修羅場の王 大西康之 2026.4.6.
2026.4.6. 修羅場の王 企業の死と再生を司る「倒産弁護士」142日の記録
著者 大西康之 ジャーナリスト。1965年生まれ、愛知県出身。88年早稲田大学法学部卒業、日本経済新聞社入社。欧州総局(ロンドン)、編集委員、「日経ビジネス」編集委員などを経て2016年4月に独立
発行日 2025.10.7. 第1刷発行
発行所 ダイヤモンド社
プロローグ:債権者集会
破産法第31条第1項第2号 裁判所は、破産手続き開始の決定と同時に、破産者の財産状況を報告するために招集する債権者集会の期日を定めなければならない
'09年10月、瀬戸は日比谷公会堂に到着。防弾チョッキを着てSFCGの債権者集会に破産管財人として臨む。13万人の債権者の債権総額は3.1兆円
草分けは北陸銀行出身の松田一男が'70年に設立した「日栄」。そこで学んだ在日コリアンの大島健伸が'78年に立ち上げたのがSFCG。日栄は'96年東証1部へ。大島は'70年三井物産入社、ジャカルタ事務所で化学品を担当。金貸しに感化され、独立して商工ローンを起こす
'99年には苛烈な取り立てがマスコミの話題になり、国会にも召喚、日栄は行政処分を受ける
‘05年、過払い金返還や損害賠償請求が相次ぎ、SFCGは関東財務局から業務停止命令
'08年、最大の貸し手のリーマンの破綻でSFCGは資金繰りに行き詰まり、翌年民事再生申請するが、債権の二重譲渡などが発覚したため破産手続きに移行。瀬戸が管財人となる
破産や更生手続きが始まった瞬間から、会社の財産は管財人の許可なく処分できず、管財人は「修羅場の王」と呼ばれる。まず債務者の財産を保全する
l もぬけの殻
破産手続き開始後、瀬戸は大島と対峙。大島は裁判所から破産宣告される前に手を打ち、宣告時に会社はもぬけの殻。自分の給料を5倍に引き上げ、ファミリー企業から賃借していた松濤の自宅の賃料を大幅に引き上げ。破産債権は、未確定や二重三重の債権を篩にかけて3610億円と確定。破産財団の資産は37.9億。瀬戸は2670億円がファミリー企業に移し替えられたと断定するが、取り戻す手段がない。地裁が損害賠償請求額を717億円と決定
l パンドラ文書
日本振興銀行の木村剛が瀬戸のところに駆け込む。振興銀行は’09年債権の担保権を実行してSFCGの大株主になったが、直後に破産した上、700億円相当の債権を複数の信託銀行に二重譲渡していたことが判明、振興銀行は経営悪化から翌年民事再生を申請、木村は検査忌避の疑いで逮捕され、整理回収機構からも損害賠償を求められ、いずれも敗訴して55億円の賠償を命じられた
'10年、大島は詐欺再生や特別背任などで逮捕されたが、6年の裁判で検察は大島の巧妙な資産隠しを立証できず、無罪となり、忽然と姿を消す
‘21年、国際調査報道ジャーナリスト連合ICIJが公表したパンドラ文書に大島の名前が出る。460億円の隠し財産があり、現在はラオスで商工ローン事業を展開
l 失敗のリセット
瀬戸に言わせれば、「挑戦すれば失敗もする。失敗したら、ケジメをつけてやり直せばいい。そのために倒産法がある。挑戦して失敗した者が、リセットしてやり直せる。それが健全な資本主義」。やり直しが許されないから大島はラオスに逃げた
瀬戸はそんな想いから、法制審議会の倒産法部会の幹事として、’99年公布の民事再生法制定や、’02年の会社更生法改正、'04年の破産法改正に関わってきたが、まだ道は遠い
破産や倒産を扱う東京地裁民事第8部に係属する法廷を舞台とする「倒産弁護士」。その先頭を走る瀬戸英雄が本書の主人公
Chapter -1 倒産弁護士の誕生
l 会社再建の神様
瀬戸は’48年熱海の生まれ。小田原で育つ。祖父は伊豆のミカンを満洲に送って財を成す。父は国鉄だが、肋膜で辞め、地元で青果店や食堂を経営、繁盛。小田原高校から、司法試験を勧められ法政の法学部に入る。大学院でようやく刑法を学び、法律事務所で働きながら4回目のチャレンジで司法試験に合格。スチールサッシの草分けで、「日本特殊鋼」の再建を果たした早川種三の『会社再建の記』を読んで感化される
l 倒産ムラ
早川の本を読んで、「管財人こそ男の仕事」と目標が定まる。’83年同期2名とともに事務所開設。最初に地裁から来たのが、倒産会社のビルを不法に占拠している案件の管財人
'97年ヤオハン、日東興業(現アコーディア)、第一ホテル、マイカル、大和生命(現プルデンシャル)、SFCGなど大型倒産事件を手掛け、「倒産ムラに瀬戸あり」と認められるようになった
l 「法的整理の鬼」と「私的整理の伝道師」
利害関係が錯綜する倒産の修羅場で、会社のすべてのステークホルダーを納得させる更生計画を作り、それを実現するのは高い経営センスと強烈な人心掌握術が求められる
倒産ムラの最長老は清水直(ただし、14期)。技研工業や興人、東京佐川などを扱った。次いで高木新二郎(15期)、松嶋英樹(23期)。それに続くのが瀬戸(31期)。瀬戸が倒産法を武器に闘う「法的整理の鬼」であり「実務の人」に対し、高木は法律に縛られない「私的整理の伝道師」で「理念の人」。2人は後にJALの再建を巡って対峙
l “職業革命家”を目指した男
高木は1935年新宿に大工の次男坊として生まれる。早稲田中高の頃母親が出奔、父親と再婚相手の住む家に引き取られ、マルクス主義に傾倒し勘当される。職工見習いから共産党に入党、逮捕歴を重ねながら“職業革命家”を目指すが、共産党が平和路線に転じると熱が冷め高校の定時制に戻り卒業。’55年中央大に入り司法修習生に。’64年独立。中小企業の倒産案件を積極的に引き受け。43歳で心筋梗塞、3か月入院。グアムの案件で米国の弁護士とやりあって英語が上達、アメリカの「チャプター11」を知って衝撃を受ける。日本では裁判所の保全処分決定まで債権は保護されないが、チャプター11では申請と同時に個別権利行使が禁止される。’88年、弁護士からの裁判官任官制度が始まり、第1号として任官、新潟地裁所長から東京高裁の判事となって計12年務め上げる。65歳で独協大教授になったところへ、'00年協栄生命(現ジブラルタル)の管財人の依頼が来る。負債総額4.5兆円で「世界最大の倒産」と騒がれたが、高木はプルデンシャルをスポンサーに引き込み、半年で更生手続きを終結
