チーズはどこへ消えた? Spencer Johnson 2025.3.13.
2025.3.13. チーズはどこへ消えた?
Who
Moved My Cheese? 2000
著者 Spencer
Johnson, M.D. 医学博士、心理学者。心臓のペースメーカー開発にも携わる。現在は様々な大学や研究機関の顧問、シンクタンクに参加する一方、著作活動を続ける。功績が認められ、ハーバード・ビジネス・スクールの名誉会員
訳者 門田美鈴 翻訳家、フリーライター
発行日 2000.11.30. 第1刷 2001.2.5. 第8刷
発行所 扶桑社
『25-02 ゲーテはすべてを言(い)った』で言及
私たちみんなが持っているもの――単純さと複雑さ
この物語に登場するのは、2匹のネズミ「スニッフ」と「スカリー」と、2人の小人「ヘム」と「ホー」で、この2匹と2人は私たちの中にある単純さと複雑さを象徴している
私たちは、
スニッフのように、いち早くチャンスをかぎつけることもあるし、
スカリーのように、すぐさま行動を起こすこともあるし、
ヘムのように、いっそうまずいことになりやしないかと怯えて、変化を認めず、変化にさからうこともあるし、
ホーのように、もっといいことがあるに違いないと、うまく変化の波に乗ろうとすることもある
どのような行動をとろうと、私たちみんなに共通していることがある
迷路の中で、自分の道をみつけ、時代の変化の中で、望みを成就せねばならないということだ
² ケネス・ブランチャード博士による裏話 1998年
ジョンソンからこの「チーズ」の話を聞いたのはもう何年も前、彼との共著『1分間マネジャー』を書く前のこと
本書は、ある迷路で起こった出来事をめぐる物語で、登場人物はチーズを求める2匹と2人、このチーズは私たちが人生で求めるものを象徴している。迷路はチーズを追い求める場所を表す。このささやかな物語には仕事や結婚生活、暮らしを守る力がある
NBCテレビの人気キャスター、チャーリー・ジョーンズも、人気番組という「自分のチーズ」を上司に持っていかれたが、この物語を読んで、新しいことに挑戦したのが成功し、後にプロフットボールの栄誉殿堂入り(放送関係者部門)を果たした
私は、この物語の持つ力を確信している。「チーズ」は常にどこかへもっていかれ、消えている。絶え間ない変化に晒されて生きていると、ストレスが多いが、変化をどう捉えて理解すればいいか、その方法を会得していれば別
本書は3つの部分からなる
最初は「ある集まり」の場面。かつてのクラスメートが集まり、自分に起きた変化をどう受け止めているかを話す
次いで、「チーズはどこへ消えた?」の物語。鼠は単純なものの見方をするために変化に直面したときうまく対処しているが、小人たちは複雑な頭脳と人間らしい感情のために物事を複雑にしている。人間の方が頭がいいに決まっているが、物事が変化しているときは単純なやり方の方がいいことが分かる
3番目は「ディスカッション」の場面。この物語を仕事や生活の中でどう生かすかを話し合う
本書を繰り返し読んで欲しい。そのたびに新しくかつ有益なものを見出すはず。それによって変化に対応し、どのようなものであれ自分にとっての成功を収めて欲しい
² ある集まり シカゴで
かつてのクラスメート数人が高校のクラス会の後集まって、お互いの暮らしぶりについて語り合う。ほぼ全員が、ここ数年の思いがけない変化に何とか対処しようとしていたが、どうすればいいのか分からないでいると告白
² 物語 チーズはどこへ消えた?
