オーケストラ 知りたかったことのすべて  Christian Merlin  2021.3.13.

 

2021.3.13.  オーケストラ 知りたかったことのすべて

AU CŒUR DE L’ORCHESTRE  2012

 

著者 Christian Merlin 1964年生まれ。ドイツ語の教授資格者。文学博士。リール第3大学音楽学助教授。2000年から『フィガロ』紙の音楽批評家。

 

訳者 

藤本優子 1964年東京都生まれ。翻訳家。桐朋女子高校音楽科卒後に渡仏。マルセイユ音楽院、パリ国立高等音楽院ピアノ科卒

山田浩之 1966年兵庫県生まれ。学習院大文学部フランス文学科卒

 

発行日           2020.2.17. 第1刷発行

発行所           みすず書房

 

有機的存在としてのオーケストラ一般というトピックは、これまで書ける人がいなかった。他に全く類のないこの人間組織の核心に迫る画期的かつ最高に楽しい本をここに刊行する

基本的問題からちょっと気になる小事まで、世界のオーケストラや楽団員や指揮者のあらゆる情報を満載。この600頁に及ぶ「事典的エッセイ」に、ファンは満喫できること間違いないだろう

例えば以下のような話題――楽団員はなぜその道を選んだのか、ソロ演奏家の挫折組なのか/オーケストラはどのように運営され、組織図や人間関係はどうなっているか/演奏中ほぼ弾き続けているヴァイオリン奏者と演奏機会の少ないハープなどの楽器の演奏者の給料は同じなのか/定年までに450回も同じ曲を演奏するというのはどんな経験か/ヴィオラ奏者の思い/ティンパニの役割は/オーケストラの配置はどのようにして決まるのか/ウィーン・フィルに女性が少ないのは/オーケストラによる響きの違い、にじみ出る国柄の原因は/なぜ指揮者が変わるとオーケストラの音も変わるのか・・・・

巻末には「主要オーケストラ略歴」「世界の主要400オーケストラ、国別一覧」ほか、膨大な人名索引・楽団名索引付き

「オーケストラを支え、発展させることは、人類の幸福のためにも必要なことである。音楽とは民族間のコミュニケーションを促し、相互理解を深める存在なのだ」(序文 リッカルド・ムーティ)

 

 

序文 リッカルド・ムーティ

古代ギリシャで用いられたオーケストラという言葉は、舞台と客席の間にあるダンスとコーラスのための空間を意味

今日、オーケストラは多種多様な楽器と不定数の演奏者の集合体となり、複雑な音の世界を生み出すようになるが、その複雑さゆえに「リズムと表現」の案内人を必要とするようになり、それがオーケストラの指揮者

指揮者とオーケストラの人間的、芸術的な絆は、導くものと従属して実行する協力者たちとを結びつける極めて神秘的な現象といえる。指揮者が目指すのは、ハーモニーとバランスを両立させた総合成果

音楽的な方向性が混在するアンサンブルに調和をもたらすには、各パート間のバランスを尊重する必要がある。楽団員の11人が他者の自由を尊重することで、調和そのものである善の極致が構築される

オーケストラには民族の性格としての精神が反映されるので、同じ曲もオーケストラごとに、また指揮者ごとに異なった響きとなる

数世紀にわたって鍛え上げられ、オーケストラは文明化された世界に対する偉業の1つになった。このオーケストラを支え、発展させることは、人類の幸福のためにも必要なことである。音楽とは民族間のコミュニケーションを促し、相互理解を深める存在なのだ

 

 

はじめに

昔からオーケストラに魅せられてきたのは、人間と音楽からなるこの奇妙な共同体に独特の機能があることに気付き、その謎に惹きつけられたから

常に根底にあるのは、この職業とプロ集団への愛の告白であり、称賛の念は尽きることがない

 

第1部        オーケストラの奏者たち

1.    れっきとした職業

ベルリン・フィルのヴァイオリン奏者町田琴和は、このオーケストラに属していることを何よりの誇りとしている。楽団員という職業を選ぶのは自分の天職だと思ってのことか、それとも他に選択肢がないからだろうか。安定した生活のためにオーケストラを選ぶこともある。それは職業としてのソリストが運に左右されやすく、家族を養うのも容易ではないということでもある。ソロ活動で常にプレッシャーに晒されることが耐えられそうにないのでこの道を選ぶものもいる

ソリストを目指したものにとって、オーケストラに入ることは挫折のようにとらえてしまうこともあるが、国によっても考え方が異なる。ドイツやアメリカではオーケストラ文化がしっかりと根付いており、著名なオーケストラの一員となることは名誉であり、音楽を学ぶものにとっては十分な目的となる

一方で、ラテン系の国では、パリ国立高等音楽院はながらくソリストの養成機関とされ、オーケストラへの道は軽視されていたが、現在では出来の悪いソリストよりも質の高いオーケストラの楽団員の養成を最優先にするよう教授たちを説得している

楽器によっては、コントラバスやファゴットなどのように、オーケストラ以外には就職口がない

ラテン系と違って、ドイツ語圏やアングロ・サクソン系の国の方が集団的な文化を得意としていることもある。フランスのオーケストラに比べると、ドイツやイギリスのオーケストラでは個々の楽団員の才能は特段に輝かしいものとは言えず、特に管楽器でその傾向がみられるものの、結束は遥かに強い。ベルリン・フィルがカラヤンの希望に反してマイヤーの入団を拒否したのも、クラリネット・パートの音の均質性の維持が理由だった

197080年代のパリ国立歌劇場管弦楽団のトランペット・パートのように、驚異的なレベルの高さを誇っていて、全員がスタイルを異にしており、統一性を持たせようという努力を一切しなかった事例もある

ウィーン・フィルは、全員がウィーンで学び、師事した教授もかつてはウィーン・フィルの楽団員。音とスタイルを統一するのにこれほど適した環境はない

弟子が師と同格になることも珍しくはない

集団的記憶という奇妙な現象がみられる。指揮者にとっても不思議なものらしい。オーケストラにはそれぞれアイデンティティがある。シカゴ響やフィラデルフィア管は19世紀末にドイツ語圏出身の楽団員を大量に採用し、ボストン響は第1次大戦後に無数のフランス人を、特に管楽器奏者として迎え入れた。現在の楽団員の大半はアメリカ生まれ化、様々な国から移住して来た者たちだが、ボストンであればフランスらしい明瞭さを育み続け、シカゴではドイツらしい力強さを追求し続けている

ロンドン響はよく現代的で「アメリカ的」なオーケストラとされるが、プレヴィンやアバドなどの指揮者によって国際的な音色が育まれたからだし、逆にショルティやハイティンクの痕跡を強く留めるロンドン・フィルはロマン派的でありドイツ的といえる

伝統とは進化する生き物。ながらく「ベルリンの音」と呼ばれてきたものも「カラヤンの音」に過ぎず、アバドに代わるとより透明感、流動感のある音色へと変化させたし、ラトルはまた更なる変化を求めている

とはいえ、変わらないものがあるのも事実。ベルリン・フィルは今なお重厚なコントラバスのパートを特色とし、チェリビダッケをしてベルリン・フィルのコンサートは「コントラバス協奏曲のようだ」と言わしめた

ウィーン・フィルでは、音楽のスタイルは世界遺産のように保護し、永遠に受け継いでいる

シュターツカペレ・ドレスデンに入ったホルン奏者は、1822年にウェーバーの《魔弾の射手」を作曲家自身の指揮で演奏したホルン奏者の後継者になったことを自覚するはずだし、ゲヴァントハウスに入ったヴァイオリン奏者は、メンデルスゾーンの指揮で交響曲《イタリア》《スコットランド》を180年前に演奏した人物が自分のパートにいた事実を思い知らされる。バイエルン国立管弦楽団で《トリスタンとイゾルデ》を演奏するオーボエ奏者であれば、1865年にワーグナーの傑作の初演を担ったオーケストラに自分が属していることを肝に銘じるはず

世代を超えて受け継がれる資産とは別に、オーケストラの集団的な無意識というものが存在し、複数の指揮者を超えて生き延びていくことがある。指揮者が代わってもオーケストラは残る

この集団的記憶を維持するには、オーケストラの年齢層がピラミッド型になり、常に世代から世代へと受け継がれていく必要がある

若者は学ぶべき年長者の経験を蔑ろにし、年長者は新風を吹き込んでくれる若者を見下しがちだが、多くの場合、世代間の交流は豊かな実りをもたらしてくれるもの

オーケストラのレベルが時期によって上下するのも、人材の流動性がもたらす現象の1つで、同様の変化がコンサートごとに起きることもある

オーケストラの楽団員が最初に経験するのは、指揮者の指揮棒に従うこと

楽団員が引退する時には、何らかの形でその栄誉が称えられる。フランス国立管弦楽団ではコンサートの終わりの拍手喝采の時間に、引退する楽団員に指揮者から花束が贈呈され、引退する演奏者が謝辞を述べることもある

同じ曲を何百回と演奏した奏者であっても新鮮な気持ちを持ち続けられるかどうかは、指揮者次第。演奏者に仕事への愛着を抱かせることもまた指揮者に求められる能力

楽団員が自分の経歴を口にするとき、演奏した作品やコンサートよりも先に指揮者の名前を挙げるもの。著名な指揮者と演奏すれば、ストレスも消える

カルロス・クライバーは、オーケストラに実力以上の力を発揮させる秘訣は、「片隅でうんざりした表情で不貞腐れている第12ヴァイオリン奏者に注目し、この仕事を選んだ時の気持ちを思い出させること」だと述懐

オーケストラは、人生や謙遜、感情の共有を学ぶ絶好の場でもある。楽譜に敬意を示すために個性の一部を捨てる、崇高な自己犠牲の精神を学ぶ

一般の楽団員が自由にローテーションを組めるようにしているのはパリ管の特色

大半のオーケストラではソリストが最前列にいるにいるのに対して、トゥッティスト(一般楽団員)

は定期的に配置が変わる。ウィーン・フィルの弦楽器だけは年功序列。ベルリン・フィルではベテランが奥の席に着くこともあるが、それはパートの後列を活気づけるため

素晴らしいオーケストラに共通するのは、後段のパートの演奏が破綻せずに前段のパートと同じ勢いを保っていること。奥に行くほど、指揮者の動作や第1パートの弓の動きから遅れてしまう危険がつきまとう

個人の取り組み方で肝心なのは謙遜。全体の中で自分の位置を意識するという経験こそが必須であり、自分自身の栄光などを気に掛けるものではない。音楽的に最高といえる特別な楽器パートがあるなどと考えるのはやめるべき。コントラバス奏者にはヴァイオリン奏者への羨望などない

どのパートも筆頭に立つのは首席奏者を兼ねたソリスト。ソリストの担う責任は、①自分の楽器に割り当てられたソロを演奏するという音楽的な責任と、②音楽的な問題と規律上の問題を解決することでパート全体を統括するという序列的な責任

オーケストラ内のソリストたちの中で筆頭となるのが第1ヴァイオリン奏者であり、この奏者が指揮者の伝達役を務める。次席のティンパニ奏者はオーケストラの最重要人物であり、第2指揮者と見做されることもある

オーケストラのソリストは、ソロ活動を行う著名なソリストのような名声とは無縁だが、音楽マニアにはスター扱いされることもある

オーケストラの一員として個性を捨て去るには、謙虚さと自尊心との両者が必要。歯車としての謙虚さと、歯車がなければ何も動かないという自尊心。いなければいないで問題となるが、いなくても誰も気が付かない

オーケストラのレベルが高く名声がある場合には、他のオーケストラのソリストの地位をを捨ててでも、有名なオーケストラのトッティストになることもあるが、上昇志向や立派な肩書よりも、優れた演奏を実現するという喜びと刺激感が優先されるということ

弦楽器と管楽器ではメンタリティからして大きく異なる。管楽器には、一般の楽団員という意識が存在しない。奏者の11人に別なパートが割り当てられるという音楽的な特殊性から全員がソリストのようなものである一方、ヴァイオリンのトゥッティストは全員が完全に同じ楽譜を演奏する。管楽器奏者は弦楽器奏者に見下されているのではないかと思い込みがち。現にヴァイオリン奏者は練習を重ねて難度が高く練達を要する楽器を自在に操るに至り、誰もが無意識のうちに高尚さを漂わせながら、威光に満ちたレパートリーをこなしていく。上流階級出身者が多いこともある。だが、弦楽器奏者もまた、いつも管楽器のソロが称賛を独占し主役の座を奪うと感じる。コンサート終了時には、指揮者の指示で管楽器奏者の11人が挨拶をするのに対し、弦楽器はひとまとめに起立させられるだけだし、演奏時間もまるで違う

吹き終えたオーボエ奏者がキーに息を吹き込む音がうるさいと文句を言うヴァイオリン奏者もいる。溜まった唾液と結露を取り除き、次に吹く時に音が狂わないようにしているだけなのに、自分のパートのことしか頭にない

ザルツブルクなどではオーケストラ・ピット全体が見えないので、他の楽器がいたのかすらわからないこともある

一般には互いに尊重し合うもの出だしを見事に決めた管楽器ソロには称賛を惜しまず、弓で譜面台を叩くのが普通だし、演奏中に観客に気付かれないように称賛を送るのは、周囲の奏者が床を足でこする習慣もある

オーケストラで自分の譜面台(パート)を持つということは、全体の中の駒の1つになることであり、組織という人間の集合体の中で、自分の役割を着実に果たしていくということ。楽団員は経験を積み、反射的に的確な判断を下し、無意識のうちに行動する術を身につけ、期待される役割を担えるようになる。いわば譜面との一体化であり、フランスでは「椅子」を持つ、とも表現される。この概念ではソリストとトゥッティストに違いはない

指揮者がミスを犯したときでも的確にカバーするのは、椅子を持った奏者でなければできない

トゥッティで演奏するのも楽ではない。他の奏者と一緒に演奏するのが苦手な奏者もいるし、後列では音を外したりタイミングがずれてしまったりし兼ねない。フリッツ・クライスラーですら、1度だけでも交響曲を演奏しようとオーケストラの一般の奏者に加わったが、完全に迷ってしまいグループの拍子と合わせることも、弓の動きを合わせることも出来なかったという。ソリストが不在の時には、他の楽団員がカバーするのは危険で、他のオーケストラの同じポジションの奏者を代役に当てることも多い

ソロを演奏するオーケストラの楽団員を押し潰すプレッシャーは大変なもの。観客のみならず同僚からも厳しい目が注がれる

演奏の敵、仏語では「パン」や「鴨(カナール)」 ⇒ 「パン」は間違った場所で音を出すこと、「鴨」は音程が悪いか音が汚くなることで管楽器に起こりやすい。ホルンはそもそも自分の楽器からどのような音が出るのかすら正確にはわからず危険な情況にある。オーケストラのホルン・ソロを務めるには何事にも動じない神経が必要だからこそ、ウィーン・フィルの第1ホルン奏者は50歳になると能力に関わらず第2、第3へと強制的に降格される

プレッシャーのためにアルコール依存になった例は枚挙にいとまがない

典型的な職業病 ⇒ 難聴。自動車レースのスタート時の轟音にも匹敵し、音響用の防具の装着を義務化するオーケストラも増えているが、音を聴き分ける際の障碍にもなり得る

2008年、EU指令によって、オーケストラの発する音量が85デシベルに制限されることになったが、これでは演奏できない曲がいくつもある。ピアノよりフォルテの演奏が容易だということもあるし、コンサートホールの巨大化に伴い楽器の製作技術が発達してより響くようになったことも難聴増加の原因

職業性ジストニアという運動神経障碍からも逃れられない。レオン・フライシャーやマレイ・ペライアなど長期の活動停止を余儀なくされたが、職業上の病気と認める保険はほぼ皆無。2011年に漸く音楽家の健康をテーマとする初の国際会議が開催された

 

2.    さまざまな型

オーケストラには決まった型があるわけではない

1970年代まではオーケストラごとに音のアイデンティティのようなものがあり、音だけで識別できたが、それ以降は大なり小なり国際化の影響が現れる。音盤製作や、巡業もあるし、楽器製作の国際規格化も影響。時代に順応する必要もあったのだろうが、お国柄が失われてしまったともいえる

楽団員の国際化は、オーケストラの音を進展させる決定的な要因と言える。ベルリン・フィルの団員の国籍は24か国に上り、ウィーン・フィルでも17か国

ウィーン・フィルが今日なお独特の音色を維持し続けているのは、国籍の多様性を制限しているからともいえる。中欧の出身者ばかりで、まるでオーストリア=ハンガリー帝国がいまもなお存続しているかのよう

ベルリン・フィルからドイツらしい音色が失われたという批判に対しラトルは、「今日のオーケストラが優先すべきは、独自の音色を誇ることではなく、音楽ごとのスタイルの違いを正し見定めることにある」と述べ、ドイツ音楽ではドイツの音を出し、フランス音楽ではフランスの音を出すことだという。スタイルに無節操な点がいかにも現代的な特徴

楽器の標準化が進む一方、古楽器への回帰の流れもあり、音の一様化に潜む危険性を排除しようとするオーケストラも出てきた。カラヤンがウィーン・フィルにウィーンのホルンを捨てるよう説得を試みたが、楽団員たちは抵抗。時には調子外れの音を出すが、穏やかな音を奏でてくれる愛着のある楽器なのだ

ホールの音響効果もオーケストラの音を構成する大切な要素

オーケストラの実体は様々で、オペラのオーケストラ、シンフォニーのオーケストラ、室内オーケストラ、専門的なアンサンブルなど多岐にわたる

シンフォニーのオーケストラの場合、人数とレパートリーという問題が根底にある。レパートリーの多くが専門化したアンサンブルに侵食される一方、演奏範囲を広げようとすると無数の人員が必要となる

オーケストラごとにメンタリティは異なる。アングロ・サクソン系とラテン系のオーケストラでは全く異なる。ドイツやアメリカのオーケストラでは何より規律が支配

落ち着きのないフランスの楽団員は長時間にわたって意識を集中するのが苦手だが、突如人が変わったように全精力を傾けて打ち込むこともあり、だからこそ小澤征爾はフランス人の演奏者を好み、その腕白振りには目をつぶることにした

