドン・スクール・オブ・ビジネスの修士号。1985年ソロモン・ブラザーズ入社。同社の住宅ローンの小口債権化の開発時期に立ち会い、その債券を売る。その体験を書いた『ライアーズ・ポーカー』(1990)で作家デビュー。金融ノンフィクションの古典となった。08年のリーマン・ショックを引き金とする世界恐慌のさなか、この恐慌を予期して大相場を張った一握りの男たちのリストを入手し、『世紀の空売り』(2010)を著わす。リーマン・ショック以降、電子化と新たな規制で一変したウォール・ストリートの「巨大な詐欺」を白日のもとに晒したとも言える本書は、14年に出版されるや、大きな話題になり、米国司法長官が、異例の調査指示を出すことになった

訳者 
渡会圭子 1963年生まれ。上智大文卒。東江の教え子。東江からバトンを繋ぎ、本書の翻訳を完成させる
東江一紀 1951年生まれ。北大卒。『ライアーズ・ポーカー』や『世紀の空売り』の訳者。本書の翻訳中に食道癌再発により14.6.逝去

発行日           2014.10.10. 第1
発行所           文藝春秋

2007年のある日、ウォール・ストリートの2軍カナダロイヤル銀行のブラッド・カツヤマは、さっきまで画面にあった売り注文が、買いのボタンを押すと、蜃気楼のように消えてしまうことに気が付いた。その謎を解こうとパズルのピースを合せて見えてきたのは、コンピューター化された市場で常態化した巨大な八百長、ミリ秒、マイクロ秒、そしてナノ秒のしのぎを削って私たちを先回りするフラッシュ・ボーイズの姿だった
唖然、呆然、これでは一般投資家は絶対に勝てない

プロローグ Windows on the World
幻想のウォール街:
本書の始まりは、セルゲイ・アレイニコフの逮捕・起訴
ロシア出身の超高速取引プログラマー。ゴールドマン・サックスを退職後の09年に、同社のコンピューター・コードを盗んだかどでFBIに逮捕
過去10年で株式取引は急激に変化、現在ではニュージャージーとシカゴにある「黒い箱」の中で取引され、その実態は公表されてはいるものの信頼できるものではなく、よくわからない
その巨大なパズルを解こうとした男の物語

第1章        Hidden in Plain Sight 時は金なり
シカゴとニューヨークを結ぶ電話会社の回線は、直線で結ばれていなかった。12ミリ秒で到達するはずの信号が、17ミリ秒かかっていた。もし、直線で結ぶことが出来れば? 地面の下にひたすらまっすぐの光ファイバーのケーブルを通そうと思いついた1人の男が、時を金に変える
09年夏ごろケーブルはほぼ完成。まっすぐに伸びたガラス繊維400本を束ねる直径3.8cmの黒い硬質プラスチック製のチューブがシカゴ・サウスサイドのマーカンタイル取引所内のデータセンターとニュージャージー・カーテレットにあるナスダック証券取引所のデータセンターを結ぶ
少人数に分けられた現場作業員は、必要最低限のことしか知らされず、潜在的脅威に警戒すべきと心得ていた
シカゴとニューヨークの取引所の価格差を利用した素早
い自己裁定取引は収益の源泉だったが、07年頃には取引所の立会人を介して取引する必要が無くなり、唯一の制約は両取引所間で電子信号をどれだけ速く伝送できるかということだけだった
裁定取引の旨味を知った40歳のスパイヴィが、取引所間の実際の取引速度と、理論上可能な取引速度の間に大きな差があることに気付く
取引所をまたぐ発注には12ミリ秒かかるが、AT&Tなど通信業者が提供する回線では16,7ミリ秒かかった上にムラがあった
ニューヨークとシカゴを結ぶ回線は、ペンシルヴェニア州内のアレゲーニー山脈を貫通するためにジグザグになっていた。唯一の直線は州間高速道路だが、それに沿ってケーブルを敷設することは禁止されていた
より直線に近いルートを探り当てると、160㎞も短縮できる
スパイヴィは、ネットスケープの元CEOバークスデールに3億ドルの出資を仰いでスプレッド・ネットワークスという会社を興して直線のケーブル敷設を決意、併せて100㎞ごとに増幅器を置くためのコンクリート製の格納庫を設置
10年初め、完成を間近に控えたところで、ウォール街の投資銀行への売り込みが始まる
得体の知れない中小高速取引業者が、半信半疑ながら飛びつく一方、大手投資銀行はゴールドマン・サックスのみが受け入れ
提示した条件は、5年のリース契約を前払いで10.6百万ドル+増幅器の購入・維持・管理の合計で14百万ドル。キャパシティが200社分なので、合計28億ドルに達する
最初のプレスリリースは、「シカゴ・ニューヨーク間の往復時間を13ミリ秒短縮」というもので、総延長が目標の1352㎞を下回る1331

