船に乗れ! 藤谷治 2020.7.9.
2020.7.9. 船に乗れ!
著者 藤谷治 1963年東京都生まれ。洗足学園高校音学科、日本大学芸術学部映画学科卒。03年『アンダンテ・モッツアレラ・チーズ』でデビュー。08年『いつか棺桶はやってくる』が三島由紀夫賞候補になるなど、注目を集める
発行日 I 2008.11.6. 初版発行 09.12.25. 第6刷発行
II 2009.7.12. 初版発行 10.1.26. 第7版発行
III 2009.11.15. 初版発行 10.1.26. 第7版発行
発行所 ジャイブ
本作品は書下ろし
I 合奏と協奏
あの頃の自分に何があったのか、自分が何をしたのか、そしてそれらは結局はどういう事だったのか、鏡を睨みつけるようにして、しっかりと向き合わなきゃいけない。そのために僕はこれを書くことにした
第1章
母方の曽祖父が化粧品会社の広告部の草分け的存在で、化粧品会社を大企業にした功労者
祖母は18歳でソルボンヌに行って、卒業すると帰国してピアノとフランス語の家庭教師となる。横浜の高校で音楽教師をしていた祖父と知り合い、祖父は明大を出て神父になるつもりだったのが、パイプオルガンの奏者になる
祖父は、溝口の新生学園の音楽科を創設
父は慶應出で、秋葉原の小さな会社の経営者。前の職場で知り合った母と結婚
母は4人兄弟で、母以外は全員芸大卒でプロの音楽家
サトルは祖母にピアノを習っていたが、祖父の勧めでチェロをやることになる
芸高を落ちて、新生学園に入学
プルートはオーケストラの席次。2人1組で、最初がファースト・プルート、若しくはトップで、客席に近いほうが「表」で、その隣が「裏」。ファースト・プルートの表が、そのパートの中で一番偉い。上下関係がきちっと決まっている。ヴァイオリンのファースト・プルートの表はオーケストラ全体の責任者、コンサートマスター
サトルは11月の発表会での全校のオーケストラで、チェロのファーストの裏。1年上の合田隼人が第2ヴァイオリンのトップ表で、同級生の南枝里子がトップ裏
中学から上がってきた枝里子に一目惚れ。枝里子は中学でトップの実力者
一般教科では、金窪の倫理社会に興味を持ち好きになる。あだ名は金壺まなこ(ぎょろ目)
オーケストラの清里での合宿では、全員が緊張のあまりバラバラで先が思いやられる
文化祭で枝里子と一緒にメンデルスゾーンのピアノトリオをやろうと誘う。ピアノが難しすぎて引き受け手がいなかったが、副科のピアノの先生が引き受けてくれて3人で練習を始めたものの、文化祭では先生とのアンサンブルは認められず。2人が2日で合わせてきたのを聴いてピアノの先生が文化祭とは無関係に発表の場を考えると言ってくれたが、サトルの祖父の家でのホーム・コンサートに決まる
無事発表会を終わって、ホームコンサートも大成功。義理の叔母が演奏するドイツオペラの引っ越し公演に枝里子を誘う。サトルは初めてのデートのつもりで誘ったのに、枝里子はトリオに誘われた時から、練習も全部デートのつもりだったことを知る
アンサンブルには合奏と協奏の2種類がある。合奏は全員1つの音楽を奏でるために、気持ちを1つにして、大きなハーモニーを作り上げていく。自分が全体の部分であることを弁えて、1人では出来ない音楽を全員で目指す。協奏は1人1人が競り合って、隙あらば自分が前に出ようとする。誰もが自分こそ主役だと主張して音を出す
II 独奏
第10章
生まれて初めてのデートで、柿生の南の家まで、《魔笛》の来日公演の観劇の迎えに行く
メトロノームを発明した人は、ベートーヴェンの補聴器を作ったのと同じ人で、ベートーヴェンは自作にメトロノームのタイムを書き込んだ最初の作曲家
第11章
1年の終わり、南が芸大を目指すというので、一緒に目指すと宣言
第12章
2年生進学。個人のレッスンではバッハの《無伴奏》が始まる。1年生が優秀なのでびっくり。秋の発表会のオーケストラの曲もリストの難曲《プレリュード》。サトルは先輩を差し置いてトップに指名
第13章
予想通り、オーケストラは大混乱。朝練が義務付けられる
夏の間ドイツのレッスンを受ける話が進む。南はサトルが金持ちだからいけると僻むので、南も一緒に行けないかと親に聞いたが言下に否定された
第14章
オーケストラの夏の合宿で初めて南と唇を合わせる
第15章
