スポーツ・クリティーク  町田樹  2026.3.20.

 2026.3.20. スポーツ・クリティーク

 

著者 町田樹 1990年生まれ。スポーツ科学研究者。現在、國學院大學人間開発学部准教授。20203月、博士(スポーツ科学/早稲田大学)を取得。専門は、スポーツ文化論、身体芸術論、スポーツ&アーツマネジメント、知的財産法。主著は、『アーティスティックスポーツ研究序説』(白水社、2020年、令和2年度日本体育・スポーツ経営学会賞)。第33回ミズノスポーツライター賞最優秀賞、第16回(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞など、著述活動に関して数多くの受賞歴がある。また、かつてフィギュアスケート競技者としても活動し、2014年ソチ五輪個人戦と団体戦ともに5位入賞、同年世界選手権大会で準優勝を収めた。現在はその経験を活かし、研究者の傍らで、振付家やスポーツ解説者としても活動している

 

発行日            2026.1.20. 第1刷発行

発行所            世界思想社

 

初出: 『毎日新聞』連載〈今を生きる、今を書く〉において、202010月~202411月にかけて掲載された文章を中心として、四つのテーマで部立てし再編・加筆修正を行ったものです

 

 

序章 スポーツ・クリティーク――その役割と意義

l  スポーツ批評の現在

スポーツとは悠久の文化で、私たちの生活に欠かせないもの

「する」「見る」「支える」の3つの役割が社会の中で正常に機能して初めて成立する

スポーツ界で起こった出来事を洞察して言葉にする「スポーツ批評」という営為が存在

日本で最初に主たる批評の場になったのは新聞

私が危惧しているのは、現代の批評家が備える優れた洞察力や執筆力を以てしても、スポーツ界とそれを取り巻く社会の流れが速すぎて、批評の手が回りきらにということ

また、現代のスポーツ批評がジャーナリストと研究者に限られてきてしまっている感がある。スポーツ界の拡大に比し、スポーツ批評はそれに見合うだけの言論空間を形成できているとは言い難い厳しい現実がある

l  私のスポーツ批評宣言

本書は、今の時代のスポーツ批評のあり方を追窮し、実践するもの

本書で展開するスポーツ批評とはどのような性格を持つものか

スポーツ批評には2種類

   スポーツプレー批評――競技会とそこで発揮されたアスリートのプレーを対象とする批評。スポーツ中継やスポーツ専門誌の記事、SNSでの批評など

   スポーツ社会・文化批評――スポーツ界という社会やスポーツ文化そのものを対象とする批評。スポーツに関するありとあらゆる問題について論じる

本書は②を追究。私には20年の競技生活で培った「競技者」の目と、その後の「研究者」としての目という「複眼的な視座」を持つという利点がある

スポーツが不要不急とまで言われたコロナ禍の最中の’2010月、毎日新聞紙上で複眼的視座を大事にしながら本格的なスポーツ社会・文化批評を始める。タイトルを「今を生きる 今を書く」にした意味とは、「スポーツ」という概念が柔軟に変容する可能性を秘めた開かれた概念だからこそ、私たちは時代に応じて「スポーツはいかにあるべきか」と問い続けなければならないし、スポーツの「今」をしかと洞察し言葉にすることこそが、来るべき時代に相応しいスポーツ概念やスポーツ界のあり方を導く上で何よりの近道になると考えたから

 

Ⅰ スポーツと社会を媒介する

第1章     スポーツと社会

l  必要財としてのスポーツ 2020.11.2.

コロナ下の緊急事態宣言の中、大学教育では1か月後にはオンライン授業が始まる

ダンスの授業でもアプリでプログラムを提供すると、学生は自宅で体を動かして健康を維持。スポーツが「選択財/奢侈財」ではなく、「必需財」であることを発見

今こそ、必需財としてのスポーツを社会に普及させる必要がある

l  本当のレガシーは何か? 2022.11.7.

日本のスポーツ界の歴史が途絶えるかもしれない。1959年設立の日本スポーツ振興センターJSCが、東京五輪で建て替えが決まった新国立競技場整備計画に取り込まれたものの、整備計画から除外され、'14年以降休館状態のままになっている。'29年完成予定の秩父宮ラグビー場に併設することが決定したが、13(ママ)もの間、貴重な資料が眠ったまま

スポーツ界においては、アーカイブが軽視されているといわざるを得ない。日本ではスポーツの貴重映像が放送事業者の中でのみ蓄積され、ほとんど公開されていない

レガシーとして未来へと継承せねばならないのは、建物より資料やアーカイブ

著作権や肖像権など資料に付随する各種権利のクリアランス(権利の許諾)が必要不可欠

l  競技映像は誰のものか? 2023.9.4.

テレビ放送開始70周年を機に、「アーカイブを社会の宝に」と朝日新聞の社説が提言

スポーツ界はこぞって、自らの責務として真剣に受け止めるべき。現在公開されているアーカイブの割合はあまりにも少ない

IOCは公式ウェブサイトと動画投稿サイトのユーチューブ上に「オリンピックチャンネル」を立ち上げ、あらゆるオリンピック映像を公開。これができるのは大会主催者としての強制執行力を活用しているから。オリンピックの参加登録の際に渡されるIDカードには、映像などに記録されることを承諾し、すべての権利がIOCに譲渡されることを認めている

l  スポンサーシップのあり方 2022.5.2.

'21年末、オランダでのカーリングの試合で、NHKが直前に中継放映中止を決断。スポンサーのオランダのアダルトグッズメーカーの不適切な企業ロゴが映像に入り、NHKの放送ガイドラインに抵触したため。マーケティング研究では「スポンサーフィット」という、イベントとスポンサーの組み合わせを巡る適合度を指す概念がある

l  実況解説の言論空間 『世界思想』2024

実況解説による語りが空転している。「芸術性が高い」という評価をとってみても、何をもって「芸術性」というのか不明だし、高いという根拠も基準も曖昧

「組織力」や「○○選手らしい」なども、マスメディアによる頻発によって形骸化された言葉

「予測不可能」なスポーツを、「線条性」(前に進む一方の不可逆的に進む言語的特性)という根本原則を持つ発話で解説すること自体の困難性が大きな原因。改善への道は遠い

l  スポーツ実況者の肖像――三上大樹アナウンサーへの追悼 2024.11.4.

