南海トラフ地震の真実 小沢慧一 2025.4.6.
2025.4.6. 南海トラフ地震の真実
著者 小沢慧一(けいいち) 1985年名古屋市生まれ。大学卒業後、コスモ石油株式会社を経て、2011年中日新聞社入社。水戸支局、横浜支局、東海本社報道部(浜松)、名古屋本社社会部、東京本社(東京新聞)社会部。同部では東京地検特捜部・司法担当を経て、現在は科学班。中日新聞で19年に連載した「南海トラフ 80%の内幕」は、20年に「科学ジャーナリスト賞」を受賞。2023年8月、「南海トラフ地震の真実」(東京新聞刊)を出版。同年10月に単独の記者として44年ぶりに菊池寛賞を受賞した。
発行日 2023.8.31. 第1刷発行 2023.10.23. 第3刷発行
発行所 東京新聞
はじめに
南海トラフでは、マグニチュード8~9級の巨大地震が30年以内に「70~80%」の確率で起きると予測されるが、この数字を出すに当たり、政府や地震学者が別の地域では使われていない特別な計算式で、全国の地震と同じ基準では20%程度だった確率を「水増し」したことをほとんどの人は知らない。確率の根拠は、江戸時代に測量された室戸市室津港の水深データのみで、測量の詳細は不明なうえ、何度も掘削工事を重ね、確率の前提となる自然の地殻変動をきちんと反映していないことが判明。検討した2013年当時の政府の地震調査研究推進本部では、委員たちが「科学的に疑義あり」として、全国同一基準の20%とするか、2つの確率の両論併記かを提案したが、無視された。確率を下げると、「防災予算の獲得に影響する」という意見が幅を利かせた
1976年、政府は「東海地震説」をぶち上げ、「地震予知」による防災に注力。予知を前提にした防災対策の法律まで作ったが、予知の仕組みは現在まで一度も科学的に証明されていないが、予知研究には莫大な予算が当てられ、その差配は「地震ムラ」に委ねられている
‘95年には予知なく阪神大震災が発生。「次は東海地震」との掛け声に絞った防災対策が、他の地域での油断を生み被害が広がったとの批判が集中。予知ができないことも浮き彫りに
「30年以内に何%」とは、阪神大震災の反省から、予知に代って主流となった「地震予測」によるもの。東日本大震災でも予測とは全く違ったが、原発事故に注目が集まりお咎めなし
'16年の熊本地震も、30年以内0~0.9%という低確率をPRして企業誘致をしていた
本書では、'19年中日新聞で掲載した「南海トラフ 80%の内幕」(科学ジャーナリスト賞)と’22年掲載の「南海トラフ 揺らぐ80%」の2つの連載記事をもとに、改めて検証と分析
'13年の政府委員会の議事録から発言者を割り出し、「確率」が実際には限られた人たちによって密室で科学を都合よく利用して決められたことを突き止めると同時に、当時用いられた「時間予測モデル」には問題があり、「70~80%」という確率が成り立たないことを立証
併せて、予測が発表されたことの表裏の影響についても詳述
「裏」については、南海トラフを強調し過ぎたために、その他地域での対策が手薄になったり、住民の防災意識が希薄になっていたために、逆に地震の被害を大きくしたこと
「表」については、南海トラフは首都直下型地震の対策が自民党の国土強靭化計画の正当性をアピールする最大の旗印になって、膨大な予算が費消されたこと
第1章
「えこひいき」の80%
l 地震学者の告発
取材の始まりは、’18年地震調査委員会が30年以内の確率を「70%程度」から「70~80%」に変更したことを発表する数日前のこと、名古屋大の地殻変動学教授鷺谷威(さぎやたけし)に専門家の意見を問い合わせた際、「南海トラフの確率だけ『えこひいき』され、水増しされている。数値は危機感をあおるだけで問題」との話を聞いたこと
全国統一の計算方法で算出した「20%程度」を発表しようとしたら、政府から大反対
南海トラフとは、駿河湾から日向灘まで続く海底の溝状の窪みのこと。フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に沈み込むことで生じている。海側のプレートが陸側のプレートの下に沈み込む際、陸側のプレートも一緒に引きずり込まれ、元のかたちに戻ろうとする歪が溜まって限界を超えると、跳ね上がって大きな揺れが起こる=海溝型地震
これまで2回長期評価が公表された。1回目は2001年で、東南海地震が30年以内50%、南海が40%。2回目が'13年の60~70%。年数の経過とともに確率は上がるという想定
当時予測のベースとなったのが、1980年東大名誉教授島崎邦彦(当時同大助手)らが発表した「時間予測も出る」という仮説。限界点は常に一定で、次の地震までの時間と隆起量は比例するとした。地震で解放された歪に相当する隆起が積み上がるのにかかった年月が経過すると次の地震が発生するというもので、高知の室津港、千葉の南房総、鹿児島の喜界島の3カ所で測定、室津港のデータがぴったり当てはまった。世界的に有名な論文となる
一方、全国の地震で使っている計算式は「単純平均モデル」といって、過去の地震の発生間隔の平均から確率を割り出す手法
