奇跡のフォント  高田裕美  2023.7.19.

 2023.7.19. 奇跡のフォント

          教科書が読めない子どもを知って――UDデジタル教科書体 開発物語

 

著者 高田裕美 1984年女子美大短大グラフィクデザイン科卒後、ビットマップフォントの草分けである林隆男が創立したタイプバンクに入社。書体デザイナーとして「TBUD書体シリーズ」「UDデジタル教科書体」などをはじめとし、様々な分野のフォントの企画・制作を手掛ける。32年間、タイプバンクでの書体デザイナーの経験を活かし、17年よりモリサワにて教育現場における書体の重要性や役割を普及、推進する部署に所属し、セミナーやワークショップ、執筆、取材など広く活躍中

 

発行日           2023.4.6. 初版発行  4.18. 第2刷発行

発行所           時事通信社

 

 

はじめに――たった1つの書体が起こした小さな奇跡

l  文字の読めない子どもたち

ディスレクシア=発達性読み書き障碍は、文字を素早く、正しく、疲れずに読むことに困難のある、学習障碍の1つで、脳の音韻処理を司る機能に障碍がある。58%いる

教科書が読めないのは、ロービジョン(弱視)もいて、視覚障碍者164万人のうち145万人がロービジョン

l  書体デザイナーとして歩んできた32年間

書体とは、同じコンセプトでデザインされた文字の集まりのこと。デジタル化された書体をフォントという

2016年リリースされた「UDデジタル教科書体」がほかの書体と違うのは、ロービジョンやディスレクシアの子どもたちにも「見えやすく、読みやすく、間違えにくく、伝わりやすいこと」を目指して作られた教科書体であること

2008年、教科書バリアフリー法――教科書発行者に対し、通常の教科書と同じ内容の拡大教科書などを発行する努力義務が課された

l  子どもたちが読める文字を、私が作る

ユニバーサルデザイン開発にあたり、「字面(じづら)が大きく、線が太くはっきりとした書体」だけではロービジョンの解決にはならず、教科書体の特徴である「とめ・はね・はらい」などの線の流れ、独特の線の細さ、書体ごとの形の違いなど、無視できない課題が山積

l  UDデジタル教科書体が1人の男の子に起こした奇跡

構想からリリースまでに8年を要したが、これなら読めると言ってくれた子が現れる

 

 

第1章        私が書体デザイナーになるまで

l  ロジックの大切さを学んだ女子美時代

デザイン概論で、制作過程のロジックの重要性を学ぶ――創作の狙いや意図を徹底的に問い詰め、言語化し、相手を説得する(ユーザビリティ)

l  絵はイマイチでも、レタリングは得意

「レイアウト」の授業で、「カンプ」というデザインやレイアウトの仕上がりのイメージサンプルを作成

l  「ビットマップ」で作った異例の卒業制作

ビットマップとは、パソコンなどのデジタル機器の画面上に、「ピクセル」(色のついた点)を並べて、文字や画像を再現する方式

「外字エディター」機能を使って、自分でデザインした文字をパソコン上に表示させる

l  書体デザインの常識をひっくり返した新書体「タイポス」

女子美の専攻科で、「感情をどう書体に落とし込むか」を追求

日本タイポグラフィ協会の機関誌に刺激を受ける

新書体ブームの先駆けとなったのが林隆男が開発した「タイポス」で、明朝体、ゴシック体、教科書体くらいしかなかった1960年代に、写植の文字盤としてリリース(1969)

文字を12のエレメント(点、横線、縦線、結びなど)に分け、それを組み合わせて各文字を構成。ひらがなとカタカナしかなかったが、紙面の雰囲気は一変

l  デジタルフォント制作の草分け「タイプバンク」の設立

1975年、林隆男が、書体デザインの制作会社「タイプバンク」を設立

デザイナーが手書きでニーズに応じて書いていたため、使い回しができないのが欠点

日立の製品に使う新しい書体をビットマップで作ってほしいと依頼され、独自に開発し、ビットマップフォント制作の草分けとなる

l  師・林隆男との出会い

協会の夏期講習に参加し、卒業制作のビットマップを見てもらい、アドバイスを受ける

l  1㎜の隙間に10本の線を引け!