ある国で、2匹のネズミ「スニッツ」と「スカリー」と2人の小人「ヘム」と「ホー」が、いつも迷路でチーズを探し回っていた。食料にするためと、幸せになるため
2匹のネズミはかじれる固いチーズを、小人は真のチーズをみつければ幸せになり、成功を味わうことが出来ると信じていた
ネズミは試行錯誤で探す。何もなかったところは覚えていて、常に新しい道へ進む。スニッフは匂いを頼りに、スカリーはただ遮二無二進む
小人の方は、過去の経験から得た教訓と思考による方法を取り、高度な方法を作り上げたが、強力な人間の信念と感情がものの見方を鈍らせ、迷路の中で生きるのが一層複雑で難しいものになった
それでも、4者はそれぞれのやり方で探していたものをみつけ、毎日通うことになる
小人たちは、チーズを自分たちのものと考え、チーズの近くに引っ越し、社会生活を送る
メモ1 チーズを手に入れれば幸せになれる
大量のチーズに安心しきって、知らないうちに何かが進行していることに気づかず
一方、ネズミの日課は変わらず、周囲の変化に気を配りながらチーズをかじった
ある朝、チーズがなくなっていた。ネズミは、毎日チーズが少なくなっているのに気づいていたので、いずれはと覚悟していたし、どうすればいいか本能でわかっていた。事態を詳しく分析などせずに、新しいチーズを探しに向かう
同日、チーズの場所に戻って来た小人たちにとっては青天の霹靂。「チーズがない」と大声を張り上げ、立ち尽くす。彼等にとってのチーズは平和であり、成功の象徴だったため、ただただうろうろする(ヘム・アンド・ホー)だけだった
メモ2 自分のチーズが大事であればあるほどそれにしがみつきたがる
ヘムは繰り返し事態を分析。ホーは、新しいチーズをみつけようと提案するが、ヘムは拒否して真相究明に固執。そのうちお互い疑心暗鬼になり、苛立ちが募る
ネズミは、また試行錯誤で新しい迷路の中でチーズを発見
小人たちは、時間がたっても何も状況が変わらないことに漸く気づき始め、ホーはまた新しいチーズを探しに出かけるが、ヘムは失敗を恐れて動こうとせず
メモ3 変わらなければ破滅することになる
ホーは、立ち上がったものの、先行きに不安いっぱい
メモ4 もし恐怖がなかったら何をするだろう?
ホーは、恐怖を振り払い、思い切って一歩を踏み出す。再びチャンスを掴むことが出来なかったら、すぐにそこを出て、変化に適応しよう。「遅れを取っても、何もしないよりいい」
ホーは、改めて、変化に備えることの重要性を悟り、変化を求めて、変化を本能的に感じ取り、それに適応する準備をしようと心掛ける
メモ5 常にチーズの匂いをかいでみること。そうすれば古くなったのに気がつく
ホーは、自分では恐怖を乗り越えたと思っていたが、チーズが見つからないまま衰弱した今、1人で進むのが怖かった
メモ6 新しい方向に進めば、新しいチーズが見つかる
恐怖で立ち竦みながら、もし恐怖がなければすることをしようと、新しい方向に進んで見ると、意外にも朧ながら、どんどん愉快な気持ちになっていく。恐怖から解放されたのだ
メモ7 恐怖を乗りこえれば楽な気持になる
恐怖がなくなると、想像以上に楽しくなるのが分かる
メモ8 まだ新しいチーズが見つかっていなくても、そのチーズを楽しんでいる自分を想像すればそれが実現する
ホーは、失ったものではなく手に入れるもののことを考え続ける。変化はもっといいものをもたらしてくれる
メモ9 古いチーズに早く見切りをつければ、それだけ早く新しいチーズが見つかる
ホーは、新しいチーズのかけらをみつけ、ヘムの所に持って帰ると、ヘムはまだ古いチーズに固執し、変える気はないと告げる
ホーは、恐怖から解放された以上に、自分を幸せにしてくれるのは、ただチーズを手に入れることだけではないと分る。新しい方向に進んだことで元気が出て力が湧いてきた
メモ10 チーズがないままでいるより、迷路に出て探した方が安全だ
人が恐れている事態は、実際は想像するほど悪くはない。心の中に作り上げた恐怖の方が、現実よりずっとひどい。変化を恐れたが、常に変化が起きるのは自然なことと分かった
メモ11 従来通りの考え方をしていては、新しいチーズは見つからない
