NHKが危ない!  池田恵理子/戸崎賢二/永田浩三  2020.10.12.

 

2020.10.12. NHKが危ない!  「政府のNHK」ではなく「国民のためのNHK」へ

 

著者

l  池田恵理子 1950年東京生まれ。1973NHKに入局、ディレクターとして主に「おはようジャーナル」と「ETV特集」の枠で女性、人権、教育、エイズ、戦争などの番組を制作する。2010年、定年退職。現在、アクティブ・ミュージアム「女たちの戦争と平和資料館」(wam)館長

l  戸崎賢二 1939年生まれ。岐阜市出身。1962NHK入局。1999年、定年退職まで、教育、教養番組の制作に従事。200209年、愛知東邦大学教授。現在、放送を語る会運営委員

l  永田浩三 1954年大阪生まれ。1977NHK入局。「ぐるっと海道3万キロ」、「ドキュメンタリー ’8990」、「NHKスペシャル」、「クローズアップ現代」などドキュメンタリー、情報番組を制作。2009年、早期退職。現在、武蔵大学社会学部メディア社会学科教授。精神保健福祉士

 

発行日           2014.4.23. 第1刷発行       14.7.30. 第2

発行所           あけび書房

 

 

はじめに

いまNHKは戦後の放送史の中で、これまでになかったような危機に直面している

本書は、この危機がどのようなものかを明らかにし、克服するために何が必要かを考えるために作られた

危機だと感じたのは、13年末に任命された4人のNHK経営委員の顔ぶれを見た時

長谷川三千子と百田尚樹は、自民党が政権に復帰する前に結成された「安倍総理を求める民間人有志の会」の主要メンバー。本田勝彦は安部の元家庭教師。中島尚正は安部首相を囲む財界人の会「四季の会」メンバーと関係が深いと見られる

国民の放送局であるNHKにとって最も大切なありかたが、明らかに政権に近い経営委員の任命によって揺らぐのではないかというのが最初の危機感

その後、百田は14年の都知事選で、自衛隊出身の田母神を応援し、演説の中で「南京虐殺はなかった」などと述べ、他の候補を「人間のクズ」と攻撃

長谷川は、朝日新聞本社でピストル自殺した右翼運動家・野村秋介を礼賛する追悼文を書いたことが判明、批判された。両名とも、政権に近いだけでなく、明確に右翼的な人物

14年会長就任の籾井勝人は、就任記者会見で「戦時慰安婦は戦争地域ではどこにでもあった」と述べ、秘密保護法については「これが必要だとの政府説明だから、とりあえず様子を見るしかない」と発言、批判精神に欠け、政権寄りであることは明白

安倍のなりふり構わぬNHKコントロールの裏には深い理由がある。安部が目指すのは「戦後レジームからの脱却」であり、天皇を元首に、自衛隊を「国防軍」にして日本の国家、社会を大きく転換しようというもの

安倍にとって邪魔になるのはメディアの攻撃、特にテレビ報道で、政府を批判しないものにしておくことは必要ということから一連の介入が行われた

NHKの危機」は、「国民の知る権利が危ない」ということに他ならない

NHK内部には、政治家との距離の近さを武器に「出世」するタイプの幹部が常に存在し、彼等が番組企画の締め付けを行う可能性は大だし、政治の圧力を想定して自己規制する傾向は伝統的に続いている

1章では、籾井会長、百田・長谷川の言動を放送法に照らして批判的に検討。併せて、戦前・戦中のNHKが、国民をアジア・太平洋戦争に動員する役割を担った歴史を振り返る、放送法が保障するNHKの自主・自立が、この歴史の反省の上に築かれたものであることを改めて確認する

2章では、慰安婦問題を取り上げ、現在のNHK内の閉塞状況を告発

3章では、番組改変事件の当事者が事件をふり返り、改めて現場制作者が市民と連携し協働することの重要性を訴える

4章では、会長や経営委員の罷免を求める市民運動の広がりを伝え、NHKを真に国民の放送局にするための様々な主張や提案を紹介

 

