破局 遠野遥 2020.9.24.
2020.9.24. 破局
著者 遠野遥(はるか) 1991年藤沢市生まれ。慶大法卒。19年『改良』で第56回文藝賞を受賞しデビュー。本書で第163回芥川賞受賞
受賞の言葉
時々、自分の実力を超えた文章が書ける。北海道で彼女と相合傘に入るシーンなど、あまり関心を持たれない場面かも知れないが。今回の受賞である程度広く読まれることを嬉しく思う
書きかけの第3作目には、傘のシーン以上の手応えを感じる部分が複数ある。まだ日々鍛錬に励む身ゆえ、次作まで覚えていて欲しい
選評
平野啓一郎 ⇒ 一押し。爽快な小説ではないが、他者への共感能力を欠き、肉体的な欲望以外は完全に”自律的に他律的”ともいうべき主人公の造形は、一個の現代的な典型たり得ている。しかも、その内面化された行動規範は、近代的な規律訓練による権力とも異なり、常識や礼儀、父の言いつけ、・・・・・といった片々たる”正しさ”の蓄積である。文体には力があり、物語の進展とともに、いよいよ冴えてくる。主人公が例外的に”自律的に自律的”であったスポーツによって他者を滅ぼし、同時にセックスによって他者から滅ぼされてゆく展開は見事で、「かくれんぼ」の効果的な使用など、各部が緊密に結び合って全体を形作っている、新しい才能に目を瞠らされた作品
吉田修一 ⇒ よくある就活ものの青春小説だが、そこはかとなく新しい時代の香りが漂っていて、定型的な物語が逆に新鮮に感じられた気がする。ただ、新しい時代の香りをあまり意識してしまうと鼻につくので要注意。若い依存症患者の物語として読むと、主人公が抱えた「常識・マナー依存」が一番恐ろしい
松浦寿輝 ⇒ カミュの『異邦人』を思い出させる、乾いたハードボイルドな文体が堂に入っており、抑制された心理描写がかえってこの主人公の不穏な内面を生々しく暗示する。その不穏さと、公務員志望という一種堅実な保身性との奇怪な対比、ミスマッチ。そこから生まれる黒いユーモア。的確で魅力的な細部の描写。底流の「不穏」が最後で爆発するが、この「破局」にはしかし意外に衝撃がなく、若さの無思慮ゆえのちょっとした失態程度にしか読めない。『異邦人』のムルソーほどの不透明な実在感と形而上的な深みを帯びえないのは、日本が神なき社会であるからかもしれない
小川洋子 ⇒ 二重丸。正しさからはみ出した奇妙や邪悪を描く小説は珍しくないが、今作は正しさへの執着が主人公を破綻させる点において特異。肉体を通して自己と関わる時にだけ確信を味わえていたのに、一番の頼みであったはずの肉体に裏切られた時、一気に崩壊が訪れる。これまで積み上げてきたすべてを失って尚、いつものやり方で取り繕うともがく彼の姿が哀れで愛おしかった。彼は嫌味な男にも拘らず、見捨てることが出来ない。社会に対して彼が味わっている違和感に、いつの間にか共感している。もしかしたら、恐ろしいほどに普遍的な小説なのかもしれない
島田雅彦 ⇒ 「ラガーマンがストーカーや自粛警察になったら」という設定で読むと不愉快極まりない。恐らくこの不愉快な読後感は、無知と歪んだ正義感と過剰な体力でスクラムを組まれたら、絶対押し切られるという不安とセットになっている。主人公がもし公務員試験に合格していたら、続編は現代日本を覆う官僚ファシズムの実体を描くホラーになり得る
山田詠美 ⇒ ほとんどゾンビ化している人間たちによる群像劇、と読んだのは私だけだったが、一番面白かった。身も蓋もない下品な表現が頻出するが、少しもみすぼらしくない。この作者はきっと、手練れに見えない手練れになる
川上弘美 ⇒ 表現しようとしていることと、言葉の間に、美しい相関関係があり、その関係は1つの完成した数式で表せる、そんな感じがした。その意味で、この小説も検算できるのかと二度三度読んでみたが、いつの間にか検算できなくなっていた。興味深いです
奥泉光 ⇒ 主人公は「欠落」を抱えた人間故に、世間の通念に過剰に従おうとするので、そのアイロニーが笑いを生んで面白いが、彼の「欠落」とは何なのか、思考を誘う力が弱い。暗黒の天体の如き「欠落」の重力が伝わるならば、それはもう大傑作
堀江敏幸 ⇒ ゴールまでの距離感がしっかりしている作品。終着点の不意打ちを活かす加速にも無理はない。徹底して自慰的な主人公の、事前のマナー厳守にはしばしば笑いを誘われる。鍛えた身体を張りながらも異性には性欲で負かされ、警察官にはタックルで倒される。トライを決めない無意識の節度と、見えない楕円球を手放したまま警官の頭越しに見える空の抜け具合に、敵と味方の言葉の呼吸がうまく噛み合っていた
公立高校のラグビー部が6年前監督が素人に交代して初めて地方大会の準々決勝まで進む。強豪校の控えメンバーを相手に諦めずに戦ったことをベストマッチといって褒める監督。その中心にいたのがタックルバッグ相手に練習の虫だった主人公・陽介で、慶應に入った今は公務員試験の準備をしながらOBコーチとして監督の下で後輩の指導に当たる
新歓のお笑いサークルで新入生の女の子・灯と親しくなり携帯番号を交換
政治塾に入って政治家を目指しているのが小学校の同級生で同じ大学に通う
付き合っている彼女・麻衣子で、彼女の誕生祝をする
公務員試験の筆記テストの読みが当たってうまくいった麻衣子に連絡するが、彼女は急な予定が別に入り、灯から、お祝いのケーキを作ったと自分の部屋に誘われる
麻衣子と別れた日に灯と初めてセックスをし、付き合い始める。灯は初めてといいながら積極的
ある日夜中に突然麻衣子が部屋に現れ、終電に遅れたので泊めてくれと言われ、中に入れると麻衣子のペースでセックスさせられる
面接もうまくいって合格発表を待つ間、灯と北海道に初めて旅行する。日増しに強くなる性欲を灯は気にしているが、そのうちにあまりに欲求の強さに陽介の方が参ってしまう
灯から、麻衣子と会って彼女からまだ付き合っているうちに灯とも付き合い始めたことを聞かされ、二股は許せないと言って去っていく
灯を追いかけようとしたが、通りがかりの男に阻止され、ぶん殴って押しのけようとしたところに警官が来て押さえつけられる。警官は灯が呼んだことを知る
遠野さんが小説を書き始めたのは2012年から13年ごろ。
大学生活も終わりに近づき、卒業後の生き方もめどがついてきたころだったそう。
始めたきっかけはよく覚えていないそうですが、小説を書きだす少し前に夏目漱石の作品を何度も読んでいたということです。
初期の頃は漱石の書き方を参照していたそうで、直接の理由ではないものの、漱石になにかしらの刺激を受けたのは確かなようですね。
2018年の文藝賞にはホラーゲームを題材にした小説を応募しますが、残念ながら最終選考の手前で落選。
しかし、翌年の2019年8月に『改良』が第56回文藝賞を受賞します。
一年でリベンジできたというのがすごいですね。
『改良』は女装して美しくなりたいと努力する、大学生の主人公「私」の物語。
120ページという短い小説ですが「美しさ」というテーマを通して、男性、女性としての在り方や、社会の中にある偏見などを映し出すような深い作品です。
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