DTOPIA 安堂ホセ 2025.2.22.
2025.2.22. DTOPIA(デートピア)
著者 安堂(あんどう)ホセ 1994年東京都生。2022年『ジャクソンひとり』で第59回文藝賞を受賞しデビュー。2作目の『迷彩色の男』も含め、3作続けて芥川賞の候補になっていた。
発行日 『文藝』2024年秋季号
発行所 河出書房新社
どこかの金持が美男美女を招集して、南の島で恋愛ゲーム『DTOPIA(デートピア)』2024シリーズは、タヒチの北、フランス領ポリネシアのボラ・ボラ島で開催
世界の各地から選ばれた10人の男が、1人のミスユニバースを取り合う
そこへ15人の女が連れてこられ、その中にMr東京の幼馴染みのモモもいた。モモは12歳で1歳上のMr東京に睾丸をカッターナイフで切除してもらう。それ以来Mr東京は睾丸切除で名を馳せ、臓器売買のように裏で売って金をもらうようになる
第172回令和6年下期芥川賞
選評
l 松浦寿輝 心理小説と寓話小説
安堂ホセ「DТОPIA」については、いつもながら惜しいなあと思う。軽いフットワークで繰り出されてゆく言葉の軽快な疾走感には紛れもない小説家の才能が感知されるし、人工水晶のなかに封じ込められた冷凍睾丸のイメージなど、魅力的な細部も少なからずある。しかし文章表現もプロットの組み立ても粗雑に過ぎる。安堂氏はいったん立ち止まり、考えに考え抜いて書くということを一度はやってみたらどうか。そうするとこの疾走感は失われてしまうのか。
l 島田雅彦 それぞれの言語モデル
『DTOPIA』はエピソードとテーマを花火の乱れ撃ちさながらに繰り出してくる。その過剰さで読者を煽る。恋愛リアリティショーの件はキャラクターの戯画化が小気味よく、特にかぐや姫役の女のイカれ具合が素晴らしい。人称や焦点人物はめまぐるしく入れ替わり、エピソードも強引に連結されてゆくが、そのポリフォニックな構成の割に、登場人物のキャラやプロットがやや粗雑になっているのは惜しい。しかし、物語の枠を逸脱してゆくキャラクターの躍動、予定調和を一段落ごとに裏切る統合失調的展開こそが安堂ホセ・ワールドの魅力であるから、今後もはちゃめちゃぶっちぎり路線を邁進せよ。
l 小川洋子 遺跡に埋もれる小説
『DTOPIA』は他の候補作をなぎ倒すエネルギーにあふれていた。社会になじむための自分と、本来の自分を両立させるのに、なぜこれほどの苦痛に耐えなければならないのか。その理不尽さに対抗するため、モモは睾丸を切り捨て、キースは残骸となった睾丸を保存する。気づくと、血のにおいの中で溺れていた。気休めの感傷など寄せつけない、冷ややかな血の滴りを浴びるような体験だった。安堂さんにしか作り出せない小説世界がある、と確信できた。
l 奥泉光 選評
選ぶならこの2作と思ったが、両作とも手放しで、というわけではなかった。
「DTOPIA」は、テニスで云えば、相手のミスを待たず、ストロークを振り切り積極果敢にネットに出るスタイルに好感が持てた。恋愛リアリティショーを描く部分で、実際に起こった出来事、編集された物語、視聴者それぞれが創り出す物語の重なり合いがスリリングに描かれるのに感心し、刺激を受けた。主人公の父親の造形なども面白い。しかし全体にはまとまりを欠いて、雑駁さも目立ち、受賞作とするのを躊躇わせるものがあったが、熱気とエネルギーに押された。
l 山田詠美 「選評」
『DTOPIA』。どこかの記事だか広告だかに、〈安堂ホセの最高傑作!〉と、あった。えー? でも、まだ三作目なのに最高と言ってしまったら、もう後がないみたい。適当だなー。この作者は、これからもどんどん書けるだろうし、まだまだ傑作を積み重ねて、最高を目指して行く筈。新しく出現した作家を紋切り型で評するのなんて、キャッチーでも何でもない。もっと芸のある惹句で世に知らしめてあげてください。この作品、圧倒的な熱量を評価する声があったが、私は、読むそばから古びる言葉を惜しげもなく書いては捨てて熱を冷ましながら進むところが良いと思った。惜しむらくは、詰め込み過ぎなところ。一度、すべてを分解して、短編をものしたら、さぞかしタイトで読み手の体内にヒットするものが出来上がるだろう。最高という言葉は、その時まで取って置きたい。
l 吉田修一 選評
なし
l 平野啓一郎 抜きん出ていた2作
『DTOPIA』は、リアリティと荒唐無稽さとが入り乱れる複層的な物語を通じて、インターセクショナリティを巡る差別と批評のクリシェに肉感的な内実を与え、社会の痛覚を刺激しながらその受け止めを迫っている。国家権力の暴力性の去勢を試みつつ、自らの暴力性の消尽を図るキースの冒険は、ベンヤミン風に言うならば、法を措定し、維持する「神話的暴力」と法を破壊する「神的暴力」との相克であり、且つ、「神的暴力」の暴力性への批評となっているが、対して、主人公モモの物語が平穏に着地しすぎている点は気になった。しかし、まさに今日描かれるべき主題を、誰も思いつかない物語へと過剰に展開してみせる作者の力量には圧倒された。前途が楽しみな二人の作家の受賞
l 川上弘美 情熱と過剰さ
「DTOPIA」の、指摘しようと思えばいくらでも「偏っている」と言えるのに、それらの文句を全部おさえこんでこの小説を応援したくなる、作者の骨惜しみしなさ加減に、わたしは胸を打たれました。作者が書きたいこととわたし自身の興味がぴったりと一致しているわけではないけれど、でも、この作者が書きたいことは尊重したい。たとえ自分とまったく相いれないものであっても。と思わせてくれる小説で、一番に推しました
l 川上未映子 前途に
『DTOPIA』安堂ホセ氏。語り手の「私」が、過去の自分である「モモ」の体験について語る言葉を得る現在までの意識の変化が描かれないので、「私」と作者自身の認識に見分けのつかない箇所もあるが、マイノリティへの偏見や、主体性や多様性をめぐる問題と議論とを網羅しかつ多層的に構成しようとする野心、それを支えるこの作者特有の鮮やかな熱量を評価した
芥川賞に決まった安堂ホセさん「物騒な小説ですみません」
2025年1月15日 22時30分 朝日新聞
「DTOPIA(デートピア)」(文芸秋号)で第172回芥川賞に決まった安堂ホセさん(30)が15日、会見で喜びを語った。一問一答は次の通り。
――受賞が決まって一言を。
うれしいです。
――講評で「最も過剰な作品の一つでテーマがてんこもりだ」と評された。
1個のテーマで小説の完成度をあげる方法が純文学ではよくあるんですけど、それはもうよくない?みたいな気持ちがあって。完成度は無視して書きたいと思いました。
――今作は過去の作品よりも時間や空間、テーマに広がりがあった。小説の可能性がどう広まったと思うか?