l 産業再生機構と高木の慧眼
米欧の倒産処理は「法的整理」から「私的整理」に主流が移りつつあった。高木が座長となり「私的整理に関するガイドライン」の研究会が発足、’02年その成果をもとに金融庁が「金融再生プログラム」を公表。竹中金融担当大臣が中心になって金融機関から不良債権を買い取る「産業再生機構」の設立準備が進む。’03年産業再生機構設立。元野村の斎藤惇が社長、冨山が専務となり、投資先選定の再生委員長には高木が就任。10兆円の政府保証を付けることでスタートしたが、銀行は不良債権認定に逡巡。成果はわずか41件で、'07年には清算
l 日本経済の時限爆弾
日本経済の再生の次の手は地域力再生機構。地方自治体と企業による第三セクターの大半が赤字垂れ流しで、官僚は「日本経済の時限爆弾」と見做し、高木に研究会主導の依頼が来るが、財務省は地方の失敗の尻拭いを拒否、自民党の野党転落でプロジェクトは挫折
l リーマン・ショックと民主党政権
民主党政権下、リーマン・ショックで疲弊した日本経済立て直しのために第2の産業再生機構となる官民ファンドを立ち上げ。当初は中小を救うためだったが、本丸は旅客激減で経営危機が叫ばれていたJALの救済支援
Chapter 0 倒産前夜
l 「蚊帳の外」の人
JALでは8つの労組があり、それぞれが経営との対立・癒着を繰り返し、経営の足枷となる
'06年、内紛の結果、社長レースの「蚊帳の外」にいた財務畑の西松が社長になったが、'10年の事実上の倒産まで、JALの歴史は’51年の誕生以来「内紛の歴史」でもある
l 「沈まぬ太陽」のような
'87年の完全民営化の際、中曽根が会長に送り込んだのが鐘紡の伊藤淳二で、バリバリの労使協調派だったことが禍根を残す。鐘紡の武藤山治に学んだ伊藤は家族主義を進めるが、やがてそれが「馴れ合い」に変質、事業の多角化を目指すが、制御が利かずに放漫経営となり、再生機構に持ち込まれ解体に追い込まれる。伊藤はJALでも労使協調を打ち出すが、火に油を注いだことにしかならず、1年で去る
l 「最後は政府がなんとかしてくれる」
'93年から採用を減らし人件費削減など経営の立て直しが始まるが、社内に危機感はない
‘09年3月期の決算で631億円の赤字計上。その他に「未認識債務」として、年金の積み立て不足3200億と機材の評価損1100億があり、7~8000億の債務超過
民主党政権は、JALの国費による従来方式の支援を見直し、JAL倒産へのカウントダウン開始
Chapter 1 私的整理か法的整理か
l 嵐の海へ
‘08年、自民党の麻生政権は、リーマン対策として11.5兆円をばら撒き、半年のうちに91兆円を投入し下野
l 「その他の事業者」
'09年、民主党政権は「株式会社中小企業再生支援機構法案」を提出。内容は地域力再生法案と同じだが、中小企業としたことで都市も地方も同列とし、対象を「その他の事業者」としたことでどんな企業の支援も可能にしている
l 打診
法案作りの段階で高木と内閣府の間が拗れたため、新たに再生委員長として瀬戸の名が浮上
瀬戸の事務所の同僚弁護士も、金にはならないが名前は上がるということで後押し
l 路地裏の企業家魂
再生機構の社長には、興銀常務から都民銀行頭取として立て直しをした西澤宏繁で、中小企業金融の専門家。「路地裏の企業家魂を支える」とのスローガンで、地域金融に貢献
l 民主党のプリンスと財務省のエース
民主党政権では、「プリンス」と呼ばれた前原が国交相に就任するが、最大・喫緊の課題がJALで、飛行機が飛ばない状態は避ける」と明言。「法的整理」ではなく「私的整理」と言ったに等しく、この発言が後に前原の手足を縛る。その前原に財務省の総括審議官の香川俊介が、JALには地雷があり、年内にも資金ショートを来すと知らせる
JALの抱える経営問題は単純だが、普通の会社再生のように簡単にはいかないところが問題
l タスクフォース
前原は、つなぎ融資さえあれば業績は回復するといった西松の言葉に不信を覚え、民主党政権の政治主導方針もあり、個人的に冨山を呼び出し、冨山は高木を担ぎ出してチームを作る
政権発足直後、前原は「JAL再生タスクフォース」の設立を発表
前原の念頭にあったのは、「事業再生ADR(Alternative Dispute Resolution)」で、米国で制度化がなされ高木が構想していた裁判外紛争解決手続き
l 「何でこの会社がこんなことになったのか、わかっているのか!」
冨山は40人ほどの人材をかき集めJALに乗り込み、若手リーダーを動員して現状把握を急ぐ。経営の中枢は通常のADRとは異なり、旧経営陣に代わって高木が指示
l 私的整理の限界
冨山の見立てでは、3000億の出資と1800億のつなぎ融資、2500億の債権放棄が必要
l アルプスの少女ハイジのような出で立ちで
国交副大臣に急遽就任した辻元清美は、認証式にアルプスの少女ハイジのような服で出る
JALの経営陣が支援を求めて会いに来たのを見て、辻元は借金取りに追われていた父親の姿を思い出したといい、JALの資料を見て会社更生法しかないと直感
l 極秘チーム
辻元は極秘裏に国交相の幹部を呼び、救済に必要な立法作業に取り掛かる
l 「空飛ぶ銀行」の破綻
辻元は、’01年「空飛ぶ銀行」と呼ばれていたスイス航空の拡大路線が、’98年の墜落事故で経営が傾き、'01年の同時多発テロでとどめを刺されたことを知りぞっとする
米国のチャプター11方式で行けば、飛ばし続けたまま会社更生法が使えるかもしれない
l 京セラ・稲盛和夫の別の顔
再建のトップには、京都を地盤とする前原の有力な後援者である稲森に白羽の矢