林から誘われてアルバイトで雇ってもらい、写植機の文字盤の元になる字の制作を手伝う

l  私、プロの書体デザイナーになれますか・・・・?

1984年からバイトを始め、翌年4月正式に入社

 

第2章        写植からデジタルの時代へ――師・林隆男のもとでの修行と突然の別れ

l  圧倒された文字職人たちの異常なこだわり

個々の文字のバランスがよくても、文章全体を表示してみると、大きさが不揃いだったり、黒味が不揃い、左右に揺れがあったりすると、文章全体が読みにくくなる

l  「ビットマップバブル」がやってきた!

ワープロが一般家庭にまで普及すると、ワープロで打つための文字をビットマップフォントが必要なり、ワープロのメーカーごとにフォントの開発が始まる

フォントを作る専用の機械を開発するとともに、書体デザイナーの著作権を保護するために、メーカーと書体に対するロイヤリティ契約を締結

l  猛烈に働いた新人時代

16x16のマス(メッシュ=ピクセル)に、文字の形通りにドットを打っていくと、マス目(線数)が足りなくなったり、画数の多い場合にはデザインの仕方によっては画面上で読めなくなったり、文字が潰れてしまったりするため、どの線を間引くかという判断が必要

1日当たり200300字作字するのが精一杯

l  女だからって舐めんなよ!

男に負けずに仕事をこなす

l  オリジナル書体「TB(タイプバンクの略称)明朝/TBゴシック」の開発に乗り出す

オリジナル書体は、写植用の書体とも、ビットマップフォントとも異なる、「アウトラインフォント(文字の輪郭で表示するフォント)」の元になる原字

ビットマップフォントは、拡大したり縮小するとがたつきが大きくなり、ギザギザが目立つという弱点があり、それをカバーするために開発されたのがアウトラインフォント

輪郭線によって文字を表現する――文字の輪郭に沿って「アンカーポイント(固定点)」を定め、それらのポイントを直線や数式によって描かれた曲線によって繋ぐ

l  クオリティこそ命

アウトライン化する過程で、原字のバランスを変えることもあるが、偏や旁のバランスを変えると、それを部首にした字を全て変えなければならないので、膨大な作業が必要

l  海外のタイポグラフィ文化に触れる

Windows OSに標準搭載されている和文フォント「メイリオ」を開発したのは河野英一

l  TB明朝/ゴシック」の発売直後、林が倒れる

1992年、タイプバンクは米大手ソフトウェア「アドビ」とクロスライセンス契約を締結、翌年アドビから自社オリジナルフォント「TB明朝(M・H)/TBゴシック(M・B・H)」の5書s体を発売。現在のアドビの標準フォント「小塚明朝/小塚ゴシック」ができる前のこと

1994年、林が癌で急逝

l  林が私たちに遺してくれた、未来のフォント

林が生前入れ込んでいた「TBカリグラゴシック」を完成させ、現在はモリサワから販売

20年後、カリグラゴシックの骨格をベースとして、「UDデジタル教科書体」が誕生する

 

第3章        「社会の穴」を埋めるフォントを作れ! ――TBUDフォントの完成と会社の解散

l  ユニバーサルデザインUDとは?

ユニバーサルデザインとは、すべての人を対象にしたデザイン概念で、障碍の有無、年齢、性別、人種、国籍などに関わらず、あらゆる人々が利用しやすいように設計する考え方で、1985年アメリカの建築家ロナルド・メイスが提唱、日本でも90年代後半に浸透

