コード・ブレーカー  Walter Isaacson  2023.6.22.

 2023.6.22. コード・ブレーカー 生命科学革命と人類の未来

The Code Breaker :

Jennifer Doudna, Gene Editing, and the Future of the Human Race           2021

 

著者 Walter Isaacson 1952年生まれ。ハーバード大学で歴史と文学の学位を取得。オックスフォード大学にて哲学・政治学・経済学の修士号を取得。米『TIME』誌編集長を経て、01年にCNNCEOに就任。アスペン研究所CEOへと転じる一方、作家としてベンジャミン・フランクリンの評伝を出版。04年にスティーブ・ジョブズから直々に依頼され、11年刊行された評伝は世界的な大ベストセラーとなる。イノベーティブな天才を描くことに定評があり、『レオナルド・ダ・ヴィンチ』ほか、アインシュタインの評伝も手掛ける。各界の天才たちから理解者として慕われ、『二重らせん』著者でノーベル賞科学者ジェームズ・ワトソン、ハーバード大マイケル・サンデル教授なども本件に登場。現在、トゥレーン大の歴史学教授

 

訳者

西村美佐子 翻訳家。お茶の水大文教育学部卒

野中香方子(きょうこ) 翻訳家。お茶の水大文教育学部卒

 

発行日           2022.11.10. 第1刷発行

発行所           文藝春秋

 

 

上巻 表紙カバー裏

IT革命を超える衝撃、「遺伝子の革命」とは何か。

人類の未来を左右するイノベーション、ゲノム編集技術クリスパーは、いかにして誕生したか。ノーベル賞科学者ジェニファー・ダウドナの「自然に対する純粋な好奇心」がその原動力となった。

世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』評伝作家の最新作。

 

「生命科学の最前線を知る絶好の書」 大隅良典(ノーベル賞生物学者)推薦!

 

下巻 表紙カバー裏

ゲノム編集技術を手にした人類は、自らの種を改変するのか

mRNAワクチンを開発、コロナウイルスに勝利した人類

医療をはじめ巨大産業創出への期待が高まる。だがプーチンは予言していた

「恐れを知らぬ兵士がつくれる」。そしてゲノム編集された赤ちゃんが誕生する

世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』評伝作家の最新作

 

「今だ知らざる多くのことを、この本から学んだ」 ビル・ゲイツ絶賛!

 

 

序章 世界を救え――科学者たちとコロナの戦い

l  コロナ対策のチームリーダーとして

ダウドナたちが2012年に開発したゲノム編集ツールは、数十億年にわたって細菌がウイルスとの戦いで使ってきたシステムに基づいている

細菌は自らのDNAに、クリスパーと呼ばれる反復クラスター(反復配列が集まった領域)を作る。その領域は侵入してきたウイルスのDNAを記憶し、破壊する。クリスパーは、細菌がウイルスと戦うために進化させた免疫システム

今回のパンデミックに対し、ダウドナとフェン・チャン(張鋒)は、コロナウイルス検査法の開発競争に邁進

l  人類という種を恒久的に変え得る生命科学について

クリスパーを使ってヒトの遺伝子に継承される編集を施し、すべての子孫をウイルスに感染しにくくするかどうか、という議論はしていない。もし実現できれば、人類という種を恒久的に変えることができる

中国の科学者が、クリスパーを使って、AIDSの原因になるHIVウイルスの受容体を生成する遺伝子を無効化し、その操作を行った受精卵から双子の女の子が生まれた――デザイナーベビーの誕生

ゲノムを編集する能力は、致命的なウイルスに感染しにくくするため編集に活用すべきか、先天性の難聴や失明の場合は? 身長や落ち込みやすい気質から、目の色や肌の色は? 

私たちの遺伝子をいつ、どのように編集するかという問いは、21世紀の最も重要な問いの1つになるだろう

l  原子の革命、ビットの革命、そして遺伝子の革命――3つの基盤の発見

20世紀前半は、物理学を原動力とする革命の時代――アインシュタイの相対性理論と量子論が原子爆弾からレーザーなど、様々な文明の利器を誕生させた

20世紀後半は、情報テクノロジーの時代――情報は全てビットと呼ばれる2進数の数字に変換可能であり、論理的プロセスは全てオン・オフスイッチ付きの回路で実行できる。1950年代マイクロチップ、コンピュータ、インターネットの開発に繋がり、デジタル革命が起きた

21世紀は生命科学革命の時代――遺伝子コードを学ぶ

ダウドナは、DNAの兄貴分で、DNAによってコード化された命令の一部をコピーし、それを使ってタンパク質を生成するRNAに着目。自己複製できるRNA分子の研究を通じ、40億年前に原始地球の化学物質のスープの中でDNAが誕生する以前から、RNAは複製を始めていたという可能性に気付き、生命の誕生の謎に迫る

ダウドナは、バークレー校でRNAを研究する生化学者として、RNAの構造の解明に焦点を絞り、クリスパーがゲノム編集のツールになることを発見し、ノーベル賞に繋げる

2020年、ダウドナはクリスパー(新鮮・明快の意)によってコロナウイルスを検出・破壊する方法の研究を開始。人間が自分の細胞のウイルスへの抵抗力を進化させるのを促進するための手段の1つがクリスパーと呼ばれる細菌の免疫システム

l  警戒心を微笑みで隠すスタープレーヤー

研究者で、ノーベル賞受賞者で、公共政策の提言者でもあるダウドナの物語は、イノベーションの鍵は基礎科学における好奇心を現実の生活に役立つツールの開発に結び付けることだということを実証

本書では、「基礎」科学の重要性を伝えたい。応用志向ではなく、好奇心を原動力とする探求のことで、自然界の驚異に対する好奇心が導いた研究が、時として思いがけない形でイノベーションの種を蒔く――細菌がウイルスと戦うために用いる驚くべき方法の研究が、最終的にゲノム編集ツールや、人間がウイルスとの戦いで利用できる技術の開発に繋がる

 

第1部        生命の起源 The Origins of Life

第1章     ハワイ育ちの孤独な女の子

l  「ハオレ」と呼ばれて――ハワイでは「完全な変人」。「ハオレ」は外国人に対する蔑称。父は国防総省でスピーチライターも務め、ヒロノハワイ大学教授

l  学校では仲間外れにされ、摂食障碍になった――クリエイティブな人の多くは成長期にいくばくかの疎外感を経験しているが、ダウドナもポリネシア人の中では孤立。ストレスが原因で摂食障碍に。自分が何者か、いかに適応するかを探るのが原体験

l  オジギソウ、馬、数学――3年生でマウナロアの新興住宅地に引っ越したのが転機となって、飛び級して出来た混血ハワイ人の親友に勇気をもらい、自然観察に目を開く

l  6年生で、ジェームズ・ワトソンの『二重らせん』に夢中に――父親の読書好きに感化され、『二重らせん』を読んでワトソンの成功物語に夢中になる

l  女性が偉大な科学者になれると発見――『二重らせん』の中でワトソンの次に興味深い登場人物が構造生物学者・結晶学者のロザリンド・フランクリンで、女性が科学者になれることを発見するとともに、自然には論理的であると同時に畏敬の念を抱かせる要素があることを学ぶ。ダウドナのキャリアを形作っていくのは、『二重らせん』の核になる、「分子の形と構造が、その分子の生物学的役割を決めている」という洞察

 

第2章     遺伝子の発見

l  ダーウィンによる自然選択説――ダーウィンによるフィンチの嘴の研究と、メンデルのエンドウマメの特徴の研究が、生物内部にあって遺伝情報を伝える遺伝子というアイディアを誕生させた。ダーウィンは動物が変異するのを見て「自然選択」と名付けた

l  『種の起源』発表、だが突然変異と自然選択の進化のメカニズムは謎のまま――ダーウィンは自説がキリスト教の教理に反するとして発表を躊躇したが、『人口論』などにも感化され、「適者生存によって推進される進化」という理論を導き出す

l  メンデルが修道院で見つけた「遺伝の単位」という概念――様々な形質(種子や花の色や形状)を持つエンドウマメの交配から、優性形質と劣性形質の存在を突き止め、それぞれの因子をどう受け継ぐかによって形質の出現形態が決まるとし、遺伝の単位=遺伝子という概念が生まれ、遺伝の情報をコード化する何らかの分子の存在が示唆

 

第3章     生命の秘密、その基本暗号がDNA

l  あらゆる自然のミステリーの基本となる暗号――遺伝に貢献するのは細胞内の核酸で、核酸は塩基、糖、リン酸から成るヌクレオチドが鎖状に連なる生体高分子で、リボ核酸RNAと、デオキシリボ核酸DNA2種類がある。ヒトもコロナウイルスも、核酸によってコード化された遺伝物質を運搬・複製する、タンパク質でできた容器といえる。

DNAが遺伝情報の保管場所であることがわかり、さらにその構造の解明に進む

l  天才科学者ジェームズ・ワトソン――遺伝子の構造を解明すれば、遺伝情報が何世代にも伝わる仕組みがわかるといわれ、遺伝子の解明に熱中

l  遺伝子は結晶化する――細菌を攻撃するウイルスを「ファージ」と呼び、冷却して結晶化したDNAX線を照射して構造を解析する(X線結晶構造解析=X線回折法)方法があることをキングス・カレッジ・ロンドンのモーリス・ウィルキンスが公表

l  フランシス・クリックと科学者史上の最強タッグを組む――ワトソンは、ポーリングがX線結晶構造解析と化学結合に関する量子力学の知識を組み合わせてタンパク質の構造の一部を解明したのに刺激され、同じやり方でDNAの構造解明を試みる

l  X線回折のプロ、「ロージィ」と呼ばれた女性生化学者――フランクリンの講演を聞いたワトソンは、クリックと共同で遺伝子の構造モデルをらせん状と推定したが、フランクリンはらせん状を否定、ワトソンのモデルには十分な水分が含まれていない

l  敵失によりワトソンらが勝利――ポーリングがアメリカの赤狩りで渡英を止められている間にDNAの構造解明を発表しようとした原稿を手にしたワトソンらは、その原稿にヒントを得て自らの考えとモデルを修正して正解に辿り着く

l  ロザリンドが撮影したDNA構造の証拠写真を横取りする――ワトソンはポーリングの論文を手にフランクリンと議論するが、らせん構造を巡って喧嘩別れ。フランクリンの仲間のウィルキンスがフランクリンの写真をワトソンに見せたことで、ワトソンは自説のらせん構造を若干修正して正しい構造を解明

l  二重らせんモデルで生命の秘密の発見―複製可能な遺伝子コードを運ぶ――ワトソンらはモデル製作を再開、さらにフランクリンの研究報告を密かに入手し許可なく流用。糖とリン酸から成る2本の鎖が捻じれて二重らせん構造を形成、そこから4つの塩基(A, T, G, C)が突き出る構造で、骨格が外側にあって、塩基が内側にあるという構造はフランクリンの主張通りだったことが判明。なおかつ特異的塩基対が繰り返されること(=自ら複製する)によって複製可能な遺伝子コードを運ぶことができることも判明

l  男性3人がノーベル賞受賞、フランクリンは卵巣がんで亡くなる――1953年ワトソンらの論文が発表され、’62年ワトソンらとウィルキンスにノーベル賞が贈られる。フランクリンが対象とならなかったのは’58年に亡くなっていたから(実験中の被爆が原因)。デジタル・コードと遺伝子・コードに基づく情報化時代の誕生

 

第4章     生物学者になるための教育

l  科学はエキサイティングでミステリーを解くようなもの――ワトソンの著書はダウドナに科学の楽しさを伝え、心躍らせるもの

l  女の子に科学は無理という男性進路カウンセターに負けず、科学を志す――高校時代の化学の実験で女性科学者の夢を育み、カウンセラーの反対を押し切って、1981年カリフォルニアのポモナ・カレッジに入学

l  ポモナ・カレッジで化学を専攻、はじめは自信がなかった――サマーインターンで生物学教授のもとで働き、電子顕微鏡で見た細胞の動きに魅了。発見のスリルを味わう

l  尊敬する女性生化学者のもと粘菌を研究、科学雑誌に初めて名前が掲載される――3年次の指導教官シャロン・パナセンコをダウドナはロール・モデルとして尊敬。パナセンコの実験を手伝った成果が評価され、彼女の発表した論文に助手として名前が載る

l  ハーバード大学院へ――物理化学クラスでトップの成績を収めハーバード大学院に進み、細菌の研究室に入って、遺伝子のクローン作成とその機能を学ぶ

l  酵母はDNA断片を取り込むのがうまい―天才ジャック・ショスタクの研究室で働く――酵母のDNAを研究する教授のもとで博士論文のための研究をするが、教授が異なる分野を大胆に繋げるのを見て、基礎科学が応用化学に変わる可能性を垣間見る

酵母が外部のDNA断片を自分のDNAに取り込むのがうまい性質を生かし、酵母のゲノムを編集するツール作成に成功

 

第5章     ヒトゲノム計画とは何だったのか

l  DNA30億配列を解読し、2万個以上の遺伝子をマッピング――1986年の「ヒトゲノム計画」は、人間のDNA30億超の塩基対の配列を解読し、それらがコードする2万個以上の遺伝子をマッピングすること。コールド・スプリング・ハーバー研究所長のワトソンが「ゲノム生物学」をテーマにした年次総会で取り上げた最初の議題

l  息子の統合失調症は環境ではなく遺伝―ゲノム解読へ駆り立てられるワトソン――ワトソンの息子ルーファスは10年生で精神異常を来し、それがワトソンに人の生き方は遺伝によって決まるとの強迫観念に近い信念を抱かせ、抽象的な学問研究から個人的な目的に置き換わり、ヒトゲノムのマップ作成へと向かう

l  配列をめぐる競争――1990年ヒトゲノム計画スタート。政府と民間入り乱れての競争の結果、遺伝子コードの解析に成功

l  「暗号の解き方」は分かったが、「暗号の書き方」はわからなかった――30億ドルかけたプロジェクトにより、DNAのマップは解明されたが、医学の進歩も見られず、4000超の病気の原因となる遺伝子の変異は見つかったが、治療法は生まれないままで、より重要なステップは、生命の暗号の書き方を知るツールが必要ということが判明

 

第6章     フロンティアとしてのRNA

l  セントラルドグマ―生命の情報は、DNARNA→タンパク質へと流れる――コード化された命令を実行する分子であるRNA(リボ核酸)に焦点を移す。RNADNAに似た生細胞内の分子で、1本鎖、DNAに比べ糖-リン酸の骨格の酸素原子が1つ多く、4つの塩基のうち1つが異なる。DNAの遺伝子をコード化する部分がRNAに転写され、細胞の製造部門へと向かい、特定のタンパク質を作るためのアミノ酸配列の組み立てを促す。とりわけ魅力的なタンパク質が酵素で、すべての生物における化学反応を引き起こし調節する際の触媒として機能。遺伝情報がDNAからRNAに移動し、さらにはタンパク質生成へと繋がるプロセスを生物学の「セントラルドグマ」と名付けた

l  触媒にもなり得るRNA―リボザイム――DNAは触媒の役目を果たすタンパク質がなければ自己複製できないが、ある種のRNAは化学反応を起こして自らを切断するものがあることが発見され、触媒として働くRNAを「リボザイム」と名付ける

l  レッドオーシャンのDNA研究、ブルーオーシャンはRNA研究にあり――ダウドナはショスタクから博士論文のテーマとして、生命の起源の解明の鍵になるとの予感から、RNAが持つ自己複製能力の究明を提案される

最初に取り組んだのがRNAの構造の解明で、DNAの解明と同じ技術を学ぶ

l  師ショスタクの教訓「壮大な疑問を抱きなさい」――常に深遠な問いを追求。生物の本質は自己複製にあり。「RNAが生命の誕生を導いた分子だ」と主張するなら、RNAがどのように自己複製するかを示す必要がある。これがダウドナが着手したプロジェクトで、最終的に自らのコピーを繋ぎ合わせることの出来るリポザイムを作ることに成功

l  神は細部と、そして全体にも宿る――ショスタクはダウドナの意欲と熱心さを高く評価。自己スプライシング(接合)するRNAの働きを理解するには、その構造を原子の11個に至るまで解明しなければならない。その難解な作業にダウドナは挑戦

l  ダウドナ、ジェームズ・ワトソンと会う――ダウドナが初めて研究成果を発表したのは1987年コールド・スプリング・ハーバーの「生命の起源」に関するセミナーでのこと。ワトソンに絶賛され、その後ワトソンが物議を醸すようになってからも彼の科学的業績に対するダウドナの敬意を損なうことはなかったし、女性のよき理解者だった