稲盛は「事業再生のプロ」の顔も持つ。京セラ急成長の背景には2つのM&Aがある。'83年のヤシカと'00年三田工業の買収で、いずれも会社更生法申請の会社。申請後債務整理が完璧に終わった会社を買っている
稲盛は航空業界の素人、77歳の老人と言って拒否
菅直人副総理は、公的資金注入そのものに反対
l 10月19日午前8時
支援機構の委員長を引き受けた瀬戸は設立準備に追われる。10月14日設立
19日8時に内閣府から西澤と瀬戸にJAL再建の話が持ち込まれる。タスクフォースでは銀行が動かず、瀬戸の手に委ねられる
Chapter 2 つなぎ融資と債権放棄
l “学級崩壊”
JALには、資金調達や運用を中心に経営戦略を考える財務部がなく、資金調達だけを考える資金部があり、通常は政府保証付きの公営企業債の発行と政府系や民間金融機関からの潤沢な借り入れの手続きを担当
特に'01年の同時多発テロ以降は、キャッシュフローは大幅マイナスで借入が急増
政権内部も前原の支援要請に対し冷淡で、まるで“学級崩壊”状態
l 「JALは自民党の負の遺産」
冨山は独断で瀬戸に話を持ち掛ける。自分たちの力では銀行を説得できない限界を知り、支援機構の出馬を要請
l 前原の変心
前原から西澤と瀬戸に正式依頼が来る。瀬戸は法的整理を排除しないという条件を提示、前原はあっさり前言を翻して同意。タスクフォースは解散し、支援機構が前面に立つ
l コードネームIVY
コードネームは、JALのマークの鶴から、蔓IVYとする
まずは機材の2/3削減、機材がなければ路線も人員もカットできる
l 始まる前に終わってしまう
支援機構は改めてキャッシュフローの巨額のマイナスをみて、これでは始まる前に終わってしまうと驚く。米銀もデポジットの増額を要求
l 小田原評定
JALの失敗は自民党の失敗だとして、鳩山も菅も支援に消極的。辻元が必死に副大臣たちの説得に動き、つなぎ融資への政府保証の可能性を認めさせる
l イラ菅vs財務省
財務省と政投銀はいずれも深入りしない方針を固めていたが、支援機構が正面に立ったことで、機構事業の実質的な担当だった菅副総理が動き、政投銀に無保証で融資させる
l 頭取がポケットから取り出したもの
辻元がメガバンク3行の頭取を呼んで支援を要請。表向きはすぐにYESとは言えないが、覚悟を決めている。帰りがけに永易がポケットから飴玉を取り出して辻元に渡す
l 劇薬
再生支援機構の原則は私的整理で、前原以下のステークホルダーの最大公約数も会社更生法はリスクを伴うギャンブルとして、私的整理を念頭に置いていたが、瀬戸はJALの宿痾を根絶するためには会社更生法の適用も必要と考えた
l 倒産弁護士の「奥の手」
瀬戸が菅ほか関係者に提示したのは「公的資金注入」と「会社更生法」の同時活用。会社更生法の最大の弱点は、一切の支払いを禁じるために、信用不安を招来し兼ねず、法的整理リスクにつながること。瀬戸はそこに公的資金という支援策を投入
l 激高
前原と瀬戸がメガバンクに再建案を説明すると、永易がJALの必死に働く従業員のためにも、弁護士の功名心でしかない法的整理など認められないと強硬に反対。西澤が功名心という批判に激高、永易の興奮も収まらず
Chapter 3 経営の神様
l JALを蘇らせることができるのは
経営のトップには既得権益の外にいる人間しかいないと考えた西澤と瀬戸は、稲盛一択で臨む。西澤は興銀時代に稲盛とゴルフをした仲
稲盛は、断りながらも、瀬戸から再建策の説明を受け、大筋で間違っていないと答える
l 退路は断たれた
前原と稲盛の面談が決まり、瀬戸は事前の稲盛へのブリーフィングに行くが、稲盛の態度は不変。稲盛と3メガバンクの応諾がないままに、公的支援申請の日が設定される
l 稲盛は何を待っていたのか
稲盛は、自社の2件のM&Aの経験を通じて、倒産と会社更生法の威力を深く理解。やしかも険悪な労使関係や社長の個人保有株に絡む横領など、三田工業も11年にわたる粉飾決算など、いずれも表面に出ない「負の遺産」が潜んでおり、それを吹き飛ばすのは法的整理しかない。私的整理では宿痾が再発し兼ねない
Chapter 4 東京地裁民事第8部
l 相手の懐に飛び込む
会社更生法に反対するのは、それが「会社の死」を意味すると考えたから。通常JALのような大企業の場合、申請から更生開始決定まで6か月はかかり、その間に信用は失墜する
更生手続き開始決定前に発生した債権を「更生債権」といい、更生後の「共益債権」とは区別
「更生債権」には、「金融債権」と「商取引債券」がある
会社更生法では、例外的に、少額債権で会社存続に必須のものは更生計画認可決定前でも管財人の申し立てにより弁済が許可されるとあるが、その運用は裁判所次第
会社更生案件の窓口は東京地裁民事第8部。破産と民事再生は民事第20部
瀬戸は直接民事第8部に打診
l “図上演習”
瀬戸は機構内の“図上演習”で、民事再生では大証1部のマツヤデンキのケースで、1億円を超える商取引債権が「少額」と認定された例などを引き合いに、シミュレーションを繰り返す
l 錆びついた伝家の宝刀
もともと第8部の総括判事門口正人(後の名古屋高裁長官)が「不平等を絶対に許さない」という更生法の目的を厳格に運用したため、より自由の利く私的整理に傾いていたのを、当時の若手判事らが中心になって、錆びついた伝家の宝刀の見直し機運が出始めていた
l 3ないの町
民事部総括は菅野博之(後の最高裁判事)。鉄道も国道も上下水道もない町の北海道東川町出身。東北大法卒で門口の後任だが、苦労人もあって瀬戸の相談に前向きに反応。商取引債権にも、つなぎ融資の優先弁済にも、事業継続のための必要性をより重視。法人の支援機構が管財人になることも、上場維持もあり得るとの回答を得る
l 針の穴
'01年、マイカルが民事再生申請。瀬戸は事前に地裁から協力を依頼されていたが、直前のクーデターで会社更生法から民事再生に切り替わる。瀬戸はヤオハンで世話になったイオンの岡田にスポンサーを頼み込み、岡田は会社更生法適用と瀬戸の管財人を条件に支援を引受け