第2章        Brad’s Problem 取引画面の蜃気楼
カナダロイヤル銀行RBCは、ウォール街から見れば2軍の投資銀行。ブラッド・カツヤマは、06年のある日、買い注文を執行しようとして奇妙なことに気付く。売りに出ていたはずの注文が、取引ボタンを押した途端に蜃気楼のように消えてしまう
大学を卒業してRBCに入り、トレーダーとしてニューヨークへ異動となったブラッドは、RBC06年にアメリカの電子商取引業者カーリンを買収した頃から銀行のやり方に違和感を覚え初め、実際にコンピューターの取引画面から、取引しようとした株式が突然消える現象に戸惑う
取引画面の価格情報を基に大口の売買取引を請け負ったところ、突然価格が動き出し、上下限を超えてしまい、結果的に大損を蒙る
RBCのトレーダー全員のコンピューターで同じような現象が起こる一方、各取引所に支払う手数料が急増
2002年には、株取引の85%NYSEとナスダックで行われ、同じ銘柄が2つの取引所で売買されることはなく、人間がすべての注文を処理
05年 SECの要請で、両取引所が株式会社に組織変え。競争の導入とともに取引所が13にまで増え、所在地の大半はニュージャージー州北部、ほぼすべての銘柄がどの取引所でも取引可能になり、マッチング・エンジンがプログラミングされた大量のコンピューターサーバーが取引を執行
株式市場分裂に拍車をかけたのが07年施行のreg NMSで、HFT業者が跋扈して莫大な量の株式市場取引を促進させる
投資銀行は、投資家が自分で注文を出せるよう設計したアルゴリズム、即ち、コード化された取引プログラムを売るようになり、このような取引用アルゴリズムを開発する部署を電子取引部門と呼んだ
各取引所が競争で複雑な手数料体系をオファーしたが、報奨金を狙って取りに行くと決まって蜃気楼現象が現れ、それはどこの投資銀行も同じで、誰もその謎、つまりサーバーの中がどのようになっているのかを知る者はいなかった
ダークプールと呼ばれる大手ブローカーが運営する私設取引所で、自らの売りと買いをマッチングさせてしまい、取引所を通さない。あらゆる上場株を買えるダークプールと公設の取引所が合計60近くもあって、大半がニュージャージーにオフィスを持ち、みな同じ銘柄を扱いながらそれぞれが手数料と報奨金の価格設定をやたらに動かす。大手ブローカーは、ダークプールへのアクセス権に多額の金を払う
ゲッコーGetcoという名の会社が、株式市場の出来高の10%を占めるという
09年 公設の証券取引所の評判に関わる事件に関連し、証券取引所が超高速トレーダーに対し、他のトレーダーに先駆けて取引情報を入手することを許しているとの非難 ⇒ フラッシュ・オーダー
超高速取引High Frequency Trading業者がトロントでCIBCに、顧客情報を提供してくれたら金を払うと持ちかけ、同行はトロント証券取引所でのライセンスを超高速取引業者数社に転貸したところ、同行の取引所でのシェアが3倍に跳ね上がった
ゲッコーとシタデルが、超高速取引業者の最右翼