 

第7章     ねじれと折りたたみ

l  RNA分子の自己複製の仕組みを知るために、構造生物学を学ぶ――リポザイムの3次元構造の折りたたみとねじれを解明するため、ポスドク先に構造生物学者を探す

l  コロラド大ボルダー校、最高のRNA生化学研究室へ移籍――’89年博士号を取得した後’91年トーマス・チェックの研究室に移籍。チェックは自己スプライシング・イントロンを発見し’89年ノーベル賞受賞、最高の生化学研究室

l  隣の研究室の男子学生と結婚、そして離婚――ハーバード・メディカル・スクール時代、隣の研究室にいた学生と結婚、ボルダーまで一緒にいたが、研究一途のダウドナと科学を仕事と割り切る夫とは折り合わず、数年後に離婚

l  リポザイムの構造―実験器具の故障をきっかけにRNA分子の結晶化に成功――自己スプライシングRNAの一部であるイントロンの3次元構造の解明に挑戦。まずは液状のRNA分子を結晶化して固体構造に変える作業で、サンプルを故障気味のインキュベーターに入れて実験を台無しにしたと思ったら、結晶が成長していた。結晶を液体窒素に入れて瞬間的に冷凍するイェール大の技術を紹介され堅牢な結晶の生成に成功

l  X線をよく回折するRNA結晶を作るべく、設備の整ったイェール大へ――ダウドナはイェール大から終身在職権を持つ教授職のオファーを受け入れ、結晶を生成

l  父との最期の別れ―人文学と科学の交差点を教えてくれた――’95年父がメラノーマ(悪性黒色腫)で急逝。父の影響が大きかったことは亡くなって初めて気づき、道徳心が必要とされる研究領域に足を踏み入れるにつれて明らかになっていった

l  RNAがらせんを折りたたんで3次元になる仕組みを解明―基礎科学分野での勝利――リポザイムの原子の位置を全て特定することに成功。RNAが酵素となり、自らを切断し、スプライシング(接合)し、複製する仕組みを説明。RNAに関する基礎科学を、応用化学となる欠陥遺伝子の修復=ゲノム編集のツールに変換するための探究が始まる

 

第8章     バークレー自由でパワフルな環境へ

l  科学のパートナー、ジェイミー・ケイトとの再婚を機にハーバード大へ――ダウドナたちのRNA構造発見の論文は‘96年サイエンス誌に掲載。筆頭著者は助手のケイトで、’00年結婚。ハーバード大がダウドナに新設の科学・化学生物学科のポジションを提供、ケイトはMITの助教

l  蝶ネクタイのケンブリッジとは対照的なバークレー'02年バークレーに移籍。ダウドナは公立大学であることに惹かれたが、それはアメリカの高等教育への投資が成功したことを物語る。そのルーツは南北戦争時代のリンカーンの功績の1

l  RNA干渉―メッセンジャーRNAが運ぶ遺伝子情報を沈黙させる――小さな分子がメッセンジャーRNAに干渉して混乱させる現象の解明にも乗り出し、「ダイサー」と呼ばれる酵素の働きを突き止め、遺伝子の発現を抑制するツールになることを示す

l  コロナなどのウイルスから人類を守れる――'13年の論文では、RNA干渉を利用して人間を感染症から守る方法を見つけようとして、うまくいく証拠を示している

 

第2部        クリスパー CRISPR

第9章     反復クラスター

l  石野良純とフランシスコ・モヒカ―細菌、古細菌のDNAに反復配列が見つかる――’86年阪大の石野が大腸菌DNAのシーケンシング(4つの塩基配列を解明すること)1038塩基対の配列決定に成功した際、一定の反復配列の存在を発見。’90年にはスペインの大学院生のモヒカが核を持たない単細胞生物の古細菌の中にも反復配列を発見、細胞複製との関係を疑う

l  クリスパーと命名―「クラスター化された規則的に間隔があいた短い回文構造の繰り返し」の頭文字――モヒカが発見した反復配列をクリスパーと名付け、ほとんどの生物でクリスパーの近くにそれらの遺伝子の1つが存在することを突き止め、それらの遺伝子は酵素を作る命令をコードしていると思われた。それらを「クリスパー関連(CRISPR-associated)」酵素、略してCas(キャス)酵素と名付ける

l  細菌の免疫システム―「過去にどのウイルスに攻撃されたか覚えている」――'03年までに200種近い細菌のゲノムが解読された。モヒカは、反復するクリスパーの間にあるDNA配列=スペーサーが、大腸菌を攻撃するウイルスの配列と一致することを発見。他のクリスパーを持つ細菌でも同じであることを確認

l  細菌vsウイルス――細菌と、「ファージ」と呼ばれるウイルスとの戦い。「ファージ」は自然界で最大のウイルスカテゴリーであり、地球上でもっとも多く存在する生物学的存在、その総数は1031。ウイルスは細菌の防御を崩す方法を探して進化し続けてきた。ウイルス由来のスペーサー配列を持つ細菌が、その配列を持つウイルスへの免疫を持っていることを発見。さらに新しい脅威に晒された細菌が進化し、新しいウイルスが襲ってきた後、生き残った細菌はそのウイルスのDNAの一部を取り込み、子孫がその新しいウイルスに免疫を持てるようにしていることを知る

l  モヒカにとって、自然の美しさへの愛が研究の動機だった――モヒカは、「原核生物の反復配列は免疫システムに関与している」と題した論文をネイチャー誌などに送るが、実験がなかったこともあり漸く2流の雑誌に掲載されたのは発見から2年後の‘05

その後続々と、クリスパー・システムは細菌が新たに出会ったウイルスと戦うための免疫システムであることを示す論文が発表される

 

第10章     フリースピーチ・ムーブメント・カフェ

l  微生物学者ジリアン・バンフィールドが、クリスパー研究にダウドナを誘う――ジリアンは極限環境に生息する微生物(細菌)の研究をバークレーでやっていたが、クリスパーと呼ばれる反復配列を見つけてクリスパー配列の機能を解明すべく、06年ダウドナをバークレーのカフェに誘う。ダウドナはその時初めてクリスパーなる言葉を聞く

 

第11章     才能あふれる同志が集う

l  クリスパーを研究したい―意欲ある若者ブレイク・ウィーデンヘフトが志願――クリスパーを研究したいというポスドクを助手に雇う。特に注目したのはCas酵素の機能

l  生細胞に興味を抱く結晶学者マーティン・イーネックも加わる――RNAと酵素が結合した複合体の構造解明を志す結晶学者も研究室に参加。クリスパー・システムを構成要素に分解し、それぞれの機能を調べる

l  免疫システムの記憶形成段階の鍵を握るCas1――

酵素はタンパク質の一種。主な機能は、細菌からヒトまで、様々な生物の細胞内で触媒となって化学反応を引き起こすこと。消化器系におけるデンプンやタンパク質の分解、筋肉の収縮、細胞間の信号伝達、代謝のコントロール、DNARNAの切断やスプライシングなど、酵素が触媒する生化学反応5000以上ある

08年までに、細菌DNAのクリスパー配列に隣接する遺伝子が生成する酵素をいくつか発見。細菌のクリスパー・システムは、これらのCas酵素によって、新たに攻撃してきたウイルスの記憶を、カット&ペーストしている。そのシステムは、クリスパーRNAと呼ばれる短いRNA断片も生成し、ハサミのような酵素を危険なウイルスへと導き、その遺伝物質を切断させる。これこそが細胞の免疫システム――Cas酵素は様々な研究室で発見されたため、09年時点ではその表記は流動的だったが、最終的にCas1, 9, 12, 13という名前に統一

ダウドナは、クリスパー・システムを持つすべての細菌に見られるCas1に注目、基本的な機能を果たしていると思え、結晶化が容易だったこともあって研究対象とし、09年クリスパーの構成要素の分析に基づきメカニズムを説明した最初の論文を発表

 

第12章     ヨーグルトメーカー

l  基礎研究とイノベーションの線形(リニア)モデル”(レイセオン創業者の造語)――純粋な好奇心を動機とする基礎科学という種から、新たな技術やイノベーションが生まれるというもので、トルーマンが国立科学財団を創設するきっかけとなった。基礎研究と発明=応用科学が相互に刺激し合って共生するもう1つの魅力的な物語がクリスパーで、そこにはヨ-グルトが関わる

l  食を愛する研究者ロドルフ・バラングーとフィリップ・オルヴァトが協働――デンマークのスターターカルチャー(乳製品の発酵を導く種菌)製造の食品会社ダニスコに所属する2人の食品科学者は、細菌を死滅させるウイルスから細菌を守るための研究に従事。大量の細菌のDNA配列の記録をベースに、モヒカとの共同研究を働きかける

l  ヨーグルトの細菌を死滅させるウイルスの特定を試みる――ウイルス攻撃の後の細菌のスペーサーにウイルスの配列が含まれていることに気付き、将来の攻撃を撃退するために、それらの配列を獲得したものと判断。さらに、人為的にウイルスと同じ配列を付加することで免疫を作り出せることが判明、さらにCas酵素が新しい配列の獲得とウイルス撃退の鍵になることを明らかにした。05年クリスパー・Cas・システムに関する最初の特許を取得、クリスパーを用いて菌株への「ワクチン接種」を開始

l  クリスパー会議―パイオニア研究者たちが互いを信頼し助け合う――ロドルフとフィリップの論文を契機にクリスパーへの関心がさらに高まり、ロドルフとジリアンの提唱で'08年バークレーでの会議開催、研究者の仲間意識が高まり研究が一気に進む

l  クリスパーがゲノム編集ツールになる可能性――08年クリスパーがRNA干渉によって機能するという考えは誤りで、クリスパー・システムの標的は侵入してきたウイルスのDNAであることが判明。遺伝性疾患の原因遺伝子の修正への可能性が膨らむ。特許も助成金も却下されたが、編集ツールとしての可能性が初めて示唆されたが、クリスパー・システムの基本的な構成要素を解明するためには「インビトロ」=試験管の中で分子を研究する生化学者のアプローチが必要。構成要素を分離することにより、生体内(インピボ)で研究する微生物学者や、コンピュータ内(インシリコ)で配列データを比較する計算遺伝学者による発見を、分子レベルで説明できる。ダウドナの出番

 

第13章     巨大バイオベンチャー――ジェネンテック

l  ダウドナ、中年のアイデンティティの危機もあり「次へ移る」気持ちが芽生える――基礎科学への没頭に疑念が湧き、より直接的に社会に影響するプロジェクト追求の思いに駆られ応用化学研究を渇望していたタイミングで、ジェネンテックの元同僚と再会

l  いち早く組換えDNA特許を取り、後のジェネンテック誕生に繋げる――72年スタンフォードの医学部教授スタンリー・コーエンとUCSFの生化学者ハーバート・ボイヤーがDNA組換えに関する会議に出席して、異なる生物のDNAを繋げて交配種(ハイブリッド)を作る技術を活用するバイオテクノロジーという新分野を開拓、遺伝子工学革命を起こし、そこに知的財産権に詳しい弁護士が加わって74年特許を出願

l  創業者はタイム誌表紙に、ウォールストリートからも注目――遺伝子を操作して薬を作る企業を興す計画を立てたのは若きベンチャー・キャピタリストのロバート・スワンソンで、最初に乗ったのがボイヤーで、最初に成功した薬が糖尿病のための合成インスリン。瞬く間に異常なほどの急成長を遂げ、80年バイオ企業初のIPOに成功

組換えDNAの突破口を開いたポール・バーグは、組換えDNAプロセスは自然界で見られることから特許に怒り心頭だったが、IPO当日ノーベル賞受賞の知らせを受ける

l  ダウドナ、ジェネンテックに採用――ダウドナは自らの研究内容を同社で説明、研究スタッフとともに採用され、09年から働き始める

l  「間違った決断をしてしまった」-発見でなく、権力と昇進のために競争する企業――異動直後に決断の間違いに本能的に気付く。数週間でノイローゼ気味となり、2カ月でバークレーに戻る。ダウドナは改めて自分の弱点に気付くが、自らの研究を実用的な新しいツールの開発やそれを商業化する企業の設立に結び付けたいという思いが、彼女の人生の次章を動かしていく

 

第14章     研究室を育てる

l  ダウドナ流の採用方法―自分で決められ、かつ仲間とうまくやれる人を――科学的発見は2つの要素に支えられている。優れた研究を行うこととその研究を行う研究室を構築すること。ダウドナは「ベンチ(実験台)・サイエンティスト」が本領だったが、ジェネンテックの失敗を経て、研究室の育成に時間をかけるべきと気付く

l  新しくリスキーな分野に魅了される学生――ブレイクとマーティン(11)に加え、博士課程のレイチェル・ハウルウィッツがブレイクの助手として参加

l  手強いCas6に迫る――Cas6の機能と作用機序を解明したのはレイチェル

l  コロンビア大へ派遣した院生サム・スターンバーグによる、酵素にまつわる発見――単一分子蛍光顕微鏡法によりCas酵素の振る舞いを調べ、侵入してきたウイルスの標的配列をクリスパー・システムのガイドRNAが見つけ出す方法を発見

l  協調性のある人物を評価する理由――新たなメンバーを加えて生物オタクの巣窟に

l  スケールの大きな問いでメンバーを導く――ダウドナの研究室では、自分のことは自分でやらないといけない、自発的に仕事をしないと、ダウドナは助けてくれないし、指導もしてくれない。自ら行動すれば、彼女はリスクを負うチャンスと、実に賢明な助言を与えてくれるし、必要とするときに傍にいてくれる

l  ソクラテス流の質問を投げかけ、論文発表にも積極的――ダウドナは、プロジェクトを進める上で重要で適切な、スケールの大きな問いをするコツを知っている。新しい発見を論文発表に繋げることに積極的。女性を筆頭著者とする論文では、女性科学者が自らの発見について、「新規の」「独自の」「前例のない」といった積極的で宣伝的な言葉を使うのが男性に比べ21%低いことや、そのせいか彼女らの論文が引用される頻度も男性より10%低いことが判明したが、ダウドナは違った

 

第15章     カリブーを起業

l  「学術研究」と「ビジネス」の融合――製薬の焦点が化学からバイオテクノロジーに変わるのを見て、クリスパーを医療に役立つツールにするべくCas6を取り出し、人間のために再利用することを考える

l  信頼する教え子レイチェルとともに自ら起業――レイチェルは研究よりもベンチャー・キャピタルに興味を示し、11年ダウドナとともにクリスパー酵素をツールとして使う会社を興す。最初の仕事は、Cas6を利用して人間の体内のウイルスを検知する診断ツールの作成

l  女性蔑視的なベンチャーキャピタリストに頼れず、自己資金で始める――バークレーも研究者の起業を奨励して00年にカリフォルニア定量生命科学研究所GB3を立ち上げ、ダウドナ達もその支援を受けたが、当時クリスパーといってもベンチャーキャピタリストの興味は惹かず、自分たちで資金を集めなければならなかった

l  政府、ビジネス界、研究機関のトライアングル――アメリカでは早くから政府が大学や企業の研究所に資金を提供、その結果生まれた3者のトライアングルが数々のイノベーションをもたらし、戦後のアメリカ経済を推進したが、ダウドナたちのカリブー・バイオサイエンシズの成功もこうしたアプローチの一例。NIHを通じて130万ドルの助成金を獲得。さらにビル&メリンダ・ゲイツ財団など慈善財団からの援助も得る

 

第16章     エマニュエル・シャルパンティエ

l  科学と芸術は似ている―バレリーナ志望だったパリジェンヌ――’11年の会議でダウドナはCas9を研究するエマニュエルと出会う。パリ育ちでバレエのプロを目指す

l  自由を愛する放浪者気質ゆえ、研究所を転々とする――パスツール研究所で博士号を取得するとポスドクの放浪者となり、研究テーマを求めて米欧を歩き回る

l  移動することで新しい視点が得られる――集中力はあるが注意散漫

l  トランス活性化型クリスパーRNA(略称トレイサーRNA)――’09年クリスパー研究の焦点はCas9に移る。ガイドとして働くクリスパーRNAと、ハサミとして働くCas酵素の2つがクリスパーCas9システムの核だが、そこにもう1つトレイサーRNAという短い断片が重要な要素を担い、クリスパーRNAの生成を促進するとともに、進入中のウイルスを掴んでクリスパーRNAが切断すべき場所へCas9酵素を導く役割を担う

l  トレイサーRNA、クリスパーRNACas93要素でウイルスを撃退していると発見――トレイサーRNAを発見したのはエマニュエルで、そこからクリスパーCas9システムが3要素を使ってウイルスを撃退する仕組みを発見

l  トレイサーRNAに残された謎――トレイサーRNAがクリスパーRNAを生成した後の役割について解明するため、エマニュエルは生化学者の助けが必要でダウドナに接近

l  '112人は出会う――2人はすぐ意気投合して、共同研究が始まる

 