リアルタイムで起こったことを小説に入れてみるかたちを初めてとった。意外と何を入れても小説は壊れないなと思って。自分のなかでの可能性は広がりました。
――デビュー作から3作続けてノミネートされました。
日本文学振興会という団体が小説を盛り上げるためにやっていらっしゃると思うんですけど、自分の小説がもしその役に立てるならうれしいです。
――講評では「ピストルを乱射しているみたいだ」と表現されたが、それについて思うことは。
物騒な小説ですみません。
――結果が出るのをどのように待っていたか?
皇居前の広場で待っていました。その後、タリーズで待っていて、バーに移ったところで知らせがきた。ひとりでいました。最初の頃は編集者と待っていたんですけど、だんだん申し訳なくなってきて。結果が出たら集合というかたちになりました。
――デビューの頃から一貫してマイノリティーの人物を書く理由や思いをあらためて。
マイノリティーを書こうというより、小説で誰を出すかを決めるなかで、自分にとって近いものとか、テーマにとって近いものを選んできました。それは1作目からそうな気がします。
――映画制作の経験があるということですが、小説と映像の関係についての考えは?
むしろ、小説を書いている時は映像について考えていないかもしれない。媒体がどうかより、いま自分ができる表現とか、与えてもらっている器とかをめいっぱい使いたいと思っている。
――これまで性的マイノリティーの主人公と親との関係については描かれていなかったが、今回父親について書いた理由は?
いままではあえて避けていて、初めて挑戦した。作品のなかの要請で、今回は書かざるを得ないと思った。これからも挑戦したいと思います。
――笑ってしまうような設定の序盤から、中盤以降は暴力的だったり疾走感もあったり。この構成にした狙いは?
1個のテーマを目指して完成度を上げて作りましたというのに飽きちゃっていた時期で、どうにかそれを打開したくて。小説が壊れるぐらいのことを期待していたんです。さすがにどこかで落としどころを作っていくんですけど、壊そうと思っただけあって、いままでよりも小説の世界が広がったと思います。
選考委員の講評から 第172回芥川賞・直木賞
2025年1月22日 朝日新聞
15日に決まった第172回芥川賞・直木賞の受賞作は、どのように評価されたのか。選考委員の講評から振り返る。
芥川賞は安堂ホセさんの「DTOPIA(デートピア)」(河出書房新社)と鈴木結生(ゆうい)さんの「ゲーテはすべてを言った」(朝日新聞出版)に決まった。1回目の投票で鈴木さんが票を集めたが、候補5作品について議論を重ねた末の再投票で安堂さんが拮抗(きっこう)、2作受賞となった。5回目の候補入りだった乗代雄介さんの「二十四五」(講談社)は次点だった。
選考委員を代表して島田雅彦さんは「5作のなかで最も過剰な2作。過剰さの質は異なっているが、勢いのある2人の受賞となった」と語った。
「DTOPIA」については「テーマてんこもりの過剰さが目立った。カラードやセクシュアルマイノリティーへの差別や偏見という過去作品に通底するテーマが、逐一のエピソードにしっかり落とし込まれている」と島田さん。
「ゲーテはすべてを言った」は、「ゲーテのペダントリーをここまで過剰にたたみかけるのはたいしたもの。3世代にわたる文学研究者の話が中心で、読み進めると極めてエンターテインメントとして完成度が高い」と評された。
直木賞は伊与原新さんの「藍を継ぐ海」(新潮社)に。選考委員の角田光代さんによると、最初の投票から「ダントツに高得点」だった。次点の荻堂顕さんの「飽くなき地景」(KADOKAWA)、月村了衛さんの「虚の伽藍(がらん)」(新潮社)の受賞も検討されたが、そのまま1作受賞になった。
「藍を継ぐ海」は科学的なトピックを題材に、日本各地の田舎町を舞台にした短編集。
角田さんは「歴史や科学といった、人知の及ばない非常に大きなものを書きながら、人間の小ささを対峙(たいじ)させるのではなく、私たちが持つ小さな悩みを自然と同じくらい大きなものとしてとらえて共存させた姿勢がすばらしい」と述べた。(野波健祐)
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