日本語書体の「UDフォント」は、’06年パナソニックと書体メーカーのイワタが共同開発したが、タイプバンクでは電車メーカーからの依頼で開発開始。現場や対象者により異なる

l  TBUDフォントの開発を始める

BIZ UD明朝/BIZ UDゴシック」は、TBUDフォントをベースに開発されたマイクロソフト製品に最適化したUDフォント――違いは横線の太さと、字面(方眼紙の各文字の枠内に作られた文字の設計枠)やふところ(線で囲われた中の空間)を大きくとっていること

l  文字の区別がしやすいデザイン

英数字の誤認や濁点・半濁点の誤認を少なくする工夫――「38S6」や「I(大文字のI)l(小文字のエル)17」などの識別に加え、文章として文字を並べたときの読みやすさも重要

l  2007年、ロービジョン研究の第一人者・中野泰志慶應大教授と出会う

国立特別支援教育総合研究所視覚障碍教育研究部から慶應大経済学部に転出、心理学とバリアフリー/ユニバーサルデザインの講義を担当

l  「当事者から話を聞いたことはありますか?

ユニバーサルデザインのフォントを作ろうとしながら、ユーザーの声を全く聞いていなかった。まずは、ロービジョンの子どもたちの勉強している姿を見るところから始める

l  「これでは学校では使えませんよ」

特に筆の筆法が残る楷書体をベースにしている「教科書体」は、線の太さに強弱があるためロービジョンにとっては読みにくい。明朝体も同じ

読みやすくするためにゴシック体をベースにしているが、教科書体のような手書きの字形と、ゴシック体のような印刷字形では形状が異なる――しんにょうの形や、「山」の左の縦線にゲタ(下に突き出た部分)があるため4画に見えるので、そのままでは使えない

ロービジョンの子どもたちが置かれている困難な状況は、「社会に開いた大きな

l  TBUDフォントの検証

中野の指導の下、博報堂と共同研究。現場で正答率や反応時間を調査

l  まさかの「4」と「6」の誤読

盲学校の学生を対象に「読書のしやすさ」を、様々な書体で検証した結果、TBUDゴシックとTBUD丸ゴシックが最も人気が高く、さらに試行錯誤を繰り返し、改良を重ねる

l  TBUDフォントの完成、そして突然の会社売却

2009年、TBUDフォントシリーズ15書体を、博報堂が考えた「つたわるフォント」のネーミングでリリースしたが、会社の財政が破綻し、翌年モリサワへの全株式売却が決まる

 

コラム1 誰1人取り残さない学校や社会を実現するために  中野泰志

中野の専門は知覚心理学や障碍児者心理学、併せて障碍児者の教育や福祉全般に関して幅広い研究や実践活動も行う。1988年大学院卒

ロービジョンの見え方の多様性を理解することは難しい。11人の視機能評価が異なる

PC導入で顕在化した問題が、見やすい書体が少ないこと。アドビが1984年に開発した「ポストスクリプト」により拡大しても文字がきれいに表示できるようになり、独自の書体開発を始めるが、膨大な作業量に平仮名だけで頓挫していたところに高田からの開発協力申し出。書体の視認性(個々の文字の判別しやすさ)や可読性(文章になった時の読みやすさ)の評価の面で協力、検証を引き受ける

書体の機能は大別して2つ――本文を読むことを目的とした本文書体(ボディタイプ)と、自由な表現やインパクトを演出するディスプレイ書体(ディスプレイタイプ)。前者には視認性・可読性が求められ、後者では誘目性や印象性が重視され、TBUDフォントの開発では本文書体を想定して実験を計画

まずは低視力の人に焦点を当て、視認性実験を行う――文字の混同(4」を「6」と間違える)を防ぐための改良を加える。次いで可読性実験へ

UDデジタル教科書体といっても、誰にとっても見やすい・好まれる書体というわけではく、個人差がある。個々人それぞれが選択できることこそがユニバーサルデザインの本質

 

第4章        教育現場で使いやすいフォントを追求する――UDデジタル教科書体リリースまでの長い道のり

l  新しい船出

半減した旧タイプバンクのメンバーで新たな「かな書体」開発のプロジェクトがスタートしたが、UDデジタル教科書体の開発は、モリサワ文研への移管が決まる

l  文研にUDデジタル教科書体を手渡す

本文用のウェイトのR(レギュラー)と、一番太いウェイトのH(ヘビー)は一通りのデザインを終えていたが、そのほかのウェイトについては手つかずのままで、文研に引き継ぐ

l  教科書の調査から字体・字形を決定する

UDデジタル教科書体のゴールは、ある程度の太さを保ちながらも、運筆がわかるように線の太さに少し強弱をつけ、字形も教科書体に沿った書体にすること

l  字形の許容範囲

教育現場においても「唯一無二の正しい字形」は存在しない――「た」の3画目はハネてもハネなくてもよく、漢字でも同様(文科省の有識者会議の文化審議会国語分科会が決める)

