翻訳教室 はじめの一歩 鴻巣友季子 2026.4.18.
2026.4.18. 翻訳教室 はじめの一歩
著者 鴻巣友季子 東京生まれ。翻訳家。'13年エミリー・ブロンテ『嵐が丘』翻訳で注目。'09年には世界文学全集(河出書房新社)でヴァージニア・ウルフ『灯台へ』を新訳し評判となる。他にJ.M.クッツェー『恥辱』、マーガレット・アトウッド『昏き目の暗殺者』等手掛けた翻訳書は60冊以上。エミリー・ブロンテ『嵐が丘』、ヴァージニア・ウルフ「灯台へ」、マーガレット・ミッチェル『風と共に去りぬ』等、古典の新訳にも力を注いでいる。文芸評論家、エッセイストとしても活躍、著書に『全身翻訳家』『明治大正 翻訳ワンダーランド』『孕むことば』『カーヴの隅の本棚』『熟成する物語たち』、共著に『翻訳問答』等がある。
発行日 2012.7.10. 初版第1刷発行
発行所 筑摩書房 (ちくまプリマー新書)
序章 「翻訳教室 はじめの一歩」のための一歩
本書は、’12年NHK総合テレビ「ようこそ先輩 課外授業」での体験を取り入れて書かれた
小学校5年から英語が必修化され、小学生でも翻訳に挑む
l 翻訳の重要さって?
世界のグローバル化の中で、言語の壁を超えるのが通訳や翻訳家の仕事
l 翻訳をする時に大切なこと
想像力の枠から出ようとすること、出ようとする意識を持つこと。人間は自分の想像力の壁の中で生きていることを忘れない
想像力を広げるために最も大事なのは、経験や知見を広める中でいろいろな「感情」を経験すること。そのためには読書が有効
l 翻訳とは何か
最終的には「書くこと」だが、まずは原文をよく読むこと。翻訳とは「深い読書」
本を読むことは、、その本を書いた他人と対話することであり、その中で共感したり反感したりしながら、感情経験を豊かにし、想像力を広げる。よく読めば、よく訳せる
翻訳とは、いっとき他人になること。相手(作者)になり代わって書く。自ら当事者となって実体験することであり、一旦他人になった後、最終的には自分に還る
第1章 他者になりきる―想像力の壁をゆるがそう
l 作文宿題「世田谷線」
区立赤堤小学校での授業体験から
世田谷線を題材に、自分が「世田谷線になった」つもりで作文を書かせる
l なり切って書く、事実を書く
l 見たものを書く、感じたことを書く
l 読者を引き込む文章とは
まず、自分がその場にいる気になって書く。読む人もその場にいる気になれる(共感)。読む人が文中の誰かになった気がしてくる(感情移入)
個人的な好き嫌いを超えたところで、自分の訳す作品を評価し、解釈し、理解し、そして受け入れなくてはならない
l 主観的な文章と客観的な文章
原文に忠実に、原文が主観的な文章であれば、翻訳文も主観的に。原文に「何が書いてあるか」だけでなく、「どのように書いてあるか」までも日本語に訳すのが翻訳の基本
l 人間はコウモリにはなれない?
コウモリの感覚を想像し、それにちょっとでも近づこうとすることはできる。そのうえ言葉の壁を超え、最終的には自分自身のものとして、自分の言葉で書かなくてはならない
l 他者を理解すること
他者の理解というのは100%には満たないものだというのを前提として、出来るだけ近づこうとする、その努力にコミュニケーションも翻訳の意義もある
l 想定の壁に囲まれる
人間は想像力の箱の中でしか生きられないが、そのスペースをなるべく大きくすることはできる
第2章 言葉には解釈が入る―想像力の部屋を広げる準備体操
l これは何でしょう?
象の模型。表現の仕方も絵を描いても「見方」「見え方」が全く異なる正解がいくつもある
l 愛のすがたも変わる?