第3章        Ronan’s Problem 捕食者(プレデター)の手口
謎を解く鍵は、通信業界を渡り歩いてきた技術者のローナンからもたらされる。10億分の1秒の時間差を問題にする人々がそこにはいた。超高速取引業者。注文がすべて約定できる良心的な取引所のトレーダーたちが考えていたBATSは、実は彼等の餌場だった
トレーダーが、蜃気楼に加えて、遠隔地間の取引に時間がかかり過ぎるとの不満が起こってきたが、その解決策を見つけたのが通信システムを提供する会社に勤務する技術屋のローナン。トレーダーのコンピューターを同社のニュージャージーにあるデータセンターへ移した結果、売買の結果が判明するまでの時間が43ミリ秒から3.8ミリ秒に短縮
ウォール街との近接性を売るサービス(“コロケーションという用語を登録)を提供 ⇒ まずは光ケーブルの長さの短縮、次いでスイッチのスピード
超高速取引のからくりを解明しようとしていたブラッドが行き着いた相手がローナン。ローナンもウォール街のトレーダーとして働くことが夢だったことから、ブラッドの誘いにのってRBCに転職
通信各社が作り上げてきた光ファイバー網をみると、ブラッドから出た発注がニュージャージーにある13の取引所を次々に経由して流れていくことが分かる  最初に受けるのがBATSの市場だったので、BSTAにリストされた株は常に100%売買で来たが、一方NYSEは当時サーバーをまだマンハッタンのウォーターストリートに置いていたため、ブラッドのところからNYSEに到達する光ファイバーはブルックリンを抜けるように迂回されていた
BATSは、超高速取引業者が設立した取引所で、彼らはまずBATSで公開株すべてに対してごく少額のビッドとオファーを出し、特定株に対する売り買いの情報を洗い出した後、別の取引所を目指すレースを展開する
大口の仲介を扱うブローカーの拠点がどこにあって、どの光ケーブル網をリースしているかによって、取引所への発注の到達時間が異なる  到達時間を分析すれば、どの業者の注文かがわかり、その業者のパーフォーマンスをチェックすれば、特定の発注の裏に潜むボリュームも予測できる
顧客の注文で株を売り買いする大手ブローカーがカモだということが判明  取引所の複雑な手数料体系のせいで、同じ発注でも取引所によって手数料を取られたり、逆に報奨金をもらえたりするため、あらかじめ報奨金がもらえるような取引所に発注されるように、ルーターといわれるプログラムを組んでおく。ルーターは、一定の条件のもとに大口売買を自動的に発注するシステムで、市場での急激な価格の変動をおさえ、あらかじめ目論んだ範囲内の価格ですべての売買を完了させる
BATSは、報奨金の対象となる小口売買銘柄を画面に載せて大手ブローカーのルーターを自分の取引所に呼び込み、ルーターに残った大口取引を対象に反対取引に転じる
これに対抗するためには、独自の光ファーバー網を敷いて、全取引所に同時に発注が流れる道を確保すること
ブラッドは、からくりを知って、超高速取引業者として収益を稼ぐより、顧客の啓蒙を始める  取引所との独自の光ファーバー網を敷設、それを使って、彼らが超高速取引業者に掠め取られている利鞘を取り戻そうとした
1級の投資家にとっても寝耳に水の話
201056日 市場は10分足らずで600ポイントも下げ、その後数分で前より高い水準まで反発  フラッシュ・クラッシュ
SECは、1地方業者の誤発注が原因と発表したが、HFT業者が一般投資家にフロントランニングしていると証明できる人もいなかった
数か月後、再びシカゴ郊外の株式市場で不思議な出来事が起こる  CBSXという取引所が、報奨金と手数料のシステムをこれまでと逆にすると発表した途端に、爆発的な活況を呈した
スプレッド・ネットワークスが稼働した直後のことで、発注を自社のネットワークにおびき寄せるためだと判明
ダークプールの代表格はゴールドマン・サックスとクレディ・スイス銀行 ⇒ 顧客にとって最良の価格を見つけるべきブローカーが、からくりの不透明なダークプールに依存