一貫したルールは、「漢字の骨組みに違いがなければ誤りとしない」で、手書きの字形と印刷字形はどちらも正しく、いろいろな書き方を許容すべきとされている

l  よみがえったTBカリグラゴシック

字体・字形のルールを決めた後、書体のデザインに入るが、書体のイメージの手掛りとしたのがカリグラフィー(手書き)の要素を盛り込んだ優しい雰囲気のTBカリグラゴシック

l  「木」の「右はらい」がやり直しに

一定の太さを保ったゴシック体は、運筆がわかりにくいという弱点がある

左はらいは先端に向かって細くしていけばできるが、右はらいは右に向かって太く、先端を丸くしたデザインにしたが、トメているように見えてやり直し

l  青天の霹靂

文研は、UDデジタル教科書体の開発を、文字の大きさが不揃いで統一性がないため断念

手書きゆえに大きさが揃っていないということを理解していない

l  暗礁に乗り上げたUDデジタル教科書体の開発

UDデジタル教科書体のRH以外のウェイトのデザインが進められ、両者の間にM(ミディアム)B(ボールド)を展開したが、’12年開発はストップ

l  暗黒の時代

l  起死回生の直談判

文科省が、紙の教科書からデジタル教科書に力を入れ始めようとしているタイミングを捉え、UDデジタル教科書体の開発を再開。2016年リリース

 

コラム2 UDデジタル教科書体が切り拓いた新しいフォントの可能性  田村猛(モリサワ、営業部門シニアディレクター兼東京本社統括)

UDフォント普及には学校現場における「ICT教育」の推進があったが、何をもってユニバーサルデザインと定義するのか、その根拠は薄弱であり、裏付ける資料はなかった

UDデジタル教科書体には、教育分野で、ロービジョンの子どもたちにとって見やすいフォントという明確なターゲットがあった。’16年の障碍者差別解消法の施行により公の場での合理的配慮の提供が義務付けられるようになったのが追い風となって開発が進む

'17年、Windows10の標準フォントに導入されたことで爆発的に知名度が高まる

 

第5章        フォントで誰もが学習できる環境を作る――読み書き障碍の子供たちにUDデジタル教科書体を届ける

l  UDデジタル教科書体」の名前に込められた思い

2020年度から小学校で実施される新学習指導要領では、「ユニバーサルデザインの普及と実施」という観点が重要な項目として加えられたが、その端緒は同年の東京パラリンピック大会にあり、全国の幼小中高の学校での切れ目ない「心のバリアフリー教育」が展開

併せて、教科書のデジタル化移行の動きを捉え、既存の教科書体では線が細いため読みにくいという欠点をカバーするため、デジタル化しても読みやすい教科書体を開発

l  感動の再会と意外な訪問者

'16年、UDデジタル教科書体を日本最大級の教育分野の総合展EDIXでリリースすると、教育関係者の間に大反響が巻き起こる

l  学習障碍の研究者・奥村智人との出会い

ロービジョンだけでなく、ディスレクシアの検証もするため、大阪医科大LD(学習障碍)センターのオプトメトリスト(視機能・視覚認知の専門家)を訪ね、実証実験を行う

l  書体が子どものやる気や自信にも影響を与える?

実験をした生駒市では、公共団体向けUDフォントプランの導入が決まる

同市にある通級指導教室(学習障碍などの子どもたちが通常の学級に在籍しながらその特性に合った個別の指導を受けられる教室)では、一般的な教科書体で解答に行き詰った生徒が、UDデジタル教科書体のプリントを渡すとすらすらと回答したという

l  30年遅れている」日本のディスレクシア研究

ディスレクシアは、学習障碍の1つで、「発達性読み書き障碍」といわれ、障碍の程度に応じた学習方法の変更や調整が必要

l  外国人が日本語を学ぶときにも最適

形状が書体によって異なるのは混乱の元であり、ユニバーサルデザインが重宝される

l  Windows10OSに標準搭載、世界に広がるUDデジタル教科書体

'17年、Windows10で、UDデジタル教科書体のRBのウェイトのフォントが自由に使えるようになった

l  本当の多様性って何だろう?

