HUMANISE Thomas Heatherwick 2026.3.11.
2026.3.11. HUMANISE 建築で人間味のある都市を作る
HUMANISE:
著者 Thomas
Heatherwick 1970年英国生まれ。世界で最も著名なデザイナーの一人であり、建築から家具に至る多様な作品群は、独創性、創意工夫、そして人間味を特徴とする。ヘザウィック・スタジオは、私たちの周りの物理的な世界を、より楽しく、より魅力的なものにするために尽力している。設計事例に、ロンドンのルートマスターバス、2012年オリンピックの聖火台、キングスクロスのコール・ドロップス・ヤード、Google初の地上キャンパスであるベイビュー、ニューヨークのハドソン川に浮かぶ公園、リトルアイランド、上海万博イギリス館、麻布台ヒルズなどがある。
訳者 牧尾晴喜 建築やデザイン分野の翻訳を手がけている。メルボルン大学客員研究員などを経て、同志社女子大学で兼任教員。博士(工学)。主な訳書・監訳書に、『建築のかたちと金融資本主義:氷山、ゾンビ、極細建築』『ナットとボルト 世界を変えた7つの小さな発明』、『世界を変えた建築構造の物語』(以上、草思社)、『モダン・ムーブメントの建築家たち:1920-1970』(青土社)、『目標という幻想』(ビー・エヌ・エヌ)などがある。一級建築士。株式会社フレーズクレーズ代表。
発行日 2025.12.4.第1刷発行
発行所 草思社
PART1 人間的な場所、非人間的な場所
l 人間的な場所
'89年、建物のデザインの道を諦めかけていた頃出会ったのがカサ・ミラの写真。生々しい石の彫刻の性質と、現代的な集合住宅の性質を兼ね備えていた
30年以上たって、何度も見たが、今になってやっとこれがいかに天才的であるかを明確に理解できる
カサ・ミラは大胆な曲線の祭典。16戸の窓はどれも石灰岩の崖を力強く削り出したみたいになっていて、一般的な「フラット」な集合住宅とは正反対。9階建ての建物のファザードは光を受けながら驚くほどにうねっていて、内から外、上から下へと自由自在に踊っている。まるで建物自体が呼吸しているみたい
ガウディの建築は当時も今と同様センセーショナル。いくつも市の建築基準法令に違反し、設計料とほぼ同額の罰金を支払うことで折り合う
カサ・ミラは、見事なまでの寛大さを体現したもの。カサ・ミラが望んでいるのは、日々そこを通り過ぎる一人一人に手を差し伸べ、私たちを畏敬の念で満たし、笑顔にすること。何億もの通行人に与えてきた純粋な喜びは計り知れない
私たちが好むのは、繰り返しと複雑さのちょうどよい組み合わせで、両方が互いに補完しあっている状態。反復と複雑さの相互作用が人々に静かな高揚感をもたらす
カサ・ミラで重要なのは、とても3次元的であるということ。2次元的で平らな現代建築とは正反対
サグラダ・ファミリア聖堂も、反復と複雑さを体現。ゴシック様式とアールヌーヴォー様式を包含するスタイル。キリスト教の大聖堂のパターンを用いながら、様々に変化
ガウディが1883年に着手したこの建物は没後100年の2026年完成予定。毎年450万人が大聖堂に入場する列に並び、さらに2000万人が外から眺めるためだけに訪れている。
大衆市場向けの文化エンターテインメントで、人々とつながり、その生活に何かをもたらしているという意味で、極めて人間的な建物。市井の人々のニーズ、営み、楽しみを心から気にかけている作り手によって形作られてきた
バルセロナのゴシック地区には2000年にわたって建設された何百もの建物がある。この地区の建物も大衆市場のエンターテインメントとして機能している。ここも人間的な場所