ラテン系のオーケストラでは指揮者が嫌われると、演奏が極めて粗末になる、手抜きをする、興味を無くすなど、やる気をなくす。オーケストラが指揮者を映す鏡といえる。ドイツやイギリスではありえない現象。演奏はきちっとして次からその指揮者を呼ばないだけ

オーケストラを形作るほかの重要な要素としては、楽団員の雇用形態や、公営か民営かという点もある。イギリスを除く西ヨーロッパの大半の国では楽団員はフルタイムの長期契約で公営

フランスには常設のオーケストラが30ほどあり、形態は様々だが、労働協約はなく、大まかにいえば楽団員は市の職員か見做し公務員。1974年フランス放送協会の解体によりオーケストラも解体され、各地方圏のオーケストラが創設され、22地方のうち1825大都市のうち17都市が常設のオーケストラを所有。大半は100人前後(47174)

ドイツでは公営の職業的なオーケストラが133を超える。84の歌劇場のオーケストラ、30のシンフォニー・オーケストラ、12のラジオ放送のオーケストラ、7つの室内オーケストラ。大半は市か州に所属し、労働協約も存在。ドイツ統一後35が消滅か解散

イギリスでは公的な補助はなく、私企業のメセナを最大限活用。ロンドン響は楽団員が株主で、フリーランスと専従が混在。商業主義の弊害も生まれている

アメリカの様式は、ヨーロッパとイギリスの機能を統合したような形。350400の常設オーケストラがあり、殆ど民営で、楽団員は正規雇用。クリーヴランド、シカゴ、フィラデルフィア、ボストン、ニューヨークがビッグ5。活動資金の39%が民間の寄付金、35%がチケット収入で、常にファンド・レイジングがマネジメントの重要な使命

ロシアでは、ソ連崩壊とともに文化的な環境も混乱、自らの活動資金を獲得するために奔走。プレトニョフなどによる新設のオーケストラも創設

オーケストラは商品でもあり、国外巡業も避けては通れない。2010年代に入ると国際的なオーケストラによるパリ公演が極端に増加。外国での公演はオーケストラの威信を示す絶好の機会

ベルリン・フィルは財団を組織し自主経営。楽団員がすべての決定に参加している。デジタル・コンサートホールという仮想コンサートホールを立ち上げ、臨場感を提供

ウィーン・フィルも同様。「王様たちの民主主義」と呼ばれる自主運営組織を作っている

楽団員の多くが所属するオーケストラの運営に疑念を抱いている一方、オーケストラの経営の厳しさも増している。安定的な経営基盤を持った常設オーケストラで、雇用の保証と社会的な権利を享受する代わりに、楽団員が共同管理に携わって自分の未来に責任を持つ形が理想型か

 

3.    楽団員になるには

大半のオーケストラは入団試験で楽団員を選抜

先ずは欠員募集の情報入手。招待状が必要な場合もある。経験を条件にする場合もある

独自に教育センターを設けているオーケストラもあるし、実地研修のシステムもある

入団試験は、一般的には協奏曲で、ピアノ伴奏がつくこともある。フル・オーケストラで試験に臨むのはヴァイオリン・ソロとティンパニ・ソロのポストに限られる

判定が難しい場合のウィーンでの一般的な決め方は、難曲のピアニッシモを繰り返し弾かせ、最初に音を外した者を落とす過酷なやり方だが、オーケストラのトランペット・ソロは人一倍神経が太くなければ務まらない

ベルリン・フィル、ウィーン・フィル、バイエルン放送響だけは楽団員全員が選考に関与

通常は1年の研修期間がある。ベルリン・フィルでは2年で、不採用もあり得る

採否は音楽的な能力と必ずしも一致しない。ソロのポストに合格しながら、周囲をリードする力がないとか、ピッチカートの出だしの合図がわかりにくいとの理由で楽団員たちから拒否された例もある

予備団員の確保も必要。若手やOBの中から事前にリストを作成して手配。大編成が必要とされる曲のための専属の予備団員というのもあるし、拘束を嫌って予備に廻る人もいる

20世紀以降、新設のオーケストラはほとんどない。例外は放送局を母体としたものでその1つが1937年にRCAが設立したNBC交響楽団。フィラデルフィアのストコフスキーの元助手だった指揮者のロジンスキーに人選を一任、全米のオーケストラの主要ポストからのスカウトを中心に楽団員を集め、トスカニーニに任せたオーケストラ。トスカニーニは当時70歳だったが、以後17年にわたって指揮をした

フランスで1933年設立のフランス国立放送(RTF、現フランス国立管弦楽団)は郵政省の肝煎りだし、ドイツでは戦後にラジオ・テレビ放送の全国ネットARDのオーケストラ網が形成されたが、ミュンヘンで設立されたバイエルン放送交響楽団も一から出発、ナチス政権下でプラハ・ドイツ交響楽団に属していたケッケルト四重奏団が核となって編成が進められた。1983年設立のリヨン歌劇場管弦楽団は国際色豊かな才能重視の構成

期間限定のオーケストラの代表格は、バイロイト祝祭管弦楽団で、その年ごとにドイツの主要オーケストラの楽団員を集めて新たに編成される。音響がぼやけて和らぐように斜面をきつくするというワーグナーのアイディアのせいで、歌手や観客には好評だが、演奏者にとっては窮屈で大音量の反響音に悩まされ、決して快適な環境とは言えない。バレンボイムが常連の頃、20年以上にわたり大のワーグナー好きのフランス人ヴァイオリニストが1人いたが、演奏法の違いに苦労したという。常連で特筆すべきはベルリン・フィルのホルン奏者ゲルト・ザイフェルトで、《ジークフリート》の角笛を151回も吹き鳴らしている

アバドが2003年に設立したルツェルン祝祭管弦楽団も、毎夏2つのコンサートのために、マーラーの交響曲をメインテーマとして臨時編成される

小澤征爾のサイトウ・キネン・オーケストラも、世界中で活躍する日本人演奏家が結集

 

4.    社会学

オーケストラは人間関係や序列にある種の規則性があり、それ自体が1つの社会になっているが、それ以前に演奏家は、その社会的な出自によって扱う楽器と就くべき職業とが決まってしまうことが多いという調査結果もある

195075年、パリ音楽院の学生と家庭環境の関係に関する統計では、扱う楽器のグループによって階層がはっきり分かれた ⇒ 弦楽器奏者の41.6%が管理職か高度な知的職業の家庭の出身者であるのに対し、金管楽器奏者の場合は14.5%、木管楽器奏者は28%。

金管楽器の27.1%が労働者層の出身者に対し、弦楽器は10.2%。ヴァイオリン奏者の47.2%が高等知識職業の家庭に対し、トランペットは12.7%。ヴァイオリンの8.2%が労働者層の出身に対し、トロンボーンは30.3

音域による序列も見られ、ヴァイオリンの47.2%が管理職に対し、コントラバスでは35.6%、木管ではフルートの52.6%が管理職に対し、ファゴットは13.3%で、高音域は裕福、低音域は大衆層。階層を隔てる男装は、多くの場合、旋律部が声音と高音楽器に属し、伴奏が低音に属するという、西欧の音楽様式の勢力図に対応しているようだ

中産階級のサロンではピアノ以外に弦楽四重奏が披露され、ヴァイオリンは花形だったが、管楽器は村のブラスバンドを連想させたほか、楽器を習うのも弦楽器はプロになるためには何十年も必要とするが、管楽器は成長してから習い始め数年で一流に達するという差も大きい。それが嫉妬心の元凶にもなっている

社会経済的な成功の一手段として音楽をとらえ、大衆層の出身者がオーケストラに入るのは昇格、知識階級のヴァイリニストがオーケストラに入るのは降格という言い方もある

音楽家の子どもが継承するケースも多い

 

5.    オーケストラの女性たち

19世紀の中産階級の大発展とともに出現したオーケストラは、社会の変革の申し子でありながら、自身の変化には猛烈な抵抗を見せることがある

オーケストラはかなり長い間男性社会。第1次大戦の終わりごろになって漸く女性が加わる、最初はラジオ局のオーケストラ

男性にとってオーケストラの楽団員が経済的に魅力のある職業ではなくなっていくにつれ、女性の占める割合が増加

米欧の主要35オーケストラで、ハープは8割以上、ヴァイオリンとフルートでは4割以上が女性で、管楽器は少ない。コントラバスや打楽器にもいる

1980年の「アビー・コナント事件」 ⇒ ミュンヘン・フィルの第1トロンボーン奏者の入団試験でアメリカ人女性アビー・コナントはMrの肩書の招待状を受領、試験に合格したが、内々に音楽監督のチェリビダッケが難色を示していると聞かされ、試用期間を1年延長して理由を聞き出そうとしたが、採用されたのは第2トロンボーンとしてで、監督から言われたのは「このポストは男性でなければいけない」の一言。判事を通じてオーケストラ側の正式な説明を求めたが、「体力が足りない」との現実離れした説明だけ、88年には法的にもチェリビダッケの決定を正当化できないとの判断がくだり権利の回復が認められたが待遇は低いまま、漸く対等になったのは1991年で遡及効果はなく、93年には和解を受け入れる。オーケストラの一員となってから13年過ぎたが、うち11年は訴訟に明け暮れ、より高給の大学教授職を手にした彼女は、あっさり退団

ベルリン・フィルは女性の進出を妨げる最後の砦。フルトヴェングラーは「紳士諸君」とは言っても「紳士淑女諸君」とは言わなかったし、ブルーノ・ヴァルターも同様。1983年のマイヤー事件は女性蔑視との非難もあったが、そもそも音楽的な問題や、自治を求める楽団員と新入団員を押し付けようとした音楽監督との確執があり、前年にはスイス人女性ヴァイオリニストのマドレーヌ・カルッツォを迎え入れていたので女性蔑視ではなく、90年代のアバドの時代になると女性が増え始め、今では17人を数える

ウィーン・フィルへの女性の加入は更に遅く97年にハープ・ソロのアンナ・レルケスが最初。女性を頑なに拒否した団長職にあったチェロのヴェルナー・レーゼルが「一身上の都合」で引退した直後で、既に26年前から歌劇場管弦楽団のソロを務め、加入4年後には引退、後任の女性ハープ奏者も歌劇場管弦楽団の入団試験には合格したが見習い期間後も正式な楽団員となることは拒否されている。いまだに正式な楽団員のうち女性は2.6%で、処遇の男女差も見られる。「イヴァ・ニコロヴァ事件」では、2005年末に採用された女性ヴァイオリン奏者ニコロヴァが見習い期間後の評決でもソロのキュッヒルとヒンクを含む6人が賛成したが正式採用に必要なパートの2/3の賛成を得られず、再試験の提案にも歌劇場管弦楽団の運営代表だったヴェルナー・レーゼルが自説に固執して再採決を認めず、歌劇場支配人のホーレンダーもテレビ等で不満を漏らしオーケストラの女性蔑視がクローズアップされたが、後任の採用試験でも合格者はなく、ニコロヴァは他のオーケストラに入団

公然と女性拒否を話す団員もいて、音とは「魂の問題であり、技量だけの問題ではない」「我々は白人の作った曲を演奏する白人の集団」だと言い切る。長く団長を務めたヴァイオリン奏者オットー・シュトラッサーも顔の見えない入団試験に反対。その理由として、「最高の演奏をした後パティションをはずしたら日本人とわかり不採用。その理由は彼の顔つきが《ピツィカート・ポルカ》にふさわしくないから」という。歌劇場管弦楽団に初めて合格した日本人はチューバの杉山康人だが正式な楽団員にはなれなかった。混血は受け入れ、ヴァイオリンのジュン・ケラーとヴィルフリート・ヘーデンボルクは片親が日本人

 

6.    生涯の道筋

音楽は好きだが、オーケストラの仕事は嫌という奏者は

楽団員のマンネリ化防止に効果的なのは教師の仕事だが、直観的な演奏家にとっては厄災以外の何ものでもない

ドイツでは兼業が法律で厳しく制限され、ソリストよりも教授職の収入が多いため、オーケストラを離れる楽団員がいる一方、ウィーン・フィルでは楽団員が新人の育成にあたり、オーケストラの音とスタイルがうまく受け継がれている。カーティス音楽院とフィラデルフィア管との関係も同じ

ソリストと室内楽もオーケストラの単調さから抜け出す方法の1

ベルリン・フィルでは、早い時期から楽団員に室内楽のグループ作りが奨励されているが、ときに利害が衝突することも起こる

基本的なレパートリーに取り組ませるために、オーケストラが独自に室内楽のシーズンを設けることもあり、定期的に楽団員を表舞台に立たせる。先鞭はパリ管弦楽団のバレンボイムで、自らピアノを弾き楽団員とアンサンブルを演奏

楽団員から指揮者になった奏者も多い ⇒ トスカニーニはヴェルディの《オテロ》初演時のミラノ・スカラ座フィルのチェロ奏者、ジュリーニもサンタ・チェチーリア管の第2ヴィオラ、ミンシュもフルトヴェングラーの下で演奏

オーケストラの歴史を見れば、世相がわかる ⇒ アメリカの主要なオーケストラの楽団員のリストを見れば、第1次大戦後の不況でドイツ人が殺到、その後はナチスに追われたユダヤ人が移住してきた様子がわかるし、バンベルク響はプラハ・ドイツ・フィルの楽団員たちによって1946年設立されたが、チェコがナチスの軛を脱するとともにボヘミアを追われたズデーテン地方のドイツ人によるものだった。個々人の生涯と密接に関連しているのは、ウィーン・フィルの歴史に輝く偉大な第1ヴァイオリンと称賛されるヴォルフガング・シュナイダーとヴィリー・ボスコフスキーの2人が1939年に採用されたのは人種的に望ましくないといって解雇された奏者アルノルト・ロゼとリカルド・オドノポソフの穴埋めだった

 

7.    歯車が止まるとき

オーケストラの楽団員にとって、調子外れの音も日常の一コマに過ぎない

ロンドン響では、アメリカ公演でアバド指揮マーラーの《交響曲第5番》が語り草。モーリス・マーフィーが冒頭のトランペット・ソロで調子を外し台無しに

バレンボイム指揮のシュターツカペレ・ベルリンが《ワルキューレ》で一瞬不協和音と化し、指揮者が小声で「44番に戻る」と告げたのか、巨大な1拍目を指示することでパニックが収束

クルト・マズアがフランス国立管弦楽団によるラヴェルの《ピアノ協奏曲》の終楽章の冒頭の演奏を遮り激怒したことも。ロン=ティボー受賞者のガラ・コンサートで、韓国人の若いピアノ奏者があまりにも速く弾き始めたために、オーケストラの一部はピアノに、残りは指揮者に合わせてしまう事態となった

オイゲン・ヨッフム指揮のパリ管のベートーヴェン《交響曲第3番》では途中の停電にも拘らず20小節を演奏、その後漸く演奏がほころび始めたという

楽譜にまつわる事故は多種多様、ヴィオラの弓が客席に飛んだこともある

ベルリオーズの《幻想交響曲》の鐘はいつの時代もトラブルの元

1989年のクリスマスイブ、バイエルン放送響はベルリンで直前の壁崩壊を祝ってバーンスタイン指揮ベートーヴェンの《第九》を演奏していたが、オーケストラはクリスマスのためそのままミュンヘンに戻る予定だったのに、ベルリンとミュンヘンでの離着陸許可がなかなか下りず、漸く下りた許可は30分も時間が繰り上がっており、終演を繰り上げた後警察の先導で何とか深夜の飛行機に間に合った。オーケストラはトラブルの宝庫であるとともに奇跡の宝庫でもある

 

第2部        構造化された共同体

1.    組織と序列

オーケストラは序列をもとに構造化された社会組織だが、内部序列は複雑、国や文化によっても大きく異なる

ソリストと一般楽団員との違い ⇒ 一般の楽団員は、オーケストラ全体が揃って演奏する「トゥッティ」の節だけを演奏するところからトゥッティストと呼ぶが、各パートごとにソリストを頂点とするピラミッド構造の序列がある。第2ヴァイオリンの首席だけはソロを演奏しないのでソリストと呼ばれない

ウィーン・フィルのような過密なスケジュールになると、149人の常任の団員だけでは賄えず代役は避けられない。1983年に国立歌劇場の音楽監督となり数多くの改革をなし遂げたマゼールでさえ「身代わり」の慣習を変えることは断念したし、アバドはリハーサルから公演まで同じ楽団員で演奏できる保証が得られないとしてザルツブルク音楽祭での指揮を断念。大作の巡業中は地元での重厚な作品がプログラムから消えることもしばしば

トゥッティストの席順の決め方は千差万別だが、ウィーン・フィルはいまだに年功序列で、7080年代を通してコンサートマスターは、ゲルハルト・ヘッツェル、ライナー・キュッヘル、エーリッヒ・ビンダー、ヴェルナー・ヒンクの4人がこの序列に従って席についている。92年ヘッツェルの死去でキュッヘルが最上位に立ち、今日ではライナー・ホーネック、フォルクハルト・シュトイデ、アルベナ・ダイナローヴァがそこに続く。ヒンクは第2まで昇進したが、先任がいたため第1にはなれなかった

 

2.    弦楽器

最も人数が多いパートは弦楽器、オーケストラの音を仕上げるのも演奏が一番多い弦楽器

オーケストラのレパートリーのうち2/3は弦楽器がメロディーを担当

弦楽器は「四重奏団」とも呼ばれる。コントラバスを加えて「五重奏団」というべきかも

オーケストラの人数を数えるには、コントラバスを数えてから、各パートごとに楽器を2丁づつ加えていく。コントラバスが8丁なら、チェロ10丁、ビオラ12丁、第2ヴァイオリン14丁、第1ヴァイオリン16丁となる

    弦楽器60丁 ⇒ 第1ヴァイオリン16丁の編成で、ブラームス、ワーグナー、ブルックナー、マーラーなど後期ロマン派の大作や、シュトラウス、ストラヴィンスキー、バルトーク、その他近代の大作に向けたもの