ドイツでのレッスンは、義理の叔母の所属するオーケストラのチェリストで、いきなり音階を弾かせられ、弦を鳴らすだけで、楽器を鳴らしてないと言われ、先ずは音階の練習をして楽器を鳴らすことを覚えさせられる
おさらいした楽譜の見て、どの箇所にどんな書き込みがあるかさえ見れば、どの程度のレッスンを受けているか、プロには一目瞭然なのだ
チェロを勉強して「弾く」ことと、「音楽の演奏」の間には明らかな隔たりがあり、「勉強の上に音楽がある」ことを知る
第16章
帰ってくると南の様子が一変、そのうち学校にも来なくなった
第17章
南から退学届が出る。サトルがドイツに行った後、どうにもならない境遇の差に南が泣いて悔しがり、女友達が南を元気づけるために男友達と海に行ったときに間違いを犯して妊娠、結婚することになったことが分かる
第18章
南の相手を殺そうと決意し、尊敬する公民の先生の授業で、「なぜ人を殺してはいけないのか」と突っかかる。その時に、「僕みたいな人間は殺されても仕方ない」と言われたと話を曲げて担任に告げ口をしたために、公民の先生は辞職に追い込まれる
第19章
公民の先生は最後の授業でプラトンの著した『ソクラテスの弁明』という本を引用して講義を終えた
III 合奏協奏曲
第20章
3年生の先輩が卒業して、サトルは最上級生に
第21章
新1年は60名と激減、しかも女子のみ。そのレベルが高いのにまたびっくり
オーケストラの曲も、モーツァルトのジュピターになって、副科も含めた大編成から楽器専攻だけの少人数編成でよくなり、それぞれの専攻楽器に専念する体制に。ピアノや声楽専攻に副科楽器を強制しない
南の親友だった鮎川が新しいコンサートマスターに
第22章
発表会のソロ演奏が9月のオーディションで決められる
新しいメンバーでオーケストラの練習が始まる
第23章
若い音楽家にとって、音楽の喜びや苦しみは、人生だの精神論だのとは何の関係もない。喜びも苦しみも技術だ。音程が正しくなければ、しっかりとしたボウイングが出来なければ、誰も音楽とは認めない。音楽を成り立たせるために、音楽家はひたすら人生とも精神とも無関係な、芸術とさえ縁遠い難関を乗り越えていかなければならない。その楽器を演奏する人間にしか通じない言葉とテクニックによって学習を繰り返してからでな
ければ、音楽に到達することは出来ず、音楽に到達して初めて、音楽家は芸術や精神、更には人生といった、高次の、そして陳腐な概念に接近していける
才能に見切りをつけてチェロをやめると宣言。その途端にオーケストラの授業が楽しくなった。父親からは、その代わり一流の大学に入れと言われる
文化祭で3年生がやるミニコンの出し物を《ブランデンブルク協奏曲》に決める
第24章
《ブランデンブルク協奏曲》は、合奏協奏曲(コンチェルト・グロッソ)というバロック時代の代表的な音楽形式、複数のソリスト(コンチェルティーノ)がいるが、オーケストラのなかにいて一緒に合奏する。楽器編成や難易度から5番を選ぶ
第25章
サトルの家で最初の音合わせ。鮎川が指揮を出来ないというので、皆に推されてサトルが弾き振りをすることになる
受験勉強のため予備校の夏季集中講義に行くがさっぱり分からず、最下位のクラスのまま
発表会のオーディションは散々な出来で落とされ、文化祭でソロをやる
ミニコンが始まる前に南が制服を着てヴァイオリンを持ってやってきた
第26章
突然現れた南がソロを演奏、練習のとき鮎川がラジカセで録音していたのを南が聴いて練習していたおかげで、大成功の満足いく演奏が出来たが、退学者が文化祭のステージにいるとなって担任から生徒指導室に呼ばれる
第27章
鮎川が南から預かってきた荷物をサトルに渡す。中身は1年の時南と一緒にさらった楽譜と詫び状。「サトルが、チェロも、学校も、私も全部壊してしまったが、こういう時がいつか来ると思っていた」とあった
第28章
学校の新ホールのこけら落としでの演奏会は成功裏に終わり、アンコールまで演奏
第29章
公民の先生に謝罪に行ったが、先生は辞職した後苦労したようで、謝罪は受け入れたが赦してはくれなかった。その代りにニーチェの言葉をくれた、「船に乗れ!」
それから20年、僕は迷い続けた。自分の人生を基本的には間違いだと思っていた。何も解っていないし、何も解決させていない。あの頃と何も変わっていない。それでいい。のろのろと、しかし絶え間なく、波に揺られながら、航行は今も続いている
Wikipedia
