コード・ガールズ  Liza Mundy  2021.9.30.

 

2021.9.30. コード・ガールズ 日独の暗号を解き明かした女性たち

Code GirlsThe Untold Story of the American Women Code Breakers of World War II                  2017

 

著者 Liza Mundy アメリカのジャーナリスト、ノンフィクション作家。『ワシントン・ポスト』紙で長年記者を務め、女性問題や労働問題を中心に取材、17年刊行の本書は『ニューヨーク・タイムズ』紙ほか主要紙で高評価されて20万部を超えるベストセラーになり、10以上の言語に翻訳。

 

訳者 小野木明恵 翻訳家。大阪外大英語科卒

 

解説者 小谷賢 日大危機管理学部教授(インテリジェンス研究、イギリス政治外交史)。京大大学院人間・環境学研究科博士課程修了。英国王立防衛安保問題研究所RUSI客員研究員。防衛省防衛研究所主任研究官などを経て現職

 

発行日           2021.7.16. 第1刷発行

発行所           みすず書房

 

 

秘密の手紙

真珠湾攻撃を発端として論争は尾を引いた。どういう経緯でアメリカは不意を突かれたのか? 議会聴聞会が開かれ、責任が追及され、スケープゴートが仕立て上げられていった。陰謀論が広まった。戦時体制がひっくりかえり、瞬く間に拡大し混乱が広まった

情報の重要性が重要になったが、それを入手するのは困難。20年に及ぶ軍縮と孤立主義から抜け出したばかりのアメリカにあるのは、まとまりのないインテリジェンス組織しか持たない排他的な海軍と、貧弱な陸軍と、まだ独立組織になっていない空軍だった

国外に送られたスパイはほとんどいない

敵の通信システムを破るために、最高レベルの暗号解読が必要

4111月、海軍はウェルズリー・カレッジの最上級生20人余りに働きかけの手紙を出す。質問は2つ、クロスワードパズルが好きかと婚約しているか

同様の誘いがスミス・カレッジ、ブリン・マー、マウント・ホリヨーク、バーナード、ラドクリフ、バッサーなどにも出状。何れもセブン・シスターズのメンバーで、アメリカの一流大学が女子を受け入れていなかった19世紀、女子教育のために創設された

キャンパスでは戦時の脅威が身近に感じられ、北大西洋ではドイツのUボートによるアメリカ艦船や商船への攻撃が脅威を与えていた

集められた女子学生たちは秘密厳守を誓わされ、「暗号解析」分野の学習を始め、試験合格後はワシントンの海軍で業務に就く。北東部以外の女子大学にも声がかかり、勧誘は44年まで毎年続く

陸軍も同様に女子学生に着目したが、既に大学は海軍が抑えているので、代わりに南部や中西部の教員養成大学でスカウト。立派な教育を受けた女性が確実に就けるような仕事は教師しかなかった。新しい種類の仕事に興味を持っている女性教師もターゲット。その1人がドット(ドロシー)・ブレーデンで、ランドルフ・メーコン女子カレッジを42年卒業、1年教鞭を執ったが、母親を養うために陸軍に応募して採用され、何をするために雇われたのか全く見当がつかないままワシントンに向かう

 

序章 「我が国はあなたたち若い女性が必要だ」

アメリカ軍が「優秀な」若い女性たちの活用を決断したことが、第2次大戦参戦後にアメリカがほとんど瞬く間に有効な暗号解読機関を構築できた主な理由

有名なリベット打ちのロージー(軍需工場で働いた女性を代表するシンボル)のように数百万の女性が袖をまくり上げて工場で働き戦争に協力したことはよく知られるが、1万人以上の女性がワシントンに赴いて、頭脳と苦労して身につけた教育を戦争協力に役立てたことはほとんど知られていない。戦争関連で最も固く守られた秘密の1つだったためで、彼女らの仕事が持つ軍事的、戦略的な重要性はとてつもなく大きかった

2次大戦中、暗号解読は、その時点に存在したインテリジェンス活動の中で最も有益な部類に入るものとして真価を発揮するようになった

暗号解読者は通信情報活動(シギント)を発展させ、終戦後、陸海軍の暗号解読機関が合併して現在の国家安全保障局NSAとなる。NSAの初期の文化を形成したのも女性

戦争期間を短縮するにあたっても中心的な役割を果たす

女性の採用に繋がる一連の出来事は長期にわたって進展したが、特筆すべきは419月海軍少将リー・ノイズがラドクリフの学長エイダ・コムストックに書いた手紙を書いたこと。暗号解読の訓練を受ける学生の選抜を依頼