長年にわたって様々な手が加えられていて、複雑さが存在するが、そのいずれにも何世代にも及ぶカタルーニャ人のアイデンティティが溢れ出している。ガウディのような1人の天才によって設計されたものではなく、人々が必要としてるもの、欲しているものを提供し続けた、今となっては名もなき何百人もの設計者が、少しづつ、年月をかけて設計してきたもの。それは機能的でありながら、大多数の人々が美しいと思うものだろう
なぜ利己的な建物ばかり作っているのだろう。建設業界に携わっていない人は、この答えに驚くかもしれない。カサ・ミラが建設された20世紀初頭の数十年間、建物に対する考え方に驚くべき革命が起きた。建物がどうあるべきかについての急進的な新しい思想は、学術界や建設業界を席巻し、そのうち世界を支配した。結果は悲惨なものだった
l 100年にわたる大惨事
ギリシャ、アルゼンチン、ドイツ、ロシア、ブラジル、イタリア、シンガポール、ケニア、イングランド、インド、オーストラリア、日本(タワマン、松屋)、合衆国の街並み
l 大惨事を解剖する
非人間的な建物が世界中に蔓延した原因を突き止めるために、なぜこのことが重要なのか
建物の外側の重要性は、通り過ぎるすべての人に関わることであり、一人一人に影響を与え、彼らの感情の一因となっている
1世紀前にたまたま発見されたスタイルが、地球規模の大惨事を起こしている。こういった建物を表現する言葉が”BORING”。味気なく曖昧で、記憶に残らない、不真面目に感じる言葉。この言葉がここ100年にわたって私たちの町や都市に忍び寄り、破壊、苦痛、疎外、病理、暴力をもたらしてきた強烈で恐ろしい変化を捉えきれていない
ü 「つまらなさ」を解剖する つまらないとは実際どういう意味なのか?
平らすぎる――建物の凸凹は、面白みを生むものには欠かせない
地味すぎる――現代建築には装飾がない。華やかな複雑さを加える工夫がない
直線的すぎる――現代建築は長方形をベースにしがちで、大規模になるほど水平方向に反復しがちとなり、人間に対して無愛想。自然には直線や直角が存在しないので不自然
ピカピカすぎる――金属やガラスなどの滑らかで平らな素材で作られがちで、私たちの感覚は無関心で麻痺する。多様性の欠如により、慣れによる深刻な鈍感化が引き起こされる
単調すぎる――長方形が格子状に配置された建物が並ぶと単調に見える。単調さからは人間がインスピレーションを得たり、わくわくしたり、魅了されたりすることはない
個性がなさすぎる――100年以上も前の建物の外側は、その場所らしさを何かしら捉えていたが、100年に及ぶ大惨事は新しい建物の個性や場所性を容赦なく剝ぎ取った
真面目すぎる――今のオフィスビルは真面目な人々のための真面目な建物で、特定の感情しか呼び起こすことができず、極端な感情の抑制に苦しむ
どんな時「つまらない」は「つまらなくない」のだろう?――1つ1つの点に固執しないことが重要。適切な文脈と、適切な意図があれば、つまらなさの構成要素も素晴らしいものになり得る。つまらない建物は、我々を機能不全に陥らせる。つまらない建物は非人間的
景観の美しさを建物がさらに引き立てる
退屈な場所は、分断と戦争の一因となる
全世界の年間炭素排出量の11%は、建設及び建築資材から発生することを考えると、建物はできるだけ長くそこに存在し、有用であり続けるように人事を尽くすことが重要。ほんの数十年で取り壊して新しいものを建てるのは最悪
PART2 いかにしてつまらなさ信仰のカルトが世界を席巻したか
l 建築家とは何者なのか?