第17章     クリスパー・キャス9

l  やけになって試験管にトレイサーRNAを投入したところ成功――クリスパーCas9のメカニズム解明の作業が始まる。理屈ではクリスパーRNAが標的となるウイルスへCas9を導き、Cas9がウイルスのDNAを切断するはずだったがそうはならなかったため、トレイサーRNAを投入すると機能することを発見。3要素の正確なメカニズムを解明、トレイサーRNAが足場となってCas9DNAを切断することがわかった

l  ウイルスを見つけて切り刻むCas9―パスタを茹でながら息子に報告――細菌は何十億年もかけてウイルスから身を守るために驚異的な方法を進化させ、新しいウイルスが見つかるたびにそれを認識して撃退できる、と9歳の息子に話し理解させる

l  ユーレカ! 生命の暗号を書き換えるゲノム編集ツールを開発――クリスパーRNAガイドは、切断したいDNA配列を標的にするよう修正できる。つまり、編集ツールになり得ることが明らかとなる。クリスパー研究は、微生物ハンターの純粋な好奇心から始まり、当初は細菌のDNAをシ-ケンシングしていて見つけた奇妙な現象を解明したいと思っただけだったが、その後ヨーグルトの種菌をウイルスから守るために研究され、それが生物の基本的な働きにまつわる基本的な発見につながり、今、生化学分析によって実用的なツールの発明へと続く道が示された。別のクリスパーRNAを追加して、任意のDNA配列を切断させることができる

l  シングルガイドRNAの誕生――次の課題は、クリスパー・システムをよりシンプルにする方法の開発で、クリスパーRNAとトレイサーRNA1本にしても機能を維持することがわかり、一方の端にガイド情報を、もう一方の端にハンドルを持つ単体のRNA分子を作り、シングルガイドRNAと名付ける。自然界で細菌の中に起こっている奇跡的な現象を人間のツールに変えた瞬間

l  実験ノートに記録し、証人が署名―歴史的な夜――ゲノム編集技術に関する特許取得のために必要

 

第18章     2012年、世紀の発表

l  ダウドナ‐シャルパンティエの論文が、サイエンス誌へ投稿――'126人の著者による3500ワードの論文がオンラインでサイエンス誌に提出され、機序の解明とシングルガイドRNAの作成、ゲノム編集への利用可能性を語った

l  大急ぎとなった査読プロセス――クリスパーCas9の生細胞における活動については数多く報告されてきたが、生物学的メカニズムを解明した論文は初めてであり、シングルガイドRNAへの言及にサイエンス誌の編集者たちは興奮

クリスパーCas9システムが人間の細胞内で機能する証拠の有無については不問

l  無事アップロード、シェ・パニーズでお祝い――クリスパーの年次総会がバークレーで開催される直前にサイエンス誌に掲載され、ダウドナとシャルパンティエは祝杯を上げる。ダウドナはそのまま研究を続けゲノム編集するツール作成へと進むつもりでいたが、シャルパンティエは微生物に関する基礎研究に戻るという

 

第19章     プレゼンテーション対決

l  ほぼ同時期、競合誌にリトアニアの生化学者ヴァギニウス・シクシニスらが投稿――ダニスコ社のバラングーら(12)の論文を見たシクシニスは、バラングーらを第2著者として、Cas9が侵入ウイルスを切断する仕組みを論文にまとめ、’12年初めセル誌に送ったが却下、次いで米国科学アカデミーの紀要に送ったが、アカデミー会員に論文の価値を認めてもらう必要があり、そのため論文の要旨を最も精通した会員であるダウドナに送る。ダウドナは自らの論文を仕上げたところだったので査読を辞退するが、要旨を読んで競合の事実を知り、4日後には特許を出願、18日後には自らの論文をサイエンス誌に提出し、出版を急がせた。よくあるプロセスでお互い了解済み

l  ダウドナ陣営とシクシニス陣営がバークレーで対決――年次総会で両陣営が発表したが、シクシニスの発表では遺伝子切断プロセスにおけるトレイサーRNAの役割に言及していない。シクシニスはその欠落を認めていないが、研究としては不十分だった

l  プレゼンテーションはダウドナチームの大成功となる――ダウドナの論文が転換点となって、クリスパーは特異で興味深い微生物界の機能からテクノロジーになったとまで言われるほど、圧倒的な称賛を得る

l  ライバルとの会食は、気まずくならず和やかだった――ダウドナはシクシニスやクリスパーがゲノム編集ツールになることを最初に予見した1人のエリック・ゾントハイマーらと食事を共にする。ダウドナの論文は、クリスパーでヒトゲノムを編集しようとする競争の始まりとなった

 

第3部        ゲノム編集 Gene Editing

第20章     ヒューマン・ツール

l  遺伝子治療の始まり――病気の原因になっている欠陥遺伝子を無効化するように操作したDNAを患者の細胞に送り込む遺伝子治療の臨床実験は1990年、免疫不全の4歳の少女に対して行われ、症状を劇的に改善させることに成功したが、99年には治療遺伝子を運ぶウイルスに過剰な免疫反応を起こして亡くなったために試験は中断。さらに免疫不全に対する遺伝子治療が初がん遺伝子を始動させ白血病を発症したため、臨床試験の大半は10年間凍結されたが、遺伝子治療技術の改善とともに、ゲノム編集という、より野心的な分野の基礎が築かれた

l  ゲノム編集のこれまで――欠陥のあるDNA配列を編集することにより、疾患を元から治す方法が模索され、ゲノム編集と呼ばれる取り組みが誕生。ゲノム編集を実現するための2つのハードル:1つはDNA2本鎖を切断する酵素を見つけることと、もう1つはDNA上の切断したい場所にその酵素を誘導するガイドを見つけること

DNARNAを切断する酵素は「ヌクレアーゼ」と呼ばれ、ゲノム編集システムを構築するには、標的とする配列を切断するよう研究者が操作できるヌクレアーゼが必要で、Fok1酵素として2000年までに発見。Fok1は土壌や池の細菌に含まれる酵素で、2つのドメイン(アミノ酸配列)を持つ。1つはDNAを切断するハサミ(切断ドメイン)として働き、もう1つは行き先を知らせるガイド(認識・結合ドメイン)として働く。そのため切断ドメインを標的DNAの切断個所に導くガイドとなるタンパク質を考案するが、その1つがジンクフィンガーヌクレアーゼZFNと呼ばれる酵素と、より信頼性の高いTALENと呼ばれる人工酵素で、そこにクリスパーCas9が登場

クリスパーは、ガイドがタンパク質ではなくRNAの断片であることから、異なるDNA配列を標的とする場合でもRNAの配列をいじるだけで済むという利点を持っていた

2012年時点では、クリスパー・システムは核を持たない単細胞生物の細菌では機能したが、人のような核を持つ多細胞生物でも機能するかどうかは不明だったため、世界中でクリスパーCas9がヒト細胞でも機能することを証明する熾烈な競争が始まる

6か月後、5つのグループが勝利を収めるが、特許や賞を巡り、独立した発明か、予測可能な進展に過ぎないかの論争が起きる。激しい競争の末に刻まれた大きな進歩

 

第21章     競争が発明を加速させる

l  競争がもたらすもの――健全な競争意識は、人類の偉大な発明の多くを加速させたのは間違いないが、ダウドナが経験した競争は、白熱の後に苦々しい結末をもたらしたことで際立つ。3人の研究者が主要プレーヤーとなるが、ダウドナの研究室にはヒト細胞の扱いに慣れたチームがないというハンディがあった

l  フェン・チャン、ジョージ・チャーチ、ダウドナ―3人の主要プレーヤー

チャンは、MITとハーバードが共同運営するブロード研究所所属。野心的な所長のエリック・ランダーに押されてこのレースに参加

チャーチは、ハーバード教授、ダウドナの長年の友人、チャンのメンターでもあった

ダウドナは、競争心の固まりでそれを隠そうとせず、名声を得ることに貪欲

 

第22章     中国出身の科学者、フェン・チャン

l  科学大国、中国からの移民――彼の来歴は、アメリカを偉大な国にしている移民の出世物語の典型。母親がアメリカの大学の客員研究員になり、終了後そのまま就労して'9211歳のチャンを呼び寄せる

l  コンピュータオタクからバイオ分野へ――中学で分子生物学に興味を持ち、生物学の強化クラスではDNAとその指示をRNAが実行する仕組みに焦点が当てられ、酵素の役割に重点が置かれた

l  《ジュラシック・パーク》に興奮――動物がプログラム可能なシステムだということを知って興奮、人間の遺伝子コードもプログラム可能だということを知る

病院の遺伝子治療研究所や分子生物学者のもとで働き、実験にも従事

l  ザッカーバーグと同時期のハーバード大に――科学コンテストの賞金でハーバード大に入学、化学と物理を専攻

l  ハーバード大でジョージ・チャーチに師事――スタンフォード大学院で光でニューロンを刺激する光遺伝学の分野を開拓した後、ハーバードのポスドクとなってゲノム編集ツールを研究。チャーチの研究室に入ってTALENの汎用性を高める研究に没頭

 

第23章     常軌を逸した科学者(マッド・サイエンティスト)、ジョージ・チャーチ

l  成功した科学者やオタクにありがちな質問――人間に自由意思はないと考えているようで、オタクにありがちな言葉を字義通りに捉える傾向がみられる

l  失読症のせいで視覚的人間に――1954年生。幼少から自然に親しみ、軽度の失読症から、本を読むより三次元の姿を想像し、構造を視覚化することでその機能を理解した

l  オタマジャクシにホルモン剤を投与――医者の義父の器具を使って動物実験をし、64年のニューヨーク万博で未来に魅せられた

l  名門プレップスクールからデューク大へ――結晶学を用いてRNA分子の3次元構造解明の研究に従事、ハーバード・メディカル・スクールでDNA配列決定法の開発に参加、84年ヒトゲノム計画の前段階の研究会でランダーと衝突。遺伝子修正によるマンモス復活プロジェクトで一躍有名に

l  ダウドナへの午前4時過ぎのメール――80年代後半、ハーバードの博士課程の学生だったダウドナは、新任のチャーチ教授の型破りな研究スタイルや考え方に魅了され、チャーチもダウドナの業績に感銘を受ける。研究成果を商業化する企業の創始者としても精力的に活動したチャーチは、12年のダウドナ達の論文を見てすぐにクリスパーをヒトDNAで機能させることを目標に定め、ダウドナ達に仁義を切るメールを入れる。競争と秘密より協力と開放性を重視したチャーチのやり方で、ダウドナも競争を受け入れたが、チャンが突然クリスパーに鞍替えしたことは知らず連絡はしなかった

 

第24章     チャン、クリスパーに取り組む

l  ステルスモード――チャンはチャーチ研究室でポスドクを終えた後、11年ブロード研究所に移籍。ブロード研究所は04年、エリック・ランダーが牽引したヒトゲノム計画から生まれた知識を活用して病気治療を前進させるため、ブロード夫妻の寄付を得て設立。3000人超の科学者を抱え、科学を公共政策や社会的利益に結び付けることにも長けている。チャンはTALENを用いたゲノム編集の研究をしてたが、新たな編集のたびに新たなシステムを構築しなければならず、より迅速な方法を模索していたところでクリスパー配列を知り、ヌクレアーゼと呼ばれる酵素に興味を抱く。ダニスコ社のバラングーらの論文を読んで衝撃を受けヒトゲノムの編集ツールになる可能性を探る

l  ブロード研究所にて、ラーメンを夜食に深夜まで頑張る――チャンの専門はゲノム編集で、クリスパーの研究はせずに、ZFNTALENより性能が良いもう1つの選択肢だったが、ダウドナはクリスパーの構成要素を解明したが生細胞でのゲノム編集は未経験。この先も、チャンはクリスパーCas9システムの必須分子を見分けるのに苦労し、ダウドナはヒト細胞の核に導入する方法を見つけるのに苦労

l  チャンの助成金申請書に書かれていなかったこと――ダウドナの論文掲載まで、チャンにはトレイサーRNAの正確な役割についての理解はなかった

l  アルゼンチン移民の研究者、ルチアーノ・マラフィーニからの支援――ノースウェスタン大のゾントハイマーはポスドクで研究室に入ったマラフィーニと共同で08年、クリスパー・システムが侵入ウイルスのDNAを細断することによって強力に機能することを発見、ダウドナとも交流。’12年初、ロックフェラー大でクリスパー研究室を率いるマラフィーニのもとへチャンから共同研究の申し出

l  Cas9に集中せよ――キャス・タンパク質を手当たり次第試しているチャンに対し、マラフィーニはCas9に集中することをアドバイス。重要なポイントは、ヒト細胞の核内に入れるために必要な核局在化シグナルNLS(目印になるアミノ酸配列)Cas9に加えることで、チャンが様々なNLSCas9に加える方法を考案し、マラフィーニはそれが細菌で機能するかどうかを調べる

l  いつ彼は知ったのか?――ダウドナとチャンの勝者の判定には、ダウドナ達の論文発表の時点(126)でチャンがどこまで知っていたかがポイントだが、チャンの恩師ランダーが後に歴史を再構築している。チャンはダウドナの論文を読んで初めて競争相手がいることを知り論文にすることを決断したが、ダウドナの研究は試験管の中での生化学実験だと軽蔑的にしか見ておらず、ゲノム編集における進歩とは言えないと主張。ダウドナは、チャンは生化学をしていないので、個々の要素が何であるかを実際には知らず、ダウドナの論文を読むまで、何が必要なのかわかっていなかったと主張

l  チャンの実験ノート――細胞生物学と生化学は補完し合うもので、両者の言い分とも正しいが、チャンの論文の共著者となっている中国の留学生は126月帰国に際して研究結果をまとめているが、企図した結果が出ていないことを証言する

3年後の特許を巡る2人の争いで、留学生はチャンが科学の歴史に対し不誠実だと詰るが、ブロード研究所は11年初までにゲノム編集システムを独立して開発したと主張。専門家の証人によれば、チャンは都合のよいデータを選んでいたと結論付ける

l  トレイサーRNAの役割を理解していた証拠はない――131月発表のチャンの論文でもダウドナの論文を読むまではトレイサーRNAの役割を完全には理解していなかったことを認めている。シングルガイドRNAのアイディアもダウドナの論文から採用したことも認め、参考文献に挙げているが、有益だが不可欠ではないとも指摘

 

第25章     ダウドナ、参戦

l  私たちはゲノム編集者ではないけれど――ダウドナの研究室では、ヒト細胞を扱ったことも、ゲノム編集ツールを操作したこともなかった。ダウドナは、ヒトゲノムをクリスパーで編集することが次のブレイクスルーだと理解したが、他のメンバーは消極的

l  ヒト細胞のスキルを持った大学院生が研究室へ――ブロード研究所でゲノム編集のスキルを磨いた大学院生がダウドナの研究室に入ってきてすぐにヒト細胞を培養してその核にCas9を導入する実験を始めると、ダウドナはその結果を見てヒトゲノム編集の見事な証拠だと確信。ダウドナにとってこの成功は、Cas9によるヒトゲノム編集が特別な飛躍でもなければ重大な新発明でもないことを裏付けるもので、哺乳類の細胞でよく発現される方法を利用するだけで桁外れの革新性は必要なく、構成要素さえわかれば後は簡単で大学院1年生でもできた

 

第26章     チャンとチャーチのきわどい勝負

l  チャンのファイナルラップ――チャンはダウドナの論文にあったシングルガイドRNAが短すぎてヒト細胞ではうまく機能しないことを発見し、より長いシングルガイドRNAを作成するなど、細胞核に侵入しやすい工夫を施し、論文をサイエンス誌に送り、1212月に受理。「哺乳類細胞で多重ゲノム編集を行うことができれば、基礎科学、バイオテクノロジー、医学の分野で強力な応用が可能になる」との一文で締め括る

l  教え子チャンにライバル視され、ショックを受けたというチャーチ――11月にチャンが論文を出したことを知って、同様の論文を同誌に送ったばかりのチャーチは激怒。全く知らなかったばかりか、自分の研究室にいる教え子が関与していたことは常識外だと大学院研究科長に報告したが、ランダーが学生苛めと批判したので引き下がる

l  ともにサイエンス誌にて受理され、競争は互角に終わる――サイエンス誌の編集者は2人の論文が同時に出たので二重取りを疑ったが、同時に受理されオンラインで公開

 

