じゃむパンの日  赤染晶子  2023.7.19.

 2023.7.19. じゃむパンの日

 

著者 赤染晶子 1974年舞鶴市生まれ。京都外大卒後、北大大学院博士課程中退。04年『初子さん』で第99回文學会新人賞受賞。10年『乙女の密告』で第143回芥川賞受賞。179月永眠

 

発行日           2022.12.1. 発行                2023.3.25. 7

発行所           palmbooks(加藤木礼)

 

l  じゃむパンの日

勤務先のビルにはいくつかのテナントが入っているので、外部から来た人だけでなく、テナントの人からもよく間違えられる

昼は大好きなじゃむパン

 

l  知ってるねん

風邪を放っておいたら緊急入院。隣のおばあさんがじっとこちらを見てる

 

l  昭和のニート

還暦を迎えた男がニートだという。引き籠りやニートの先駆け。親がなくなりずっと1人暮らし。雨の日以外は家の戸を開けっ放し

 

l  夏の葬式

夏に人が死ぬとは思っていなかった。狭い部屋で人がひしめく中、誰も知らない人が、手当たり次第に手相を見てやろうという

 

l  安全運転

自動車教習所に通った。18匹も野良猫がいた

 

l  異邦人

生まれて初めて故郷を離れて札幌に住んでいた時、日本でワールドカップの試合があった

経済状況の苦しい中で出場した国のブルーの国旗を体に巻き付けた青年が立っていた

 

l  君の名は

ここだけの話、15歳の時学校の合宿で行ったお寺の小僧さんに一目惚れした。20代の若き修行僧で、勝手に珍念さんといっていたが、本当の名前を聞いて100年の恋も冷めた

 

l  書道ガール

母は子供の頃から50年も書道をしている。一番多く書くのは自分の名前だが、それでは偏るので大好きな村上弘明の名を書く

 

l  ちび君の計算方法

子供が好きで、学生時代小さな学習教室でアルバイト。足し算をするのに指を折って数えるので、頭の中で考えろといくら言っても癖は治らない。目をつぶって考えていたら眠ってしまった

 

l  ちび君のお買い物

本を買いに来て、紙袋に入れてあげようとしたら、エコバッグ持ってきたのでいらんという。お母さんの花柄のエコバッグで、子供はこんな風に買い物を覚えていく

 

l  ちび君とお兄さん

小児病棟のちび君は隣の病室の中学生のお兄さん達が好きだが、なかなか相手にしてもらえない。たまに相手にしてくれても話がかみ合わない

 

l  牛乳配達

昭和50年代末のこと、牛乳配達してもらっている家は私の家くらい。それをとってくるのが子供の頃の私の仕事

 

 

 

 

(多事奏論)じゃむパン革命 一人の志、出会い呼ぶ本に 河合真美江

2023318 500分 朝日

 思いがけない手紙が届いた。小花模様の便箋4枚に、小さな文字がおしゃべりするように並ぶ。10年余り前に取材で知り合った新潮社の社員からだった。

 本も入っていた。自分の会社の本ではない。退社した編集者がひとり出版社を始めて作った最初の本。それも「がんこな人間だけれどいい仕事をします」と情のこもる推し方で。元同僚に頼まれたわけではないのに、ひとり広報活動をしていた。

 「じゃむパンの日」。ノートを模した素朴な装丁だ。あっ。その編集者も著者も知っていた。著者の赤染晶子(あかぞめあきこ)さんは2010年に「乙女の密告」で芥川賞を受賞した。その取材の席にいたのが版元となった編集者、加藤木(かとうぎ)礼さんだった。

 京都府内に暮らしていた赤染さんには、新聞に何度かエッセーを書いてもらった。つつましやかに話す、はにかみ屋さん。書くものは観察眼鋭く、おかしみにあふれ、胸の奥底をくすぐった。

 だが17年、赤染さんは病気で亡くなる。42歳だった。

 もっと読んでほしい。埋もれさせるのはもったいない。思いをあたためていた加藤木さんが独り立ちして迷わず手がけたのが、文芸誌や新聞に載った赤染さんのエッセーを集めた1冊だった。「なぜ今、この本を出すのか。会社の会議で根拠を示して通すのは、難易度が高いかもしれません。ひとり出版社だからできたと思う」

