言語学バーリ・トゥード Round 1 川添愛 2024.11.8.
2024.11.8. 言語学バーリ・トゥード Round 1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか
著者 川添愛 1973年生まれ。作家。九州大学文学部卒業、同大大学院にて博士号(文学)取得。2008年、津田塾大学女性研究者支援センター特任准教授、12年~16年国立情報学研究所社会共有知研究センター特任准教授。専門は言語学、自然言語処理(統語論、意味論)。数年前からフリーで執筆に従事。訳あって人工知能の分野にもいたことがある。プロレス好き。実績・著書に『白と黒のとびら』『精霊の箱』『自動人形の城』『働きたくないイタチと言葉がわかるロボット』『コンピュータ、どうやってつくったんですか?』『数の女王』『ふだん使いの言語学』など
発行日 2021.7.21. 初版 2021.10.20. 第6刷
発行所 東京大学出版会
同著者の『24-10 世にもあいまいなことばの秘密』参照
この本を手に取ってくださった皆様へ
言葉というのは、文脈がはっきりしないと適切に理解できない代物
本書に収録されているのは、東京大学出版会のPR誌『UP(ユーピー:University Press)』2018.4.~20.1.まで3カ月ごとに掲載された12回と、今回書下ろしの4回の計16回分
第1章
「こんばんは事件」の謎に迫る (初出『UP』2018年4月号)
プロレスの歴史で一番有名な「あいさつ」は、1981年に猪木の新日本プロレスに殴り込みをかけた国際プロレスのラッシャー木村とアニマル浜口が、リングに上がってマイクを渡され最初に発した挨拶が「こんばんは」で、一触即発ムードの中で固唾を吞んで見守る会場のファンは全員失笑しずっこけた
挨拶とは、「相手に対する敵意のなさを表す」と同時に、「(急激な変化ではない)通常モードであなたに接する」ということをアピールし、相手を不用意に驚かせないよう配慮すること
第2章
AIは「「絶対に押すなよ」を理解できるか (初出『UP』2018年7月号)
コミュニケーションにおいて私たちが他人に伝えたいと思う内容が「意図」で、文そのものが表す内容を「意味」といい区別する――上島の「絶対に押すなよ!」は意図と意味が正反対
「意味と意図のずれ」は混乱の種になるが、話し手と聞き手の間での了解さえあれば、それを逆手にとって利用することも出来る→「合い言葉」
AIにいくら言葉そのものの意味を教えても、それだけでは意図をきちんと推測するためには不十分――曖昧な文から相手の意図を推測するとき、私たちが使うのは常識だったり、その場面や相手や文化に関する知識だったり、それまでの文脈だったりする
第3章
注文(ちゅうぶん)が多めの謝罪文 (初出『UP』2018年10月号)
本書標題の「バーリ・トゥード」についての説明がないというクレームへの謝罪文
専門用語や固有名詞をそのまま何もつけずに「裸で」言い、特に補足説明もしない場合、「それが自分と相手の共通の知識の中に含まれている」という話し手の思いが表面化する
相手の知識状態が分からないときに、知っているか知らないかのどちらに賭けた方がリスクが少ないかという判断に迫られる――知っている方に賭けて外れたら「不親切or無配慮」と思われる危険があり、知らない方に賭けて余計な説明を付け加えて言うと、知っている人から見れば、こっちが相手の知識を低く見積もっていることがバレバレ
文章を書く場合は、文中では特に説明せず、注を利用して詳しい説明をすればどちらの読者にも対応できる
第4章
恋人{は/が}サンタクロース? (初出『UP』2019年1月号)
「A{は/が}B」という形で、かつA及びBが名詞(句)であるような文は「コピュラ文」と呼ばれ、「AはB」が一般的で、「AがB」はレア
「は」は旧情報に付き、「が」は新情報に付く――「は」が付いたものは文脈の中ですでに表れている
