その名を暴け  Jodi Kantor/Megan Twohey  2020.9.5.

 

2020.9.5. その名を暴け #Me Tooに火をつけたジャーナリストたちの闘い

She Said       2019

 

著者

Jodi Kantor 『ニューヨーク・タイムズ』紙の調査報道記者。カンターは職場問題、その中でも特に女性の待遇について重点をおくとともに、2度の大統領選挙の取材に従事。著書に『The Obamas』がある。2人は本書の基となったハーヴェイ・ワインスタインについての調査報道で多くの賞を受賞し、ジャーナリズムの分野で最高の名誉とされるジョージ・ポルク賞や、『ニューヨーク・タイムズ』としてピュリッツァー賞公益部門を受賞(17)している。

 

Megan Twohey 『ニューヨーク・タイムズ』紙の調査報道記者。女性や子供の問題に焦点をあて、ロイターニュース記者時代の2014年にピュリッツァー賞調査報道部門の最終候補者になる。2人は本書の基となったハーヴェイ・ワインスタインについての調査報道で多くの賞を受賞し、ジャーナリズムの分野で最高の名誉とされるジョージ・ポルク賞や、『ニューヨーク・タイムズ』としてピュリッツァー賞公益部門を受賞している。

 

古屋美登里 翻訳家。著書に、『雑な読書』『楽な読書』(シンコーミュージック)。訳書に、ノンフィクションではデイヴィッド・マイケリス『スヌーピーの父 チャールズ・シュルツ伝』、カール・ホフマン『人喰い――ロックフェラー失踪事件』、デイヴィッド・フィンケル『帰還兵はなぜ自殺するのか』『兵士は戦場で何を見たのか』(以上亜紀書房)、ダニエル・タメット『ぼくには数字が風景に見える』(講談社文庫)、フィクションでは、イーディス・パールマン『蜜のように甘く』(亜紀書房)『双眼鏡からの眺め』(早川書房)、ML・ステッドマン『海を照らす光』(ハヤカワ epi 文庫)、エドワード・ケアリー『おちび』〈アイアマンガー三部作>『堆塵館』『穢れの町』『肺都』(以上東京創元社)など多数。

 

発行日           2020.7.30. 発行

発行所           新潮社

 

軽井沢図書館新刊コーナーで見て

 

石戸諭(ノンフィクションライター): 事実は、いかなるオピニオンよりも社会を動かす

荻上チキ(評論家): 権力と金によって、隠蔽されてきた性暴力たち――。ハリウッドだけではなく、世界中の性差別を問い直した、執念のルポがようやく読めた。

長野智子(キャスター): 権力者との死闘に立ち上がった女性たちの慟哭と勇気に身震いがした。

浜田敬子(Business Insider Japan統括編集長): 女性たちの信念と連帯が、世界に勇気を与えた。

 

書誌情報――帯

ピュリッツァー賞受賞! 「ハリウッドの絶対権力者」の大罪を暴いた調査報道の軌跡。

標的は成功を夢見る女性たち――映画界で「神」とも呼ばれた有名プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインは、長年、女優や女性従業員に権力を振りかざし、性的暴行を重ねてきた。自身の未来を人質にされ、秘密保持契約と巨額の示談金で口を封じられる被害者たち。沈黙の壁で閉ざされていた実態を、ふたりの女性記者が炙り出す!

 

 

はじめに

2017年にワインスタインの調査を始めた時には、世の中の女性はこれまでにないほどの力を手に入れていた。男性で締められていた職業に女性が参入し、首相や大企業を率いる女性も現れ、年収が母や祖母の生涯賃金を超えることもあり得る時代になった

それなのに、女性たちは絶えず性的嫌がらせを受けその加害者はお咎めなし

性的嫌がらせは違法行為だが、ある種の職業ではごく当たり前に行われていた。被害者の取るべき最善策は、沈黙を条件に賠償という名の口止め料をもらうこと

2017年、ワインスタインの性的嫌がらせに関する記事を公表以来、世界中の何百万人もの女性が一斉に体験を話し始めた

ジャーナリズムは、これまでもパラダイム・シフトを起こす役割を担ってきたが、変化の有様を伝えるだけで、その変化自体を長年にわたって作り上げてきたのは、先駆的なフェミニストや法律学者たち。アニタ・ヒル(1991年上院司法委員会で、最高裁判事候補になっていたクラレンス・トーマスからかつて受けた性的嫌がらせについて証言)や市民活動家で#MeToo運動の創始者タラナ・バーク、更には同業のジャーナリストなど、大勢の人々のお陰

しかし、私たちが苦労して究明した真実が世の中の意識を変えるのを見て、「なぜこの記事が?」という疑問が残った。『ニューヨーク・タイムズ』の編集者の1人が指摘したように、ワインスタインはそれほど有名ではなかった。閉塞感のあるこの世界で、どうすればこれほどまで世間を揺るがす社会的変化が起きることになったのか? 本書はこの疑問に答えるために書いた。ワインスタインの周りにあった分厚い沈黙の殻を破って最初に声を上げた勇敢な情報提供者たちが、どのような動機でこの危険を伴う決断を行ったのか、ということを述べている

ローラ・マッデンは、ワインスタインのかつてのアシスタント。ウェールズ在住の4児の母。離婚したばかりで、乳癌の切除手術が迫る中で声を上げた

アシュレイ・ジャッドは女優、ハリウッドを離れて男女平等に関する研究に没頭していた時期があり、その時の経験を踏まえて、キャリアを危険に晒してまで語ってくれた

ゼルダ・パーキンズはロンドン在住のプロデューサー。20年前にサインした秘密保持契約のせいで告発できずにいたが、契約違反の法的・経済的報復を覚悟で取材に応じる

名前は公表できないが、ワインスタインの下で長期間働いていた人物は、そこで見聞きしたことにますます悩まされるようになり、上司の犯罪を暴くために重要な役割を果たす

本書は調査報道についての本でもある。雲を掴むような話で、自身の体験を打ち明けてくれる人も殆どいなかった状況から、どうして秘密の情報を入手し、その情報の裏をとったのか、1人の権力者が調査の妨害をするために不正な手段を用いる中、その権力者の真実をどのように追い続けたかが書かれている

本書は、17年のワインスタイン報道の過程で私たちが知った情報と、それ以降に収集した大量の情報とで成り立っている。新しい情報もかなり加えられているが、それは被害者に沈黙を強い、今も社会の変化を妨げているのが司法システムと会社の雰囲気であることを理解するうえで役に立つはず

ビジネスの場では、加害者を守ろうとする力が働く。女性を擁護する人の中にも、犯罪を隠蔽するために示談に持ち込んで利益を得る者がいる。この問題に薄々気づいている人は大勢いるが、犯罪行為をやめさせようとはしない

20203月、ワインスタインは2人の女性への性的暴行の罪で禁錮23年の判決(06年ミリアム・ハーレイをレイプした罪で20年、13年にジェシカ・マンにオーラルセックスを強要した罪で3)

ワインスタイン報道が世に出てから数カ月を経ずして#MeToo運動が爆発的な勢いで広がり、公共の場での会話は豊かになり真剣味を増したが、運動の目的がはっきりしないため罪のない男性たちを傷つけることになったのではないか

ワインスタイン報道から1年後、カリフォルニアの心理学教授クリスティン・ブレイジー・フォード博士が、上院司法委員会の公聴会で、当時最高裁判事に指名されていたブレット・カバノーを、高校時代に性的暴行をしたと訴えた。カバノーは激怒して否定したが、博士を#MeToo運動のヒーローと持ち上げる一方、ペテン師とする人もいた。ミーガンが彼女にインタビューした結果も本書に記載

本書は、アメリカの女性たちの間で起きた2年間の驚くべき記録。多くの女性が生活の場や職場、家庭、学校で体験したことを基にしている。この本を書いたのは、出来る限り#MeToo運動の発端へと引き戻したかったから

 

第1章        最初の電話

カンターは、『ニューヨーク・タイムズ』の調査報道記者として、性差別について数多くの記事を手掛けてきた。彼女は、ハリウッド女優のローズ・マッゴーワンから、有名映画プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインによる性的暴力の話を聞き「被害に遭った女優が他にもいるのでは」と疑問を抱く――。

 

20175月、初めてマッゴーワンとメールで話した時、彼女は取材依頼に対し、『ニューヨーク・タイムズ』から受けた性差別扱いに反発して否定的

数か月前にプロデューサーにレイプされたことを#WhyWomenDontReportのハッシュタグで訴え、噂では相手がワインスタインで、公然の秘密とされていた(18年、『Brave』と題して、エンターテインメント業界が女性に行った差別を明らかにする回想録を出版)

最近ではワインスタインの映画製作における魔力は衰えていたが、その名は権力と同義語。ニューヨークの質素な家に育ち、コンサート・プロモーションから映画の配給、製作へと進み、周りの者すべてを更なる成功へと導く方法を知っていたかのようで、現代のオスカー・キャンペーンの先駆者、アカデミー作品賞5回、ヒラリー・クリントンの選挙資金調達者として20年にわたり支援、オバマの娘のインターンシップを受け入れ