    弦楽器50丁 ⇒ 同14丁の編成で、ベートーヴェン後期、シューベルト、シューマンの作品のことが多い

    弦楽器40丁 ⇒ 同12丁の編成でハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン前期が一般的

優れたオーケストラの目印の1つとして、ヴァイオリン奏者が弓の長さを十分に活かしていることがある。弓を動かすスピードや、ヴィブラートも重要な判断材料

統一的なボーイングは最近の発明で、第2次大戦後、ボーイング体系化の立役者トスカニーニがアメリカに持ち込んだ時には軍隊の行進のようだと当惑

ストコフスキーはボーイングの自由を訴え、チェリビダッケはトレモロでも11人に異なる速さを求め柔軟性のあるぼかしを活かそうとした

1ヴァイオリン奏者の威光の始まりはロマン派以前の時代に遡る。国ごとに特別な名称で呼ばれる。フランスでは「ヴィオロン・ソロ」や「プルミエ・ヴィオロン・ソロ」、イタリアでは「ヴィオリーノ・ディ・スパッラ」、スペインでは「コンセルティーノ」、イギリスでは「リーダー」、ドイツ・オーストリアでは「コンツェルトマイスター」、アメリカでは「コンサートマスター」。それぞれ考え方の違いを反映しており、ラテン系では楽器奏者の面が重視され、アングロ・サクソンやゲルマン系の文化では責任ある役目であることが最重要視

1ヴァイオリンはソリストと同時に集団の指導者、ビオラを含めたボーイング、フレージングやアーティキュレーションの統一も役割の1

歴史上著名なのは、ウィーン・フィルのゲルハルト・ヘッツェル。69年にボスコフスキーの反対を押し切って採用され、92年ザルツブルクでの山歩き中に落下、ヴァイオリンを守ろうとして頭部を打ち52歳で逝去

ベルリン・フィルのミシェル・シュヴァルベは、ロマンド管のソロからカラヤンにスカウトされ、独仏の和解とヨーロッパ統合の立役者

大戦間にはエトガー・ヴォルガントが、ゲヴァントハウスのコンツェルトマイスターとして定評を得、バイロイトでは彼以外の人選が考えられなかった

アメリカではミッシャ・ミシャコフが断トツ。1895年ウクライナ生まれのユダヤ系ロシア人。22年迫害を恐れてアメリカに移住。24年ニューヨークを皮切りに、フィラデルフィア、シカゴ、NBC、デトロイトと渡り歩き、NBCではトスカニーニの怒りに触れなかった唯一の人物

2ヴァイオリンは、オーケストラの中で最も不遇なパートだが、音の生地では重要性は低いが、エコーやバウンドを生み出し、内声を豊かにする存在。第1と第2を交互に交代するオーケストラもあり、両者のバランスは重要

ヴィオラは、ヴァイオリンと5度の違いしかないが、両者には天地ほどの違いがある

オーケストラ内では不遇とされ、人間の屑扱いするジョークが無尽蔵にある

ヴィオラ・パートとビートルズは何が違うのか。同じ。どちらもこの40年演奏していない

チェロは、ロマン派のレパートリーで伴奏の役割から解放され、オーケストラでもソロは花形となり、ときにコンツェルトマイスターの称号を帯びることもある(ドレスデン)

コントラバスは、オーケストラのハーモニーとリズムの土台となる存在。古典派のレパートリーではチェロにユニゾンで重ねるだけだが、ベートーヴェンの晩年から自立し始め、独自のパートを担当するまでになる。ドイツでは5弦のもある

根本的に異なるのが弓で、ドイツの弓は短く下から持ち、フランスの弓はチェロのように上から持つ。ドイツ風の持ち方では出だしの力強さと音量の面で有利であり、フランス風ではメロディーとフレージングの明晰さが強調される。ヨーロッパでは、ドイツより東はドイツ風、フランスより西はフランス風で統一されるが、アメリカでは両者混合も認められている

偉大なコントラバス・ソロとしては、ベルリン・フィルのライナー・ツェペリッツが有名。1951年入団、5795年首席。77年オーケストラ内で弦楽器奏者12人が「ベルリン・フィルハーモニー・ヴィルトゥオーゾ」を設立し、人気が沸騰した時には、利益相反を懸念したカラヤンと真っ向から対立、83年には不和が頂点に達した

ツェペリッツと並ぶのはウィーン・フィルのルートヴィヒ・シュトライヒャーで、4573年にパート・ソロ

 

3.    木管楽器

管楽器は「ハーモニー」と呼ばれ、木管楽器は「小ハーモニー」「小娘(ヴォライユ)

フルート(ピッコロ)、オーボエ(コーラングレ)、クラリネット(バス・クラリネット、ソプラニーノ・クラリネット)、ファゴット(コントラファゴット)4つのパートからなる

国際的なオーケストラでは、それぞれのパートに5人いる

ハイドンからブラームスまでの古典派とロマン派では木管楽器奏者は2人が一般的

19世紀後半以降から増加

古典派のレパートリーには補助の楽器がほとんどないが、補助楽器が現れるのはベルリオーズ以降で、《幻想交響曲》の1830年以降になるとオーケストラの色彩パレットが飛躍的に広がる

各パートでは協調性が鍵、他の奏者に合わせて響きと音程を修正する能力が必要

フルートは木管楽器の中でも国際的なスターを生み出すことのできる唯一の楽器

最初にスターへの道を歩み出したのはランパルで、195562年パリ国立歌劇場管弦楽団の第2フルートだったが、その後世界を駆け巡り数々のレコード賞を獲得

フルートの大半は音の均質性から黄金製だが、木製のフルートを用いる奏者は確実に増えている。初期ロマン派であれば木製を、ブラームス以降であれば金属製をと使い分ける

音量が低すぎてワーグナーは演奏できないが、ワーグナーは金属製を嫌っていた

フルート・ソロはフランスの作品に多く、フランスのオーケストラは名手も輩出

ピッコロは、フルートの半分の長さで、1オクターブ高い音を出し、最も高音の楽器

アルト・フルートは、フルート属でピッコロの対極にあり、フルートの4度下

ピッコロは古典派の時代の初期には使われ始めているが、アルト・フルートは20世紀以降

オーボエは、オーケストラ全体の要で、管楽器のコンツェルトマイスターとも見做される

ラの音に合わせてオーケストラ全体が調律をとる

オーケストラの中心に配置され、音の響きが純粋なオーボエが中心となる主題を生み出し、導いていくことが多く、一番美しいソロの多くがオーボエのために用意されている

ダブルリード、共鳴管を振動させるリードは2つの葦の薄片を組み合わせたもの。コンサート3,4回もったらいいほうで、リードが壊れたらメロディーが阻害されかねない

ウィーン派は、楽器の構造が異なり、チューブ付け根の膨らんだ部分の形状で区別

30年にわたってソロをキープしたのがカール・マイヤーホーファーで、194315歳で歌劇場管弦楽団に入り、46年の第1回ザルツブルク音楽祭にも参加

コーラングレ(イングリッシュ・ホルン)は、ホルンでもなければイギリスの楽器でもない。曲がったという意味の「アングレ」とイギリスを意味する「アングレ」とが混同されたのだが、オーボエと違ってリードが真っ直ぐではなく肘型に曲がっている。先端のベルが梨型で、深みのある響きと、豊かでノスタルジーを帯びた表現力が作曲家のインスピレーションを刺激し、特に美しいソロが生み出され、オーケストラの主要な歯車の1つとなり、専らソリストとして演奏される数少ない楽器。《トリスタンとイゾルデ」第3幕のソロは有名

クラリネット奏者は社交的で快活な人が多い。シングルリードで扱いやすい楽器

ユダヤ民族音楽のクレズマーの屋台骨でもある

音色の官能的な熱気がシャルモー(最低音域)で鋭く響き、クレーロン(最高音域)で金切り声を上げることもある。管楽器の中で最大級のテシトゥーラ(3オクターブと短6)があり、音を膨らませることも出来れば静寂すれすれの極限まで弱めることもできる唯一の管楽器で、18世紀にはソリストとしての機能が追求されたが、19世紀には完全にオーケストラの楽器となった

クラリネット奏者は、オーケストラの中でも最多の楽器を使いこなす奏者。標準的なクラリネットだけでもC(主に練習用)B管、A管の3種あり、移調楽器なので2本を交互に使う。B管は表記より長2度低く、A管は短3度低い

1本で通すと音色の問題が生じる。A管は最も光り輝くB管よりも音色が熱く、低いミまで容易に下がる。演奏の見せ場の1つに指揮者を騙すというのがあり、指揮者が作曲家の指示通りA管で吹けと言っても、楽器を取り替えるふりをしながらB管のまま移調して吹き、あとから指揮者が「やはりA管の方がいいだろう」と言っても聞き流す

同属楽器も多く、ソプラニーノ・クラリネットやバス・クラリネットのような亜属まである。As管とD管は廃れたが、Es管のソプラニーノ・クラリネットやB管のバス・クラリネットは今でも用いられるし、バセット・ホルンもオペラでは多用。コントラバス・クラリネットは現代音楽で用いられ、アルト・クラリネットやコントラルト・クラリネットは管楽オーケストラで用いられる

さらに国際的な対立から2つの型式が共存。一般的にはフランス式だが、側孔が狭くリードが短いドイツ式は主にドイツでの演奏で用いられる。フランス式は音の響きが広くクリアでソリストのメロディー向き、ドイツ式は滑らかで染み込むような音でオーケストラ向き。共通した進化は、オーケストラの音量と輝きの増嵩に応じ、より力強くなり柔軟性を失っている。テクニックもそれに合わせて変化

交響曲のレパートリーで最初にクラリネットを独り立ちにさせたのが、ベートーヴェンの《交響曲第6番》で、ベルリオーズ、ウェーバーと引き継がれている

ドイツのクラリネットの状況を一変させたのがカール・ライスター。22歳でベルリン・フィルのソロとなり、59年から35年間カラヤンの理想の響きを実現、退団後もサイトウ・キネンで演奏を続ける。あまりにも偉大過ぎて後任探しには8年を要した

ファゴットは音の低い楽器。ダブルリードだがオーボエほど神経質ではない

音域は3オクターブと5度。古典派時代、通奏低音はチェロに重ねていたが、ハイドンの晩年の交響曲やモーツァルトのオペラでヴァイオリン寄りの独自のパートを持つに至る

羨望と恐怖の対象になっているソロが、ストラヴィンスキーの《春の祭典》で、作曲家の才は無伴奏のソロから始めることで沈黙の世界に音を生み出すところにある。居心地の悪いファゴットの高音とともに未開の呪術的世界が一気に広がることを狙ったが、演奏技術と楽器の製造技術の進歩により演奏上の問題は減り、高音のレを吹くことが一般的になったものの、うまく演奏して奇異感を弱めるべきか、あえて「醜く」演奏して心をかき乱す音の響きを追求すべきなのか別の問題が浮き彫りになった

フランスのバソンとドイツのファゴットは、楽器本体のわずかな違い(先端が白い輪で囲まれているのがファゴット)から、根深い対立が長く続く。それぞれ独自に発展。フランス系はクリアな音に対し、ドイツ系(ヘッケルともいう)は側孔が広く音に丸みと豊かさがある

バソンはフランスにしか残っていないが、ヴィブラートを使用、ファゴットでは禁止されていたが、戦後になって取り入れるようになった

ファゴットのパートを補完するのがコントラ・ファゴットで、第2、第3ファゴット奏者がソロを演奏する

 

4.    金管楽器

金管の奏者は楽天家と遊び好きな性格が多い。ブラスバンドが影響しているのだろう

4つのパート ⇒ ホルン、トランペット、トロンボーン、チューバ

トロンボーンは、深く荘重な音から、メロディーよりもハーモニーの役割が強い

チューバはトロンボーンのパートの延長線上にあるが、楽器としては独自性が強い

一般的な構成では、ホルンが7,8人、トランペットが4,5人で第3奏者はコルネット・ソロを兼任、トロンボーンも同じで、第3奏者はバス・トロンボーンを兼ねる、チューバは1人だが、金管全体の家長。奏者全員がソリストと言えるが、パートに対する作曲法が和音に頼ることが多いため、各奏者は音量、イントネーション、フレージングの観点から集団での自分の位置を正確に把握していなければならず、周囲の演奏に即座に反応し正確に吹かなければならない

ホルンは、柔らかく穏やかな音から、木管と金管の、弦楽器と管楽器の中継役。イントネーションは極めてデリケート。ベルが後ろ向きになった唯一の楽器で、音が少し遅れるため、それを見越して先回りする必要がある

バロック音楽で使用するナチュラル・ホルンやコルノ・ダ・カッチャにはバルブがなく、唇の圧力とベルを手で塞ぐハンドテクニックだけで音程をコントロール

ピストン・バルブのクロマティック・ホルンの特許は1818年だが、主流になったのは1850年頃からだが、ブラームスやビゼーらは抵抗してナチュラル・ホルンに拘った

現在では、レバーの操作でF管からB♭管に切り替えることができるダブル・ホルンを使うが、それでも唾液と結露の問題があって、自身が出す音を完全には信用できずにいる

演奏中でもスライド管を引き抜いて息を吹き込んだり、振り回して水分を抜き取っている

移調楽器で、記譜を単純化するためにパート譜はハ調で書かれていて、適宜別の調性で吹くため、ホルン奏者にとって移調は第二の天性。演奏時間の半分はどの調性で演奏しているのか計算し、残りの半分の時間は正しい音が出てくれることを祈っている

パートの団体精神が強く、思考も集団的。ホルンの音域が4オクターブなので、作曲家は演奏の分担を高音と低音で分け、ロマン派時代以降は標準の定員を4人として第1と第3を高音、第2と第4を低音と分担させ、欠員補充の場合も偶数か奇数で特定させる

この編成を巧みに活かして交響曲を書いたのがブラームス

誰もがグループとしてのまとまりに気を遣い、常に統一感を出すためのプレッシャーに晒されている ⇒ ワーグナーのテノールとして成功したクラウス・フロリアン・フォークとはもとハングルク・フィルのホルン奏者だったが、当時のプレッシャーに比べればバイロイトで歌うプレッシャーなど取るに足らないと明言

重責を和らげるために代役に頼ることもあり、楽譜はホルン4本と指示されているのに第5奏者が存在。ウィーン・フィルでは、50歳をホルン・ソロの定年とし、能力に関わらず降格させているし、長いオペラでは2チーム編成にして交代で演奏することもある

お国柄もあって、フランスはクリアで繊細な、洗練された色合いの響きを好み、メロディーを大切にしていたが、ドイツはゆったり丸味のある熱い、溶け込むような音を培った

ウィーンのホルンは、構造が異なり、Fシングル・ホルン。管が極めて長く、ナチュラル・ホルンに形状が近い。驚くほど穏やかに響くが音が外れやすい。ヤマハ製

ワグナー・チューバはホルンの同属楽器。フランスではチュベーヌとも呼ばれる。ベルが上向き。調性はホルンと同じへ調と変ロ調

トランペット奏者はおしゃべり、元々は戦闘中の兵士を呼び出すための軍用楽器

クラシック以外のジャンルでも多用

奏者に必要なのは息の強さ、肺活量ではなく、腰回りの筋肉を活用して息をうまく配分すること。ピアニッシモを安定させることが難しいため、ついつい音が攻撃的に聞こえる

唇の圧力で音を出すシンプルな楽器だが、マウスピースが重要

1815年前後シュテルツルによるピストン・バルブ発明の恩恵を受け、19世紀にはピストン・バルブを23備えたクロマティック・トランペットが普及

さまざまな調性のトランペットが開発されたが、古典派のレパートリーに多用されるのはD管。標準的なトランペットは2種類で、B管は全世界で練習用に用いられ、C管はフランスでは中級以上の練習に用いられるとともに、交響曲のレパートリーで多用

現代のトランペットは2オクターブと6度の半音階の全ての音を出すことができるが、ホルンほどではないものの、曲芸的な移調の計算を要求する楽譜も少なくない

ピッコロ・トランペットはバロックのレパートリーで重宝

変調の指示に対応できるように、ストレート・ミュートやカップ・ミュートの弱音器も一式揃え、音色を変化させるワウ・ペダルも必要

アングロ・サクソン系とラテン系では垂直にピストンが並ぶピストン式が主流だが、ドイツと東欧では管を水平近くに保ちレバー操作のロータリー式が好まれる。ロータリー式の方が輝きが弱く、丸みを帯びた音なので、ドイツ・ロマン派のレパートリーには最適

ソロ曲が多い中、スクリャービンの《法悦の詩》は相当な腕を必要とし、ラヴェル編曲のムソルグスキーの《展覧会の絵》も花形だし、マーラーの《交響曲第5番》はソロにとって悪夢そのもの、ドビュッシーの《海》など枚挙にいとまがない

コルネットはトランペットの特殊な仲間。コンパクトなシルエット、19世紀に発明、柔らかで穏やかな音を奏でる。フランス音楽では不可欠

伝説的なソロは、アドルフ・バド・ハーセス。1921年生まれ、シカゴ響にソロとして入り01年まで52年間在籍、一度だけしか音を外したことがない

アメリカのトランペット奏者は別格、その1人がウィリアム・ヴァッキャーノで、1935年ニューヨーク・フィルとメット歌劇場管の両方に合格。67年間ジュリアードの教授を務め、師事した者は2000人を超える

トロンボーンは、中世のサクビュットを起源とし、語源は「巨大なトランペット」を意味、中世には長大な管がS字状に奏者の肩の後ろにはみ出す形状。15世紀初頭にスライドが発明され、半音階を自在に扱える初めての金管楽器となる

起源は古いが、オーケストラに加わるのは遅く、ベートーヴェンがトロンボーンを加えるのは《交響曲第5番》以降だし、一般的に用いられるのはロマン派の世代から

トランペットの左側につき、トランペットと同程度の力強さがあるが、より柔らかく、より低く、轟音も可能だが、威厳のある穏やかな音。ホルンほど繊細ではないが気品を備える。ソリストよりも伴奏や支援的な役割が多い