新しい考えが新しい行動に駆り立てたことが分かって、ホーの行動は以前とは違っていた
人は、考えを変えると、行動が変わる。すべては、どう考えるかにかかっている
メモ12 新しいチーズをみつけることが出来、それを楽しむことが出来るとわかれば、人は進路を変える
新しいチーズをみつけ、味わっているところを思い描き、新しい地域へ進んで、やがて新しいチーズのかけらをみつけ、気力と自信を取り戻した
メモ13 早い時期に小さな変化に気づけば、やがて訪れる大きな変化にうまく適応できる
やがてホーは新しいチーズをみつけると、そこにはチーズで満腹のネズミたちがいた
自分が変わるには、自らの愚かさをあざ笑うこと。そうすれば見切りをつけ、前進できる
人生は常に単純。物事を簡潔に捉え、柔軟な態度で、素早く動くこと。問題を複雑にし過ぎないこと。恐ろしいことばかり考えて我を失ってはいけない。小さな変化に気づくこと。変化に早く適応すること。最大の障碍は自分自身の中にある、自分が変わらなければ好転しない
常に新しいチーズはどこかにある。恐怖を乗り越え、冒険を楽しむなら、報いはある
格言:
変化は起きる――チーズは常にもっていかれ、消える
変化を予期せよ――チーズが消えることに備えよ
変化を探知せよ――常にチーズの匂いをかいでいれば、古くなったのに気がつく
変化に素早く適応せよ――古いチーズを早く諦めれば、それだけ早く新しいチーズを楽しむことが出来る
変わろう――チーズと一緒に前進しよう
変化を楽しもう!――冒険を十分に味わい、新しいチーズの味を楽しもう!
進んで素早く変わり、再びそれを楽しもう――チーズは常に持っていかれる
² ディスカッション その夜
自分が登場した2匹と2人のどれに当てはまるのか、それぞれの体験を話し合う
訳者あとがき
著者のジョンソンは、ベストセラー「1分間マネジャー」などのビジネス書や寓話など数多くの作品を表し、多くの読者を獲得している。彼の作品は、多くの人々に「単純な真実に気付かせてくれ、それによって人は豊かでストレスの少ない健全な生活を享受することが出来る」と原書にある
本書も物語は単純で、4者4様の性格を持ち、それぞれの行動をするが、それは私たちみんなが持っている「単純さ」と「複雑さ」を象徴する
登場人物の名前はそれぞれ以下の意味を持ち、その人物を象徴するものとなっている
スニッフ――においをかぐ、~をかぎつける
スカリー ――急いで行く、素早く動く
ヘム――閉じ込める、取り囲む
ホー ――口ごもる、笑う
Wikipedia
『チーズはどこへ消えた?』(チーズはどこへきえた、英語原題:Who Moved My
Cheese?)は、アメリカ合衆国の医学博士・心理学者であるスペンサー・ジョンソン(英語版)が著した童話、ビジネス書[1]。
1998年にアメリカで出版される。2009年時点で全世界で累計2400万部[2]、2019年時点で2800万部を超えるベストセラーとなっている[3]。
日本版
日本では、2000年に扶桑社から訳書が発売された。ピーク時には1度の重版で50万部を増刷したこともあったが、それでも書店注文に生産が追い付かないほどだった[4]。2015年時点で累計400万部のロングセラーとなっている[5]。2020年12月現在では105刷・408万部[4]。
日本版出版に際しては、ハードカバーの本家・アメリカ版ではなく、軽いタッチのイギリス版が参考にされた[3]。挿画は、イラストレーターの長崎訓子が担当している[6]。マーケティングライターの牛窪恵は、「新しい価値観を探して行動を起こすことの大切さを教えてくれる本」と評価している[7]。
出版プロデューサーの平田静子によってプロデュースされる[8]。平田が「年末年始に企業のトップが訓示をするときのネタになる」と踏んで、上場企業100社の社長に手紙を添えて献本したところ、大手メーカーの社長が年始のあいさつで紹介したことで火が付いたという[8]。
関連作品
バターはどこへ溶けた?
2001年には、本作のパロディとされる『バターはどこへ溶けた?』(ディーン・リップルウッド著)が道出版より出版されている[9]。
チーズは探すな!