ワインスタインの女性の扱いがひどいという噂は以前からあり、それにまつわる冗談を公の場で口に出したりもしたが、多くの人々は恋の戯れとして見逃し、記事を書こうとしたジャーナリストも失敗し、セクハラの訴えを受けたニューヨーク市警も何の容疑もかけられずに終わる

ワインスタインは人前ではフェミニストの信任を得ていると自慢し、大学に女性解放運動家の名を冠した講座を作るために寄付したり、大学構内での性的虐待事件についてのドキュメンタリー《ハンティング・グラウンド》を配給して、構内での性的暴行反対のスローガンにしたり、17年大統領就任の翌日にはトランプの女性蔑視・差別に抗議して、サンダンス映画祭(独立系映画を対象とした大規模の映画祭)で行われた歴史的なウィメンズ・マーチにもピンク色の猫帽子を被ってデモ行進に参加

『ニューヨーク・タイムズ』の調査報道部は、これまで報道されていない出来事を掘り起こし、人々や組織が故意に隠してきた犯罪を明らかにするのが目的

ジョディが企業やほかの組織で女性の身に起きた出来事について調査を始めたのは13年。既に国内では性差別の議論が充分に感情的になっており、隠されている性差別をもっと明るみに出すことが求められていた。思いがけずメールに返事してきたマッゴーワンに対し、自分の差別報道での実績を示して、話を聞こうと水を向けると、オフレコを前提に話を始める。97年のサンダンス映画祭で注目の新人となったマッゴーワンに対し、統治者として君臨していたワインスタインが強引に性的暴行を加え、翌日10万ドルの示談金で一件落着。マッゴーワンはその金をレイプ・クライシス・センターに寄付

問題はワインスタインだけが最低ではないことで、ハリウッドは女性への虐待を組織的に行っていること。彼女は次から次へと非難を続ける

問題は、彼女の発言が報道の厳しさに耐えられるかどうか。新聞の義務は公平であることで、最後はワインスタインに意見を述べる機会を与えなければならない

マッゴーワンの裏をとるべく、性差別に詳しいミーガンの応援を得る

ミーガンは、10年以上性犯罪と性的違法行為を暴く記事を書いてきた。165月にはトランプの女性への態度が法的・倫理的な一線を超えているのではないかという特別調査をして、性的不適切行為を行ったとする訴えを注意深く立証した記事にした。トランプはインチキだと言ったが、10月には『ワシントン・ポスト』がNBCから録音テープの一部を入手して、トランプが女性への攻撃的態度をとることを得意げに話す内容を公表、トランプは謝罪に追い込まれる。更にミーガンはトランプから性的虐待を受けたという女性2人の裏をとって記事にしたが、大統領選直前だったこともあり、トランプ支持者からミーガンも女性2人も様々な攻撃に晒される。訴訟で脅かしてくるトランプに対し、『ニューヨーク・タイムズ』の副法務責任者のマクロ―弁護士(20-06 ニューヨーク・タイムズを守った男』参照)はジャーナリストを守る姿勢を貫いた

大統領選の数週間前にミーガンが書いた記事は、ビル・クリントンからの性的に不適切な行為を訴えた女性たちと争う際に、ヒラリー・クリントンが果たした役割にスポットを当てた内容で、ヒラリーの支持者たちは彼女の役割は小さかったと述べていたが、夫を告発した女性たち名誉を汚すような弱点を探そうとして、ヒラリーが私立探偵を雇っていたことを突き止めた

投票所でいくら取材しても、郊外に住む白人女性たちの中に、トランプの女性への犯罪行為や、NBCのテープの内容を気にする人がいないのを知って、選挙結果は明らかだった

選挙後驚いて、ワインスタインの調査開始へとつながっていくことになる一連の出来事は、権力の全盛期にあり、ミーガンを自身の番組やツイッターで批判し続けた、FOXテレビの司会者ビル・オライリーがその地位を失ったことで、『ニューヨーク・タイムズ』が彼とその会社が性的嫌がらせで繰り返し訴えられていると報じてからのことだった。その記事では、オライリーが5人の女性に大金を払って示談に持ち込んだことを明らかにし、女性たちは提訴し、オライリーとFOXニュースは13百万ドルもの口止め料を払ったという。アメリカでフェミニズムに最も批判的な会社の1つがこっそりと莫大な示談金を払っていた

記事から何日も経たずして大企業はオライリーの番組へのスポンサー契約を打ち切り、さらに重要なのはFOXのほかの女性たちがオライリーの態度について社内で不満を申し立てたこと。オライリーは解雇され、共和党員で絶大な権力を握り、FOXの創設者だったロジャー・エイルズもその職を失う

オライリー事件が戦略を教えてくれた。性的嫌がらせや性暴力の問題で、自ら進んでオンレコ(報道を前提に)で声を上げる人は一人もいないと言ってもいいが、もし女性に対するひどい行為とは何かを明らかに出来れば、そうした体験を話しやすくなるかもしれない

業界ごとに調査を進めると、シリコン・バレーやIT産業では昔ながらの規則に縛られない理想的な職場に見えたが女性を閉め出していたし、学術の世界でも大学教授には同じ分野の研究を目指す院生を支配する力があった。低所得者層の女性も頼れる先がなかった

記事を書いた記者からジョディが依頼されたのは、個々の犯罪に留まらず、性的嫌がらせをのさばらせ、誰からも言及されない特定のグループや組織を突き止めることとどの事件でも突然現れてくる示談とはどれほど一般的なものか、それによって性的嫌がらせがどう隠蔽されているのかの2点の解明。ジョディはフェミニストの活動家に助言を求め、ハリウッドのこと、ワインスタインのことを知る

被害者である見知らぬ取材対象者に初めて声をかける時、「あなたの過去に起きたことを変えることは出来ないが、皆で力を合わせれば、あなたの経験をほかの人を守るために使うことが出来るかもしれない」と呼びかけた

 

第2章        ハリウッドの秘密

トランプ大統領の女性への性的嫌がらせを記事にしたトゥーイー記者も調査に加わるが、彼女たち2人の世界的女優たちへの接触は困難を極めた。そんな中、ワインスタインの秘蔵っ子、グウィネス・パルトローと話ができることに。だが、彼女を含め女優たちはワインスタインからの報復を恐れ、堅く口を閉ざす――。

 

ワインスタイン調査の最大の難問は、トップ女優たちに電話取材を受けてもらう糸口

ワインスタインが関わった映画に出演した女優に焦点を絞り、15年に雑誌のインタビューで性的嫌がらせを受けたと語っていたアシュレイ・ジャッドを探し当てる

フランスの有名女優ジュディット・ゴドレーシュも、ワインスタインの被害に遭ったと仲間内で語っているとの情報が入ったので、メールで面談を申し入れたが拒絶

ワインスタインの会社の元従業員とはすぐに連絡が取れたが、両極端な反応。「キャスティング・カウチ」といって役をもらう代わりにプロデューサーなどに身体を任せる風習はハリウッド誕生以来のもので、ワインスタインの女性に対する扱いは公然の秘密と言われる

元従業員からの情報で、女優のマリサ・トメイと面談。性的な被害者ではなかったが、何十年もの間映画界における圧倒的な男性優位とする女性への扱い方に不満を募らせていたものの、不満を口にした途端に自分の立場がひどく弱くなり、女性たちと連帯することすらできなかった

漸く何人かの女優に連絡を取るようになると、ハリウッドは性暴力の蔓延に悩まされていると大半の女優が言ったが、告白までいったとしても黙っていることを望んでいた

リサ・ブルームというフェミニストの弁護士がコンタクトしてくる。母親のグロリア・オールレッドも女性の権利保護に関わり、タイガー・ウッズの愛人など著名人に関わる案件の代理人を務めた。ブルームはFOXの時も被害者側の代理人を務めたが、ワインスタインの仕事仲間だと判明、『ニューヨーク・タイムズ』が動いていることに勘付いて攻撃を仕掛けてきた

『ニューヨーク・タイムズ』の社説委員が女優のジャッドとTV電話で、ワインスタインとの96年の経緯を聞き出す。ジャッドは68年生まれ、両親は早くに離婚、幼少から何度か性的いたずらをされたが、女優になって成功、名声を利用してエイズや女性への暴力などの問題に首を突っ込み、09年にはハーヴァード大ケネディ・スクールの社会人向けの修士課程に登録、「性差に基づく暴力と法と社会的公平さ」の講義を気に入るとともに啓示を受け、性的強要と闘うことを女性に呼びかける内容の修士論文を書く。女性同士の連繋を基盤としたモデルを提案した論文で、必要なものは「孤立を打ち砕く、勇気ある一歩を踏み出すこと」と書き、学長賞を受ける

ジャッドは15年に雑誌に性的嫌がらせについて発言をしたが、期待に反して誰も声を上げず、一瞬だけ彼女が興味本位で注目を浴びただけに終わる

17年のウィメンズ・マーチでジャッドは1女性の怒りを綴った詩を朗読したが、それに対し消費者から不満の声が寄せられたという理由で、高額のCM契約破棄を通告されたことで、ワインスタインに対する告訴に及び腰になっていたが、ジョディからの「同じ行動パターン」の呼びかけに共感、ワインスタインの件で連繋して抗議する女性たちの1人になりたかった