同じ文章でも、前後の文章によって意味が変わる
英文和訳をいくら洗練させても、翻訳にはならない
l I love you. の訳し方にはほかにも
見る角度によって言葉の姿はずいぶん変わる
l 解釈を人に伝える
誰かと言葉を交わすというのは、他者と「解釈」のやりとりをすること
l 日本語の成り立ち
日本語そのものが、外国語の翻訳で成り立っている部分が多い
第3章 訳すことは読むこと―想像力の壁を打ち破ろう
1 The Missing Piece登場!
シルヴァスタインの絵本
l ころがって出会ってまたころがって
丸いものがころがっていろいろなものに出会う話
l 辞書を引いてみる
l Missingな何かを探して
l 今度は辞書と格闘しよう
l 大切なのは、読むこと
能動的に読む。受動的(機械的)な言葉の置き換えに終始していたのでは、原文の核心には至らない。自分の方から原文に働きかけるようにして読む。原文に参加する
l 「楽しそう」から「たのしい」へ――主語は訳さなくていいの?
日本語は、主語も目的語もなくても通じる特殊な言語
2 名作のクライマックスシーンを翻訳
l 「It fit!」で起こったこと
語学力がついてくるほど理解へのカギやヒントがふんだんに得られる。だんだんと「自分だったら・・・・・?」という思考を通さなくても理解できるようになる。これが「翻訳の過程で訳者が消える」ということ。訳者が見えない「透明な翻訳」というのは受動的(機械的)な翻訳のことではない
l 訳文をブラッシュアップ(訳文発表)
l 《コラム》 本当に難しい「直接話法と間接話法と自由間接話法」
「自由間接話法」は、英語の直接話法と間接話法の中間の話法で、描出話法とも
Ø 直説法は、事実、現実の出来事、または実現の可能性がある内容をありのままに述べる動詞の用法です。仮定法(Subjunctive Mood)の対義語であり、日常の英文の大半は直説法で構成
(例文) Emily opened the window and said to them, “I’ll be
there right now!”
Ø 「間接話法」は、誰かの発言をクオーテーションマーク("")を使わずに、内容を要約して伝える手法です。時制を過去にずらす「時制の一致」、人称代名詞や時間・場所を表す語句(today→that dayなど)の変更が特徴
(例文) Emily opened the window and said to them that she would
be there directly.
Ø 描出話法とは、登場人物の心の声や思考を、語り手の地の文に溶け込ませて描写する手法。人称や時制は語り手視点(三人称)だが、内容は人物の内面を直接的に伝える
(例文) Emily opened the window and shouted to them. She would
be there in a minute!
l 読書の長い長い愉しみ――The Missing Pieceを訳して
小説という作り話が面白いのは、そこに自分のことが書いてあるから。「ここに私がいる」と思える小説を面白いと感じる。小説にとって怖いのは、読者の反感ではなく無関心
3 外にころがり出よう
l 翻訳にとって、取材の意味って何だろう?
横浜のインターナショナルスクールに取材に行く。生徒たちの言語的バックグラウンドはまちまちだが、校内の「共通語」は英語
l 様々な視点からのグループ・ディスカッション
第4章 世界は言葉でできている
l 日本で話されている言語は何ですか?
一口に日本語といっても、1つではない
l 公用語になる言語とならない言語がある
l でも、言葉自体に上下なんかない
l だったら、どうして英語をやるの?