     *

 この本いいでしょ。

 うん、いいよね。

 そんなふうに作り手の気持ちが響き、読み手の大切な1冊になれば、作品にとってこんなに幸せなことはない。

 加藤木さんの出版社は「palmbooks」。手のひらのようにささやかだけど思いのこもる本を手渡したいという。東京・吉祥寺の事務所を訪ねると、懐かしい人に再会できた。以前に話を聞いたひとり出版社「夏葉社」の島田潤一郎さん。先輩の下、加藤木さんは間借りしているのだった。

 島田さんは09年から50冊ほど手がけた。SNSの広がりが追い風となり、個人の版元が増えたと感じる。その中で14年間、初版2500部と身の丈にあう売り方を意識し、誠実さを心がけてきた。

 「世の中は大きな声、大きな価値観にまとまっていきがちだけれど、あんなのもあるよ、こんなのもあるよと様々な小さな声を拾えるのがひとり出版社だと思う」

 本はあらゆる世界の様々なものの見方を届けられる。多様性はきっと本の本質だ。

 夏葉社の新刊「本屋で待つ」(佐藤友則・島田潤一郎)を手渡された。表紙の手触りが優しい。広島の山間にある本屋さんの物語。町の人の困り事にこたえる万屋(よろずや)さんみたいになり、働く若い人たちが成長していく。手触りのまま、中身もいとおしい。

     *

 「じゃむパンの日」は昨年末、初版3千部で発刊した。実際に手にしてもらえるかおそるおそるだった……。それが3カ月余りで7刷り。本の背のえんじ色のテープを内職の人が11枚貼るため、製本に時間がかかり、注文の勢いに追いつかない。

 おもしろさに読者が反応し、SNSで広がった。取次を介したり、直接取引をしたりして書店に並ぶが、本屋さんも応援している。東京の紀伊国屋書店新宿本店ではジャムの瓶を飾ったコーナーをしつらえ、刊行記念フリーペーパーを置いた。日本文学担当の書店員が作品にほれこみ、作ったのだった。

 「私の思いで始まった本が届いたのは作品の力と共に、おもしろさを伝えて下さった書店員さんや読者の方々のおかげです」と加藤木さん。「じゃむパン革命かな」

 ひとりの志から生まれた本が出会いを呼び、ひとり、ひとりをつないでいく。革命だなんて、と赤染さんははにかむだろうけれど。

 (大阪編集局記者)

 

京都の日常、クスッと和む55編 絶妙な間合いと想像力 故赤染晶子さん、初のエッセー集

2023125 1630分 朝日

 「乙女の密告」で芥川賞を受賞し、2017年に42歳で亡くなった作家、赤染晶子(あかぞめあきこ)さんの初めてのエッセー集が出た。新聞や雑誌に掲載された55編を集めた『じゃむパンの日』(palmbooks)。生まれ育った京都の街の息づかいの中、おかしみをたたえた感性にノックアウトされる読者が続々。じゃむパンファン急増の冬となった。

 表題作の「じゃむパンの日」では、テナントビルで働くわたしが、資格教室のスタッフや看護師、インド人と様々に間違われる。困惑したわたしは、心の中で反撃する。「わたしは新妻です!」。え? その後の妄想の顛末は……

 11編がおかしく、いとおしい。登場人物はわたしや母親や祖父母、まわりのおばちゃん、おっちゃんたち。独り言のような短文でたたみかけ、絶妙な間合いがある。あれよあれよという間に京の路地裏のような赤染ワールドに引き込まれ、気づくとクスッ。肩の力が抜けている。

 版元は加藤木礼(かとうぎれい)さん(44)が作った「ひとり出版社」。加藤木さんは新潮社の編集者をしていたころから、赤染さんのエッセー集を作りたいと企画をあたためていた。昨年6月に退社し、自分がおもしろいと思う本を世に届けたいと11月に出版社「palmbooks」をスタート。1冊目はこれ、と迷わず決めていた。翻訳家でエッセイストの岸本佐知子さんとの交換日記も収めた。