スポーツ解説者には瞬発力が求められるが、その上を行くのが実況のアナウンサー

三上アナウンサーはテレ朝で16年のキャリアを持ち早逝

第2章     アリーナの今と未来

l  旗艦さいたまスーパーアリーナ 2021.6.7.

コロナ禍で休館が目立ったが、感染防止策を徹底して再開にこぎつける

l  スケート場クライシス 2021.7.5.

1980年代には800もあったスケート場が138に落ち込み、年間営業は33か所のみ

氷上スポーツの分野では、競技力強化だけで競技振興できる時代は終わった

l  氷都・八戸が示す未来のアリーナ 2021.9.6.

八戸は、第1回国体(‘47)の開催地。歴史的にも文化的にも、スケートが街のアイデンティティとなってきた氷都。近年スピードスケートと、ホッケー・フィギュア用の2つの本格的施設を建設。氷上イベントに限らない多機能多目的アリーナとして注目

 

第3章     オリンピック批評

l  オリンピックの原点回帰 2021.1.4.

オリンピック成功の条件は、「原点回帰」にあり。「健やかに生きる」ための哲学を探求する契機となるような五輪開催を期待する  

JOCの新会長が、再度のオリンピック開催を掲げたが、その前に東京オリ・パラのレガシーをまとめた資料を基にそれぞれが評価する必要がある

l  国際オリンピック委員会の社会的責任 2021.12.6.

冬季オリンピックを前に、IOCが中国の人権侵害疑惑への対応が不十分だとして、突き上げられている。社会的責任をどう果たすのか注目されたが、渦中の女子テニス選手は性被害を否定したうえで現役引退を表明。疑惑解明はうやむやのまま幕切れ

l  終わりの見えぬ北京冬季オリンピック 2023.11.6.

'22年の冬季五輪フィギュアスケートのワリエワのドーピング問題は未決のまま

最も被害を受けているのは、団体でメダルが確定しているにも拘らず、順位未定のためメダル授与がされていない米国と日本の選手たち

‘24年仲裁裁判所がドーピング違反を認め、パリ五輪で表彰式が行われた

l  ローザンヌIOC調査旅行記 2023.12.4./2024.1.2.2.5.

世界随一のスポーツアーカイブ機関であるオリンピックスタディセンターの資料調査

 

²  コラム スポーツにおける感動の意味

感動は、与えるものではなく、受け取る側の問題

 

Ⅱ スポーツが育む心身

第4章     スポーツと教育

l  体育のICTに向けて 2023.7.3. 8.7.

教育の現場でも、学校教育へのICT(情報通信技術)導入が急速に進む

体育におけるICT活用のメリットとしては、①身体動作に関するイメージの共有、②動画撮影機能により自らのパーフォーマンスの客観的観察・分析が可能に、③教材の共有により各自の習熟度に合わせた選択が可能、など

ICT教育の課題は、あらゆる情報や著作物が授業で利用可能になったため、著作権の問題が発生すること。授業目的は著作権法の適用外とし、教育を受ける者1人当たり数百円程度の補償金を払えば無許可で利用可能となり、補償金は著作権者に分配される

ただ、教育の現場では、動画投稿サイトが便利だが、違法動画が多く、使えるコンテンツはそう多くはないのが実情

l  全中廃止に見るスポーツ界の地殻変動 2024.7.1.

中体連が9競技の全国大会廃止を発表。学校の部活と全国大会のあり方への改革の一環で、部活設置率20%未満の競技が対象。残った11競技についても、大会期間を3日に短縮し、参加者と経費を30%削減するとした

教員の負担軽減の立場から教育関係者には好意的に受け止められているが、スポーツ界にとっては多大な影響があり、自らの改革が必要

l  二極化する全中の存在意義 2024.8.5.

全中廃止に対するスポーツ界の反応は二極化。才能発掘の場が失われるというものと、日本代表になるためには部活以外で活動したほうが近道になるという意見で、特に後者では経済力など個人属性が関係するという問題が顕在化

l  大学スポーツを巡るプロアマ論争 2022.7.4./8.1./9.5.

2019年設立のUNIVASは大学スポーツの統括団体。学生スポーツの経済的価値の拡大も目的の1つであり、プロアマ論争を惹起

手本となるNCAAにはアマチュア規定が存在するが、連盟は学生アスリートの競技会を収益化し、莫大な利益を上げているのみならず、スター選手は広告塔として使われている

‘21年、米最高裁はNCAAによる学生の経済活動抑止を反トラスト法違反と認定。NCAAも学生アスリートのNIL稼業を解禁。N(知名度name)I(肖像image)L(好感度・影響力likeness)を利用したビジネスができるようになったが、ガイドラインはまだない

スポーツ界でプロとアマは厳密に定義されているわけではない

もともとアマチュアリズムとは、裕福な上流階級が競技会から労働者階級の人々を排除するために形成された思想であり、上流階級の人は純粋な余暇活動として競技を行っていた

プロフェッショナリズムとは、本来、医者や建築家、弁護士など、人の命にかかわる高度な専門的職業人が持つべきとされる倫理観や精神性を表す概念

一見相対しているかのように見えるプロ・アマ思想だが、両者共に社会的・経済的弱者の排除に行き着く

l  プロアマを超越した学生選手のあり方 2022.10.3. 4.

プロアマの中庸を模索することが賢明

学生アスリートの理想像を、競技会で培ってきた知識技能を「トランスファラブルスキル」へと発展させ、実社会のあらゆる場面で役立てることができるアスリート、と考える

理想像実現のためにあるべき大学スポーツ制度とは、①大学・競技間統一のアカデミックキュラム、③大学スポーツの健全経営を保持するための制度、④コーチデベロッパー(コーチ育成者)の導入

 

 

第5章     アスリートの健康

l  1日休むと何日かかる? 2020.12.7.