マイカルの負債総額は1.9兆円。JALは2.3兆円とほぼ同規模
第8部の「内諾」は、1つ目の針の穴に過ぎなかった
Chapter 5 年金と憲法
l 未認識債務
'03年年金制度見直しで、厚生年金基金の代行返上(確定給付から確定拠出へ)と、年金運用の予定利率を4.5%から2.5%根引き下げで年金債務を1400億削減したが、'04年度末の退職給付(年金)未認識債務は3555億も残り、株主資本の1947億を上回る
l 同期入社
同期入社の2人が年金専担となり、退職給付減額のために必要な退職者9700人の2/3の賛同を得るために動き出す
l 退職者たちの反乱
'09年、年金制度改革案を組合に提示すると一斉に反発
l 9700人、9700通りの思い
退職者に個別電話攻勢もかける。現役の年金は5割アットに対し退職者は3割と優遇はされているものの、個別にはいろいろな事情がある
l 違憲か合憲か、それとも
プレDIPファイナンスは、法的整理手続き開始前のつなぎ融資で、JAL生き残りのためには必須だが、年金基金の積み立て不足の穴埋めに使われる事態は避けなければならない。一方で退職者の年金未払を賃金と同じ労働債権と見做せれば、その強制的な削減は憲法違反
Chapter 6 悪役レスラー
l 昼行燈
支援機構からJALに送り込んだIVYチームは、大臣の個人顧問だった高木・冨山率いるタスクフォースのメンバーを引き継ぎ、業務的にも私的整理を前提に手続きを進め、瀬戸は伝家の宝刀をなかなか明かさない。会社再建業務はどちらでもあまり変わらない
l 日本でいちばんベンツが似合う弁護士
JALの金繰りが越年できるかどうかが懸念されていた矢先、支援機構がサポート部隊のJAL中堅幹部に、1月中旬の会社更生法申請を告げると猛反発
初めて瀬戸がJALに乗り込み、中堅幹部に説明する
l サンドバッグ
JALのような政治的案件では外部の介入の排除が必要不可欠であり、法的手続きの持つ公平性と公正性、中立性を最大限活用すべきだと断言
l 生還率7%
中堅幹部の猛反発に、瀬戸はまだ危機感が薄く甘えが残っていると慨嘆
これまで更生法を申請した上場企業138社。4割は消滅、6割も業績低迷、再上場を果たしたのは9社のみ。JALの人間はすでに、誰一人自分の運命をコントロールできない
Chapter 7 史上最大の作戦
l 永遠の飛行機野郎
現業部門には飛行機好きが集まっていて、経営とは無関係に飛行機そのものを愛していた
l 緊急支店長会議
支援機構の指示で50ある国内空港支店の支店長が招集され更生法適用を告げられる
l 「窓口札束積み上げ大作戦」
海外の50ある支店には、銀行口座を外銀から邦銀にシフトする指示があり、各支店2億円が振り込まれ、運航停止を意味する「グラウンディング」回避のための文書が配布される。Xデー(19日)前後に更生法の情報が流れて「取り付け騒ぎ」とならないよう手配が進められる
金融債権の放棄比率は87.5%と決まる
l 嘔吐
3メガからは「法的整理は不要」との連名の書面が届く。論点は7つ。①企業価値の毀損が大、②金がかかる、③年金問題の混乱、④株主の反発、⑤社員の士気低下、⑥国民負担の発生、⑦現業の縮小。いずれも一般論で、法的整理でも私的整理でも起こり得るもの
年末JALの株価は一時60円まで下落。85円で大引け
数日前、前原は体調を壊し、嘔吐して緊急入院。JALの株価下落で神経質になっていた
l 「朝日」が書いた社長の失言
IVYチームは本社に「コントロールルーム」を立ち上げ、すべての関係者の声・情報を集約、対応を一元化したが、1月3日の朝日新聞に、「日航社長、法的整理に反対」の見出しが躍る。レームダックの社長が反対してもどうにもならないし、それを報じる新聞もどうかしている
l イラ菅の爆発
民主党の政権奪取当時は、JAL問題への関りを忌避していたが、内閣府特命担当になると「俺の仕事」と捉え始め、年末には完全にスイッチが入り、自ら出て行って渋る政投銀を一喝
l 完勝
DIPファイナンスは、瀬戸の要求通り6000億満額受諾
l 3分の2
年金の支給対象者9700人全員に意向確認の通知を送り、さらに説得を続け、終に2/3を超える
l 吉報
3メガバンクも債権放棄に同意。稲盛も前原に会いたいと言ってきた
l 稲盛の条件
稲盛が提示した条件は、会社更生法の適用。アメーバ経営を教える1人と社員の意識改革を担当する補佐の2人を連れていく。週3日の出勤で無給、期間は最大3年
稲盛は西行の歌を詠む; 年たけて また越ゆべしと 思ひきや 命なりけり 小夜の中山
l 対面
稲盛は、JAL幹部と支援機構幹部を前に、「人のためにやくだつことが人間としての最高の行為」と考え、「利他の心」をもって事にあたるのが大事といい、「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」(林述斎)の心構えで臨むと宣言
支援機構が実行しようとしているリストラは非情・苛烈なもの; ①従業員・機材・路線は1/3、②年金給付は現役1/2、退職者は30%減、③金融債権は87.5%カット、④100%減資
l アラン・オガワのプライド
更生法申請の4日前、欧米亜中の総務部長が招集され、①19日の更生法申請、②何があっても1便も止めるな、との指示。難題にロス勤務の長い日系人オガワが手を伸べる
Chapter 8 2010年1月19日
l 世にも不思議な機内アナウンス
1月19日夕刻、JAL全便で、「会社更生法適用したが、運航もマイレージも変わらない」との機内放送が流れる
メディアは、「JAL倒産」一色で、裁判所の他の2つの決定を伝えていない。1つは商取引債権弁済許可、もう1つがプレDIPファイナンス(政投銀の2000億)を共益債権と認めたこと