ローマのパンテオンは最も面白いものの1つ。2000年前に建設され、地球上で最大の無筋コンクリートドームを持つ。さらに、高さ7.5mの巨大な銅製の正面扉は今でも枠の中に納まっていて驚異的な精度で完璧に開閉する
中世の大聖堂も同じ様に、野心と想像力に溢れた人々によって複雑な構造に作られている
普通の質素な建物でさえ、現在の私たちが失ってしまったような面白味を持っていた。いずれもがディテール、パターン、立体感があり、その多くが装飾を施され、場所性を備えていた。建設者と住人の文化が直接的に設計に組み込まれていた
パンテオン建設当時のローマの建築家兼技術者ウィトルウィウスが建築制作についての最初の書物を著し、その「建築について」で、建物には①強(倒れない)、②用(機能性)、③美、がそろっているべきだと書いた。長い間建設プロジェクトは「マイスタービルダー(棟梁)」と呼ばれる職人によって設計・監理され、それぞれが強・用・美を追求してきたが、ルネサンス期に新しい複雑な様式が流行した頃、壮大で新しいルネサンス思想を理解する人物が誕生。それが建築家で、設計図を描き、作り手に指示して建設を監督した。建築家は作り手とは分離した存在で、建設の創造的プロセスからは切り離された
私は、バウハウスに学び建築家の下で働いていた祖母の影響で、デザイナーに憧れた。マンチェスター・ポリテクニックの3次元デザインの学位コースに進学、様々なものを設計・制作するなかで想像力を養い、素材の可能性がもたらす素晴らしさを知る。ただ、当時の建築家はものづくりには興味を示さず
モダニズムとは、私たちが知っている今の世界の生みの苦しみに対する、芸術的な応答だった。古い考えは崩れ始め、脆弱な上辺だけの「理性」の下に渦巻く、潜在意識についての新しい理論が人気を集め、世界は不穏で予測不可能なものであることが明らかになってきた
モダニストの芸術的思考にとって重要だったのは真実で、真実は美しいものではなかったが、面白くもあり、エリオットやウルフ、ピカソという輝かしい芸術を生み出したが、建築の世界ではつまらない建物の世界的蔓延をも生み出してしまった
l つまらなさの神を紹介しよう
ル・コルビュジエ(フランス語では「カラスのような者」、1887~1965)は、モダニズムの申し子。自らを芸術家と考え、「建築は何にも勝る芸術」と書く。危険で汚い街を、モダニズムのアイディアで、建物、街、都市に革命を起こそうと目指す。機能性を何より重視。建物にとっての真実とは、何のために使われるかということで、建物の見た目は、真実を反映していなければならず、飾りはなし、その場所らしさもない
ル・コルビュジェの7つの信念とは――①装飾は廃止、②都市は直線を中心に建設、③建物は大量生産向けに設計、④建物と場所は直線と直角を使用して設計、⑤街路は廃止、⑥古い都市と郊外は緑地に囲まれた街区に置換、⑦建物の内部(平面計画)は外部よりも重要
フランス・ロンシャンに1955年設計したノートルダム・デュ・オー礼拝堂は、ル・コルビュジェの信念とは真逆の人間的な輝きを放つ作品で、彼の矛盾した二面性を表す
モダニズムの建築設計者らが直面していたのは、都市のカオスで、早急な規律の回復こそが求められ、複雑さよりも秩序を優先し、完全な長方形、完全な直角、途切れずにどこまでも伸びていく線など、純粋な形の表現を探求
もう1人の中心人物がミース・ファン・デル・ローエ(1886~1969)。冷酷で厳格な計画で現代性を表現しようとした。「less is more(少ないほど豊か)」を広めるのに貢献
カトリック教義の3つ(十字架の印、天使祝詞、主の祈り)になぞらえ、モダニズムの聖ならざる三位一体は、ペーター・レーベンスの「less is more」、ルイス・サリヴァンの「形態は機能に従う」、アドルフ・ロースの「装飾は罪悪」。みなとうの昔に亡くなっているのに、彼らの考えが今も残り続けているのはなぜか?