女子大側も、「訓練された頭脳」と称した人材を戦争協力に役立てられないかと戦略を練っていて、翌月にはセブン・シスターズが一堂に会し、海軍の要望に応えるべく動き始める

併せて女性指導者も募集

選抜されたのは、最上級生で上位1割に入る学生で、特別の暗号解析課程の授業が行われモチベーションを上げるために単位も付与。ブラウンとペンブロークはある教授がこの課程のことを自慢して回ったため計画から外された

425月には特別課程を終え試験に合格したラドクリフの女子学生25人が民間人として海軍の業務に従事することが連邦人事委員会で認可、6月着任

陸海軍の競争は熾烈で、開戦時はイギリスのブレッチリー・パークから呆れられていたが、戦争の進行とともにイギリスを凌ぐまでに成長

海軍は女性の海外勤務は許可しなかったが、陸軍では太平洋の島々に派遣される者もいた

暗号解読分野はまだ生まれたばかりで、権威も知名度もなく、規制や資格など複雑な制度も構築されていなかったところから、女性の進出する余地が十分にあった

女性たちは、男たちを仕事から解放して兵役に就かせるための労働力として引っ張り込まれるという特殊な立場にあり、「男たちを解放して戦場へ」というのが当時のスローガン

一方で、恨みを買いもしたし、心的外傷のストレス(トラウマ)に悩まされる女性もいた

女性の方が、才能のきらめきではなく、細部への配慮が求められるような退屈な仕事に適している、と一般的に言われていたが、その偏見は現在でも消えていない

暗号解読の公の歴史に刻まれている伝説的な名前は優秀な男ばかり――ブレッチリー・パークのアラン・チューリングや、ミッドウェイ―海戦を勝利に導いた暗号解読の指揮官だったアメリカ海軍士官ジョゼフ・ロシュフォート、ヴェノナというコードネームのアメリカ国家プロジェクトでロシア語通信文を解読しソ連スパイの摘発に貢献したアメリカ人暗号解析者メレディス・ガードナーなど。彼等の名声はしばしばその奇行や悲劇的な結末によって装飾をかけられる。ガウンとスリッパでオアフ島の地下室を歩き回るロシュフォートや同性愛の罪で告発され自殺したチューリングなど

暗号解読は多くの点において天才の仕事とは正反対。インスピレーションは必要だが、ファイルを几帳面に整理整頓していなければ解読は出来ず、大所帯のチームによる努力に支えられていた。クルーたちの共同作業の結晶といえる。優れた記憶力を持つ大勢の人間のチーム作業で、コードを破る鍵となるパターンに気づくと教え合った

女性たちは賞賛も求めず昇進も望まないところから対等な関係を保つ傾向にあり、海軍の男たちとは著しく対照的

女性たちの多くが1920年生まれで、類のない不遇な世代に属していた。この年はアメリカ人女性が選挙権を獲得した年。いくつかの職業に女性が進出し始めたが、少女時代に大恐慌に襲われ機会が閉ざされ、進歩が逆行した。家庭も不安定で荒んでいた

アメリカとイギリスの暗号解読者の違いの1つが移動の自由――イギリスは一旦ブラッチリー・パークに入ったら監禁同様だったが、アメリカでは自由な移動が認められた

1942年当時、アメリカ人女性で4年制大学を修了したのは4%。そもそも入学すら認めないところが多かった。女子教育から得られる利益があるとしたら、それは配偶者の成功からもたらされる可能性が高く、移民1世にとってはステータスシンボルでもあった

この世代の女性たちの興味深い点は、どこかの時点で収入を得るために働かなくてはならなくなるかもしれないと自覚していたこと。大恐慌の経験からか

教育を受けた女性が求められたのはアメリカの歴史において先例のない現象であり、陸海軍だけではなく、戦略事務局やFBIから軍需産業まで競って女性を採用

陸軍の暗号解読集団15千人のうち70%は女性であり、海軍でも国内勤務5千のうち80%が女性。終戦後、暗号解読者が勝利に貢献したことが連邦議会でも賞賛の的となったが、彼等の半数以上が女性であったことはどこにも触れられていない

 

第1部        「総力戦ともなれば、女性が必要とされるだろう」

第1章        28エーカーに広がる娘たち

バージニア州南部のチャタムでドット・ブレーデンが教えていた公立高校では、教師の離職率が100%近くに達し、ドットはすべての授業が自分の肩にかかっているように思え、1年足らずで退職。次の仕事を探しているときに政府の採用担当者が町にやってきた