長期評価を基に作成したハザードマップ「全国地震動予測地図」に、1979年以降の死者10人以上の地震の震源地を落とすと、リスクが低いところばかりで、防災対策にも逆効果
情報公開請求制度により文科省に当時の海溝型分科会の議事録の開示を請求
委員のほとんどが時間予測モデルに疑問を持っていたことが判明
'01年の評価時点では、更新過程(単純平均モデル)では7.7%だったが、時間予測モデルではと聞かれた島崎が45%と説明した記録が残っている。島崎はモデルの提唱者として中立的立場だったが、地震学会会長を務めた現静岡大教授の安藤雅孝が隆起量以外のデータからも裏付けられる都合のいい数値をみつけてモデル採用を押し切り、確率を高めて研究費獲得に繋げたことを告白。「予知」が研究費を引き出す「打ち出の小づち」だった
当時の地震調査委員長・津村建四朗は長期評価の最終責任者で、切迫性のある確率を出すために海溝型分科会を設け、防災対策の尻を叩くための確率を求めていたという
第2章
地震学者たちの苦悩
l 防災側が大反発
長期評価は地震の切迫度を科学的に確率で示したものなのに、地震学者の意見が通らない原因は、政策委員会の猛反対で、同委員会は防災の専門家や行政の担当者が多い
第3章
地震学側vs.行政・防災側
l 情報開示を巡る攻防
政策委員会の議事録の開示を請求すると、社会的影響のあるものは非公開だとして拒否
l 「公になると問い合わせが殺到する」
拒否の理由は、「公になると問い合わせが殺到する」というもので、話にならない
l 荒れる合同部会
ようやく出てきた議事録では、分科会の両論併記の結論がきちんと説明され、行政・防災側に大きな衝撃が走った
l 防災側委員の「責任追及」
防災側の委員が、これまで時間予測モデルで洗脳されてきているので、それを覆すだけの根拠がないのであれば、従来通りでやるべしとして、地震学者の委員の責任を追求
l 防戦一方の地震学側
分科会の委員の1人が「時間予測モデルの確率も完全に排除すべきではない」と分科会の総意に「離反」するかのような発言をして、分科会の中でも意見が割れているとされてしまう
l 下げたら税金投入に影響する
防災側委員の「高い発生確率を下げると、税金を優先的に投入して対策を練る必要はないとなる」との発言で、議論の潮目が一気に変わる。発生確率と防災予算の話が混同している
l 「隠すこと」に否定的な意見も
時間予測モデル以外にも数値があるのに、高い確率だけを主文に載せるのは、「隠したこと」になるとの否定的な意見もあった
l とどめの一言
「大規模災害であればあるほど、起きるまでの準備段階に時間もお金もかかるわけで、今ブレーキを止めることなく進めるべき」との一言がとどめに
私見と断りながらも、時間予測モデルを使い続けることを主張した地震調査委員長本蔵(ほんくら)義守の一言の影響も大きい
l 「私が文句言った」
名古屋大の減災連携研究センター長の福和伸夫教授は、建築耐震工学専門の元清水建設の技師で、現在地震本部の政策委員長を務めるが、防災意識の低い聴衆に「あなた死にますよ」と強い言葉を投げて防災意識を高めさせることが得意。当時の合同会議でも、地震学側の責任を追及したと認める
l 事前に「落としどころ」の話し合い
当時の事務局も、「3.11後で報告書完成を急ぎ、じっくり議論する余裕がなかった」と、報告書の稚拙な内容を告白
第4章
久保野文書を追う
l 時間予測モデルの根拠
本蔵委員長は、「時間予測モデルについて、地震本部として集中的に調査研究を行い、その結果を受けてもう一度検討し直す」と言っていたが、信憑性につき検証した形跡はない
室津港の水深データの原点は旧東京帝大今村明恒教授の論文。今村は、1930年に室津に住む江戸時代の港役人の末裔の久保野に話を聞く――1854年の安政地震直後、港の水位が1.2m低下。その前の1707年の宝永地震後の隆起量1.5m。この2つが島崎の時間予測モデルの根拠
l 大ざっぱな元データ
江戸時代の測量方法や細かな場所などは不詳で、データ自体非常に大ざっぱ
l 確率に50%以上幅が出る可能性も
考慮に入れる誤差次第で如何様にも確率が算出され、精度としては低い
多くの地震学者は政府の長期評価に興味がなく、時間予測モデルへの批判も出ない
l 70~80%の根拠はタンスの中に
今村が面談した久保野家の孫が存命で、自宅に久保野文書を保管
古文書は、南海トラフ地震の「切迫性」を示す重要な根拠であるにもかかわらず、今村以降誰も原典に当たった形跡がない
l 京大防災研研究発表会
時間予測モデルに実際の沈降の測量値が当てはまらないという矛盾を指摘したのが京大防災研の橋本学教授で、'20年に「南海トラフ地震への時間予測モデル適用の妥当性」について講演、科学と防災を分けるべきと警鐘を鳴らす
l 久保野翁の史料
今村が会った久保野は郷土史家で、室戸港沿革史を1927年まとめている
l 300年の時を超えて
史料は高知城歴史博物館に寄贈
l 室戸岬を歩く
l ついに久保野文書と対面
l 毎年数千人規模の工事!?