否応なく練習ができない状況を生み出したコロナ禍での経験を通じて、多くのアスリートが1日くらい休んでも大して変わらないと思えるようになった

l  必須知識「相対的エネルギー不足 2021.10.4.

アスリートは様々な健康上のリスクに晒されている。適切な食事を徹底して「利用可能エネルギー」を十分に確保する必要がある。「利用可能エネルギー」は、1日の総エネルギー摂取量から運動中のエネルギー消費量を引いた値を、除脂肪量(体重から体脂肪量を引いた値)で割った数値で、日常生活を営む上で利用することが可能なエネルギーのこと

利用可能エネルギーが、除脂肪量1㎏あたり30Kcal未満になると、人の体はエネルギー不足に陥り、様々な不調を来し始める

予防法は2つ。自分の運動量に見合ったエネルギー量を確保するか、摂取エネルギー量に見合うように運動量を減らすかどちらかしかない

l  性別を超えて考えねばならない問題 2021.11.6.

女性アスリートの3主徴(利用可能エネルギー不足、無月経、骨粗鬆症)は、過度なトレーニングを行う女性が陥りやすい健康問題。女性の身体特性に関するコーチの知識不足に加え、体重が軽いほど有利となる競技ルール構造も問題

 

²  コラム 北京オリンピックのドーピング問題 『毎日新聞』五輪コラム

ドーピング問題で責任を追及されるべきは、ワリエワ選手以上に、コーチや彼女の競技人生に深く関与する周囲の大人たちであり、彼等には教育的配慮が欠如。健康被害や勝利至上主義への批判以上に教育問題として考えなければならない。ジャンプ至上主義の競技規則が一部破綻しているのではないか。教育と競技設計のあり方の再検討が必要

対策の1つとして、’22年に国際試合の年齢制限を15から17歳に引き上げを決定

一方で、ドーピングを容認した競技会(エンハンスト・ゲームズ)の開催情報もあり、物議を醸している。IOCWADAはアスリートに不参加を呼び掛けているが、どうなるか

 

Ⅲ スポーツを通じて哲学する

第6章     スポーツの本質を求めて

l  スポーツの進歩史観を問う 2022.12.5.

より速く、より高く、より強く、というオリンピックのモットーは、人間のパフォーマンスは進化し続けるものだと考える進歩史観によって支えられているが、ドーピング問題や選手の健康問題を見るにつけ、身体能力は飽和状態に達しつつあるのではないか、今後は道具やテクノロジーの進化に頼らざるを得なくなる。であればモットーの見直しも必要?

「より」と「速く」の間に別の言葉を入れてみてはどうか。「経済的に」とか「複雑な状況下で」とか。さらにはアスリートの技術的能力的限界と人工知能の関係も議論されている

l  ウサギの擁護と競争原理の神髄 2023.1.2.

スポーツ界でも「シングルエンティティ―」(単一事業体)という経営手法で運営されているリーグがある。競合関係にあるチームも、相手の存在がなければゲームが存在しないという意味で、「共存関係」にあるといえる。リーグ全体では皆同胞なので、チームが独自に経営を行うのではなく、リーグ機構そのものを1つの事業体とみなし、全チームが共に発展できるように経営する。この考え方は競争全般に当てはまる。相手がいるからこそ切磋琢磨の状況が生まれるので、これこそが競争原理の神髄。その大枠を外して、単に競争だけに目が行くとスポーツの道を踏み外しかねない

l  天才の条件 2024.10.7.

AIが天才にとって代わる日が来るかもしれないが、AIが厄介なのは能力を最大限引き上げる形で個性や自由を奪うこと。そのため勝利至上主義者にとってはAIを批判する理由がない

スポーツ界において人間とAI野関係はいかにあるべきか? 真剣に向き合う必要がある

l  引退をするということ 2021.3.1.

スポーツ界では、多くのアスリートが引退という名の卒業を迎えるが、競技者にとっての卒業とは「旅の終着点」であり、その先は進みたくても進むことができない極地への到達

競技者としての自分との決別は簡単ではない。自らのアイデンティティの1つを葬り去ることを迫られる、壮絶な時間を過ごすことになる

自らの人格を支えるアイデンティティを喪失してしまうことが、アスリートのセカンドキャリア問題の本質。引退したアスリートが次のアイデンティティを獲得し、それを大きく成長させるためのサポート体制をいかに整えるか、スポーツ界の課題

 

第7章     生きる身体との対話

l  アスリートを知る旅路1――アスリートとは何者か? 2023.3.6.

「アスリートが何者であるか」を学術的に探るため、5年ぶりにスケートを再開すると、自由が全くきかず、自分のスピードに酔い、靴擦れまでできた

l  アスリートを知る旅路2――普通に痛むことの尊さ 2023.4.3.

競技生活中は痛みを抑えているうちに痛みに対する耐性がつくが、痛みに対する心身の耐性は、痛みへの共感能力が乏しい人格を形成していくのではないかと恐れる

l  アスリートを知る旅路3―― 一歩先の未来を生きる 2023.5.1.

久しぶりに滑ると、怖さが先に立ち、飛んでみても踏み切ったとたんに倒れて氷に打ち付けられる。アスリートの頃は、自分の意識は常に「今ここにある身体」よりも「一歩先の未来」を見据えていたように思う。アスリートは体で感知したことに基づいて一歩先の未来を思い描き、その未来へと「今ここにある身体」を意識が引っ張ってゆく、この体と意識の絶妙なるずれが、アスリートをアスリートたらしめている

l  アスリートを知る旅路4――遊戯する身体の発見 2023.6.5.

スポーツの核心にあるものは「遊戯性」だという。我々を日常から切り離し、快さをもたらす文化的装置だが、競技者にとっては決して遊びではない。引退してみて初めて遊戯性を感知できるので、引退もアスリートにとって決して悪くない、人生の新しい局面

l  越境する身体        2024.4.1.