439月、陸軍通信隊の付属機関である通信情報部の民間人として採用

忠誠の誓いと秘密保持の宣誓書に署名

戦争協力の任務を求めてワシントンに押し寄せる若い女性の住まいとしてアーリントン・ファームズに急造の寮が作られ、地元の人からは「28エーカーに広がる娘たち」と呼ばれる

担当業務はクリプトグラフィー ⇒ 文字をランダムに変える方法

最初の任務は、最も緊急性の高いもので、太平洋諸島周辺を航行している日本の商船に指令を与える暗号の解読で、敵の兵站を断つのに役立つ

 

第2章        「これは男の人の仕事だけど、うまくやれそうです」

2次大戦以前にも女性暗号解読者はいて、その画期的な業績が開戦とともに大きな意義を持つことになる

1916年、エリザベス・スミスはシカゴで1年教鞭を執った後、シェークスピア=ベーコン説を実証しようとした大金持ちの研究所に雇われ、暗号やその解法へとテーマを広げる

優れた暗号は、システムに関与する人が簡単に利用できるくらい単純でありながら、関与しない人が容易には破ることのできないほどに堅牢でなくてはならない

ルネサンスが訪れると、印刷技術と文芸が花開き、数字と言語学が一体となり、数多くの新たな暗号システムが誕生

ヴィジュネル表は、1500年代にフランスの外交官が開発したもので、縦横26の方陣に文字を入れた表で暗号文を作る

南北戦争時、軍が暗号を実験的に初めて使用

1次大戦勃発とともに、研究所ではアメリカ軍初の本格的な暗号解析が実践されるようになり、エリザベスとその夫フリードマンに運営が任された

大陸では、ヨーロッパ諸国政府で秘密裏に組織された暗号解読部門のブラック・チェンバーが、遥か以前から正式な暗号解析部局として機能していて、ドイツがメキシコに北の隣国への侵攻に協力するなら、テキサス、ニューメキシコ、アリゾナを与えるという提案をしていたのをイギリスが解読に成功、愕然としたアメリカは参戦に踏み切った

同じころ、アメリカ陸軍士官で暗号解析の先駆者パーカー・ヒットの夫人ジュネビーブ・ヤング・ヒットも夫が出征のあとテキサスの基地で暗号部門を引き継ぎ、「これは男の人の仕事だけど、うまくやれそうです」と実家に書き送る

1928年フーバーの下で国務長官になったヘンリー・スティムソンは、他国の外交信書を盗み見していることを知ってショックを受け、紳士のすることではないとして国務省の暗号解読機関に対する資金援助を打ち切り、フリードマンの通信情報部だけが存続

1919年の禁酒法は、アルコールの製造、輸送、販売を禁じたもので、消費までは禁止していなかったところから、外国の蒸留業者がアメリカのギャングと組んで密輸アルコールをアメリカ沖合に輸送、暗号を使って犯罪組織に引き渡した

1927年、沿岸警備隊の依頼を受けたフリードマン夫妻は、夫が陸軍の仕事で多忙だったため、エリザベスが一手に引き受け、特別捜査官として対密輸暗号班を設立

禁酒法廃止後も、密輸入や組織犯罪に関わる事件を担当

海軍も1916年「事務系下士官()」として女性を海軍予備役に入隊させたが、その中に後に希代の有能な暗号解析者となるアグネス・マイヤーがいた。高校の数学主任から初の海軍の女性入隊者となり、終戦で除隊となったがすぐ民間人として再雇用

秘密の通信文を作成する手法には2種類 ⇒ 1つはコードで単語や句が丸ごと「コード」と呼ばれる別の単語や文字列・数字列で置き換えられるもので、速記はこの手法を用いる。もう1つがサイファで、1文字・数字が別の1文字・数字で置き換えられる

アグネスが民間にスカウトされた後エリザベスが呼び戻されライバル関係になるが、また海軍に戻ったアグネスは陸軍のフリードマンを忌み嫌っていた

2次大戦で活躍した海軍の暗号解読者の大半はアグネスの教育を受けている

 