例外を認めた民事第8部の菅野は退官後に、「会社更生法による法的整理の目的は、日本経済の強化にある」との言葉を残す。英国留学の経験を持つ菅野の合理的な思想がJALを救う
l JAL倒産
更生法申請を踏まえ、支援機構内では企業再生支援委員会が支援を決定し、事業再生計画を承認。これが6か月後に裁判所に提出する会社更生計画の叩き台になる
裁判所は、支援機構を法人管財人(瀬戸他2名が職務執行者)に、弁護士の片山英二を管財人に指名
事業再生計画の概略は以下の通り
①
大幅なダウンサイジング
②
強靭・柔軟な事業運営体制の確立――収益化を前提として公共性に留意
③
集中投資――3年で機材改修、ITシステム基盤整備など1260億を投資
④
財務基盤強化――機構は3000億出資、有利子負債は7800億から4100億に削減
計画通りいけば、3年後は売上こそ13585億と微減だが、営業損益は2651億の赤字から1157億の黒字にV字回復、営業利益率も8.5%と過去最高益が出せる。実際はそれ以上に
l 前原の会見
支援機構と政投銀を通じて十分な資金が提供されると宣言
l 倒産弁護士の大演説
同日夜JALの記者会見で瀬戸が第一声を発する。透明性を重視し、法的手続きを活用し、公平と公正を実現する。過去のしがらみを断ち切るためにも法的整理は必要。法人管財人を認めてもらい、保全管理を入れずに即時に更生手続きを開始することが認められた。商取引債権やリース債権、つなぎ融資を共益債権として認定
l 溺れた犬を叩く
報道機関にも、安全運航に不安を生じさせるような風評を起こすような報道は控えてほしいと要望、二次破綻を煽るかのような報道を牽制
倒産法の要諦は「敗者復活」にある。瀬戸の願いは、日本を失敗に寛容で、再挑戦できる国にすること。応援しろとは言わないが、せめて溺れた犬を叩くことだけはやめてくれと言いたい
l 登壇者たち
もう1人の法人管財人職務執行者の中村彰利も再生の方向性を説明
管財人の片山も法律的な要点を簡潔に説明。西澤も支援機構の支援方針を語る
l 泣いて謝れ
退任する西松社長が陳謝
欠席の稲盛に代わって懐刀の大田嘉仁がメッセージを代読
l 稲盛が会見の席にいなかった理由
稲盛はその日、稲盛が主宰する米国で4番目の盛和塾ハワイの開塾式でハワイにいた
ここまでお膳立てをしてきた瀬戸を立てて、これからJALをCEOの稲盛に代わって実質的に取り仕切る大田を前面に立てるために、意図的に先約でもあったハワイを選んだということ
l 格闘のゴング
その後の質疑応答では、法的整理を選んだことに対する記者の質問が多かった
l 無念のバトン
取締役以上の人たちは「無念のバトン」を若い世代に渡す
Chapter 9 執刀開始
l 取締役会から管財人会へ
世界中のJALの運航に特に問題は発生していない
最高意思決定機関となる管財人会が立ち上がり、議長は管財人統括の瀬戸
支援機構の存続期間は5年であることを考えると、JAL再生は、計画策定から3年で更生計画を完了させなければならない
l JANA構想
結果的には支援機構はファンドとして「いい商売」になった。出資の3000億は再上場により6633億となり、6000億の融資枠や2000億のDIPファイナンスも全額返済に。金融債権は5215億の債権放棄
国を後ろ盾に借金を帳消しにしてもらったJALを、ANAが不公平だとし、更生計画を失墜させ、ANAとの統合を図ろうとしている自民党議員もいた
l 聖人、君子、小人、愚人
従来の縦割りの弊害を潰すために、問題テーマごとに組織横断的な分科会が次々に誕生
稲盛がよく使う人間の分類に「聖人、君子、小人、愚人」というのがある。『資治通鑑』に出てくる人間を徳と才の組み合わせで評価する思想で、徳・才兼備が聖人、徳が才を上回るのが君子、才が得を上回るのが小人、徳も才もないのが愚人。まずは努力して君子を目指す。危ないのは小人。稲盛は愚人を愛した。辛抱強く努力を続ければいつか世のため人のために役立つ人間になれる
まず取り上げたのが路線見直し。全国に97の空港が整備され、JALに「飛ばせ」との圧力がかかっていた
l 誤送信
3か月後発表された路線見直し計画では、国際線4割、国内線3割の縮小
広報が発表予定時刻前に誤って送信のボタンを押してしまい、すぐ気づいて取り消したが、ホームページに1分ほど掲載され、すぐに国会議員が動いたが、更生法には逆らえず
l 整理解雇
路線削減に合わせ機材の見直しが行われ、ジャンボを中心に103機が退役。ボーイングだけで、機種も7から4に削減。機種が減ると、人員も部品も設備も大幅に減るため、人員は1/3に相当する1.6万人削減。「特別早期退職」に始まり、「希望退職」のあと「整理解雇」
l 「覚えとけよ。永遠に闘ってやるからな」
日本では従業員を一方的に整理解雇はできない
JALの組合も解雇無効を求めて地位確認等請求訴訟を起こす。労使協調路線の「第2組合」が勢力を伸ばしているので、スト権確立は難しくなっていたが、油断は禁物
乗員組合の委員長山口宏弥は元パイロット。法を楯に労組の要求をはねつける瀬戸に、「覚えとけよ。永遠に闘ってやるからな」の捨て台詞を残す
更生計画の提出が2か月ほど遅延。計画提出に合わせてストを打とうとしていた組合だが、徐々に潮目が変わり、若手を中心にストへの反発が広がり始め、ストはギリギリで回避
労使が解決案に合意したのは'22年、乗員組合とキャビンクルーユニオンが最後まで抵抗したが、2労組と会社が解決案に調印
l パイロットになる夢
ボンバルディアのパイロットで子会社の社長だった植木義晴は片岡千恵蔵の3男、生涯1機長のつもりだったが、運航本部長として本社に呼び戻される。パイロット訓練性もリストラの対象だったが、将来の計画変更に備え、多少の余裕を持たせて確保しておく
l 稲盛の身の上話
JALは「事実上の倒産」と喧伝されたが、国民の目には倒産と目の前の光景が一致しない。そのために瀬戸のチームがどれだけ苦労したかを国民は分からないまま、またJALが税金で救済されたと思っている