今月末、バレエダンサーとしてデビューする

バレエでは常に身体の各関節を外旋させる(ターンアウト/アンドゥオール)ことが求められる。「1番ポジション」という両踵をピタッとつけ外側に90度開いた状態で直立する姿勢が基本

言語や文化にはボーダーがあり、他の領域への移行は簡単ではない

9年の研鑽でもボーダーを超えるのは難しいが、今回は振り付けもさせてもらう。ボーダーの外から見た人間だからこそ可能になるバレエもあるが、ボーダーの存在を意識したい

l  特化する身体 2024.5.6.

バレエのデビュー作は成功裏に終わる。バレエダンサーの身体は、外旋しやすいように特化されていて、文化間の障壁は相当高い。文化は崇高だが無慈悲でもあり、誤魔化しが効かない。人が文化を作るのではなく、文化が人をつくる

l  交歓/交換する身体 2024.6.3.

個人プレーしか経験のなかった私が、初めて3人のチームでバレエを踊り、チームプレーとしての一体感を感じるとともに、チームプレーが何たるかを少し理解した

l  どこまでが自分の内側で、どこからが外側? 2024.9.2.

フィギュア競技者としてのパフォーマンスが外側の環境によって大きく左右されるのをみて、外部環境(外側)のせいだと思っていたことが実は内側だったことに気づく。そう気づけば、やるべきことは外側を内側と捉えて、整えていくしかない。外部環境と自分の関係性を様々に試行錯誤し、内と外を隔てる境界線を拡大(なくす?)

人間の行動の半分以上は、外側の刺激に対する反応であり、自発的なものはほとんどないことから考えると、「人に自由意思はあるのか」という問いに発展する

 

第8章     本との対話

l  今読むべき1冊その1――スポーツの本質を考える 2021.4.5.

バーナード・スーツ著『キリギリスの哲学――ゲームプレイと理想の人生』――イソップの寓話のキリギリスが死の際に立って自らの正当性を訴える。生の理想が「ゲームプレイ」によって支えられていると弁明し、ワークを拒否しゲームを続けた生き方を正当化しようとする。スポーツはゲームの典型。スポーツの本質について考えさせられる

l  今読むべき1冊その2――変革を迫られるスポーツ 2023.2.6.

山本敦久著『ポスト・スポーツの時代』――「伝統的なスポーツ観」と現代という時代の間に生じている様々な問題を取り上げ、社会学のアプローチを駆使して分析し、従来のスポーツ感が失効しつつあることを浮き彫りにする。真っ先に挙げたのがジェンダーの問題。「生身の身体」でも男女の区別がつかなくなっている。スポーツの主体がアスリートからデータへと移行し始めている問題や、政治的言動に起因する排除の問題などを取り上げ、変容の只中にある現在のスポーツ界を巡る状況を「ポスト・スポーツ」と名付けて論じる

l  今読むべき1冊その3――タイミングが織りなす人の生 2024.3.4.

石岡丈草著『タイミングの社会学――ディテールを書くエスノグラフィー』――エスノグラフィーとは、フィールドワークによって集団や社会の生活実態や行動様式を精緻に観察し記述する研究方法。人の日常とタイミングがいかなる関係にあるか、その関係が破綻するとどのような問題が生じるのかを分析

l  今読むべき1冊その4――アスリートの哲学と極意 2022.4.4.

町田樹著『若きアスリートへの手紙――「競技する身体」の哲学』――アスリートに限らず、何か1つの物事を究めようと努力する全ての人たちに向けた知的探求の書

 

²  コラム アスリートとして経験し、研究者として叩き上げる

'23年、第16回「(池田晶子記念)わたくし、つまりNobody賞」受賞。言葉でしか表せないものを語り、語り得ないものを言葉にしようと努めることを顕彰

スポーツやアスリートを定型的な言説の中に押し込めず、あらゆる方向からそれを捉えて山積する課題に目を向け、アスリートや表現者の良き対話相手になれるような言葉を真摯に綴っていきたい

 

Ⅳ スポーツとアートを結ぶ

第9章     スポーツとアート

l  ダンス必修化の理想と現実 2021.2.1.

‘12年から中学の保健体育科目でダンスが必修化。創作ダンス、フォークダンス、現代的リズムダンスの3ジャンルからなり全てを教えることになっているが、指導者は大変

l  チアダンスと舞踏教育 2021.8.2.

チアダンスの最大の特徴は、「ジャンルミックス」かつ「オールラウンド」なダンス

学校教育で必修化されている3ジャンルをすべて含むので、教育的価値は大きい

l  アスリートとアーティストの共通世界

ショパン・コンクール入賞後の反田恭平と対談、お互いの共通点の多さに驚く。日々の鍛錬の中で培う実践知やノウハウといったものは、実は互いに共有可能なもの

l  芸術的スポーツの一般化 2023.10.2.

'23年から始めた「エチュードプログラム」は自由に許可なく演じられるフィギュアスケートの演目を創作し、ユーチューブ上に公開する。マイナースポーツをする人により簡易にアクセスを提供するもので、継続していきたい

 

第10章     アーティスティックスポーツと著作権

l  フィギュアスケートは著作物 2021.5.3.

フィギュアスケートは舞踏作品ではあるが、スポーツでもあるため著作権の対象ではない

‘19年、「フィギュアスケートが著作物足り得る」ということを法学的に実証する論文で、日本知財学会の優秀論文賞受賞。その実践のための「継承プロジェクト」を試行中

現在フィギュアスケートの演技は、選手の依頼に応えるオーサーメイド形式で創作され、そのスケーターが引退すればその後作品は一切日の目を見ないが、継承プロジェクトによって舞踏界同様に、1つの作品を異なるスケーターが再演できる仕組みを実現

l  アーカイブと著作権マネジメントの必要性 2022.1.3./2.7./3.7.