次々に関係者とのコンタクトが広がり、ワインスタインの寵児と言われていたグウィネス・パルトローが話したがっているという知らせが入る。パルトローはワインスタインがトップスターにした1人で、20年近くに渡る経歴は必ずワインスタインと結びつけられ、99年にはアカデミー主演賞をとっている。あだ名は「ミラマックスのファーストレディ」で、両親は監督と女優、駆け出しのころワインスタインから声をかけられ、才能を認められ2作目には憧れの主役の座を提示される。寝室に行く誘いを断って脅され、主役を失いたくないために関係を修復。ハリウッドの気風というのは、不満を呑み込んで、性的嫌がらせに耐えることだと彼女は言う。主演した映画が2本失敗に終わると、彼女に対するワインスタインの態度が一変し、彼女も最初の子供を妊娠していたこともあって距離を置くが、ある雑誌がワインスタインの女性への扱い方を暴露する記事の用意をしていたため、彼女が昔の話をしないよう圧力をかけて来たので、パルトローはジョディに連絡をしてきて、自分はオンレコで話すつもりはないが、彼との昔の話は報道しなければならないという

パルトローは、ジョディがワインスタインの被害者のリストを作るために協力。個人的な人脈を使って該当する被害者との連絡方法や、協力する気があるかを確認してくれた

ジョディとミーガンは次々と被害女性の話を集めたが、所詮は昔からある水掛け論になることを懸念、何とか確たる証拠、理想を言えば、文書や法的かつ金銭的な証拠という圧倒的事実を掴むことに腐心

 

第3章        いかに被害者を黙らせるか

ワインスタインの被害者は女優たちだけではなかった。ミーガンとジョディは、彼の会社「ミラマックス(93年ディズニーの子会社、05年経営権から撤退)」「ワインスタイン・カンパニー(05年設立)」の元従業員の女性たちに取材範囲を広げ始める。明らかになってきたのは、常軌を逸したワインスタインの手口に加え、被害女性を長年苦しめ続ける法律や示談の存在だった――。

 

性的虐待の被害者を守る法律は存在するし、その法律を施行する政府機関はある。連邦雇用機会均等委員会EEOCや各州の委員会で、被害者がワインスタインを訴えた記録を探してみると、9.11の翌日ミラマックス社内で性的嫌がらせが行われているという訴えを受理しているが、その日のうちに調査は打ち切られている

性的嫌がらせ問題に取り組む『ニューヨーク・タイムズ』のチーム内で、様々な業界で収集してきた情報が共有される。被害を受けた女性が次々に声を上げるようになった結果、驚くほど多くの業界で様々な形の嫌がらせが横行していることが判明

情報を共有して初めて、性的嫌がらせの根本にある問題を知る。それは性的嫌がらせに対抗するために用意された武器そのものの中に、実は嫌がらせを可能にしているものがある

示談書の存在は、沈黙を金で買うこと。被害者が金を求め、秘密にすることを切望するだけでなく、連邦法では苦情の申立期間は180日、損害賠償の上限は30万ドルと決められ、遥かに好条件を示談で提示することが可能であり、弁護人にとっても結構な商売。EEOCも税金で重大な情報を集めていながら、市民の閲覧を認めていない。これでは性的嫌がらせをやめさせるのではなく、逆に増長させてしまう

05年、ワインスタイン兄弟は、自らの映画会社ミラマックスの経営権を手放すが、元従業員は同じ釜の飯を食った連帯感から、未だに連絡を取り合っていた。創業初期に非常に早く出世し、90年突然姿を消した女性の存在を探り当て、直接会って話すと、これまで27年間誰かが自分を探り当ててくれるのを待っていたといい、当時ミラマックスで労働争議があり、和やかに解決したとだけ言ったが、携帯番号を教えてくれた

元ミラマックスの従業員で今はエンターテインメント業界で尊敬を集める重鎮のプロデューサーのエイミー・イスラエルに紹介されて連絡を取ると、業界でのキャリアを積むために名前は出したくないと言いながら、20年もの間ある記憶に苦しめられてきて誰かに話したいという思いもあることが判明、98年秋のヴェネツィア国際映画祭に参加するワインスタインに同行した際、同社のロンドン支社の女性社員2人ゼルダ・パーキンズと新人のロウィーナ・チウの様子がおかしいことに気づき、自らの体験から彼女たちの身に何かが起きたばかりだと直感で悟る。ワインスタインは彼女を褒めたたえ、若い頃から重要な役職に就かせるほど信頼し、そして虐待したと語る。ゼルダは会社を辞める際何が起きたか口外しないという契約書のサインをしたらしい

ゼルダと連絡を取ると、立派なプロデューサーになっていたが、98年の出来事を話すのは法律的に禁じられていると言いながら、当時のことを話してくれた。95年偶然ミラマックスに入社、ワインスタインの誘いに一度も屈しなかったが、98年新規採用したチウを連れてベネツィアに出張した際、イスラエルに会う前日にチウがワインスタインからひどいことをされたと打ち明けられ、彼を訴える決意を固める。2人で会社を辞め弁護士を立てて訴えようとしたが、確実な物証がないことから結局は示談となり、それぞれ125千ポンド支払われる代わりに尋常ならざる誓約を受け入れることになった。契約書の写しももらえず、弁護士経由で禁止事項を断片的に伝えられただけだが、何れも常識に唾するもの

それから20年近い時が過ぎ、ゼルダはワインスタインを逮捕したいとは思わず、それより自分がサインした示談のシステムが公正かどうかを世に問いたかった。秘密保持契約を無視して声を上げるつもりでいる勇気に、ジョディは感銘を受ける。弁護士に、契約を無視した場合のリスクを訪ねると、示談金の返還を求めて訴えてくると言われ、更に秘密保持契約を破棄した人は1人もいないと言われた

チウともコンタクトしたが、連絡はとれないまま、実はチウが退社後すぐにミラマックスに復帰していることが判明。ワインスタインが自分の傘下に留め置くために考えたまやかしだったことがわかって、鬱病になり2度も自殺未遂をした挙句漸く永遠に縁を切る

イスラエルに紹介されたロンドン支社の元従業員ローラ・マッデンの話は、他の被害者の話と重なる部分が多く重要な証言となる。92年入社、初めての、夢見ていた仕事を失いたくないためにワインスタインの言いなりになってしまう。求めていた仕事のために6年間耐え続けたが、彼女の体験はどの被害者も語る「同じ行為の繰り返し」だが、被害者がお互いの傷ましい経験を打ち明け合うことはなかった。マッデンがジョディのインタビューに応じてくれたのは、直前にワインスタインが元従業員を使ってマッデンに過去のことを記者に話さないと確約させようと圧力をかけてきたからだった。離婚直後で4人の子供を引き取り、定職もなく、更には最近乳癌で片方の乳房を切除までしており、これ以上悪いことが加わってもそれほどひどいことになるとは思えなかったし、何より重要なのは示談金ももらっていなければ示談書にサインもしていないことから、ほかの女性たちが声を上げられないなら、代わりに声を上げる義務があるのではないかと思えるようになる

ミーガンは、トランプへの訴えを起こした女性たちの代理人になったことで知り合ったフェミニストの弁護士グロリア・オールレッドにEEOCから記録を開示させる方法についてアドバイスを求めたが何も得られなかったばかりでなく、オールレッドの事務所がワインスタインの被害者と何件も半ば強引に示談をまとめて報酬を得ていることが判明。消費者問題に詳しい弁護士のグループは、オールレッドのような考え方は危険だと警鐘を鳴らし、秘密保持条項を無効にしようとする法改正がカリフォルニア州議会議員によって進められたが、オールレッドが加害者は被害者が黙るという条件と引き換えに金を払うので、法改正には絶対反対だと主張、世間をも巻き込んだ攻撃には耐えられる被害者保護の法案などなく、法改正の動きは葬られた

 

第4章        好意的な評判を手に入れる

『ニューヨーク・タイムズ』の取材を察知したワインスタインは、何人もの大物弁護士を雇い、反撃を開始。性被害に遭った女性の守護神として名を売っていたフェミニスト弁護士や、私立探偵、イスラエルのスパイ組織「ブラック・キューブ」の諜報員らによる、ジョディやミーガン、取材対象の女性たちへの工作が始まった――。

 

177月、『ニューヨーク・タイムズ』の編集長ディーン・バケットがジョディ、ミーガンらを呼んで、ワインスタインからの攻撃に「用心しろ」と忠告。バケットはニューオリンズ出身、同紙初の黒人編集者で、黒人であるために体験したことについてスタッフと胸襟を開いて話し合ったことは殆ど無い代わりに、権力者と対峙する際にこちらが攻撃的になったり自制気味になったりするならば、それは権力者が悪いからだと好んで話した