l カルトを(うっかり)創設する方法
20世紀における多くのモダニズム音楽家、画家、作家が、美を表現することを完全に拒否したのに対し、ル・コルビュジエを始めとした建築家は、顧客を喜ばせ受注を勝ち取るということを念頭に、不必要で、無味無臭で、つまらないデザインを「美しい」と宣言した
建築家になる過程に問題がある。講評会がネックで、創造より同調を促進している。建築のエリート理論家の研究を学ぶことが重視され過ぎている
l モダニズム建築はカルトである
カルトとは、世界から切り離された閉鎖的コミュニティで、指導者によって定められた独自の信念と活動に従っている人々のこと。信念の異常性とメンバーの服従によって識別
モダニズムというカルトも、独自の難解な言語を使ってつまらなさを崇拝する奇妙な現実を作り出している。ファサード(建物の正面)、ピロティ(柱)、フェネストレーション(窓)などの言語は「アーキ・ボロックス(建築的たわごと)」とも呼ばれる
私もル・コルビュジエもミース・ファン・デル・ローエも、大学で正式な建築教育を受けた「建築家」ではない。いくつかの国では、「建築家」という肩書が法律で保護されている。これらの「建築家」によって建てられた建物はそれほど多くはないが、だからといってつまらなさの蔓延に大きな影響を及ぼしていないということではない。業界を動かしているのは建築家だし、彼らはインフルエンサー
モダニズム建築の文化、そして教育の力と業界全体に浸透する特定の嗜好や意見の優位性からも、モダニズム建築は何世代にもわたって影響を与えてきた
l どこもかしこも利益に見えてしまうのはなぜだろう?
20世紀の世界がより豊かになると、その姿は利益重視のものに変容。産業革命により、新しい建材や工法が開発され、建築の奥行きが深まった。そこに2つの大戦が勃発。世界中で建物は壊滅的被害を受ける。モダニズムの新しい建築様式が世界中を席巻
今では建物は金鉱となり、不動産は世界の資産の60%を占める。金儲けの手段としての建物の建設が台頭。モダニズムが存続している理由の1つは、安価さとの相性がとてもいいからで、建物の金銭的価値を優先する建物の作り手にとって理想的な隠れ蓑になっている
ü ウィンウィン(あるいはルーズルーズ)状態――つまらない建物のほうが短期的にはより大きな利益を生み出す。デザインから不必要なコストを限りなく削ぎ落とすことを「ヴァリューエンジニアリング」と呼ぶが、建設費用を最小限にすれば開発業者はどんどん裕福になり、建築家も知的優位性を示すことができウィンウィン状態
ü リスク回避――つまらなさが広がる要因として重要なのが、竣工後も数十年にわたって建築設計者が法的責任を負うことが多いという事実で、設計者の創造性の発揮を削いでいる。部品は標準的なものを使い責任をメーカーに転化、こうした部品は大量生産の消費財でえてして修理が難しいうえ10年ほどで生産を中止するため持続可能性が低い
ü 不動産業者――私たちの世界を形作るのが不動産業者で、彼らが何を売るかを開発業者に伝える。彼らは潜在的顧客を一括りにする。その上世界のどこでも不動産は不足しているので売り手市場であり、建物の外観を気にする必要がない
ü 設計施工契約――主要な公共建築プロジェクトの設計を担当しているのは建築家とは限らない。建築設計者の権限を制限するなどの要因で財務リスクを軽減できることから、建設会社がプロジェクトの主導権を握り、建築家を指名する形で管理することが多くなっている。「設計施工」の契約は、思考停止的に時間とお金が優先されて、クリエイティブな品質は必ずといっていいほど犠牲になってしまう
ü 効率への執着――建築業界では「効率」が絶えず議論されている。効率とは、部屋内部の見た目の広さを最大限にすることも意味しているので、必然的に外観は箱型になりがち。建物の内側と外側との綱引きのようなもので、内側から働く利己的なお金の力が勝ち、外側にいる一般大衆が負ける可能性が高い。そのせいで建物の「強」「用」「美」の3要素のうち「美」が失われ、代わって「効率性」が現代における世界中の新しい建物の姿になった。新しい建物の多くが拝金主義的に見えるのは何故だろう?