橋本学は、’22年京大退官後東京電機大の特任教授で、講演内容をアメリカの地震学会に投稿。時間予測モデルに疑義を唱えたものと、行政と科学との関わり方の問題を議論したものの2本立て
久保野文書には、毎年大掛かりな動員の記録があるが、工事の詳細までは不明
l ヒントは「観光案内板」
工事は、地震で水深が浅くなったものを掘り下げることだった
第5章
久保野文書検証チーム
l 「掘り下げなら根底から覆る」
他にも地殻変動を示唆する古文書などの文献から、約100地点の隆起状況を調査した論文が見つかる。それによると、室津港沿革史の信頼度は、人工改変されている事実から低いと評価されているが、論文の発表は2017年
l 港は「人工改変」
沿革史には潮位測定時期と人工改変の時期の関係が不明
l 「工事」明記の古文書は見つからず
地元の感覚では、長期にわたり港を人工改変しないことはあり得ないとのことだったが、明確な記録はない
l 「掘り下げ工事はしちゅう!」
室津の南隣の津呂港では工事の記録が残っており、片方だけ工事という事は考えられない
江戸時代は、工事といえば浚渫工事のこと
l 原典の原典の原典は写し!?
原典は「手鏡」という手帳のようなものだった。測量データも「手鏡」からの転記
l 今村も手鏡を見ていたはずだが・・・・
手鏡と沿革史では港の測量についての記載に齟齬や誤記が散見
l 見つかった工事の記録
掘り下げ工事に関する史料も発見され、人工的に掘り下げられていたことが判明
l 確率は38~90%!?
島崎論文の隆起量は不確定な要素が多すぎることが判明
l 再検証必須だった13年評価
島崎論文を検証せずに使用したのは地震本部の落ち度
l 提唱者の反応は?
島崎に久保野文書を見せると初耳だと言い、査読のない今村論文を引用したのも「嘘は書かないから」という。さらに、時間予測モデルは房総や喜界島のデータも使っているので、室津が不適切なら除外すればいいだけと、モデルは揺るがないとの主張に固執
l 30年70~80%は完全に破綻
室津港のデータの怪しさに加えて、国土地理院が室津周辺で測量した沈降速度と島崎論文の想定する速度年間13㎜に倍近い差がある。モデルの理論の正しさを証明する上で最も説得力のある室津港のデータを外すと、70~80%という確率は破綻する
島崎は、モデルの基本的考え方である「大きい地震があると、次の地震の再来間隔が長くなる」という理論自体は揺るがないと主張するが、社会は具体的な数値に反応するのも事実
l 関係者たちは「ノーコメント」
島崎は、公にされた論文は、社会の共有物なので、どう使うかは使う人次第だと言う
現地震調査委員長の東大名誉教授平田直は、防災対策の行政上の判断によるとのみ回答
l 調査発表の場に政府委員らも
'22年9月、一連の調査結果を、「南海トラフ地震 確率に疑義」と報道した後、再度平田に問いかけたが、データに幅があるというのなら、その誤差を入れたモデルを作り直せばいいというが、正式に発表されていない数値についてはコメントを忌避
第6章
地震予知の失敗
l 「虚構」の地震予知
地震予測と地震予知では、手法が異なる。予測は、過去の地震統計から「30年以内に何%」などと大ざっぱに次の地震の時期を予測するのに対し、予知は、地震が起きる前に発生する前兆現象を観測で捉え、「3日以内に何処何処で」とピンポイントで言い当てる
現在の地震学では、地震と因果関係が証明された前兆現象は見つかっておらず、地震予知はできないが、政府は1978年から、地震予知ができることを前提とした防災対策を取り続け、地震学の研究者が「予知のため」といえば巨額な研究予算が下りる異常が続いて来た
地震予知研究が盛んになったのは、1976年神戸大石橋克彦名誉教授が東海地震説(駿河湾地震説)を唱えたのがきっかけ。「いつ起きても不思議ではない」と述べ、世間を震撼させた
1978年には地震予知を前提に「大規模地震対策特別措置法」(大震法)が制定され、'20年度まで2.5兆円の対策費が投入された。もともと証明されていない科学を社会実装する「見切り発車」の対策だったが、あたかも予知が可能と社会に刷り込まれていく
l 予知は「オカルトのようなもの」
日本の地震予知への批判の高まるきっかけはロバート・ゲラー東大名誉教授。’84年東大に着任、’91年ネイチャーに地震予知を批判する論文掲載。「確立した現象はない」と断言
米国では1980年代に予知の研究はほぼ絶滅
阪神大震災で地震予知の出来ないことが明白となり、政府の目標も予知から予測に変わるが、大震法は廃止されず、東日本大震災で政府の中央防災会議も’13年に「確度の高い予測は困難」と認めるものの、予知可能と言っていた学者たちは今でも地震研究の中心に居座る