1月25日、稲盛が上京。早々に新役員候補30人と面談。夜の飲み会では稲盛が身の上話をする
l JALという名の地獄
2月1日、初出社した稲盛は、30人の新任の執行役員を前にして、「心を浄化して良心を呼び覚ませ」と説く。経営の一番の目的は「全従業員の物心両面の幸福の追求」だという
主要部門の部長級52人を集めて、盛和塾並みの「リーダー教育」をし、夜はコンパで放談会とするが、面従腹背でなかなか胸襟を開く者はいない
l 内なる変化
稲盛は人間を3つのタイプに分ける、何かを成し遂げようと自ら燃える「自燃性」、自燃性を近づけると引火する「可燃性」、火を近づけても燃えない「不燃性」
「リーダー教育」を聞く者はいなかったが、過去を振り返る自省の時間にはなった
社長候補でJALエアウェイズの社長になっていた池田の変心から一気に幹部が動き出し、稲盛のフィロソフィとアメーバ経営を学びだした
l 大声で笑い、悔し涙を流す組織
稲盛が乗り込んでから2か月半、「専門家」と言われる人々の多くは、JALの更生計画は失敗すると言っていたが、外部に知られないまま、JALの企業風土は劇的に変わっていった
倒産する前までは、JALは笑いもしなければ泣きもしない組織だったが、倒産を経て大声で笑い、悔し涙を流す組織に変わった。営業収支も3月には単体で黒字になり、更生計画も改定し、グループの連結営業損益を黒字化するタイミングを’11年3月期に1年前倒しとした
上場廃止からわずか2年8か月で再上場を果たす
Chapter 10 祝福されなかった勝利
l 奉加帳
政投銀は、JALの長期的な生き残りのための計画の策定と実行を求める。’11年度末の純資産54億では、不測の事態に耐えられないというのがその理由
‘11年3月、それに応えて機構とJALは第3者割当増資を計画。機構と同条件の1株2000円、更生会社のため私募で、総額500億を予定。稲盛自ら奉加帳をもって企業を回るが、倒産会社への対応は冷淡で、京セラと引受幹事証券の大和を含め8社127億に留まる
l 「リクルート事件そのものじゃないか」
‘12年8月、国会で自民党の西田昌司が、前年の私募を、会社更生法離脱がわかっていて必要ない金を集めるために発行したのは、上場直前に第三者に株を割り当てたものと同じであり、まるでリクルート事件そのものだと追及
発行したのも引き受けたのも民間企業であり、ましてや株価下落の可能性もあった未公開株の譲渡は問題にならない。それを「未公開株」というだけで短絡的な連想をする不見識は乱暴
'12年12月、政権に返り咲いた自民党は、民主党の唯一の成果であるJAL再生を過剰な支援だとして徹底的に批判。それがやがて世論となる
‘16年、公正取引委員会のまとめた「公的再生支援に関する競争政策上の考え方」では、過剰支援の結果、JALとANAの競争関係に不公平が生じた恐れを指摘、今後公的再生支援を行う場合は「必要に応じて公正取引委員会と相談することを期待する」と明記
‘20年、瀬戸は「公的再生支援と公正な競争」と題する論文で反撃。「公的再生支援によって安全な空の運航が継続されただけでなく、迅速な再生手法と稲盛氏に主導された意識改革は、我が国産業全体の国際的信用を回復させたが、足元では民間投資を活発にするどころか、政局に右顧左眄する虚実取り混ぜた論評や事大主義的な後付け批判が跋扈し、それが公的支援に対する規制強化として総括された」
瀬戸を筆頭にした支援機構のプロたちは前例のないミッションを鮮やかに遂行したが、彼らの奇跡的な勝利が祝福されることはなかった
エピローグ:JAL倒産の教訓
l 敗れざる者たち
雇用を守るという理由で非効率な会社を無理やり生かす必要はない。ゾンビ企業は躊躇なく倒産させ、人とカネを次のステージに移すべき。リセットを忌避すべきでないというのが、JAL再生から導き出された最大の教訓
l 「お化け」はやはり潜んでいた
'11年3月、JALは更生債権と更生担保債権を一括繰り上げで弁済し、地裁は更生計画の完了を確認、JALは普通の会社に戻る。’12年9月に再上場を果たす。売出価格は3790円、初値は20円高。時価総額は約6900億円。支援機構は3000億円超のキャピタルゲインを得て全額国庫に納入。’13年3月支援機構は「地域経済活性化支援機構」に改組、瀬戸も退任
‘10年5月豪公取が運賃カルテルの疑いでJALなどを提訴、それに関連し海外の投資家がJALに対し450億円のクラスアクションを起こしていたのが発覚。私的整理は偶発債務が出たら一巻の終わりで、デューディリジェンスは慎重を極めたが、それでも出てきた。450億円のお化けは、更生債権の届け出期限までに申し立てがなかったために失効。法的整理の威力が遺憾なく発揮された
404ページ訂正
「やはりきたか」
IVYチームのリーガル担当、河本茂行は投資家から届いた訴状を見ながら、そう思った。
「私的整理は偶発債務が出たら一巻の終わり」
瀬戸や稲盛はJAL再生に着手する前から、ずっとそう言っていた。
河本とJAL管財人になった弁護士の片山英二は2011年7月に発表された「日本航空の事業再生プロセスについて」という連名の論文でこう書いている。
〈法技術的には(中略)偶発債務をできる限り遮断する必要性(中略)などから、更生手続を併用することが必要であると判断された〉〈たとえば、内外の多数の航空会社が関与した2000年前後の国際的カルテル行為により、数百億円の損害賠償等の請求が行われる可能性があった〉
そしてやはり、「お化け」は出た。
更生計画では支援機構による3500億円の増資でJALはギリギリ債務超過を脱し、54億円の資産超過になる予定だ。450億円も下振れては、二次破綻のきっかけになるかもしれない。そもそもカルテルの損害賠償に公的資金を使うことになったら、国民が黙っていないだろう。論文はさらにこう触れている。〈この点については、民事手続においても、行政手続においても、更生法手続とこれに対応する各国の承認援助手続の開始を踏まえて、いずれも大幅な減額和解により、すでに大部分の処理を終えている〉