パートには34人で、ソロと第2奏者は音域が3オクターブと5度のB管のテナー・トロンボーンを演奏、第3奏者はバス・トロンボーンを担当

著名なソロ曲は数えるほどしかないが、長く感動的なのはマーラーの《交響曲第3番》の第1楽章

チューバは奏者が1人。バス・トロンボーンの左側に座り、金管の延長線上で低音部を代表。ベルが上を向いて、奏者も似たような体型をしていることが多い

吹き込んだ息が音になるまで時間がかかるので、早めに吹かなければならず、音量重視

バロック時代のセルパン(蛇の意)が祖先、次いでオフィクレイド(鍵を持つ蛇)となり、1835年頃ドイツでピストン・バルブを備えた現在の形が発明され取って代わった

同じ系統の楽器が多数存在、大きさも異なる。F管のバス・チューバ(一番普及、ソリスト向き)Es管のバス・チューバ(吹奏楽用)C管のコントラバス・チューバ(交響楽向けで巨大)B管のコントラバス・チューバ(音が丸く穏やか)に分けられる

1840年代、サクソフォンの発明者アドルフ・サックスがチューバの同属となる一連の楽器群であるサクソルンを発展させた

化け物じみたヘリコンとスーザフォンは、パレードで歩きながら演奏できるように演奏者の胸の周りに管が巻かれた形をしている。軍楽隊の花形だが、オーケストラでは使わない

ユーフォニアムはソリストの楽器、チンパッソはピストン式のコントラバス・トロンボーンの一種

ソリストの楽器となるオーケストラ曲は、ヴォーン・ウィリアムスの《チューバ協奏曲》くらいだが、ブラームスは特別な音を持つものとして、バスの役をチューバに割り当て、コントラバスに置きかえることは不可能

 

5.    ティンパニ

ティンパニ・ソロは、第1ヴァイオリン奏者に次いでオーケストラにおける最重要人物で、第二の指揮者ともいわれ、ティンパニの名手が必ずしもソロにはなれるとはかぎらない

音を合わせられる楽器であり、今では電子式のチューナーでコンサート中にもチューニングしている

ティンパニのパートが重要なのは、演奏が困難だからではなく、リズム面での影響力が絶大だからで、指揮者の示したテンポをオーケストラに正確に伝えなければならない

オーケストラの心臓のように鼓動を打つが、叩くほど音を立てるのは作曲家が特殊な効果を求めるときだけにすべきだ、ピアノ奏者のようにフレージングとタッチを話題にする

若いティンパニ奏者の演奏が技術面に頼り過ぎて音楽性を失い、騒々しく派手な乾いた音ばかり出していると警鐘を鳴らす

トランペットとの協調はティンパニのパートの基本の1つで、配置も近い

ベートーヴェン以降、次第に楽器としての自立性を高め、後期ロマン派以降は数が増していく。ハイドンの《交響曲第94番》は《ティンパニ交響曲》というドイツ語の旧題がある

ティンパニの記譜法の開祖はベートーヴェンで、その交響曲はティンパニのバイブル

ブラームスの交響曲ではティンパニのパートが重要であり、ワーグナーは雰囲気を生み出すための音響装置の要としてティンパニを用い、ベルリオーズ以降の近代音楽でティンパニを誰よりも活用したのがバルトークで機械的に進化したティンパニの可能性を追求

195年末まではヘッドの材質は動物(仔牛が一般的)の皮だったが、戦後は合成皮革の技術の進歩でプラスティックが音量の増加に好都合とされ、アメリカやフランスでは大勢を占めたが、ドイツの伝統的なオーケストラでは動物皮のヘッドが多く、年2度交換

ペダル式が大勢となったが、ウィーン・フィルやコンセルトヘボウではいまだに側面のノブを回してヘッドを張るチューニングボルト式のティンパニを使用

オーボエのリードと同様、ティンパニ奏者はマレットを自作するため、かつては音楽学校で作り方を教えたが、次第に既製品が使われるようになった

もう1つの必需品が布切れで、音を消さなければならない時にヘッドに掛ける

ペダル装置のなかったころのティンパニは転調が容易ではなく、作曲家もティンパニは転調しないことを前提に書いているが、転調させるかさせないかは議論が分かれる

著名な奏者にはカイザーの愛称で知られるヴェルナー・テーリヒェンがいる。フルトヴェングラーに絶賛されたが、カラヤンとの確執を惹起

 

6.    打楽器

打楽器奏者は、オーケストラの中で誰よりも多才で融通がきき、誰よりも多くの楽器を使いこなせる演奏者

作曲家が具体的な人数を指定することはないので、いくつかの楽器を兼務することも可能

ティンパニはバロック時代から存在したが、打楽器のパートが出来たのはごく最近のことでベルリオーズ以降、専門的な職業となったのはかなり遅い

パリ音楽院に打楽器のクラスが開設されたのは1947

20世紀の音楽になると、専門家は避けられず、高度な演奏を求め、打楽器の表現と色彩のパレットが著しく広がり、現代音楽ではさらに多大な創意が求められる。アイスブロックやブリキ製の缶が指定されることまである

順応性と反応速度が打楽器奏者に不可欠の要素。リズム感と色彩感覚は当然

フランスの打楽器がドイツのそれよりも評価が高いのは、フランスの作曲家たちがニュアンスを洗練させようと打楽器を優遇したからで、ブラームスやブルックナー、ワーグナーでさえ打楽器については表面的にしか用いていない

有音程楽器(ティンパニ、シロフォン、グロッケンシュピール)と無音程楽器(シンバル、スネアドラムなど)

鍵盤楽器 ⇒ シロフォン、グロッケンシュピール、チェレスタ、ヴィブラフォン、マリンバなどで、メロディの楽器として、作曲家や演奏家の技量への意欲を搔き立てる

膜鳴楽器 ⇒ スネアドラムが代表格で、打楽器の基礎。ラヴェルの《ボレロ》は代表曲で、ベルリン・フィルではカラヤンがいつも打楽器奏者のシュルツを自分と第1ヴァイオリンの間に置き、シュルツこそが主役であることを強調。バスドラムも広く普及、巨大な口径と2枚のヘッド(打面と反響面)によって大音響を可能にし、ソリストの楽器に昇格

金属製の体鳴楽器 ⇒ シンバルはタッチ自体にしても色合いのパレットは無限。サスペンデッド・シンバルはホルダーに載せてマレットなどで叩くことにより、遥かに繊細な効果が出せる。トライアングルは、オーケストラで一番の高音。タムタムの親分格がゴングのグループで、金属膜1枚の無音程の銅鑼や有音程のゴングもある

補助的な楽器 ⇒ フランスではバスク太鼓とも呼ばれるタンバリン、カスタネット、カウベル、サイレン、ピストル、チューブ状のベル(チューブラー)、動物の声、シュレンバウム(金属棒の先にベルや鈴をつけた楽器)

ドイツのオーケストラは長いことだ楽器をほとんど用いないベートーヴェンやブラームス、ブルックナーに特化していたので、打楽器奏者の存在感はないが、フランスやアングロ・サクソン系では大きな存在感を誇る

 

7.    ハープ

47本の弦と7本のペダル(3段階のポジションがある)6オクターブをカバー、金属製の低音の弦とナイロン製の高音の弦を除く大半の弦が動物の腸で作られているため、温度と湿度の影響を受け、途中で調律し直すことができないので、オーケストラ全体の変化についていけない

いくつかの障碍があり、1つはリズムで、音が瞬間的に伝達される(打楽器より早く伝わる)ために指揮者の先回りをして演奏することができないので、出だしのごまかしがきかない、もう1つは譜読みの難しさで、指使いとペダルの操作について計画を練らなければならず、初見の演奏は不可能

オーケストラにハープが入ったのは、ベルリオーズの《幻想交響曲》の「舞踏会」をハープに託したのが最初、特にドイツ音楽では伴奏が遥かに多いのがハープ奏者の不満のタネ

 

8.    例外的な楽器 ⇒ 伝統的なオーケストラには属さず、常任のポストがない楽器

サクソフォン ⇒ 金管と木管のハイブリッド。第集団と演奏した経験がほとんどなく、指揮を受けての演奏の習慣もないので、オーケストラの領域に飛び込む絶好の機会だがリスクも大きい

撥弦楽器 ⇒ マンドリン、ギターなど

ピアノ ⇒ 交響曲でもピアノを用いる作曲家はいる。ショスタコーヴィチの《第1番》《第5番》など、最高峰はストラヴィンスキーのバレエ音楽《ペトルーシュカ》

 

9.    配置

弦楽器のパートの位置によってさまざまなバリエーションがある

19世紀にはヨーロッパでの配置が標準となり、1920年代まで続く ⇒ 「対向配置」と言われ、第1と第2ヴァイオリンが両側に分かれて指揮者を挟んで向かい合う。ヴァイオリンの2つのパートと、その応答とエコー効果が聞き取りやすい

1920年ストコフスキーがフィラデルフィア管で取った「アメリカ式」 ⇒ ヴァイオリンを纏めて左に配置し右端にはチェロを置く。レコード録音のため、音域ごとにはっきり分離する必要から発生。すぐに大陸にも波及

同時期ドイツでは、ヴァイオリンは纏めて左に置くが、右端にはヴィオラを置く配置で、フルトヴェングラー以降のベルリン・フィルは一貫して継続

1980年初頭、バロックや古典派、ロマン派のレパートリーを探求するアーノンクール、ブリュッヘン、ノリントンらは対向配置に戻し、コントラバスを左側に移動、パートごとの特性とステレオ効果を活用

ウィーン式配置法は、ヴァイオリンを左右に分けるが、コントラバスを中央後ろの壁際に横一線に配置することにより、コントラバスの音がベルリンほど密度が高くならず、背後の壁の反響効果で透明性が高められる

対向配置と相性がいいのはオペラのオーケストラで、ウィーン国立歌劇場管弦楽団はこの配置を採択。主要な歌劇場の大半も同様の配置

レパートリーにもより、古典派の交響曲やマーラーでは対向配置が必要となるのに対し、後期ロマン派や近代の音楽の多くはヴァイオリンをコンパクトなまとまりとして扱っているのでアメリカ式

管楽器はあまりバリエーションがない。弦楽器の後ろ正面にフルートとオーボエが横に並び、クラリネットとファゴットがその後ろに並ぶ

金管が木管の後ろで横一線に配置、左からトランペット、トロンボーンと続き、チューバが最右翼。ホルンはオーケストラによって異なり、指揮者の好みでも移動

階段状か平坦かの差もあるが、多くは指揮者の好み

 

第3部        指揮者との関係

1.    指揮者の役目

芸術的な協力関係なのか、力量のせめぎ合う関係なのか、階級的な関係か、あくまで平等な関係なのか

指揮者は、フランス語では「シェフ」、ドイツ語では「ディリゲント」で、何れも配下の者よりも上位にあることを示し、独裁者という概念を含むが、英語の「コンダクター」には両面的な意味があり、命令する者というより引率する者との意味合いが強い。イタリア語では、「マエストロ・コンチェルタトーレ」と「ディレットレ・ドルケストラ」の肩書があり、前者は多様なものを1つにまとめる「統合者」、後者はオーケストラを支配する「指導者」の意

18世紀末までは演奏者も少なく、音楽のリズム性も乏しかったので、室内楽から直接発展した演奏には第1ヴァイオリンがいれば一体感を保つのに十分であり、「プリムス・インテル・パレス(同輩中の第一人者)」でよかった

演奏者の数が増え続け、作曲法のシンメトリーが巨大化した複雑な韻律が支配するようになって指揮者が必要とされるようになり、指揮者はマエストロ・アッソルート(生ける神)にまで変身を遂げる一方で、オーケストラの存在感まで薄れた

1世代が、ハンス・フォン・ビューロー、ニキシュ、マーラーなど

2世代が、フルトヴェングラー、トスカニーニ、メンゲルベルクなど

3世代が、カラヤン、バーンスタイン、チェリビダッケなど

オーケストラの楽団員は、誰の指揮で演奏したかを自慢のタネにしながら、実は指揮者を批判的に見ている

楽団員から期待される指揮者像 ⇒ 楽譜に対する理解力、全体の流れの中でバランスを取りながら各パートの役割を正確に把握する必要、しっかりとした目的意識とその構想を実現させる説得力、音楽的な意図を伝え演奏者が音楽を辿りやすくなるようにする「腕」のある指揮者であること、合図やタイミングの指示は基本、音程とパートのバランスを監視し全体の変化に応じて細部を調整することのできる「確かな耳」、その指揮者の下での成功体験、指揮者が才能を引き出してくれること、演奏者への敬意

特に耳の良かったのはブーレーズやマゼール。轟音の中でも1音外せばそれを正確に指摘していたという

指揮者はコンドームのようなもの、ないほうが嬉しいが、あればあったで安心

ヴェルディの《ファルスタッフ》で初めてウィーン・フィルを指揮したバーンスタインは、アメリカ人指揮者がヨーロッパ文化の至宝を相手にする不安を覚え、ヴェルディとシェークスピアについてのスピーチをすることにしたが、5分も過ぎたころ楽団員の1人が腕時計を指さし、「いつ始めるのか」とでもいうような表情を見せたので、即座に自分の大失態に気付き、すぐに指揮棒を振り上げ、ウィーン・フィル楽団員との長年にわたる親密な関係が始まった

指揮者を評価する基準は、同時に矛盾も孕んでいる ⇒ 技術面にしてもそれがすべてではなく、「拍子をとるのは苦手だし興味がない」と言ったミュンシュやクーベリックは技術がすべてではないことやオーケストラの指揮が指揮棒によってのみなされるわけではないことを教えてくれる。ベルリン・フィルの楽団員は誰もがフルトヴェングラーを崇拝しているが、彼の指揮棒に頼っていては演奏の出だしがつかめないことは認めざるを得ず、指揮台に足をかけてから13数えればいいという説と、指揮棒が上着のボタンの高さまで上がるのを待てばいいという説が拮抗したという

指揮者の十戒にも例外が多い ⇒ 饒舌は嫌われるがカルロス・クライバーは例外、アバドのリハーサルは不明瞭で退屈だが本番は例外なく素晴らしい、パリ管はバレンボイムが大好きだったが、15年の在任中には中傷する者もいて「バダブーム(どすんばたん)」と綽名していた。指揮者とオーケストラの相性もある

指揮者がオーケストラに期待するのは、楽譜通りに演奏すること。十分な技術的レベルに加え全力投入と絶え間ない集中力が要求され、覚えが悪いのは嫌われる。演奏者の連続性も要求され、演奏の度にメンバーが異なるのを嫌う。指揮者が自分の指揮するオーケストラの限界を正確に把握していることが重要で、演奏者の最大限の力を引き出せる指揮者こそが偉大

 

2.    オーケストラを前にした指揮者

音楽監督(ドイツ語でシェフディリゲント、英語ではプリンシパル・コンダクター)は、一定期間オーケストラの指揮者を務める契約で任命

かつてはコンセルトヘボウのメンゲルベルク、レニングラードのムラヴィンスキー、フィラデルフィアのオーマンディ、コンセルトヘボウのハイティンク、ベルリン・フィルのカラヤン、イスラエルのメータのように終身の専属が多かったが、現在は契約が5,6年ごとの更新となり移り変わりが激しい。公演の半分前後を指揮、長いがゆえの確執もある

音楽監督はオーケストラの経営者でもあるが、近年ではオーケストラの経営はオーケストラ・マネジャーの手に移りつつある

客演指揮者は、オーケストラにとっては気分転換のようなもの

20世紀前半に成長した指揮者たちの世代は、指揮者が明らかに主導的な立場にあったため、権力の神髄と見做され、演奏者の生殺与奪の権まで握っていた ⇒ トスカニーニの激怒ぶりは有名だが、集団に対しての怒りであって演奏家個々人には敬意を表していた

専制的だったのは、フリッツ・ライナー、ジョージ・セル、ストコフスキー、クレンペラー、ムラヴィンスキーなど、逸話に事欠かない

ミュンシュ、ハイティンク、ジュリーニなど指揮の完璧さよりも指揮という職業の人間的な側面を優先させ、人間的なアプローチによって芸術的な完成度を最高レベルにまで高めたことが、楽団員の心からの敬意と愛情と激励という感情を最大限に引き出すことができたが、1つの時代の頂点だった

今日では、指揮者が独裁者のように振舞うのは難しくなってきた。オーケストラが受け容れなくなったからだが、権威とは音楽的な能力によって生まれるものであり、楽譜に対する知識から生じるものというのが定説

知識と技術と耳に加えて暗記力も指揮者の資質の1つ。写真的記憶力によって暗譜するミトロプーロスは超人的

指揮者とオーケストラとの確執も多い ⇒ 《ラ・ボエーム》の公演中にジュゼッペ・パターネがウィーン国立歌劇場を去った事件では、ミスを繰り返すホルン奏者を幕間で追い出そうとしたが、仲間が「フィルハルモーニカの演奏能力を判断する権限は指揮者にはない」と言って同僚を庇ったため指揮者が去り、指揮アシスタントも指揮者を擁護したため、第1ヴァイオリン奏者で指揮経験もあったエーリッヒ・ビンダーが臨時の役割を引き受けて残り2幕を乗り切った

1980年代末、フランス国立管のアメリカ巡業でのこと、長年音楽監督として敬愛されるマゼールが突然ある楽団員を忌避、休憩時間に彼がいるなら自分はやめると言い出し、楽団員が仲間を擁護したため、マゼールは去り、オーケストラとの関係は完全に断たれ、マゼールの公式な伝記からも、パリ国立管との関係が完全に抹消された

(84年ウィーン国立歌劇場総監督を追われ、80年代後半にはカラヤンの後任に確実視されながら逃し、挫折のピークにあった精神的な不安定さからではないか?)