「が」の場合、「AとBは同一のもの」という解釈と「AがBという役割を持っている」という解釈が成り立つが、「は」の場合、「BがAという役割を担っている」という意味になる
第5章
違う、そうじゃない (初出『UP』2019年4月号)
言語学という学問に対する世間的なイメージが、実際とかなりずれている
その1 外国語に堪能だと思われる――言語調査においてはその言語の話者と基本的なコミュニケーションをとるために「共通語」が必要だが、だからといってすべての言語学者が何か国語にも堪能だということにはならない
その2 言葉のセンスがあると思われる――言葉を操るセンスは言語学とは無関係
その3 誤用や言葉の乱れに厳しいと思われる――言語学は「正しい言葉の使い方」を研究する学問ではなく、言語学の対象としての言語には「規範」は存在しない
第6章
宇宙人の言葉 (初出『UP』2019年7月号)
生成文法理論の生みの親チョムスキーは、「普遍文法」というタイトルで、「火星人の言語も地球人の言語とさほど変わらないかもしれない」と発言
第7章
一般化し過ぎる私たち (初出『UP』2019年10月号)
「言葉の事故」の1つとして「過剰一般化」がある
「一般化」とは、限られた数の観察から、現象の全体像や法則性を導き出す行為
人間には、「少ない事例について分かったことを似たもの全体に結び付けようとする」という認知的なバイアスがあり、素早く物事を学ぶのに役立っている
「大きな主語(裸名詞)」を使って「AはB」(猫はマタタビを好む)の形をした文で一般化を図ると、「AはすべてBである」かのような過剰一般化が起こりやすく、述語の意味するものが「性質」か「状態」かによっても主語のカバーする範囲が変わってくる
「みんな」や「全員」の文脈――過剰一般化を言語化する上でメジャーな部品なのに雑に使われる。冗談のつもりで言っても、全ての人が冗談が通じる文脈の上にいるとは限らない
自分の思っていることや感じていることには、意外と一貫性がなく、矛盾も多いので、誰が見ているかもわからない場所で、思いつきをすぐ口に出すのは危険
第8章
たったひとつの冴えたAnswer (初出『UP』2020年1月号)
最もリアクションに困るのは、「他人が自虐的なことを言ったとき」で、話し手の「否定してほしい」願望にどこまで応えるのか、話し手の「理想の高さ自慢」や「客観性を失わないワタシ自慢」が含まれていたりするので要注意
GLAYが最上級にリスペクトしていた氷室京介とのコラボ曲《Answer》のプロモ-ションの対話で、氷室がGKAYのヴォーカルTERUに「君はいい声だよね、俺はいい声じゃない」といったのに対し、TERUは「氷室さんの声は聞いただけで氷室さんの顔が浮かぶ、僕はそれが大切だと思う」と答え、氷室は一瞬頷いた。相手が持ち出してきた「否定も肯定もしづらい評価軸」に対して、また別の新たな評価軸を提示してみせた反応に氷室も同感した
TERUの対人スキルはハンパないが、そういう表層的なものより大切なのは「心」の持ち方
第9章
本当は怖い「前提」の噺 (初出『UP』2020年4月号)
自然科学の中にも、役に立つ半面、人を傷つける兵器を作るのに使わる知識がある
意味論における「前提presupposition」とは、文の意味の分類の1つ。文から直接かつ論理的に導き出される内容は「含意entailment」と「前提」に分けられる。「含意」とは「その文によって主張されている内容」であり、「前提」とは「その文を適切に発するために、事前に成り立っていなくてはならない内容」。「含意」は主役で「前提」は背景。「前提」には「文全体を否定したり疑問文にしたりしても、事実であることが揺るがない」という特徴がある
「なぜ」や「いつ」などを含む疑問文は「前提」を伴う表現・構文の一例
前提の危険な使われ方の典型が誘導尋問――否定しても回答に躊躇しても、前提を認めたことになり兼ねない