14年にワインスタインがプロデュースしたミュージカル《ファインディング・ネバーランド》がマサチューセッツでの試演の初日を迎えた際、酷評が出れば芝居が台無しになるとして、ワインスタインは新聞に劇評を書かせないよう圧力をかけた。アメリカでもっとも著名な弁護士の1人デイヴィッド・ボイーズ(90年代政府側の代理人としてマイクロソフトに対し独占禁止訴訟を提訴、00年の大統領選の票の数え直しではゴアの代理人、カリフォルニア州の同性愛者同士の婚姻禁止の法律を最高裁で覆した、01年からワインスタインの法律顧問)がワインスタインの友人としてと断って見下したような電話をしてきたので、バケットは無視して劇評を掲載

翌年、ブロードウェイでの初演に際にも、ワインスタインから記者に圧力がかかったが劇評を用意したこともあって、ワインスタインが彼の女性への態度の調査に対しあらゆる手段を講じることは目に見えていたし、既にワインスタインとボイーズ弁護士からはオフレコの話し合いの要求が来ていた

8月にラニー・デイヴィス(ビル・クリントンの特別顧問弁護士のほか、アフリカの評判の良くない独裁的な指導者たちの代理人をたびたび務めてきた)からジョディにオフレコでの話し合いの申し出がある。目的は3つ、1つはワインスタインに弁護の機会を与えること、2つ目は記者たちに調査の探りを入れること、3つ目が代理人として意見を述べること、性的暴力は否定するが、女性の扱いに対する苦情が増えていることは認識しているという。記者たちからの質問に対しデイヴィスは、ワインスタインが示談金を支払っていることを認める発言をした

ワインスタインは、調査報道を止めるためにあらゆる手段を講じようとしていたが、驚くべきことに、実に多くの協力者を得ていた。イスラエルの「ブラック・キューブ」という私立探偵グループを雇って記者たちの行動を監視させ身上調書をまとめると同時に、記者たちが話している相手を探り出そうとしていた

 

第5章        会社ぐるみの犯罪

ワインスタインの素行を長年隠蔽できたのは、弁護士たちの手腕のせいだけではない。ビジネスパートナーである弟のボブや会社の重役たちも加担者だった。彼に性行動を正すように説得を試みるが失敗し、従業員からの悲痛な訴えにも耳を貸すことはなかった。だが1人の重役がジョディの取材に口を開き始めた――。

 

ジョディもミーガンも事実を積み上げていたにもかかわらず、記事にできるもの、オンレコの証言や、示談書の実物などがわずかしか手元にはなかった

とりわけ難しかったのがワインスタインの会社の元重役との面談だったが、ある時89年からワインスタイン兄弟の帳簿係を務め、会社の中のことを全て握っている財務担当副社長アーウィン・ライターがワインスタインのことを憎んでいるとの話を耳にする

ジョディはライターに電話するが、「何も話したくない」と言われたものの、メールアドレスを教えてくれたので連絡を取ると、何回かのやり取りの後直接会うことを応諾したが、指定場所がワインスタインの縄張りのトライベッカのバー。トライベッカは埃だらけの地域だったのにミラマックスが移転してくると、会社の繁栄とともに富みと名声と権力の集まる場所になり、有名な映画祭が開かれるようになった

ライターとワインスタインの関係は最悪になっていて彼の仕事は危うい状態だったが、最近の女性従業員2人とのことについて言及。彼の関心は、ワインスタインが会社の従業員に何年にもわたってしてきた行為をどう止めさせるかだった

ライターによると、1415年ワインスタインの女性に対する危険度がますます高まり、重役たちもことの大きさを認識するようになったが、理事会で俎上に乗せることはなかった。元々ライターは、どっちもどっちと思って無関心を装っていたが、14年に人気コメディアンのビル・コスビーが大勢の女性から告訴され、そのニュースが報道されるとコスビーへの反発が急拡大したのを機に、ライターはワインスタインの問題が会社の財務状況を危うくするのではないかと危惧を抱き、ワインスタインに非難のメールを送ると、オフィルの中で干されるようになる。その後も受付のアルバイトの女性に対する嫌がらせや、ワインスタインが女性を扱う時の様々な費用を法人用カードで支払っていたことも耳にする

記者たちはライターの話の裏をとるべく奔走

ワインスタインも支援するエイズのためのチャリティ・オークションの収益金60万ドルが、複雑な処理を経由して結果的にミュージカル《ファインディング・ネバーランド》の投資家に支払われていたことを知った慈善団体の理事会がワインスタインを司法長官に訴えた件をミーガンが記事にしようとしているのを知って、ワインスタイン自ら『ニューヨーク・タイムズ』に弁明のため乗り込んでくる

15年にあったイタリア人モデル・グティエレスの事件が大きな騒動に発展したのは初めて女性が告発を行ったからだが、ワインスタイン・カンパニーがイギリスの放送局に4億ドルでテレビ部門を売却するという社運を賭した取引の最終段階で、ライターも100万ドルの成功報酬をもらえる約束になっていたので、事件に愕然とした(売却は破談)。ニューヨーク市警も告発するつもりをしていたが、検事局は間もなく証拠不十分で不起訴処分に

ワインスタインは自らアメリカ・トップ10の法廷弁護士の1人でやりての刑事弁護士エルカン・アブラモウィッツに、有名なマンハッタンの元性犯罪担当検事リンダ・フェアスタインが応援に加わって主任検事との橋渡しをした。ワインスタインの私立探偵たちはグティエレスのイタリアでの裁判記録を調べ、彼女が反対尋問中に宣誓供述書で述べた証言を翻していたことを調べ上げ、彼女の告発の信憑性に疑義を唱えただけでなく、告訴直後に元ニューヨーク市長のジュリアーニに電話をかけ、同じ事務所の弁護士を紹介してもらい、グティエレスと沈黙と引き換えに7桁の示談金を払った。その上でグティエレスのキャリアのステップアップのために支援することを約束し、黙っていれば成功に導いてやるとのメッセージを送る

ワインスタインに自身の行動について責任をとらせられる人物は、弟であり長年のビジネスパートナーだったボブしかいない。兄弟は子ども時代から絆を育み、ミラマックスを作ってからもハーヴェイが高価な映画を買い漁る間、ボブは財務を担当、2人で帝国を築き上げたが、05年ワインスタイン・カンパニー設立以後は徐々に兄が個人的な名声に執着するようになり、独断専行するのをボブは不安な思いで見ていた

10年か11年に会社の財政のことで、重役の前で兄が弟を殴りつけたのを機に、ボブは「もう兄のお守役はすまい」と決心。その後も2人は共同経営者だったが、ボブは兄から距離を置くだけでなく、90年代の離婚時のアルコール依存症から脱した時の経験から、本人がその気にならなければ悪癖は直らないとして、兄の不道徳な行為を止めようとしなかった

15年のグティエレス事件で漸くボブは行動を起こす。兄は医者のセラピーを受けることに同意するが、これまで同様、医者に行くことはなかった

13年に理事に選任されたランス・マロエフは、WPP(広告会社)やゴールドマン・ザックスが、兄弟が株主を騙さないよう監視するために雇われていた。彼も兄の女性に対する行為については問題視せず、会計上の不正の洗い出しに専念していたが、15年の事件で同年末の理事任期到来に備え契約書を作成するために、ワインスタインの個人的な生活を精査するなかで、ライターらの協力を得て性的悪行を知ることになるが、今後も訴えられることを想定して罰金を科すことで処理できると考えた

ライターも、年収を倍の65万ドルにして、週3日からフルタイムにしないかと誘われたが、拒否したものの、今まで通りの業務は続ける

179月、チャリティ・オークションの収益金不正流用事件に関するミーガンの記事が掲載されると、FBIが犯罪捜査を開始したが、ニューヨーク司法長官は組織統治の強化を指示しただけに終わる

会社の下級管理職ローレン・オコナーは、直接性的被害は受けていないが、ワインスタインが女性たちをどう扱っているのか、その行為が如何に会社を堕落させているのかをメモにまとめていた。そのメモを見てライターもボブも理事会で取り上げるべきとしたが、何時の間にかボイーズ弁護士が介入して揉み消し、オコナーは何の説明もなく会社を去る

そのメモをライターがジョディとの面談で披露、そのメモを読んだ瞬間、記者たちは調査の倫理的課題が突然変容し拡大したことがわかった。かつては過去の誤りを正す手段だったものが、いきなり、すぐにでも追及すべきもののように思えてきた

 

第6章        「ほかにだれがオンレコで話してる?