そもそも地震に周期があるということ自体否定的に捉えるべきで、1970年代米コロンビア大では周期説に基づき場所や危険度などの予測を発表していたが、その結果を検証した結果、大きな地震が集中して起きるとされた場所とそうでない場所で地震の数に差が見られず、周期説による予測は「統計学的に有意ではない」と結論付けた論文を'03年発表
政府が発表する全国地震動予測地図に、実際に起こった震源地を落とし込むと、大きな地震はリスクが低いとされてきた場所でばかり発生。結果の検証が全くなされていない
l 予算はいくらでも出た
政府の委員を長く務める学者の特徴は、センセーショナルなことが好きで、研究者の意見を拾い上げるよりも、役所の意見の代弁をうまくできること。予知や予測の研究をすることで、地震学がいかに政府から優遇されて来たかを証言するのが'89~'91年地震学会会長の安藤雅孝。今は防災のためといえば予算がつく
l 政府に「忖度」する地震学
東海地方で異常現象が起きたときに地震との関連性を検討する「地震防災対策強化地域判定会」は、政府が予知できないと方向転換した後も今なお続けられている。研究者も、地震学を防災へ役立てようという意識はそれほど強くない。こうした学問としての歪みは、地震予知という「国策」と共に歩んできたことが原因。おかしいと思うことに麻痺している
l 「前兆すべりに科学的根拠はない」
前兆すべりによる予知の根拠になったのも今村の測量データ。1944年東南海地震の際掛川付近で観測された隆起についての記録で、今村は前兆現象の指摘をしていないが、国土地理院の研究者が26年後に測量原簿を見直した結果、地震の前日と当日に異常な隆起を発見したと報告し、後の地震予知の重大な根拠となったが、2004年鷺谷は類似の異常が地震と無関係に発生していることを発見して、予知説の見直しが始まる
基礎研究として前兆や予知の可能性に言及する場合と、そうした成果を防災対策として実用化する場合とでは、必要とされるデータや解釈の信頼性が大きく異なることを肝に銘じる必要がある
l 大震法の抜本的見直し?
2018年、政府は大震法の見直し、東海地震の予知情報(警戒宣言)を実質的に廃止、震源地で異常現象を観測すれば「臨時情報」を発表する方式に変更したが、大震法は残る
l 訴訟回避のための見直し
大震法見直しの背景は、南海トラフ地震を予知できなかった場合、政府の不作為の責任を回避するためで、結論ありきの検討会。大震法を残すことで、地震ムラ構造は温存
第7章
地震学と社会の正しいあり方は
l 油断を誘発する確率
30年以内の発生確率を公表する必要性はどれほどあるのか
数十年から数百年ごとに起きるとされる海溝型地震と、数千年、数万年単位で起きる内陸の活断層型の地震を、「30年」という短い間隔に当てはめて予測する矛盾。30年というのは人が人生設計をするうえで「ちょうどいい長さ」というだけで、地震学的な意味はない
2016年の熊本地震の震源となった活断層の長期評価はほぼ0~0.9%で、この数値を地震本部は「やや高い」活断層と説明するが、受け取る側に切迫感はない。伝える側の問題では?
l 低確率の悪影響裏付ける研究も
地震発生確率が降水確率的な感覚で捉えられている
備えの必要性は「確率x被害の大きさ」で導き出せるが、地震の場合は確率の発表が逆効果で、伝えるべきはそれぞれの地でどんな危険性があるかどうか
l 政策と切り離せない地震学
確率を発表することに疑義を感じている学者は多い。確率は多くの専門家の判断が入った主観的なもので、専門家でも良く理解できていない
地震学は、純粋な科学ではないにもかかわらず、膨大な研究費の恩恵に浴したという学者たちの後ろめたさが、具体的な目に見える成果としての「確率の発表」になったと言える
l 「リセット」繰り返し、進展せず
日本で本格的な地震研究が始まったのは、日本地震学会が設立された1880年
140年もの間、大きな成果もないまま、国家プロジェクトとして続けられたのは、大地震発生の都度、予知や予測への関心が盛り上がり、地震研究に関する制度的枠組みが作られるが、成果がないまま関心が冷める、その繰り返しで、「リセット」ばかりで前に進まない
l 学問の進歩阻む地震ムラ
こうした国策のための科学は社会的評価が優先され、科学者集団の自立性と自律性を前提に構築された科学進歩のモデルは通用しなくなる。国策のために「体制化した科学」では、プロジェクトの管理者である学者たちの間で仲間意識が生まれ、お互いの利益を尊重し合う文化(ムラ)が形成され、研究者同士の競争意識や批判精神は希薄になり進歩は止まる