第4章        Tracking the Predator 捕食者の足跡を追う
カツヤマにリクルートされたシュウォールは、7年に施行されたある規則が、実は逆に補植者たちを跋扈させたことに気付く。取引の公平のために作られたその規制は、時間と場所を利用したフロントランという武器を捕食者たちに与えることになった
銀行内にある保安部は、自分たちをbankと呼ぶのを禁じられているため、セキュリティ部門の子会社のことをBanc of America Securitiesと表記している
07年施行のreg NMS ⇒ ブローカーは、株の売買の注文を依頼された顧客にとって最良の市場価格を見つけることを求められる、というもので、少数でもベストな価格をオファーしたところへ発注しなければならないことになるが、その際最良の価格を決めるために全米のあらゆる銘柄のビッドとオファーを1カ所に集約し、市場全体を見極めて、全米ベスト・ビッド・アンド・オファーを作り出すメカニズムが作り出された
ところが、ビッドとオファーを集約するスピードを決めていなかったため、集約して統一価格を発表する前に、HFT業者が取引所内に設置したコンピューターを使ってインサイダー情報を取得し、それを元に取引できるようになった
新しいreg NMS制定の契機となったのは、1987年の暴落の際、ブローカーが顧客の株式買い取りの拒否したため、煽りを食った小口投資家までが市場に注文を出せなくなったのを救うために、直接電子取引によって小口注文約定が出来るようにしたことが、電子取引にかかる時間差を利用する初めとなる
ブラッドの行動に対し、SECはむしろHFT業者擁護の意向が強かった ⇒ すでに多数のSEC職員がHFT業者に転職したりそのエージェントとしてワシントンへのロビー活動まで行っていた

第5章        Putting a Face on HFT ゴールドマン・サックスは何を恐れたのか?
超高速取引業者の台頭は、ゴールドマン・サックスの取引システムに赤信号をともす。つぎはぎだらけの巨大システムの速度はのろく、収益は圧迫された。そんな大投資銀行に雇われた1人のロシア人が、その投資銀行の告発によって逮捕。しかし、一体何を盗んで?
セルゲイ・アレイニコフはユダヤ系ロシア人。旧ソ連ではユダヤ人の大学進学も履修科目も厳しい制限が課されたため、コンピューター・プログラミングに魅了されたものの履修科目変更が認められず、アメリカに渡る。英語もろくに喋れなかったが、コンピューター・プログラミングの才能はすぐに認められ、ラトガーズ大学で仕事をしながら奨学金で修士号獲得。大手通信会社に就職してコンピューター・システムの設計と、何百万という通話を最も安価な電話回線にスイッチするためのコードを書いて頭角を現す。ウォール街からの誘いに興味を持ち、ゴールドマン・サックスに入社、アメリカに来た目的を果たしたと思える生活を手に入れる
ゴールドマン・サックスのプログラマーの半数以上がロシア人で、ロシ
ア人はウォール街でも最上級と評判
当初コンピューター技術に期待されたのは、金融市場から仲介業者を立ち退かせることだったが、いざ蓋を開けてみると、仲介業者に年間何百億ドルものカネが転がり込んだ
ゴールドマン・サックスは、システムの基幹を15年前に初期の電子取引企業であるハル・トレーディングを買収したときに購入したものだったために、HFTでは競争力が全くなかったところから、特に自己勘定取引トレーダー用にどのシステムよりも高速のシステムの構築が求められた
セルゲイ自身は、自分がコンピューターで実現したスピードをゴールドマン・サックスの自己勘定トレーダーがどう利用していたか知らなかったし、興味もなかった
HFT取引のためには、既存のプラットフォームを捨ててゼロから作り直した方が早かったが、ゴールドマン・サックスでは既存プラットフォームの修復で凌いでいたところへ、新設ヘッジファンドのオーナーから、トレーディング用のプラットフォームをゼロから作らないかというオファーがセルゲイに来たため飛びつく。引き留められなかったゴールドマン・サックスが、セルゲイが自ら作ったコードを自分宛にもメールで送っていたことから、会社所有のコードを盗んだとしてセルゲイを訴える
ゴールドマン・サックスの言い分だけを信じたFBIの捜査官によって、経済スパイ法と連邦窃盗財産法違反で、仮釈放なしの8年収監の刑を受ける