ü 法規制――公正で安全のためには規制も必要だが、法規制が建物の楽しさを妨げるべきではない。建築は規制による制限を過剰に受けているが故に単調な設計に繋がる
ü 都市計画者――ほとんどの建築設計者にとって、都市計画は乗り越えなければならない厄介なハードルになっている
ü “インテリア”は何が違うのだろうか?――かつて建築家たちは内装設計に誇りを持っていた。ライトやマッキントッシュなど、視覚的な複雑さと喜びに満ちた内部空間を作り出していたが、視覚的なシンプルさを探求し続けることによって生まれる空間は地味になり過ぎる傾向がある。代わって感情や感覚を司る役割を担うインテリアデザイナーやアーティストが登場したが、本来建物の内側だろうが外側だろうが、感情や感覚は同等
ü 世界的な大惨事を解決するために何ができるだろう――建築家も、遥かに強力な金銭、官僚組織、政府といった体制の犠牲者であり、コストと効率性によりなによりも価値を見出すことを選択し続ける社会に阻まれ、より面白い建物を建てられないことが多い
私たちは、世界を再び人間的なものにするために、新しい運動を起こさないといけない
PART3 世界を再び人間的なものにする方法
l 考え方を変える
真に合理的な人間の世界とは、効率や利益や完璧な機械のようには見えないものだ。多様性、流動性、歴史、奇抜さのすべてにおいて、人類としての我々を反映した世界でなければならず、それは、終わりのない面白さと多様性の世界
私が提案しているのは、もっとシンプルで控えめなこと。一般の人々の目に入る新しい建物は面白い建物であるべき、ということであり、ヒューマナイズ・ルールを提案したい
「建物は、人々が通り過ぎる間、彼らの注意を惹き続けることが出来なければならない」
つまらなさの世界的蔓延を払拭するには思想の根本的な転換が必要であり、同調することより、より創造性を発揮することが必要
ü 建物について、利用者がどう感じているかが、建物の機能として重要な部分であることを受け入れる――モダニストは「形態は機能に従う」と信じ、建物の画館は内部の機能の結果であるべきと主張するが、人間の感情という要素が欠けている。建物は人を惹きつけたり遠ざけたりする。建物を体験するすべての人の中に呼び起こす感情を考慮することが欠かせない。居住者だけでなく通行人がどう感じるかを想像する必要がある
最高の設計者は、感情をツールとして操る。アップルの創業者ジョブズは、デザインによって影響を与えたり操ったりできるという感情の本質について、本能的に理解していた
大衆に愛される建物は滅多に取り壊されない、大衆こそが建築設計者のミューズ
ü 1000年残るという希望と期待を持って設計せよ――新しい建物は、地盤の自然の動きに適応して、風化や摩耗、汚れに耐えながらも、簡単に修理して再利用出来るように設計されなければならない。1つの用途のためだけに設計された建物は必要なくなればすぐに取り壊されるが、1000年にわたって使われて再利用されるという前提で建設されていたなら、他の用途に転用され長期にわたって使われていく。ロンドン塔は今世紀に1000年を迎えるが、様々な用途に利用されてきた。人々が熱心に関わり、何世代にもわたって想像力を発揮しながら再利用できるくらいに、器の大きな設計をすることが重要。古くて面白いものを野心的に改造するほうが楽しいと考える人は多い
日本には金継ぎという美しい伝統がある。経年劣化、粗さ、不完全さを讃えるもので、モノを修復することでその傷が際立ち、異なる見た目になって、さらに面白い何かに変容していくのは、まさに1000年思考
ロンドンバスの設計に取り組んだ時も、座席に同様のアプローチを採用。ひどい摩耗や汚れに最も耐えられる柄を開発し、「汚れても見栄えがする」デザインという考え方を確立
ü 建物から2mの玄関の距離で認識できる、面白い要素を集めよ――通行人に最も感情的な影響を与える距離から見ても面白くて創造的な仕事をしなくてはならない。現代の建物は間口が広くなっているので、玄関からの距離を優先させることがこれまで以上に重要 建物が巨大化するほど、その不自然なまでの巨大さをうまく和らげることが必要不可欠