『船に乗れ!』(ふねにのれ)は、藤谷治による日本の青春小説。2013年に舞台化される。
チェロを専攻する高校生・津島サトルが主人公の青春音楽小説で、「合奏と協奏」「独奏」「合奏協奏曲」の三部作から成る。第一部「合奏と協奏」は書き下ろし、第二部「独奏」は『ポプラビーチ』にて2008年10月から2009年6月まで連載、第三部「合奏協奏曲」は『Webマガジン ブンゲイ・ピュアフル』にて2009年7月から11月まで連載された作品に、それぞれ書き下ろし分を加え、加筆・訂正の上、刊行された。
中年の主人公・サトルの視点が時折挿入されることで、サトルが高校時代を回想していることがさりげなく示されており、読者はサトルの青春と恋に未来が無いことを分かった上で、青春力全開でありながら哀しい物語にどんどん引き込まれていく。また、オペラ鑑賞やオーケストラの練習風景などが、サトルの言動を借りて初心者にも分かりやすく平易に立体的に語られ、音楽とは無縁の者も物語に引き込むこうした技術は、派手なストーリーや展開に対して目立ちにくいが、これを軽々とこなしている作者は称賛に値し、最も良質な青春小説である。[1][2]
2010年、本屋大賞にノミネートされ、第7位にランクインした。
2008年にジャイブから刊行された音楽小説のアンソロジー『Heart Beat』に番外編「再会」が収録されている。伊藤慧が日本で初めて開くソロリサイタルへ、40代のサトルが赴き、過去の自分と折り合いをつける様が描かれる。尚、この番外編は文庫版の第3巻に収録された。
l あらすじ[編集]
大人になった津島サトルが、自意識過剰だった高校生時代を顧みる。
音楽一家に生まれたサトルはそうするのが当然のように幼い頃からピアノを習ってきたが上達せず、中学1年生の時に祖父の提案でチェロを習い始め、国立の芸術高校を受験するが不合格となり、不本意ながら祖父が創始者のひとりである新生学園大学付属音楽高校に進学する。厳しい練習に耐えながら、受験日に知り合ったフルート専攻の伊藤慧と友情を育み、一目ぼれした同級生でヴァイオリン専攻の南枝里子との交際が始まり、充実した学園生活を送る。だが、サトルが2年の夏休みに叔父夫妻がいる西ドイツへ留学している間に、枝里子の身に思いもよらぬことが起こっており、枝里子はサトルに何も語らぬまま学校を去って行く。
新生学園(しんせいがくえん)
幼稚園から大学まである私立の学校。
音楽科の生徒たちでオーケストラを編成するが、専攻する楽器に偏りがあるため、ピアノ以外の楽器の生徒は副科でピアノを、ピアノと声楽を専攻する生徒は何か別の楽器を必ず専攻しなければならない。
男子生徒は少なく、サトルの世代も男子は全員同じクラスに入れられた。サトルが3年生時に男子の募集が停止され、三流校からの脱却を図り、専攻する楽器に専念するため、副科の制度も変更された。
登場人物[編集]
主人公とその同級生[編集]
津島 サトル(つしま サトル)
音楽科1年A組。専攻はチェロ。
両親以外の親族が音楽教師、作曲家、ピアニストという音楽一家に育つ。物心つく前から祖母からピアノを習っていたが上達せず、中学1年生の時に祖父の提案でチェロを習い始める。国立の音楽高校に落ち、祖父が創始者の一人である新生学園音楽科に入学する。文学と哲学が好き。
同級生の南枝里子との交際と突然の別れで傷付き成長する。
伊藤 慧(いとう けい)
音楽科1年A組。専攻はフルート。受験日にサトルと知り合う。絵に描いたような美少年で「フルートの王子」として女子から人気になる。姉が新生学園大学に在籍している。
鮎川 千佳(あゆかわ ちか)
音楽科1年A組。中等部からの持ち上がり。専攻はヴァイオリン。ポニーテール。枝里子とは親友。
南 枝里子(みなみ えりこ)
音楽科1年B組。専攻はヴァイオリン。サトルが入学式の日に一目惚れした女子。両親はそば屋を営む。サトルと交際し、音楽の語らいを楽しむが、彼の留学中に情緒不安定となり、ある出来事を境に退学しサトルとも別れることになる。
沢 寛子(さわ ひろこ)
音楽科1年A組。中等部からの持ち上がり。高校から専攻をフルートに変えた。
その他
橋本 洋太郎
- 音楽科1年A組。専攻は声楽(バリトン)。
山路 満
- 音楽科1年A組。専攻はピアノ、副科は声楽。
生田 寛
- 音楽科1年A組。専攻はピアノ、副科はコントラバス。
森 千鶴子・上野 まゆみ - 2年時のサトルのクラスメイト。専攻はピアノだが、副科でチェロをやらされている。