 赤染さんの文章は切れ味がよく、思わず笑ってしまうユーモアにあふれる。「日常を描きながらも思わぬところに読者を連れていく、たぐいまれなる想像力。ふつうの暮らしを営む人たちを見つめる赤染さんのまなざしがあたたかくて、ほっと和らぐ読み心地を生んでいます」。加藤木さんは魅力をそう語る。

 12月の刊行から、「こんなにおもしろい作家だったとは」と話題を集め、1月末で4刷となる。増刷に汗を流しながら「本の原点の力を感じる。言葉のおもしろさ、魅力です」と加藤木さんは手応えを得ている。

 赤染さんは04年、文学界新人賞を受けた「初子さん」でデビュー。10年に芥川賞を受賞した「乙女の密告」は、外国語大学を舞台にドイツ語で「アンネの日記」の暗唱に情熱を注ぐ女子学生の姿を描いた。集団の中で「私であること」を考える重いテーマながら、スポ根漫画風でもある。

 初のノミネートで芥川賞を射止めた赤染さんは受賞当時、緊張でこわばりつつ、取材に答えてくれた。翌年、大阪本社版の本紙夕刊で1年にわたり、エッセーを4回、書いてもらった。タイトルは「赤染晶子の京小径(こみち)」。

 京都は寒いのではなく、冷える。底冷えの街で近所のおばちゃんをぬくめる祖母の作る足袋の話、京言葉で和尚さんをいう「おっさん」の話、路地裏のお好み焼き屋に息づく「イケズ」の話。鋭い観察眼をもって京都の人々を描くこれらも今回、収められた。

 赤染さん、エッセーを通じて再会できましたね。

 (河合真美江)

 

折々のことば:2614 鷲田清一

2023113 500分 朝日

 生まれる前のことでもおっさんは見てきたように話す。それがおっさんという人なのだ。

 (赤染晶子)

     

 京都で頭にアクセントをおいて「おっさん」といえば和尚のこと。おっさんは地域のことは何でも知っている。実家が世話になっている和尚がある日作家に漏らした。自分は貰(もら)い子だと幼時より思い悩んできたと。だが遺影用に写真を撮ってもらうと父の顔と瓜(うり)二つ。檀家の間で評判なのに本人だけが気づいていなかった。自分の顔が最も遠い。随想集『じゃむパンの日』から。

 

 

芥川賞に赤染晶子氏、直木賞に中島京子氏

両氏、喜びの記者会見

2010715 22:43 日本経済新聞

記者会見で握手する芥川賞受賞の赤染晶子さん()と直木賞受賞の中島京子さん(15日、東京・丸の内)

143回芥川賞・直木賞(日本文学振興会主催)の選考会が15日、東京・築地の新喜楽で開かれ、芥川賞は赤染晶子氏(35)の「乙女の密告」(「新潮」6月号)に、直木賞は中島京子氏(46)の「小さいおうち」(文芸春秋刊)に決まった。贈呈式は820日、東京・丸の内の東京会館で。受賞者には正賞の時計と副賞100万円が贈られる。

赤染氏は京都府生まれ。京都外国語大ドイツ語学科卒。2004年「初子さん」で文学界新人賞を受賞してデビュー。芥川賞候補に挙がるのは今回が初めてだった。「乙女の密告」は、外国語大学でドイツ語のスピーチコンテストに臨む女子学生たちの日々をユーモラスに描く。この物語の空間と、暗唱課題作とされる「アンネの日記」の世界が重層的に交錯する。

赤染氏は記者会見で「この作品ができるまでに色々な人に支えてもらった」と感謝する一方で「血を吐くという言葉の通り、今後も真摯に文学に向き合っていきたい」と抱負を述べた。

中島氏は東京女子大史学科卒。出版社勤務などを経て03年に小説家デビュー。直木賞は初のノミネートでの受賞となった。受賞作は戦中の東京で「女中」として働いた老女の回想記という体裁で、当時の暮らしや風俗を生き生きと描き出す。舞台となる「小さいおうち」での秘められた恋が物語の軸をなす。老女のおいの息子にあたる大学生の視点も取り入れることで、手記の内と外、虚実を照らし返す巧みな構成も光る。

中島氏は「とてもうれしい」と素直に喜びをあらわにすると同時に「作家にとって受賞は大きい。ひとつハードルを越えたところで自由に書けるようになる」と話した。

 

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