第5章 何を訳すか、それは翻訳者が引き受ける
l 翻訳を終えて
最後の宿題は、自分にとってのMissing
Pieceとは何か?という題の作文を書くことと、絵本にタイトルをつけること
l 能動的に読むとはどういうことか
自分で道を探しながら読み進める
l オリジナルに読むことと勝手に読むこととは違う
日本の翻訳文化とは、ニュートラルに読む=受け身で読むと捉えて、それが美徳であるように考えられていたが、原文を的確に読むことと能動的というのは矛盾しない
「透明な翻訳」とは、日本ではオリジナルが透けて見えるような翻訳文を指すが、欧米では翻訳であることを感じさせないぐらいこなれた、翻訳者のものになっている訳文を指す
日本の翻訳学の草分けの柳父章(やなぶあきら)によると、日本語は、中国語から文字が入ってきたとき、白文(はくぶん)に返り点を打って読み下し文にしたが、オランダ語も英語も同じように各単語を訳して、日本語の語順に入れ替える形で訳文とした
精緻な英文和訳法をメソッドとして持っているので、高度な文章でも訳すことは訳せるが、訳しても意味が分からないという現象が起こる
文化に対する知識も含めた語学力を十分つけたうえで、自分なりに原文をどう読むか
l どこまでも、どこまでも、翻訳
異言語や異文化を訳すわけだから、どうしてもずれる。そのずれを全く否定したら翻訳文化は成り立たない
村上春樹の『ノルウェイの森』はビートルズの曲名からの引用だが、原題は『Norwegian Wood』で、ノルウェー製の安木材の意味
私が『The
Missing Piece』につけたタイトルは『どこまでも、どこまでも』。まだ見つかっていない次の言葉を探しながら、一歩一歩、一語一語探しながら生きていくのだと感じる
あとがき
翻訳のレッスンにまぶして伝えたかった「隠しテーマ」を各章の柱とした
1. 想像力の壁を越える、越えようとする意識を持つ――感情移入を越えたところで作品を批評すべき。読書によって感情が耕される
2. 「読む」ことの大切さ――サマリーを書く訓練
3. それぞれの言語のかけがえのなさ
筑摩書房 ホームページ
「翻訳をする」とは一体どういう事だろう? 引く手数多の翻訳家とその母校の生徒達によるとっておきの超・入門書。スタートを切りたい全ての人へ
内容紹介
文芸翻訳の第一線で活躍し続ける著者が、母校の小学校で開催したユニークな「翻訳教室」。英語にほとんどなじみのなかった子どもたちとともに、名作絵本『The Missing Piece』の翻訳に挑戦する――そのとっておきのレッスンを一冊に。「外国語を訳す」とは一体どういうことなのだろう? 小手先の技術やテストのためだけの勉強ではなく、母語ではない他者の言葉と向き合うための「はじめの一歩」を本当の意味から考えていく、珠玉の入門書。
(本好きのための職業図鑑)翻訳家・鴻巣友季子さん 書く・読む・語学が好き、その先に
2026年4月8日 朝日新聞
本好きなら誰もが知っているけれど、その内実が知られていない職業があります。憧れの仕事に就く方法からふだんの生活まで、それぞれの第一人者にお聞きします。第1回は翻訳家として「嵐が丘」(エミリー・ブロンテ著)や「風と共に去りぬ」(マーガレット・ミッチェル著)などの古典新訳で知られ、文芸評論家としても活躍する鴻巣(こうのす)友季子さん(62)です。
――翻訳家として40年近く一線で活躍し、文芸評論やエッセーも人気です。どうしたら鴻巣さんのような翻訳家になれますか?
私の体験はちょっと特異なので参考にならないですよ。一般的に言えば、海外文学の翻訳家を目指すのであれば、まず大学や大学院で言語と文学を学ぶこと、定評のある翻訳学校に通うことをお勧めします。
――いつ翻訳家になろうと思ったのですか?
19歳の冬です。大学生になって英文学科に在籍していたものの、何かに打ち込むこともなく鬱々(うつうつ)とした気持ちになっていたころで、喫茶店で当時人気だった写真週刊誌を開いてみたら翻訳学校の広告が目に入りました。翻訳家になる道が見えたと思ったときに、書くのが好き、読むのが好き、語学が好きという、それまでの自分の体験がパズルのピースのようにはまりました。私は翻訳家になるってその時決めたんです。なりたいではなくて。
*
――翻訳学校には通われたのですか?
調べると当時その翻訳学校は平均年齢が50代ぐらいと聞き、入りませんでした。通っていた大学で教えていた柳瀬尚紀先生に「弟子入りしたい」と懇願したのですが、弟子は取っていないとけんもほろろで……。それでも訳文などを持って行ったりしていたら、「運転手ならいい」と冗談で言われて。
――なぜ柳瀬さんだったのですか?
柳瀬先生の訳文はアクロバティックですが、背景も含めて徹底的に考え抜いているから出てくることばです。解説を聞くと、こんなに深く読める人がいるんだと驚かされました。
――単著の初翻訳は23歳と早いですね。駆け出しの翻訳家だと印税はどのくらいなんですか?