l 「やり過ぎ」の南海トラフ地震被害想定
長期評価は文科省管轄の地震本部が公表し、被害想定は内閣府の中央防災会議が発表
2012年の南海トラフ地震の被害想定の見直しでは、「えせ科学」で頻発する「可能性は排除できない」を二重三重に考慮したため、架空の地震を前提としたものとなって批判噴出
l 首都直下想定に関東大震災ケースは含まず
中央防災会議が出した首都直下地震の被害想定に関東大震災のようなタイプの地震発生のケースの被害は想定されていないことはあまり知られていない。直下型地震は活断層による地震で、関東大震災は海溝型で、想定ベースでは海溝型の方が被害は大きいが、関東大震災級の海溝型の周期は200~400年とされ、まだ大丈夫と考えているため
l 自民躍進の国土強靭化計画と巨大地震
‘09年民主党政権の「コンクリートから人へ」に代わって、’12年には自民党政権となり、目玉政策の1つが国土強靭化計画。二階俊博が10年で200兆投入を謳って議員立法で提案し、'13年末基本法成立
l 予知・予測ができる「フリ」はやめるべき
防災のために科学的事実が曲げられている
南海トラフ地震の高確率を独り歩きさせてしまったのには、マスメディア側の問題もある
検証と批判は記者の本分
おわりに
首都直下地震は30年以内に70%の確率と言われるが、その根拠は、関東ではこの220年にM7クラスの地震が8回発生しているところから、単純に割り出した確率だが、地震本部の「相模トラフの沈み込みによるM7程度の地震」との発表に対し政府は首都直下地震と紹介。近隣データまで入れて無理やり高い数値を出したように見える
(書評)『南海トラフ地震の真実』 小沢慧一〈著〉
2023年10月7日 5時00分 朝日
■発生確率の「怪しさ」に向き合う
全国の地震、中でも被害が特に大きいとされる南海トラフ地震について政府が発表した「発生確率」は、科学的な根拠が薄い。研究費という甘い汁を吸っていた地震学者らは、怪しいと知りながら、そこに科学のお墨付きを与えていた――。学問の恥部を暴く、痛快で、やがて悲しいノンフィクションだ。
西日本の太平洋沖にある南海トラフでは、地震が30年以内に「70~80%」の確率で起きると、政府は予測している。著者の地道な取材によると、これはほかの地震より高く出る、特別な方法ではじいた数値だ。
この「えこひいき」がなければ20%程度。でも発生確率が下がれば地震対策費が減り、研究費も減る。政府の委員会メンバーだった研究者たちは、過去の防災対策とのつじつまを合わせたい役所の論理に抵抗しつつも、最後は受け入れたという。
話はまだ終わらない。著者は南海トラフだけでなく、政府が発表した全国各地の地震発生確率をまるごと疑う。阪神大震災や新潟県中越地震など、過去に大きな地震が起きたのは、「リスクが低い」とされていた地域ばかり。そんな予測はそもそも当てにならないのでは、と。
白状しないといけない。ワクワクしながら読みつつ、同時につらかった。地震学者たちへの批判は、そのまま私にも突き刺さるからだ。
私は著者と同じ新聞記者で、地震の取材経験もある。南海トラフの根拠はともかく、政府の地震予測は科学的に眉つばだと思っていた。地震研究を取材した記者に、あの予測を怪しんでいた人は少なくないはずだ。
なのにそれを受け入れ、記事にしていた。多少怪しくても、数字を示して備えを呼びかけるのは悪くないし、政府の公式発表を無視するわけにもいかない。そうやって、自分を納得させていたと思う。
著者は言う。特定の地域が危ないと宣伝すれば、ほかの地域に「安全神話」が生まれ、住民や自治体を油断させてしまう、と。おっしゃる通り。疑問を感じていたのだから、取材で突き詰めておくべきだった。
ある人は著者に、「体制が動き出すと研究者も駒でしかなくなる」と打ち明けている。国策と一体化した科学は、ときに科学を忘れる。これは地震学に限らない教訓だろう。
研究者や記者ではない人も、本書を楽しめるはずだ。著者は予測の根拠となった古文書を探して高知県室戸市を訪ね、拾い集めたヒントから、データのいかがわしさに気づいていく。自分の力で事実を見つけることの面白さが、ビシビシ伝わる。
評・小宮山亮磨(本社デジタル企画報道部記者)
*
『南海トラフ地震の真実』 小沢慧一〈著〉 東京新聞 1650円
*
おざわ・けいいち 85年生まれ。11年に中日新聞(東京新聞)入社。20年に連載「南海トラフ 80%の内幕」で科学ジャーナリスト賞。
東京新聞
【第71回菊池寛賞! 続々重版!】南海トラフ地震の真実
小沢慧一 著
南海トラフの発生確率は70~80%…数字を決めたのは科学ではなかった!