第6章        How to Take Billions from Wall Street 新しい取引所を作る
RBCを辞めたカツヤマは、人集めを始める。91万ドルの報酬を捨てて、新取引所のプロジェクトに馳せ参じたのは同じ職場のアイルランド人ローナン
株式市場の不公平を正すためRBCを辞めて独自の取引所設立
を目指したブラッドに対し、いざとなると尻込みする機関投資家の中で、漸く最低限の出資者を集めて、1310月取引所がスタートする

第7章        An Army of One 市場の未来をかいま見る
カツヤマの新しい取引所はIEXと名付けられたが、開設前から様々な妨害工作を受けるが、ゴールドマン・サックスに変化の兆しが見え始める
高度に自動化した新しいアメリカ株式市場では、コンピューターの誤作動による想定外の暴走が頻発しており、それらはみな技術的な不具合として説明される ⇒ 誤作動が市場を危機に陥れても、技術者に翻弄されているだけで市場の責任者は状況も修正の仕方も全くわからない
ブラッドが新たな取引所で行ったことは全て、透明性を上げて、ウォール街がそれに従わざるを得なくするためだった。まず私設市場を開き、取引高が増えたところで公共の取引所に変える。解釈上はダークプールだが、透明性の新たな基準を定めて公表
人間の目には、10分間に市場は1秒刻みで活発に売り買いされているが、コンピューターの目からみた市場の動きは、1秒間を1ミリ秒単位で追ってみると、最初の1.78ミリ秒の間に取引が集中し、残りの98.22%では全く何も起こっていない
一つの売買注文があると、それに対しすさまじい餌の奪い合いが起きる
投資銀行は、発注の87%までが100株単位で、細切れにして市場の様子を見ながら、大半の取引を自社のダークプール内で処理しようとする
132月 ゴールドマン・サックスの電子取引部門の責任者がゲッコーに移り、後任が自社に比べてモルガン・スタンレーの収益の伸びが急激なことに疑問を抱いて調査したところ、モルガンではHFTのインフラを整備してHFT業者に手数料をとって利用させていることが判明 ⇒ ゴールドマン・サックスは、ブラッドから実情を聞かされ、株式市場の不安定さが将来の大崩壊を起こし兼ねない可能性を懸念し、ついに同年12月末間近になって自らのダークプールからブラッドの取引所へと取引経路を変える決断をする

第8章        The Spider and the Fly セルゲイはなぜコードを持ち出したか?
セルゲイの裁判では、誰一人超高速取引や投資銀行でなぜセルゲイのような技術者が必要となったのか理解できず。私設の裁判を開くことを決意
10年のセルゲイの裁判で特筆すべきは、見識ある第3者がいなかったこと ⇒ 専門家として鑑定証人として召喚された大学教授ですら実態を知らず、陪審にもコンピューター・プログラミングの経験者もいなかったが、結果は懲役8
ウォール街のプログラマーが転職するとき、それまで作成したコードを持ち出すのは当たり前だったが、ゴールドマン・サックスは社内で作成されたコードは、オープンソースに変更を加えたものであっても全て社の所有に帰属するとして提訴したもので、以後プログラマーは慎重になる
セルゲイの持ち出したコード自体、本人にとっても移籍した会社でプラットフォームから作るときには不要だったし、ゴールドマン・サックスにとっても古いスピードの遅いプラットフォームに乗ったコード故に価値のないものだった
セルゲイの動機も謎なら、ゴールドマン・サックスが訴えた理由も謎
セルゲイは、自らにとっていい経験だったと甘んじて判決を受け入れる
12年再審が行われ、違反したとされる法律は適用されないという理由であっという間に無罪釈放されたが、別な罪状で再逮捕・拘留