アーティスティックスポーツASの業界が早急に対応しなければならない問題が、演技のデジタルアーカイブと著作権集中管理システムの構築

ASとは、音楽を伴った表現行為が内在するスポーツのこと。舞踏が「著作物」になり得る

そのメリットは、①振付師の社会的地位の向上、②優れた作品の継承と再生産

スターだけでなく、作品の魅力によっても人を惹きつけることができれば、著作権制度に基づいて流通させることにより、ASのビジネス構造も変革できるのでは

‘23年、著作権法改正により、著作権の集中管理がなされておらず、その利用可否についての著作権者の意思が明確でない著作物については、一定の補償金を払うことで、3年を上限として時限的な利用が可能になった

 

コラム フィギュアスケート界における音楽著作権管理システム改革の兆し

'24年、米国スケート連盟は米国の大手著作権管理団体2社との間で、団体が100%管理する楽曲の包括利用権を取得。Songviewのデータプラットフォームを使って検索し「100Clear」のラベルが表示された楽曲は包括利用権が認められるが、問題は同連盟傘下の選手だけ、かつ同連盟公認の大会に限定

 

2026年ミラノ・コルティナ冬季五輪で、フィギュアスケートのスペイン代表トマス・リョレンク・グアリノサバテ選手が、著作権問題で一時は「ミニオンズ」の音楽と衣装を使用できなくなったが、後に特例で許可を得て使用できた騒動。ISU提携企業での手続き済であっても差し止められたため、権利処理の厳しさが浮き彫りとなった。 

·       トラブル発覚: 20261月末、スペインのトマス・リョレンク・グアリノサバテ選手が今季のSPで使用していた「ミニオンズ」の楽曲が、国際スケート連盟(ISU)推奨システムを通じて手続き済みだったにもかかわらず、著作権保有者から使用不可の通知を受けた。

·       原因: 音楽だけでなく、キャラクターを模した衣装の使用も含めた著作権の問題と指摘されている。

·       一転して解決: サバテ選手がSNSで窮状を訴えたところ大きな反響を呼び、権利元(ユニバーサル・ピクチャーズ)が再検討して特例で使用を許可した。

·       結果: サバテ選手はオリンピック本番の舞台で、ミニオンズの曲に乗せて黄色のシャツとオーバーオールの衣装で熱演を披露した。

·       影響: 他の選手や大会でも権利処理が厳格化されており、日本選手も変更を余儀なくされるケースが出ている。 

この一件は、著作権処理が国際大会においても極めて重要であり、かつ複雑であることを示している。 

 

おわりに――ペンを持ってスポーツを生きる

スポーツ批評は時として、底なし沼や出口のない樹海のよう

どのような視座から何を目的に批評するのか、批評の拠って立つ場所があまりにも不安定

‘25年トランプ大統領が、トランスジェンダー女性の女子競技参加禁止の大統領令に署名したのを機に、性別カテゴリーに関して激しい論争が勃発。科学的アプローチでもトランスジェンダー女性がシスジェンダー(出生時の性別と性自認が一致する)女性よりも競技上の優位性を持つかどうかについてはまだ決定的な判断を下せない

理念なき中立は無関心に等しく、なにも批評を生み出さない。私の理念とは、「スポーツ文化の発展を願って書く」

 

 

 

 

 

 

世界思想社 ホームページ

スポーツ文化という広大な沃野をどのように耕し、次代へと受け渡していくべきか――

元アスリートとして培ってきた実践知と、現スポーツ研究者として研鑽している学問知。競技者としての「内の目」と、研究者としてスポーツ界を客観視する「外の目」を兼ね備えた著者が、その複眼的な視座を駆使し、現代スポーツに対していかなる批評が可能かを模索し実践する。

「スポーツ批評」という切り口で、「批評」という表現手段の復権を叫ぶ書!

競技者から学者になった「越境者」だからこその誠実な言葉。

町田先生、すごいことになってます!

――サンキュータツオ(漫才師/東北芸術工科大学文芸学科准教授)

 

【「序章」より】

業界の中にいるからこそわかることは確かにある。いわば「内の目」でないと見えないことがあるということだ。ところが、一つの業界に長く居続けると、それ以外の世界からすれば考えられないような常識や慣習を普通だと思い込んでしまう恐れがある。そのようなバイアスが内の目にかかってしまっている場合、たとえ問題がそこにあったとしても気づくことができない。まさに「井の中の蛙」状態である。実際1993年から2014年まで、私は競技者として20年以上もスポーツ界の中心にいながら、そこにあるはずのいろいろな問題に気づくことができなかった。しかし競技引退後に、研究者として学術的な知見を身につけていくと、この内の目にかかったバイアスが徐々に薄れ、それまで見えなかった問題が見えるようになっていったのである。それはすなわち、業界を冷静かつ客観的に見ることのできる「外の目」が培われたということなのだろう。こうして内の目と外の目を兼ね備えた複眼的な視座からスポーツ界という社会を見直してみることで、初めて顕在化する問題があるのだということを、研究者に転身した私は身を以て知るに至ったのである。

 

 

 