この局面で会社更生法が再び「金剛の盾」になった。
l 経営の神様のお墨付き
‘13年の京都賞授賞式が稲盛財団名誉総裁の高円宮妃隣席のもとに行われ、稲盛は瀬戸を招待し、終了後財団会長で京大名誉教授の井村裕夫に引き合わせ、JAL再生はすべて瀬戸がやり、自分はその上に乗っかっただけだと瀬戸を持ち上げる
倒産とは、資本主義に組み込まれた「痛みを経て失敗を再生に返還する装置」。すべてのステークホルダーが痛みを分かち合った「その先」に再生はある。失敗を恐れて竦(すく)む国と、挑戦と失敗を繰り返しながら成長する国の差が今の日米経済格差に現れている
あとがき
私は’13年に、『稲盛和夫 最後の闘い――JAL再生にかけた経営者人生』を書いて稲盛に献呈したが、稲盛は自分1人の手柄のようで気に入らなかった。実際、「もう1人の立役者」と書いた割には、瀬戸については10ページほどしか書いていない
稲盛から与えられた宿題として本書を仕上げる
稲盛の指摘通り、「JAL再生」は膨大な実務の積み重ねであり、気の遠くなるような作業をまとめ上げたのは、実務家の瀬戸
倒産を学ぶと、経営をより深く理解できる。倒産に瀕して、改めて企業の宿痾が顕在化する
何が起きたら自分の会社は倒産するのか、そんなことを考えてみるのも無駄ではない
「カリスマ」という言葉を社会学、経済学に持ち込んだのは、マックス・ウェーバー。彼は国や企業の支配形態を3つに分類。「カリスマ的支配」「伝統的支配」「合法的支配」
瀬戸によるJAL再生は、見事なまでの「合法的支配」。会社更生法に根差した正当な権限をもって命令を発した瀬戸は「修羅場の王」。「合法的支配」は、名もなき実務家たちの仕事に支えられている。彼らの努力があってこそ、その正当性を保つことができる。誠実なる、すべての実務家たちに改めて敬意を表する
ダイヤモンド社 ホームページ
“経営の神様”稲盛和夫に「JAL再生は、実はこの人がやったんや」と言わしめた男、瀬戸英雄。法的整理の鬼と呼ばれた彼は、政・官・業・労のしがらみを断ち切ってわずか142日でJALを倒産させ、復活への道を拓いた。ゾンビ企業を生み続ける日本に異議を唱え、法と度胸を武器に戦う倒産プロフェッショナルの秘録!
出版社内容情報
2兆3200億円という巨額負債を抱え2010年1月19日JALは会社更生法の適用を申請し倒産した。だが、わずか2年8ヶ月後には過去最速で再上場を果たす(それ以前に会社更生法を適用した上場企業138社のうち再上場できたのは9社)。
この歴史的再生劇を巡っては「稲盛和夫という名経営者による奇跡」あるいは「多額の公的資金を投入した偽りの再生」という対極的な二つの物語が流布している。
しかしその背後には、倒産・再建プロフェッショナルたちの壮絶な戦いがあった。その主役こそ「修羅場の王」瀬戸英雄である。マイカル、ヤオハン、SFCG(商工ファンド)など大型企業破綻の修羅場を数多く指揮し、JALでも再建司令塔・管財人統括を務めた瀬戸は、「会社更生法」という伝家の宝刀を抜き、既得権益にまみれた巨大企業の宿痾を断ち切った。JAL問題に関わってから会社更生法申請までわずか142日。銀行、財務省、政治家、労組……数々の「難敵」を相手に法的整理に基づく倒産→再生を目指して八面六臂の働きをした瀬戸は、後に稲盛をして「彼がいなければJAL再生はなかった」とまで言わしめる。
本書では瀬戸が初めて語る赤裸々な証言を軸に、当時の関係者への膨大な取材も交え、巨大企業の死と再生を描きだす。民主党への政権交代、リーマンショックなど激動の時代を背景に、読み物としても抜群の面白さ。
さらには、倒産をタブー視する日本社会に対し「挑戦すれば失敗もする。失敗したら、ケジメをつけてやり直せばいい。そのために倒産法がある。正しく真摯に取り組めば、復活は可能である」とのメッセージを届ける。
『修羅場の王』大西康之著 入山章栄氏が選ぶ一冊
倒産までの管財人の格闘
2025年11月6日 日本経済新聞
2010年1月19日、日本航空(JAL)は会社更生法の適用を申請し、倒産した。その後、名経営者・稲盛和夫氏が再生を担ったことはよく知られる。だが稲盛氏によれば、実際にはそれまでに地ならしはすべて終わっていた。会社更生法の適用を決定し、大幅な債権放棄と公的資金の注入を実現し、再生計画を練り上げた――。これを成し遂げたのは、管財人・瀬戸英雄氏である。本書は、瀬戸氏のJAL倒産までの格闘を記した一冊だ。
まさに修羅場の記録。倒産を巡る人間模様、実務的知識、渦巻く思いと恨みを細かに記す。「日本企業には倒産が少ない」と本書は主張する。評者も同意見だ。今後は多様な挑戦が求められ、多くは失敗する。日本ではいまだに「失敗=敗者」と捉える傾向があるが、失敗した人や企業が速やかに挑戦をたたみ、次の挑戦に向かえる社会こそ望ましいはずだ。
倒産後のわかりやすい再生物語でなく、倒産前の実務的地ならしに焦点を当てた意義は大きい。「修羅場を経験したことのない者ほど、無用のリスクに怯(おび)えるんだよな」。主人公の言葉が印象に残った。一読をお薦めする。
(経営学者)
弁護士会の読書
修羅場の王
2025.12.11
(霧山昴)
著者 大西康之 、 出版 ダイヤモンド社
この本の主人公の瀬戸英雄弁護士は、私と同世代です。日弁連の倒産法関係の委員会でしばらく一緒させてもらったことがあります。
短く刈り込んだ頭髪に銀縁のメガネ。その奥に光る細い目は、資産隠しに走る債務者や貸付金回収に血眼の債権者を射竦(いすく)める。
なるほど、この人物形容はあたっていると私も思います。
瀬戸弁護士は「倒産村」の弁護士として、大型倒産案件の管財人として有名です。引き受けるときは、十数名の弁護士と公認会計士からなるチーム「瀬戸組」を率いる。