第3章        もっとも難解な問題

1940年、フリードマンは10年かけて少数精鋭のチームを構築

参戦するまでは、外国の外交官の無線やケーブルの通信を入手することは違法で、密輸品に相当。1934年の通信法にも外交通信の傍受は厳罰とあるが、暗号解読者たちは無視

日本の外交官は、海軍とは異なる新しい機械式暗号を使用。この時代、暗号が注目を集め始めると、発明家たちが競って新しい機械を開発し、政府や軍に売り込みをかけていた

エニグマもそうして開発された機械の1つ。銀行員が使用する想定でドイツ人技師が発明したもの。1920年代ドイツの企業が商品化、33年ナチスが独占的に使用

日本の機械は独特のもの。最新の機械(従来のレッドに対してパープルと呼ばれた)による暗号通信文が39年に傍受されたが、イギリスもドイツも解読を諦めていたが、フリードマンのチームは食い下がり、解明に成功するとともに、パープルの複製を制作。枢軸国の動向が筒抜けになったのはヒトラーと昵懇だった駐独陸軍中将大島浩がドイツ軍に関する詳細な報告書のお陰。パープルはイギリスにも送られ、終戦まで使用され続けた

パープルでも真珠湾を予測できなかったのは、日本人外交官が軍部から知らされていなかったからで、解読された日米交渉の終わりを伝える通信文には海上攻撃を警告するものではなかった

外国語を理解せずとも、その言語で文字がどのように振舞うかを知ってさえいれば、外国語の暗号を破ることができる――100字の中に母音は3347個、頻繁に使われる子音と頻度の低い子音、ingtionのように3重字、4重字の頻度などの統計が役立つ

 

第4章        「これほど大勢の女性たちが一か所にいる」

ドットは、南部出身で1週間後に入ってきたルース・ウェストンたちと近くのアパートを借りて共同生活を始め、無二の親友となった

 

第2部        「この広大は海域のいたるところで日本は優勢であった」

第5章        「胸がはりさけそうだった」

426月、東郷外相と大島駐独大使は、アメリカ国民を分断させる計画を話し合っていたが、すべて敵国の若い女性たちに読まれていた

エニグマは38年ポーランドが解読に成功、開戦直前に英仏に発見がもたらされ、ブラッチリー・パークではアラン・チューニングが1つの手法を開発したが、42年初にはナチスがさらに改良を加え、アメリカ参戦の直後には解明不能に陥っていた。大西洋を支配していたUボートがアメリカの兵員輸送船を襲うことを考えると、通信班の女性たちは胸がはりさけそうになった

42年夏、海軍の暗号部隊に集まった新卒女子学生は、勧誘された197人に対し74

5月中旬、日本軍の大規模な作戦を嗅ぎつけたが、目的地はAFという略号だけでどこか分からなかった。米海軍暗号部隊は一計を案じ、英語の平文でミッドウェーの蒸留装置が壊れて水不足に陥っているとの電報を発信させたところ、日本の傍受局がAFが水不足だとの通信文を流したことがわかり、日本の攻撃目標が判明、アリューシャンへの陽動作戦には惑わされずに、待ち伏せしていた日本軍を逆に待ち伏せして大打撃を与えることに成功

暗号解読者は、若いうちに最高の仕事をするケースが多い。海軍のアグネス・ドリスコールは37年の自動車事故で1年休職している間に、若い学士たちの邪魔になってしまった

主要コードは解読が難しく、頻繁に変えられてもいたが、副次的暗号や戦闘中に使用するための一時的な「連絡コード」は比較的解読が容易で、それが主要コードの解読にも役立つ

1期生の活躍のお陰で、第2期訓練生では、指導者が教材に習熟し、受講者が学習に順応していたので、落ちこぼれは急減、247名の最上級生のうち222名が修了

 

第6章        QはコミュニケーションのQ

427月、陸軍婦人補助部隊の構想が法案化し大統領が署名。戦闘員以外の任務に多数の女性が応募。次いで海軍にも女性予備役を創設。暗号部隊も下士官に任官

士官学校で軍事教練も男性兵士と同様に受け少尉になる

海軍が女性士官に求める条件は、大学の学位か、大学に2年通ったうえで2年の勤務経験があること。下士官には高卒だけだったので、応募が殺到。当初1万ぐらいを予想していたが、結局は10万以上が任務に就く。その中からも適性に応じて暗号解読者が出る

女性下士官には専門職のQという海軍等級が与えられ、記章に示された

戦時中は、車を運転する人は軍の人間を同乗させるというルールがあり、女性下士官が歩いていると乗っていかないかと誘われ、同乗すると運転手から質問攻めに遭い、通信付属機関では何が行われているのかとかQ は何かと聞かれる。降りるときに運転手のコートからはみ出た袖に金色の線が数本見えた。提督自ら彼女を試していた

日が経つにつれ男性隊員は続々と戦闘に送られ、女性の比率が圧倒するようになる

世間ではアメリアが勝っていると思い込まされていたが、暗号解読者の所にはあらゆる情報が集まり、太平洋の戦いでは負けていることも明白にわかったし、仕事の量とペースから戦争のリズムが加速していることも感じ取った