第27章     ダウドナのラストスパート

l  チャーチとチャンの論文発表を知り、ダウドナたちも発表を急ぐ――ダウドナはヒトでの進展の話を聞いてチャーチに連絡を取り、「RNAガイドを作る最善の方法についての証拠を増やすことに繋がる」とのアドバイスで研究を続け、発表を急ぐ

l  暖房が故障した借家で、凍えながら睡眠時間を削って論文を執筆――シャルパンティエにも断りのメールを入れる。彼女はヒトゲノムの編集には興味を示さなかったが、Cas9システムは元々自分が言い出したという所有権のようなものを感じていた

l  チャンから思いもよらない新年お祝いメール――’13年初eLife誌が論文を受理、その夜チャンからメール。04年バークレー大学院の面接で会ったと自己紹介し、明日公表される論文を添付し共同研究を持ちかけてきた

ダウドナの論文にはヒト細胞でよりよく機能する具体策の記述はなかったが、Cas9を試験管からヒト細胞へ移行させるのは容易だということを示した

同時に韓国の研究者キム・ジンスも、ダウドナの論文にヒントを得てヒト細胞で機能することを示す論文を発表。さらに5つ目の論文も出る

 

第28章     会社設立

l  主役4人の動き――'1212月、ダウドナのビジネスパートナーでカリブー(15)の科学顧問のアンディ・メイが、クリスパーに基づくゲノム編集を医療技術としてビジネス化するため関係者を説得に回る

l  シャルパンティエは科学パートナーの元恋人とスタートアップに取り組む――’12年初、シャルパンティエはサノフィのロジャー・ノバクに相談、起業を急ぎ、ダウドナ、チャーチ、チャンを招いて話し合うが、チャンは直前に自体、チャーチとシャルパンティエは相性悪く決裂。シャルパンティエはクリスパー・セラピューティクスを起業

l  チャーチ、チャンと組むべきか悩む――チャンはダウドナに、知的財産権に関して同盟を築き、誰にとってもクリーンな環境にしたいと持ち掛けるが、チャンに不信を抱くダウドナは、バークレーがシャルパンティエと共同で管理している自分の知的財産の独占的使用権をカリブーに与え、ブロード研究所との提携を拒否。壮絶な争いが開始されるが、彼女にも大学にも知的財産の活用についてのノウハウはなかった

l  ストレスで自己免疫疾患になりながら、エディタス・メディシン社設立――ダウドナは、自分の知的財産をブロード研究所のものと一緒にすることには反対したが、両者をライセンスする、クリスパーを軸とする企業のパートナーとなることには乗り気で、チャーチやチャン達とコンタクト。シャルパンティエとどちらにするかで悩んだが、最終的にボストンのグループと一緒に起業することになり、’13年ゲンゲージ社設立、4000万ドル超を調達。すぐに現社名に変更

l  男たちはチャンの周りに群がった――すぐにチャンがクリスパー・ゲノム編集の「発明者」として扱われ、自分は科学顧問の1人という扱いに愕然とし、さらに'14年にはクリスパーCas9のゲノム編集ツールとしての特許をチャンとブロード研究所が取得したというニュースを耳にし、ダウドナとシャルパンティエの出願より後にも拘らずランダーとチャンが金を払って画策したことを知り、また体調を崩す

l  斬り捨てられたと感じたダウドナは辞任――チャンたちが影で共謀してダウドナに無断で特許を出願していたことをチャーチも認め一緒に辞任しようとしたが思い止まる

l  信頼できる元教え子とインテリア・セラピューティクス社設立――ダウドナはカリブーがクリスパーCas9を商業化するためにスピンオフした会社に参加。クリスパーの先駆者であるバラングー、ゾントハイマー、マラフィーニと共に働くことになり、クリスパーCas9の先駆者は3つの競合会社に落ち着く

 

第29章     シャルパンティエとの関係

l  シャルパンティエの冷たい態度に戸惑うダウドナ――14年まで2人は論文を共著で出していたが、シャルパンティエの関心は基礎研究にあり。ダウドナはクリスパーCas9システムの発見者としてシャルパンティエと同等だと思っていたが、シャルパンティエはあくまで自分のプロジェクトと見做しており、ダウドナの新たな研究計画に消極的な対応を見せ、ダウドナは次第に怒りを感じるようになる

l  目立ちたがりのアメリカ人と思われているのかも――ダウドナは積極的に名声を求めるタイプではないが、人前に出ることには慣れていたし、評価されることをうれしく思い、それをシャルパンティエと分かちあおう画策したが、控えめなパリ人のシャルパンティエには鬱陶しく思えたようだ

l  ダウドナは弟子と共著出版、シャルパンティエ「スウェーデン人はどう思うか」――どんな歴史物語でも、登場人物は自分が果たした貢献を、他の人の貢献より鮮明に覚えている。2人はそれぞれにノーベル賞を意識して自分の功績を主張、不和は一層深刻に

l  ダウドナとシャルパンティエに生命科学ブレイクスルー賞――それでも数々の科学賞が2人を結びつけていた。このペアでの獲得率は最高。2人は’15年のブレイクスルー賞を獲得するが、2年前に同賞を受賞したランダーによれば、当初ダウドナの単独受賞だったのを、ダウドナの貢献はRNA構造に関する研究であり、クリスパーの研究は多くの人によるアンサンブルだと主張してシャルパンティエとの共同受賞にしたという

l  さらにはガードナー国際賞も受賞――翌年のガードナー賞は最大5人なので、2人の他にチャン、ダニスコ社の2人バラングーとオルヴァトが加わる

l  カブリ賞も受賞、科学賞でのハットトリック達成――'18年ノルウェーのノーベル賞に匹敵するカブリ賞を2人で受賞。シクシニス(19)もナノサイエンス賞を受賞

 

第30章     クリスパー開発、英雄は誰か?

l  チャンを弟子に持つランダーから見たストーリー――ダウドナの称賛を嫌悪したランダーはシャルパンティエの気持ちを汲み取り、クリスパーの起源に遡って最初期の研究を行ったのに称賛を受けていない人々の功績を讃えるための本を書く

l  ダウドナ批判を忍ばせた小論をランダーがセル誌に発表――’16年小論『クリスパーの英雄』刊行。正確を期したが、事実を歪曲し、歴史を捻じ曲げていると猛烈な批判が沸き起こる。ダウドナもシャルパンティエも内容は不正確だと投稿、チャーチも自分の査読前の原稿からダウドナが情報を得ていたというランダーの主張に異議を唱えた

セル誌はなぜか学術雑誌にしては珍しく、ランダーが属するブロード研究所がダウドナ達と特許を巡って争っていることを公表せず

l  ランダーの炎上――ランダーは「技巧を極めた邪悪な天才」とまで批判。科学的な議論のための掲示板「パブピア」からツイッターまで炎上、「歴史を政治の道具として利用する」という意味の「ホイッグ史観」に立っているとも評された

l  ロザリンド・フランクリンへの仕打ちを彷彿―戦線が張られる――DNAの歴史においてフランクリンが不当な扱いを受けたことを知る女性の科学者はことのほか激しい怒りをランダーに向ける。小論が契機となってクリスパーを巡る戦線が張られた

l  ランダーを招いて事態収拾を図ろうとしたが――ハーバードの広報部長がランダーの依頼で事態を収拾しようと私に助力を求めてきたので、私のアスペン研究所で会見を開いたが、ランダーは「事実に基づくもので、ダウドナの業績を過小評価しているわけではない」と主張しただけだった

 

第31章     特許をめぐる戦い

l  生物学的特許と巨額利益――特許となる発明の基準となる「これまで知られていなかった」かどうかの判定に「自明性」を問うようになったが、生物学的特許にも長い歴史がある。多くの生物学者は生物学的プロセスを特許化するというアイディアを嫌悪したが、特許使用料に惹かれてバイオテクノロジーの特許はたちまち人気を博す。

1980年、画期的な出来事が2つ起きる。1つは遺伝工学者が原油を分解する細菌を開発、流出した原油の浄化に役立つとしたが、特許局が生物に特許を与えることはできないとしたのに対し、連邦最高裁は「人間の知恵の産物である限り特許の対象」とした

もう1つがバイ・ドール法の成立で、連邦政府の資金で研究開発されたものでも大学はその特許権から利益を得られるようになる。大学の研究を歪めるとして反対する者もいたが、実用化にかかる莫大な費用の回収手立てがなければ誰も投資はしない

l  クリスパー特許――チャンはダウドナがデータを盗用したと仄めかす――アメリカの研究教授の場合、通常、発明の特許は学術研究機関(大学など)に譲渡され、発明者はそのライセンス方法について発言権を持ち、特許料の一部(大半の大学では約1/3)を受け取る。シャルパンティエが当時拠点としていたスウェーデンでは特許は個人に帰属するため、ダウドナの特許出願はバークレーとシャルパンティエ個人と研究に参加したウィーン大学の共同で行われ、論文を仕上げるとすぐに仮特許出願。システムの利用方法を124以上も列挙し、データはすべて細菌由来だったが、ヒト細胞で機能させるための方法に言及し、あらゆる生物のゲノム編集ツールとしてカバーすべきと主張

チャンはその半年後に論文を発表し特許を出願したが、、わずかな追加料金を払って優先審査を申請、さらに特許局から却下されると宣誓書を提出、ダウドナの出願にチャーチのデータが使われていることを示唆。チャーチも「言語道断」と憤る

l  チャンとブロード研究所に外された貢献者マラフィーニ――特許出願中にチャンらはマラフィーニの名前を出願書類から削除。大学の指示で、出願内容をCas9をヒト細胞で機能させるプロセスに限定したため、マラフィーニの貢献が蔑ろにされた

l  ヒトで機能するのが「自明」か否かが争点に――'144月チャンの特許出願が許諾されたため、ダウドナは抵触審査の提案を提出(1年以内なら先発の発明者決定の審査要求が認められる)。ダウドナらはクリスパーCas9システムの構成要素を特定し、細菌の細胞で機能させる技術を開発し、それがヒト細胞で機能するのは「自明」としたが、チャンらはヒトで機能させるには、別の独創的な手順が必要だと主張

l  審理が行われるも――'172月、抵触審査の結果はチャンに軍配が上がり、控訴も連邦巡回区控訴裁判所が却下されたが、両陣営の出願した特許は互いに抵触しないので、ダウドナの出願も認可される可能性がある

l  2020年の特許優先権争い―生物学と法律に精通する超有能弁護士を雇う――判決は、特許的に区別可能かどうかについてのもので、個々の出願の有効性を裁定するものではないとしたため、'19年初、特許局はダウドナらの出願に対し15件の特許を付与したが、実際に現場で重複しているように見えたら混乱する

‘19年生物学と法律を学んだエラルド・エリソン弁護士を雇って新たな特許訴訟を提起、どちらが先に重要な発見(Cas9の発明)をしたかという根本的な問題を裁くもので、ダウドナの出願特許は、あらゆる生物にクリスパー・システムを使用する方法について述べていると主張。アメリカでは未決着だが、ヨーロッパではチャンが出願後マラフィーニを外すために出願書類を改訂したため最初の出願日と見做されず、特許が取り消され、イギリス、日本、中国、オーストラリアなどではダウドナらが特許を取得

l  無駄に長引いた争い――感情と怒りに突き動かされた戦いは無駄に長引く。マイクロチップの特許権では、テキサス・インスツルメンツのジャック・キルビーとインテルのノイスが10年に及ぶ法廷闘争の末にクロスライセンス契約(互いに知財の使用を許諾)により使用料を分け合った結果、ビジネスを飛躍的に成長させテクノロジーの新時代を拓く助けになったが、クリスパーの争いでも先人に学ぶことは出来なかったのか

 

第4部        クリスパー作動 CRISPR in Action

第32章     治療を試みる

l  鎌状赤血球貧血症の治療―患者の細胞を取り出し、ゲノム編集を施し戻す――2019年シャルパンティエのクリスパー・セラピューティクスがナッシュビルで初の治療への適用。患者から抽出した幹細胞をCas9で編集し注入する。編集されたゲノムは将来の子孫の全細胞に継承され、やがては人類という種を変える可能性さえある

最も一般的で歓迎されているクリスパーの使い方で、患者の体細胞の一部を編集し、病原が遺伝しないよう変更を加えることで、患者から細胞を取り出してゲノム編集した後戻す方法(生体外=エクスピボ)と、編集ツールを患者の体内の細胞へ運ぶ方法(生体内=インピボ)2通りがある

l  鎌状赤血球貧血症にゲノム編集医療が期待される理由――赤血球が鎌状に変形するために血管が詰まり死に至る疾患で、患者は400万、うち80%はサブサハラ・アフリカの人々。遺伝子の修正が成功すれば患者は自力で良い血液を生成する

l  娘たちの成長を見守ることができる、と喜ぶ患者――骨髄の造血幹細胞の81%が健康な胎児型ヘモグロビンを生成していることが確認され、クリスパーが人間の遺伝性疾患を治療することに成功

l  コスト負担をどうするべきか――患者1人当たり100万ドルかかる費用の負担が問題になり、患者の免疫系を刺激しない配送メカニズムの探索が課題に

l  がん治療―米中の競争――クリスパーはがんとの戦いにも使われ、治療法の考案と臨床試験において中国が2,3年先を行く。T細胞の免疫機能を阻害するタンパク質PD-1を生成する遺伝子をCas9を用いて破壊

ダウドナのマンモス・バイオサイエンシズでは、様々な種類のがんに関連するDNA配列を迅速かつ容易に識別するための診断ツールにクリスパーを利用

l  先天性失明の治療――フェン・チャンのエディタス・メディシンがインピボでCas9を患者の網膜の光受容細胞を含む層に注入

l  急性骨髄性白血病なども続々――ゲノム編集を利用して感染症、がん、アルツハイマーなどの病気に対抗しようとする研究も進行中

 

第33章     バイオハッキング

l  「カエル遺伝子工学キット」を自分に注射――成長後に筋肉の成長を抑制するタンパク質を生成する遺伝子を無効化するDNAを編集したザイナーは、自らの体内に注入

l  生物学の「民主化」――ザイナーはバイオハッカーで、遺伝子を簡単に操作できると称するキットを売って、複雑なテクノロジーを単純なように見せかける

l  デジタル革命のときと同じく、誰でもアクセスできる技術に――ザイナーはゲノム革命を、初期のデジタル革命のようにオープンでクラウドソース化されたものにしたいと思っている

 

第34章     生物兵器――米国防総省も参戦

l  クリスパーで生物兵器を無効化する米国防総省の取り組みに参加――クリスパー技術を使えばがんを発症させることもできることから、ダウドナは国防総省が資金提供する、クリスパーの悪用を防ぐ方法を検討する取り組みに参加

16世紀にイタリアの枢機卿チェーザレ・ボルジアがダ・ヴィンチを雇って以来、軍事費はイノベーションを牽引してきた。2016年米国国家情報長官が「ゲノム編集」を大量破壊兵器になり得る脅威に含め、ペンタゴンの調査部門である国防高等研究計画局は「安全な遺伝子」というプログラムを立ち上げ、遺伝子操作された兵器への対抗策の開発に対し支援を開始。新たに発見されたクリスパーを無効にするシステムを「抗クリスパー」と名付ける

l  抗クリスパーの発見――2012年ボンディ=デノミーは狡猾なウイルスが細菌のクリスパーを無効化する方法を発達させることを発見、ダウドナの研究室と協力、抗クリスパーをヒト細胞に導入して、Cas9の編集を調整したり停止したりできることを示す

l  天気のよい日に、揺れるヤシの木の下で話し合われたこと――クリスパーを使って核放射線から身を守る方法の研究も始まると同時に、ゲノム編集による大量破壊兵器の製造も話題に

l  ハッカーに協力を求める――米国科学アカデミーでは「バイオ革命と陸軍戦闘能力への影響」のテーマでザイナーにも協力を求める

 