l 誰もが見て見ぬふりをしている巨大な問題
建物を人間らしくすることについて話すと、いつも同じことがあげられ、過去に戻り、装飾に溢れたものに回帰し、現代の材料や予算では不可能という結論になる
人々が古い建物を愛する理由の1つは、その建物が持つ場所性。その場所の持つ文化性が組み込まれている。国ごとに独特の様式があり、その国の歴史的文化を再現している
建築業界に携わる者は、建築様式をゼロから発明すべきだなどという思い上がりを捨てるべき。文化や過去を築いてきた人々を深く尊重したうえで、未来を提示するような建築を設計することも目指す
新旧の人間的な建物に共通することは、必要不可欠とされる視覚的な複雑さがあること
“D”から始まるあの言葉――必要不可欠な視覚的複雑さを加えるために装飾decorationを利用するのはあまりにも安直な手法
予算が厳しいのは避けられないが、人間的な建物が必要とする「少し」多めの努力と予算を、要求しなければならない。最も重要な価値は安さではない
業界では「グリーンプレミアム」という考え方が馴染みつつある。環境基準を適用することで建物の持続可能性を高めるものだが、今こそ要求すべきなのがヒューマンプレミアム
l 行動を変えよ
モダニズム建築のカルトを解体するには、建設業界と一般の通行人の行動にも革命を起こす必要がある
ü 専門分野としての建築を再考せよ
建築が専門化されて保護されつつあった19世紀に、歴史的に過ちが起こっている。建築鵜家が専門職として束縛されたため、姉妹芸術である絵画や彫刻からの孤立に苦しむようになった。過度な専門化によって生じた損害を少しでも修復しなければならない
建築家こそが世界最大の芸術作品を作る責任を持つ人間だと思うが、今の建築家がやっていることはほとんどの場合、「芸術」と呼べるものでは全くない
ü 芸術家を解き放て
建築家が芸術的思考をあまり持てなくなってしまった理由に、建築家の仕事自体が極めて複雑化してしまったことがある。この専門分野を開放して、アカデミズムと専門家という束縛から解き放ち、より多様なバックグラウンド、視点、アイディアを取り込む
ü 教育に人間らしさを与えよ
業界におけるカルト思考を自己増殖させているそのサイクルにも対処する必要がある。年配の巨匠たちが多感な若者世代を洗脳するという現在の教育モデルは、教師のいない「ピア・ツー・ピア学習」の導入を検討すべき。コンピュータ・コーディングの世界はその先駆者として、創造性を育む方法に革命をもたらし、多大な成功を収めている
建築の世界では、学生が知性だけでなく感情も働かせながら世界を捉えるように促す自己主導型学習プログラムの開発が考えらえる。「講評」もヒエラルキーのない環境で行われるようにする。都市計画家と交わるのも必要
ü 都市計画に人間らしさを与えよ
都市計画のプロセスを一般市民に開放し、多くの人々が関与できるようにすべき
ü 法規制に人間らしさを与えよ
現在の規制システムは、リスク回避的なつまらなさを助長している。逆に、香港での出窓設置義務付けの規制などは、専有面積を増やすだけでなく、外側の視覚的複雑さをもたらし、建物の立体感が増した
ü みんなのための建築センター
かつてロンドンの繁華街に誰でも入れるデザインセンターがあり、一般の人たちの創造性の涵養に役立っていた(1998年閉鎖)
ü 建築に署名せよ
建築家のみならず、開発者、議員、都市計画の責任者など、建てた人たちの名前がわかるように、外壁のわかりやすい位置に誇りをもって記すべき
ü 賞に人間らしさを与えよ
一般の市民が望んでいないものを称賛するのは止め、審査委員は専門家でない人が大多数を占めるようにすべき
ü 建築批評に人間らしさを与えよ
もっと世間一般の感情に関心を持った建築評論家が必要。人間的な要素を真剣に受け止め、設計者がこれを取り入れていなければ指摘できなければならない