沈黙の壁を突破した記者たちに、遂に『ニューヨーク・タイムズ』編集長は「書け!」と指示を出した。ワインスタインの過去の性的暴力を明らかにする様々な証拠を突き付け、直接対峙する時が来た。ワインスタイン側と『ニューヨーク・タイムズ』の駆け引きが緊張を増す中、アシュレイ・ジャッドが女優で初めて実名告発を決意する――。

 

記者たちは外側から状況を見ていたが、オコナーのメモは内側から見ていた

バケット編集長以下、幹部は「書け!」と指示

ジャーナリストのローナン・ファローも同じ被害者たちと連絡を取り、『ニューヨーカー』誌にネタを持ち込んでいたので、後れを取るわけにはいかない

オコナーに、メモを記事にすることを伝えると、拒否反応が出たが、後になってわかったのは、オコナーが示談を受け入れ、話すことを禁じられていた

ワインスタインの悪行が会社ぐるみであることを立証すべく、理事会メンバーのマエロフにも会って、理事会に問題は上がっていたのに無視したことを確認

今のところオンレコで記事に出てくれるのは、口止め料も受け取らず示談書にも署名していないロンドン支社のマッデン1人のみ、元アシスタントは重要な証人だったが、はっきりと名前が出ることを拒否してきた。マッゴーワンもつい最近ワインスタイン側から沈黙を100万ドルで買うとの申し出があり、受けるつもりはないがオンレコは拒否したものの、97年の示談書のコピーを入手し、驚くことに守秘義務が書かれていなかったため、示談書を引用することは何の問題もなく、10万ドルの示談金が支払われたことの証拠になった

元従業員の大半はオンレコの発言を拒否したが、元ロサンゼルス社長のマーク・ジルが証言してくれた

ワインスタイン報道には2つの要素がある。虐待を続けてきた相手は会社の従業員だったという点と、役を求めていた女優にも同じように虐待をしていたという点で、従業員への虐待行為には証拠が揃ったが、女優の方は証拠がないままだったので、ジャッドに声をかける。ジャッドは、当初からほかの女優も一緒に声を上げることを求めていた

記事をまとめた後、ワインスタインの弁明を聞くために記事の内容を通告すると、ワインスタインは表現の自由や報道の自由の最大の脅威と言われた辣腕弁護士チャールズ・ハーダーを雇って対抗してきた。ワインスタインは、だれがオンレコで話しているのかと聞きたがった。同時に812人に示談金を支払っていたことも認めた

その直後にジャッドから電話が入って、オンレコでの証言に同意、記事のトップを飾ることに

ワインスタイン・カンパニーではすぐに理事会が開かれ、こぞってハーヴェイに罪を認めて悔悛するよう説得にかかったが、ワインスタインにそのつもりはなく、対応策を講じる

 

第7章        「動きがあるだろうな」

女優ジャレッド、元女性従業員らの実名告発を基にした記事は整いつつあった。そしてワインスタインには、最後の弁明の機会のための期限が切られた。時間が迫る中、ワインスタインは弁護士らを引き連れ『ニューヨーク・タイムズ』本社に乗り込んだ。最後の抵抗が繰り広げられ、記事はついにネット上に公開された――。

 

ワインスタインに対し、24時間の猶予を与えたが、返ってきた反応は「訴訟を起こす」という脅しだったが、『ニューヨーク・タイムズ』のマクロ―弁護士は、「事実と法律が我々を守っている限り、我々の法的立場を論じることは出来ない」と言明し、ハーダーの脅しに対し簡潔に、「不公平な扱いという指摘は間違いに過ぎない。弊社が書いたどの記事も正確性と公平さに関して新聞の従来の基準を満たすものである」と答えた

猶予をもう1日延ばし、その間に、ワインスタインの秘蔵っ子と言われたパルトローに名前を公表していいかどうか問い合わせ、彼女は被害を訴えたかったが、この大事なニュースが忌まわしい有名人のスキャンダルに貶められるのが怖くて公表を逡巡していた。記事の公表が早まったために、心の整理がつかないまま、公表は拒否

ワインスタインが弁護士団を引き連れてオフレコで情報を共有したいと直接乗り込んでくる。被害者の女性たちが「精神的に不安定」とか「変人」扱いを裏付ける情報で無視した

その日の午後エンタメ業界誌に記者2人の記事が掲載され、『ニューヨーク・タイムズ』がワインスタインの個人的問題を取り上げると暴露する内容で、問い合わせが殺到

更には、2人の名前が出たことで、多くの女性たちが2人に連絡をしてきた

猶予時限を若干過ぎたところで漸くワインスタイン自身の漠然と罪を悔いた口調の回答と弁護士の回答書が来たので、それを織り込んで最終の原稿とする

記事のトップは、「ワインスタインは何十年ものあいだ性的嫌がらせの告発者に口止め料を払っていた」。ジャッドの体験の描写から始まり、示談は少なくとも8件成立したとして、一連の告発を立証。協力を申し出た女性たちがどのようにワインスタインに沈黙を強いられ、口を封じられたかも詳述

10514:05PM3300語の記事の公開ボタンを押す。ネットに出ると、すぐにワインスタインからジョディに抗議の電話がかかる。記者2人は、名前が出た女性たちに報復するつもりがあるかオンレコで確認したが、返ってきた返事は、「報復は記事に対して行う」とし、否定と後悔の間を行ったり来たりした挙句、最後の態度は自己憐憫だった

ワインスタイン・カンパニーはたちまち危機に陥り、激怒したボブと理事たちは、ハーヴェイを休職にして事実調査を行おうとする。ハーヴェイが報復として考えたのは、マードックとの繋がりを利用して、WSJに理事のマエロフについての不利な記事を掲載すること
数日後に理事の大半は辞職するが、長時間議論しても理事たちが案じていたのは女性の幸福ではなく、会社の繁栄だけで、その姿勢こそが長い間問題だった。責任ということをきちんと考えなかったために、理事会は問題を大きくしてしまい、守らなければならないものを自らの手で徹底的に破壊することになった

2人の記者の下には、ワインスタインの話をしたいという大勢の女性からの連絡が届く

『ニューヨーク・タイムズ』の続報のために多くの有名女優も取材に応じてくれた

続報では、キャスティング・カウチの虐待を行い、それが如何に組織化されたものだったかを明らかにしている。ミーガンはさらに調査を進め、会社が女性たちの告発を何時把握したのかを調べ始める

記事を事実無根と攻撃してきたリサ・ブルームも、デイヴィスとともに2日後に代理人を辞職

 

第8章        浜辺のジレンマ

『ニューヨーク・タイムズ』のワインスタイン報道に背中を押され、世界中の女性たちが声を上げ始めた。一方で「#MeToo運動はやり過ぎだ」という反撥も大きくなっていく。そんな中、ジョディはある弁護士から連絡を受ける。「最高裁判事候補に指名されている人物から高校時代に性的暴力を受けた、と告発している女性がいる」と――。

 

今回の報道は、性被害に蔓延る秘密主義を打ち砕き、同じような辛い経験をしたことのある世界中の女性たちに声を上げるよう背中を押す形になった

ワインスタインという名前は、性的嫌がらせや虐待について声を上げることは、恥ずべきことではなく、称賛に値することだという社会的合意や、どのような行為が雇い主にとって大きなリスクになり得るかという教訓を意味するものになった

数週間以内に、圧倒的な数の情報が『ニューヨーク・タイムズ』や他の報道媒体に雪崩れ込んできた。この調査が、ジャーナリズム界全体を巻き込む、一大プロジェクトになった

ジョディは、その中から、コメディ界の大スター、ルイス・CKについての情報をまとめ5人の女性を取材して翌月特集を組んで報道。近々公開予定の彼の監督・主演映画は公開中止に追い込まれ、その他のテレビの契約も断たれ、失脚までひと月もかからなかった

その秋、あらゆる年齢層の女性たちが、新しい連帯感から進み出て、#MeTooのハッシュタグをつけて投稿を始める

変化の鍵となったのは、説明責任に対する新たな認識。自分の経験を話すことが行動に繋がるという自信を得て、さらに多くの女性が声を上げ、その体験談の多さとそこに含まれる苦しみの深さから、この問題の規模の大きさや被害者の生活が壊され、職場の発展が阻まれていたという事実が明らかになる。真実を話せば行動に繋がるということが保証され、女性たちはさらに声を上げるようになった

政治の世界にまで拡散し、揺るぎない権力者だと思われていた男性たちが、簡単に地位を剥奪された。報道から数カ月の間に、性的加害者への懲罰は政党の枠を超え、どちらの党の政治家も性的嫌がらせで失脚、万国共通の現象に発展

報道から派生した別の問題として、トランプがあるポルノ女優の口封じのために選挙期間中に密かに示談金を払ったという情報や、カリフォルニア州がほかの州と同じように、性的嫌がらせの示談から秘密保持条項を撤廃する法案の準備をしているとの情報も出てきた

185月、ワインスタインは拘束され、法廷での説明責任に直面、2件の強制暴行で起訴、パスポートを取り上げられて移動の自由を奪われ、100万ドルの保釈金を払い、GPS監視用の大きな電子式足輪を装着

「女性たちを信じろ」という言葉が現代のキャッチフレーズの1つになったが、記者としての責務は、情報を細かく調べ、証明し、確認し、疑問を抱くこと。今回の報道が社会に衝撃を与えたのは、裏付けのない記事やフェイクニュースに溢れた2017年において、綿密な取材によって「誰もが認める真実」に達した貴重なケースだったから

