時の家  鳥山まこと  2026.3.14.

 2026.3.14. 時の家

 

 

著者 鳥山まこと 1992年兵庫県宝塚市生まれ。2023年「あるもの」で第29回三田文學新人賞を受賞。2025年「時の家」で第47回野間文芸新人賞、2026年同作で第174回芥川龍之介賞を受賞。建築士でありながら、作家として執筆活動をしている。ほかの作品に「欲求アレルギー」(「三田文學」2024年春季号掲載)、「アウトライン」(「群像」202411月号掲載)などがある。本作で第174(2026)芥川賞受賞

 

発行日            『群像』8月号

発行所            講談社

 

 芥川賞 受賞の言葉

自分にしか書けない小説や文章はどういうものか。ずっと考えながら書いてきた、その1つの答えが『時の家』。建築に携わる中でしか見えない景色を言葉にした。体感してきた建築のすべてを費やした。一歩踏み入った建築と文学の間、その領域に立つと書くべきことがたくさん見えてきた。建築は家だけではない、意匠だけではない。構造や設備に目を凝らせばどうなるか。そこに隠されている物語が私をワクワクさせる

 

人の住まなくなった家を、昔同じ小さな住宅街に住んでいた青年がスケッチしている

その家は藪さんのもので、青年が小さい頃、父母が仕事でいない間よく遊んでくれた人

過去の3代にわたる住人の模様を描く。最初が藪さん、次が緑さんという奥さんで算数の塾を開く。最後が圭・脩の夫妻

藪さんは、上棟式の3年前に妻を亡くす

妻の遺品の中にあった谷川俊太郎の詩集『手紙』の詩は、妻の声が聞こえてくるようで、何度も読み返す。そしてこの家の完成を目指す

隣の空き家がまず解体される

最後にこの家も解体

 

 

 

講談社 ホームページ

ある家に暮らしていた三代の住人たちの存在と記憶、感情がよみがえる――。

三田文學新人賞でデビューした注目の小説家が傑出した完成度で描く、あたらしい建築文学。

**********************
いしいしんじ氏&松永K三蔵氏、推薦!

「大切に建てられた一軒の家に、ひとの気配がやどる。流れる時のすきまから、あまたの声がもれだしてくる。いつかまた、この本のなかに帰ってこようと思った。」

――いしいしんじ

「紐解かれていく「時の家」の記憶は、語られなかった想いに繋がる。物質(モノ)がこれほど繊細に語り得る小説を私は知らない。」

――松永K三蔵
**********************

青年は描く。その家の床を、柱を、天井を、タイルを、壁を、そこに刻まれた記憶を。

目を凝らせば無数の細部が浮かび、手をかざせば塗り重ねられた厚みが胸を突く。

幾層にも重なる存在の名残りを愛おしむように編み上げた、新鋭による飛躍作。

 

 

 

AI

鳥山まことの『時の家』は、解体される予定の古い一軒家を舞台に、その建物の壁や床に刻まれた過去の記憶と、そこに住んだ三代の住人の感情を描く建築文学です。青年が家の隅々をスケッチする描写を通して、過ぎ去った時間、存在、喪失への深い愛おしさと哀愁を丁寧に描いています。 

主なあらすじと見どころ

·       解体とスケッチ: 解体が決定したある家を残すため、青年がその細部(柱、壁、タイルの傷など)を鉛筆で写生(デッサン)していく。

·       重なる記憶: 漆喰の壁や勾配天井など、家の部材には、藪さん、塾講師の緑、若い夫婦の圭と脩といった住人たちの、時代を超えた生活の記憶が染み込んでいる。

·       テーマ: 過ぎ去った時間、二度と会えない人、家という「器」に刻まれた温かさと、失われていくものへの喪失感を描く。 

静かな筆致で「家」と「人生」の創造と喪失をリンクさせ、読後に深い余韻を残す作品です。 

 

 

芥川賞評

平野啓一郎――1軒の家を中心に、建築家とその住人たちの歴史を描くスタイルで、意図は明瞭だが、視覚情報を時間芸術としての小説の文体に落とし込む工夫が足りない。個々の登場人物たちが、他者との差異や死の意識、建築を通じての自己認識といった諸々に対して、ナイーブ過ぎるところも疑問で、推していない

