彦九郎山河 吉村昭 2026.4.8.
2026.4.8. 彦九郎山河 著者 吉村昭 ( 1927 ~ 2006 ) 東京生まれ、学習院大学中退。 1966 年「星への旅」で太宰治賞、 73 年「戦艦武蔵」「関東大震災」などで菊池寛賞を受賞。丹念な取材と史料調査で緻密に構成した記録文学、歴史文学を多数発表した。 発行日 1995.9.30. 第 1 刷 発行所 文藝春秋 (1998 年 文春文庫 ) 初出 『東京新聞』 1994.3.23. ~ 12.31 1 高山彦九郎は、若い頃から故郷の上野国新田郡細谷村 ( 現太田市 ) から江戸に出てきてい以来、しばしば江戸に長く滞在して多くの学友、知人を得、それらを繰り返していたので、足を踏み入れぬ町はほとんどない 特に町人の住む家々の密集する道は、人々の生活が感じられて好き。なかでも神楽坂は好きで、いつもくつろいだ気分になる 5 年前の天明 4 年 (1784) に江戸に来た時、酒の席でよく聞いた話。前年に珍しい仇討があって、百姓によるものであることに身が引き締まるのを感じ、未だに鮮明に覚えている 仇討の場所は神楽坂。 22 年前の明和 4 年 (1767) 、下総の百姓が村の組頭と口論になり、暴行を受けた傷がもとで死亡。 12 歳の息子がいたが、村から逃亡していた組頭がもう済んだと村に戻ったのを聞いて息子が激怒。家督を弟に譲って江戸に出て剣術を身に着ける。神楽坂で組頭に似た男を見つけ、一旦は躊躇うが、再度見つけてたちはだかり、本人であることを確かめて仇討に及ぶ。組頭は行願寺の境内に逃げ込むが、息子は切り倒す。役人が奉行所に引き立てるが、仇討ちが認められて無罪放免となる。百姓の仇討ちは初めてで、評判となる 彦九郎の先祖は、戦国時代まで家格の高い武家だったが、その後帰農して郷士となり、彼は農民の出身。百姓の仇討ちに衝撃を受けたのは、彦九郎も亡父の敵を討...