「スポーツ・クリティーク」書評 自ら実践、現場に飛んで考える

評者: 御厨貴 新聞掲載:20260228

 〝りくりゅう〟が勝った。すばらしい逆転のドラマ。何度も映像を見た。そして思った。そうだ、町田樹はこれを何と批評するのだろうかと。「スポーツプレー批評」なのか。果たして「スポーツ社会・文化批評」に包摂されるものなのか。
 フィギュアスケートのアスリート町田樹が、自ら活躍中のスポーツの世界を、一転して研究者になって書いてみせる。彼のセカンド・キャリアへの挑戦の発言。すごいなあ、一身にして二世を生きるというが、この若人もそうなのか。本書は彼の毎日新聞のコラムなどを集大成したものだ。決して読みやすいコラムではない。いや無論、読者をケムに巻く類いの難解さはない。
 でも、楽じゃない。彼の考え方、論理の道筋をきちんと追わないと、彼が何を主張したいのかが見えてこないからだ。だからとにかくどこからでもよい。まずは彼がどこからどこへ行こうとしているのかを、しっかり把握することだ。なぜ実況中継は空転するのか? なぜ今スケート場クライシスなのか? いや、オリンピックのレガシーとは何か? 町田は常に現場に飛んで考える。
 そこで〝りくりゅう〟にいま一度戻ろう。スポーツで感動を与えられるのか否か? さあどうするのだ! 町田の当座の回答は記されるものの、彼は私の横に立って、私の答えを待っている。そんな緊張感が町田のコラムにはある。
 「スポーツと教育」では、若いスポーツ予備軍の育て方を論じて若者教育の難しさを問う。スケートへの自らの再挑戦のプロセスや、バレエに淫する時の自己との闘い、いやとにかく町田は自らの身体と精神への負荷を自ら実践し、それを真っすぐに伝えてくれる。何がよくて何がダメかをすぐ文章にする。研究者業界に身を置いた者なら誰でもドギマギ躊躇する暇を町田は持たない。そこが「今を生きる、今を書く」彼の行為の神髄なのだ。 
   
まちだ・たつき 1990年生まれ。フィギュアスケート競技者を経て、国学院大准教授(スポーツ文化論、身体芸術論)。

御厨貴(みくりやたかし)東京大学名誉教授(政治学)

1951年生まれ。専門は近現代日本政治史。政府の審議会の役職やTBS系「時事放談」の司会なども務めた。著書に『知と情 宮澤喜一と竹下登の政治観』『権力の館を歩く』など。2024年4月より朝日新聞書評委員。

 

 

 

元男子フィギュア代表・町田樹さんと振り返るミラノ五輪

ビジネスパーソンとして知っておきたいスポーツの現在

BizGateインタビュー/Learning

2026.03.05

2026年は先月のミラノ・コルティナ冬季五輪を皮切りに、今月はワールド・ベースボール・クラシック(WBC)、6月はサッカーのワールドカップ(W杯)とスポーツの祭典が目白押し。ミラノ五輪は日本選手団が金5個を含む冬季最多となる計24個ものメダルを獲得し、時差の中の応援で寝不足になったみなさんも多いのでは。なかでも日本がメダル6個を獲得したフィギュアスケートはどの種目もハイレベルな戦いが続き、リンクの外でも多くの話題がニュースやSNSをにぎわせた。現地から熱戦を伝えた元男子フィギュア日本代表で『スポーツ・クリティーク』(世界思想社)などの著書がある国学院大学准教授の町田樹さんとミラノ五輪を振り返り、ビジネスパーソンとしていま押さえておきたいスポーツをめぐる様々なトピックを解説いただく。

まちだ・たつき フィギュアスケート選手からプロスケーターとして長く活躍し、2014年ソチ冬季五輪の個人と団体でいずれも5位に入賞。同年の世界選手権で準優勝。競技者として引退後、研究者に転身し、2024年から現職。博士(スポーツ科学)。専門はスポーツ文化論、身体芸術論、スポーツ&アーツマネジメント、知的財産法。著書、受賞多数。振り付けや競技の解説も手掛ける。

4回転、トリプルアクセル 進むデータ化、採点には

――今回の五輪のフィギュアスケートはペアで日本初の金メダルを獲得した「りくりゅう」人気もさることながら、「4回転の神」と呼ばれる米国のイリア・マリニン選手や、男子フリーで計5本の4回転ジャンプを決めて金メダルを獲得したカザフスタンのミハイル・シャイドロフ選手、女子でも中井亜美選手と米国のアンバー・グレン選手の2人が質の高いトリプルアクセルを成功させるなど、素人目にもわかる高難度のプログラムばかりで驚かされました。テレビ中継で瞬時にジャンプの高さや飛距離がわかったり、滑った軌跡がリアルタイムに描き出されたりするのも技術の進歩を感じます。

「いまスポーツにもビッグデータや人工知能(AI)の波は来ていて、特に野球やサッカーなどスタッツ(統計データ)の蓄積がある競技ではデータを分析して戦略・戦術、トレーニング方法などの最適解を導き出して活用するようになっています。フィギュアスケートはまだその域には達していませんが、映像解析については徐々に高度な技術が導入されてきている。例えばフィギュアで一番論争になるジャンプの回転。回転不足の判定は、今はジャッジがスーパースローでリプレーしながら判断しますが、近年、選手の動きの映像から『どこでテイクオフして、どれだけ回って、どこで着氷したか』がかなり正確にわかる解析技術の開発が進んでいます」

4回転やトリプルアクセルといった高難度の技が増えているのは、ひとえに選手の努力のたまものですが、道具の進化が寄与している面もあります。私が滑っていた10年ほど前はまだ革のスケート靴が主流で重量としても重かったので、その重たい靴でジャンプを跳ぶのはエネルギーが要りましたし、足に負担がかかることがケガにもつながっていた。最近はカーボンファイバー(炭素繊維)を使った軽くて丈夫な靴や軽量化したブレードも増え、以前より『エコ』に、体への負担も抑えて跳べるようになってきていると思います」

AIについては、例えば体操では実際に採点に取り入れられるようになっていますね。体操の場合は、美しさのなかでも、フォームなどの『理想の美の形』との比較で評価するエステティック(美的)な分野で、尺度を考えることができ、そこにAIが介入する余地ができます。元来オリンピックのモットーにあるような『より速く、より高く、より強く』という価値は、統一的な基準と尺度で測ることができるので、AIでも評価しやすい傾向にあります。ただ、フィギュアをはじめ、音楽を身体で表現するような採点競技は、そうした統一的基準と尺度で測れない芸術的要素を備えているため、現状ではAIの導入が非常に難しいです」