批評家が本当に世界を良くしたいと思うのなら、大都会の1%の特別な建物ではなく、地方都市に新築される高層住宅や郊外の広大な住宅開発などといった99%の建物に目を向けるべき出し、建物が何百万もの通行人の感情や生活にどのような影響を与えるかについて、意欲的に探求しようとする批評家が必要
ü 退屈メーター
つまらなさを評価するもう1つの方法は、平らで、地味で、直線的で、単調でないかを自問すること
ü 今こそ声をあげる時だ
100年以上も前に始まった大惨事が今も続いている。知らず知らずのうちに、気の遠くなるようなつまらなさがやってくる。自分たちの場所に面白さを求め、感覚を養う建物を作る必要がある。人間には、人間的な場所がふさわしい
建設業界が航空業界の5倍もの炭素排出の原因となっている。英国における商業ビルの平均寿命がわずか40年というのはもはやスキャンダル
l (想定される)よくある質問
ü 新しい建物はシドニー・オペラ・ハウスのように象徴的な外観でなければならないということか?――No。言いたいのは、その建物を通り過ぎたり毎日そこで過ごしたりする人々が、その建物から栄養を得られるような、十分な配慮、複雑さ、感情的な知性が組み込まれているべきということ
ü 違いを見せるためだけに、違う見た目の建物を作りたいだけなのでは?――「違いのための違い」かもしれないが、それを「人間らしさのための面白さ」と捉える
ü 大衆は古風な外観の建物だけを望んでいるのか?――新しい外観の建物も好きだが、一般的に過去の建築様式がよく引き合いに出されるのは、現代における優れた代替案が十分にないから
ü 建物の外観の価値は、それを好む人の数で測ることはできない。美しさは主観的なものだと誰にも習わなかったのか?――不味いものを飲んでいることに、誰もが気付いている。それが1950年代からずっと続いているような状況なのだ
ü すべて不動産業者と開発業者のせいではないのか?――彼らもつまらなさの蔓延に加担しているのは間違いないが、そのような状況を後押ししてきたのは、モダニズム建築の設計者たちだ。すべての人の価値観を全体的に変化させることが必要
ü 熟練した職人が不足していることが問題ではないのか?――今の社会はどの時代よりも豊かだし、新しい方法で材料を形成できるし、経済的な建築を作ることはできる
ü そもそもほとんどの建物は建築家によって設計されていないという事実を無視しているのではないか?――もっと多くの建物が建築家によって設計されていればつまらなさという惨事は起こらなかった。一方で、モダニズム建築家たちによる、複雑さを避ける趣向は建設業界全体に浸透してっしまっているし、だれもが非人間的な建物を作り続けるための口実となっている
ü すべては都市計画家のせいではないのか?――細菌彼等はより面白い建物を承認しようと躍起になっている。もう一歩踏み込んで、人間味溢れる仕事もできるという自らの職能に誇りを持つことが必要だし、同時に、建設業界は彼らを一般市民の代表としてもっと尊重すべき
ü しかし、前例なき危機のこんな時代に、面白い建物を建てる余裕などないのでは?――危機の時代だが、大惨事を続ける言い訳にはならない。非人間的な箱を世界中に撒き散らし、そして破壊している。この終わりなき破壊は私たちの健康、社会、そして地球にとって、本当に負担しきれないもの
ü 建築家は無関心だと言うのか?――建築家が関心を持っているのは確かだが、専門分野の中で感覚が鈍化しているのが問題で、一般の通行人の体験を軽視しがちだと気付いていない
ü 建物の外観に拘るのは保守的な拘りではないだろうか? ヒューマナイズ運動とは、保守的で反進歩主義なのだろうか?――モダニズム革命以前は、公共の建物は祝賀的で寛大であるべきということが人々に受け入れられていた。公共機関が人々のために建物を建てるときは敬意と尊厳を示し、人々を尊重していると伝えるような方法で建てていた
ヒューマナイズ運動は真に進歩的であり、どんな背景を持つ人でも、個人、地域社会、そして地球にとって役に立つような建物で生活をして、働き、学び、買い物をして、癒されるようになることを目指している
l 通りすがりのあなたへ