2011年には、本作を称えつつも、異論を唱える『チーズは探すな!』(ディーパック・マルホトラ著)がディスカヴァー・トゥエンティワンより出版されている[10]。
迷路の外には何がある?
著者のジョンソンは2017年に逝去したが、本作の続編原稿が残されていることが明らかになった[3]。『チーズはどこへ消えた?』本編で変化に対応できずに取り残された小人を主人公に据えた作品で、日本では2019年に『迷路の外には何がある?』の題で扶桑社から出版された[3]。
「チーズはどこへ消えた?」ビジネス寓話から学べること
2022.11.15 森 健太郎/ボストン コンサルティング グループ シニア・アド...
せっかく見つけた大量のチーズが、ある日突然消えてしまう。突然の「変化」にどう対応するのか――。世界的なベストセラー『 チーズはどこへ消えた? 』(スペンサー・ジョンソン著/門田美鈴訳/扶桑社)から学べることを、ボストン コンサルティング
グループ(BCG)の森健太郎さんが解説。今回は、その他の関連するビジネス寓話(ぐうわ)も紹介します。『 ビジネスの名著を読む〔リーダーシップ編〕 』(日本経済新聞出版)から抜粋。
突然消えた大量のチーズ
『チーズはどこへ消えた?』(原題 Who Moved My Cheese?)は、世界で2800万部販売されたベストセラーです。書店で変わったタイトルに目を引かれた読者も多いことでしょう。「ビジネス寓話(ぐうわ)」の代表作ですが、その独特な形式もあって好き嫌いが分かれるところです。
著者のスペンサー・ジョンソンは心理学者で、『1分間マネジャー』(ダイヤモンド社)の共著者としても知られています。
昔、あるところに2匹のネズミと2人の小人が住んでいました。彼らは毎日、巨大な迷路でチーズを探し回っていました。チーズは企業や人生における成功や幸せ、迷路は企業や人生を取り巻く環境の象徴です。
彼らは毎朝早起きして、ランニングシューズを履いて、勤勉にチーズを探します。ネズミはシンプルながら、抜群のフットワークを生かしたトライ・アンド・エラーのアプローチで、対する小人は持ち前の頭脳を生かした知性と分析力で挑みます。
ある日、ネズミと小人はそれぞれ独自のやり方で、C区画に大量のチーズを見つけます。これまでに見たことのない大量のチーズでした。
それから毎日、ネズミと小人はC区画に通ってはチーズを満喫します。大量のチーズに囲まれ、夢のような生活でした。それは永遠に続くようにさえ思われました。
ところが、その大量のチーズがある日突然消えてしまうのです。突然の「変化」にネズミと小人はどう対応するのでしょうか。ネズミが「チーズはなくなってしまったのだから、早く次の場所を探そう!」と走り出すのに対して、知性が高いはずの小人の方は事実を直視できず、C区画にしがみついてしまうのです。
小人が(私たち個々人や企業が)、なぜ変化を素直に受け入れないのか、最終的にどのように変化に対応していくのか。ネズミと小人の物語を追いながら、考察したいと思います。
たった1分間でできる3つのこと
『チーズはどこへ消えた?』の中身については次回からじっくり読み進めていくとして、その前に同書に関連するビジネス寓話を2冊ほどご紹介したいと思います。
まずは、ジョンソンの著作からもう1冊。『1分間マネジャー』(原題 One Minute Manager)は、世界中で1300万部の販売を誇るベストセラーです。世の中のマネジャーは得てして「結果は出すが、部下がついてこない」タイプか、「部下には優しいが、結果が出ない」タイプかのどちらかに分かれます。そんな中で「結果も出し、部下もついてくる」究極のマネジャーを探し求める若き青年の前に突如現れたのが、その名も「1分間マネジャー(One
Minute Manager)」でした。
その秘訣は、意外にも「たった1分間」でできる、次の3つのことを実践するという、極めてシンプルなものでした。
(1)1分間目標設定(One Minute Goals)
(2)1分間称賛法(One Minute Praisings)
(3)1分間叱責法(One Minute Reprimands)