島田雅彦――設計図をトレースしたような文章が延々と続くので最初はとっつきにくいが、作者の企みが伝わると、このベタな文面がメタに変わる。ポーの『アッシャー家の崩壊』のように人を収める容器としての家が主人公の小説は少なからずあるが、古城でも、寺院でもなく、普通の家の壁や柱やタイルに刻まれた設計者、代々の住人の記憶や出来事の痕跡を辿る。家というのはこのように饒舌に過去を語るものなのかという驚きがあった。これは家が語る『失われた時を求めて』である

山田詠美――作者がどこに向かおうとしているのか解りかねて、読むのがとてもとても苦痛だった。しかし谷川俊太郎の時のあたりに来て、あ、そうなのか、とようやく気付いて、一気に引き込まれた。ここに辿り着くまで、何故こんなに長いのか。後半の心に沁みる部分にぶつかるたびに、出来るんなら早くやってよー、と思った。でも、主人公、家だもんね。文句は言えませんね。(家っていうのは時の幹やから)この1行にしびれました。早く言ってよー

小川洋子――「・・・・・何かを造るということが無性に好きだ」と、藪さんは思う。人間の手が持ってい時間の遅さに、身をゆだねる建築家だからこそ、藪さんの家の細部には、住んだ人々の生きた痕跡が宿る。たとえ誰に思い出してもらう機会もなく、瓦礫になってしまったとしても、なかったことにはできない。人の手の体温は、すべてが消え去った後も尚、家の細部とともに記憶を抱き留め、守り続ける。物と者、二つのものが等しく肩を寄せ合っている様を思い浮かべるうち、細部の向こうに広がる無限が見えてくる

松浦寿輝――1軒の家に次々に暮らしては去っていった複数の人々の人生を通じて、歴史の時間をいわば定点観測して見せた力作。堅牢な壁や床を作るように飛躍なしに敷き詰められてゆくリアリズムの文体は、やや古臭い固陋感が無きにしも非ずだが、これだけの分量の言葉が費やされるとその迫力には圧倒されざるを得ず、その感銘は最後に至って家の解体作業の丹念極まる描写で頂点に達する

川上未映子――冒頭の練られたリズムと緊張感は頼もしく、作品の目指そうとしている理想が明確で、候補作の中では最も完成度が高いと思う。しかし、ささやかな日常を愛でる人々と外からやってくる災いの構図、それらを束ねる青年の想像力も含め、描写され語られる痕跡の質があまりに素朴ではあるまいか。家は作者が関心の持てないもの、避けているものを、もっと見ているだろう

吉田修一――全方向的に誠実そうな人たちばかりが出てくる。今の時代、誠実さの美徳のほうが不誠実さのそれよりも受けがいいのだろうし、だからこその野間文芸新人賞と芥川賞のW受賞という快挙なのだろうが、欲を言えばすべてに誠実であることの不誠実さまで到達してほしかった。あと、いかんせん小説としての立ち上がりが遅い。暖房器具だったら風邪を引く。たとえば、「リビングダイニングも玄関も寝室も洗面所ももう区切られていない、柱を縦に伸ばしただけの1つの空間へと戻されて、移動がしやすくなった3人の男は休むことなく忙しく働き続ける」という一文なども、「柱だけに戻された家の中を、3人の男たちは自由に動き続ける」でよくないか? と思ってしまう。それでは薪ストーブの良さがなくなるのだろうか?

奥泉光――最初に推そうとした作品。背経過の思いが込められているとはいえ、まずは平凡な住宅を主人公に据え、そこに住んだ人たちの、これもまた平凡な暮らしぶりを描くことで、重層的に積み重なる家の歴史が立ち上がる。家のスケッチを残そうとする青年を配することで、柱についた些細な疵など、目立たぬ細部から物語が引き出されていく仕掛けには感心させられた。起伏の少ない物語の連続にはやや退屈させられたが、小説の最後、家屋が取り壊される場面に至って、深い哀切の感情が湧起したところで、本作品の狙いが成功していることを確信した

川上弘美――本作を推す。今まで見たことのない小説の書きようを見せてくれた。本作の新しさは、住み心地はかなりよさそうだけれど、ごく平凡にも感じられる1軒の家の、物質としての来し方と行く末を、丁寧に描くことによって、そこに住んだ人たちの感情や行動が、まるで再現された記憶のように浮かび上がってくる、というオリジナリティあふれる書きようでした

 

コメント

このブログの人気の投稿

本当は恐ろしい万葉集  小林惠子  2012.12.17.

近代数寄者の茶会記  谷晃  2021.5.1.

小津安二郎  平山周吉  2024.5.10.