第5部        市民科学者 Public Scientist

第35章     人間を設計するという考え

l  理想主義vsバイオ保守主義――人間を設計するという考えは、1960年代にSFの世界から科学の世界へと移る。遺伝子工学という新分野のスタートで、遺伝子技術を拒否することこそ倫理的観点から問題があるというバイオテクノロジーのユートピア主義が支配するようになったが、それと対立したのがバイオ保守主義者で、人間は神の真似をすべきではないとした

l  1975年アシロマ会議――'73年ヒト遺伝子改変の倫理的危険性について議論するため、組み替えDNAに関する先駆的論文を書いたポール・バーグは生物学者を招集、安全性のガイドライン策定までの組換えDNAの実験のモラトリアム(一時停止)を提唱

l  長老たちが激突――組換えDNAの使用を制限しようとするバーグと、自由な研究を認めようとするワトソンらが激しく対立

l  モラトリアムは終わったが、しかるべきセーフガードを講じた上で実験の再開に合意

l  アシロマ会議で議論されなかったこと――新たな遺伝子を作ることから生じるバイオハザードを防ぐための合意された制限は、「慎重な前進」として世界中で受け入れられるが、会議の焦点は遺伝子工学技術の安全性であって、安全性が確保された場合どこまでやるべきかという倫理的問題についての議論はなかった。

l  1982年『生物のつなぎ合わせ』――宗教指導者たちの指摘で、カーター大統領は倫理的問題を検討するための諮問委員会を設立。『スプライシング・ライフ(生物のつなぎ合わせ)』という報告書をまとめ、さらなる議論を促した中で、大学の研究への企業の関与が増大することと不平等を拡大することの2点の懸念が表明された

l  着床前遺伝診断と《ガタカGattaca(1997年の映画)――遺伝子選択が一般的に行われる未来を描いた映画だが、皆が同じことを望むとは限らない

l  1998年、UCLA、ワトソンとその他の面々――UCLA主催のゲノム編集に関する会議で、「生殖細胞系列」のゲノム編集の倫理性が議論された。それまで科学者が敢えて越えようとしない一線だったが、ワトソンはじめ大半の出席者が賛意を表明

l  ゲノム編集と市場原理――「リプロジェネティックス(生殖遺伝学)」という言葉を作り、個人の自由を尊重する社会では、遺伝子操作を制限することは難しいとした

会議の目的は、政府による規制を回避することで、ヨーロッパではすでに政策立案者が農業に関しても人間に関しても遺伝子工学の使用に反対する姿勢を強めていた

l  高校生への臨床試験失敗と遺伝子治療分野の停止――1999年、遺伝子の変異に起因する肝臓疾患を持つ高校生に実験室で作った正常な遺伝子を注入したが、重篤な免疫反応を示して死亡。遺伝子治療の全分野が停止。向こう10年間消滅

l  2003年、カス委員会――クローン羊ドリーの誕生とヒトゲノム計画完了(‘03)を見てブッシュ大統領は「生命倫理評議会」を発足させ、委員長の生物学者兼社会哲学者のレオン・カスは、「すべての子どもは健康な遺伝的特性を受け継ぐ不可侵の権利を持つ」という主張を批判

l  マイケル・サンデルも参加した生命倫理科学――カス委員会には保守主義の著名な思想家が数多く参加、最終報告書には遺伝子工学利用の危険性への警告が綴られ、「自然」を大幅に変えようとするのは傲慢なだけでなく、人間の本質を脅かす行為だと主張

 

第36章     ダウドナ参入

l  ヒトラーの悪夢を見る――ダウドナはヒトラーにゲノム編集技術利用の説明を求められる夢を見て愕然とする。自分たちの努力が悪用される可能性について想像力が欠如

l  ハッピー・ヘルシー・ベビー ――クリスパー・チームのサム・スターンバーグに、赤ん坊のゲノム編集を正しくオープンに行い倫理に適う実践方法を確立しようと起業した女性からコンタクトがあり、話を聞くことに

l  「瞳にはプロメテウスのような輝きが宿っていた」――ジョージ・チャーチも無償でこの起業家の科学アドバイザーを務めていたが、最終的に社会がまだ準備ができていなかったとして起業を断念したが、Cas9技術の発明が妄想を現実のものとしたのは間違いなく、ヒトゲノムを細菌ゲノム並みに簡単に編集できるようになったということ

l  2015年、ナパ――ダウドナは、ゲノム編集ツールをどう使うべきかという政策議論をリードすべく、組換えDNA技術の発明者ポール・バーグとノーベル賞学者のボルティモアを招聘してナパで会議を開催、倫理的な問題に踏み込み、前進する道を模索

l  バイオテクノロジー産業の誕生―魔人をランプに戻せるか――十分な監視がなされないままバイオテクノロジーの商業的利用が進んでいることへの懸念から、安全性や社会的問題への理解がさらに進むまで、生殖細胞系列でのゲノム編集を一時棚上げにすべきと考える

l  「慎重な前進」が合言葉に――ダウドナら3人は、会議の報告書をサイエンス誌に投稿。安全で医学的に必要であれば生殖細胞系列のゲノム編集を認める可能性を残すために、「慎重な前進」を訴え、以後ゲノム編集関連の科学会議での合言葉となる

l  2015年、中国の胚の研究――中国が初期段階のヒト胚でゲノム編集を行ったというニュースが流れ、その胚には生存能力がなく母体に着床することはなかったが、論文はオンラインで公開

l  禁止すれば医療進歩に水を差し、ブラックマーケットが生まれるかも――米議会が早速興味を示し、ダウドナとチャーチは証言台に立ち倫理的論争を巻き起こすと警告

l  2015年、国際サミット――ダウドナらの提言により米国科学アカデミーが世界の姉妹機関に呼び掛けてワシントンで第1回ヒトゲノム編集国際サミットを開催。幅広い社会的合意がなければ、生殖細胞系列のゲノム編集を進めてはならないとの結論

l  妥当な折衷案――最終報告書では、ゲノム編集の際に満たすべき基準が示されたが、「幅広い社会的合意」の必要性という重要な制限については削除

l  プーチンいわく、恐れを感じず戦う兵士が生まれるかもしれない――米英では臨床目的の生殖細胞系列の改変は不可と明言したが、ロシアでは何らの制限もない

 

第6部        クリスパー・ベビー誕生 CRISPR Babies

第37章     賀建奎(フー・ジェンクイ)――赤ちゃんを編集する

l  熱意あふれる起業家――苦学生の賀は、留学したスタンフォード大教授が開発したシーケンシング技術を活用したビジネスを中国で起こすことを決断

l  中国のシリコンバレー、深圳へ――2011年深圳に新設された南方科技大の准教授に応募、米大教授とともに研究室を立ち上げ、「千人計画」と「孔雀計画」の支援を獲得

2017年までに先行する米企業に匹敵する業績を上げ、3億ドル超の企業価値を実現

開発したシーケンサーは、発生段階初期にあるヒト胚ゲノムの配列を解析して、疾患遺伝子の有無を調べることに成功、さらに編集の可能性についても検討開始

l  ネットワーカーとしてアメリカへ、ダウドナと出会う――賀は熱心なネットワーカーで米科学コミュニティでも人脈を広げ、ダウドナに面会をもう押し込み、彼女が倫理的問題を研究する会議に招聘される

l  当時は誰も注目しなかった――賀の発表は二番煎じで注目を引かなかったが、ヒトゲノム編集会議の最終報告を、「慎重に進めてもよい」とのシグナルと捉え、彼の実験がブレイクスルーをもたらすとはだれも思わなかった

l  赤ちゃんを編集する――賀は、遺伝子修正を施した赤ちゃんを誕生させる目的で生存能力のあるヒト胚でゲノム編集する計画を立てていたことを言わなかった

HIVウイルスに感染した夫婦に感染しない赤ちゃんをもたらす技術として深圳の病院の倫理委員会の満場一致の承認も取っていたが、AIDS感染予防のより簡単な方法がすでにあったので国際会議で合意されたガイドラインに適合していなかった

l  ガイドラインを越えて治療する――2018年に1人の母親に双子の胚を、別の母親に1つの胚を移植。父親の精子を洗浄してHIVウイルスを除去した後に母親の卵子に注入するだけで受精卵のHIV感染防止には十分だったが、生涯にわたって感染しないようにするためにCas9を受精卵に注入

l  アメリカの知人たちの後悔――賀から計画を事前に知らされたアメリカの知人たちは、医学上不必要かつガイドラインにも反するとしてもっと強く止めなかったことを後悔

l  ゲノム編集ベビーを作る最初の人になりたい――スタンフォードでは、「適切な科学の慣行に従うことを忠告したが聞き入れられなかった」として、大学側の不正を否定

l  アメリカの指導教官は否定――被験者夫婦との打ち合わせに同席していたアメリカの大学の指導教官は、同席を否定したが、論文には共著者となっていて、大学は沈黙

l  著名な広報担当者を雇い、キャンペーン――賀は名声を狙ってアメリカの広報担当者を雇いマルチメディアでの広告キャンペーンを計画。『治療目的の生殖補助医療の倫理原則の草案』なる論説をクリスパー・ジャーナル誌に寄稿。その基盤としたのは、現代の欧米の著名な哲学者が、時として強い説得力を持って提唱してきた道徳原則で、病気の治療や予防を目的とするゲノム編集は容認される、いやむしろ望ましいとする

l  クリスパー・ベビー誕生―双子の女の子、ナナとルル――2018年双子誕生。『ゲノム編集でHIV耐性を獲得した双子の誕生』と題された論文が事後にネイチャー誌に送られたが掲載されず。細かいミスや想定外の結果は隠蔽され、「生命の暗号をハックしたが、結果はハック・ジョブ(やっつけ仕事)だった」との評価も

l  衝撃のニュース、そして世界は新たな時代に突入――賀はネイチャー誌掲載まで公表を止めたが、MITテクノロジーレビュー誌の記者がスクープしオンラインで公開したため、賀もユーチューブで公開。世界はいきなり新たな時代に突入

 

第38章     香港サミット

l  「赤ちゃん誕生」メールを賀から受け取る――ダウドナは、賀からメールと論文の草稿を受け取り現実を悟る。直後の第2回ヒトゲノム編集国際サミットで賀に発表させる

l  賀との面会――賀はサミットでのベビー誕生公表を渋る。アメリカで教育を受けた中国の著名な幹細胞研究者でダウドナもよく知る裴は、中国ではゲノム編集に対する厳しい規制があるので、このようなことが起きるはずはないと証言

l  広東料理ビュッフェで対面、険悪な雰囲気に――世間のネガティブな反応に加え、参加者からの質問攻めにあって、賀は会議への出席には警備をつけろと要求

l  賀は自分が英雄視されると思っていた――『人民日報』が「画期的な偉業」と報じていたが中国国内の科学者が「直接的な人体実験は狂気の沙汰」と批判し始めたためすぐにウェブサイトから削除。他方、賀の大規模な宣伝キャンペーンが拡散。ダウドナは、賀が未熟で傲慢な一方、驚くほど世間知らずであることに衝撃を受ける

l  発表を待つ会場は静まり返り、そして賀が登場――香港のややフォーマルな雰囲気の中で白いシャツ1枚にノーネクタイで演壇に登場

l  一斉にカメラのフラッシュがたかれるなか――短い発表の後、出席者から批判と攻撃の嵐が浴びせられたが、HIV感染者の子どもたちを守るための方法を見つけたかったと抗弁して会場を去る。ダウドナは、安全性が臨床で検証されておらず、倫理的問題は未解決のままで、科学と人間を進化させる方法かどうかについて社会のコンセンサスも形成されていないなかで、賀のやり方に強い失望と嫌悪を覚える

l  ダウドナの声明―「無責任」だが「将来は、容認される可能性がある」――ダウドナは、クリスパーCas9が人類に幸福をもたらす強力なツールになることを確信しており、いつの日か生殖細胞系列のゲノム編集においてもそうなることを期待していたので、モラトリアムという言葉を使ってゲノム編集研究の進歩を妨げるのは避けるべく、ダウドナはボルティモアなどの科学者たちは、再び中道をとり、いくつかの追加的基準が満たされれば、生殖細胞系列のゲノム編集は容認される可能性があると述べる

 

第39章     容認

l  ザイナーは称賛した――賀の発表を聞いてザイナーは「これで僕らの人間性は永遠に変わった」と快哉を叫ぶ。じきに技術ははみ出し者でも手が届くものになり、数千ドルあれば道具を揃えることはできるし、ヒト胚は不妊治療クリニックから1000ドルで購入でき、編集した胚を人間に移植することも可能

l  自分の双極性障碍の遺伝子を消したい――ザイナーは、着床全遺伝子診断で子どもの性別を選択し、医師はいくつかの重篤な遺伝性疾患についても検査したが、胚の完全なゲノム配列を明らかにしなかった。子どもに最高の教育を受けさせようとするのと、最高の遺伝子を与えたいと思うのとは同じことだと主張

l  政治家たちから反発は起きなかった――クリスパー・ベビーに対する政治家と一般大衆の反応は、1978年に始まった体外受精IVFと同様なものと見做し、上院の公聴会でも編集が重要な技術だという考えを支持し、誰も規制強化を求めなかった

l  モラトリアム問題――この問題で出遅れたランダーやブロード研究所は、モラトリアムを要請、支援者を募って煽る

l  モラトリアムを要請せず「慎重な前進」を今後も貫く――WHOと米国科学アカデミーは既に適切なガイドラインの作成に乗り出していたので、ランダーの要請は無意味

l  賀への有罪判決――2019年深圳市人民法院で裁判にかけられ、自身も「違法な医療行為」と認め、懲役3年と罰金に加え生殖科学に携わることを永久に禁止された

 

第7部        モラルの問題 The Moral Questions

第40章     レッドライン――越えてはならない一線

l  人類は、自らの遺伝子構造を編集する能力を身につけた初めての種になった――自らの進化を促進する力を持つようになると、深遠な道徳的問いや精神的な問いに直面するはずだが、出口の見えない問いを大袈裟に捉え過ぎてはいないか? 危険な病気を取り除き、子どもたちの能力を強化することで得られる恩恵をなぜ手に入れようとしないのか?

l  レッドラインとしての生殖細胞系列――体細胞編集は患者の標的細胞に変化を加えるもので既に行われ一般に受け入れられているが、問題は生殖細胞系列でのゲノム編集で、ヒトの卵子、精子、初期胚のDNAに変更を加え、生まれてくるすべての子どもとその子孫の全細胞がその改変された特徴を備える

子どもの遺伝形質を選択する医学的な手法は、出生前診断と体外受精=着床前診断の2つが、かつては物議を醸したが、すでに認められていて、それとの境界線は曖昧

l  原爆の場合はどうだったか――投下に際し、越えてはならない一線との意見もあったが、大規模空襲と根本的に異なるものではないとして実行されたが、現在では別格の兵器とされ、一度も使われていない。どのような場合に一線を越えるべきなのか?

l  治療か強化か――体細胞編集と生殖細胞系列編集を分かつラインのほかにも検討すべきラインがある。それは危険な遺伝性疾患を排除するための「治療」と、人間の能力や特徴を向上させるための「強化」を分かつライン。一見「治療」の方が正当化しやすく見えるが、両者の区別は曖昧。「予防」や「超強化」という第3,4のカテゴリも必要

 

第41章     思考実験

l  ハンチントン病―人類から取り除くべき遺伝性疾患――優性遺伝病の1つで集中力が低下し脳細胞を死滅させ、50%の確率で子供も発症。着床前遺伝子診断によって回避可能。特定変異を除去するだけで他は何も変更しないので、許容されてもいいのでは

l  鎌状赤血球貧血症―マラリアへの免疫もあり、また病から学べることもある――単純な遺伝子変異により発症。赤血球が微小血管を通過しにくくなるため早期に死に至る。幹細胞の編集は容易ではなく高額。片親から引き継いだ場合発症しないがマラリアに対する免疫力を持つ。患者の中には自身の今を否定したくはないが、子どもが遺伝子を持たずに生まれてくる方法があるならそうしたいと思う人もいる

l  性格―自閉症の困難と強みをどう評価すべきか――困難や障碍は時として優れた人格を形成し、忍従を教え、立ち直る力を育てる。マイルス・デイヴィスも鎌状赤血球貧血症を発症し、その痛みから逃れようと麻薬と酒に走り早過ぎる死の遠因だったかもしれないが、創造的なアーティストに育てたのは間違いない

l  聾―遺伝的な障碍か、それとも社会構造や偏見による不利益か――聾の夫婦が自分たちの文化的アイデンティティを受け継ぐ子供が欲しいと思い、先天的に耳が聞こえない精子ドナーを見つけて子供を作った。本当の障碍と、社会の適応能力が低いせいで障碍と見做されている特性をどう見分けるか? 聾の両親が子供が確実に聾で生まれてくるようにしてほしいと言った場合、医師はどう対応すべきか、サンデルは様々な思考実験を試みる。LGBTについても同様のことがいえる

l  筋肉とスポーツ―アスリートの大半は優れた運動能力の遺伝子を持つ――真の治療のためのゲノム編集と、子どもを強化するためのゲノム編集との曖昧な境界線を検討するための思考実験として、アスリートの過剰な筋肉が遺伝子による場合はどうすればいいか、さらにはその遺伝子を両親が買い与えたとしたら問題にならないか?

l  身長―「つま先立ち」問題――低身長をもたらすIMAGe症候群は遺伝子の変異によって起きるため、この欠陥をゲノム編集によって除去するのは許されると考えるだろうが、たまたま身長の低い両親が子供のゲノムを編集して高身長にするのは許されるか?