海軍通信部隊の女性たちは自由を得たことで、自国の持つ不快な側面もはっきりと見えるようになる。ワシントンはいろいろな点で南部的な町であり、人種差別の学校制度があり、黒人たちは最も貧しく恵まれない地区に居住させられていた。隣接のバージニア州はもっとひどかった。北部出身の女性たちは人種による厳密な区別を目にして衝撃を受けた

44年エレノア・ルーズヴェルトと海軍婦人部隊長が黒人女性入隊を実現させたが、情報通信部門には実験的に採用されることはなかった

海軍では妊娠はご法度だったが、それでも妊娠は起こり、懲罰は除隊と恥辱。「艦長のマスト」(海軍の艦内法廷)で軍紀違反の有無を検証され、記章や袖章を剥ぎ取られる

結婚していても許されず

士官と下士官の親交は禁じられていたが、女性同士の交流は盛ん

アーリントン・ホール(陸軍)と海軍アネックスとの情報交換も行われた

海軍の女性たちは、ミッドウェーの暗号解読に関与し損ねたが、434月の山本連合艦隊司令官機の撃墜では活躍。山本の視察のスケジュールの詳細をすべて把握、報復作戦

(Operation Vengeance)と名付けられ、16機の陸軍戦闘機により作戦成功

 

第7章        「地獄の半エーカー」

434月。アーリントン・ホールの方が海軍より、多言語に通じた人々が集まり、開放的な雰囲気で序列への拘りがなく、大学を卒業したばかりでも主要な班のリーダーを任されることも珍しくなかった

アフリカ系アメリカ人で構成される暗号解読班もあったのは、1215%を黒人にすべきだとの決定があったからで、彼等は企業や銀行の暗号通信を監視し、世界中の民間企業で使われる主要な商用コードをファイルしていた

周りの人にどう評価されているかで判断されたので、階級は無関係。それを拒否した男性士官は海外に派兵された。フラットな組織で、平等主義的な風土があった

43年の初めの4カ月、アーリントン・ホールは太平洋での戦いにおける最も喫緊の課題で前進を遂げる――大日本帝国の暗号を突破したが、ここでも貢献したのは女性

陸海軍が暗号解読作業を穏便に分担することに合意し、海軍は日本海軍の暗号とエニグマ解読の補助、陸軍はパープル暗号の継続的な解読と、他の敵国や中立国の暗号解読を担当

日本陸軍の暗号解読が困難を極めたのは、元々日本は中国と満州だけで部隊間の距離が近く低周波・低出力の通信で間に合っていたため無線の傍受が困難だったことから「深度」が足りなかった――膨大な量の傍受通信を並べて比較することができなかった

皮肉にも日本陸軍の快進撃が命取りになった ⇒ 勢力を拡大するにつれ無線の出力を上げたため傍受が容易になる

ようやく解読の糸口を見つけた時は、世界の頂点に座って地獄の半エーカー(いたるところを意味する語だが、南北戦争ストーンズリバーの戦いにおける激戦区の代称でもある)に渡ってずっとジャップを追いかけているように思えた

日本陸軍が使用していた「船舶輸送コード」の解読も、補給用の商船の航路を捉えて兵站を突破する大きな成果を上げ、この戦争における最大の功績となった

日本陸軍の全暗号システムにまで挑戦、人事や死傷者数、健康状態までも知ることになる

参謀本部のコードにも挑み解読に成功。すべての発端となった宛名コードの解読は、その後もずっと必要とされていた

 

第8章        「人間なら不満をもって当然です」

438月、船舶コードを解読したことで、さらに続々と入手した商船関連の通信文を復号する人員が必要となり、アーリントン・ホールは軍からの地域割り当てに従って主に南部で学校教師を勧誘

陸軍は海軍と違って女性軍人の海外派兵を認めていた

軍に採用された女性たちも、一旦本物の公僕になると、普通の公僕と同じように不平不満を口にするようになる。43年の調査では、アーリントン・ホールの職員の3035%が常時労働条件や業務内容に多かれ少なかれ不満を持っていた。意欲調査も実施

 

第9章        鉛筆を動かす女たちが日本の船を沈没させる

4344年、アメリカ海軍の快進撃の陰には暗号解読者がいた

4311月には日本の沈没トン数が戦時中最大になる。潜水艦長は76件のインテリジェンスを受け取り、日本船舶43隻を撃沈し、12隻を損傷させ、12月には沈没32隻、損傷16隻。攻撃をすり抜ける護送船団があったのは、陸海軍から届けられる大量のインテリジェンスをさばき切れなかったため