この運動の中で最も力を持っているのはあなたであり、必要不可欠な存在。革命は街から始まる。みんなが声を上げ始めることで革命が起こる。そのために必要なのは、たった4つの単純な行動――見ること、感じること、考えること、そして話すこと
建物を通り過ぎる時に新鮮な目で見てほしい。面白かったりつまらなかったりしたら、それがなぜなのか考え、声をあげてほしい。あなたの観察と感情を、関心を持ってくれる可能性がある人全員と共有することが重要
HUMANISE トーマス・ヘザウィック氏
独創的建築の核に「人間らしさ」
2026年1月24日 日本経済新聞
70年英ロンドン生まれ。デザイナー。94年建築スタジオ「ヘザウィック・スタジオ」設立。代表作は上海万博の英国館、ロンドン五輪の聖火台など。
波打つような外観が印象的な麻布台ヒルズ(東京・港)低層部をはじめ、世界各地で独創的な建築を手がけてきた。デザインの核にあるのは「人間らしさ」。豊富な写真やイラストを交えながら、著者の建築観を語り尽くした一冊だ。
巨大で多くの人の目に触れる建物をつくるなら、「周囲にいる人々を良い気分にさせることにも関心を持つべきだ」と説く。その象徴として強い愛着を示すのが、ガウディ設計のスペインの集合住宅「カサ・ミラ」だ。非対称な鉄製バルコニーや曲がりくねった煙突など、複雑で立体的な造形は人々を楽しませてきた。
一方で「つまらない」とこきおろすのが、19世紀に生まれたモダニズム建築。工業化の進展を背景に、装飾を排し、ガラスや金属を用いた建築が世界を覆った。しかしそれらは「直線的すぎて個性がなく、非人間的」。21世紀に入ってもなおモダニズムを妄信する姿勢が、つまらない建築を量産し続けているとつづる。
執筆のきっかけの一つが、英国政府の上級医療顧問との会話だと振り返る。病院建設では経済合理性が優先されがち。利用者にとって本当に望ましい施設をつくるには「患者を巻き込む必要がある」との指摘に膝を打った。みんなが建築について語るようになれば、街の風景は変えられる。その手がかりとなる本を作りたいと考えた。「建築はニッチな芸術ではなく、誰もが関わる分野。だからこそ公の議論を起こしたい」。その言葉通り、語り口は率直で、ときに刺激的だ。
約500ページに及ぶが、身構える必要はない。写真やイラストが読み手の想像力を巧みに喚起する構成だからだ。例えば「亀裂を通して私は世界の可能性を垣間見ることができた」と記された見開きでは、黒い画面の裂け目に、著者が人間的と感じる建築写真が4点配置される。遊び心あふれるデザインを通じても、著者の建築観が伝わってくる。牧尾晴喜訳。(草思社・4950円)
紀伊国屋書店 ホームページ
麻布台ヒルズ、上海万博イギリス館などの設計で世界を熱狂させる、希代の建築家のビジュアル・マニフェスト!
私たちの世界は、人間性を失いつつあります。多くの企業は社会よりも株主を、政治家は権力よりも自分の支持者を優先し、多くの都市は魂を失って陰鬱な場所になっています。街はビジネスのために設計され、私たちのためではないのです。では、希望はどこにあるのでしょうか。
世界で最も想像力豊かなデザイナーの一人、トーマス・ヘザウィック氏が、建築という視点から「人間らしさ」を取り戻す方法を語ります。人々を不幸にし、地球を傷つける建物に囲まれる理由、そしてそれを誰もが心地よく感じられる空間に変える道を、情熱的に探求します。
30年にわたる建築の経験と、神経科学や認知心理学の知見をもとに、
鮮やかな物語と美しいビジュアルでおくる、渾身の1冊。
「『HUMANISE』は、あらゆる境界、文化、専門分野の壁を超越したものだ。本書はこの地球上に生きる私たちすべてに向けて、その生命を讃えるよう促している。」
片岡真実(森美術館館長)
「Thomas は、都市、建築、プロダクトを、人間という視点から再編成することで、デザインに自由を取り戻し、さらに社会に自由を復活させようとしている。この試みは、建築を変えるだけでなく、世界を変えるだろう。」
隈研吾(建築家、東京大学特別教授・名誉教授)
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