第9章        Riding the Wall Street Trail 光より速く
スプレッド・ネットワークス社が極秘裏に敷設した光ファイバーの道。その道に沿って自転車を漕ぐ如く奇妙な電波塔を見つけることができる。シカゴからニュージャージーをつなぐ38の電波塔。誰が一体何のために? 10億分の1秒を走るフラッシュ・ボーイズの物語は終わらない
ウォール街の大手投資銀行の強みは、自分たちの顧客の株式市場での最初の一撃しかなく、本当に優秀なHFT業者ほど効率的、徹底的に仕事をこなすことは出来ない。超高速トレーダーは、自分が有利な時だけゲームに参加し、1日の終りにはポジションを持たない。だからこそ5年もの間1日たりとも損を出すことなく取引が出来た
株式市場の新しい構造によって、大手投資銀行は歴史的に実入りのいい仲介業者の役を担ってきたが、その役を奪われることになった ⇒ ダークプールでの鞘取りだけでも、HFT業者が収益の85%を獲得していた
それでいて、顧客が自分の株式売買注文に何が起きているのか気付くかも知れず、システム・ダウンのリスクが顕在化しても、HFT業者は何の責任も取らないため、回復へのコストと併せて都市銀行が損失を蒙りかねない
ゴールドマン・サックスの決断によって、ウォール街から投資家に何十億ドルもの収益の返還プロセスが始まったと言える
シカゴとニューヨークの往復で、マイクロ波信号は8ミリ秒かかり、光ファイバーより4.5ミリ秒速いが、大量のデータ送信には向かず、途中に遮るもののない真っ直ぐな見通し線が必要で、悪天候の時は伝送がうまく機能しない。にも拘らず、12年にはマイクロ波信号送信のためにスプレッド・ネットワークス社の電波塔を利用する申請書が提出されている


訳者あとがき
巨大なシステムに挑む孤高のアウトサイダーを見つけ出し、ノンフィクションの名作をものにしてきた。巨大システムを、その陥穽とともに分かり易く描く書き手は他にいない
『世紀の空売り』では、サブプライムローンの仕組みを、その仕組み故に構造的に破綻が来ることを市場のアウトサイダーの側から描いた
株式市場は、08年前後からコンピューターに置き換わり、人の手による不正が排され、真の公正な市場が訪れるはずだったが、そのころから投資銀行のディーラーたちは顧客の注文で株を買おうとすると、その時まで画面に点滅していた売り物がふっと消え、結局少しずつ高い値段で買わされてしまうことに気付く
そのからくりを本気で調査した2軍のディーラーが、投資銀行を退職して、巨大システムの詐欺を無効にする自らの取引所を立ち上げる物語
20143月末に発表されるとともに大反響を呼び、ナスダックや超高速取引業者は一斉に、本書の内容を否定するコメントを発表、ニューヨークの司法長官は調査を約束するなど、大騒ぎとなる


解説  阿部重夫(1948年生まれ。東大文学部社会学科卒。月刊誌『FACTA』発行人。同誌は、金融株式市場における不正を独自の調査で明らかにする調査報道で定評。オリンパスの損失隠し報道はその代表。本書の超高速取引についてもいち早く取り上げている)
日本のフラッシュ・ボーイズ
超高速取引(HFT)が、勝率100%のギャンブルを可能にした。米国のヴァーチュ・フィナンシャルが、「創業5年半で負けは1日だけ、それも発注ミスが原因」と自慢して袋叩きに遭い、14.4.予定の上場を中止
「不敗」にはからくりがあり、要はフロントランニング(先回り)の一種で、顧客から注文を受けた仲買業者が、その売買が成立する前に注文情報を基に有利な条件で自己売買して儲けるのに類した手口
「勝率100%じゃんけんロボット」と同じ仕組みで、人間が出した手の形を認識して、1ミリ秒後に勝つ手を出す「後出しジャンケン」 ⇒ 機械の信号のスピードに追いつけないための錯覚
ロボットじゃんけんに出てきたバージョン2のように、人間が手を出す前の筋肉の動きだけで、いち早くどの手を出すかを察知し、ロボットが勝つ手を出す仕組みだと、金融商品取引法で禁止されているフロントランを掻い潜って、予め仕込んだ計算式(アルゴリズム)によって、仲介業者などのもたつきが予測でき、ミリ秒、マイクロ秒の空隙をついて先回りが可能となり、規制のしようがない
東証は、2010年立会所を廃止して、超高速の現物株式売買システム「アローヘッド」を導入、同時に、売買システムや相場情報システムを設置してあるデータセンターを擁するプライマリ―サイトにおいてコロケーションサービスを提供する
コロケーションとは、証取が取引所のデータセンターのすぐ傍らに、超高速業者などのサーバーを有償で設置させるサービスのこと。日本では、約定(成約)4割、発注の6割がコロケーション経由で占められる
取引所と超高速取引業者はグルだが、まだフラッシュ・ボーイズはいない
米国では、80年代にNASAで職を失ったロケット・サイエンティストたちが金融市場に流れ込んで、アルゴリズム取引の基礎を作る
日本では取引の9割が東証に集中しているので、取引所間の価格差やレイテンシー(信号が発信されてから受信されるまでの待ち時間)に乗じた先回りはしにくいというが、ウォール街ではそれ以外にも、「ダークプール」と言って、大手金融機関が私設取引所を設けて内部で売買を成立させる仕組みがあり、当事者の腹一つで値が決まる「薮の中」の存在が無視できない
日本では、まずFXで横行 ⇒ FX業者がサイトに載せる外貨の気配地は、実は見せ球だったケースが少なくない