日本側は、太平洋には実態より多くのアメリカ潜水艦が存在するという印象を持ったが、それは多数の潜水艦が哨戒していたからではなく、通信インテリジェンスのお陰

潜水艦が撃沈した全商船の50%以上は暗号解読の成果であるとも言われる

暗号解読はアメリカの死傷者数を抑制するのにも有効と判明。空中戦で戦績を挙げ、地上戦の短縮に貢献。マッカーサーの「最大規模の飛び石作戦」が成功を収めたのも、暗号解読が敵戦力の殲滅に効果があったから

日本本土への上陸攻撃に対し、日本陸軍が徹底抗戦の準備を整えているとの情報を捉え、連合国参謀本部は、硫黄島と沖縄の事例に基づき、連合国側に100万の死傷者が出ると予測したことが、トルーマンの原爆投下に繋がる

暗号解読者にも太平洋の戦況が遥かに有利に進んでいると実感できたし、解読された通信文からも日本軍の惨状が窺えた

 

第3部        潮目が変わる

第10章     シュガー・キャンプ

デイトン郊外の海軍のシュガー・キャンプはNCR社の所有だったものが軍需機器の生産工場に転用され、海軍女性600人を受け入れ

エニグマを解読するためにはボンブと呼ばれる機械が必要で、それも高速で作動するものが求められ、海軍がデイトンの発明家に開発を一任。海軍の機械工とNCR従業員が製作に携わり、その部品となる整流子ホイールの配線装着のため女性が集められた

435月にはテスト運転が開始され、秋には海軍のアネックスに100台以上設置完了

鍵の設定が解明されれば、その日に送られてくる通信文はボンブを使う必要はなくすぐに翻訳できた。ボンブが順調に稼働すると予想を上回る成果で、鍵のほとんどは数時間以内に突き止められ、大方の通信文が即座に解読されるようになり、敵と同時に読める

439月までに、大西洋のUボートはほとんど一掃

442月と4月には日本とドイツを行き来する潜水艦が、暗号解読により撃沈される

44年が明けるころには、ブレッチリー・パークがアメリカに、ドイツ陸軍と空軍が使用するエニグマの日毎の鍵を解読するのに力を貸してほしいとの申し入れがある

女性ばかりの暮らしゆえ特有の問題も多かった。妊娠が発覚したり、クイア(同性愛)も除隊かワシントン送還処分となる

 

第11章     「敵がセーヌ河口に上陸」

4311月、駐独日本大使の大島が、ブルターニュからベルギーに至るフランス北西部沿岸全域でドイツが要塞化を進めていることを詳細に描写した電報をパープルで送信。最優先された海峡地域がドーバーとカレーを結ぶ線、次いでノルマンディとブルターニュ半島が重要度が高いとされていた

ブレッチリー・パークではロンメル将軍がノルマンディー海岸沿いの防備を描写した通信文を解読

傍受した連合軍では得られたインテリジェンスを総合して、カレーではなくノルマンディに軍勢を集結させ、Dデイの上陸作戦を実行する決断を下した

不意打ちを成功させるためにチャーチルが考えたのが「嘘のボディーガード」作戦。上陸の正確な時刻と地点についての真実を隠蔽するため、侵攻までの数か月間を使って大陸への上陸が同時に複数の地点で仕掛けられるとドイツに信じ込ませるもので、架空の部隊の他偽の通信文が使われた

アーリントン・ホールでは敵の通信文を解読すると同時に、アメリカの通信文を暗号化し、安全に到達するかどうかを監視していたが、そこに偽装通信業務が加わる

4461日、大島が東京宛にパープル機を使って、「ヒトラーは連合国軍の侵攻を予測しており、ノルウェーとデンマーク、フランスの地中海沿岸部に牽制上陸が行われると推察しているが、実際の攻撃はドーバーを渡りカレーに到達すると予測している」と打電し、偽装通信が成功したことを示していた

アネックスのエニグマ班の女性たちはフランス侵攻が近いことを知っていた

60130時、傍受通信文がアネックスに入電。回線上にあるすべてのUボートを管轄する中央司令部からの発信で、「敵がセーヌ河口に上陸」との警告文だった

次に入ってきた通信文には、連合国の数千の艦艇がノルマンディー沖のイギリス海峡を埋め尽くしていると書かれていた

海軍アネックスの女性たちは夜を徹してDデイ関連の通信文を処理し、敵側のドイツ軍の視点から侵攻作戦を読み解いた

あらゆる面において、戦争終盤の時期が最も血なまぐさく最悪だった。東西何れも枢軸国の指導者らは、連合国が勝者になるとしても、できるだけ多くの人的犠牲を払わせようと腹を決めていた