第1章        いま、NHKで何が起こっているか――戸崎賢二

1.    籾井会長就任記者会見の衝撃

記者会見は、現在の政治の動きを色濃く反映し、いわゆる「歴史認識」を巡る右翼的な政治家の主張とも関連がある。政治とNHKの関係が凝縮して示された形

従軍「慰安婦」は戦争地域にはどこにもあったという発言だけでも、会長の資格はない

発言が嘘であり、極めて党派的発言、更には過去の戦争について反省の意識が感じられない、被害女性に思いを寄せられない想像力や感性にも問題がある

日本の現代史の教養を欠き、人権感覚も怪しい人物との印象が濃い

ほかにも政府寄りの発言として問題になるのは、秘密保護法、国際放送、靖国参拝

政府と距離を保つと言いながら、発言は全体として政権との距離の近さを窺わせる内容

秘密保護法も靖国も、様々な意見の違いがあり、報道機関としては、そうした対立した声を取り上げながら争点を明らかにすべき(放送法第44)テーマ

国際放送についても、政府の主張をそのまま放送するかのような発言をしたが、65条に反するのは明白で、政府から独立した自律的な放送局という建前は変わらない

「多数決の民主主義のイメージで放送していけば、政府と逆になることはあり得ない」との発言は一番問題。政府から独立した放送機関であるべきNHKの性格を真っ向から否定

国会でも「編集権」が問題となり、会長は自らが持つと宣言したが、元々法的な根拠はない

BBC会長は、03年イラク戦争の際、政権が参戦の強力な説得材料とした報告書に故意の誇張があったとスクープし、ブレア政権が猛反発、激しく対立するなかで記者に情報を提供したとされる国防省顧問が自殺、その真相究明のために国会に調査委員会が発足、その報告書は政権の側に立ち、BBCを非難するものだったため、BBCの経営委員会は会長の解任意向を固めたため、会長が先手を打って辞任。会長の政見に立ち向かう姿勢を評価したBBC職員が職場を放棄して抗議、募金により『デイリー・テレグラフ』の紙面を買って意見広告を出す。スクープはアメリカのメディアにも影響を与え、イラクの大量破壊兵器の存在に疑問を投げかける報道の先駆けとなった

権力からの独立のための闘いはBBCの伝統。「BBCのジャーナリズムの本質的歴史は、長い間に力を増し最終的に勝利を収めた独立を求める闘いである。公的資金で賄われる世界の放送機関の中で、こんなにも生気に満ちて探求心旺盛な独立したジャーナリズムを持つ自由を勝ち取ったところはどこにもない。BBCの独立の獲得は、BBCの最も誇りとする業績の1つ」(98年、BBC放送開始75周年記念公演より)

会長選任過程は不透明。安部を取り巻く財界人の会が実質的に候補を決めている?

 

2.    首相派、右寄り、極右の経営委員の就任

4人の経営委員新任に際しても、野党は経営委員会の私物化として反発

経営委員会は、NHKの最高意思決定機関、監督機関

百田は、就任直後のツイッターで、「NHKが日本の国営放送局」と発信、NHkの根幹に関わること、さらには歴史認識も右翼的な政治家が喧伝するパターン化した内容

長谷川も就任後、「安倍を信頼している。これはNHK経営委員とは関係ない」と公言

思想信条の自由も含め、その個人の識見の内容が、「NHK経営委員としてどうか」という検証に晒されるべき

 

3.    戦争遂行の道具とされた日本放送協会――徹底した「国策放送局」として

1925322日、最初に放送開始したのが社団法人東京放送局(放送記念日)

26年、東京、大阪、名古屋の3放送局を統合し、社団法人日本放送協会設立

最初から政府の厳しい監督下に置かれた

戦時中は、政府の方針と、それに積極的に同調する放送局幹部によって、数多くの戦意高揚のための番組が放送され、放送協会は国民を戦争に動員する決定的な役割を果たす

戦争にラジオが大きく関わり、戦争遂行の道具となった歴史は、放送がどうあるべきかを考えるうえで避けて通ることが出来ない重い事実

1950年、電波法3法の1つ、放送法が制定され、NHKはこの方によって設立される特殊法人として歩み始める。民間放送も認められ、NHKと民間の二元体制が確立

政府のための放送局から、公共の福祉のため、国民のためのNHKへと宣言された

 