「南海トラフは発生確率の高さでえこひいきされている」
ある学者の告発を受け、その確率が特別な計算式で水増しされていると知った記者。
非公開の議事録に隠されたやりとりを明らかにし、計算の根拠となる江戸時代の古文書を調査するうちに浮かんだ高い数値の裏にある「真実」。予算獲得のために、ないがしろにされる科学――。
地震学と行政・防災のいびつな関係を暴く渾身の調査報道。
「南海トラフ地震の真実」講師:小沢慧一(社会部記者)
〈内容〉 「南海トラフ地震は発生確率の高さでえこひいきされている」。ある地震学者の「告発」を受け、記者は政府が「30年以内に70~80%」と発表している南海トラフ地震の発生確率は特別な計算式を使って「水増し」された数値で、全国基準の計算式で算出すると20%程度に落ちることを知る。政府の各種委員会の議事録を情報公開請求して調べると、特別な計算式は地震学者たちが「問題がある」としたものの、防災予算獲得などを狙う行政・防災側の意見に押し切られ、最終的にお墨付きを与えてしまっていたことが判明。さらに特別な計算式の根拠とされていた江戸時代の古文書などを調べると、70~80%の確率を決定的に揺るがす大きな矛盾も明らかになった。問題の背景を調べていくと、そこには1970年代に提唱された東海地震説以降、莫大な研究費を得てきた研究者らがつくる「地震学ムラ」と地震関連の予算を獲得してきた行政とのいびつな関係が浮かんだ…。第71回(2023年)菊池寛賞を受賞した一連の報道の裏側や、地震学や行政・防災が抱える問題を詳しく解説する。
東洋経済
南海トラフ地震「臨時情報」のお粗末な科学的根拠責任が及ばないよう対策は自治体や企業に丸投げ
小沢 慧一 : 東京新聞社会部記者
2025/01/09
15:00
初めて南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表された2024年8月は南海トラフ地震への注目が再び高まった
官製情報、学会の公表値などが常に事実であるとは限らない。地震予知をめぐる政府、自治体、学会の内幕を、綿密な調査報道によって喝破した『南海トラフ地震の真実』の著者である小沢慧一氏に、地震予知・防災報道が留意すべき点、あるべき姿勢を示してもらった。
宮崎県を襲った震度6弱の地震を受け、初めて南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)が発表された2024年8月は南海トラフ地震への注目が再び高まった。南海トラフ地震には国をあげて備え、将来の被害を少しでも軽減する努力が必要だ。一方で、巨大地震対策という大規模政策の裏には政治的思惑も潜む。マスメディアとして監視する姿勢を忘れてはいけない。
「水増しされた」発生確率
『GALAC』2025年2月号の特集は「阪神30年、能登1年 災害報道アップデート」。本記事は同特集からの転載です
「南海トラフ地震の確率はえこひいきされ、水増しされている」──。防災担当だった私は、名古屋大学の鷺谷威教授(地殻変動学)から南海トラフ地震の「30年以内に70~80%」という発生確率は水増しされているという「タレコミ」を受けた。「どういうこと?」と私は驚き、当時の議事録や関係者に当たった。
調べてみると、南海トラフ地震だけ全国各地の地震発生確率を算出する計算式(単純平均モデル)とは違う特別な計算式(時間予測モデル)を使っていることがわかった。
全国基準の計算式を使うと20%程度だが、時間予測モデルでは70~80%と高い確率が出る。時間予測モデルがより正確な確率を出せる計算式ならば問題ない。
だが議事録を読むと、確率の検討をする文部科学省の地震調査研究推進本部(以下、推本)の地震学者の委員たちから「科学的に問題がある」との指摘があり、採用を取りやめる方針までまとめていたことがわかった。
だがそれは確率を下げることを意味するため、特別に防災・行政の担当者を交えた会議が開かれた。防災・行政側は「税金を優先的に投入して対策を取る必要はないと思われる(思われてしまう)」「何かを動かすときはまずお金を取らないと動かない。こんなことを言われると根底から覆る」と猛反対。
採用されたのは「科学的問題がある」時間予測モデル
地震学者側からは「(低い確率を)隠してはいけない」との意見もあったが押し切られ、地震学者たちが「科学的問題がある」と訴えた時間予測モデルだけを使った確率が採用された。
議事録を調べた後、私は京都大学の橋本学名誉教授らと室津港(高知県室戸市)の水深を約300年前から記録したとされている古文書も調査した。実はこの水深のデータが、時間予測モデルによる確率の唯一の根拠だった。だが、解読を進めると、驚くべきことに水深記録は、測った日時や場所、測量方法など重大な記録が欠けていたことがわかった。
それだけではない。室津港は地震で隆起するたびに船が座礁しないよう、隆起した分、海底を掘り下げたり、浚渫したりといった工事を繰り返していたこともわかった。古文書の記録が隆起の記録でなければ、「70~80%」の根拠は根底から揺らぐのだ。