身長を高くするのは「つま先立ち」問題といって皆が高くなれば効果は薄く相対的な向上でしかないが、ウイルスへの抵抗力を強化するのは絶対的な向上

l  超人間主義(トランスヒューマニズム)―遺伝子操作で強化された兵士を作る――米国防総省の調査機関の国防高等研究計画局DARPAでは、ダウドナの研究室と共同で、遺伝子操作によって強化された兵士を作る方法の検討に着手

l  精神疾患―本人や家族は苦しむが、偉大な芸術家になる場合も――遺伝的要因が精神に及ぼす影響はほとんどわかっていないが、原因遺伝子が特定された場合、親が子どもからそれらの遺伝子を削除しようとするのを許可・推奨すべきか? 気分障碍をゲノム編集で除去することへの疑問を突き詰めると、人生の目的や目標は何かという根本的な疑問に行き着く。幸福になることや満足することだけが望ましいことなのか?

l  賢さ―その本質はまだ解明されていない――認知スキルを向上させ「知性」を向上させることは最後のフロンティアだが、「賢さ」とは最も捉えどころのないもの

 

第42章     誰が決めるべきか?

l  米国科学アカデミーのビデオ――社会の幅広い議論を喚起するために、ダウドナも参加してツイートと動画が作成されたが、ゲノム編集による人間の形質の「強化」が容認され、あるいは軽視されているという誤解を与えたとしてすぐに削除

インターネット掲示板では、どんな議論でも7つ目のレス(返答)までに誰かが「ナチ!」と非難する、という定説があるが、ここでは3つ目でその反応が出た

l  個人か、コミュニティか?――主要な道徳的問題の大半は、個人の権利・自由や選択を尊重する立場と、社会にとって最善は何かという観点から正義と道徳性を評価しようとする立場の対立に帰する。ワクチンの接種やマスクの着用などはその典型

l  1984年』と『素晴らしい新世界』――オーウェルとハックスリーのSF小説も議論の参考になる。国家による遺伝子管理は優生学の行き過ぎで悪臭が漂うが、今では自由な選択と市場ベースの消費者主義に基づく自由主義/自由意思論者(リバタリアン)の優生学を導入しようとしているかもしれない

l  自由主義の優生学――現在、ゲノム編集に関する決定は、消費者の選択と自由市場の力に委ねられようとしているが、なぜそれがいけないのか? 子孫が繫栄する可能性を高めるためにあらゆる手を尽くすことこそ、進化の本質だと主張する声も大きい

l  多様性がもたらす価値は、個人にとっての価値と相反する――2019年にはニュージャージーのスタートアップが着床前診断を利用して赤ちゃんを設計するサービスを開始。多様性も標準からの逸脱も少ない社会を私たちが望むのか?

l  金銭的な不平等が、遺伝的な不平等になり兼ねない――ゲノム編集を自由化すると、既にある不平等を加速化するのは間違いない。FDAの規制がある程度は有効なように、ゲノム編集の規範がどうあるべきかを明らかにすることが可能であれば、多くの人が従うような規範と社会的制裁を模索できるようになるだろう

l  神を演じる――人間の進化を決めることに違和感を覚えるのは、それが「神を演じる」ことになるからで、人間の傲慢以外の何物でもない

l  適切なバランスを見つける賢さも――天与の運命の完全なコントロールは慎むべきだとサンデルは言う。(「遺伝をコントロールしようとする熱意が見落とし、破壊さえしかねないのは、人間の力と業績は天与のものだという認識である。・・・・贈られしものとしての人生に感謝することは、自分の才能や能力のすべてが自分の努力によるわけではないと認めること」)。天与の運命を受け入れつつ、同時に自然への絶対的服従も避ける道を進むことは可能

 

第43章     ダウドナの倫理の旅

l  遺伝子疾患の赤ちゃんに「母親として身につまされた」――ダウドナは当初本能的に反対したが、「いつの日かゲノム編集を使わないことが非道徳的になるかもしれない」という意見を聞いて立ち位置が変わり始める。重篤な遺伝子疾患を聞かされるにつれ、身につまされる

l  医療当事者との対話から――ゲノム編集に関する多くの決定は、官僚や倫理委員会ではなく個人に委ねられるべきとの意見に共感するようになるが、医学的に必要で、他に適切な手段がない場合にのみ許されるべきと考え、今のところ行う理由はない

l  「医療」と「強化」の線引き――特に重視した道徳的な問題が不平等の拡大で、富裕層が子どもの遺伝子を強化する可能性を懸念。ゲノム編集を医学的に必要なものや有害な変異を修正することに限定すれば、より安全であり、クリスパーのもたらす公益が危険を上回ると確信し、慎重に前進しなければならないとする

 

第8部        前線で起きていること Dispatches from the Front

第44章     生物学が新たなテクノロジーに

l  2019年、ケベックでのクリスパー会議―バイオテクノロジーはクールな存在へ――クリスパー革命とコロナウイルス危機が生物学を新たなテクノロジーに変えたが、新たな時代について道徳的な問いに取り組む必要性にも気付いていた

l  ジャンプする遺伝子―チャンvsダウドナ、ふたたび――両陣営とも、Cas9DNAを切断する代わりに「ジャンプする遺伝子トランスポゾン(染色体上を自由に移動できるDNA断片)”」を使って狙った場所に新たな配列を挿入するための、より効率的な方法を発見。スターンバーグの論文発表の噂を聞いてチャンがすぐ後追いで出しながら発表を先行させたため、両者の間に緊張が走るが、両者の間には重要な差異がある

l  とはいえ生物学の研究には、協力が織り込まれている――生物学の研究ほど熾烈な競争をしている分野はないが、ビジネスの世界と異なり、ダ・ヴィンチのいう「自然の無限の驚異」を解き明かそうとする情熱が、ライバルとの間に仲間意識を芽生えさせ、競争の中にもお互いの協力が織り込まれている

l  強化は多様性を失わせる―サンデルの講義を受けていたチャン――悪性の単一遺伝子疾患を防ぐために必要であれば実践されるべきという意見には同意するが、人間の強化のためのゲノム編集には誰もが抵抗を感じていた。問題は、その違いを定義することは難しく、強化を禁止するのはさらに難しいこと。浮上しつつある道徳的問題は、ゲノム編集が社会の不平等を深刻化し、コード化さえしかねないこと

 

第45章     ゲノム編集を学ぶ

l  白衣とゴーグルを着用して――ダウドナの研究室でゲノム編集の方法を学ぶ

l  ウォルター・アイザックソンが成功!――若いポスドクに手伝ってもらって完成

l  ヒト細胞を編集し、その遺伝子を変えるのは簡単だった――試験管内の成功をもとに、ヒト細胞でのゲノム編集にも挑戦。いかに簡単かを知る

 

第46章     ワトソン、ふたたび

l  知性は何で決まるか――ワトソンはコールド・スプリング・ハーバー研究所から追放され孤独に苛まれる日々を送る。原因は、政治的に進歩主義を自任するワトソンが、2003年に、恵まれない人々を救うためにゲノム編集を支持するとし、古い優生学の気配を匂わせた発言をしたためで、ゲノム編集が人の容姿の向上にも役立つとも発言

l  人種差別発言――2007年、ワトソンはインタビューに答えて「我々の社会政策のすべてが、アフリカ人と我々の知性が同じだということを前提にしているが、あらゆるテストはそうでないことを示している。この厄介な問題はますます対処が難しくなる」と発言し物議を醸す。発言を撤回し謝罪しようとしたが、火に油を注ぐ

l  90歳の誕生日――2018年の誕生祝でランダーはワトソンを讃えて反発を招き、慌てて間違いを謝罪したが、同時に反ユダヤ主義者だと仄めかしたことに対しワトソンは激怒、ユダヤ人は他の民族より知能が高いと述べその証拠にノーベル賞受賞のユダヤ人を列挙したが、それがまた反発を買う

l  自身が特集されたドキュメンタリーでも人種とIQについて発言――PBSの《アメリカン・マスター》シリーズでワトソンを特集した際も、人種的偏見を撤回させる機会を提供されたにもかかわらず、ワトソンは人種によるIQ差は遺伝的なものだとし、自己賛美に徹し名誉挽回のチャンスを台無しにしたため、研究所は名誉称号を剥奪・追放

l  ジェファーソンの難問―欠点が偉大さの裏返しとして、それを言い訳に出来るか――偉大な業績を上げながら、非難すべき欠点のある人物をどの程度尊敬すべきか?(ジェファーソンは奴隷制に反対しながら自らは多く所有)。功績と欠点は表裏一体ではないのか? だからと言って言い訳にはできない

l  ワトソンを訪問―依然として頭脳明晰だったが――ドキュメンタリーでの人種に関するコメントは自分の信念を否定できなかったからだと弁解

l  40代後半、統合失調症の息子――息子の症状は父親にも当てはまる。息子は「父の発言は、遺伝的運命をかなり狭く解釈していることの表れに過ぎない」といい、その通り

 

第47章     ダウドナ、ワトソンを訪問する

l  誰もが慎重に会話した――私はワトソンの求めに応じダウドナを連れて行くと、ワトソンは「クリスパーがDNA構造が発見されて以来最も重要な発見である理由は、世界を記述するだけでなく世界を容易に変えることができるからだ」と持論を述べる

l  人は誰でも欠点があるという間接的な告白――ダウドナはワトソンを尊敬しつつ、彼の考えは嫌悪すべきといい、「世界はモザイクのようなもので、素晴らしい資質を持つ人にも欠点はある」と間接的な告白を聞く

 

第9部        コロナウイルス Coronavirus

第48章     召集令状

l  イノベーティブ・ゲノミクス・インスティテュートIGI――20202月、パンデミックと戦うために何をすべきか。クリスパーの分子メカニズムは人間が感染したウイルスを検知し破壊できることを熟知しており、早急にチームをまとめる必要があった。

カリフォルニア大学のバークレー校とサンフランシスコ校の共同研究機関のIGIは異分野間のコラボレーションを促進するために設立で、さっそく役に立つ

l  アカデミックとチームを組み合わせる――ダウドナが発起人となってIGIに呼び掛け、コロナウイルス対策チームを発足させる

l  重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2”SARS-CoV-2”――新型ウイルスによる病気の名称は”CIVID-19” コロナウイルスの遺伝物質はRNA。ヒトゲノムは30億超の塩基対から成るが、SARS-CoV-2のゲノムはおよそ29900塩基で、コードするタンパク質は29種類。中国はウイルスの全ゲノム配列を公表し、配列情報と構造データをもとに、分子生物学者たちはヒト細胞にとりつくウイルスの機能をブロックする治療法やワクチンの開発競争に乗り出す

l  戦いの順序――ダウドナの呼びかけに多くの参加者が呼応し、大学の弁護士は「ロイヤリティ・フリー・ライセンス」のためのテンプレートを提示

 

第49章     検査をめぐる混乱

l  疾病予防管理センターCDCが検査方法を開発するが―アメリカの失敗――FDAを管轄する保健福祉省HHSは公衆衛生上の緊急事態を宣言、CDCが開発した検査キットを全国に配布したが、正確に稼働せず。長い綿棒を鼻腔の奥に挿入し、採取した粘液からウイルスRNA分離用試薬を使ってRNAを抽出、DNAに逆転写した後ポリメラーゼ連鎖反応PCRによって多量のコピーに増幅され、ウイルスを検知する

l  FDAという壁――現場では独自の検査方法を開発、FDAに承認を求めたが官僚的な対応で時間がかかり、承認も得られず

l  国立アレルギー・感染症研究所所長アンソニー・ファウチ登場――ファウチはアメリカの感染症に関する第1人者で、独自の検査方法を認めるようFDAに強く求め、認可後は大学の研究所が検査施設として機能、政府が果たすはずの役割を担う

 

第50章     バークレー研究所

l  義勇軍――ダウドナのチームは、まずは既存の技術であるPCRを活用、並行してクリスパー技術によりウイルスのRNAを直接検出する方法を開発

l  指揮官はゲノム編集の魔術師――検査チームのトップはロシアから来た科学的発見を医療に繋げる仕事をしてきた研究者

l  多様で異なる才能が集まる――開発のトップは、ヒトゲノム編集の研究者

l  コロナウイルス検査ラボ――IGI内に検査ラボを急造。学内から様々な機器や必需品を調達。政府の検査が混乱しているさなかに、大規模な検査ラボとして機能

l  市民からの感謝「ありがとう、IGI」――ダウドナは大学院生の頃からRNAに関する計測値解読に精通しており、検査キットの精度確認に役立つ

 

第51章     マンモスとシャーロック

l  検出ツールとしてのクリスパー ――この分野でもフェン・チャンと競合していたが、互いの発見は無料で供給された

l  Cas12とマンモス――2017年、ダウドナの研究室は、Casの別の機能を使った検査方法を発見、Cas12と名付けて、自らマンモスを起業して臨床に活かそうとした

l  Cas13とシャーロック――さらに新たな診断ツールを発見してCas13と名付けるが、同じような方法を発見したチャンはシャーロックと名付ける

l  2020年初めまではそれほど話題にならなかった――診断企業に関するダウドナとチャンの競争は、何れもその技術が大いに社会のためになることを知っていたので、激しい競争にはならなかったが、2020年に世界は一変、ウイルスを迅速に検出することが重要になった。従来のPCR検査より早く安価にウイルスを検出する方法は、ウイルスの遺伝物質を検出するようプログラムされたRNAガイド酵素を活用すること

 

第52章     コロナウイルス検査

l  フェン・チャンは自らシャーロックの検出ツールを構築し直した――ニューヨークの中国領事館からの要請もあってチャンは動き出し、すぐにPCRより簡単な方法で増幅されるやり方を考案、ネットで公開しあらゆる研究所に無料使用を呼びかける

l  「科学者が協力し、情報をオープンにして共有することを嬉しく思う」――マンモスもクリスパー・ベースの検出ツールを設計し直して新型コロナウイルスを検出できるようにしてオンラインで公開すると、チャンは「情報の共有を嬉しく思う」とツイート

l  在宅検査――クリスパーを用いる検査法は、PCR検査より安価で速い。感染が進まないと検出できない抗原検査法よりも優れている。両陣営とも、在宅で検査できるキットの開発を急ぐ。検査試薬を設定し直すだけで異なるウイルスも検出できる

l  生物学が家にやってくる――家庭用検査キットの開発は、それをプラットフォームとして、病気の診断等様々なバイオメディカル・アプリを開発できるようになるだろう

 