「言語学は儲かる!」より「なぜ言語学は儲かるのか?」のタイトルの方が本は売れる
第10章
チェコ語、始めました (初出『UP』2020年7月号)
コロナで籠っている時間を利用してチェコ語の勉強を始めるが難解
第11章
あたらしい娯楽を考える (初出『UP』2020年10月号)
『散歩の達人』という雑誌の2020年6月号「ご近所さんぽを楽しむ15の方法」が面白い
一見退屈でつまらない日常の中にも面白いものはたくさんあり、気の持ち方次第で楽しみを見つけられる。同じような目線で「変な文探し」をやるのは娯楽にならないか
「カワイイはつくれる!」(花王)
「遠い国の女の子の、私は親になりました」(プラン・インターナショナル)
「パンにおいしい」(よつ葉バター)――「地球に優しい」とは異なるが、「ご飯においしい佃煮」は普通にいう
第12章
ニセ英語の世界 (初出『UP』2021年1月号)
「メークドラマ=大逆転劇」「ミートグッバイ=肉離れ」
英語的な表現がキャラ付けに使われる――「ステイホーム週間」は都知事の「キャラ演出」
「虫のインフォメーション=虫の知らせ」「藪からスティック=藪から棒」(ルー大柴語)
外国映画のタイトルを邦訳すべきか否か――アクション系はカタカナ、ヒューマンドラマ系は日本語という傾向があるが、カタカナにはニセ英語がある(「怒りのデス・ロード」)
第13章
ドラゴンという名の現象(フェノメノン) (書下ろし)
藤波のニックネームは「ドラゴン」で、彼の技の名前の多くには「ドラゴン」が付くが、技以外にも彼の行動を「ドラゴン何とか」と呼ぶケースが多いが、愛されキャラを反映
第14章
ことば地獄めぐり (書下ろし)
最近『ふだん使いの言語学「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』を出版
「米を洗う」――本来は「研(と)ぐ」だが、玄米は必ずしも研がなくてよく流水で「洗う」ため、生活習慣によって言葉の使い方が異なることがある
「太郎に英語が出来る」――「太郎が英語をできる」の方が自然と感じる人も多い
ことばについての争いが多く、対立がどんどんエスカレートしている → 言葉は地獄
言葉に対する立場としてはダブスタで、自分は他人にマウントを取りたいが、自分にマウントを取ってくる奴は許せない
理論言語学では言葉を自然現象として見るので、「誤用」や「言葉の乱れ」が広まって定着したりするのも自然な変化だと考える。「広まってしまえば認めざるを得ない」側面がある
「言い回し」レベルの「正しい日本語」というのは、実体のないあやふやなものだと言える
私たちが言葉に対して「自然さ」や「不自然さ」を感じることは事実であり、理論言語学が観察する主な対象はその「自然さ・不自然さ」であり、「正しい日本語」自体確定は困難
第15章
記憶に残る理由 (書下ろし)
「メロディに乗せる」というのは、言葉や数字の列なんかを記憶に残すのに役立つ
言葉が記憶に残る要因はいろいろだが、ポイントは、言葉とそれ以外のもの(印象的な音楽、有名な何か、歴史的な出来事など)を如何に強く結びつけるかという点にある
第16章
草が生えた瞬間 (書下ろし)
「なくて七癖」というように誰にも癖はあり、書き言葉も、癖が表面化しやすい側面の1つ
よく指摘されるのが、「カギカッコの多さ」――普通、その対象は、話し言葉や他人の言葉の引用、強調したい言葉に加え、言葉に「文字通りではない特別な意味」があることを仄めかす場合など
文の末尾に3点リーダー「…」は、語尾をぼかす時によく使われるが、使い過ぎは禁物
「笑」の簡略版が「w」、それを連ねた「wwwww」がそのヴィジュアル感から「草が生えている」と形容されるようになり、現在「草生える」「草」が笑いの代名詞として使われている
草関連の表現は、「草不可避」「草原」「大草原」「芝」「草オブ草」「おハーブが生えますわ」など
東京大学出版会 ホームページ
Round 1
読むなよ、絶対に読むなよ!