8%じゃなかったかな。もうちょっと低かったかもしれないですね。現在は若手はもっと低いと聞いています。改善したいです。
文芸翻訳だけで食べていけないという嘆きは耳にしますが、文芸畑の文筆家になるなら兼業覚悟でないと難しいでしょう。私も実務翻訳や雑誌社の英語記事翻訳、新聞の文化コラム執筆などをしてきました。
*
――翻訳家としてのターニングポイントは?
やはり「嵐が丘」を翻訳したことですね。新聞のインタビューで「嵐が丘」を訳したいと話したらそのことばが記事になってしまい、それを見た新潮社の方から依頼があったんです。
私は20代から35歳まで父と母の介護がありました。留学にも行けなかったし、やりたいことも十分にはできませんでした。両親を見送った後、36歳から40歳までに、「嵐が丘」を訳し、結婚、出産まで、詰め込みで全部こなした感じです。
「嵐が丘」の翻訳が出てからは、急に文芸評論や書評の仕事をたくさんいただけるようになりました。「訳すことは読むこと」と思って、翻訳を続けてきたおかげかもしれません。(聞き手・加藤修)
■仕事のあゆみ
●8歳で「あしながおじさん」に出会う。同作で「嵐が丘」を知る。
●12歳で「風と共に去りぬ」に出会う。
●15歳で安部公房にはまる。映画製作にもはまる。
●19歳で翻訳学校の広告を見て翻訳家になると決意。
●20歳で柳瀬尚紀先生に押しかけ弟子をする。しかし弟子はとってないと断られる。さらにうろうろしていると、運転手ならいいと渋々言われる。
●20代の半ばから両親の介護が本格化する。
●31歳で翻訳の新人賞をもらうが、母はその知らせの前に他界。
●35歳でやっとベストセラーが出るが、父はその直前に他界。
●36歳のとき新聞インタビューで、うっかり「いつか『嵐が丘』を訳したい」と言ってしまい、その数カ月後に新訳の打診があった。
■なりたい人へ 「翻訳教室 はじめの一歩」
母校の小学6年生に翻訳を教えた体験を元にした入門書です。ワークショップ形式の授業で、子どもたちが題材の物語の核心に飛び込み、語り手、視点、人称、主語、翻訳可能性と不可能性といった翻訳する時のエッセンスを、専門用語を使わずに話しあう姿は驚きの連続でした。子ども向けに平易に書いていますが、大人の翻訳家志望者にも翻訳の本質が伝わると思います。
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鴻巣友季子 ちくま文庫
■さらに読むなら 「エクソフォニー 母語の外へ出る旅」
ドイツ語と日本語で創作活動を続ける多和田葉子さんの言語・創作哲学が凝縮されたエッセー集です。Aという言語とBという言語の間にある「詩的な峡谷」にいたいという思いは、どちらかではなくて、その中間に宙づりになって留(とど)まり続ける力(ネガティブ・ケイパビリティー)で、多和田さんの作家としての核心であると同時に、翻訳家にもあてはまります。
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多和田葉子 岩波現代文庫 (別葉にて収録)
Wikipedia
鴻巣 友季子(こうのす ゆきこ、1963年7月15日 - )は、日本の翻訳家[1]、エッセイスト。文芸評論家として『朝日新聞』書評欄にも寄稿している[1]。CS日本番組審議会委員も務める[2]。日本ペンクラブ会員。
来歴・人物
東京都生まれ。母は日本舞踊家[3]。成城学園中学校高等学校時代に所属していた文芸部の夏合宿で安部公房に出会ったことが翻訳家・文筆家への道の分岐点だったと語っている[4]。その後、成城大学文芸学部卒業。柳瀬尚紀に師事し、お茶の水女子大学大学院人文科学研究科英文学専攻修士課程修了、1987年から翻訳を始める。当初は心理学書、ミステリーやサスペンスの小説の翻訳が多かったが、2000年にノーベル文学賞作家ジョン・クッツェーの『恥辱』を訳し、新潮文庫で『嵐が丘』の新訳を刊行した。他にカナダのマーガレット・アトウッドの翻訳もある。
1995年、BABEL国際翻訳大賞BABEL新人賞を受賞。1999年、トマス・H・クック『緋色の記憶』の翻訳で、BABEL国際翻訳大賞ミステリ部門を受賞。
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