こうした南海トラフの「えこひいき」は、推本が発表している「全国地震動予測地図」に不公平を生んでいる。予測地図は確率を色別にして落とし込んだ日本地図で南海トラフ沿いばかり色が濃くなっているのがわかる。
だが予測地図の上に、1979年以降10人以上の死者を出した地震の震源地を落とし込むと、熊本地震(0~0.9%)、北海道胆振東部地震(ほぼ0%)、能登半島地震(1~3%)など、確率の低い地域ばかりで地震が起きていることがわかる。ハザードマップとしてはまったく役立っていないと言わざるを得ないだろう。
これが各地で逆に油断を生んでいる。地震保険の加入率を調べると、愛知県、徳島県、高知県など南海トラフの想定地域で高い加入率となっているが、能登半島地震の震源地となった石川県の加入率は全国平均以下だった。
熊本、北海道、石川県などは低確率だったことから地震発生前、「災害が少ない県」などと安全性をアピールし、企業誘致活動を行っていた。発生確率を公表することが低確率地域にとっては「安心情報」になっている実態があるのだ。
地震学として地震予測の研究は進めるべきだろう。しかし問題は、研究がまだ未成熟な状態で社会実装してしまっていることだ。なぜそこまで地震予測にこだわるのか。そこには地震学者・行政・防災が40年にもわたり、できる「フリ」を続けた地震予知の呪縛がある。
国家プロジェクトとなった地震予知
「駿河湾を震源としたマグニチュード8クラスの巨大地震がいつ起きても不思議ではない」──。1976年に唱えられた東海地震説をきっかけに、1978年に地震予知を前提とした大規模地震特別措置法(以下、大震法)が制定された。予知とは地震が発生する時間と場所をピンポイントで言い当てる技術だ。
大震法は観測網を張りめぐらせ東海地震の前兆現象を捉えると、総理大臣が「警戒宣言」を出し、新幹線を止めたり、学校や百貨店などを閉じたりして地震に備えるというもので、今思うとSFのような仕組みが作られた。
これにより地震予知は国家プロジェクトとなり、関係省庁、東海地震が懸念される自治体に多額の予算が下りた。地震研究も地震予知と言えば研究費が下りたといい、「打ち出の小槌のようだった」という。ここに「地震ムラ」が誕生した。
しかし、1995年の阪神・淡路大震災で予知が不可能なことが明るみに出た。東海地震にばかり注目が集まるあまり、兵庫県に大きな活断層があることが知られることはなく、「関西では地震が起きない」との油断が生まれ、被害を拡大させた。予知に対する批判が殺到し、当時の地震予知推進本部は看板を掛け替え、現在の推本が生まれた。
推本の設立には活断層の存在が伝わっていないことへの反省も含まれている。そこで生まれたのが活断層や海溝型の地震の発生確率を一覧にした予測地図だった。しかし、危険な場所を国民に伝えるという趣旨からすれば、確率で色分けまでするというのは飛躍があるのではないか。この疑問に、政府の委員を務める地震学者はこう答える。
「予知はできないのでそれに準ずるものとして確率を出した。地震学者にとって予知は夢。私も科学者として挑戦したい気持ちは正直ある」
活断層の場所や揺れやすい地域を示すことは簡単だ。だがそれでは地震学者が集まって作る意味がない、つまり「物足りない」という思いもあるようだ。だが予測が防災に役立っていない現実を前に、同じ学者はこうも考える。
「確率を出す必要はないと思う。この断層が動いたらこういう被害が出るなどを伝えることのほうが重要だろう」
また、予測という形で地震学の成果を社会に還元できなければ今のような研究予算の確保が難しくなるかもしれない。別の学者はこう話す。
「地震学の存在意義が失われ、観測網も必要ないという流れになるのは、怖い」
予知の流れを汲む「臨時情報」
南海トラフ地震臨時情報(以下、臨時情報)も、地震予知と無関係ではない。阪神・淡路大震災での予知失敗後も大震法は残り、東日本大震災後の2013年、政府はようやく「地震予知は困難」と認めた。
2016年からは大震法の見直し検討が開始されたが、当時新聞の社説などでは、予知ができないにもかかわらず、予知を前提とする矛盾が40年も続いていたことから、廃止を求める主張が目立った。だが結局、大震法は廃止されず、警戒宣言の代わりに臨時情報が生まれた。
なぜか。『日本の地震予知研究130年史』の著者で科学ジャーナリストの泊次郎氏はこう見る。「大震法は各省庁の予算と人員の確保や有力な地震学者が研究予算の配分に影響力を持つうえで役立ってきた。同様の仕組みを残すことで継続して影響力を持てる」。
また、政府から臨時情報について検討する委員会の座長就任を要請されるも辞退した関西大学の河田恵昭特別任命教授(防災・減災学)は、大震法見直しの目的を「訴訟回避のためだった」と話す。
「南海トラフでは確実に行政の手が回らない。だが、大震法の枠組みでは予知が可能なことになっている。南海トラフ地震が予知なく発生し、対応が後手に回ったら、予知を怠った政府の不作為が問われる可能性があった」