ラッシャー木村の「こんばんは」に、なぜファンはズッコケたのか。ユーミンの名曲を、なぜ「恋人はサンタクロース」と勘違いしてしまうのか。日常にある言語学の話題を、ユーモアあふれる巧みな文章で綴る。著者の新たな境地、抱腹絶倒必至!
【東京大学出版会創立70周年記念出版】
言語学バーリ・トゥード 川添愛著
思考の過程も活字で見せる
2021年9月25日 日本経済新聞
この本は、抜群におもしろい。
(東京大学出版会・1870円) かわぞえ・あい 73年生まれ。専門は言語学、自然言語処理。著書に『ヒトの言葉 機械の言葉』『ふだん使いの言語学』など。
いきなり筆者基準の「おもしろい」という曖昧な情報をわざわざ書くのにはわけがある。言語学や日本語学に携わる最末端の人間として私見を述べることをお許しいただけるのであれば、言語に関する書籍というのは、専門性の高いもの、あるいは専門性の高いことを簡潔で平易に説明するもの、そして「正しいか間違っているか」という規範(ほぼ幻想)を求められるものが大半である。順に単価のそこそこ高い単行本、新書、ムックという形で世に出ていて、内容が興味深くて面白いものはあるけれど、思わず笑ってしまうという意味での「おもしろい」本は皆無といっていい。エッセー風の軽妙な文章で言葉について考える書籍はすでにファンの多い大御所の先生が書くことはあるが、決して笑っちゃう読み物ではない。
ところがこの本は、研究者としてはまだ若手といっていい年齢の川添さんが(読者のなかには『数の女王』の著者として認識している方もいるかもしれない)、身の回りで目にしたり耳にしたりする言語現象をキッカケとして、言語学のこれまでの知見をするすると紹介するという形をとっている。当然、これまで川添さんが生きてきたなかで触れてきたプロレス、ゲームや芸能ネタ、歌詞などが随所に出てくるのだが、これらをご存じなくても存分に楽しめる闇鍋的なエッセーにまとまっている。
ユーミンの『恋人がサンタクロース』はなぜ『恋人はサンタクロース』ではないのか。日本語教育でも「は/が」の問題は、一筋縄ではいかない事項のひとつだ。この問題をとりあげて、川添さんはいきなり結論にはいかない。言語学者としてどう考えたのか、その思考のプロセスを活字化してくれる。専門家は理路整然と結論に向けて語り、考えた時間や思考の過程を説明してはくれないものだが、川添さんはちゃんと寄り道した跡を書いてくれる。人間味がある文章なのだ。だから楽しい。
16のトピックからなる思考の小旅行。専門家でありながら、アカデミアに染まりきらずに少し外側にはみ出した人だからこそ見える諸問題は、どんな人にでも届く力を持っている。ちなみに「バーリ・トゥード」の意味は知らなくても大丈夫です。
《評》漫才師 サンキュータツオ
(売れてる本)『言語学バーリ・トゥード Round 1』 川添愛〈著〉
2022年5月7日 朝日
■「こんばんは」の衝撃と文脈
本書は言語学エッセイの体裁を持つ自称「バカ話」で、過剰なほどプロレスに触れている。本紙から書評を依頼されたのは、1981年9月23日のラッシャー木村「こんばんは」事件を田園コロシアムで目撃したり、格闘競技のバーリ・トゥードを北米に移植したアルティメット第2回大会を94年にデンバーで観戦したからだろう。
本書が売れている理由は、近代言語学の祖であるソシュールの所説を「能記(注。音声や文字)と所記(意味内容)の間は恣意的で、特別な関係はナッシング」と要約するキレや、コロナ感染症がコロナビールの風評被害をもたらしたのかを探るといった連想の妙にあると思う。
アントニオ猪木の元に「突然の殴り込み」を掛けたラッシャー木村が「こんばんは」と挨拶し観客をズッコケさせた件は、挨拶は相手を驚かさないためにあり、敵に投げかけるのは不適切と診断されている。