今日の常設のオーケストラの原則は、指揮者が変わろうとオーケストラは変わらない。そして今日の指揮者は変わるのが早い

1953年、アーノンクールによってウィーン・コンツェントス・ムジクスが創設され、バロック・アンサンブルが隆盛を迎えるとともに状況が変化 ⇒ 楽団員が企画のためだけに契約した一時的な楽団員であり、常勤の雇用者ではないこと、固定観念にはまった習慣的な演奏からの脱却、経済モデルと変わらない市場原理、完全に民主的な団体精神、常に開拓者精神など。思いを一にする演奏家たちの一時的な集合体

 

3.    指揮者を前にしたオーケストラ

「オーケストラは朝食に指揮者を喰らう」

指揮者に対するオーケストラの否定的な態度には長い歴史がある

大前提として、楽団員はみな、長く険しい教育を受け、厳しい入団試験に合格してオーケストラの一員となった者たちだということがあるり、自分たちを指揮する者に対しても自分たちに求められたのと同じことを求めるのは当然

楽団員にとっては、指揮者から大事にされていることが不可欠

時に辛辣になるが、それは楽団員たちが巨匠につける綽名でもよくわかる ⇒ ウィーンでは英語圏出身者がバレンボイムに「ボーリング(退屈な)ボイム」と綽名をつけたり、《海》の演奏のあとで、「彼の生まれを考えれば驚くことじゃない。きっと死海に違いない(ユダヤ系のバレンボイムへの当てこすりとも受け取れる)」と言って問題視された

ながらくフランスでも一番危険なオーケストラとされてきたのがパリ国立歌劇場管で、息の根を止められた指揮者は多数に及ぶ

アメリカのオーケストラには指揮者の動作に素直に従うという習慣があり、意図的に不鮮明な出だしを指示しても理解できないところがあって、指揮者と言い争いになる

女性に対する偏見も弱まりつつある。05年ハンブルク州立歌劇場の総支配人となったオーストラリア人のシモーネ・ヤングにしても、93年にはウィーン・フィルによってウィーン国立歌劇場での指揮を拒絶されている

外国偏重もあって、フランス人指揮者は同レベルの外国人指揮者よりもフランスのオーケストラの頂点に立つのが難しい。アメリカ、イギリス、スカンジナヴィア、日本は楽団員の集中力のレベルが傑出しているとして、指揮者の楽園と言われる。ブーレーズやプレートルでさえ、パリで迎えられたのは外国で大歓迎を受けた後だった。ドイツの代表的な15のオーケストラのうちドイツ人が指揮するのは3つ、イギリスでは15のうち2つのみ

バレンボイムはパリ管を1975年に32歳で音楽監督として引き継ぎ、80年代末までにサル・プレイエルという素晴らしいホールを手に入れたほか多大の貢献をし、末期にはオーケストラとの関係がかなり緊張したが、正面から異議を唱える者はいなかったが、後任のロシア人セミヨン・ビシュコフになると、出身地レニングラードが地盤のショスタコーヴィチの演奏を得意としたがそれ以外のレパートリーは狭く、言葉も不得意で、楽団員との軋轢が激しくなり喧嘩別れとなった。ビシュコフはその後ケルンWDR響の指揮者となり、素晴らしいオーケストラに仕上げている

 

訳者あとがき

この本は、オーケストラにまつわるいろいろな疑問に対し、丁寧に、楽しく答えてくれる事典的エッセイであり、オーケストラという組織を構成する個人の仕事ぶりについて、その中の人たちが同僚とどんなふうにオーケストラを運営しているか、組織図や人間関係はどんな風になっているか、オーケストラを企業として紹介したかと思うと、「社員」がいわゆる歯車の1つとして機能するというだけでなく、有機的に大小の物事がオーケストラの内外で流転していく様まで文章で描こうとしている

作者は、世界中のオーケストラからプログラムや団員名簿の類を取り寄せ、彼等の記録をこしらえることでオーケストラの有機体のありようをリアルに知ろうとした

ティンパニ奏者のフランソワ・デュパンの導きでオーケストラの内側の情報に触れ、ジャーナリストの道に就く。作者はラジオで本書のタイトルである「オ・クール・ド・ロルケストル」という番組を担当、その第1期で語った内容をまとめたのが本書

 

 

 

オーケストラ 知りたかったことのすべて

2020.3.21. 朝日新聞

 

(書評)『オーケストラ 知りたかったことのすべて』 クリスチャン・メルラン〈著〉

 個性が奏でるこの夢心地の瞬間

 文字通り、オーケストラを丸ごと書いた本だ。組織と序列、楽団員の採用と生活ぶり、生涯の道筋、各パートの特性や楽団員と指揮者との関係などが、事例豊かに描かれる。社会階層と楽器との関係や、女性受け入れまでの長い道のりなど、目配りも細やかだ。

 集団で演奏する弦楽器奏者と、ソロ・パートの多い管・打楽器奏者との対比も面白いが、楽器紹介の中で興味深いのは、フランス派とドイツ派との対立だ。コントラバスの弓のスタイルや、フランス派バソンとドイツ派ファゴットとの勢力争いでは、いずれもドイツ派が優勢らしい。行間にフランスで活躍する著者の無念が滲(にじ)む。

 19世紀から現在までの名演奏家や指揮者たちの生き生きとした描写も魅力的だ。その眼力で、打楽器奏者に人生最高の連打をさせるフルトヴェングラーや、20世紀最高のオーボエ奏者と言われながらプレッシャーのためかアルコールにのめり込んでしまったローター・コッホなど、博覧強記ぶりが遺憾無く発揮される。トロンボーン奏者ファン・ライエンなど、今日のスターへの言及も怠らない。

 抱腹絶倒の挿話も満載である。本番中、ティンパニのパート譜が一枚、自分の楽譜に紛れ込んでいるのに気づいたヴァイオリン奏者が、それを紙飛行機にして飛ばし、ティンパニ奏者を救う代わりに指揮者を仰天させてしまったり、フランス国立管弦楽団の日本公演中に、演奏箇所が分からなくなった指揮者がヴィオラ奏者に小声で「今はどのあたりかな」と問いかけると、「ここは日本ですよ、先生」という答えが返ってきたり、などなど。生演奏の緊張と隣り合わせだからこそであろう、この手の笑い話はこたえられない。

 ともに演奏するということは、ともに生きることを学ぶことでもある、とはムーティによる序文の言葉である。確かに、個性を重んじる音楽家たちが集団で演奏するということは、永遠の逆説かもしれない。しかし、オーケストラは軍隊というより機能性の高い蜂の巣や、社会性のある蟻(あり)の巣に近いという表現からは、この逆説的存在に対する著者の愛情と薀蓄(うんちく)の深さとが伝わってくる。

 欧米中心の叙述であり、日本とは事情が異なる面も多々あろう。とはいえ、一読の後はコンサートの舞台に新たな発見があることは必至である。さらにはネット上で、往年の名演奏家たちの録音を探したくもなる。名指揮者の錬金術によりメンバーが一体となり、「指揮者とオーケストラがともに飛び立つ」夢心地の瞬間を、聴衆として共有する楽しみは何ものにもかえがたい。ウイルス対策によりコンサートが自粛される中、励ましとなってほしい一冊である。

 評・西崎文子(東京大学教授・アメリカ政治外交史)

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 『オーケストラ 知りたかったことのすべて』 クリスチャン・メルラン〈著〉 藤本優子、山田浩之共訳 みすず書房 6600

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 Christian Merlin 64年生まれ。仏リール第3大学音楽学助教授。00年から仏「フィガロ」紙の音楽批評家。本書はラジオの音楽番組で語った論評をもとにしている。ドイツ語の教授資格者、文学博士。

 

 

みすず書房HP

有機的存在としてのオーケストラ一般というトピックは、これまで書ける人がいなかった。他にまったく類のないこの人間組織の核心にせまる画期的かつ最高に楽しい本を、ここに刊行する。
基本的問題からちょっと気になる小事まで、世界のオーケストラや楽団員や指揮者のあらゆる情報を満載。この600頁に及ぶ「事典的エッセイ」に、ファンは満喫できること間違いないだろう。
たとえば以下のような話題——楽団員はなぜその道を選んだのか、ソロ演奏家の挫折組なのか/オーケストラはどのように運営され、組織図や人間関係はどうなっているか/演奏中ほぼ弾きつづけているヴァイオリン奏者と演奏機会の少ないハープなどの楽器の演奏者の給料は同じなのか/定年までに450回も同じ曲を演奏するというのはどんな経験か/ヴィオラ奏者の思い/ティンパニの役割とは/オーケストラの配置はどのようにして決まるのか/ウィーン・フィルに女性が少ないのは/オーケストラによる響きの違い、にじみ出る国柄の原因は/なぜ指揮者が変わるとオーケストラの音も変わるのか……
巻末には「主要オーケストラ略歴」「世界の主要400オーケストラ、国別一覧」ほか、膨大な人名索引・楽団名索引付。

「オーケストラを支え、発展させることは、人類の幸福のためにも必要なことである。音楽とは民族間のコミュニケーションを促し、相互理解を深める存在なのだ」
(序文 リッカルド・ムーティ)

 

 

オーケストラ 知りたかったことのすべて クリスチャン・メルラン著 

2020/04/19 05:00 読売新聞

トラブルと奇跡の宝庫

 評・三中信宏(進化生物学者)

 かつて評者が大学オーケストラの打楽器奏者だったとき、笑うに笑えぬ演奏事故に何度も遭遇した。しょせん大人数のアマチュア楽団員によるパフォーマンスだから悲喜劇はつきもの。楽団員や合唱団員が何百人いようとも、気合を入れた大太鼓や銅鑼(どら)響的一撃をはずしてしまったら一巻の終わりだ。

 欧米の名だたる管弦楽団の歴史と事情に通じた著者は、プロのオーケストラでさえいろいろな意味で完璧ではないというエピソードの数々を600ページにも及ぶ本書にぎゅっと詰め込んだ。来日公演の本番中に振りまちがえてしまった指揮者が「今はどのあたりかな」と眼の前のヴィオラ奏者にそっと尋ねたら「ここは日本ですよ、先生」と即答されたという。それ、掛け合い漫才ですか。

 どのオーケストラも、コンサートマスターを筆頭として各楽器パートの第一奏者ソリストが全体の音づくりを先導する。しかし、ソリストだけがオーケストラの構成員ではない。その他大勢のオーケストラ団員すなわちテュッティストたちにも人生行路の浮き沈みがある。

 「オーケストラはトラブルの宝庫であるとともに、奇跡の宝庫でもある」という著者の言葉は誇張ではないが、想像を超える生存競争はたじろぐばかりだ。オーケストラの団員ポストをめぐる熾烈な争奪戦、新米の団員が受ける厳しい試練、指揮者とオーケストラ団員の蜜月と仲違い、数知れないパワハラやセクハラ事件など、一般社会の縮図のような濃密な光景がオーケストラという狭い世界の中で繰り広げられる。

 長い歴史をもつオーケストラほど独自のサウンドが醸成され、たとえ団員が入れ変わってもその音響的伝統は長年にわたって聴衆を魅了する。文化的実体としてのオーケストラはひとつの大きな群体生物あるいは超生物かもしれない。この生き物には昨今のコロナ禍をしぶとく生き抜いてほしい。藤本優子、山田浩之訳。

 Christian Merlin=1964年生まれ。フランスの音楽ジャーナリスト。「フィガロ」紙の音楽批評を担当。

 <注>原題は「Au coeur de l’orchestre」です。

 

 

Wikipedia

オーケストラ(/: orchestra[ 1][ 2])は、音楽の一種である管弦楽(管弦楽曲)、または、管弦楽曲を演奏する目的で編成された楽団(管弦楽団)を指す。日本語では後者の用法が主である。

目次

1概要

2歴史

3運営・組織

3.1日本における新型コロナウイルス感染拡大の影響

4編成

4.1中世音楽

4.2ルネサンス音楽

4.3バロック音楽

4.4古典派音楽の二管編成

4.5盛期ロマン派音楽の二管編成

4.6ロマン派から近代にかけての三管編成

4.7近代から20世紀中葉までの四管編成

4.820世紀以降の五管以上の編成

4.920世紀後半以後の一管編成

5楽器の配置

5.1古典的配置

5.2現代における一般的な配置

5.3変則的配置

6指揮者

7用語

8評価

9オーケストラを題材にした作品

10脚注

10.1注釈

10.2出典

11参考文献

12関連項目

13外部リンク

l  概要[編集]

明治時代に雅楽の用語から転用された「管弦楽」が orchestra の日本語訳(和製漢語)となっており、また、「管弦楽団」もオーケストラと言う。

交響曲を演奏する楽団を英語 symphonic orchestra (日本語では英語風にシンフォニック・オーケストラ、あるいは、前半部のみドイツ語風にシンフォニー・オーケストラ/管弦楽団)というが、これは「楽団」と訳される。ただし英語で philharmonic orchestra(日本語では英語風にフィルハーモニック・オーケストラ、あるいは、前半部のみドイツ語風にフィルハーモニー・オーケストラ/管弦楽団)との名称もある。philharmonic は「音楽を愛好する」という意味のギリシャ語に由来し、「交響楽団」と意味が異なる。ドイツ圏ではPhilharmonikerSymphoniker、英語圏ではphilharmonicなどのみでorchestraを含まない名称の管弦楽団も多数存在する。

両者の違いは、楽団の維持費が寄付によるかどうかであるとする説もあるが、現状ではオーケストラの名称として曖昧に使用されている。ポピュラー音楽と比べ、演奏に必要な楽員の数が圧倒的に多いため、その存立には演奏収入以外にも経済的根拠が必要であり、それが富裕層の私的財産なのか、公的な補助金なのか、市民らの寄付なのかという違いもあり、名称にまで影響を与えている。

室内楽団や室内オーケストラ(chamber orchestra)が1声部1人を基本とするのに対し、一般的なオーケストラは1声部を複数で担当し、通常、指揮者により統制されて演奏する。各声部は弦楽器管楽器木管楽器および金管楽器)・打楽器があり、さらには鍵盤楽器や、現代的には電気楽器も加わる場合もある。主にクラシック音楽を演奏するが、ラテン音楽ジャズ、その他のジャンルを演奏する団体もある。クラシックの団体が別名で軽めのクラシックやポピュラー音楽を演奏するためのポップス・オーケストラはおおむね母体と同様の楽器編成であるが、これに対しイージーリスニングなどポピュラー音楽専門のオーケストラは四部または五部のストリングスに自由な編成の管楽器、打楽器、エレキギターを加える。ダンス音楽や行進曲などを演奏する小規模な編成のものはバンドなどとも呼ばれる。フルートオーケストラマンドリンオーケストラウインドオーケストラ(管楽器のみ)という言葉も使用されているが、それらは以下で述べる厳密な意味でのオーケストラではない。マハヴィシュヌ・オーケストライエロー・マジック・オーケストラなどのように、数名編成でもあえてこの名を用いるバンドについても同様である。

ロマン派音楽の頃に多かったオーケストラ編成が、標準的な編成とされている。古典的な作品の演奏ではこれよりも若干小規模で、近代的なものには、より大規模なものも存在する。これらの編成は、主要な管楽器の員数によって二管編成、三管編成、四管編成など呼ぶ。下記の編成の例は二管編成である。団体としてのオーケストラの構成員の数は様々なので、団体と作品によっては通常の団員に加えて臨時参加の奏者を加えて演奏することもある。

l  歴史[編集]

オーケストラの語は、ギリシャ語のオルケーストラ(ορχηστρα)に由来する。これは舞台と観客席の間の半円形のスペースを指しており、そこで合唱隊(コロスコーラスの語源)が舞を踊ったりしていた。

現在の弦楽合奏に管楽器の加わった管弦楽の起源としては、ヴェネツィア楽派の大規模な教会音楽や、その後のオペラの発展が重要である。古典派期には交響曲協奏曲オペラの伴奏として大いに発展し、コンサートホールでの演奏に適応して弦楽を増やし大規模になり、またクラリネットなど新しい楽器が加わって、現在のような形となった。グルックのオペラ『オルフェオとエウリディーチェ』において、ピッコロクラリネットバスドラムトライアングルシンバルがオーケストラに加わった。

ロマン派音楽ではさらに管楽器の数や種類が増え、チャイムマリンバグロッケンシュピールなどの打楽器が加えられた。時にはチェレスタピアノなどの鍵盤楽器やハープが登場するようにもなった。

l  運営・組織[編集]

多くのプロ・オーケストラは常設かつ専門の団体である。

歌劇場のオーケストラピット内での活動を主とするオーケストラはドイツを中心に多数存在し[1]、そのほとんどがオペラのみならず演奏会も行う。ウィーン国立歌劇場管弦楽団員の中から組織されるウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は、その一例である。ドイツ圏はあわせて下記の放送交響楽団や、いずれにも属さないコンサートオーケストラも非常に盛んなこともあり、世界でも群を抜いたオーケストラ大国となっている。東西ドイツ統一時にはプロオーケストラの合計数200といわれた(オーストリアやスイスは含まれない)が、現在は統合により若干減少している。ただし、税金の補助が厚いため、たとえば概ね自主運営に頼るロンドンの5大オーケストラが7090名編成で大曲演奏の際はエキストラを入れているのに対し、人口7万の都市に拠るバンベルク交響楽団ですら110名編成を擁する(同団は元は大都市プラハを基盤にしていたという特殊な歴史的事情もあるが)など、全体にフル編成志向が強い。これは、ローテーション式が多い歌劇場管弦楽団の伝統も影響している。オーケストラは小編成で発足して徐々に拡充していく例が一般的で、大編成オーケストラは財政基盤が安定していることが多いため、編成の大きさがそのままオーケストラの格付けに結びつくように誤解されることもあるが、必ずしもそうではなく、あえて三管編成にとどまったまま世界一流と見なされる団体もロンドンなどをはじめ多く存在する。

また、放送局が専属のオーケストラを持つ例も多い(放送オーケストラ)。これはもともと、番組のテーマ曲、ドラマの伴奏、各種の放送用音楽を調達しやすくするために所有しはじめたのが根源であり、大小さまざまな放送局がそれぞれの経済規模にあったオーケストラを所有していた。大きな放送オーケストラは、主に国家予算で運営されてきた、世界の国営放送局や、それらにかわる公共放送局などであり、放送の歴史が長い欧州に多い。ラジオフランスに代表される各国の国営放送直営の楽団や、ドイツの各地域を担当する公共放送局の楽団(バイエルンベルリン北ドイツなど)などがその例である。BBC有名交響楽団を持つ公共放送局である。また、商業放送会社が所有したオーケストラの一例として米国NBCが所有していたNBC交響楽団がある。日本においてはABCABC交響楽団ほか複数の管弦楽団を所有し、演奏会のほかに、放送番組用の音楽を多数演奏した。また日本フィルハーモニー交響楽団は、当初文化放送の専属オーケストラとして誕生し、フジテレビジョンと専属契約を結んでいた。NHK交響楽団は独立した財団法人ではあるが、日本放送協会(NHKと密接な関係を有しており、放送局付属オーケストラに準ずる存在となっている。また、ベルリンの米軍占領地から東ドイツに向けて放送されていたRIASが所有していたベルリン放送交響楽団などもあり、現在も名を変えて活動している。