シンプルさゆえにいろいろと批判も多いようですが、あえてたった3つに絞り込んだ潔さが、本書の魅力と言えましょう。あれもこれも実践するのは難しいですから。恥ずかしながら、これらすら実践できていない私にとっては、いずれも耳が痛い身にしみる内容です。
部下は目標をわかっていない
1分間目標設定は、自分の部下が達成すべき目標(ゴール)を、250語(1分間で読めるくらいの分量)以内に簡潔に記して、部下と共有するというものです。部下というものは意外と、最終的に何を達成すればよいのかよくわからないまま、言われた作業をとりあえずやっていることが多いもの。「20対80のルール」に従って、8割の成果を生み出す2割の重要な目標に絞って設定することが重要です。
1分間称賛法は、まず、部下をほめること。部下を持っていらっしゃる方、「今日、部下をほめましたか」。私も日々反省です。部下の正しい行動に対して、時間をおかずに、具体的にほめるのがポイント。特に部下が新たなプロジェクトに取り組み始めた時や、新しく異動してきた時などは、新しいチャレンジを前に不安な気持ちでいっぱいです。そんな時こそ、普段よりも注意深く部下を観察し、よい点をほめてあげましょう。
1分間叱責法も直ちに、具体的に伝えることがポイントです。その際、あくまでも、今後改めるべき部下の具体的な行動に言及するのであって、部下の人格や性格を否定しないこと。最後は、部下に期待しているということを伝えて、「これで、おしまい!」とする。
シンプルだけど難しい、いや、シンプルで本質を突いているからこそ難しいのでしょうね。
続きを読む 1/2困難を乗り切る8つのステップ
森 健太郎
ボストン コンサルティング
グループ シニア・アドバイザー
ケンブリッジ大学物理学部卒業。外資系コンサルティングファームを経てボストン
コンサルティング グループ(BCG)に入社。2021年末までマネージング・ディレクター&シニア・パートナーを務めた後、現職。流通、消費財、サービス、交通・運輸などの業界の企業に対し、長期ビジョン・中期経営計画策定、デジタルトランスフォーメーション、新規事業立ち上げ、オペレーション改革などの支援
「チーズはどこへ消えた?」はなぜ売れた? 平成のベストセラー、著者が書き残した続編が登場
文:大嶋辰男 コラージュ:前川明子
2000年に発売されたビジネス書『チーズはどこへ消えた?』(扶桑社)。100ページ足らずの薄さ、軽やかなタイトル、寓話形式で変化への対応の重要性をやさしく説いた同書はミリオンセラーになり、「日本のビジネス書の歴史を変えた」といわれた。そして、今回、17年に他界した著者のスペンサー・ジョンソンさんが書き残していた続編『迷路の外には何がある?』(同)が発売されることになった。初代編集者と今回発売される続編の編集者に、それぞれお話をうかがった。
冨田健太郎(とみた・けんたろう)『チーズはどこへ消えた?』編集担当
1966年生まれ。筑波大学卒業後、早川書房に入社。96年より扶桑社で翻訳出版にたずさわり、リチャード・レイモン/大森望訳『殺戮の〈野獣館〉』、ジム・トンプスン/三川基好訳『ポップ1280』、アーヴィング・ウォーレス/宇野利泰訳『イエスの古文書』、ディーン・クーンツ/風間賢二訳『チックタック』などのミステリーやホラー、マーク・カーランスキー/山本光伸訳『「塩」の世界史』などのノンフィクションを担当。その後、法務担当を経て2016年より電子出版と海外へのライセンス業務を担当している。
吉田淳(よしだ・じゅん)『迷路の外には何がある?』編集担当
1972年生まれ。東京大学卒業後、扶桑社に入社。販売部を経て、99年より書籍編集部に配属。最初の仕事が西尾幹二『国民の歴史』のサブ担当。2005年より翻訳出版に携わり、主に扶桑社海外文庫を担当。担当作品にスティーヴン・ハンターの諸作品のほか、ギジェルモ・マルティネス/和泉圭亮訳『オックスフォード連続殺人』、ポリーナ・シモンズ/富永和子訳『青銅の騎士』シリーズ、レオ・ブルース/小林晋訳『ミンコット荘に死す』など。最新担当作はドゥエイン・スウィアジンスキー/公手成幸訳『カナリアはさえずる』。
最初に『チーズはどこへ消えた?』の担当編集者の冨田健太郎さんにお話を聞いた。
