どうなるアメリカ大統領選  エマニュエル・トッド  2020.10.10.

 

文藝春秋 202011月号

『どうなるアメリカ大統領選 それでも私はトランプ再選を望む』 エマニュエル・トッド(歴史人口学者)

~高学歴エスタブリッシュメントの「左派」は、もはや「低学歴の労働者」の見方ではない~

 

 

 

現在の米国で最も鮮烈なのは、2つの矛盾した現実がぶつかり合っていること

1つは、政治・社会・イデオロギー面での分裂状態

もう1つは、良好な経済状況

 

人種問題について:

トランプ支持者とエスタブリッシュメント層の間で内戦といえるほどの激しい対立

 

経済状況:

オバマ政権の終わりごろから家計の実質収入が急上昇 58千から68千ドルへ

貧困層も減少傾向

エネルギーも自給

犯罪率も減少傾向

人口動態面でも、健全な人口増加率を維持し、現状330百万人に

 

社会が安定に向かっているのに、激しい衝突が起きているのは、「経済」の基本的な論理に「政治」が合理的に対応していない、「言葉」が「(経済的)現実」から乖離しているということ

 

前回の大統領選では、民主党が「自由貿易」「移民受け入れ」「寛容さ」を米国の理想として繰り返し主張したのに対し、トランプの共和党は米国社会の真実を語る

真実とは、9913年にかけて”4554歳の白人人口の死亡率上昇という前代未聞の現象。中国との競争に敗れ、産業空洞化が著しい州ほど、死亡率が上昇。ここから、「保護貿易への転換」を訴えたトランプが逆転勝利したが、エスタブリッシュメント層はこの真実に無関心

学歴社会とは、「出自」よりも「能力」を重視する社会だが、本来、平等を促すための能力主義が、過度な能力至上主義で、高学歴エリートが低い人を侮蔑するような事態に至った

高学歴エリートは、「人類」と言う抽象概念を愛するが、同じ社会で「自由貿易」に苦しむ「低学歴の人々」には共感しない。「左派(リベラル)」のはずなのに、「低学歴の大衆や労働者を嫌う左派」といった語義矛盾の存在になっていて、「左派」が実質的に「体制順応主義(右派)」になっている

「学歴」と「左派」が密接に結びつき、「高等教育」が「格差是認」に繋がる皮肉な事態で、その結果「エリート主義vsポピュリズム」という分断が生じている。先進国に共通する現象

 

「自由貿易こそ大事」と言う高学歴エリートの関心は、「経済」にはない。「自由貿易」がもたらす世界市場の荒波から、彼等自身は経済的に保護されていて不安がないから

一方で、「LGBTに不寛容」で「排外主義的」な下層の人々を馬鹿にする。知的な優越感を抱きながら、人種問題やLGBTなどイデオロギーばかりを論じて、「自由貿易」こそが格差を拡大し、社会を分断しているという現実を直視しない

「経済」の問題は、妥協も可能な合理的な領域に対し、「人種」「ジェンダー」は妥協が困難で果てしない対立を生みがちな不合理性を伴う領域

トランプ当選後、より一層「自由貿易」という理念に固執したのは、経済界の人々以上に、大学やメディアのエリートだった。『ニューヨーク・タイムズ』や『ワシントン・ポスト』、有名大学のエスタブリッシュメントにとって、目下の課題は、とにかくトランプを厄介払いすることで、彼等がまともな政策を持ち合わせていないこと、知的空虚さの現れ

 

現在米国は社会として安定に向かい、本来の原点に戻りつつあるが、それに伴って「黒人差別」が復活。「黒人差別」が米国社会のある種の安定要素として機能してきた歴史があるのも事実。「米国の民主制」はその始めから「人種感情」と結びついた「人種主義的民主制」で、「黒人」や「先住民」の存在が、「(黒人や先住民以外の)白人間での平等」を実現させてきた。白人の範囲が徐々に拡大され、非キリスト教徒や、第2次大戦後はアジア系も「白人扱い」に格上げされ、「レイシズム=人種差別」が、「黒人でも先住民でもない人たち」=「白人」の社会統合を容易にしてきたことを勘案すると、レイシズムが米国のデモクラシーの「基盤」ということがわかる。あくまで黒人差別の肯定ではなく、歴史家としての指摘

デモクラシーとは、元来「原始的」で「排外的」なもの。元祖の古代ギリシャでも、「両親ともアテネ人」にしか「市民」の資格はなかった

トランプは、メキシコ国境の壁に固執するなど、標的は「黒人」ではなく「メキシコ人」

「人種」にこだわるのは民主党の方。白人中間層と同様に、黒人マジョリティの経済的利益に合致するのは「保護貿易」だが、黒人有権者の89%が民主党に投票するという現実がある

黒人内部でも、「高学歴エリート層」と「中間・下層」の間で著しい階層化が進行。高学歴エリート層は、アファーマティブ・アクションの受益者であり、民主党と深く繋がって支持し、黒人の中間・下層が黒人エリートに従っている。エリートに従うのは、公民権運動以来の伝統

「黒人問題」を重視する民主党によって、大部分の黒人は、実は経済的に疎外されている

60年代の公民権運動では、民主党が黒人の解放に大いに貢献したが、「経済」という真の問題から目を背けさせるために「黒人問題」を道具のように使っているのみならず、「人種問題」に固執することで、本来必要な自己変革から逃げている

 

米中対立は、社会を一体化に向かわせる

トランプが、リーダーとして自己確立に成功したのは、「対中強硬姿勢」によってであり、「彼ら」の存在が「我々」という集団を結束させ、一体感を生むメカニズムが働いている

中国は、教育水準や人口動態から見て、世界のリーダーになる可能性はゼロであり、安心して国内の結束に利用できる

中国にとっても、経済政策は、「中国を世界の工場にして利益を上げる」という欧米主導の「自由貿易」「グローバリズム」の政策に従属したものであり、「米中対立」が激化すれば、中国も内需依存に転換せざるを得なくなり、中国経済や社会も健全化に向かう

 

トランプハーバード大学は、同じコインの表裏。重要なのは、エリート主義とポピュリズムの不毛な対立関係から脱却すること

トランプが勝てば、歴史の転換点になる。民主党に自己変革させるためにも、敢てトランプを支持せざるを得ない

 

 

 

 

 

 

 

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