地方都市に本拠を置く楽団の場合は、楽団の運営資金の多くを自治体に依存して運営されていることがある。この場合、自治体の財政状態に楽団の運営も左右されがちになっている。

反面、独立の団体としてのオーケストラは、オーナーからの定期的な演奏の発注がないため、定期演奏会の入場料やレコード録音の契約料を頼みにしなければならず、優れた契約スポンサーを持っているか、ごく一部の人気楽団や経営形態の改善に成功した楽団を除けば、これだけで存立することは難しい。オーナーやスポンサーの引き揚げによって、独立運営を強いられるケースもあり、これは直接オーケストラの存続に関わる。海外ではEMIの支援を失ったフィルハーモニア管弦楽団の解散[ 3]、日本でも1972日本フィルハーモニー交響楽団の解散・分裂などの事例が発生している。上2件は再建に成功した例だが、NBC交響楽団はスポンサー撤退、新組織以降後9年で消滅した。日本のABC交響楽団に至っては名義の継承先が転々として解散時期すら明確に記録されていない。

以上のような常設楽団に対し、毎年の音楽祭などで臨時に集まる音楽家によって組織されるものも存在する。例えばバイロイト祝祭管弦楽団が有名なものであり、日本ではサイトウ・キネン・フェスティバル松本の際に結成されるサイトウ・キネン・オーケストラなどがある。これらは、その都度メンバーが変わることも多く、特にバイロイト祝祭管弦楽団はウィーン・フィル団員が多数を占めた時期、ベルリン国立歌劇場管弦楽団員が主体であった時期など、年度によって響きが大きく変わっているといわれる。また、通常は楽員が個別の音楽活動をし、コンサートの度に集まる形で運営されている非常設楽団も存在する。日本では静岡交響楽団浜松フィルハーモニー管弦楽団Meister Art Romantiker Orchesterなどがその例である。

日本における新型コロナウイルス感染拡大の影響[編集]

日本オーケストラ連盟によると、加盟37楽団のうち、団員が給与だけで生計を立てられるのは元々約半数であったが、2020における新型コロナウイルスの感染拡大で多くの公演が中止・延期になり、給与はさらに減少した。学校等で教える仕事も臨時休校で中止となり、楽団の収入減少により団体存続の危機が起きている。楽団に所属しない個人演奏家の場合はさらに深刻で、オーケストラにエキストラ出演するフリーランスの演奏家は必要不可欠だが、公演中止のほか講師の仕事もなくなり、自宅での個人レッスンのみで個人収入が減っているという[2]

l  編成[編集]

1ヴァイオリンからコントラバスまでの弦五部は多くの場合、各部の人数が演奏者に任されているが、現代では一般的に次のようなパターンがある。

管楽器の規模の例

1ヴァイオリン

2ヴァイオリン

ヴィオラ

チェロ

コントラバス

プルト比率

二管編成

8

8

6

4

3

12

43211

二管編成

10

10

8

6

4

24

54321

二管編成

12

12

10

8

6

4

65432

三管編成

14

14

12

10

8

6

76543

四管編成

16

16

14

12

10

8

87654

四管編成

18

18

16

14

12

810

98765

五管編成

20

20

18

16

14

10

109875

管楽器は原則として楽譜に書かれた各パートを1人ずつが受け持つ。ただし実際の演奏会では、倍管といって管楽器を2倍にしたり、「アシスタント」と呼ばれる補助の奏者がつくこともある。

楽譜に示されたオーケストラの編成の規模を示すのに、二管編成、三管編成、四管編成という言葉が使われる。いずれも木管楽器の各セクションのそれぞれの人数によっておおよその規模を示す。

中世音楽[編集]

この時代の西洋にはオーケストラは存在しないと言われている。しかし西洋以外では、当時の中国宮廷音楽は数百人の合奏による音楽が演奏されていることを示す資料が発掘されている[3]

ルネサンス音楽[編集]

モンテヴェルディはスコア序文に楽器編成を書いた世界初の作曲家である。そこにはオーケストラの黎明期の編成が記されている[4]

バロック音楽[編集]

バロック期のオーケストラでは、管楽器は各パート1名、ヴァイオリンは2パート23名ずつ、ヴィオラ、チェロ2名、コントラバス、ファゴット、鍵盤楽器各1名という程度の規模が多く、大規模でも総勢20名程度のものであった。弦楽を含めた全てのパートを各1名で奏することもある。そのため、バロック期のオーケストラは室内楽あるいは室内管弦楽の範疇とされることもある。なお、1749ヘンデルによって作曲された管弦楽組曲王宮の花火の音楽」では、大国イギリスの国家行事という特殊事情もあり、現在考えても膨大な100人という規模の楽団によって、式典の屋外会場[5]で盛大に演奏された(参照:巨大編成の作#番付外)。

次に示すのは、18世紀前半頃の後期バロック音楽J.S.バッハテレマンヘンデル等の盛期)の曲に多く見られる、規模の大きめな管弦楽編成の例である。

木管楽器

オーボエ(曲によってはオーボエ・ダモーレ 2 ほとんど欠かさず

フルート 2 しばしば (曲によってはリコーダー 2

オーボエ・ダ・カッチャ(コーラングの先祖) 時による

ファゴット1 時により旋律楽器として。その場合もふつう通奏低音を兼ねる。

金管楽器

トランペットD管) 23 祝祭的な曲においてしばしば

ホルン 2 時による

打楽器

ティンパニ 21対) 通常、トランペットとセットで

弦楽器

1ヴァイオリン

2ヴァイオリン

ヴィオラ

通奏低音

チェロ

ファゴット しばしばチェロの補強として

コントラバス(またはヴィオローネ チェロの8度下

チェンバロ 低音部の旋律と、それに付随する和音を即興で奏でる

ポジティフ・オルガン 宗教的な曲においては欠かさず

古典派音楽の二管編成[編集]

古典派二管編成は、フルートオーボエクラリネットファゴットが各2名(ピッコロが加わるなどの多少の増減はあり得る)で、ホルントランペット2名程度、ティンパニ弦楽五部(第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)である。この編成に見合う弦楽五部の人数は「12型」[ 4]6-5-4-3-2プルト[ 5]程度であり、オーケストラ総勢で60名ほどになる。

モーツァルト交響曲第1を父レオポルトの指導の下で作曲した際の編成は「オーボエ2、ホルン2、弦五部」であった。

以下は、古典派音楽の盛期頃(ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン)に多く見られる編成の例である。ただし、この頃は標準編成なるものは存在せず、オーボエ2とホルン2と弦五部に加え「パトロンからの命令」で決まった編成が多い。

木管楽器

フルート 2

オーボエ 2

クラリネット 2

ファゴット 2

金管楽器

ホルン 2

トランペット 2

打楽器

ティンパニ(1対)

弦楽器

1ヴァイオリン

2ヴァイオリン

ヴィオラ

チェロ

コントラバス

盛期ロマン派音楽の二管編成[編集]

後期ロマン派二管編成は、フルートオーボエクラリネットファゴットが各2名(それぞれの派生楽器であるピッコロイングリッシュホルンバスクラリネットコントラファゴットへの持ち替えもありうる)で、ホルン4名、トランペット23名程度、さらにトロンボーン3名、チューバが加わる。ティンパニの他に若干の打楽器が4名程度加わる。さらに編入楽器としてハープが加わる。弦楽五部(第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバス)である。この編成に見合う弦楽五部の人数は現代のコンサートにおける標準的な編成で「14型」[ 6]7-6-5-4-3プルト程度であり、オーケストラ総勢で80名ほどになる。チャイコフスキーの作品は、現在このくらいの規模で演奏される。

音響空間次第で、弦の数を変えることは可能である。結果的に、二管編成を完成させた時期はチャイコフスキーが活躍した時代である。多くの作曲家がこの編成をベースに協奏曲を書いている。

木管楽器

フルート 2 ピッコロへの持ち替えあり

オーボエ 2 イングリッシュホルンへの持ち替えあり

クラリネット 2 バスクラリネットへの持ち替えあり

ファゴット 2 コントラファゴットへの持ち替えあり

金管楽器

ホルン 4

トランペット 2

トロンボーン 3

チューバ 1

打楽器

ティンパニ1対)

その他の打楽器

編入楽器

ハープ

弦楽器

1ヴァイオリン

2ヴァイオリン

ヴィオラ

チェロ

コントラバス

ロマン派から近代にかけての三管編成[編集]

三管編成は、フルートオーボエクラリネットファゴットが各2名にそれぞれの派生楽器が加わって、フルート、オーボエ、クラリネット、ファゴットの各セクションが3名となる。ホルン4名程度、トランペットトロンボーンが各3名程度、チューバ1名となる。打楽器もティンパニ12人を含む6名程度、編入楽器はハープ1名にさらにチェレスタが加わることがある。この編成に見合う弦楽五部の人数はいわゆる「16型」[ 7]8-7-6-5-4プルト程度であり、総勢90名ほどである。

ワーグナーの「ジークフリート」はその最初の完全な形[6]といわれている。

日本のオーケストラは三管に対して伝統的に16型で対応してきた(1980年代まで)が、近年では世界的な常識にあわせ14型に直しているオーケストラが優勢になった。結果的に三管編成を完成させた時期はラヴェルが活躍した時代である。最終的に、オーケストラに最も適したサイズとされ国際的な標準になった。近年は、14型を下回る3管編成も珍しくなくなってきている[7]

木管楽器

フルート 2

ピッコロ 1

オーボエ 2

イングリッシュホルン 1

クラリネット 2

バスクラリネット 1

ファゴット 2

コントラファゴット 1

金管楽器

ホルン 4

トランペット 3

トロンボーン 3

チューバ 1

打楽器

ティンパニ

その他の打楽器

編入楽器

チェレスタ

ハープ 12

弦楽器

1ヴァイオリン

2ヴァイオリン

ヴィオラ

チェロ

コントラバス

近代から20世紀中葉までの四管編成[編集]

四管編成では、フルートオーボエクラリネットファゴットの各セクションが4名となる。ホルン4から8人、トランペットトロンボーン34人、チューバ12人。打楽器もティンパニ12人を含む7名程度。編入楽器は4名程度。弦楽五部もいわゆる「18型」[ 8]9-8-7-6-5プルト程度となり、総勢100名にものぼる。ワーグナーマーラーストラヴィンスキーベルクの作品には、この規模の作品が多い。その最初の形はベルリオーズレクイエム作品5や同じくテ・デウムであるが、当時はいわゆる倍管機能のユニゾンで、後年ワーグナーがその「ニーベルングの指環」や「パルジファル」でその編成を機能的にほぼ組織化した。

国際的には四管編成には16型で対応しており、18型は稀である。ホルンが4から8人に増えるのは、ホルンは通常1パートを2人で編成する為、四管編成だと倍の8人となる。その他ワーグナーやブルックナーなどの曲でホルン奏者の一部がワグナーチューバに持ち替える為、奏者が多数必要となる。チューバの本数が増えない理由は、増数したトロンボーンがバストロンボーンやコントラバストロンボーン、チンバッソなどチューバの音域を賄える楽器である為にチューバの数が増えないと考えられる。かつては3台ハープや3台ピアノも普通に見られたが、現在ではハープや鍵盤が二台を越えることはほとんどない。結果的に、四管編成を完成させた時期はリヒャルト・シュトラウスが活躍した時代である。

木管楽器

フルートアルトフルートへの持ち替えあり

ピッコロ 1

オーボエ 3

イングリッシュホルン 1

クラリネット 3

バスクラリネット 1

ファゴット 3

コントラファゴット 1

金管楽器

ホルン 46、上記の理由や木管とのバランスを取るために8本のときもある。

トランペット 34、補助を入れて5人使うこともある。

トロンボーン 34

チューバ 1、バランスの関係で2人のときもある。

打楽器 (約6人)

ティンパニ 124個以上、普通は6個ないし8

その他の打楽器 (4人ぐらい)

編入楽器

チェレスタ

ハープ 12、バランス上4人のときもある

弦楽器 (普通は16型)

1ヴァイオリン16

2ヴァイオリン、14

ヴィオラ12

チェロ10

コントラバス8

20世紀以降の五管以上の編成[編集]

四管編成よりさらに大きく、各セクションが5人平均となるもの(五管編成相当)もある。ここでは、各セクション4本ずつのスタンダードの木管楽器の上に、ピッコロイングリッシュホルンバスクラリネットコントラファゴットが加わった形が多い。ホルン8人以上。トランペット5から6人。トロンボーンは差が大きく3人から5人。チューバ2人以上が多い。打楽器7人以上。弦楽合奏は「20型」[ 9]10-9-7-6-5プルトが一般的でさらにオルガンピアノチェレスタ4人以上のハープギタマンドリンが付くこともある。リヒャルト・シュトラウスマーラーストラヴィンスキーの他に、シェーンベルクヴァレーズケージ等がいる。管弦楽120名を超える。

なお、これよりもさらに大きな編成で書かれた巨大編成の作品もある。リヒャルト・シュトラウスの「タイユフェ」作品52ヴァレーズの「アメリカ」(1922年版)メシアンの「アッシジの聖フランシスコ」や「閃光」、ハヴァーガル・ブライアン交響曲黛敏郎の「涅槃交響曲」などがそれにあたる。なおこのような木管楽器の編成は、各セクションが同程度の人数というような形式にあまり当てはまらず、フルートクラリネットが多くなる割りには、オーボエファゴットはあまり多くならない傾向があり、金管楽器も相当変則的になり、国際的な基準というものはない。

20世紀後半以後の一管編成[編集]

最も小さな編成に、木管楽器が1人ずつ程度の編成[ 10]がある。ワーグナーの「ジークフリート牧歌」は、基本的に木管各1名、ホルン2トランペット1打楽器は無しで、弦もワーグナー自宅での初演時は1人ずつであった。これは20世紀後半の室内オーケストラを先取りするものであったが、当時は「オーケストラ」とはみなされていなかった。

ウェーベルンの「5つの小品」作品10のように多くの打楽器鍵盤楽器が入っていたり、同じく作品2129シェーンベルク室内交響曲1番のような変則的なものも多い。しかし、この「変則」的な組み合わせが20世紀後半の音楽では優勢になる。室内オペラはこの編成で書かれることがある。

戦後はシェーンベルクに倣い、管楽器の数が弦楽器を上回った室内オーケストラは、20世紀後半以降数多い。ヘンツェのレクイエムは弦楽器の量を管楽器が優に上回る典型例である。

楽器の配置[編集]

オーケストラの楽器配置の一例(「ヴァイオリン両翼配置」)

オーケストラの楽器配置(Setting, Aufstellung)にはさまざまなやりかたがある。時代によって、また指揮者の方針によって工夫が重ねられてきた。

古典的配置[編集]

20世紀前半から半ばにかけては、第1ヴァイオリンと第2ヴァイオリンを左右に分ける楽器配置が多かった。これは「ヴァイオリン両翼配置」「対向配置」などと通称されている。

現代における一般的な配置[編集]

一方、華麗なオーケストラ・サウンドを追究し続けた指揮者レオポルド・ストコフスキーは、1930年代に独自の楽器配置を造り出した。これは、客席から向かって左側から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロが並び、チェロの後方にコントラバスが置かれる。つまり、客席から向かって左から右にかけて、弦楽器を高音から低音へと並べるのである。この配置は「ストコフスキー・シフト」と通称され、コンサート・ホールでの響きが豊潤になるという利点とともに、1950年代頃から一般的に行われるようになったレコードのステレオ録音にも適しているとみなされ、20世紀後半には世界中のオーケストラに広まっていった。

現在使われている近代的なオーケストラの配置の一例(方向は、客席側から見たもの)を示す。弦楽器は「ストコフスキー・シフト」によっている。

指揮者:最も前方の中央に立つ。

弦楽器:演奏者2人でプルトを組む。左側から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、右側後方にコントラバスが並ぶ。

ただし、楽団によってはヴィオラとチェロの位置を入れ替えているところもある。

コンサートマスターは、第1ヴァイオリン最前列、客席側に座る。

木管楽器:弦楽器後方に2列で並ぶ。前列左側からフルート、オーボエ、後列左側からクラリネット、ファゴットが並ぶ。

金管楽器:木管楽器後方に、左側からトランペット、トロンボーン、チューバが並ぶ。ホルンはトランペットの左側に2列で並ぶことが多いが、右側になることもある。

打楽器:金管楽器の後方、または舞台左奥に配置される。

ピアノ、ハープ:第1ヴァイオリンの後方に配置される。

合唱:合唱が含まれる曲の場合、オーケストラの後方に合唱団が配置される。

外部リンクstage formation of orchestra (オーケストラの楽器の並べ方)

変則的配置[編集]

現在のオーケストラはチューバが指揮者のすぐ横[8]にいる、またはハープが指揮者の真ん前にいる[9]、などといった変則配置は当たり前になっている。
ルチアーノ・ベリオの「コロ」は声楽家と器楽奏者がペアを組んで座る[10]
前衛の時代は変則配置で当たり前、という時代だったが、現代音楽の退潮に合わせて本来の古典的な配置を好む作曲家も多い。

l  指揮者[編集]

多くの場合、指揮者は(専属契約を結んでいる場合でも)オーケストラの一員ではない。演奏会ごとに違う指揮者が指揮をすることが多い。しかし、同時に多くのオーケストラは「常任指揮者」(あるいは「首席指揮者」「音楽監督」)と呼ばれる特定の指揮者と長期にわたって演奏を行うため、その指揮者の任期中は、その指揮者の得意なレパートリーや演奏の様式によってオーケストラの個性が特徴付けられることが多い。しばしば指揮者の名前を冠して「~時代」などとして言及されるのはこのためである。このような関係として特に有名なものの一例は次のようなものである。

メンゲルベルクアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団50年におよび、ムラヴィンスキー/レニングラード・フィルと並んで世界最長記録である)

フルトヴェングラールリン・フィルハーモニー管弦楽団

カラヤンとベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ベームウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

アンセルスイス・ロマンド管弦楽団

クーベリックバイエルン放送交響楽団

コンヴィチュニーライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

リヒターミュンヘン・バッハ管弦楽団

ムラヴィンスキーレニングード・フィルハーモニー交響楽団50年におよび、メンゲルベルク/アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団と並んで世界最長記録である)

トスカニーNBC交響楽団

ワルターコロンビア交響楽団

バーンスタインニューヨーク・フィルハーモニック

ストコフスキーフィラデルフィア管弦楽団

オーマンディとフィラデルフィア管弦楽団

ブリュッヘン18世紀オーケストラ

ライナーシカゴ交響楽団

ショルティとシカゴ交響楽団

セルクリーヴランド管弦楽団

フェドセーエフモスクワ放送交響楽団(現・モスクワ・チャイコフスキー交響楽団)

スヴェトラーノフソヴィエト国立交響楽団(現・ロシア国立交響楽団

チェリビダッケミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団シュトゥットガルト放送交響楽団

メータイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

ミュンシュパリ管弦楽団ボストン交響楽団

クリュイタンスパリ音楽院管弦楽団(現在のパリ管弦楽団の設立母体)

ノイマンチェコ・フィルハーモニー管弦楽団

テンシュテットロンドン・フィルハーモニー管弦楽団

ラトルバーミンガム市交響楽団

ムーティミラノ・スカラ座管弦楽団

デュトモントリオール交響楽団

ヴァント北ドイツ放送交響楽団

マリス・ヤンソンスオスロ・フィルハーモニー管弦楽団

オスモ・ヴァンスカラハティ交響楽団

日本人においては、

大植英次ミネソタ管弦楽団

小澤征爾新日本フィルハーモニー交響楽団ボストン交響楽団サイトウ・キネン・オーケストラ

小林研一郎日本フィルハーモニー交響楽団

秋山和慶東京交響楽団

朝比奈隆大阪フィルハーモニー交響楽団

尾高忠明札幌交響楽団

高関健群馬交響楽団

(団体名は在任当時)

常任指揮者以外の指揮者を「客演指揮者」と呼ぶ。多くのオーケストラでは、多数の客演指揮者を迎えることで、公演レパートリーの不足を補ったり、新しい共演により芸術的な向上を目指すことがある。しかし、かつてのフルトヴェングラーやカラヤンのように、常任指揮者の権限によって、自分の気にそぐわない指揮者に客演させないというケースも存在する。

l  用語[編集]

コンサートマスター/コンサートミストレス

多くの場合第1ヴァイオリンの首席奏者。オーケストラ全体の演奏をとりまとめ、指揮者に協力して様々な指示を出す。日本ではコンマス(コンミス)とも略称される。

首席

トップともいい、楽器(ヴァイオリンの場合はパート)ごとの第一人目の演奏者のこと。他のパートと調整を行い、パート内に様々な指示を出す。職責としての首席と、演奏位置としてのトップが異なる場合もある。また、第1ヴァイオリンの首席は、コンサートマスターが第1ヴァイオリンの場合には、これを兼務せず、コンサートマスターと別に置く場合がある。

次席、副首席

トップサイドともいい、首席を補助する。場合によって、職責としての次席と演奏位置としてのトップサイドの異なる場合がある。

ライブラリアン

楽譜を管理する。

インスペクター

演奏面以外のことで、楽団全体を取り仕切る。

ステージマネージャー

公演にかかわるすべての舞台の準備および進行を取り仕切る。公演ごとの特殊楽器の手配(場合によっては製作することもある)、劇場、ホールとの舞台関係の打ち合わせを行い、指揮者および演奏者と打ち合わせた上での楽器配置を取り仕切る。指揮者、オーケストラの楽員、ソリストなどすべての動きを把握し、曲目にあわせてセットを変える責任を負う。日本においては、ステージマネージャーは、オーケストラおよびホールのステージマネージャーを指すことが多い。また、日本では各オーケストラの専属と劇場・音楽ホール専属、制作会社専属のステージマネージャーがいる。

l  評価[編集]

グラモフォン誌において、"The world’s greatest orchestras"として、以下の20楽団が選出されている[11]

ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

ロンドン交響楽団

シカゴ交響楽団

バイエルン放送交響楽団

クリーヴランド管弦楽団

ロサンゼルス・フィルハーモニー管弦楽団

ブダペスト祝祭管弦楽団

ドレスデン・シュターツカペレ

ボストン交響楽団

ニューヨーク・フィルハーモニック

サンフランシスコ交響楽団

マリインスキー劇場管弦楽団 (.キーロフ歌劇場管弦楽団)

ロシア・ナショナル管弦楽団

サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団

ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団

メトロポリタン歌劇場管弦楽団

サイトウ・キネン・オーケストラ

チェコ・フィルハーモニー管弦楽団

l  注釈[編集]

1.    ^ イタリア語発音[orˈkɛstra] オルケストゥラ

2.    ^ 英語発音[ˈɔːrkɪstrə] オーキストゥラ

3.    ^ 団員は解散に対抗して自主的演奏団体としてのニュー・フィルハーモニア管弦楽団を結成

4.    ^ 1ヴァイオリンが12

5.    ^ Pult:譜面台のことで、2人で1つの譜面台を見ることから、1プルトは2名に相当する

6.    ^ 1ヴァイオリンが14

7.    ^ 1ヴァイオリンが16

8.    ^ 1ヴァイオリンが18

9.    ^ 1ヴァイオリンが20

10. ^ 一管編成相当

l  出典[編集]

1.    ^ 吉田秀和は著書『ヨーロッパの響、ヨーロッパの姿』において、欧州のオペラ上演の半数以上がドイツで行われていると述べている

2.    ^ 中日新聞2020418日朝刊13

3.    ^ Sharron Gu. A Cultural History of the Chinese Language. McFarland & Company. p. 24. ISBN 978-0-78646-649-8

4.    ^ “Monteverdi's Orchestra in L'Orfeo:Instruments Named in the 1615 Edition”. people.fas.harvard.edu. Harvard University. 2020827日閲覧。

5.    ^ ニューグローブ音楽辞典・王宮の花火の音楽の項

6.    ^ リヒャルト・シュトラウス補筆ベルリオーズの管弦楽法、譜例1

7.    ^ “セントラル愛知交響楽団”. www.caso.jp. www.caso.jp. 2020827日閲覧。

8.    ^ 木下正道・オーケストラのためのサラユーケル・武満徹作曲賞本選会

9.    ^ 江原修・「Les Fleaux」・日本音楽コンクール本選会

10. ^ ウニヴェルザール出版社の「Coro」スコア序文

11. ^ “The world’s greatest orchestras”. グラモフォン (雑誌). 20141115日閲覧。

 

 

CLASSICAL FEATURES  2020.11.10.

オーケストラ・ベスト10

世界最高のオーケストラ ベスト10

l  ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
オーケストラ伝統の華やかさ、壮大さを代名詞としている、名門ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団。西洋クラシック音楽の豊かな歴史を忠実に守り、177年の歴史の中で、リヒャルト・ワーグナー、アントン・ブルックナー、ヨハネス・ブラームス、グスタフ・マーラーなどからも喝采を受けてきた。

l  ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
1882
年に設立されたベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は、古き良き時代のトップ・オーケストラの一つ。これまでに、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、ヘルベルト・フォン・カラヤン、クラウディオ・アバド、サー・サイモン・ラトルなどの偉大な指揮者が就任している。

この強大なオーケストラの演奏スタイルは、卓越した技術に裏打ちされた、エネルギーに満ち溢れたものである。ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団は世界で最も偉大なオーケストラの一つであり、聴く者の心を魅了してやまない存在だ。

l  ロンドン交響楽団
ロンドン交響楽団は世界有数のサウンドトラック・オーケストラとして広く認知されている。このオーケストラは、伝説の作曲家ジョン・ウィリアムズ作曲の『スター・ウォーズ』のスコアの録音で主に知られているが、最近では2017年の映画『シェイプ・オブ・ウォーター』のスコアも録音している。

また、2012年のロンドン・オリンピックの開会式では『Mr.ビーン』で知られる俳優ローワン・アトキンソンと並んでフィーチャーされ、全世界の聴衆はおよそ9億人に達した。

l  ロサンゼルス・フィルハーモニック
100
年前、ロサンゼルス・フィルハーモニックはロサンゼルス初の常設交響楽団として設立された。それから100年後の今、世界で最も優れたオーケストラの一つとして認められていて、画期的なプログラムで世界のトップに立つ。

現在はグスターボ・ドゥダメルがクリエイティヴ・ディレクションを担当しているロサンゼルス・フィルハーモニックは、シューマン、バーンスタイン、プロコフィエフの魅惑的な演奏からポップスまで、幅広いレパートリーで知られている。

2018年のコンサート「LA Phil 100 At The Hollywood Bowl」では、ドゥダメル、ケイティ・ペリー、ハービー・ハンコックなどが出演したが、これほど多様な大スターを一堂に会して、世界に誇る壮大な音楽を生み出すことができるのは、ロサンゼルス・フィルハーモニックだけだ。

l  エイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団
ロンドンを拠点とするエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団は、世界的なオーケストラ・シーンに新風を吹き込む先駆者である。首席指揮者がいないため、首席奏者の選出やゲスト指揮者とのコラボレーションなど、民主的な活動を行っている。このオーケストラの活動の中心にあるのは本物の音楽を演奏することであり、特定の時代の楽器を使うなど、バロックやクラシックのレパートリーに特化している。

このように歴史に基づいた演奏をするにもかかわらず、エイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団のコンサート・シリーズ「The Night Shift」は、バーでべトーヴェンを演奏するなど、伝統のルールや規則に反論し続けている。

l  ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
アムステルダムのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団は1888年に設立され、評論家にも人気があるトップ・オーケストラの一つ。特にシュトラウス、マーラー、ブルックナーの有名な録音では、このオーケストラの淡々とした、洗練されたサウンドがすぐに分かる。

これまでの指揮者は、ベルナルト・ハイティンク、マリス・ヤンソンスなど。オーケストラの「伝統と革新」の精神によって、創意工夫の最先端であり続けている。実際、「ホライゾン・イニシアティヴ」の一環として、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団は21世紀に新たに委嘱された作品を定期的に初演している。

l  シカゴ交響楽団
シカゴ交響楽団は、世界で最も偉大なオーケストラの一つであり、毎年100以上の壮大なコンサートを行っている。彼らの録音はグラミー賞を62回受賞していて、その中には最優秀オーケストラ・パフォーマンス賞と最優秀クラシック・アルバム賞を含むいくつかの賞を獲得している。

ピアニストであり指揮者でもあるダニエル・バレンボイムは、1991年から2006年まで音楽監督を務めていたが、昨年、やや物議を醸した形で復帰した。

l  オーロラ管弦楽団
世界のオーケストラ界では比較的知られていない名前かもしれない。オーロラ管弦楽団は、2005年にロンドンの学生グループによって設立された。

彼らの特徴は、楽譜を一切使わず、定期的に交響曲全曲を暗譜して演奏すること。彼らの精緻な演奏の質の高さは、このオーケストラをより一層際立たせ、評価に値する。

l  ニューヨーク・フィルハーモニック
ニューヨーク・フィルハーモニックは、1842年に設立された全米で最も長い歴史を持つオーケストラ。

最も有名なのはレナード・バーンスタインとの提携で、バーンスタインとは47年間、1,244回の公演を行った。彼の死後、1990年からは指揮者なしでの《キャンディード》序曲を伝統的に演奏し、感動的な賛辞を送っている。

l  バイエルン放送交響楽団
1949
年に設立されたバイエルン放送交響楽団は、技術的に完璧な演奏で度々世界の名門オーケストラの仲間入りを果たしている。現在は自身のレーベルで録音を制作していて、レパートリーの定番の華麗な演奏が広く知られている。

前首席指揮者マリス・ヤンソンスの言葉を借りれば、バイエルン放送交響楽団はオーケストラ界の「ロールスロイス」なのである。

 

 

オーケストラランキングTOP20【世界最高峰の音楽】 alamicus 更新日:2019.8.15.

Otomamire ブログ

世界に認められた一流オーケストラの演奏は脳髄がとろけるほど甘美で、耳が喜んでいると感じるほど素晴らしいです。クラシックの伝統が生み出す芸術です。今も世界に愛されているクラシック音楽は、常に高みを目指してきた歴史的音楽家たちの弛まぬ努力の結晶と言えます。

超一流と言われるオーケストラが時を超えて演奏のレベルを維持し続けていくことは容易ではありません。しかしそんな困難を成し遂げ、いつも変わらぬ素晴らしい演奏を提供してくれるオーケストラは必ず独自のカラーを持っています。ブランドと言い換えてもいいでしょう。

時代を超え研鑽してきた一流オーケストラの演奏スキルをぜひ生で聴いて頂きたい。この耳で聴き、絶対におすすめできる一流のオーケストラをランキング形式で紹介して行きます。いずれも超一流オーケストラですが、音色の深さやリズム感など、意外と違いがあるものです。

ランキングの前提条件

1.私自身が実際にライブ演奏を聴いたことがある事

オーケストラの実力はライブでこそ良く分かるものです。これは一番大切な条件とさせていただきます。CDDVDではなくライブこそ本当の実力が伝わると思っています。しかし、正直1度しか聴いていないオーケストラもあり、録音も参考にしていますのでその点はご了承ください。

2.オーケストラが機能的である事

指揮者の意図を汲み取って演奏が出来ている

弦楽器が艶やかな音を奏で、金管楽器はより輝かしく、木管楽器は表情に溢れている

最弱音から最強音まで音に余裕があり、揃っている

どのパートにも欠点がない

最強音の和音に濁りがない

3.オーケストラ自体のカラーを持っている事

これは自分たちの音楽を持っている事とも言い換える事が出来るかと思います。たとえ、常任指揮者が指揮しなくても、普段通り自分たちの特色を表現できているオーケストラである事です。こういったオーケストラは意外と多くはないのが現実です。

l  20 NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団

旧称は、1945年創立のハンブルク北ドイツ放送交響楽団です。まだ旧称であった頃、ブルックナーを聴きました。2017年に新しい本拠地のホールが出来て、現在の名称に代わりました。ドイツのオーケストラらしく、音色が深く、渋さがあり、さすがは名門と言った演奏でした。

現在の首席指揮者は2019年から世界的な指揮者であるアラン・ギルバートになりました。しかし、ホールも新しくなって、環境にも恵まれ、自分たちの音楽を向上させるには絶好の機会です。ドイツ正統派の音楽をこれからも演奏して行ってもらいたいと思います。

l  19 チューリヒ・トーンハレ管弦楽団

1868年創設の伝統あるスイスのオーケストラです。1987年から1991年にわたり、若杉弘が主席指揮者を務めたため、日本での評価が上がりました。また、第1オーボエを宮本文昭が吹いていた事も、日本人に親近感を与えてくれたオーケストラでした。

私がこのオーケストラを聴いたのは、若杉が主席指揮者だった時の来日公演でした。あの時のマーラーは未だに忘れられません。第5番でした。弦楽器が実に美しい音色で鳴っていて、木管もとても印象的でした。若杉が若くして亡くなってとても残念でなりません。

l  18 バンベルク交響楽団

1946年創設のオーケストラですが、ドイツの古き良き時代の音色を出してくれるオーケストラです。現在の首席指揮者はヤクブ・フルシャです。歴代の首席指揮者も著名な指揮者ばかりであり、音響の良い本拠地を持ち、ドイツの中でも恵まれたオーケストラの一つです。

私が聴いた演奏会はホルスト・シュタインが主席指揮者だった時でした。シューベルトの「グレート」を緊張感を保って演奏してくれました。まさにドイツ物は俺らに任せろといった演奏でした。NHK交響楽団で聴くシュタインとは、また違った音楽を聴く事が出来ました。

l  17 サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団

1882年の創立された伝統のあるオーケストラです。昔の名前をレニングラード・フィルハーモニー交響楽団と言います。旧ソ連の崩壊で現在名に代わりました。政治に翻弄されたオーケストラでもありました。しかし、実力は世界的レベルを維持しているところが凄いです。

私が聴いた初めての外国のオーケストラでした。思い出深いです。当時はレニングラード・フィルハーモニー交響楽団の時代で、もう随分過去の事になりました。この時に聴いたチャイコフスキーの第4交響曲は永遠に忘れないでしょう。弦の音色と管の上手さに度肝を抜かれました。

l  16 hr交響楽団

2005年までは、フランクフルト放送交響楽団と名乗っていたオーケストラです。1929年創立したドイツの名門オーケストラの一つです。現在の首席指揮者はアンドレス・オロスコ=エストラーダが努めています。放送局が運営しているオーケストラですので、レパートリーは広いです。

フランクフルト放送交響楽団と名乗っていた時に聴いた、エリアフ・インバルと演奏したマーラーの『第5交響曲』は名演でした。インバル自身がマーラーが得意な指揮者という事もあり、自分のマーラー像を良く出していた演奏でした。オーケストラも良く付いて行っていました。

l  15 ロサンゼルス・フィルハーモニー交響楽団

1919年創立で、意外と伝統を持つロサンゼルスに本拠地を置くオーケストラです。このオーケストラもアメリカではエリート・イレブンと呼ばれ、アメリカを代表するオーケストラの一つです。現在の音楽監督はグスターボ・ドゥダメルが努めています。

カルロ・マリア・ジュリーニが音楽監督をしていた時にブルックナーの『第7交響曲』を聴きました。この長大な音楽を見事に聴かせてくれました。名演だったと思います。アメリカのオーケストラは開場前からステージで個々人が練習していて自由の国を象徴していると感じます。

l  14 サンフランシスコ交響楽団

1911年創立のアメリカの名門オーケストラです。こちらもエリート・イレブンの一つです。歴代の音楽監督も錚々たる顔ぶれで、かつて、小澤征爾の時代もありました。現在の音楽監督はマイケル・ティルソン=トーマスですが、2020年からはエサ=ペッカ・サロネンに代わります。