フォントについていえば、誰にとっても、どんな場面でも読みやすい完璧な書体はない

単に選択肢を用意しただけでは多様性を認めたことにはならず、誰かが困っているのを見つけたとき、その人に対して自分ができることを見つけたとき、UDデジタル教科書体の開発を目指したように、人と人が心を寄せ合うよすがが生まれる可能性がある

l  新しい目標に向かって

教育現場で使えるUDフォントの選択肢がUDデジタル教科書体しかない現状は決して満足いくものではない。子どもたちの好みや適性に合わせて一番使いやすいフォントを選ぶことができるようにしたい

l  ユニバーサルデザインの視点から未来の社会を見つめる

ニューロダイバーシティの考え方や認知脳科学を活かした文字のデザインも必要

 

コラム3 できない子と勘違いされる子どもたちを減らしたい  奥村智人(大阪医科歯科大LDセンター、オプトメトリスト)

検査によって子供たちの抱えている困難を判断し、適切なトレーニングによって機能や認知の改善を図る――ディスレクシアは脳の機能障碍が原因で、文字を読む「速度」と「字形や音の正確さ」に問題があり、文字の「形」と「音」を繋ぎ合わせられない

知的能力には問題がない子どもが多いので、余計対応に工夫が必要

 

特別章 フォントができること――UDデジタル教科書体の活用現場から

1     UDフォントが社会で果たす役割

l  文字のユニバーサルデザインとは何か

書体の役割は、①情報を(正確に)伝えること、②イメージを伝えること(書体から受ける印象)、③読みやすさを助ける(UDフォント)

l  読み書きに困難を抱える子どもたちの実状

'22年文科省の「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」では、発達障碍の可能性のある小中学生は8.8%、学習障碍は6.5

l  「平等な社会」ではなく「公平な社会」を実現するために

全員に同じ配慮をする「平等」では弱者が取り残されるため、11人に合わせた配慮をすることで「公平」な社会にしていかなければならない

l  SDGs「質の高い教育をみんなに」の需要に応える

読みやすいUDフォントの選択肢を整備することは、教育現場における「基礎的環境整備」の1つであり、「公平」を実現するための合理的配慮の1つであると言える

 

2     英語教育とUDデジタル教科書体

l  小学校の英語教育とアルファベットの形状の変化

'18年英語教育の最適なフォントも「UDデジタル教科書体 欧文シリーズ」としてリリース

l  Ball & Stick体」と手書きの欧文形状の違い

新しい学習指導要領で英語教育が導入された際、文科省の提示したアルファベット形状は、①手の動きを重視した(手書きに近い)形状、②左右非対称(bdpqなど)、③少ない画数で単純な形状(KRなど)

l  UDデジタル教科書体の欧文開発

当初は「Ball & Stick体」だったため、新たに文科省の形状に従って欧文シリーズを開発

l  4線比率と書き学習用欧文

英語を表記するときのガイド線を「4線」――一番上の線は大文字の頭の線、2番目は小文字の頭、3番目の線は大文字の下の線、4番目の線はgの下の線で、従来は1:1:1だったが、新しい教科書では小文字を読みやすくするために5:9:5に変更(正体欧文)。それだと大文字のEHのバランスが悪くなるため、書き学習用の比率を5:6:5(書き学習用欧文)

l  教員にも使いやすい設計

1行の中に和文、正体、イタリック体、書き学習欧文が同時に出てくることがあったとしても文字の高さや大きさ、黒みなど気にすることなく使えるように工夫されている

ガイドとなる4線をキーボードで打つことができる機能も併せ持つ

l  欧文の許容範囲

アルファベット形状にも許容範囲があって、書き順は自由――W4画で書いても一筆書きでも、両側を先に書いてあとから内側の屋根を書いてもよい

l  「筆順フォント」のリリース

漢字学習をサポートするフォントが、UDデジタル教科書体に加わる

 