性的嫌がらせの定義を巡って、#MeTooに批判的な人々が、「男たちが被害を受けている」と苦情を述べるようになった

人種や階級が大きな影響を与えることもあって、低所得の労働者の体験を調べていくと、構造的な変化などほとんど起きていないことがわかる。下層階級ほど、被害を訴える相手も手段も知らないケースが多く見られる

性的嫌がらせに対する新しい基準が必要だが、どうやって意見をまとめるのか、未解決の大量の苦情をどうやって解決するのか、男女双方に不公平感が募るばかり

188月、不正の告発を専門にする弁護士デブラ・カッツからの情報で、トランプが最高裁判事候補に指名したカバノー判事の高校時代の同級生フォードに対する性的嫌がらせの訴え、91年のクラレンス・トーマス判事と類似ケース。1人の女性の裏付けのない訴えが、成り行きによってはアメリカという国を二分するほどの深刻な対立を生みかねない。被害者はカリフォルニアの大学の有名な脳科学者で、カバノーの名が指名候補として新聞に載るまで過去のことは忘れていたが、生きている限り奴が最高裁判事でいるのを見ているのは耐えがたく、何とか指名を阻止できないかと考え、州下院議員の事務所とコンタクト、司法委員会の民主党代表のダイアン・ファインスタイン(85)を紹介され、その伝でカッツと話をする。カッツは事の重大性を認識し、同僚とともに無料で弁護を引き受け、被害者を嘘発見器にかけ合格を確認したうえで、カバノーの過去を調べ上げたが、同様の犯罪記録は見つからず、匿名での告発はインパクトがなく、名前を晒せば告発者の身に危険が及ぶ、何より共和党優位の上院で指名が承認されるのはほぼ間違いないことから、事実を告白するだけに終わってしまう可能性が高いところから、弁護士をはじめ周囲は告発を断念させようとし、被害者本人もとうとう断念

 

第9章        DCに行くという約束はできない」

中間選挙を間近に控え、共和党・民主党の両党は告発者を政争の具にすべく画策する。30年以上前の性的暴力を罰することは出来るのか? 政治的目的があるのでは? そもそも虚偽の告発では? 全国から寄せられる批判と応援の中、公聴会に姿を現した被害者フォードは、過去の辛い体験を語り始めた――。

 

上院の公聴会が始まると、フェミニストの団体から拡散した情報をもとにいくつもの問い合わせが来た上に、ファインスタインが入手した判事を告発する手紙の公開を拒否したというニュースが伝わり、フォードは沈黙したにも拘らず、何もかもが暴露された

フォードが最初に行動を起こした際、『ワシントン・ポスト』にも連絡を取っていたこともあって、取材に応じると、4日後に記事が掲載され、賛否両論の渦が巻いたが、カバノーが全面否定したにも拘らず、人事案が混乱に陥る

フォードの弁護人カッツは、トランプが2か月後の中間選挙を意識してフォードをやり玉に挙げることを恐れたが、それであれば積極的に公聴会で証言すれば、多くのアメリカ人に見てもらえるので信憑性が高くなると考え、渋るフォードを説得、その間に第23の被害の告発が明るみに出たが、何れも悪乗りに近い内容で、却ってカバノーを勇気づける

公聴会では、質疑応答には学会で慣れていたので、十分説得力ある証言となった

カバノーは全否定するが、その態度はフォードと正反対で、大声で噛みつくように話し、党派性を前面に押し出す

上院の委員会は、フォードの証言内容をFBIに捜査させることになり、結論は先送りに

その間、共和党は指名を有利にするために、フォードを攻撃に晒すことにした。トランプもフォード証言が覚えていないことだらけだと嘲る

FBIの捜査は、目撃者として名前が挙がった人2,3人に聞き取りをしただけで、フォードにもカバノーにも聞き取りは行わないまま、「事件が起きた確証がない」と結論付ける

国会議事堂周辺では、反カバノーの抗議者たちのデモが続くなか、上院での投票が行われ、カバノーは承認された

マクドナルドの労働者は、性的嫌がらせに対して会社側の対応が不十分だったことに抗議して全米でストを決行、歴史家はこの100年の間に我が国で起きた初めての性的嫌がらせに対する抗議ストライキだと述べた

CBS会長のレスリー・ムーンブズは、『ニューヨーカー』誌で性的嫌がらせを告発され9月に会長を辞任、#MeTooで辞任したフォーチュン500の初めてのCEOとなる

カバノー承認の前日には、ノーベル平和賞に、イスラム国に性奴隷として拘束後、戦争の中で行われる性暴力の撲滅を目指す人権活動家となったナディア・ムラドと、コンゴで性暴力の被害者の治療と支援をしてきたデニス・ムクウェゲ医師が決まる

『ニューヨーク・タイムズ』は、グーグルとその複数の男性役員に関し、アンドロイド携帯端末機の生みの親と呼ばれる人物が従業員にオーラルセックスを強要していたことを告発。この人物は告発を受けて14年に退職したが90百万ドルの退職金を受領

フォード自身、感情の浮き沈みが続く。公表したことに対し、情緒不安定に陥る

 

終章 集まり

「声を上げた女性は、その後どうなったのだろう?

誰もが抱く疑問に答えてもらうため、ジョディとミーガンは、これまで取材をした女性たちに2日間にわたる合同インタビューを行う。年齢も境遇も全く異なる彼女たちだが、公表後に抱いている思いは全員一致していた――。

 

191月、「声を上げた女性にはその後何があったのか、進み出たことでどうなったか」という問いへの答えを求めて、本書に登場した12人の女性への合同インタビューを計画

ロサンジェルス郊外のパルトローの自宅に集合、足かけ2日に渡って話す

l  レイチェル・クルークスはトランプの被害者

l  ジャッドは、ワインスタインの記事が出てから、慕われ、讃えられ、いろいろな賞を受賞、この秋には母校のハーヴァード大ケネディ・スクールで教鞭をとることに。記事が出た頃ハリウッドで設立された安全で公平な職場を整備を推進する組織「タイムズ・アップ」の理事となり、本人が被った被害についてこの組織が代理人となってワインスタインに提訴

l  マッデンも、知らない人とこういうことを話すのは慣れていないので、と言いながら参加

l  ゼルダ・パーキンズはすべてをメディアに話した最初の人物で、現在は社会活動家。メディアや英国議会に、秘密保持契約を伴う示談を無効にする立法を訴え、性的虐待など悪行の被害者を黙らせるために汚い金を払うという考え方そのものを疑問視。生まれつきの批判者で、今は弁護士を目指す。パルトローとは映画の現場で何度も会っていたが、ワインスタインの非道い行為について話し合ったことはなかった

l  マクドナルドの従業員キム・ローソンは、「職場の性的嫌がらせ対策が不十分だ」と訴えるキャンペーンのリーダーとなり、キャンペーンのまとめ役エイリン・ウメルを同伴

l  フォードは、カッツら2人の弁護士とともに参加。いまだに殺害の脅迫が続き、教壇にも立てないままで、身を隠している

l  パーキンズと闘ったロウィーナ・チウも参加。未だに沈黙を続けているが、弁護士を介してジョディとは連絡を取っていた。法律の学位をとり、経営コンサルタントになり、アメリカに移住、世界銀行で研究論文を書いていた

みなが告発後に同じような体験をしていたことがわかる

クルークスは、「身内の中にも、加害者側の言い分を信じていた人がいた」という

チウは、初めて話を公表。アジア人がこうした話をするのが少ないのは、「アメリカには、アジア人は模範的なマイノリティであれ、という文化的な了解がある。大騒ぎをしない、声を上げない、頭を低くしてひたすら必死に働き、波風を立たせない、という不文律がある」からだといい、未だに沈黙を破ろうかどうか悩んでいる

マッデンは、今でも不安そうなお薄で、自分の勇気を少しも認めていないが、事件を別の角度から見つめ直す機会が出来て、「悪いのは彼だったとわかったことで、これからやり直せるような気がしている」という

パルトローは、自分の人生と仕事を理解するうえで全く違う種類の変化が得られたと語る。ことが公になって初めて、ワインスタインが彼女の成功や名声を、ほかの弱い女性たちを騙す手段として利用していたことを知る。レイプを強要するための道具として私が使われたことを知ったのが最も辛かったという。ワインスタインは否定したが、彼女が公に声を上げることをひどく恐れていたのはこのせいだった

女性たちは声を上げたことで、より大きな恐怖と向かい合いながら暮らしている。そのレッテルが一生剥がれないのではないかという恐怖

話を公表しなければ何も変わりはしない。新しい情報を発表することは、始まりだ、議論の始まり、行動の始まり、変化の始まりなのだ

大事なのは、声を上げ続けること、恐れてはいけないということ

 

 

 

 

 

書評

女性たちの連帯を生み出した報道 望月衣塑子(もちづき・いそこ 新聞記者)