――チーズはどこへ消えるのか、と思っていましたが、発売から20年たったいまもこの本は売れ続けています。
毎年、増刷しています。日本国内では88刷、累計400万部、世界では2800万部売れています。最近は大リーガーの大谷翔平選手が愛読書にあげたのがきっかけで売れています。
――薄いページ数、小ぶりな判型、軽いタッチのイラストと斬新なタイトル、寓話形式の記述……斬新なビジネス書は社会現象になりました。この本をマネした本がたくさん出版されました。編集者として狙っていたのでしょうか。
いいえ。そもそも私は海外ミステリーがメインの翻訳本の編集者で、ビジネス書を作ったことがありませんでした。扶桑社にとっても、この本が実質的に初めてのビジネス書でしたので、ビジネス書を作るノウハウもありませんでした。
――なぜ御社が出版することになったのですか。
著者のジョンソン氏は日本でもベストセラーになった『1分間マネジャー』をはじめ多くの著書があります。それまで彼が書いたビジネス書は他の出版社から出ていましたが、本作はあまりにビジネス書らしくない寓話だったのでその版元さんが二の足を踏まれたそうです。それで扶桑社が契約できました。
――最初に著者が書いた原稿と、実際、本になった原稿はかなり違うそうですね。
「米国で売れている」「さあ、本を作ろう」となったとき、著者からびっしり赤字が入ったゲラが送られてきました。米国で増刷するときに書き換えたから、こちらの原稿を使ってくれというのです。内容は大胆に変わっていました。驚きましたが、著者のジョンソン氏は講演や研修の反応を見たり、自分が思いついたことや考えたことがあったりすると、どんどん講演の内容や原稿を変えて進化させていくスタイルの持ち主だったと思います。出版のあとに内容をこれほど書き換えるのは異例です。ベストセラーになっていたため許された面もあるでしょうが、それが著者のスタンスなのでしょう。
――それまでのビジネス書のイメージを打ち破るユニークな体裁はどのようにして生まれたのですか。
その頃、翻訳書は厚みがあって、読みがいのある本が求められると思われていました。特に翻訳書はそんな傾向が強かったんですね。でも、『チーズ』は、そもそもが100ページに満たないのですから、物理的にもどうすることもできません。米国で出版した本は薄くてもハードカバーで教科書みたいな硬いイメージのつくりになっていましたが、英国で出版された本を見ると軽いタッチのつくりになっていました。そこで、とにかく薄い本だし、手に取りやすいものを作ろうと、英国版の本を参考にしました。
――編集者としての「迷い」はなかったんですか。
デザイン担当の社員と相談し、迷路の中の話なのでポップなつくりにすることになりました。彼の推薦でイラストレーターの長崎訓子さんにカバー・イラストを頼むことになり、依頼しに行った際、ちょうど見本ができていたのが、ロバート・トヨサキさんが書いた『金持ち父さん、貧乏父さん』でした。寓話形式のビジネス書なので、編集作業は迷いましたね。「こういう作り方の本で大丈夫だろうか?」「日本の読者に受け入れられるんだろうか?」と。
――一方、販売担当の社員たちは発売前から盛り上がっていたそうですね。
ゲラを読んだ書店営業の社員たちがこの本の良さを見きわめてくれて、積極的に動きだしたんです。編集のわたしより、他の社員たちの方が盛り上がっていたと思います。
――そして、発売すると売れた……。
米国でヒットしていたので、発売前に、外資系企業から「研修で使いたい。まとめ買いしたんだけど」といった内容の問い合わせが来ていました。ビジネスパーソンに爆発的に売れたのは、当時のソニーのCEOだった出井伸之さんが、社員に薦めたのがきっかけです。米国で話題になっていることはもちろん、ご存じだったと思いますが、これで火がつきました。販売担当からは「ソニーの社員が書店に来てみんな『チーズ』『チーズ』と言っている」といった話も入ってきたりしました。『会社四季報』を見て、名だたる企業に見本を送ったりもしました。
――その後、この本は高齢者から子どもまで老若男女問わず読まれました。「ビジネス書」というよりも「生き方の指南書」みたいな感じで広がりました。一般読者に広がったきっかけはなんでしょう?