第53章     RNAワクチン

l  RNAワクチンの治験に参加――ファイザーとビオンテックが開発したRNA断片を使う新しいタイプのワクチンの治験に参加。RNAはコロナウイルスの遺伝物質であり、ワクチンと治療法の基盤になる可能性がある

l  従来のワクチンは、弱毒化ウイルスやウイルスの断片などだった――ワクチンの目的は免疫システムを始動させることにあり、対コロナワクチンもコロナウイルスの表面にあるスパイクタンパク質をヒト細胞に導入する方法を開発

l  遺伝子ワクチンは遺伝子や遺伝コードの一部を投与――2020年は伝統的なワクチンが遺伝子ワクチンに取って代わられた年。遺伝子を投与して、ヒト細胞がウイルスの成分を自ら生成するように導き、そうやって生じた成分によって免疫システムを刺激する

l  DNAをそのままヒト細胞へ送り込むDNAワクチン――遺伝コードをそのままヒト細胞に送り込めば細胞がワクチンを製造するが、運搬方法が課題

l  DNAワクチンの配送問題――未解決のまま

l  RNAワクチンはDNAの核外で機能する利点がある――mRNAとして細胞の核内にあるDNAの遺伝情報を写し取り、それを核外のタンパク質を生成する領域に運びタンパク質生成を指示する

l  ビオンテックとモデルナが製造――ビオンテックは2008年シャヒン・テュレジ夫妻が免疫システムを刺激してがんと闘う免疫療法を開発する目的で設立、新型コロナウイルスの登場で、ファイザーと共同開発してきたmRNA技術を用いるインフルエンザワクチンの技術をコロナウイルスにも転用。同じ頃アルメニア人が始めた新興モデルナもショスタクの院生を採用し同様のRNAワクチンを開発、開発中の20種の薬品はいずれも治験の最終段階に達していなかったにもかかわらず、NIHの全面的なバックアップを得て短期にワクチンを開発、今では世界有数の製薬企業となった

l  われらがバイオハッカー、参入――ザイナーが選んだのはヒトでの治験が始まったばかりのDNAワクチンで、自らに注射するとともにライブストリーム配信した

l  自家製のワクチン注射をライブストリーミング――ザイナーはライブストリーミング配信で注射する方法を懇切丁寧に教え、一般の視聴者の協力を呼びかける

l  臨床試験、私の場合――ビオンテックの治験は二重盲検試験で、ワクチンが承認された場合は「非盲検」となり、プラセボなら本物のワクチンを投与してくれるが、他のワクチンが承認された場合は、承認されたワクチンを受けに行っても構わないということだった。その場合「非盲検」になるかどうかは未定

l  RNAの勝利――RNAの最も基本的な機能を利用して自らの細胞がスパイクタンパク質を製造し、コロナウイルスに対する免疫力を高める方法を発見した

ウイルスや細菌による伝染病が最初に記録されたのはBC1200年頃のバビロンでのインフルエンザの流行。BC429年のアテナイの疫病では10万人が死亡。2世紀のアントニヌスの疫病(おそらく天然痘)では1000万人、6世紀のユスティニアヌスの疫病(ペスト)では5000万人、14世紀のペストではヨーロッパの人口の半分近くのおよそ2億人の人命が奪われた。今回のコロナウイルスでは150万人を死に追いやったが、RNAワクチン技術のお陰で未来のほとんどのウイルスに対する私たちの防御は以前より格段に速く、効果的なものになりそうだ

 

第54章     クリスパー治療

l  ワクチンが完全な解決策ではない理由――人の免疫システムは重構造になっていてコントロールが難しく、新型コロナウイルス感染症による死者の大半は過剰な免疫反応による臓器の炎症が原因。ウイルスに勝つための長期的な作戦は、患者の免疫システムを動員するのではなく、クリスパーを使ってハサミの働きをする酵素を誘導し、ウイルスの遺伝物質を切り刻むことで、ダウドナとチャンたちの競争は続く

l  デジタル界と遺伝子界で活躍するキャメロン・ミアヴォルド――デジタル・コーディングと遺伝子コーディングの両方の世界で活躍するのがミアヴォルド

l  Cas13で危険なウイルスを標的とし切断するシステムを開発――ミアヴォルドはフェン・チャンと緊密に連携して、シャーロックのプロセスをより簡単にする方法を開発

l  プログラム可能な抗ウイルス薬を――ミアヴォルドはウイルス検出だけでなく、その排除にも関心を寄せ、Cas13を使って人間の体内でウイルスを破壊する方法を研究

l  スタンレー・チーとパックマン――ダウドナサイドの研究室でもクリスパーを用いてインフルエンザと戦う手法の開発に注力。チャンとは異なるCas13をヒトの肺細胞のコロナウイルスを標的とする酵素に選び、パックマンと名付け、大きな効果を上げる

l  配送システムの開発――クリスパー・ベースの技術は、侵入してきたウイルスを直接攻撃するので、不安定な免疫反応に頼る必要がなく、ワクチンより効果的に働くが、問題は配送で、2021年当時はまだヒト細胞で展開する準備ができていなかった

l  再プログラムも可能――クリスパー・ベースのシステムなら、治療と予防を行えるし、新しいウイルスに対してもそれに合わせて容易に再プログラムできる

 

第55章     コールド・スプリング・ハーバー・バーチャル

l  新型コロナウイルス感染症をテーマにオンライン・クリスパー会議開催――2020年のクリスパーの年次会議は、ロザリンド・フランクリンの生誕100年を記念して開催され、ロザリンドを「ゲノム編集のゴッドマザー」と讃えた後、最新の研究成果が発表

l  バイオテクノロジー革命もまた、黒人を置き去りにするかという危惧――黒人が医療実験に不信感を抱いていることも議論され、多様性が重要であることへの認識が共有されたが、研究室ではアフリカ系の研究者はほとんどおらず、新たな生命科学革命もこのままではデジタル革命同様ほとんどの黒人を置き去りにする革命になり兼ねない

l  若手研究者からの発表――クリスパーCas9がハサミで、塩基編集が鉛筆、プライム編集はワープロ。それらを巧みに操ってゲノム編集の技術を向上させる発表が相次ぐ

l  交流ラウンジ、ブラックフォード・バーをバーチャル再現――様々な研究に従事する人たちを集めて偶然の出会いを実現。科学的協力の地平を広げる

l  シャルパンティエとダウドナ、リモート邂逅する――ダウドナはシャルパンティエとの関係が崩壊したことを悲しんでいたが、会議の翌日著者の仲立ちで両者の個人的な面談がZoomで実現、すっかり打ち解けた

l  いつかまた一緒に研究しよう――2人は昔に戻って、お互い疎遠になったのは単に忙しくなったためだったと言い、’22年には一緒にサバティカルを過ごすことに同意

 

第56章     ノーベル賞に輝く

l  「生命の暗号を書き換える」――2020年のノーベル化学賞をシャルパンティエとともに受賞。発見から受賞まで8年という歴史的に異例の速さ(同年の物理学賞は50年前の発見に対するもの)3人のところ2人というのも、他の有力候補をおいての受賞というのも異例づくめ、女性2人というのにもロザリンドの亡霊を感じた人もいた

ダウドナは、06年初めてクリスパーという言葉を聞かされたジリアン(10)に電話して共同研究者への感謝を伝える

l  科学は女の子のするものではないと言われたけれど――化学賞184人中女性は5人のみだったことから、女性の受賞という点が画期的とされた。ダウドナの研究に資金提供しているマーク・ザッカーバーグとプリシラ・チャン(歌手)Zoomで祝意を送り、ショスタクは「自分の受賞より素晴らしいのは、教え子が受賞すること」と祝った

l  パンデミック以降、情報はオープン化――ダウドナは、「最近の生活の多くの側面と同様に、科学とその実践は、急速かつ永続的に変化しつつあり、これは良い方向への変化になるでしょう」と寄稿し、次のように予測。一般市民が生物学と科学的手法をより理解するようになる。選挙で選ばれた代表は、基礎科学に資金を投入することの価値をより認めるようになる。そして、科学者が協力し、競争し、情報交換する方法も、永続的に変わるだろう

パンデミック以前は、科学者同士の交流を全て、知的財産権の取引に変えてしまい、将来の発明から大学が得る利益を守ることが優先されたが、コロナウイルス感染症を倒すための競争でルールは一変。編集者と査読者が論文掲載の是非を決定する前に無料で公開され、情報をリアルタイムで自由に共有し、ソーシャルメディア上で分析することさえ可能とし、世界中の専門家によって審査され、内容が洗練されていった。発見に発見を重ねるプロセスを加速させ、一般市民も科学の進歩を常に把握できるように

l  高潔な使命を持つ者、それが科学者である――コロナウイルスとの戦いは分野を越えた協力の必要性を顕示したが、クリスパー開発の取り組みはまさにそれを実践したものとなったし、特定のプロジェクトや任務のために各部門が協働する革新的なビジネスの手法にも似ている。科学の基本的側面の1つは、常に世代を超えた協力がなされることであり、パンデミックは科学者に自らの使命の高潔さを思い出させた

 

エピローグ

l  2020年秋、ニューオリンズ、ロイヤルストリート――私は、バイオテクノロジーを、畏敬の念を抱かせる自然の驚異、競争的な研究、スリリングな発見、人命を救う躍進が満ちており、ダウドナやシャルパンティエ、フェン・チャンのような創造力溢れる先駆者が活躍する世界、と見做していたが、過小評価だった

l  純粋な好奇心こそが、私たちを救う――生命の不思議を理解することは刺激的で楽しいことだからこそ、好奇心に恵まれていることを幸運と見做すべき

l  私たちの多様性のゆくえ――クリスパーに期待されるのは、将来子どもや子孫にとって望ましいと思う特権を選択できるようになること。高身長、筋肉質、ブロンドなどお好み次第だが、自然の多様性を眺めていると、クリスパーが約束する未来には危険も潜んでいると思えてくる。ゲノム編集で細工するのは正しいことなのか?

l  自然の神はその無限の叡智によって、自らゲノム修正できる種を進化させた――あらゆる生物は、生き延びるためにありとあらゆる手を使う。私たちもそうすべきだ。細菌がウイルスと戦うために巧妙な技術を何兆世代もかけて考え出した。私たちも、好奇心と発明の才を結びつけて、そのプロセスをスピードアップする必要がある。神が人類に与えた新しい能力は種の繫栄に役立ち、もしかすると後継種を生み出す助けになるかもしれないし、ならないかもしれない。進化とはそのように気まぐれなもの。それゆえ時間をかけて進むことが望ましい。立ち止まってより慎重に進むことを選択できるはず。子どもたちにどんな世界を残したいかを自問するところから始めよう

 

訳者あとがき

l  「完璧な作家」「完璧な題材」「完璧なタイミング」が一致して誕生した、最も重要な作品――『スター・トリビューン』紙が絶賛。本書が注目を集めた理由の1つは、「クリスパー」の革新性にある。細菌がウイルスと戦うために進化させた免疫システムが、ゲノム編集ツールになり、編集されたゲノムは将来の子孫の全細胞に継承され、人類という種を変える可能性さえある。クリスパーの発見には様々な背景の科学者たちが関わっているが、著者は彼らにもスポットを当て、貢献を讃える。人と人の化学反応が起きてクリスパー研究が全体として前進していくが、それだけに清廉潔白という科学者のイメージを裏切るような醜い争いも起こりうる

l  紆余曲折を経て、大発見を成し遂げた女性科学者への祝福――クリスパー・システムの鍵となる3要素は、Cas9(酵素)crRNA(クリスパーRNA)tracrRNA(トレイサーRNA)。著者のすべての場面をリアルに再現する取材力と筆力には圧倒される。「ヒトゲノムを操ることは許される」との信念を持つワトソンにも暖かい目を向けるが、クリスパー・ベビーを誕生させた賀には厳しい目を向ける。ランダーやフェン・チャンなどダウドナのライバルの本音も巧妙に引き出す

l  新型コロナとの戦い、RNAワクチン開発、産学提携による一大産業の創出――本書の重要なメッセージの1つは、「自然に対する純粋な好奇心が科学の原動力になる」だが、もう1つのテーマは新型コロナとの戦い。本書の後半部分は著者も全く予想していなかった展開。本書に登場する研究者たちは学術研究の枠を超えて、積極的にビジネスを展開。デジタル分野での学術研究とビジネスの融合がスタンフォード大周辺で始まったように、バイオテクノロジー分野での融合が進んでいる。大学の研究者は、発見を特許化し、ベンチャーキャピタリストと組んでビジネスを立ち上げることを奨励されるようになった

l  プーチンの予言、倫理問題、コロナが加速した生命科学革命――2017年のプーチンの発言はゲノム編集された人間を作ることの「利益」と「危険性」について語ったとされるが、今から振り返れば、彼はそうした兵士の誕生を「利益」と見做していたのだろう

ゲノム編集に関わる倫理的な問題について著者は、読者が自分の問題として時間をかけて考えることを求める

『ニューヨーク・タイムズ』紙の書評にある通り、『コード・ブレーカー』は疫病の年となった2020年の私たちの日記でもある

 

 

 

 

文春オンライン

IT革命」を超える「生命科学革命」の全貌。全米ベストセラー!

世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』評伝作家による最新作!

「未だ知らざる多くのことを私は本書から学んだ」――ビル・ゲイツ絶賛!

「生命科学の最前線を知る絶好の書」――ノーベル賞生物学者・大隅良典氏推薦!

Amazon1万レビュー超え、平均4.7 。全米ベストセラー遂に上陸!

遺伝コードを支配し、コロナも征服。ゲノム編集技術クリスパー・キャス9を開発しノーベル賞受賞し、人類史を塗り替えた女性科学者ジェニファー・ダウドナが主人公。

IT革命を超える衝撃! 今世紀最大のイノベーションである「生命科学の革命」の全貌を描き尽くした超弩級のノンフィクション。

人類の未来を左右するゲノム編集技術クリスパーは、いかにして誕生したか。ノーベル賞科学者ジェニファー・ダウドナの「自然に対する純粋な好奇心」が、その原動力となった。

本の話ポッドキャスト【翻訳の部屋】生命科学革命の全貌に迫った『コード・ブレーカー』の衝撃!

今世紀最大のイノベーションである「生命科学の革命」の全貌を描き尽くした、超弩級のノンフィクション『コード・ブレーカー 生命科学革命と人類の未来』(上下/文藝春秋)。本書の主人公である、女性科学者ジェニファー・ダウドナ博士は、ゲノム編集技術クリスパー・キャス9を開発しノーベル賞を受賞。m RNAワクチンの開発によりコロナをも征服した。

医療、農業から経済、軍事まで人類の未来を激変させるゲノム編集技術クリスパーは、いかにして誕生したのか――世界的ベストセラー『スティーブ・ジョブズ』で知られる、現代最高の評伝作家・ウォルター・アイザックソンによる傑作を、翻訳出版部部長ナガシマと担当編集キヌガワが熱く推します!

 

 

 

 

コード・ブレーカー(上・下) ウォルター・アイザックソン著

ゲノム編集技術 革新と未来

2023121 2:00 日本経済新聞

本書は2020年に異例の速さ、かつ初の女性2人でノーベル化学賞を受賞した「ゲノム編集」に関するノンフィクションである。著者はスティーブ・ジョブスにも伝記を頼まれた当代一の書き手、元「TIME」誌編集長。本書ではカルフォニア大学バークレー校ジェニファー・ダウドナ教授と周囲の活動を追った。ダウドナ教授をメインに据えてはいるが、ライバル側を不利に貶めることなく、著者独自の分析を入れながら物語を進めていく。

原題=THE CODE BREAKER(西村美佐子・野中香方子訳、文芸春秋・上下各2475円) 著者は52年生まれ。著書に『スティーブ・ジョブズ(12)』など。 書籍の価格は税込みで表記しています

ダウドナ教授はフランス人のエマニュエル・シャルパンティエ博士とゲノム編集技術「クリスパー・キャス9」の論文を書いた。上巻ではダウドナのハワイでの幼少期から、研究者になり、激しい競争の中で勝ち抜いていく姿を描いている。研究者がどのように着想を得て、いち早く自分の論文を発表するために編集部を急き立てるか。特に特許やビジネス化について、当時はまだ若手研究者だったフェン・チャンMIT(米マサチューセッツ工科大学)教授との激しい競争はまさに映画のようであり、書き手の力量を感じる。

下巻では、本来ならばゲノム編集技術を使わずとも父親からのHIV感染を防げた計3人のゲノム編集ベビーが中国の逸脱した研究者によって誕生し、研究者による自主的な管理に破綻をきたしたことを記す。しかし一時的に研究を停止する「モラトリアム」には否定的で、新規の技術は苦しんでいる人々に還元する必要がある――治療に役立てるべきである――という議論がどのように研究者たちの間で続いたのかを描く。ダウドナ教授が患者と話すことで考えを変化させる様子も印象的だ。

問題となるのは、自らの治療のみに影響する体細胞への介入ではなく、次の世代に伝わり人類という種全体に影響を及ぼす生殖細胞への介入である。先天性の遺伝子疾患の病気を持つ人々にとって、自分の病気を引き継がない子供を持つ可能性は希望となる。

本書では触れていないが、編集した胚を母体に戻して子供が安全に生まれるすべを確立するまでに、多くの人体実験が必要になることから、おそらく倫理的に不可能だと言われている。しかし未来はどう展開するかわからない。私たちはこの技術の行方をしっかり見ていく必要があるのだ。

《評》東京大学教授 横山 広美

 

 

讀賣新聞オンライン

ゲノム編集医療、世界初の実用化へノーベル化学賞「クリスパー・キャス9」で難病治療

2023/05/09 15:00

 【ワシントン=冨山優介】狙った遺伝子を効率良く改変できるゲノム編集の技術を使った医療について、米欧のバイオ企業が、血液の難病の治療法として米食品医薬品局(FDA)などに承認申請した。ゲノム編集による医療の実用化は世界初で、年内にも承認される可能性がある。今後、医療での活用が加速しそうだ。