マイケル・ティルソン=トーマスはより一層このオーケストラの発展に寄与してくれました。私が聴いたのは、マーラーの『第1交響曲』。アメリカのオーケストラらしく、金管を良く鳴らし、ぶっ飛ぶようなコンサートだったと記憶しています。マーラー好きの私も満足しました。

l  13 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

1936年創立され、1948年からこの名称に代わりました。歴史は浅いオーケストラですが、ユダヤ人の集団という事もあって、特に弦楽器の響きは世界一と言われています。ズービン・メータが音楽監督でしたが、2020年からはラハフ・シャニになる予定です。

バーンスタイン指揮でマーラーの『第9交響曲』を聴きました。このコンサートも忘れ難いコンサートとなりました。演奏が終わった後の一瞬の静寂。その後のブラボーの嵐。イスラエル・フィルの弦の素晴らしさに感服。こんなコンサートは滅多に聴けません。

l  12 ライプツィヒ・ゲバントハウス管弦楽団

1743年創立。王宮以外のオーケストラとしては世界最古の伝統あるオーケストラです。歴代の指揮者はメンデルスゾーンを始めとする錚々たる顔ぶれで、現在はアンドリス・ネルソンスが努めています。ドイツの伝統的な響きを持つオーケストラとして知られています。

私はクルト・マズアが指揮者だった頃にベートヴェン『英雄』を聴きました。ベートーヴェンというドイツ音楽を弦楽器の深い響きで表現していました。ドイツ正統派の音楽を聴かせて貰いました。まさに伝統あるオーケストラの重々しい響きを体験しました。

l  11 ニューヨーク・フィルハーモニック

1842年創立と大変伝統ある名門オーケストラです。アメリカビッグ5の一つです。ニューヨークは人口が多いのに、オーケストラはこのニューヨーク・フィル一つしかありません。そのために年間の公演を多く開催しています。歴代音楽監督も名指揮者が多く在籍していました。

何と言っても、私が初めてバーンスタインを聴いた時のオーケストラです。ショスタコーヴィチの『第5交響曲』。CDにもなっています。この時の記憶は鮮明に残っています。バーンスタインはかつての音楽監督でとても相性が良い関係にあります。渾身の演奏でした。

l  10 パリ管弦楽団

1967年に発足した比較的新しいオーケストラです。しかし、ミュンシュやカラヤンに鍛えられ、世界的オーケストラになりました。2020年から首席指揮者には女性指揮者であるカリーナ・カネキラスが就任しました。オーケストラがどう変化するのか楽しみです。

パリ管の演奏は忘れもしません。サントリーホールのセンター1番前で聴きました。バレンボイムがわずか2メートル先で指揮をしていました。ストラヴィンスキーの『春の祭典』。バレンボイムの息使いまで聴こえてきて、圧倒的演奏でした。パリ管の上手さが良く出ていました。

l  9 ドレスデン国立歌劇場管弦楽団

創立は何と1548年。デンマーク王立管弦楽団に次ぐ、世界で2番目に古いオーケストラです。ドイツ正統派の伝統を持つこの歌劇場管弦楽団は音色もドイツ音楽のどっしりした響きを保っています。オペラ座のオーケストラという事もあり、何でもこなしてしまうオーケストラです。

私が聴いたのはベートーヴェンの『英雄』でした。冒頭の「ジャン、ジャン」の和音からして痺れました。ドイツ本来の響きとはこういうものかと感動した覚えがあります。指揮はブロムシュテット。ドイツ物が得意の指揮者です。モーツァルトとベートーヴェンの演奏に感動しました。

l  8 ロンドン交響楽団

1904年創立。名誉総裁にはエリザベス2世が就いており「女王陛下のオーケストラ」と言われています。歴代の指揮者にも多くの有名な名前が並んでおり、現在はサー・サイモン・ラットルが付いています。ロンドン5大オーケストラの一つですが、私は中でも1位と思っています。

アバドと来日した時に、マーラーの『巨人』を聴きました。アバドの指揮も初めて聴くものでしたが、この『巨人』は素晴らしく良かったです。イギリスのオーケストラをあまり良く思っていない時期でしたので、より驚いたことを覚えています。アバドの力量にも感動しました。

l  7 フィラデルフィア管弦楽団

1900年創立。アメリカビッグ5の一つ。ユージン・オーマンディによって40年以上鍛え上げられ、世界のオーケストラに成長しました。アメリカのビッグ5はどこも演奏レベルが高いものがあります。このオーケストラも超一流です。現在の音楽監督はヤニック・ネゼ=セガンです。

指揮者はムーティ、メンデルスゾーン『イタリア』とベートーヴェン『第7交響曲』を聴きましたが、どちらも上手かったという印象が残っています。フィラデルフィア・サウンド満載で、特に金管が派手に大音量を上げていました。アメリカのオーケストラの特徴です。

l  6位 ボストン交響楽団

1881年創立。アメリカでも伝統を誇る名門オーケストラです。ビッグ5の一つです。フランス物にもドイツ物にも定評があります。小澤征爾が29年間音楽監督を務めた事で、日本でも人気のあるオーケストラです。現在の音楽監督はアンドリス・ネルソンスが努めています。

私は小澤征爾の指揮で2回聴いています。どちらもマーラーで『第3交響曲』『復活』の2曲です。どちらも凄い熱演でした。特に『復活』はより印象的です。出だしの音からして凄みがありました。弦楽器から管楽器、そして合唱団までが小澤に食らいついて、感動的なコンサートでした。

l  5 バイエルン放送交響楽団

1949年創立のミュンヘンに本拠地を置くオーケストラです。新しいオーケストラながらも、オイゲン・ヨッフム、ラファエル・クーベリック、コリン・デイヴィス、ロリン・マゼールによって、着実に実力を付けてきました。現在の首席指揮者はマリス・ヤンソンスが努めています。

カルロス・クライバーとも相性が良く、私もこのコンビによる演奏を聴きました。ベートーヴェンの『第4交響曲』『第7交響曲』。感動的な演奏会でした。クライバーのしなやかな指揮ぶり、オーケストラもそれに合わせてきちんと歌っていました。アンコールを3曲もやってくれて感動!

l  4 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団

1888年創立。オランダのアムステルダムに本拠を置く伝統あるオーケストラ。以前はアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団と名乗っていました。しかし、1988年、創立100周年を迎えたコンセルトヘボウはベアトリクス女王より「ロイヤル」の称号を賜り、現在の名称に改称されました。

私が聴いたのはシャイーが主席指揮者を務めていた時でした。チャイコフスキーの『第5交響曲』には驚愕しました。音楽の渦が会場中に響き渡り、滅多にない出来だったと思います。シャイーの腕とオーケストラの上手さが結び付くとこんな演奏ができるのかと感動しました。

l  3 シカゴ交響楽団

1891年に創立された伝統あるオーケストラです。アメリカビッグ5の一つでが、その中でも頭一つ抜け出した存在です。アメリカを代表するオーケストラですが、今ではアメリカに留まらず、世界最高峰のオーケストラの一つに数えられています。そのシカゴ交響楽団を簡単に紹介します。

シカゴ交響楽団の概要

1891年、ニューヨーク・フィルハーモニックのヴァイオリン奏者だったセオドア・トマスが設立し、創立当時はシカゴ管弦楽団と名乗っていました。初期からブルックナーやリヒャルト・シュトラウスの作品にも力を入れていたようで、最初から一流を目指す意欲溢れるオーケストラでした。

1931年に現在のシカゴ交響楽団を名乗るようになります。しかし、このオーケストラの黄金時代は第6代音楽監督のフリッツ・ライナーの時代まで待たねばなりません。ライナーは9年間に渡って、オーケストラを鍛え上げ、ヴィルトゥオーソ・オーケストラとしての基礎を作りました。

2期黄金時代は第8代音楽監督のゲオルグ・ショルティの時代です。シカゴ交響楽団の名声を世界中に轟かせた時代です。ライナーが基礎を作り、ショルティがシカゴ交響楽団を世界のヴィルトゥオーソ・オーケストラに育て上げました。22年間に渡りオーケストラに磨きをかけたのです。

そして、第9代ダニエル・バレンボイム、そして、現在の音楽監督リッカルド・ムーティがしっかりとその輝きを守ってきました。現在でも世界有数のオーケストラとして君臨出来ているのは、これらの音楽監督の力量の賜物です。シカゴ交響楽団はこうして世界最高峰に進化してきたのです。

シカゴ交響楽団鑑賞記

初めてシカゴ交響楽団を聴いた時は衝撃が走りました。なかなか来日公演と仕事の日程が合わず、チケットをようやく取れた時は、シカゴ・サウンドが聴けると喜んだものでした。ショルティ指揮でマーラーの『交響曲第5番』。金管楽器の輝かしい響きに感動しました。超一流のオケでした。

個人的に私は力業で音楽を進めていくショルティの指揮が嫌いですが、この日のマーラーは冒頭のトランペットからして違ったものでした。まさに脱帽です。管楽器が良く取り上げられるオーケストラですが、弦楽器も魅惑的な響きを奏でていました。

シカゴ交響楽団【全米No.1のオーケストラ】

シカゴ交響楽団は全米一のオーケストラである。そう形容しても多くの方は納得してくれると思います。アメリカBIG5の中でも実力面、経営面共にナンバー1であり、将来的にもその地位を維持していく力量を持っています。シカゴ交響楽団なしに現代のオーケストラは語れません。 歴史の古さではアメリカで第3位という事ですが、今の地位まで上

 

l  2位 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

2位はウィーン・フィルです。19世紀の宮廷音楽時代からの伝統を守り続けている、ウィーンが世界に誇るオーケストラです。ウィンナ・ワルツの独特の三拍子や弦楽器の艶っぽい響き、管楽器の昔からの伝統の響きなどは、国宝級のオーケストラです。

ウィーン・フィルの概要

1842年にオットー・ニコライにより創立されたウィーン・フィルは、最初のコンサート以来、世界中の観客を魅了してきました。その音楽の均質性は、常に次の世代に引き継がれており、とても長い歴史があります。最初からこんなにレベルの高かったオーケストラは他にありません。

ウィーン・フィルは他に類を見ない自主運営のオーケストラで、ウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバーのみがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のメンバーになることができるのです。まずはウィーン国立歌劇場管弦楽団に入団し、少なくとも3年間、その力を実証しなければなりません。

それらが認められて、はじめてウィーン・フィルのメンバーとなる申請ができるのです。ここでは、すべて自主運営ですから、全て総会で討議して決定します。定例総会が年1回、特別総会が年56回あるそうです。総会で選出された管理委員会がメンバーが全ての運営を委託されています。

ウィーン・フィルはまた、音楽監督を置かないオーケストラです。次のシーズンに誰に指揮を任せるかも、自分たちで決定します。国立歌劇場のオーケストラがいわば本職で、ウィーン・フィルは趣味のように気楽に運営しているからあんなにも素晴らしい演奏ができるのかもしれません。

ウィーン・フィル鑑賞記

私がウィーン・フィルをライブで聴い中で最も印象に残っているのは、マゼール指揮のベートーヴェン『第8交響曲』と『英雄』です。場所はNHKホール。2階の中央席でした。まず思った事は、ウィーン・フィルの響きが他のオーケストラと違うという事でした。

弦楽器も管楽器も伝統を感じさせる音色で、ベートーヴェンは俺たちの音楽だという自信に満ち溢れた演奏をしていました。アンコールの『レオノーレ第3番』も楽しませてくれました。ウィーン・フィルも完璧とも形容できるオーケストラの一つです。

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の魅力【伝統と革新のオーケストラ】

1842年に誕生したウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は、世界有数のオーケストラであり、いつもベルリン・フィルと比較されてきた世界的オーケストラです。ウィーン・フィルを世界一のオーケストラだと称えるクラシックファンも少なくありません。 200年近い歴史の中で、ウィーン・フィルは世界一を争う戦いから脱したことはなく、いつ

 

l  1位 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団

1位はベルリン・フィルハーモニー管弦楽団です。このオーケストラほど、機能性、自立性、自主性に溢れたオーケストラはありません。現代のオーケストラの、いわば完成形と言っても間違ってはいないでしょう。絶えず、向上心を持ち音楽に接している姿勢は他にはありません。

ベルリン・フィルの概要

1882年に創立されたベルリン・フィルは、その常任指揮者たちによって、世界一のオーケストラに成長してきました。ルートヴィヒ・フォン・ブレナー、ハンス・フォン・ビューロー、アルトゥル・ニキシュ、ヴィルヘルム・フルトヴェングラー、レオ・ボルヒャルト、セルジュ・チェリビダッケ、そしてヘルベルト・フォン・カラヤン!

特にヴィルヘルム・フルトヴェングラーとヘルベルト・フォン・カラヤンはベルリン・フィルにとって大変な功績があり、この二人によってベルリン・フィルの名声は世界一の座を不動のものにしました。優れた人材をより丁寧に磨き上げると、こういう結果が出るという素晴らしい見本です。

ベルリン・フィルも自主運営団体です。彼らも自分たちの事は自分たちで決定します。最終的には楽員1票を持つ選挙で何でも決定します。常任指揮者と言えど団員と同じ1票しか持てません。自分たちで運営するという気概が良く表れていて、練習も、本番も凄いエネルギーを発散します。

ソリスト級のスターが集まり、自分たちの向上心をむき出しにして音楽に臨んでいるのですから、これ以上の事はありません。楽員全てが、協力者であり、競争者という立場で切磋琢磨しているのですから、玉にはさらに磨きがかかる事は当然の結果です。

ベルリン・フィル鑑賞記

カラヤンが常任指揮者の頃、何度も聴きに行きました。その内の1回はカラヤンが病気になり、小澤征爾が代振りとなりました。場所は東京文化会館、普門館、サントリーホール。中でも忘れ難いのが、小澤征爾が代わりに振った公演。曲目はR・シュトラウスの『英雄の生涯』。

この日のベルリン・フィルは1年でも23回あるかどうかという特別な演奏だったと楽員たちが言っていました。最初から物凄い演奏が展開されました。一つの結論に向かってみんなの気持ちが一緒になって、雪崩を打って音楽が溢れ出ていました。ベルリン・フィルの底力を堪能しました。

他はカラヤン指揮でした。最初に東京文化会館でカラヤンを見た時は、不覚にも感動のあまり涙が出そうになったベートーヴェンの『英雄』でした。『英雄』の壮大な音楽を私は一生忘れないでしょう。普門館でのブラームス『第1交響曲』も非常に印象的な演奏で、カラヤンが得意としている楽曲のため格別でした。カラヤンがまだ颯爽と演奏している時代、本当に見事なものでした。

そして日本一のサントリーホールで聴いたカラヤンもまた私のクラシック人生に色濃く残っています。カラヤンの日本で最後の演奏会になってしまいました。当日、曲目変更でメインはブラームス『第1交響曲』。このブラームスは感動しました。この時期、ベルリン・フィルと仲たがいしていたのに、音楽は別とばかりに、最高のブラ1を聴かせてくれました。べリリン・フィルの機能性が存分に発揮されていました。これぞ、世界一!

世界一のオーケストラ『ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団』クラシック界の究極完成形!!

世界一のオーケストラはどこかと聞かれたら、迷わずにベルリン・フィルと答えます。上手いでも世界一。儲かっているでも世界一。運営がしっかりしているでも世界一。当然知名度でも世界一!どのような角度から見てもベルリン・フィルは輝けるNO.1なのです!! クラシック音楽界の帝王と呼ばれるカラヤンを始め、超一流の演奏家

 

ランキングを振り返って

1位から第20位まで私のランキングはこうなりました。順位は別として、他のランキングと名前が出ているオーケストラは似通っていると思います。やはり、聴く人の耳はある程度正確で、良いオーケストラは誰が聴いても同じだという結果だと思います。

1位 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
2位 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
3位 シカゴ交響楽団
4位 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
5位 バイエルン放送交響楽団
6位 ボストン交響楽団
7位 フィラデルフィア管弦楽団
8位 ロンドン交響楽団
9位 ドレスデン国立歌劇場管弦楽団
10 パリ管弦楽団
11 ニューヨーク・フィルハーモニック
12 ライプツィヒ・ゲバントハウス管弦楽団
13 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
14 サンフランシスコ交響楽団
15 ロサンゼルス・フィルハーモニー交響楽団
16 hr交響楽団
17 サンクトペテルブルク・フィルハーモニー交響楽団
18 バンベルク交響楽団
19 チューリヒ・トーンハレ管弦楽団
20 NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団

因みに2017年の音楽の友社『レコード芸術』9月号のランキングをみてみると、以下の通りです。オペラ座付きのオーケストラを除くと、そう変わらない顔ぶれです。違っているのは、私の聴いていないオーケストラ達です。世界で活躍できるオーケストラは限られているという事ですね。

1位 べルリン・フィルハーモニー管弦楽団
2
位 バイエルン放送交響楽団
3
位 ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
4
位 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
5
位 シュターツカペレ・ドレスデン
6
位 パリ管弦楽団
7
位 シカゴ交響楽団
8
位 ロンドン交響楽団
9
位 マーラー室内管弦楽団
10
ドイツ・カンマーフィルハーモニー・ブレーメン
11
シュターツカペレ・ベルリン
12
ボストン交響楽団
13
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団
13
マリインスキー劇場管弦楽団
13
ミラノ・スカラ座管弦楽団
16
サンフランシスコ交響楽団
17
クリーブランド管弦楽団
17
レ・シエクル
19
NDRエルプフィルハーモニー管弦楽団
20
サンクト・ペテルブルク・フィルハーモニー管弦楽団
20
フランクフルト放送交響楽団

まとめ

オーケストラに順位をつける事自体が良い事なのか悪い事なのか、未だに迷っています。しかし、ここに挙げてきたオーケストラは一流オーケストラであり、世界的な宝です。これらのオーケストラが来日した時は、迷わず聴きに行ってほしいと願っています。

ここに挙げていないオーケストラだって一流と呼ばれるオーケストラは世界に多くあります。どのオーケストラが優れているのか、考えるきっかけにはなったかなと思っています。そして、優れているとはどういう事なのかも考えて頂きたいと思いつつ筆を置きます。

 

 

 

 

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