暗号解読者たちは、愛する者が無事かどうかを探ろうとして、時にはそれに成功。夫や恋人や兄弟の部隊や乗艦を追跡。兄が艦長を務める駆逐艦が神風の標的になっていることを知っても如何ともし難かったし、戦死の報に接し遺体が無傷だったと言われたが、後からむごたらしい焼死体だったと聞かされた

 

第12章     ティーディ

トッドの弟は43年高卒と同時に陸軍に入隊、ノルマンディ上陸部隊への増援指令が下る

8月に漸く戦闘に参加したが、後にバルジの戦いとして知られる激戦に巻き込まれ、一旦は行方不明の知らせが家族に届いたが、部隊から離れて徘徊しているうちに味方に遭遇して助けられ、終戦後無事に帰還

 

第13章     降伏を告げる通信文

45814日午後、アーリントン・ホールにはスイスの日本公使経由で、日本語と相次いで英語の通信文が届けられ、解読されるにつれ興奮が高まり、遂には熱狂は絶頂に達したが、暗号解読者は大統領の発表までは口外厳禁。7時の大統領の発表と同時に街に繰り出した

日本の通信文は途絶え、18日にはアーリントン・ホールの全職員が集められ、これまでの労を労われ、政府職員の立場から降りることが愛国者としての義務であると告げられる

 

第14章     クロウにさようならを

ドットはヨーロッパ戦線から戻った恋人と結婚、アーリントン・ホールも退職して子どもも授かる。アーリントン・ホールから名前の変わった陸軍保安局から、戦時中の業務に対する感謝と同時に、「優れた人格と合衆国への忠誠心を認められたからこそ、権限を付与されていない者に漏洩してはならない情報が委託されていた」とし、知り得た情報はいかなる時点でも明かしてはならないとの手紙が来る

1人残されたルームメートのクロウはそのままアーリントン・ホールに残っていたが、やがて相手が見つかったものの、ドット夫妻が直接会いに来て太鼓判を押すまでは頑として結婚しなかった。52年子どもを授かって退職

今は、女性は子供が出来たら離職するものと見做され、国の保育支援は廃止。アメリカ政府は、戦時中の採用活動とは正反対の動きを見せ、女性たちに仕事を辞めて家庭に戻るよう訴えかけた。仕事を辞めるかどうかは愛国心の問題になってきた

また2人の家族ぐるみの交流が始まった

 

第15章     てぶくろ

2016年、第2次大戦中に活躍した暗号解読者たちが誕生させた連邦政府機関が国家安全保障局NSAで女性初の副局長まで上り詰めたアン・カラクリスティが94歳で死去

23歳でアーリントン・ホール日本陸軍宛名コード調査班長を務め、戦後もソビエト問題次いで東ドイツを担当。上級顧問となり、国家安全保障勲章と国防総省が民間人に授与する最高の賞である殊勲文官功労者賞を受賞

2次大戦中に活躍した女性暗号解読者の多数が、NSAでも高い地位に上り詰めた

陸海軍の組織が合体してできたNSAでは、初期の上級公務員の多くが女性

女性暗号解読者の多くはフェミニズム運動にも参加。戦後の職業婦人という立場から、あるいは戦後に味わった不満をバネにして

 

ペーパーバック版へのあとがき

Web sight: www.codegirlsstories.com

 

暗号解読用語集

l  加数additive:通信文解読の難易度を上げるためにコードに加算する数(日本陸軍の暗号システムにおいて暗号文に加算するランダムな数を指す場合には「乱数」と訳出)

l  サイファcipher1個の文字または数字を別の文字または数字で置き換える暗号

l  コードcode:単語全体または句全体を別の単語か連字、またはこれも「コード」と呼ばれる数字の列で置き換える暗号

l  クリブcrib:コードまたはサイファを解読する手掛かりとして、暗号化された通信文の意味を推測するために用いる材料。普通は単語や句。暗号解読者が補助的な文章を参照してクリブを入手する例が多い。頻出すると予想されるようなものもクリブとなる