「ハーヴェイ・ワインスタインは何十年ものあいだ、性的嫌がらせの告発者に口止め料を払っていた」――2017105日、ジョディ・カンター記者とミーガン・トゥーイー記者の2人の女性が執筆した衝撃的なスクープ記事がニューヨーク・タイムズ(NYT)に掲載されると、これを機に#MeToo運動は一気に世界へ拡散していく。グウィネス・パルトロー氏ら、沈黙を続けてきた女優や従業員らも次々と実名告発に踏み切り、ワインスタイン氏から受けた被害を告発した女性は最終的に100人以上に膨れあがった。

 ムーブメントはハリウッドにとどまらなかった。世界の女性たちが、自らの性暴力被害の記憶や苦しみについてSNSに「#MeToo」を付けて発信。これらの告発を受け、テレビ局の名物司会者や有名シェフ、政治家ら政財界のリーダー達が次々に失脚していった。日本の女性たちも続き、財務省事務次官や市長、大学教授、フォトジャーナリストらによる性暴力やセクハラが発覚していく。国も職業も立場も違う女性たちが次々と加わった#MeToo運動は、社会的・政治的運動の大きなうねりとなっていく。

 日本の#MeToo運動の下地となったのは、ジャーナリストの伊藤詩織さんの告発があったことも大きい。NYTの記事からさかのぼること約4カ月前の529日、元TBSワシントン支局長から性的暴行を受けたとして、顔を出して記者会見に臨んだ。元支局長が疑惑を真っ向から否定し、検察も不起訴処分としていたため、短い記事にしかならなかった。

 私は詩織さんへの取材を通じて、性暴力被害者が声をあげることの難しさを改めて痛感していた。裁判になっても負けない詳細な証拠や証言をそろえるためには、被害者の心の奥にある、思い出したくもない記憶を引っ張りださねばならない。さらに被害を訴えても、ネット上でこころない中傷を受けたり、「あなたにも非があった」と批判されたりする。家族やパートナーを巻き込む恐れすらある。乗り越えなければならないハードルは多く、あまりに高い。それだけに、2人の女性記者がどうやって取材し、証言や証拠を集めたのか、関心をもって読んだ。

 本書では、ジョディ記者とミーガン記者を中心とした取材チームと、記事をつぶそうとするワインスタイン氏との生々しい攻防が記されている。ハリウッド女優ローズ・マッゴーワン氏のツイートを端緒に、性暴力の話を聞くところから取材はスタートする。2013年からジェンダーを取材してきたジョディ記者は、マッゴーワン氏の被害は、米国のあらゆる階層で起きている問題だと直感する。取材を重ねる中で、ジョディ記者たちは証言やメールなどの電子記録、過去の法廷記録、メモ、示談書などの客観証拠を積み上げていく。そして彼女たちの読み通り、同様の被害者が他のハリウッド女優にも沢山いることが判明していく。

 表に出なかったからくりも判明する。ワインスタイン氏は、被害にあった女優が声をあげようとすると、秘密保持を条件にした示談交渉に持ち込み、口封じをしていた。さらに被害女性の弱みを握るため、イスラエルの元陸軍情報部員が所属する団体を使って情報収集させていた。自身への取材の動きを察知すると、私立探偵を雇ってジョディ記者たちを監視。ジョディ記者たちはゴミ箱まで漁られ、女性スパイから怪しげなメールまで届いた。まさにハリウッド映画のような展開だ。

 被害女性たちはなぜ次々と怒りの声を上げたのか。告発者が孤立したり、不利益を被ったりしないよう、連帯することで反撃や中傷から告発者を守ることができるからだ。米ニュース雑誌「タイム」は2017年の「パーソン・オブ・ザ・イヤー」にセクハラ被害の告発者たち(沈黙を破ったもの=The Silence Breakers)を選んでいる。

 連帯の成果は次の世代にも引き継がれる。NYT紙面で最初にワインスタイン氏から受けた性暴力被害を告白した女優のアシュレイ・ジャッド氏はその後、母校のハーバード大で教鞭を執り、ハリウッドで設立された「安全で公平な職場の整備を推進する組織」の理事に加わった。ミラマックスの元従業員のゼルダ・パーキンズ氏は、性暴力の示談で交わす「秘密保持契約」を無効にするための法整備をメディアや英国議会に訴えた。彼女たちの活動が次の希望につながっていく。

 小さな声を掘り起こし、困難に直面しながらも諦めなかったジョディ記者やミーガン記者、NYT編集局幹部たちの冷静で、かつぶれることのない熱い思いに心から敬意を表したい。

波 20208月号より

 

細部にこだわった一級のドキュメント  石戸諭(さとる ノンフィクションライター)
 優れたジャーナリズムとは何か。100人に聞けば100通りの答えが返ってきそうだが、さしあたり、事実を積み上げ、細部を仔細に記録することを条件から外す人はいないように思われる。本書はその条件を満たすジャーナリズムの仕事であり、伝統的なアメリカ・ノンフィクションのスタイルで書かれた一級のドキュメントだ。

 アメリカの、特に新聞記者が書く優れたノンフィクションは「余すところなく書く」ことに最大の特徴がある。本書もその例外ではない。大きなストーリーは、ニューヨーク・タイムズに所属するジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイーという2人のジャーナリストが、有名な映画プロデューサーで、ハリウッドで絶大な権力を持っていた――さらに言えば民主党政権を支持するリベラル派でもあった――ハーヴェイ・ワインスタインの性暴力疑惑を暴くことである。

 よく知られているように、彼女たちが掴んだ事実は、やがて一本のスクープに結実する。「ハーヴェイ・ワインスタインは何十年ものあいだ 性的嫌がらせの告発者に口止め料を払っていた」。公開された記事は、世界的なムーブメントとなった「#MeToo」に火をつけることになっていく。ワインスタインは失墜し、他にも立場や地位を利用し、男性が女性に対し性的関係を強要する事例が世界中で暴かれることになった――。そこだけを強調すればいかにも「社会を変えた華々しいスクープ」の物語であり、非常にヒロイックで美しい記者たちの物語、で終わってしまう。だが、彼女たちが「余すところなく」描くのは、成功の物語ではない。

 ジャーナリズムの世界で大事なのは、大きなストーリーを成立させるための細部にある。先に華々しい、と書いたが、多くの新聞記者がそうであるように彼女たちもスクープを世に出すまでに、膨大な無駄な時間を過ごす。糸口をつかめず、取材に協力的な証言者も見つからず、重要な証言を裏付ける確証が得られない……。そして、ワインスタインはあらゆる手段をつかってスクープが世にでるのを止めようとする。一本のスクープは、パズルのピースのように一つ一つの断片を集めることで完成する。彼女たちは、多くのピースがどのように集められたかを仔細に記録し、「余すところなく書く」ことに執着する。

 印象的なのは、ワインスタインの元アシスタントを探し出すシーンだ。元アシスタントが例えばフェイスブックをやっていれば話が早いのだが、インターネット上になんの手がかりもない。ミーガンはようやく彼女の母親が住む家を割り出し、インターホンを鳴らす。これも多くの記者が経験するように、「自分が他人の静かな生活へ押し入っていくような」感覚を味わいながら、である。そこにいたのは、母親ではなく元アシスタント本人だった。彼女はワインスタイン側と労働紛争に関する合意書があるとだけ告げた。だがミーガンは、彼女が言葉にしていない部分にこそ「本当の意味がある」と直感し、ここから粘る。

 適当な話をしながら、相手の警戒心を解き、携帯の番号を入手する。元アシスタントが弁護士から「『タイムズ』に話すな」と言われた、と連絡を受けてもミーガンは明るい声で「いまはまだ最終的な決断を下さないで」と言う。取材を効率だけで考えれば、ここで諦めたほうがいいだろう。しかし、誠実に関係性を維持することで、結果的にミーガンたちは事実を集めることに成功する。ここにあるのは華々しさとはまったく無縁な世界である。
『ルポ 百田尚樹現象〜愛国ポピュリズムの現在地』(小学館)を刊行してから、いくつか受けたインタビューや対談の中で、私はこんなことを語っている。

 今、ノンフィクションを含む広い意味でのジャーナリズムは「オピニオン」全盛の時代で、あらゆる問題で主張をすることがうけている。だが、オピニオンはともすれば友と敵を分かち、政治的なスタンスが同じ仲間内で盛り上がるためだけの言葉になってしまう。気の利いたオピニオンを述べることは事実を積み上げるより、はるかに楽で無駄がないが、それだけでは書くものは弱くなっていく、と。

 彼女たちが繰り返したのは、あまりにも地味で、あまりにも無駄が多い取材だ。だが、積み上げた事実はあまりにも強い。時代とともにオピニオンはすぐに古びていくが、事実は時の流れに耐えていく。どんな主張を掲げるよりも、事実は社会を変えていく原動力になるのだから。事実の力を信じて、労を惜しまないこと。ジャーナリズムの原点を教えてくれる一冊が邦訳されたことを喜びたい。

波 20208月号より

 

Bookbang

ハリウッド揺るがした「セクハラ」スクープの舞台裏に『Black Box』著者の伊藤詩織さんが迫る

 たった一つの記事が世界を変えることもある。2017105日、ニューヨーク・タイムズは、ハリウッドの有名映画プロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインが「何十年ものあいだ性的嫌がらせの告発者に口止め料を払っていた」という記事を掲載した。この記事をきっかけに、全世界に#MeToo運動が広まることになる……。その一連の調査報道の軌跡と舞台裏を、取材にあたった記者が自ら明かした話題の一冊『その名を暴け #MeTooに火をつけたジャーナリスト』が、730日新潮社より刊行された。