美しさを競う競技の難しさ

――フィギュアも先ほどおっしゃったジャンプの回転やスピンのポジションなどは体操に近いように見えます。

「もちろん、フィギュアにもそうしたエステティックな部分もありますので、そこに対してはAIによる評価を模索することができると思います。一方で、アーティスティック(芸術的)な部分については、例えば、ある選手は男女の愛の物語を、ある選手は音楽の歌詞を表現しているかもしれない。表現するテーマも方法も千差万別で、統一的な尺度で評価するのは不可能なわけです。フィギュアの採点の内訳で言うと『演技構成点』の部分、ここはジャッジの審美眼で厳正に評価するしかないと考えています」

「主観的、感覚的という批判の声も聞かれる部分ですが、現在のフィギュアにおいてジャッジは実名で、評価の妥当性を問われる状態で品位をかけて採点しています。元選手が圧倒的に多いのですが、誰でもなれるわけではなく、厳しいテストをパスしなければジャッジの席に座ることはできません。かつてジャッジは匿名で、2002年のソルトレーク五輪のときに賄賂が絡む不正問題が発覚しました。そこから採点システムが厳正化されて、今に至ります」

「現在、国際スケート連盟(ISU)が改革案として、ショートプログラムとフリーの合計得点で順位を決める形式をやめ、技術を競うテクニカルプログラムと芸術性を競うアーティスティックプログラムに分ける形式を検討していることが報道されています。フィギュアというスポーツをどうとらえるのかは人それぞれだと思いますが、スケーティングやジャンプなどの技術を追究するアスレチックの側面と、それを音楽にのせて表現に昇華させるアーティスティックな側面が融合しているのがフィギュアの特徴だと私は理解しています。選手には改革案に対して慎重派が多いようで、私も懐疑的です。ファンのみなさんも技術だけの演技、芸術だけの演技が見たいのではなく、それが融合しているところにフィギュアの魅力を感じてくださっているのではないでしょうか」

スケーティング技術を競うアスレチックの側面と、それを音楽にのせるアーティスティックな側面が融合しているのがフィギュアの特徴だと話す町田さん

 

ミニオンズのプログラムはなぜ問題になったか

――ミラノ五輪では、アニメ映画「ミニオンズ」をテーマにしたスペイン代表選手のプログラムが、開催直前になって著作権の関係で楽曲の使用が差し止められる騒動がありました(のちに特別に使用許諾が出された)。町田さんはフィギュアをめぐる著作権問題を専門にされています。

「フィギュアスケートの著作権問題は昨今深刻化しています。議論しなければいけないトピックは2つあって、1つはいかに著作権侵害を抑止するかということ。ミニオンズの一件のように、フィギュアはどうしても音楽や衣装があり、映画やミュージカルを原作に使うこともあります。それらは全部著作物なので、権利関係のクリアランスが必要になってくるわけです」

2014年まではボーカル曲の使用が禁止されていました。したがって、著作権が切れて許諾なしで使えるパブリックドメインになっているクラシック音楽が主流だったので、著作権問題が起こることはほとんどありませんでした。しかし、ボーカル曲が解禁されたのがターニングポイントです。ボーカルが入る曲は現代曲が多いので、パブリックドメインになっていない。使うには著作者の許諾が必要になりますが、選手一個人が音楽著作権の処理を簡単に行えるようなシステムは世界的に構築されていません」

「この問題がクローズアップされたのは、2022年の北京五輪で米国のペアの選手が使用した楽曲が著作権侵害を指摘され、選手のみならず、放送した米NBCユニバーサルメディアも提訴されたときでした。結果的に和解になりましたが、莫大な賠償金になったと報道されています。これが決定打となって米国では改革が進められ、競技連盟と著作権集中管理事業者が提携して、選手はその事業者が100%管理している楽曲は許諾なしで使えるシステムをつくりました」

――そうしたシステムは米国にしかないのでしょうか。

ISUは英国の著作権事業者である『ClicknClear』と契約していますが、十分ではありません。今回のスペイン代表選手は昨年8月にここに依頼を出したにもかかわらず、五輪開催までに権利処理が間に合っていなかったことで土壇場になって楽曲の使用を差し止められてしまいました」

「フィギュアは国際的な競技ですから、世界的な著作権のクリアランスのシステムが求められますが、著作権に関する法律は各国で違うのでなかなか統一的なシステムが構築できていないのが実情です。法律に則して動くだけではなく、運用をどうするのか、フィギュア業界を超えて音楽業界や著作権事業者などとの団体交渉が必要なフェーズに入っています」

フィギュアスケートの演技も著作物

――著作権に関するもう一つのトピックとは何でしょうか。

「フィギュアの振り付けや実際の演技をいかに著作権で保護していくかについても議論が必要です。振り付けや実演が著作物に当たるのかどうかは世界的に不明瞭な点が多かったのですが、国内著作権法に基づく範囲で私が研究に取り組み、著作物たり得るということを法学的に実証しました。ただ著作物として流通できるようにするためには演技を映像などでアーカイブし、著作権を管理することが必要で、そうしたシステムの構築はまだこれからとなります」

町田さんはフィギュアの振り付けや演技が著作物たり得るということを法学的に実証した

「振り付けは現状では、選手の所有物として認識されています。例えば2006年のトリノ五輪で荒川静香さんが演じたトゥーランドットは多くの人の記憶に残っていますが、荒川さんが演技するのをやめてしまったらもう日の目を見ることがありません。荒川さんの所有物を勝手に使ってはいけないからです。それを著作物として認め、管理することで、他の音楽やバレエなどの芸術作品と同じように、著作権処理さえすれば、他者が使えるという考え方に変わります。つまり、傑作を再生産することができるようになるのです。ちなみに振り付けの著作権は、通常それを創作した振付師に帰属することになります」

「再生産されることで経済的なベネフィットが生まれ、スケーターや振付師の収入となり、次の創作につながります。さらにいまフィギュア業界はスター選手の集客力に大きく依存している。振り付けという『作品』も著作物としてブランドを育んでいくことで、人気の選手だけでなく、人気の作品によっても集客できるようになります。また振付師の数が限られるなかで、競技人口を維持、向上させるためには、一般のスケーターが滑ることのできる、再生産できる作品を増やしていくことも重要です。現在、『エチュードプロジェクト(別称:みんなのフィギュアスケート作品プロジェクト)』と名付けて、私が振り付けた作品をYouTubeで公開しています。フィギュアという競技の持続可能性において、ここの著作権問題を整備していくことは一つのカギを握っているのです」