だが、政府は臨時情報を作り、大震法を残す方針を示した。「予知体制を維持するために科学的根拠もない臨時情報を出すべきではない」と座長を辞退した河田氏は、大震法を残した理由についてはこうみる。
「大震法廃止となれば今の担当局長や参事官が矢面に立たされる。彼らは2年も経てば異動なので、それまで耐えればよかったのだろう」
臨時情報は必要性に迫られてというより、さまざまな思惑が絡み合い誕生した側面もある。制度として甘い点は多い。
まずはお粗末な科学的根拠だ。巨大地震注意の科学的根拠は、1904~2014年に実際に発生した世界の地震データだ。マグニチュード7の地震後、7日以内にM8以上の地震が起きた例は1437回中6回(約0.5%)だった。これだけだ。
しかも、これらの事例は南海トラフのような海溝型だけでなく、内陸での地震などさまざまメカニズムの地震を含んでいる。近代的な観測がされているデータも1970年代以降のものだけだ。前出の名古屋大・鷺谷教授は「この統計は南海トラフ特有の現象ではなく、大きな地震が起きやすいという、もともとあった地震学の常識を表しているに過ぎない」と語る。
ほかにも、対策やコストを自治体や企業、個人に丸投げしているため、自治体や事業者は対応に悩まされた。ビーチを閉鎖した和歌山県の白浜町では5億円の損害となり、JRでも一部運休や減速運転をした。ホテルや旅館もキャンセルが相次ぎ、花火大会も中止に。さらに水や米の買い占めも起きた。
臨時情報が、想定震源域で一定規模の地震が発生したらほぼ自動的に情報が発表されるのも、発表から1週間で専門家の検討なしに自動的に臨時情報が終了する仕組みになっているのも、自治体や企業などに経済活動の停止や継続に関して具体的な対応策を示さないのも、「国の判断通りにしたら被害を受けた」と、責任が及ばないような仕組みと言える。
監視の姿勢を忘れてはならない
とはいえ、動き出した以上、より役立つ制度にはどんな改善が必要かを検討すべきで、今回の事例は貴重な検証材料だ。
「政府のメッセージの出し方があいまいすぎて、一番国民にしてほしかった防災の確認に繋がらず、効果が低かった」と振り返るのは、東京大学大学院総合防災情報研究センター⾧の関谷直也教授だ。
関谷教授は市民アンケートから臨時情報の効果を調査。すると「地震が起きると思った」人は7割以上と、多くの人が過剰に(政府統計では0.5%なので)地震発生を信じたことになる。
問題なのは、それにもかかわらず「日頃の備えの確認」をした人がきわめて少ないことだ。家具の転倒防止や、避難場所や避難経路の確認、家族との連絡方法の確認をした人はいずれも1割以下だった。
こうした状況に関谷教授は「最低限行ってほしい対策をもっと強調して呼びかけるべきだった」と話す。地震発生直後に早急に行える対策は限られている。科学的根拠については伝えるべきだが、やたらと「社会経済活動の継続を」と呼びかけて保険をかけるのではなく、すぐにできる最低限の対策の呼びかけに絞るべきだと指摘する。
「避難場所、避難経路、家族との連絡方法の再確認。それを繰り返し強く訴えたほうが効果は上がるだろう」
また、経済的損失からも目を逸らしてはいけない。政府は検証のため臨時情報の影響を受けた自治体や企業にアンケートを実施しているが、経済的影響について調査をしなかった。
不確実な情報にどこまで対策するべきか
座長の福和伸夫名古屋大学名誉教授は、その理由を「今回はまだ情報が周知されておらず、認知が進んだ次回の反応を見ないと経済損失の議論は難しい」と語る。
迷惑をかけたというネガティブ情報は出したくないのだろう。だが不確実な情報なだけにどこまで対策するべきか、非常に難しい制度だ。今後の改善のためにも経済的損失の把握は不可欠だろう。
なぜこれだけ南海トラフ地震に注目が集まるのか。1つには、政府が事前対策をするのは大規模地震防災・減災対策大綱で南海トラフ地震、首都直下地震、日本海溝・千島海溝周辺海溝型地震、中部圏・近畿圏直下地震の4つと決まっているからだ。
逆に、その4つ以外の事前対策は地方自治の範疇だ。かつて政府幹部と雑談で「地方は財政力がないし専門家も少ないのだから、4つの地震以外も国が想定を作れば的確な対策が取れるのでは」と話した際、幹部が「そこまで面倒はみられない」と突き放すように言ったことが印象に残っている。だが、4地震以外にも日本中に地震リスクがあり、実際に大きな被害が出ている。この現実に目を向けなければならない。
防災行政に対し、他のテーマと同様に批判の目を向け、監視することも忘れてはいけない。「命を守る」という大義の前に批判はしにくいものの、われわれの生活や命に直結しうる重大で、強力な権力だ。
特に日本の防災行政は縦割り行政でまとめ役がいないこともあってか、独り歩きしやすい。国策に絡む科学や利権にかかわる政治判断には特にきな臭さが漂う。疑問を感じたら調べ、問題があれば批判をする報道機関の大原則を、曲げてはいけない。
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