l  暗号解析cryptanalysis:コードやサイファを解読する技法や科学的手法

l  暗号作成cryptography:コードやサイファを作成する技法や科学的手法

l  暗号学cryptology:コードやサイファの作成及び解読

l  サイファ化(あるいは二重暗号化)されたシステムenciphered(or superenciphered) system:単語(または文字か句)(通常は)数桁の数字からなるコードに翻訳されてから、各桁に新たな数字を加算してさらにサイファ化されるシステム。日本海軍の船団コード(JN-25)と日本陸軍の船舶輸送コード(2468)はいずれも二重暗号化されたシステム

l  指示符indicator:通信文をさらにサイファ化するために加算表(乱数表)のどの部分が用いられているのかを示すコード

l  key:この用語は紛らわし。ときには「加算(乱数)additive」と同義語になる。エニグマなどの暗号機で使われるロータ(およびその他の機構)の順序を指示するための日毎の「鍵」設定を意味する場合もある。またサイファ化に使われる表から特定の文字を選ぶ方法を規定する原理を指す場合もある

 

 

解説 「暗号戦に勝利をもたらした女性たち」

本書は、第2次大戦中に米国の歴史上初めて軍部に採用され、それぞれの能力と勤勉さによって高い評価を勝ち得たものの、長い間その存在を秘匿され続けてきた女性暗号解読者たち(コード・ガールズ)についてのノンフィクション

米国の暗号解読といえばフリードマンやロシュフォートが挙げられるが、その活躍を陰で支え続けた1万人以上にも上る無名の女性たちの活躍を詳述

陸軍の暗号解読の責任者だったフリードマンが目を付けたのが大学での教養ある女性の採用で、採用後に暗号解読の専門的教育を施される

ジュネビーブ・グローチャンは、日本のパープル暗号解読の責任者として抜擢。409月には紙と鉛筆だけで解読に成功

英国から見れば、米国の暗号解読能力には疑問符が付けられ、エニグマの解読に専念していたこともあって、日本の暗号は解けないままだったが、米陸軍は解読者の一団をブレッチリー・パークに派遣し解読法を伝授。以後英国は米国との暗号解読協力を真剣に模索

417月の日本の南部仏印進駐に関する情報は、米英両国にとって計り知れない価値があったといえる

海軍でも女性暗号解読者が活躍、アグネス・ドリスコールはその代表格で、日本海軍の作戦暗号JN-25解読が太平洋戦争の帰趨を決定付ける成果とされ、その中心人物がロシュフォート大佐とされるが、彼を教えたのがドリスコール

ロシュフォールは、AF符号の謎を解き、日本の攻撃目標がAF(ミッドウェー)であることを見抜いた結果、ミッドウェー海戦で大勝利を挙げたが、暗号解読の内情が『シカゴ・トリビューン』に誤って掲載されたため、海軍幕僚たちは激怒。この記事によって日本海軍が暗号解読の事実を察知したとの議論があったが、その事実はなかったようだ

逆にコード・ガールズは山本司令長官の視察の予定を割り出す

彼女らは、男性中心の軍隊にあって性差別だけでなく、身分差別にも直面。ルーズヴェルトが海軍女性予備役法案を成立させ、女性が正式に軍隊に参加する途を拓くことにより、漸く女性士官が誕生、制服が与えられた。海軍の制服は有名なメインボッチャー製だったため人気を集める代わりに、男性と同じ軍事訓練を受けなければならなかった

日本陸軍の暗号は複雑で解読は容易ではなかったが、434月には船舶暗号2(2468コード)の解読に成功、兵站に従事する全商船の航路を特定。エニグマ暗号解読やミッドウェーの勝利に並ぶほどの意義あるもの

英国の暗号解読組織も、米陸海軍の能力を評価して、435月にはBRUSA(ブルサ)協定を締結、エニグマ暗号解読方法も米国に伝授され、組織の秘中の秘だった解析機ボンブが米国側に提供

45814日、日本が加瀬俊一スイス公使に、ポツダム宣言受け入れの暗号通信を送ったが、即座に解読したのは女性暗号解読者バージニア・アダーホールド

終戦を祝う間もなく、陸海軍の暗号解読組織は国家安全保障局に引き継がれ、そこでも女性暗号解読者たちが今度はソ連の暗号解読の任務に就く

暗号解読活動という陰の仕事が実は多くの女性によって担われてきた事実がわかるとともに、能力ある女性が男性中心の組織の中で認められていく過程は興味深い

 

 

 

 

 

コメント

このブログの人気の投稿

近代数寄者の茶会記  谷晃  2021.5.1.

新 東京いい店やれる店  ホイチョイ・プロダクションズ  2013.5.26.

自由学園物語  羽仁進  2021.5.21.