 

「オリンピックの魔物」は選手の外側に

――今回の五輪では、フィギュアの団体の表彰式で、表彰台の表面の素材が適切でなく、選手のスケート靴のブレードを傷めてしまったことも大きく報じられました。スポーツの大会で、選手の生命線となる道具が損なわれるような運営上のミスには驚きました。

「よく『オリンピックには魔物が住む』といわれますね。多くの人はその魔物は選手の内面に潜んでいると受け止めますが、むしろ選手の外側、五輪ならではの環境にこそ潜んでいるのではないかと思っています。一般の競技会は、その競技のいわば専門家である競技団体が主催し運営しますが、五輪はそうした競技会とは比べものにならないほどたくさんのステークホルダーが関与し、交錯します。これがときに環境をゆがめるのです」

「フィギュアの例でいえば、アジアで開催された過去2回の五輪では朝早くに競技が行われ、朝6時に練習が始まるという過酷なスケジュールでした。翻って欧州圏で開催されるときは夜遅くまで試合が実施される傾向がある。このように極端なタイムスケジュールですと選手はコンディションを整えづらいですが、これは五輪を放送するメディアの都合がしばしば優先されることによって起こる問題です」

「あるいは前回のパリ五輪では低炭素のコンセプトが掲げられたことで、選手村にエアコンもなく、食事も簡素化されたといいます。コンセプトが悪いわけではありませんが、バランスがとれなければ、アスリートにとって万全な環境を整えられません。五輪のような大規模な大会は選手本人だけでなく、競技の人気を高め、振興につながる機会でもあります。功罪の両面があり、『罪』の部分を抑制し、『功』の部分をいかに最大化できるか、建設的に議論することが大切になると考えます」

スポーツを豊かにする言論

――選手への誹謗中傷はミラノ五輪でも深刻な問題となりました。SNSはそうしたいわれなき攻撃の舞台になる一方で、選手やファンの発信や交流の機会を生み出し、ときに専門家もうなるような分析が飛び出すこともあります。町田さんは近著のタイトルに「クリティーク(批評)」という言葉を選び、スポーツ文化にとっての批評の役割と意義について論じています。スポーツをめぐる言論空間は、今後どうなっていくべきだとお考えですか。

「スポーツ批評は多くの優れた研究者やジャーナリストがけん引していますが、新型コロナウイルス禍以降、時代の流れの速さに批評の手が回っていないのが、私の印象です。スポーツ界は一般社会と隔絶されているわけではなく、密にリンクして、互いに影響を及ぼし合っている。わかりやすい例は米トランプ大統領です。20252月にトランスジェンダー女性がスポーツの女子競技に参加することを禁止する大統領令に署名し、激しい議論が巻き起こっています。まずは私のような専門的な研究者やジャーナリストがスポーツをめぐる批評の言論空間を大きくしていかなければいけないと考えています」

「もう一つはアスリートです。今回上梓した『スポーツ・クリティーク』は一般の方向けに、きょうお話ししたようなスポーツをめぐる昨今の様々なトピックを取り上げていますが、実はアスリートに一番読んでもらいたいと思っています。一昔前なら選手はプレーに集中していれば十分だったかもしれませんが、いまはジェンダーやメンタルヘルスなど、今まで多く語られてこなかった問題についても、当事者として、自分の言葉で自らの権利を主張し、立場を守れるように動くアスリートが出てきています」

「読者のみなさんにもぜひ議論の輪に加わっていただきたいと思っています。スポーツは文化のなかでも特殊で、無関係な人がほぼいません。ほとんどの方は体育の授業を受け、スポーツ系の部活に入っていた方も多いでしょう。そうでなくても近隣にアリーナやスタジアムなどの巨大スポーツ施設ができたら、納税者として関係することになるかもしれません。スポーツの概念は時代の流れに応じて変わってきました。中世は動物のハンティングもスポーツでしたが今は違いますし、ブレイクダンスがパリ五輪の種目になり、あのテレビゲームがeスポーツとなる。時代とともに変わるからこそ、スポーツの在り方は民主的に議論されなければいけないのだと考えています」

時代とともに変わるスポーツの概念。その在り方は民主的に議論されるべきだと町田氏は言う

(聞き手は若狭美緒)

 

 

 

ソチ五輪から12フィギュア代表から人生激変!36歳・町田樹さん〝驚きの勤務先〟に「びっくり」「脳が処理できない」反響続々

3/22() 7:30配信 Yahoo News

▼書籍に囲まれスーツ姿

 2014年のソチ五輪フィギュアスケート男子で5位入賞…。元選手の驚きの転身が話題になっている。 【写真あり】フィギュア代表から人生激変!36歳・町田樹さん  元フィギュアスケート選手・町田樹さん(36)の近影を投稿したのは國學院大學メディアの公式インスタグラム。24歳で現役を引退した町田さんは研究者の道に進み、現在は人間開発学部健康体育学科で准教授として勤務している。  「自身が長く身を置いたフィギュアスケートの世界を『アーティスティックスポーツ』と名付け、経済学、法学、芸術学など多角的な視点から分析しています」と町田さんを紹介し、書籍が並ぶ本棚の前で視線を送る姿を公開している。  先月閉幕したミラノ・コルティナ五輪のテレビ中継での的確な解説も話題になった町田さんの転身姿に「『町田樹准教授』ってやはり情報量多すぎて脳が処理できないんですよ…」「道を切り開いて進んでいく新たな歩みを応援しています」「スピード出世すぎる、さすが町田樹先生」「スポーツ科学研究者として活動されていることにもびっくり」などの声が寄せられた。

 町田さんは3歳からフィギュアスケートを始め、201412月に現役を引退。203月に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科博士後期課程を修了した。

 

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