挨拶の一般論はそうだろう。けれども本書冒頭にある通り、「言葉の理解のために、文脈の理解は不可欠」である。文脈が示されなければ木村発言の衝撃は伝わらない。
当時、善玉の日本人対悪役の外国人という定型化された役割分担は飽きられていた。それに対し猪木は言葉で煽って筋書きを展開するという技術革新に取り組んだ。新日本プロレス人気は沸騰、木村の国際プロレスは直前の9月中旬までに崩壊した。それだけに満場の観客は国際のエース木村に過激な言葉を期待した。「人気だけのくせに何がストロングスタイルだ!」といった挑発である。そこに飛び出したのが善玉然としたご挨拶だった。「だから倒産したのか」と納得させられた。
著者は一日のほとんどの会話を自分の脳内で完結させているといい、それゆえか文脈が指示されない。文脈は、他者への期待や失望に彩られる。付言すれば後年、木村は木訥(ぼくとつ)としたマイクで名脇役となった。それも予想を裏切る展開であった。
松原隆一郎(放送大学教授)
*
『言語学バーリ・トゥード Round
1 AIは「絶対に押すなよ」を理解できるか』 川添愛〈著〉
*
東京大学出版会・1870円=6刷2万1千部。2021年7月刊。「紀伊国屋じんぶん大賞2022」第3位。担当編集者は「今後はプロレスファンにもかみついてほしい」。
言語学、ポケモン・ラップで
キャラクター名や若者の言葉を分析2022年8月23日 日本経済新聞
言葉は日常的な存在でも、学問の「言語学」となると、とたんに難しく感じられる。だが最近、キャラクターの名前や若者言葉といった身近な題材の研究が一般の注目を集めている。
2021年11月、ある論文を紹介したツイートが話題になった。バズったのは「ポケモン言語学」。慶応大学言語文化研究所の川原繁人教授が提唱し、国際共同研究も進められている。川原教授の専門は音声学で、特に音と意味の結びつきについて研究。16年に「ポケモンGO」が流行した際、学生から「ポケモンの進化と名前の濁音には相関がある」という仮説が出され、検証が始まった。
名前を調べると「ゴースト」→「ゲンガー」など、進化後に重く、強くなると濁音が増えることが統計的に実証できた。さらに実際には登場しない架空のポケモンの進化前と後のイラストと名前のペアを示し、どの組み合わせがふさわしいかを日本語話者に判断してもらう実験をした。すると子供も大人も、濁音を含む名前を進化後とみなす傾向にあった。
濁音、強大さ表す
論文が海外の言語学者から注目を集め、各国で研究チームが立ち上がった。同じポケモンキャラでも各国で別の名前が付けられており、比較にも適していた。現在までに英語とポルトガル語、ロシア語で実験が行われ、日本語と同様の傾向が表れたという。川原教授は「濁音を発するとき、口の中は大きくなる。大きなキャラのイメージと結びつくのは音声学上、理にかなっている」と指摘する。
川原教授は日本語ラップの韻やメイドカフェ店員の愛称、アニメ「プリキュア」の名前分析などにも取り組んできた。「分析や実験、統計の手法は堅い論文と変わらない。真面目な研究だ」と語る。22年に入り一般向け書籍を続けて刊行、研究を紹介している。
ところで「バズる」は、典型的な若者言葉といえる。宇都宮大学専任講師の堀尾佳以氏は、若者言葉のルールや変遷を社会言語学の見地から分析した。学生だった90年代の終わり、アイドルグループのメンバーが「告る(告白する)」と発言していたことに興味を持ち研究に取り組み、5月に「若者言葉の研究」(九州大学出版会)を出版した。
「タピる」に文法
「サボる」は明治期から使われたとされ、こうした動詞化は古くからある。堀尾氏は近年の若者言葉を集めルールを調べると、少し前にはやった「タピる(タピオカドリンクを飲む)」など全ての「る言葉」が文法的に五段活用だった。堀尾氏は「若者言葉は乱れていると言われるが、ルールにのっとっていて乱れてはいない」と説く。