この本は、まずSFCG大島健伸との対決を描いています。「じん臓売ってカネ作れ」「目ん玉売れ」と脅した、あの商工ローンです。この大島は刑事事件で逮捕され、起訴されたのに、すべて無罪となり、海外へ逃避させた巨額のお金で、今、ラオスにおいて商工ローンを営んでいるとのこと。いやはや、許せません。ひょっとして、今ではラオスを拠点として特殊詐欺に片足を突っ込んでいるのではないでしょうか…。
瀬戸弁護士は、失敗できない社会は、挑戦できない社会であり、成長できない社会である。日本は、「失敗してはいけない」息苦しさを打破し、「やり直しのできる社会」につくり替える必要があると考えているとのこと。これは、私もまったく同感です。
ところが、現実には、会社更生法の申請は、年に1社しかありません。私は1回も申請代理人になったことがありません。いえ、田舎にいても相続を受けたことは何回もあります。でも、高額の予納金がまず用意できませんし、相応の利益を確保できる目途も立たないのです。それより、転職・転業したほうが、よほど生産的なケースがほとんどでした。
瀬戸弁護士は、あくまで「実務の人」。その武器は、卓越した事務能力と人心掌握術にある。すべてのステークホルダーが押し黙ってしまうような「落とし所」を見つけ出し、「ようござんすね」と納得させる。数字の裏付と胆力が可能になる技(わざ)だ。
本書は日本航空の倒産・再生が話の舞台です。毎月のように上京している私にとって、日本航空は株主優待券も使っていたのですが、一瞬にして株券がゼロとなってしまいました。ええっ、そんなこと許されるの…と思いましたが、またたく間に復活・再生した日本航空ですが、前の株券の復活の話は残念ながら、まったくありません。
日本航空再生に身を挺することになった稲盛和夫は、このとき77歳。今の私とほぼ同じです。出社は週3回で無給、そして期間は最大3年というのが条件だった。77歳になってから超大会社の再建の旗振りをするのは本当に大変だったと思います。しかも、それまでの企業とはまったく毛色の異なる航空会社ですからね。
JAL再生にあたっての稲盛の心構えは、「小善は大悪に似たり、大善は非情に似たり」というもの。私は聞いたことのないフレーズです。小さな善行はいいことをしているように見えて、大悪につながってしまうこともある。大きな善行は非情に見えることもあるという意味だそうです。
会社更生法の適用は、まさしく非情。その一、従業員・保有材料・運航航路は3分の削減。その二、年金給付は現役社員2分の1、退職者は3割減。その三、一般の金融債権は87.5%カット。その四、44万人もの株主がもっていた株の価値はゼロ。私の保有していた株はこれでゼロとなったわけです。トホホ…。そして、その結果、JALは3年後の2012年度の営業損益は、2049億円もの黒字となったのでした。
瀬戸弁護士は「倒産弁護士」と呼ばれ、同時に、「日本でいちばんベンツの似合う弁護士」と評された。いやあ、すごいものです。
稲盛和夫に白羽の矢が立ったのは、「JALの改革は、既得権益の外にいる人間しか出来ない」ということから選ばれた。経団連で要職についているような経営者は、おおむね既得権益の側にいる。JALは既得権益の塊ともいうべき存在なので、それと本気で変えようとするのなら、既得権益と戦ってきた人間である必要がある。こういうことだったのです。
なるほど、山崎豊子の『沈まぬ太陽』を読むと、日本航空が政・財・官の既得権益の塊だということが、外部にいる私のような人間にもひしひしと伝わってきます。それにしても、この本の著者はカネボーから来た伊藤淳二会長を無能な人間のように扱っているのについては、納得できません。労働組合無用論に立脚した論法ではないでしょうか。『沈まぬ太陽』の主人公のモデルとされた小倉寛太郎氏とは、石川元也弁護士(大阪)の東大同期ということで紹介されて挨拶したことがあります。古武士とはこんな人を言うのかと思った人柄でした。
瀬戸弁護士は、倒産弁護士になって30年、不可能の中に可能な見出す引き出しをいくつも持っている。「修羅場を経験したことのない者ほど、無用のリスクに怯(おび)えてしまう」
日本航空の再生は、再生支援手続と会社更生手続きを組み合わせ、しかも事前調整型の再生という、日本で初めての手続きですすめられた。商取引債権は従前どおりの条件で金額が支払われる。これによって、円滑な運航が可能となった。
稲盛が日本航空に乗り込んだとき、面従腹背の取締役も決して少なくはなかった。なので、荒療治は避けられなかった。
いやはや、瀬戸弁護士はたいした力技(ちからわざ)の持ち主なのですね…。改めて驚嘆・感嘆させたれました。よく調べてあり、一読する価値のある本です。
Wikipedia
瀬戸 英雄(せと ひでお、1948年 - )は日本の弁護士。第一東京弁護士会所属。元株式会社企業再生支援機構委員長[1]。
企業法務、事業再生・倒産法に精通し、多くの大型企業の破綻処理を手掛けている。 企業再生支援機構の委員長として,京セラの稲盛和夫と共に日本航空の再生を主導した[1][2]。「修羅場の王」大西康之(ダイヤモンド社 2025年10月刊)の主人公。
経歴
神奈川県立小田原高校、法政大学法学部卒業、法政大学大学院社会科学研究科修了。1996年から法制審議会倒産法部会幹事として、民事再生法の制定、会社更生法・破産法の改正に関与。 会社更生が適用された第一ホテル(2000年)、マイカル(2001年)、大和生命保険(2008年)の管財人。 構造計算書偽造問題のヒューザー(2006年)、商工ファンドのSFCG(2009年)など、社会問題を引き起こした破綻企業の破産管財人として被害者の救済に当たる。 2009年10月から2013年3月まで、企業再生支援機構の委員長。日本航空に対する会社更生手続では企業再生支援機構の職務執行者として管財人統括を務めた [3]。2018年から2024年まで、事業再生ADRを主宰する一般社団法人事業再生実務家協会の代表理事。
コメント
コメントを投稿