浅葉 - 3年時のサトルのクラスメイト。専攻はピアノ。
サトルの先輩・後輩[編集]
先輩
合田 隼人(ごうだ はやと)
1学年先輩。専攻はヴァイオリン。後輩の女の子にちょっかいを出したがる。
戸田 健一(とだ けんいち)
1学年先輩。専攻はチェロ。サトルに頼りがちな情けない先輩。
白井(しらい)
2学年先輩。サトルが1年時のオーケストラのコンサートマスター。芸大に合格する。
後輩
君島 栄一(きみじま えいいち)
1学年後輩。専攻はピアノ。新聞社の重役の息子。
浅井 敬助(あさい けいすけ)
1学年後輩。1年生にしてオーケストラで南と共に第二ヴァイオリンのトップに指名される。
手房 あやめ(たぶさ あやめ)
1学年後輩。チェロ・第二プルートのトップ。
成田 花江(なりた はなえ)
2学年後輩。チェロ専攻。高度なテクニックが要求されるデイヴィッド・ポッパーの曲を練習していたため、サトルに焦燥感と無力感を感じさせる。
新生学園教師[編集]
東堂 順子(とうどう じゅんこ)
新生学園高校音楽科1年A組の担任。髪を刈り上げているので、カリババと呼ばれる。話が長い。前年までは普通科を受け持っていた。
岩淵(いわぶち)
新生学園高校音楽科1年C組の担任。声楽とソルフェージュの教諭。サトルの3年時の担任。
多田(ただ)
新生学園高校音楽科1年B組の担任。ピアノと聴音の教諭。
北島 礼子(きたじま れいこ)
サトルの副科(ピアノ)の担当教諭。学園一の美人で、あだ名は「クレオパトラ」。津島の祖母のレッスンを受けによく津島家へ通っていたため、サトルを見知っていた。男嫌いなことで有名で、言い寄る男たちは皆玉砕、それまでは男子生徒の受け持ちも拒んでいた。
加藤(かとう)
オーケストラ授業の担任。太った体格のヴァイオリニスト。通称はカミナリで、怒ると非常に怖い。
金窪 健史(かなくぼ たけし)
一般教科(倫理・社会)の担当教諭。大学時代はソクラテスを研究し、サトルと哲学談議を交わす。まん丸の目をしており、あだ名は高校時代に付けられた「金壺まなこ」。枝里子との別れで傷つき憔悴したサトルが苛立ちからついた嘘で、自主退職に追い込まれる。
久遠 みつ子(くどう みつこ)
サトルの2年時の担任。担当教科は楽典。サトルの祖父の愛弟子。
その他[編集]
鏑木(かぶらぎ)
松野 敏明(まつの としあき)
サトルの祖父。新生学園の学長。音楽関係のレコードや書物を多く収集している。家族や親しい人の前では、一人称が「お父ちゃん」になる。
松野 整(まつの せい)
サトルの叔父(母の弟)。1年の半分は新生学園大学のピアノ科の講師として日本に、もう半分は西ドイツのハイデルベルクにいる。
松野 ビアンカ(まつの ビアンカ)
整の妻。ドイツ人。ハイデルベルクのオペラハウスのオーケストラでヴァイオリンを弾いている。
佐伯(さえき)
新生学園大学のチェロ講師。NHK交響楽団のチェリストで、教育者としてもサトルの祖父が太鼓判を押す。人柄も垢抜けている。
ルドルフ・メッツナー
ビアンカと同じ楽団のチェリスト。サトルの留学時の先生。
交響劇「船に乗れ!」[編集]
東急シアターオーブにて、2013年12月13日から12月21日まで公演。
キャスト[編集]
津島サトル - 山崎育三郎(高校時代)、福井晶一(現在〈45歳〉)
南枝里子 - 小川真奈
伊藤慧 - 平方元基
オーケストラメンバー
生田寛 - 松岡卓弥
沢寛子 - 加藤雅美
戸田先輩 - 輝馬
白井 - 前山剛久
柳沢 - 木内健人
浅葉 - 西岡優妃
吉岡 - 吉田萌美
久遠みつ子 - 金沢映子
金窪健史 - 加藤虎ノ介
北島礼子 - 田中麗奈
南トシ子 - 木の実ナナ
松野敏明 - 小野武彦
スタッフ[編集]
脚本・演出・作詞 - 菅野こうめい
脚本 - 鈴木哲也
音楽監督・作曲 - 宮川彬良
指揮 - 西村友
オーケストラ - 東邦音楽大学管弦楽団
企画・製作 - アトリエ・ダンカン
協賛 - ハウス食品
脚注[編集]
1. 北上次郎「新刊めったくたガイド」『本の雑誌』本の雑誌社 2009年8月号
p.47
2. 北上次郎「新刊めったくたガイド 傑作青春小説『船に乗れ!』の苦い現実に共感する」『本の雑誌』2009年12月号 p.46
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