昭和陸軍秘録 軍務局軍事課長の幻の証言  西浦進  2014.11.13.

2014.11.13.  昭和陸軍秘録 軍務局軍事課長の幻の証言

著者 西浦進 1901年東京生まれ。県立和歌山中から陸軍幼年学校を経て、22年陸軍士官学校卒。同年陸軍砲兵少尉。30年陸大卒(42)34年中国、フランス駐在。37年陸軍省軍務局軍事課予算班長。41年大佐、東条英樹陸軍大臣秘書官。42年軍事課長(木村兵太郎が次官、同じ砲兵出身)44年支那派遣軍参謀。46年中国より復員。55年陸上自衛隊幹部学校戦史室初代戦史室長。70年病没

発行日           2014.8.1. 第1
発行所           日本経済新聞社

本書は、196768年に木戸日記研究会が聞き取りを行い、日本近代史科研究会より刊行された『西浦進氏談話速記録』を、遺族了承のもとに書籍化したもの

キャリアのほとんどを中枢で過ごし、陸軍省を知り尽くした元軍務局軍事課長が、近現代史のブラックボックスとも言える昭和陸軍について語る、最も信頼に足る証言集
陸軍と海軍の対立、陸軍内の軋轢、当時の陸軍を動かしていた人々の意外な素顔とエピソード、組織に対する鋭い指摘など、いま読んでも衝撃的な内容

I     昭和陸軍の素顔――将校たちと社会
士官学校在学中は、区隊長の操行点が成績を左右、卒業成績で序列が決まる
陸軍への配属は、希望を出した後、その年の軍隊の事情に応じて振り分けられる
兵科閥は、昭和14,5年ごろ撤廃
陸大出は、常時「天保銭」を胸につけており、優遇されたり周囲からも一目置かれた
陸大卒業時に、陸軍省と参謀本部、教育総監部で50人の卒業生を選り分ける

II    揺れる陸軍省――荒木陸相への期待と失望
陸軍内部の統制派と皇道派の対立 ⇒ 陰に第1部と総務部の対立がある。第1部は作戦計画を策定するので平時には表に出ず、総務部が内外ともに仕切っていて、その系統が統制派を構成
統制派によって陸軍大学校長に追い出された荒木が陸相として返り咲き軍部内の改革への期待が高まったが、荒木・真崎情実人事によって宇垣体制を一変させたり政治的妥協がひどかったりで周囲は失望

III   動乱期の巨大組織――永田事件、二・二六事件
表向き人事は全て陸軍省の人事局が担当だったが、参謀人事は参謀本部庶務課が、各兵科、歩兵以外の騎、砲、工、輜重は教育総監部の各兵監部がそれぞれ非常な発言権を持ち、さらに経理部、軍医部もそれぞれの局長が人事に介入 ⇒ 二・二六のあと一元化が図られたが、形式的なものに終り、上下の関係でも直属の上司に縛られなかったために下の者の発言権が強く、青年将校たちが、ある意味闊達ではあったが、僭越なことも出来たという背景がある
盧溝橋事件の真相は不詳 ⇒ 少なくとも陸軍省内部では大規模な動員の計画はなかった

IV   忍び寄る総力戦――三国同盟・対支工作・南進論
ノモンハンの後始末から、日独伊による防共協定強化の方向が陸軍の根本であり、さらに日露間の勢力の格差をカバーする方策としてドイツへの接近という発想が出てきた
39年 対支作戦一本化を期して支那派遣軍創設
ドイツのオランダ侵攻により、蘭印から石油を取るしか仕様のなかった日本は、蘭印がドイツの惨禍になったとしても、オランダ亡命政府がロンドンにできたところから、イギリスに支配されても不都合となるところから、自力支配を期して南進論を唱える

V     開戦の舞台裏――東条首相に仕えて
近内閣の陸相として、倒閣の原因となりながら、後任として東条に大命降下。その秘書官として仕える ⇒ 東条の具体的な政治力は陸軍を背景にしたものだったために、東条は陸相兼務を放さず、陸軍を統率するための陸相秘書官として西浦を指名
元々の繋がりは、東条次官のもとで予算班長だったこと
東条は、最初は内務大臣も兼務し、熊本県知事の寺本広作や古井善実も秘書官