関連会社のフジテレビさんの影響力が大きかったですね。読者の中に「この本を読んで考え方が変わった」という主婦の方がいて、その声がワイドショー紹介されたんですね。そこから一気に女性層に広がりました。
――販売面でも工夫したそうですね。
当初はビジネスパーソンに向けて「この本があなたのビジネスを変える」とうたいましたが、ターゲット層を変えて、本の帯のコピーも「あなたの人生を変える」に修正しました。新入社員に向けたコピーをつけたこともあります。
――記録的なヒットになります。当時、社内の様子はどんな感じでしたか。
編集部ではわかりませんでしたが、書店営業の部署は大騒ぎだったようです。書店さんから絶えず電話が販売担当にかかってきていたそうです。半年間で300万部になりました。もう担当編集者の手を離れた感じでした。
――いま読んでも新鮮な内容ですね。迷路にあった大切なもの(チーズ)がなくなるという突然の「変化」に、ある者は状況を変えようと迷路を飛び出し、ある者はそのまま迷路に残って現状を維持しようとする。本が発売された頃は、日本もバブル経済が崩壊する直前で大きな「変化」の兆しが見えていました。
政治の世界は森喜朗首相の時期で、いろいろなことがうまく回らなくなり、閉塞感が漂っていました。その後、小泉純一郎さんが首相になり、「小泉劇場」が始まりました。
――著者のジョンソンさんは、生前、日本に来ています。
本がヒットしてだいぶ経ってからです。彼が世界旅行の途中、二人の息子さんを連れて日本に立ち寄ったんです。そのとき箱根にご案内しました。興味津々に足湯を楽しむなど、何事にも積極的な姿が印象的でした。とても穏やかで優しい人柄でしたね。もともと彼はビジネス書を書く前は、子供たちに向けてリンカーンやエジソンなどの偉人の生涯と教えをわかりやすく書いていた児童書の作家でした。寓話形式でやさしく、大切なことを伝えようとした『チーズ』にも、そんな彼の人柄があふれていると思います。
――20年前、『チーズ』を読んで感動したのに、変化に飛び込まなかった自分を恥じております。もう一度読み直さないと(笑)。本日はありがとうございました。
……というわけで、ここでバトンタッチ。『チーズ』の続編『迷路の外には何がある?』の担当編集者の吉田さんに話を聞きます。
――吉田さんは『チーズ』が出版された当時は何をしていたのですか。
はい。まだ編集部に配属されて2年目の頃でした。『チーズ』のゲラを見て「これは面白い」「売れるかも」と思いました。短いストーリーで読みやすかったし、話も面白い。タイトルのつけ方や装丁も「おや」と思わせましたし。販売の人間と言っていたんですよ。「2万部いくんじゃないか??」って(笑)。
――新入社員として、どのような思いでヒットを見ていましたか?
ただ、うちは絶好調だったんですね。『チーズ』の前にもフジテレビの人気番組を書籍化した「ビストロスマップ」のレシピ本や「新しい歴史教科書を作る会」の会長だった西尾幹二さんの『国民の歴史』がベストセラーになっていました。そんなところに『チーズ』も売れて……あの頃はボーナスもびっくりするくらい出ていましたからね。
――今回、続編である『迷路の外には何がある?』が出版された経緯は?