第2章        日本軍「慰安婦」問題とNHK――池田恵理子

1.    籾井会長の「慰安婦」発言と「慰安婦」問題の歩み

籾井が新会長の会見で暴露したのは、「慰安婦」制度を一般の売春と同じものと考えたのは、「慰安婦に官憲による強制連行の証拠はなかった」とする安部の一連の主張の延長線上

更に、NHKは政府や首相の見解を伝える広報機関だと言わんばかりの発言で、政権に追随し、批判精神を失った報道機関はジャーナリズムとは言えない

9196年、慰安婦問題を取り上げた番組を8本作る。以後は企画が全く通らなくなった

日本軍と政府は、日中戦争以後終戦まで、占領・統治した各国に慰安所を作り、業者に運営を任せたが、国家主導の「戦時性奴隷制」で、ナチスにも類似の施設があるが、長期間にわたり、その膨大な数とスケールは世界でも類を見ない日本固有のものといえる

「慰安婦」制度が戦時性暴力であり、女性への重大な人権侵害だと知られるようになったのは、91年韓国の「慰安婦」被害者が名乗り出たから。民事訴訟が10件起こされ、軍の関与を示す公文書も発掘され、「慰安婦」制度の全貌が分かってきた

92年、内閣外政審議室が調査開始、93年には河野官房長官談話でお詫びと反省が発出

90年代は、戦争や戦時下での性暴力が根絶すべき重要な課題としてクローズアップされた

国際世論の盛り上がりに対し、日本の右派の政治家や文化人が危機感を抱き、「慰安婦」攻撃を開始、日本の教育やメディアから「慰安婦」問題の存在と訴えを消し去ろうとした。その最初のターゲットが中学の教科書で、攻撃の中心にいたのは「日本の前途と歴史教育を考える若手議員の会」(会長中川、事務局長安部)

07年、安部首相は「教義の強制連行はなかった」との暴言を吐き、世界中から批判されて、河野談話の踏襲を余儀なくされたが、「政府が発見した史料の中には、軍や官憲による強制連行を直接示す記述は見当たらなかった」との答弁を閣議決定し、後に事実ではないことが明らかになったものの、政府見解として今でも「慰安婦」否定派の政治家たちの拠り所となっている

「慰安婦」攻撃が激化するなかでメディアがなすべきことは、争点となっている「慰安婦」問題の真相を明らかにするための調査報道だったが、両論対立の政治的トピックスになってしまったため、メディアが取り上げるには難しいテーマとして避けられ、次第にタブー域に追いやられるようになる

毎年恒例の夏の終戦特集でも、96年に取り上げられ問題化(池田が関与していたため)して年末に放送されたのを最後に「慰安婦」問題の企画が通ることはなくなった

他方、右翼の報はメディアを味方につけ、ネットに流れる情報も圧倒的に右派の論調に染め上げられているのは問題

 

2.    戦争加害と「慰安婦」番組

戦争関連のNHKの番組で、「取り上げるのが難しいテーマ」の最たるものが、南京大虐殺と「慰安婦」問題。天皇の戦争責任については結構取り上げられている

91年の《現代ジャーナルーもう1つの沖縄戦》で、初めて「慰安婦」問題を番組で取り上げ

従軍作家として人気のあった火野葦平は、兵隊物を書く時の7つの制限として、「女」をあげているが、それは戦時中の話

本格的な「慰安婦」問題を取り上げた番組は9596年の《ETV特集》の7本。当時村山政権下で「女性のためのアジア平和国民基金」を作って被害女性に「償い金」を払う事業が始まり、国際機関の動きも活発になっていたこともあって、制作現場が怯むことはなかった

池田は、制作現場から外されたため、97年「ビデオ塾」を立ち上げ、1人の市民として被害女性の支援活動を始める。NHK職員は政治的に不偏不党でなくてはいけないが、メディアがタブーとして封印しようとしている重要緊急な問題が目の前にある時、市民が歴史の記録者になり、ジャーナリストが市民運動家になるのもやむを得ない