VI   見通しなき戦い――軍事課長時代
42.4.軍事課長就任 ⇒ 次官が木村兵太郎。少将になってから兵器局長をやり、関東軍の参謀長をやって次官に。東条の留守居役的存在
秘書官退任の直前、ドウリットル東京空襲 ⇒ 首相のお伴で飛行学校視察旅行中、宇都宮から水戸まで大臣専用機で護衛もつけずに飛んだ際、偕楽園上空4,500mで鉢合わせ、慌てて着陸したが、初めて日本側の計算ミスによる事態発生が軍首脳にはショック
42.6.ミッドウェイ海戦 ⇒ 大東亜地域の占領自体元々兵站的には勝ち目のない話だったところから、アメリカが適当な時期にやってきて、こちらが迎え撃つということで初めて決戦の機があると考えていたので、この時こそ決戦の時期で我が海軍は大丈夫だと思っていたら、参謀本部作戦課から陸軍の大臣、次官、軍務局長と軍事課長だけに報告ということで惨敗の結果を聞かされる。一切口外秘とされたため、参謀本部でも知る人はほとんどいなかった。試験勉強をして山が当たったと思って書いたら全部駄目だったという話
開戦時における結末の見通し ⇒ 南方の資源を確保したところで、アメリカが来たら連合艦隊が1,2回迎え撃って勝てば、和平の空気がどこかから出て来やしないかという淡い期待程度で、そこまで考えるまでに自分の眼先が苦しくなってきたから開戦に踏み切ったというのが実情。その見通しがミッドウェイの敗退ですべて狂う
そのあとは泥縄で、その典型がガダルカナル。陸海軍の協調も破綻し、後手後手に回る




昭和陸軍秘録 西浦進著 苦衷あふれる元軍事官僚の証言 
日本経済新聞朝刊2014年9月21
 どうしてこんな本を出版したのだろう。本書を手にしたとき、最初にそう感じたことは否めない。もちろん本書に出版の意味がないというわけではない。非売品のタイプ印刷で刊行された本書の原版は、これまでも日本近現代史の専門家の間で高く評価されてきた。かつてそれを読んだ私もその価値を認めることでは人後に落ちないつもりだが、あまりに専門的で一般の読者には向かないのではないだろうか、と余計な心配をしてしまった。だが、今回読み直してみて、印象が変わった。研究者以外の多くの人々にとっても、本書は大きな関心と深い共感を呼ぶ豊かな内容を持っている、と納得したからである。
(日本経済新聞出版社・3600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
(日本経済新聞出版社・3600円 ※書籍の価格は税抜きで表記しています)
 本書は、戦前に陸軍省の中枢である軍事課に長年勤務した軍人のオーラル・ヒストリーである。有能な軍事官僚であった彼の語りから、組織人としての生き様がストレートに伝わってくる。望んでもいない、というよりも本気で考えてさえいなかったアメリカとの戦争にのめり込んでいったとき、合理的精神を有するすぐれた組織人たちは、なぜその動きを止められなかったのか、反転できなかったのか。本書の証言は、現代の組織人たちにも身につまされる経験や苦衷を数多く含んでいる。
 歴史研究では、当時当たり前であったことが今ではよく分からないというケースが少なくない。あまりに当たり前すぎて、記録に残っていないからである。戦前の陸軍の官僚組織についても同じことが言える。だが本書では、粒ぞろいの質問者が、陸軍組織内部の慣例や運営など、現在では知りえない基本的で大事な事柄をうまく引き出してくれている。その点で本書は、特定の問題や事件についての証言だけでなく、陸軍に関する基礎的事項についても貴重な情報を提供する。近現代の軍事史・政治史研究にとって、第一級の資料と言うことができよう。
 オーラル・ヒストリーでは、本人の語り口を通して、その人柄もにじみ出てくる。独特の言い回しで語られる、陸軍内部の派閥抗争の実情、予算や機密費に関する経験談、東條英機を含む陸軍指導者の実像と人物評、スペイン内乱の実見談など、逸話をまじえた証言は興味が尽きない。
 おそらくこのオーラル・ヒストリーをベースにして書かれたと思われる回想録(『昭和戦争史の証言』日経ビジネス人文庫)を併読すれば、本書の理解にも大いに役立つだろう。本書の価値も、よりはっきりと確信できるに違いない。
(帝京大学教授 戸部 良一)


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