 ワインスタインをご存じの方も多いだろうが、彼は『イングリッシュ・ペイシェント』や『恋におちたシェイクスピア』、『世界にひとつのプレイブック』などを手掛け、ハリウッドに絶対権力者として君臨した有名プロデューサーだった。

 本書は、有名女優や元従業員が、彼から苛烈な性的嫌がらせを受けながら、自分の未来を人質にされ、秘密保持契約と巨額の示談金で沈黙を強いられていた実態を、記者たちが炙り出し、記事にするまでの過程を克明に描いたノンフィクションだ。スパイを使ってまで取材を妨害しようとしたり、新聞社に乗り込んで記事を差し止めようとするワインスタインと記者らの攻防には思わず息を呑む。

 ハーパーズバザー(Harper’s BAZAAR)公式サイトでは、自身が受けた性的暴行を告発した『Black Box』著者でジャーナリストの伊藤詩織氏が、原著者のひとり、ジョディ・カンター氏へ行ったオンラインインタビューを公開している。

 伊藤氏の「取材の中で最も困難だったこと、そして学んだことはなんだったのか」という問いにカンター氏は「なぜ弱く罪のない人々ではなく権力があり間違いを犯す人に加担する人がいるのか、ということ」そして「ありふれた風景の中に多くの秘密が潜んでいること」と答えている。

 インタビューは、ふたりが抱える「被害女性たちにはどのように取材をすべきか」といった問題意識にも踏み込んだ内容となった。

 最後にカンター氏は、日本の読者へ「この本の取材中、裏ではかなり衝撃的な出来事がたくさん起きていました。『ニューヨーク・タイムズ』紙のオフィス、ハリウッド女優たちとの会話……本が完成して全てをやっとみなさまにお見せできる機会がやって来ました。みなさまに手に取っていただけたら光栄です」とコメントを寄せている。

 

 

#MeToo」への共感、記者のペンから ニューヨーク・タイムズ紙、カンター記者に聞く

20201014 500分 朝日

ジョディ・カンターさん(左)と共著者で同僚のミーガン・トゥーイーさん©Martin Schoeller

 米ハリウッドの大物プロデューサー、ハーベイ・ワインスタイン氏の性暴力を暴き、# MeTooムーブメントのきっかけをつくったニューヨーク・タイムズ紙の調査報道の舞台裏を明かすノンフィクションがこのほど邦訳された。『その名を暴け』(新潮社)の著者の一人であり、取材に当たった同紙のジョディ・カンター記者に話を聞いた。

 ――取材のきっかけを改めて。

 「2017年当時、タイムズ紙は政界やメディア、IT、飲食業界など様々な分野における性差別を報じていましたが、中でもインパクトがあったのが、同僚が報じた大物司会者ビル・オライリーのセクハラ事件です。アメリカではテレビでおなじみの保守派の有名司会者です。それまでセクハラ報道で男性が責任をとることはほとんどありませんでしたが、彼はこの報道で降板しました。これがターニングポイントとなり、調査を始めたのが、何十年も疑惑があったワインスタインでした」

 被害、防げぬ構造

 ――ハリウッド俳優のような発言力のある女性たちが声を上げることができなかった背景の一つに秘密保持契約があります。

 「加害者が被害者に口止め料を払う代わりに、自分の身に起きたことを生涯誰にも打ち明けられない私的な取り決めです。家族やセラピストにも打ち明けられないし、他の女性に忠告して次の被害を防ぐこともできない。このシステムこそが女性を黙らせ、加害者を野放しにしている根本的な問題だと気づきました」

 ――証言してくれる被害者を見つける作業は困難を極めます。

 「話を聞いた女性たちは口々に『そういうことはあったけど詳しくは話せない』と。他に被害者がいたことすら気づいておらず、何十年も問題を一人で抱え込んでいました。これが世に出なければ、被害者が生まれ続ける、という恐怖心に突き動かされました」

 ――ついに実名入りで報道にこぎ着け、#MeTooは世界に飛び火します。

 「記者というのは、自分の記事がどう受け取られるかまで予測できません。できるのは、証拠を積み重ねて、読む人が『オーセンティック(本物)』と思える記事を目指すことだけ。結果として、世界中の数え切れない女性たちがこの記事は『本物』だと受け取りました。女性なら誰しも身に覚えのある話だったからです。ツイッター上で世界中の人が経験を共有し始めたときの気持ちは言葉で言い表せません」

 ――どこからがセクハラでどこまでがデートの範囲か、という線引きも議論になりました。

 「そこに問題の複雑さがあります。男性の振る舞い方のルールや罰則の妥当性について、アメリカはいまだ答えを模索中です。でもこういう混乱は決して悪いことではなく、あらゆる社会運動にとって必要なプロセスなんです」

 「(18年の)上院司法委員会の公聴会でブレット・カバノー最高裁判事候補(当時)に高校時代に襲われた、と証言したクリスティーン・フォード教授の話を本の後半に加えました。30年以上前の、当事者が高校時代に起きた性暴力をどう裁くのか。#MeTooが直面した線引きの難しさを示す一つの事例だと思ったからです」

 証拠、積み重ねて

 ――日本でも性暴力に抗議するフラワーデモが起こりました。

 「公民権運動も同様ですが、世の中にこんな不当な扱いを受けている人がいるのかと社会が気がつくことで、変えたい、何かしたい、という共感が生まれます。目に見えない問題は解決できません。ジャーナリストの仕事は問題を可視化すること。ソーシャルメディアは力を持ちましたが、真実の検証には向きません。『ファクト』や『真実』が危険にさらされているこの時代こそ、証拠を積み重ねる報道にはまだ役割があると示せたことは大きいです」(聞き手・板垣麻衣子)

 キーワード

 <ニューヨーク・タイムズ紙のワインスタイン報道> 201710月、「キル・ビル」「恋におちたシェイクスピア」などで知られる大物プロデューサーからハリウッド俳優や自社の従業員らが受けてきた性被害の実態を、同紙が独自記事として報道。一連の報道はピュリツァー賞公益部門を受賞。ワインスタイン氏は今年3月、女性2人へのレイプなどで禁錮23年を言い渡された。

 

 

 

その名を暴け ジョディ・カンター、ミーガン・トゥーイー著 「#MeToo」喚起した報道

読書

2020/10/17付 日本経済新聞

これは女性だけの話ではない。原題が「SHE SAID」だから女性の告発の話だと思うだろうが、そこに収まっていては本質を見逃してしまう。世界を覆う様々な分断と、差別と偏見のなか、人はどのように自らの尊厳を守ろうとしたのか、そして公正であるとは何を指すのかが主題となる。

原題=SHE SAID(古屋美登里訳、新潮社・2150円)
著者はともに米ニューヨーク・タイムズの記者。ワインスタイン氏の調査報道で多くの賞を受賞した。

世界的な広がりをもった「#MeToo」運動の起点となったのは、米紙ニューヨーク・タイムズの2人の女性記者による3300語ほどの記事だった。ミラマックス社の創立者で、「恋に落ちたシェイクスピア」でアカデミー賞作品賞を獲得したプロデューサーであるハーヴェイ・ワインスタインは、何十年にもわたり、女優や女性従業員に性的な虐待を行い、告発者に口止め料を支払っていたことを2人の記者が暴いた。

取材過程はスリリングだ。ワインスタインは記者に対抗して、私立探偵やイスラエルのスパイを雇い、情報提供者や記者の徹底的な身辺調査だけではなく、偽の情報提供者を仕立てて接触し、懐柔を試みる。ワインスタインに雇われた米国屈指の弁護士のなかには、女性の権利を争うことで名をあげながら、その裏で権力者と女性の示談金を活動資金にしていたことも明らかになる。示談してしまうと、告発者たちは秘密保持契約を結ばされ、口封じされてしまうにもかかわらずである。徹底的な取材と調査、冷静で内省的な視点で描かれる本報道はピュリッツアー賞公益部門を受賞するが、記者の成功談だけでは終わらない。

なぜこのような問題が起きるのか。背景には力の不均衡があり、それを是正する構造も根本的変化も不十分だ。声を上げやすくなった一方で、積み上げられてきた根深い問題は堅固なままだ。パワハラや差別、児童虐待の根底にも同様の課題が横たわっている。

それでも諦めずに告発をした人は言う。「わたしたちは炎の中を歩いたけど、みんなその向こう側にたどり着いた」。そこに見える景色は本書を手に取って確かめてほしい。水中に潜っているような息苦しさが蔓延(まんえん)する今、手を取って水面に浮かび上がらせ、思う存分肺に息を吹き込んでくれるような書である。分断なき連帯をどう目指すのか。次はあなたの番だとバトンを受け取った思いがした。

《評》ノンフィクション作家 河合香織

 

 

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