88年、夏のシリーズ《戦争を知っていますか》でフィリピンの住民虐殺事件を取り上げようとした際、日本軍の虐殺から奇跡的に生還したフィリピン女性に戦争体験を語ってもらう企画だったが、「裏を取りにくい」「語り部は日本女性に限る」として、制作中止を命じられたため、組合に持ち込み、世間が騒ぎ始めたこともあって、語り部に日本国籍のハーフを捜し出して、何とか放送に漕ぎ着けた

 

3.    ETV2001》の番組改竄事件と政治介入

98年、元朝日の記者で女性運動の活動家だった松井やよりが女性国際戦犯法廷の開催を思いつき、バウネットが実質的な事務局となって00年実現

翌年ハーグで最終判決が出され、「慰安婦」制度を認定し、昭和天皇以下9名の被告を「有罪」と認定、日本国家の賠償責任を認め、日本政府と旧連合国、国連及び国際社会には、賠償・真相究明・記憶・教育などを含む「勧告」を行う

ETV2001》では、女性法廷を取り上げたが、ズタズタにされ歪められて放送

内部告発によって、政治介入があったことが発覚、NHKは露骨な「偏向報道」で否定

NHKは、その後もこの事件から遁走して問題を封印し続けている。アーカイブスに公開されていないだけでなく、NHK職員が検索するデータにも入っていない

 

第3章        番組制作の良心を貫くために――永田浩三

NHKの報道の大前提は、間違いを伝えてはいけないということ。そのトップたる者が、俗情と結託し間違った俗論を世界に向けて吹聴するなどありえない。歴史認識や、ジャーナリズムへの感覚がうたがわれる

編集権が会長にあるとの文脈に絡んで、「ボルトとナットを締め直す」との発言はただごとではない

番組改変事件は、NHKと政治の距離、時の政権から自立できないNHKの弱さや、歴史認識と戦後責任の問題として語られるが、制作にあたるディレクターやプロダクションとプロデューサーとの歪な力関係も忘れてはならない

記者はNHKの中で、最も優位な立場を占めることがある、中でも発言力が強いのは政治部記者。日常的に記者と一緒に番組を作る所も多い

福島原発事故では、政府や東電が、パニック惹起の懸念ありなどの理由から、事態を正確に伝えなかったことに対して、スタジオの専門家たちも同調。権威に頼り自分で考えないのは、知的で合理的であるべき放送ジャーナリストにとって致命的な欠陥

看板や権威が、取材者の当り前の感覚を鈍らせる

実態を伴わない過剰は無謬神話が、職員自身を不自由にさせている。誤りを正すことは相当な困難が伴う

 

第4章        NHKと視聴者との関係をどう組み換えるか――戸崎賢二

1.    市民の運動の広がり

今般の会長、経営委員の人事を巡って、対NHKの市民の運動がこれまでとは違う規模で広がり始めている。NHKで働く人々と市民の連繋をどう実現するか

いま広がっている運動は、基本的にはNHKの自主・自立を求める市民の運動で、14年出勤してくる職員にビラを配布する活動を全国の放送局前で実施。「放送を語る会」の呼びかけに応じたのは9つの団体と、11人のNHK出身者を含む29人の個人

 

2.    NHKに対する視聴者主権を実現するために

会長と経営委員を選ぶ制度の欠陥・不備 ⇒ 受信料を払う視聴者が全く関与していない

収入の97%は受信料であり、NHKのホームページによれば、「NHKが公正で質の高い番組が届けられるのも、公平に負担している受信料によって財政面での自主性が保障されているから」と説明しているように、受信料は視聴の対価ではなく、NHKの維持のために公平に財源を負担するもの

放送行政を政府から切り離して、独立した規制委員会で担うようにする改革が必要

かつて、市民の側から会長、経営委員を推薦する活動があった

 

NHKで働いている人たちへ――あとがきに代えて                戸崎賢二

NHKで働く人たちが、自らの良心に従って、ぶれずにニュースや番組を作り続けて欲しい

労働組合にも、公共放送を守るという本来の目的に立ち帰って、現場の声を聞いて欲しい

 

 

 

 

 

 

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