さらに若者言葉が幅広い世代に浸透し、元の意味を失って定着している例もあるという。「っていうか」が典型だ。本来「……よりむしろ……」という意味だったが「話者や話題の転換のマークとして一般化している」と堀尾氏。若者でなくとも思い当たる用法だ。
言語学を身近にするエッセーも人気だ。21年7月刊行の「言語学バーリ・トゥード」(東京大学出版会)は、今年5月時点で9刷2万6000部を発行した。松任谷由実の名曲「恋人がサンタクロース」はなぜ「恋人は」ではないのかなど、身近な話題を作家で言語学者の川添愛氏がユーモアを交えてつづる。
研究機関を離れた川添氏は「外からみて言語学の面白さが知られていない」と感じ、幅広い発信に力を注ぐ。さらに言語学は「自分の文章が誤解を招かないか、立ち止まって省みるのにも役立つ」と強調する。SNS(交流サイト)で自由に発信ができる時代、バズりは良くても炎上は避けたい。言語学に触れる意義は大きい。
(西原幹喜)
『言語学バーリ・トゥード Round
2』刊行記念トークイベントが開催されます
2024/08/02 フェア・イベント
『言語学バーリ・トゥード Round
2――言語版SASUKEに挑む』の刊行記念イベントが開催されます。著者の川添愛先生がご登壇される、トークイベントです。ぜひふるってご参加くださいませ。
【場所】書泉グランデ7階イベントスペース
【日時】2024年9月2日(月)19:00~20:00(開場18:45)
※トーク45分、質疑応答+サイン会15~30分
【定員】50名
東京新聞
言葉って曖昧で、難しい 『言語学バーリ・トゥード』 作家・川添愛さん(47)
2021年9月26日 07時00分
書名にある「バーリ・トゥード」は、ポルトガル語で「何でもあり」の意味。言語学を研究していた著者が、言葉にまつわる身近な話題をユーモアたっぷりにつづった十六編を収める。「気楽に読めて、気持ちが明るくなるようなものを」と期する通り、趣味だというプロレスのエピソードやちりばめられたギャグに笑い、同時に、日ごろ何げなく使っている言葉の奥深さに気づかされる。
例えば、副題の「AIは『絶対に押すなよ』を理解できるか」は、言葉の額面通りの「意味」と、話し手が伝えたい「意図」とのずれがテーマ。言っていることと、言いたいことが正反対の例なども示しながら、人は文脈や常識から相手の言葉の曖昧さを解消して意図を推測している、と説く。だから、人工知能(AI)に<いくら言葉そのものの意味を教えても、それだけでは意図をきちんと推測するためには不十分>なのだという。
長年、松任谷由実さんの名曲「恋人がサンタクロース」を「恋人は」だと勘違いしていたのを素材に、「が」と「は」の違いを考察する。コロナ禍で出てきた「ソーシャルディスタンス」「Go To トラベル」といった新語を導入として、ニセ英語の広がりを眺める。相手が自己卑下した時にどう反応すればいいか、との問いには、かつてテレビで見た大物歌手同士の対談のひとこまに、コミュニケーションで重要な「たったひとつの冴えたAnswer」を見いだす。
「言葉って曖昧で、思っているより難しい。私たちは頭の中ですごく複雑な処理をしながら話したり、理解したりしているんです。人間の言語能力を過小評価することが逆に、AIやロボットに対する過大評価につながっているんじゃないか。言葉の複雑さ、面白さ、人間が無意識にやっていることのすごさ、といったことは伝えていこうと思っています」
情報科学の理論を謎解きの物語にした『白と黒のとびら−オートマトンと形式言語をめぐる冒険』で2013年にデビュー。本書は、月刊の冊子『UP』で18年4月号から3カ月に1回、連載中のエッセーと書き下ろしをまとめた。
連載を念頭に、最近調べているのは「死語」。なぜ人によってとらえ方が違うのか、口にした時に恥ずかしいと思うのか。「自分の中でいま、熱いテーマです」。東京大学出版会・1870円。 (北爪三記)
コメント
コメントを投稿