3     教育現場での具体的な活用事例

l  UDデジタル教科書体はどんな教材に使われているのか

電子黒板やタブレットでも効果を発揮

l  現場の専門家のアイディアで教材配信

 

4     UDデジタル教科書体を効果的に活用するためのチップス

l  用途や場面に応じて、等幅、P付、K付を使い分ける

字を太くするための「Bボタン」では、仮想的に太くしているだけで、文字が潰れて読みにくくなるので、必ず同一書体のB(ボールド)を使うこと

文字の送り幅の違いにより、N(等幅:半角欧文で表示)NP(P:文字の持つ自然な形状に沿った幅で送られる欧文=プロポーショナル欧文で、Wは幅広く、iは狭くする)NK(K:かな部分をそれぞれの形状に合わせて送られる、「き」は狭く、「ぷ」は広く送る)

l  行間設定の注意点

Wordの段落の設定で、「1ページの行数を設定時に文字を行のグリッド線に合わせる」という項目のチェックを外しておく――gpのようにグリッド線の下にはみ出る文字によって行間が異なることを防ぐ

 

5     ユニバーサルデザインは書体だけじゃ実現できない

l  真の「配慮」って何だろう

対象者や目的によっても読みやすさは異なる

行間を広めにしたり、文字サイズを上げたりするだけでも見え方はずいぶん違ってくる

原稿に従って文字を配置し紙面やその媒体を構成することを「文字組版」といい、読み手のことを考えて読みやすい資料とするために必須の作業


識字障害でも読みやすく 「奇跡のフォント」の開発物語

高田裕美さん(あとがきのあと)

202348 日本経済新聞

「子どもが読みやすいフォントを自分で選択できるような環境が広まってほしい」と話す

教科書の字が重なって見えて集中できなかったり、視界がぼやけて字の形を認識できなかったりする。そんな困難を抱える識字障害や弱視の子どもでも読みやすいユニバーサルデザインのフォントを開発したデザイナーが、完成までの軌跡をつづった。「多くの人に情報を届けられる文字やデザインが広まってほしい」と願う。

開発したフォントは2016年発表の「UDデジタル教科書体」だ。フェルトペンで書いたような均一な太さの線という特徴をもつ。

高齢者も読みやすいフォントを作っていたとき、知人の紹介で弱視の子が学ぶ特別支援学校に足を運び、教育現場の課題を知った。小学校では筆書きの楷書体をもとにした「教科書体」が主に用いられるが、太い線ばかり目立って見えたり、子どもによっては鋭い「はらい」を嫌がったりすることがあるという。

線の太さが均一な「ゴシック体」は字形が手書きと異なるので学習には向かない。「子どもたちには手の動きが見える文字で学んでほしい」。ボランティアが手書きで作っていた拡大教科書の文字を参考に、フォント開発へ乗り出した。

足かけ8年を要したが、完成したのはくしくもデジタル教科書や電子黒板などの導入の機運と重なった。障害のない子どもにとっても、従来の教科書体は画面上では細い線がちらつきやすいとあって、教材作成で「UDデジタル教科書体」を使う動きが広まった。

UDデジタル教科書体は画面上でも読みやすい=モリサワ提供

太さが均一な線は識字障害の子にとっても読みやすいということもわかってきた。一方、中学校以降の教科書では線の強弱がはっきりした明朝体の採用が増える。「ある子どもに『自分は勉強しなくていいと言われた気になった』と言われてハッとした。日本は識字障害への対応が遅れているが、子どもの人生が変わってしまう問題だ。自分の読みやすいフォントを選択できるような環境が広まってほしい」と力を込める。

(時事通信社・1980円)

たかた・ゆみ 女子美術大学短大卒業後、書体制作会社のタイプバンクに入社しフォント開発に関わる。同社の吸収合併を経て、現在はモリサワに所属。


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