 

 

 承認申請したのは、米マサチューセッツ州が拠点のバーテックス社と、スイス企業クリスパー・セラピューティクス社。両社は、「クリスパー・キャス9」と呼ばれるゲノム編集技術を使い、血液の難病の「鎌状赤血球症」と「βサラセミア」の治療方法を共同開発した。

 世界の年間の新規患者数は鎌状赤血球症で約30万人、βサラセミアは約6万人とされる。いずれも血液の元となる造血幹細胞の遺伝子異常で正常な赤血球が作れず、重度の貧血や血管の詰まりなどを起こす。生後1年以内の乳児の発症が多く、患者によっては頻繁に輸血が必要になる。他人の正常な造血幹細胞の移植で治療できるが、常に提供者が不足している。

 新たな治療法は、患者自身の造血幹細胞を体内から取り出し、ゲノム編集で特定の遺伝子を改変。正常な赤血球を作れるようにした後、患者の体内に戻す。

 両社によると、臨床試験では鎌状赤血球症の患者31人全員で、血管の詰まりによる痛みがなくなった。βサラセミアの44人中42人は約3年の観察期間中、輸血が必要なくなり、残る2人も輸血量が大幅に減少。重篤な副作用もなかった。

 両社は4月、FDAへの承認申請を完了した。審査期間は1年で、優先審査が認められれば8か月に短縮される。欧州医薬品庁へは昨年12月に申請済みで、1年程度で審査されるという。

 ゲノム編集は、農林水産物の品種改良や創薬など活用例が拡大。日本では、肉厚にしたマダイの開発など、食品分野での実用化が進む。医療では、白血病やがんなどの治療法の研究で米欧や中国の競争が激化している。

 小沢敬也・自治医科大名誉教授(遺伝子治療)の話「臨床試験の結果は良好で、承認される可能性は高い。ゲノム編集は様々な病気の治療に応用が可能で、その先駆けになる」

  ゲノム編集= 生命の設計図・ゲノム(全遺伝情報)をピンポイントで編集し、特定の遺伝子の働きを改変する。高効率で簡単に改変できる技術「クリスパー・キャス9」を開発した米欧の研究者2人は2020年のノーベル化学賞を受賞した。

 

 

Wikipedia

ゲノム編集(genome editing)は、部位特異的ヌクレアーゼを利用して、思い通りに標的遺伝子を改変する技術である。部位特異的ヌクレアーゼとしては、2005年以降に開発・発見された、ZFN(ズィーエフエヌ、または、ジンクフィンガーヌクレアーゼ)、TALEN(タレン)、CRISPR/Cas9(クリスパー・キャスナイン)を中心としている。従来の遺伝子工学遺伝子治療と比較して、非常に応用範囲が広い。

概要[編集]

ゲノム編集のための部位特異的ヌクレアーゼ(酵素)として、ZFN (Zinc-Finger Nuclease)TALEN (Transcription Activator-Like Effector Nuclease)CRISPR (Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeats)/Cas9 (Crispr Associated protein 9)が挙げられる。

これらの部位特異的ヌクレアーゼに共通する特徴は、特定の配列を狙ってDNAの切断を行い、これにより意図的なDNAの改変を可能とすることにある。DNA切断の後は、細胞の本来の機能によりDNA修復も起こる。この際、特定の配列を断片として与えると、切断部に挿入するノックインが可能となる。ノックインをさせずに修復を行ったとしても、配列が変わらない限り、DNA切断が何度でも繰り返されるため、変異が発生する。これを利用して、特定の遺伝子の機能を止めるノックアウトにも活用される。

部位特異的ヌクレアーゼの中で、特に高効率とされるのはCRISPR/Cas9であり、2015年時点でゲノム編集に関する研究の主流である。しかし一方、高効率であることの代償として、CRISPR/Cas9では標的部位ではない場所をも改変してしまうオフターゲットと呼ばれる現象が発生しやすい。このオフターゲットが生じると、がん等の疾患を発症する恐れがあるため、オフターゲットを改善する研究も進む。

ゲノム編集は『ネイチャー・メソッズ』誌において2011年のメソッズ・オブ・ザ・イヤーに輝いた。2015年にはCRISPR/Cas9の研究がノーベル賞候補と言われていた。

歴史について[編集]

遺伝子工学は、1972ポール・バーグらが細菌に感染するウイルスDNAを、サルに感染するウイルスのDNAに挿入することに成功したことに始まる。翌1973年には、ハーバート・ボイヤーとスタンリー・ノーマン・コーエンがこの技術を生物種にも適用する。1970年代後半には、遺伝子工学によるインスリンの量産が成される。しかし、これら従来の遺伝子工学には大きな課題が2つあった。特定の遺伝子を操作する正確性の欠如と、遺伝子の配列や生物種に依らない適用という応用性の欠如である。

1990年代になり、DNAを特定の位置で切断できるタンパク質である制限酵素が発展するに伴い、正確性の問題は解決された。応用性の欠如の方も、2005年以降の各種のゲノム編集技術の登場により解決される。

20128月、CRISPRが、原核生物へのゲノム編集にも活用しうることをエマニュエル・シャルパンティエジェニファー・ダウドナらが見出す。彼らは、レンサ球菌RNAを、CRIPRのガイドRNAとして活用することにも成功する。これにより、CRISPR/Cas9による高効率のゲノム編集が可能となる。真核生物のゲノム編集へのCRISPR/Cas9の応用はフェン・チャンが可能にして技術特許を取得した。

2014年、中国においてCRISPR/Cas9による世界初の遺伝子改変サルが誕生する。翌2015年、同じく中国でCRISPR/Cas9を用いた世界初のヒト受精卵の遺伝子操作が行われ、国際的に物議を醸す。この実験を主導したJunjiu Huang(黄軍就)らが使ったのは、不妊治療目的の体外受精において、2つの精子が受精した異常な受精卵で、元々廃棄されるものであった。Huangらの報告では、狙った遺伝子を思い通りに書きかえられたのは86個中4個のみであり、オフターゲットが起きた受精卵もあった。そのため、技術的な改善の必要性も記している。HuangNature誌により2015年の10人に選ばれる。この研究を契機に、ヒト受精卵に対するゲノム編集の倫理が新たな課題となる

2016年、中国政府は第135カ年計画でゲノム編集を国家戦略と位置付け、同年2例目のヒト受精卵のゲノム編集も中国で行われる。また10月には、世界初のゲノム編集の臨床試験、翌20173月には、世界初の正常なヒト受精卵へのゲノム編集も中国で行われる。2018年時点で中国では86人の遺伝子がCRISPR/Cas9によって改変される。同年1126日には南方科技大学賀建奎副教授が、ゲノム編集した双子の女児「露露と娜娜英語版)」の誕生を発表する。ゲノム編集は後天性免疫不全症候群AIDS)に耐性を持たせるためだと主張されたが、後述するように世界的な波紋を呼んだ。

CRISPR/Cas9について[編集]

原核生物において発見された獲得免疫機構をCRISPR/Casシステムという。このシステムのうち、Cas9と呼ばれるヌクレアーゼと、標的となるDNA配列へ導くガイドRNAとを複合化し、これをDNAの改変に応用した技術をCRISPR/Cas9という。

ZNFTALENが各々一つのタンパク質であるのに対して、CRISPR/Cas9では、ガイドRNACas9という2つの別々の分子で構成されるのが特徴的。DNAの標的部位と相補的な配列をガイドRNAに用意するので、ガイドRNAは標的部位に特異的に結合できる。そうするとガイドRNADNAを覆うようにCas9タンパク質が結合して、DNAを切断する。Cas9自体は使い回しができて、狙いに応じてガイドRNAだけを作成すれば済む。

CRISPR/Cas9は、他のヌクレアーゼの中で部位特異性の低さと、それによるオフターゲットが課題である。オフターゲットの多寡は、DNA修復の機構が非相同末端結合 (NHEJ) か、相同組換え修復 (Homology Directed Repair: HDR) であるかによっても異なる。HDRの方がNHEJよりもオフターゲットとして安全だが、手間がかかるうえ、互いに使用条件が限られる。それを克服するために、ニッカーゼ改変型Casを用いて、標的ごとに2種類のガイドRNAを与えるという手法が開発された。また、NHEJHDRの競合改善の手段として、NHEJの抑制剤となるSCR7が、HDRの促進剤としてL755,507があり、逆のNHEJの促進剤としてはAzidothymidine (AZT)が挙げられる。

ゲノム編集の対象とする核内のDNAにアクセスするために、Cas9とガイドRNAを細胞内、更に核内へと導入しなければならない。そのための導入媒体、つまりベクターとしてプラスミドウイルスが使用される。プラスミドや、ベクターを介さず直接的にタンパク質の形で導入する方法としては、エレクトロポレーション法がある。2015年現在の技術水準では、どの導入手段が効率が高いかは一概には言えないことが多く、実験的に確認することが多い。また、プラスミドについては、非営利のリポジトリが存在する。

ガイドRNAの設計ツール、またライブラリーと呼ばれる製品が各社から販売されている。国内では、ライフサイエンス統合データベースセンター (DBCLS) CRISPRdirectというガイドRNAの設計ツールを提供している。

正しく配列が導入され、余分な挿入や欠失がないことを確認するためのプロトコルが提案され、また、検証用の製品が販売されている。

TALENについて[編集]

TALENを用いたゲノム編集の代表的なワークフロー。

TALEN英語版)は日本語で転写活性化因子様エフェクターヌクレアーゼとも呼ばれる。制限酵素であるFok1DNA切断ドメインとして、植物病原細菌キサントモナス属 (Xanthomonas) から分泌されるTALEタンパク質のDNA結合ドメインを融合させた人工酵素である。

TALEタンパク質から成るDNA結合ドメインは34個程度のアミノ酸の繰返し構造をとっている。この繰返しの単位をモジュールとよぶ。その中で、アミノ酸第12位と13位が可変となっており、標的配列と結合する部分で「反復可変二残基」(RVD) と呼ばれる。TALENは原理の説明図の中に示したように、L TALENR TALENのペアとして、標的DNAの反対鎖にそれぞれ結合する必要がある。つまり、FokIが切断活性を示すためには、TALENが適切な距離を維持して二量体を形成する必要がある。TALENにおけるミスマッチ寛容やオフターゲット活性はほとんど報告されておらず、高い特異性が特徴である。

Golden Gate法では、10モジュールのアセンブリを用いてTALENプラスミドを構築する。これに改良を加えて、高速かつ簡便に高活性なTALENを作成する手法が開発され、Platinum TALENと名付けられた。主な改良点は、作成したプラスミドの活性評価が哺乳動物の培養細胞で行えること、モジュールのアセンブリにおける失敗を減じるため6または4モジュールのアセンブリを用いること、切断活性を向上させたこと、活性が向上したにもかかわらず細胞毒性を出さない工夫がなされたことである。

広島大学では、TALENCRISPR/Cas9により外来遺伝子を挿入する手法として相同組換えを用いる際に、相同組換え活性の低い細胞種や生物種では、挿入効率が低いという問題点があったところを、相同組換えに依存しない遺伝子挿入法(マイクロホモロジー媒介性末端結合:MMEJ)を用いる手法を開発し、PITChシステムと名付け、プロトコルとして発表した。

なお、TALENCellectis Groupによる登録商標とのこと。

ZFNについて[編集]

ZFNはジンクフィンガードメインとDNA切断ドメインから成る人工制限酵素である。ジンクフィンガードメインは任意のDNA塩基配列を認識するように改変可能で、これによってジンクフィンガーヌクレアーゼが複雑なゲノム中の単一の配列を標的とすることが可能となる。

応用例について[編集]

以下の応用例には、研究途上のものを含む。

l  農作物家畜養殖GM作物も参照)

l  ヒトの疾患の治療

l  疾患のモデル動物の作成

l  スクリーニングによる遺伝子機能解析および創薬 (CRISPR)

l  遺伝子ドライブ(遺伝子工学による種の改変)

l  バイオ燃料

2021915日、ゲノム編集技術を使って品種改良したトマトの販売がインターネット上で始まった。ゲノム編集をした食品の一般販売は日本国内で初めて。

2021917日、ゲノム編集技術を使って肉付きをよくしたマダイが「ゲノム編集食品」として国に届け出られた。ゲノム編集食品の届け出は202012月、「GABA」の蓄積量を通常より約5倍高めたトマトに続いて2例目。

20211029日、京都大学発のバイオ企業がゲノム編集で成長速度を速めたトラフグをゲノム編集食品として国に届け出、予約販売を開始した。

危険性と規制について[編集]

ヒトの受精卵等の生殖細胞に応用されかねない、デザイナーベビーへとつながるのではないかとの、倫理的な懸念がもたれていたが、着床させる操作が国際的な学会の合意により自主規制されることになった。但し、定期的に規制を見直すべきとも述べられている。

201512月に米国ワシントンD.C.で開かれた第1回ヒトゲノム編集に関する国際会議(International Summit on Human Genome Editing)では、同年4月に中国で行われたヒト胚の遺伝子操作を念頭に現時点で受精卵にゲノム編集をして子どもを誕生させることは無責任だとして行うべきではないという考えを表明していた。しかし、201811月に香港で開催の第2回会議で、中国の研究者が世界で初めてゲノムを編集した赤ちゃんを作り出したと主張して世界に衝撃を与え、さらにこの研究者はヒト免疫不全ウイルスHIV)への耐性を与えることを目的としたこの遺伝子操作が脳機能と認知能力の強化をもたらしたとする動物実験に言及していたことから人間強化の一種である知能増幅を行った可能性も懸念され、日本医師会日本医学会など日本や各国の学会もこの行為を非難する事態になった。同日、中国科学技術省は、遺伝子編集実験への関与者に活動の中止命令を出し、その後の中国当局の調査で臨床実験と赤ちゃんの実在が確認されて赤ちゃんは広東省政府の医学的監視下に置かれることとなった。また、アメリカの著名な科学者や中国政府にはこの実験に資金面や研究面で協力したとする疑惑も持ち上がった。これを受け、同年12月に世界保健機関WHO)はゲノム編集の国際基準作成を目指してゲノム編集の問題点を検証する専門委員会を設置することを発表した。

201811月時点における各国のヒトの受精卵に対するゲノム編集への規制状況は以下の通りである。

ドイツフランス - 法律により禁止。

イギリス - 基礎研は認め、母体に戻して子どもを誕生させることは制限。

正常なヒト受精卵に対するゲノム編集が世界で初めて実施可能。

米国 - 研究に連邦政府の資金を投入することを禁止、寄付などの研究資金では可能。

中国 - 国の指針で子どもを誕生させることは禁止。

日本国内では、厚生労働省によるガイドラインで、生殖細胞と受精卵の遺伝子改変を着床の是非に関わらず全面的に禁止している。しかし、さらにもう一歩踏み込んで、法的規制が必要との声もある。20181128日、生殖補助医療に役立つ基礎研究に限って容認する指針案が了承され、早ければ20194月にも解禁される。また、内閣府が実施する「戦略的イノベーション創造プログラム」(略称:SIP、呼称:エスアイピー)の一環で、ゲノム編集とそれに関連する情報が公開されている

実際に患者に対する臨床試験を行うにあたって、患者にオフターゲットによるがんなどのリスクを適切に説明して、インフォームド・コンセントを確立することができるかどうか、また、オフターゲットのリスクと患者の利益の関係の上で、適切な治療として成立しうるのかどうかが、課題とされている。更には、極めて高価な治療となることが予測されることも、課題である。

また、遺伝子組み換え作物 (GMO) としての取扱いについても、問題を生じている。従来のGMOと異なって、ゲノム編集作物の場合は1塩基単位に近い改変が可能である。そのことにより改変されているにもかかわらず、改変の痕跡が残りにくい作物が生じる。このため、新しい規制モデルが提唱されている。改変の規模が大きいほど規制の程度を厳しくする案が各国で検討されている。

大学などの研究機関や企業に所属しない個人やグループが、ゲノム編集を含む手法により、自宅などにおいて、実験や自らの肉体を対象とした遺伝子治療、ペットの遺伝子改変などを行う「DIYバイオ」「バイオハッキング」が米国などで広がっている。ゲノム編集の技術がインターネットを通じて広まり、必要な薬品や器材もネット通販で入手しやすくなっていることが背景にあり、規制が後追いになっている。

バイオテロリズムへの応用を危ぶむ声もある。

 

 

 

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