フラッシュ・ボーイズ マイケル・ルイス著 市場の信頼損なう超高速取引に警鐘 
日本経済新聞朝刊20141130日フォームの始まり
 株式の売買でもうけるには、いち早く情報を入手することが重要となる。しかし、情報化の進展とともに現在、投資家が情報面での優位性を利用して巨額の利益を獲得することは「夢のまた夢」と化している。
(渡会圭子・東江一紀訳、文芸春秋・1650円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
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(渡会圭子・東江一紀訳、文芸春秋・1650円 書籍の価格は税抜きで表記しています)
 それはまた、株式市場に対する投資家の信頼を確保するための必要条件ともいえる。もっとも近年、信頼を揺るがしかねない事態が静かに進行している。売買の電子取引化や超高速化が新たな利益獲得の機会を生んだのだ。本書はその実態を初めて明らかにし、投資家や監督当局に注意を促す警世の書である。
 物語は、株式のトレーダーが株を買おうとしてパソコンの「買い」ボタンを押すと、さっきまで画面にあった売り注文が蜃気楼(しんきろう)のように消えたことから始まる。その理由を探ると、フラッシュ・ボーイと称される超高速取引トレーダーがナノ秒の差で買っていたことがわかった。
 超高速取引をするには、それなりの投資が必要であり、参入するか否かは経営判断といえる。しかし、不適切に利用されると、その他の投資家の利益が損なわれる。超高速トレーダーは、パソコンで得た株式の売買情報を通じて大口の売買注文が浮かび上がると、先回りして買い占めた後、高値で売っていたのである。こうした行為はフロントランニング(先回り取引)と呼ばれる。
 顧客の注文を受けた証券会社によるフロントランニングは、不正行為として各国とも禁止している。しかし、証券会社が自己勘定で行うことは特に規制されていない。この隙間で超高速トレーダーは利益をあげ、その他の投資家は高値づかみを余儀なくされて得るべき利益を逸する。
 超高速取引が乱用されると、一般投資家の利益が阻害される。大手証券会社などが創設したPTS(私設取引所)と呼ばれる株式の電子取引所でも、投資家の利益が損なわれているおそれが指摘される。売買注文の突合せはブラックボックス化し、公正な取引なのか検証できない。本書は、その実態を赤裸々に描く。
 株式取引の場合、「世に強欲の種子はつくまじ」と揶揄(やゆ)されるように、利益の追求なくしては成り立たない。情報化の進展とともに予想だにしない形で姿を現す強欲を制御して資本市場の公正性を確保することは果たして可能なのか。また、そのためには、どういった施策の実施が必要とされるのか。本書は、こうした厳しい問題の解決をわれわれに問うている。
(同志社大学教授 鹿野 嘉昭)



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