ジョンソン氏は2017年に亡くなりましたが、翌年になって『チーズ』の続編の遺稿があると翻訳エージェントから連絡が入りました。もちろんあれだけ売れた、『チーズ』の続編ですから、「この本の版権は絶対にうちが抑えないと」と社内は色めきましたよ。
――正直に言うと、続編を読んでホッとしました。主人公は『チーズ』に出てくる「ヘム」です。チーズがなくなったという突然の「変化」に対応できず、迷路の中に残った小人です。
変化に対応できず、動くことができなかった主人公のヘムは「負け組」のように見えたかもしれません。でも、実は変化を前にして動ける人はそんなに多くありませんし、その時に動けなかったからといって全部ダメというわけでもありません。「これは私の話だ」と思って読んでくれる読者はたくさんいると思います。多くの気づきを得て、変化していくヘムの姿もよく書けています。
――この20年間で、私たちが生きている世界は、さらに大きな変化が起きています。グローバル化とインターネットの発達で生活もビジネスも劇的に変化しています。そこにAI(人工知能)の発達が加わり、世界の風景が一変しようとしています。
1冊目の『チーズ』は変化にどう対応するか、をテーマにしていましたが、続編の『迷路の外には何がある?』は変化に対して行動できなかった人はなぜ動けなかったのか、どうしたら動けるようになるのか、をやさしく説いています。人は自分が真実だと思っている「信念」に基づいて行動しますが、その信念が人を囚われの身としてしまうこともある。では、行動するために、私たちはどうしたら自分が執着している考えを変えることができるのか……詳しいことは本を買って読んでいただくとして(笑)、私たちが生きている世界ではパラダイムシフトは繰り返し起きています。『チーズ』と一緒に併読していただけたら、より深く理解していただけると思います。実際、『チーズ』からまずは買ってくれる読者の方もけっこういらっしゃるのではないかと。
――なるほど。ビジネス書というと「弱肉強食」のイメージがありますが、この本は「敗者復活戦」なんですね。本の中には、がんになったジョンソン氏が病魔に対してあてて書いたメッセージも収録されていますね。その中でジョンソン氏は病気になったことで考えが変わった、病に感謝する……と述べています。
寓話の最後に出てくる標語は「それをほかの人たちにも伝えてほしい」というものです。ジョンソン氏は自分が書くもので人をラクにさせたいと思っていたそうです。うまく行動できた人も、行動できなかった人に対しても、そのまなざしは一貫していて変わりません。本の編集をしていて、あらためて利他的な人柄が偲ばれました。ジョンソン氏が最後に残したこの本は、ぜひ前作以上に多くの人に読んでいただきたいと思います。内容には自信があります。
――『チーズ』があれだけ売れたので、続編の担当編集者としてプレッシャーもあるのでは?
発売時にかなりの部数を刷りますから、プレッシャーはないといったらうそになります。あれだけ売れた『チーズ』の続編がはたしてどれくらい売れるのか、みなさん、興味津々に見ていますし。書店さんからの期待も高まっていますが、出版界を取り巻く環境も激変していますからね。内容に自信はありますが、正直に言うと、おっかなびっくりという感じもあります。
――社内には『迷路の外には何がある?』を売るためのプロジェクトチームも立ち上がっているそうですね。
編集、販売、宣伝といろいろな部署から10数人のメンバーが集められています。こうなってくると、担当編集者の一存でどうのこうの、いうレベルの話ではありません(笑)。
――失礼ながら、万が一、売れなかったら?
そのときはそのとき、しっかり現実を受けとめたうえで、また、がんばっていきます。
――「変化」には柔軟に対応しないと、ですね。ありがとうございました。
「好書好日」掲載記事から
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インフォメーションスペンサー・ジョンソン
作家、医師、心理学者。医療関係者として心臓ペースメーカーの開発にも携わる。『1分間マネジャー』『1分間意志決定』など多数のビジネス書を発表、企業やシンクタンクでビジネスパーソンの指導にあたる。2017年7月、膵臓がんに伴う合併症のため、78歳で死去。
大嶋辰男(おおしまたつお)編集者・ライター
1964年生まれ。「週刊朝日」「AERA」で週刊誌記者、文化くらし報道部で新聞記者を経て、現在、朝日新聞社
総合プロデュース室のシニアエディターをつとめる。
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